「………ふー…」
一通り順平に説明をし終え、学校の方にもカバーストーリーを伝え終わり、消防、救急、その他諸々の手続きを終えた覚中は一度ベンチに座り、覚瞳をいじりながら考え事をしていた。
考えるのは、自分のこと。
この頃無茶な戦いが続いているのもそうだが、どうにもこうにも無意識的に
「(…駄目だなぁ、どうしてもこういう時になると
はぁ、と小さくため息を一つ。
「(読心操術…我ながらうまい話を思いついたものだよ。昔の事はもう仕舞ったんだから、人格も捨てられればいいのに)」
キュ、と少し覚瞳を握る。
本来、読心操術の使い方では真人にダメージを当てることはできないのだ。
しかし、今回は確かにダメージを与えることができ、あそこまで追い詰めることができていた。
「(想起や記憶、認識の操作に動作の制限…この頃、ただの読心操術だけじゃ説明のつかないことを何回もやってる気がするな…悟や傑辺りはそのままスルーしそうだけど、恵君辺りは勘付きそうだ。まああの性格からして問い詰めにきたりすることはないだろうけど)」
また一つ、小さくため息をつく。
「(…そろそろ
カツン、と覚瞳を爪で叩いて服の中にしまい、フッと短く息を吐いて伸びをする。
「っ…よし、」
まあ順平の方は虎杖が何とかやっているようで、どうやら高専に勧誘しているらしかった。
七海の方は七海の方で救急の人への連絡と五条への連絡をしているらしい。
まあ既に覚中が五条と夏油には連絡を済ませてあるのだが、その事くらいは聞くだろう。
どうしたものか、と周りを見渡していると、微弱な呪力を感じた。
「…?」
呪霊…ではないだろう。どちらかと言うとこちらを観察している呪術師、もしくは呪詛師と言ったほうが正しいだろうか。
呪力量からしてそこまで強い相手ではないだろうが、なんの目的でこんなところを覗いているのか分からない。
行ってみるか、と思って立ち上がる。
七海に少し席を外す旨を伝え、その方に歩いていく。
「…?」
が、特に変なものは見つからない。
もう近くまで来ているのに呪霊も術師も見当たらない。
何だろうな、と思っていると…背後から気配を感じた。
「よう」
その一言。
その一言だけだった。
覚中の体が硬直し、全身から血の気が引いていく。
振り向こうとしても、体が言うことを聞かない。振り向かなければいけないという考えと、振り向きたくないという心が同時に生まれ、動けない。
「何だよ、
「ッ…!と、うさん…!?」
体を無理やり動かし、ぎこちない動きで振り向いた覚中の口から、無意識的に言葉が溢れる。
白髪交じりの頭に壮年の彫りの深めの顔、ニヤニヤと見覚えのある態度。
何の変わりもない。覚中の実父、覚中
あの時のままのヤツだ。
「何、で…」
「呪霊容術、いやぁ保険をかけといて正解だったな。修繕不可のダメージを受けた時に患部を呪霊で覆って呪力で再生させるようにしてたんだ」
器用な、なんていう暇はない。
彼は存在そのものが覚中のトラウマだ。視界が狭まり、息が上がり、呪力操作がおぼつかなくなる。
「何しに、きた、の…!」
無理矢理精神を落ち着かせ、興奮度合いを下げる。
自分の心を操るのは、慣れていた。
「何、久々に娘の顔が見えたんだ、来てみてもいいだろ」
その言葉に、若干違和感を感じる。
声も言動も、荘士のものとして処理できる。だが、何かが
だが、そこに脳のリソースを割くほどの余裕はなかった。
「なら帰って、もう近寄らないで…!」
「ひっでぇなぁ、別にいいじゃ…」
「覚中さん、どうかしましたか?」
後ろの方から聞こえた、後輩の声。
「…!…その方は」
「あぁ、心音の父の…」
「早く…消えろ!」
が、言わせる前に覚中は再び縛りを解放し、七海に見せないようにするように呪力を纏めて荘士に思い切り放出する。
「!?」
想像以上の出力に驚いたのか回避より防御を取った彼はそのまま吹き飛ばされ、見えなくなった。
「ッ…はァ…はぁ…!」
肩で息をしながらシュウ、と呪力を収める。
縛りの時間がキツかったのもあるが、うまく息が吸えていなかったのもあった。
「覚中さん、大丈夫ですか」
「ごめん、ちょっとだけ取り乱してたや。もう大丈夫だよ」
「……そんな顔色で言われても説得力の欠片もありませんよ」
傍から見ても明らかに顔が青い。
