あと、今更なんですけど、今の今まで私も忘れてたフシがありまして。
覚中さん、術式使用時目光るんでしたね。描写全然してなかったので忘れてました。ということで色んなところでちょこちょこ描写修正してます。
「……、」
覚中は、拘束された状態で目を覚ました。
薄暗い、周囲に呪符の張り巡らされた部屋の中で呪力を抑える呪符を混ぜた縄で椅子に座らされている状況を把握して自分が負けたことを思い出した。
虎杖や乙骨も一時的に勾留されていた、封印を施された部屋。
その中に、見覚えのある人が一人。
「やあ、起きたかい」
「…傑」
夏油だ。
対面するように彼女の前に置かれている椅子に彼は座っていた。
「さて…色々と聞きたいことがあるんだけど、良いかい?」
「何でも、お好きなように」
少し力が抜けたように、少しぶっきらぼうなように彼女は言う。
ふむ…と夏油は少し考えるようにして口を開いた。
「どれくらい眠ってたかとかは聞かないんだね」
「聞いた所で意味無い。興味もない」
何だかなぁ、というふうに首を振り、ちなみにだけど丸一日寝てたよ、と声をかける。
家入曰く「過重疲労と軽い脱水状態、あと単純に呪力不足の気絶も重なってる。…本当にバカが、無茶をする…」とのこと。
座り直して夏油は話を始める。
「しっかし、上層部も暇だよねぇ。どこから聞いたのやら君を拘束したのを聞きつけたら速攻殺せだの何だの、尋問するなら結界をどうの呪符をどうのま~うるさいことうるさいこと」
「………」
少し大げさに手を振って言ってみるが、彼女からの反応は芳しくない。
小さく息を吐き、少し声のトーンを落として夏油は少し俯いている覚中の目を覗き込んで聞いた。
「その口調と態度…なんで変えたんだい」
またそれか。と言わんばかりに彼女はため息をつく。
「変えてない、戻しただけ。…今までの私のほうが
「……?」
何を、というふうに眉をひそめて首を傾げる彼を前に、彼女は事実を紡ぐ。
「私の本来の術式は、生物の意識を奪うというもの、発動には相手の位置をはっきりと知覚する必要があるけど。ちょっと工夫すれば自分の意識をいじって干渉できなくしたり自分の情報を相手が認識できなくするくらいはできる。まあ正確には自分を相手の無意識に挟み込むって方が近いのか」
目を少し細くして力なく語り、少し目を開いてあ、と声を漏らす。
「話が逸れたね。それを応用して相手の意識を少しだけ自分に流せば読心ができる。意識を奪うって言うと気絶させる、とかみたいに聞こえるけれど、本当に
驚愕の表情を隠せず、夏油は細い目を大きく見開いた。
「何でまた、そんなことを」
「…過去の私を否定するため」
「…?」
淡々と覚中は夏油に話す。
元々の自分と、偽った自分。偽り続けて友人を作り、助けられ、色んな経験をしたということ。
そして…
「少なくとも、今まで私は作った顔しかしてきてなかった。人当たりが良さそうにして、人から悪感情を持たれないように調整して、そうやってるうちに自分が何なのか分からなくなって…心の底から笑えたことなんて、一度もなかった」
「そんなことをしてたからだろうね、無意識的に自分に縛りを課してた。自分の意識がそっちに向かないように、気づかないふりをするために、術式を自分にすら偽って何も知らないふりをしてた。…ま、結局途中で気付いてたんだけど」
「でも先の渋谷事変で私は覚瞳の喪失と読心操術の使用を以後禁ずることを対価にして呪力を無理矢理詰め込んで領域反転に全力を注いだ。だから、読心操術として私の術式を使うことはできなくなった。同時に…私は、元の人格を出さざるを得なくなった」
「…そこに何の関係が?」
「分からない?読心操術は相手の心を読む術式で、私の生得術式は意識を失わせる術式。前者は他者から嫌われないようにするための私の鎧で、後者はそもそも気にかけられないようにするための私の本質。鎧を失った今、私は素を出さざるを得ない」
言いたいことは理解できた。
少し言語化は難しいが、少なくとも今言えることは
「…まあ、ある程度は理解できた。同時に術式のことも聞こうと思ったんだけど…わざわざ聞く必要もなくなったみたいだね」
苦笑いしながら夏油は目を細める。そして、細めた目を元に戻しながら立ち上がり、静かに言った。
「んじゃま、聞きたいことはあらかた聞けたし…帰ろうか、心音」
「…?」
そのまま彼は、覚中を縛り付けている呪紐を解きにかかる。
「上の連中の方には悟が行ってる。まあどんな方法を取るかは知らないけど…少なくとも今の死刑を取り消させる程度はするだろう」
「戻らないってば、何度も言わせないで」
間髪入れずに拒絶の言葉が紡がれる。
しかし、それに対して夏油は少し手を止めて今度は強気にた。
「…悪いね、少し見解の相違が起きてるようだ。まあさっきまで質問してたからってのもあるだろうけど…心音には私が君を説得しているように見えるかもしれないが、そうじゃない」
シン、とその空間が静まり返る。
「私は君を連れていく。嫌がったとしても、引きずってでもね」
「…は?」
唐突過ぎる言葉に彼女の少し思考が停止する。
そんなことは知ったこっちゃないという風に彼は続ける。
