『覚中さんをここに運ぶ上で…最初に相手取るのは俺達にやらせて下さい』
高専の教室の中、作戦会議のために集まった生徒及び教師陣の中で、伏黒が夏油と五条に言った。
『……何で?僕達が相手取った方が早いと思うけど』
『ええ、そう簡単に対等になれる相手ではないことは分かっています。五条先生と夏油先生ならそれ位は可能なことも加味して、です。が、その…』
『そこは僕達とも話し合って決めました。僕達もお世話になってますから…言葉で揺さぶったりもしてみようということに』
少し詰まった伏黒の言葉を乙骨が引き継ぐ。
『うーん…』
『いや、わりかし良いかもしれないよ、悟』
あまり乗り気でない様子の五条に、夏油が引き継いで声をかける。
『心音は何だかんだ甘い。自分が教えてきていた子供相手だ、おそらく相当追い詰められない限り全力は出さない。私たち相手だとさらっと領域とか展開しそうだし』
ありえるのが怖ぇー…と五条が頭の後ろで腕を組みながら呟く。
あり得るのかよ…という空気の中で、夏油はそれに、と付け足す。
『教え子たちの成長を見て、何かしら思うところがあるかもしれない』
『うんうん…じゃあさ───』
それを聞いて五条は思いついたように身を乗り出して作戦をまとめ、全体の流れとしての行動を割り振っていく。
『…なるほどね、まあ確かに時間はかかるかもしれないが一番簡単…か?』
『いや簡単でもないでしょうよ』
覚中の最大の武器はその無尽蔵の呪力量とその呪力の操作能力。弱点は素の身体能力の低さ。
それならば─────
そこら辺一体が白に包まれる。その範囲は明らかにただならぬ程。
ギリギリ乙骨に連れられて全員は連れて有効範囲外に逃げることができたが、本当にギリギリ目の前に白の渦が迫るところだった。
「あ、危なかった…」
効果は分からないにしてもあの覚中の極の番。どう考えてもただ何もせずに食らって無事でいられるわけがない。
「…避けられたか…」
無感動に呟いて覚中は空中で体勢の崩れた乙骨の方を向く。が
「クソ…!虎杖!釘崎!」
「りょーかい!」
「こっちは任せろ!」
バッ、と飛び出してきたのは伏黒。その後ろで虎杖と釘崎が別れる。
しかし覚中は身動き一つせず、ソレを見据える。
そして、伏黒の両手が動いた瞬間。
「極の番、白痴…!!」
「!!」
見開かれた瞳がまた薄く輝き、ノーモーションで発生した二度目の極の番が彼女の体からあふれるように散乱する。
まさか二度も連続で使用してくる、というか使用できるとは思いもしなかった伏黒は真正面から突っ込んでいく……
『 逃 げ ろ !』
その直前、後ろからの声に体が無理矢理急停止し、体を反転させて躱すように体が動き、ギリギリ射程圏外に脱出できた。
見ると喉の調子が回復した狗巻が襟を開いていた。
「行け!伏黒!」
「しゃけしゃけ!!」
虎杖と狗巻のその声に一瞬硬直した思考を再起動させられ、トップスピードで立ち止まっている覚中に肉薄する。その手に結ばれるのは、両手を握るような印。
「領域展開…!
その詞と同時に展開されるのは、液状化した影で満たされた領域。
「…領域展開…そう言えば会得したった言ってたね」
迫ってくる蝦蟇達を弾き飛ばし、飛んでくる鵺を呪力で迎撃する。伏黒は大蛇、脱兎、玉犬…と次々と式神を顕現させて消耗戦に入る。
「でもだから?展開後には術式が焼き切れるし、そもそもこれもまだ領域として未完成…必中効果付いてないね、これ」
しかし覚中も覚中。速攻でその領域の弱点を突き、トス、と地に足をつける。足から蝦蟇達が登ってくるがそれを呪力で弾き飛ばす。
「…もしかしたら死ぬかもね、抗ってみせなよ」
その中央で覚中は胸の前で印を結ぶ。
「領域展開」
「ッ!!」
覚中は領域が展開できない。
その認識の下施工したこの作戦は、その前提が覆るとそもそもが頓挫する。
「───
刹那、影の領域が純白の領域に覆いかぶされて空に数多の青く濁った
生気のないその目が、ギョロギョロと白い世界の中の者たちを探し、ひたりと止まる。
覚中の、本当の領域。しかし…
「……ギリギリで中和されたか」
伏黒は、咄嗟に展開している領域を押し合いに使うのではなく必中効果を無効化させることに使った。
結果何とか生き延びはした。が、
「な、!?」
その領域…嵌合暗翳庭の内側で中和されても、その外側の部分では何の意味もない。
伏黒の展開した領域のギリギリ外側から領域を保持している結界が削られ、破られた。
「…私の術式は殺傷性がまず無い。だけど唯一、この領域だけは人を、相手を死に至らしめる」
開示する。
領域には、伏黒の嵌合暗影庭などのように領域から術式効果を発動するものとは違って、五条悟の無量空所や漏瑚の蓋棺鉄囲栓のように、領域に入れた時点で何らかの効果を発するモノが存在する。
覚中の領域、無為夢想は後者。その効果は…
「ここは意識そのものの世界、生命体の名を関するものは無意識を剥奪される。ありとあらゆる行動を意識的に行わないといけなくなるから感覚が狂うよ。その上に生命維持活動も意識的に行わないといけないから…呼吸、瞬き、呪力の流れ…果ては心拍まで。気をつけないと、気づいたときには死んじゃうよ」
見たことのなかった覚中の領域。開示された情報からしても、またとんでもない技だ。
次の瞬間。
「…、?」
ガン!と硬質なものぶつかる音と何かが軋む音がした。
何、と一瞬思考を巡らしたその時、もう一度その音が結界内に響き、結界の上部が割れて領域が途切れ、強制的にシャットアウトさせられる。
見ると、その場所には拳を振り下ろした虎杖と釘崎の釘があり、その周囲には黒い火花の残穢が弾けていた。
「黒閃…外部からの攻撃に弱い結界を外側から無理矢理破壊したか」
おそらく簪と虎杖の膂力による黒閃だろうと判断する。
が、判断できても対処可能かどうかは別。術式は焼き切れている上、二度の極の番と領域のせいで呪力ももう完全にすっからかん。絞り出しても術式一回行使程度が限界だろうといったところ。
「うおおおお、」
少し不味いな、と考えていると結界に阻まれた死角の空からゴリラが降ってきた。いやまあ正確に言うならゴリラモードのパンダだが。
しかし、その特有の雄叫びのせいでせっかく隠れていたのが台無しになっている。
パンダは大きく右手を振りかぶり…
「
その時点で覚中は防御を無視する
「なーんちゃって!」
が、読みが外れてその巨大な手に体を掴まれる。
「ッ!この…」
拘束された状態下、何とかもがいて拘束から逃れようとするもどうにもならない。
素の力の弱さが仇となった。そして、視界の端に入ったその生徒。
「……あぁ、そうか…」
『 眠 れ 』
「!ぅ、ぁ………」
完全に意識から外れていた狗巻による呪言。全て、このためのブラフ。
領域で削り、大技の素振りで意識を逸らし、大本命で止める。
普段なら効きにくいとは言っても今は完全に消耗し尽くしている。その上脳や鼓膜を覆うほどの呪力もない状態では抗うすべもなく、そのまま意識を刈り取られてしまった。