数回深呼吸し、息を整えると覚中はいつものテンションに戻して七海に話しかける。
「戻ろっか。連絡はあらかた終わった?」
「…はい、体育館で倒れていた生徒たちは突如起こったガス漏れ事故によって倒れたということになっています。そして、吉野順平ですが…まだ決まっていないようですね」
「まあ人生決める可能性がある選択だもんねぇ」
息を整えてそう溢すと、覚中の携帯が震えた。
その相手を見て、覚中は少し間を見開いてフッ、と小さく笑った。
「…ま、もしかしたら決まるかもね」
そこには、「吉野凪」の名前が表示されていた。
そして、覚中が七海の横を通るとき…ふと七海には聞こえてしまった。蚊の鳴くような声で呟く程度だったが、聞こえてしまった。
「大丈夫、大丈夫…まだ大丈夫…」
少し複雑な気分になった。
「…そうですか」
吉野家へ行った覚中は凪と対面し、彼女が窓となることを決心したことを聞いた。
決め手は、順平が術師だったこと、らしい
「あの子…順平が呪術師だった上にあそこまでのいじめを受けていたなんて知りませんでした。まさかと…駄目ね、私は母親失格です」
「それは違います」
彼女の口から紡がれた言葉を、覚中は否定する。
「少なくとも、自分の子供に学校に行かなくてもいいと言うのはそう簡単にできる事ではありません。それは吉野さんがその分彼の事を理解して、大切に想っていたからだと思います。だからこそ、吉野さんは彼と今まで通り接していて下さい。それが彼の心への一番の手当てです」
自分の信頼していた真人という人に裏切られたことによってまた周りが信じられなくなってしまうかもしれない。
疑心暗鬼になって自分を責めてしまうかもしれない。
それでも、彼の心の一番の支柱は今も昔も変わらず吉野凪という母親なのだと、覚中は確信していた。
「…ありがとうございます。あと、決めたばかりで申し訳ありませんが…もう一度順平と話し合っても良いですか?」
「はい。期限はありませんから、ゆっくりと話し合って下さい」
頭を下げる凪に対して、小さく笑みを浮かべながら言った。
次の日に飛んできた連絡から、吉野凪は窓となり、吉野順平は東京高専に入学する事が決定した。
「やれやれ、この喋り方は慣れないね」
一方その頃。
郊外にて荘士は腕を呪霊化させて覚中の呪力放出を防いで着地し、そんな事を溢していた。
その額には、縫い目のようなものがついている。
「にしても…まさかあんなイレギュラーが紛れ込むとはね」
この体も悪くはないし術式も当たりなんだけど、いかんせん喋り方がなぁ…気に入らないね、と溢しながら扉のようなものをくぐると、そこは南国の世界のような場所。
「ぬ、戻ったのか荘士」
そこにはビーチパラソルの刺さったベンチに座る火山頭の漏醐、魚のような姿の陀艮、人形で目から木のようなものが生えている花御、そしてさっきまで交戦していた真人がいた。
荘士…もとい
「まぁね。さて…これで完全に戦力の確認はできた。やはり、最大の脅威は五条悟だ。次点で覚中心音、夏油傑だね」
「覚中…あぁ、あの女か」
少し前の記憶を想起させて漏醐は顔をしかめる。
「まぁ気長にやろう、という訳じゃないけど──」
──もうすぐ終わりがやってくるさ
「ククク、そうなれば我々呪霊が真の人間になるというわけだな」
喜びを抑えきれないというように漏醐が言うと隣で真人が加える。
「まー俺は?そんなんはどーでも良くて…今は虎杖悠仁を殺したくてたまらないんだけどさ!」
その後ろで花御が声を出す。
『私もそこは良いのですが、この星を守るためです。人間は少し勝手が過ぎましたから』
「だからお主は喋るでない!何を言っておるのかわからんのに頭に声が流れ込んでくる!」
ポン!と頭から小さく溶岩を吹きながら漏醐が言うとその足元で陀艮も声を出す。が、
「ぶーぶふぅー」
「お主もだ!」
こちらはもう声ですら無かった。まあ陀艮はまだ受胎であるから、しょうがないと言えばしょうがない。
なんとも緩い光景だが、ここにいる全員、そしてそこに両面宿儺が加われば人間の時代から呪霊の時代に移ることを誰も疑っていなかった。
そう、誰も。
最強である五条を何とか封印できれば勝てると、羂索ですら疑わなかったのだ。
そこが誤算だった。
最強は五条かもしれないが、