「東京校、京都校の両方の生徒達、私や悟を含めた教師陣、七海や冥さんを含めた術師達…全員、君にも世話になってるんだよ。同時に、彼らにも私達にも、君を心配する気持ちがある」
「それは
「はぁー…全く、こうなると強情だよねぇ、君は」
夏油は頭をかいて長くため息を付き、呆れたように肩をすくめて、語尾を強めて続ける。
「求めた求めてないの話じゃない、偽れとも言ってない。私は君をここから引きずり出して皆の所に叩き込むためにここにいるんだ」
「…自己満足じゃん」
「まさにその通り」
嘲るためのその言葉も、今の夏油にとっては何の意味もなさない。あ、と気づいたように声を出して付け加える。
「まあでも皆心配してるのは本当だよ」
「私としてはそう言われた所でどうとも思わないけど」
そう言い放った覚中に対して少し息を吐き、夏油は正面から目線を合わせてしゃがみ込む。
「…確かに偽れとは言ってないけど、嘘をつけとは言ってないよ」
「嘘?」
ふっ、と小さく鼻で嘲笑うように笑う覚中。
「何が嘘なんだか、何もわかってないくせして」
「そりゃ全部は分からなくても、ある程度なら分かってるから言ってるんじゃないか」
は?と夏油の目線と交差する。
「君が本気ならあそこにいた生徒たちを初手で領域に入れるなり極の番を速攻で放つなりすれば一瞬で片がついただろう?なのにしなかった」
「どうせ倒した所でその後に悟と傑がいたでしょ、無駄遣いはできなかったからね」
「なら後半になって何でスロースタートを始めたんだい。…負け試合を継続するほど頭の悪くない君なら、負けを確信したならそのまま逃避の選択も取れただろう。無意識の状態になれば悟にも追えないんだから、わざわざ戦闘継続させる必要もなかったはずだ」
「…負けかどうかはまだ分かんなかったでしょ」
「倒した所で悟と私がいるのにかい?」
「っ……それ、は…」
墓穴を掘った、と言わんばかりに言葉を詰まらせる覚中。
分かっていた。どこかでバレているのも、億が一バレていなかったとしても絶対いずれバレることも。
だが、それでも知られたくなかった。
だから誘導した。
自分を死の淵までもっていかせるために本気に見えるようにできる限り加減し、攻撃させるための術式は極力使わなかった。
今の、中途半端な自分を、知られたくなかった。
「…ま、君にも触れられたくないことがあるだろうから下手に踏み込むのはここまでにしておこう。でもね、」
すっ、と彼の手が動く。
その声は、彼女の聞いたことのないような優しく、強い声だった。
「だからこそ再度言うよ、これは自己満足な上に身勝手な選択だよ、君の意志なんか聞いてない」
眉間に皺を寄せながら俯く覚中の頭に夏油は手を乗せる。驚いたように、彼女の頭が小さく跳ねる。
過去に覚中が彼にそうしたように、だから、と続ける。
「コレは私の責任だ。ここから叩き出された後、まあそれはそれは硝子や夜蛾先生にしこたま怒られるだろう。生徒たちに責められるかもしれないし、歌姫達からなんか言われたり、七海や冥さんたちから呆れられるかもしれない。それもこれも、すべて私のせいにすれば良い。心の中で終わらせても口に出しても良い、あいつが余計なことしたからだと責めて
少し、彼女の半開きの目が見開かれた。
「私は心音みたいに…
一拍。
夏油の表情が和らいだ。
「その時こそは、心の底から笑うと良い」
────その時は、私や悟、硝子、生徒達や先生達も、そこにいると思うよ。
「っ……………はぁー…」
少し息を詰め、それから大きく吐き出して彼女は項垂れる。
「無茶苦茶言うね」
「そんなのは今更さ」
「いつまで経っても楽しいとも思えなかったら?」
「それも私のせいにすれば良い」
「呪詛師としてのレッテルが剥がれなかったら?」
「その時はその時、上層部をぶん殴りに行こう」
あーあ、と呻くように声を出して覚中は空を仰いだ。
これで納得する自分も自分だと思う。だが少なくとも今は、今までよりも一番、頭の中が晴れている気すらした。
自分が思っていたよりもとんでもなく
「…じゃあ言われた通りにさせてもらうよ。言っとくけど、今までじゃ比べ物にならないくらい性格ひん曲がってるからね、私」
「上等さ。それこそが君なんだろう?」
ノータイムで返した夏油に対してまた小さく息を吐き、少し離れて、と伝える。察したのか彼は両手を軽く上げて二、三歩後ろに下がり…
ザアァァ、と音を立ててその部屋の中の呪符が一片も残さず焼き切れ、何重にも張られていたはずの結界が一枚も残さず弾け飛んだ。
「やっぱこの程度じゃ拘束にもならないね」
「もう流石というかなんというか」
眉を上げて乾いた笑いを上げつつ、夏油は手を差し出す。
「別にいい」
しかしその手を払い、ドアに手をかける。
そして出た先に…
「!!おかえりなさい!」
見覚えのある面々。
一年に二年、教師陣、東京校のみならず京都校、冥冥や七海、美々子や菜々子といった、ただの関係したことのあっただけの人まで。
そこにいる全員がぱっ、と安堵したような表情になったのを見逃さなかった。
以前なら。変に気を遣わせないように笑顔で返事をしただろう。だが、今はそんな気分じゃない。
わざわざそのテンションに合わせることもせず、彼女は無機質に、そして少しため息混じりに。それでいて正直に言い放った。
「…ただいま」