「うーん…来ちゃったよ…」
編入学してから二日後、覚中に初めての依頼が飛んできた。
来たのは一応四級相当の任務で、簡単な方ではある。あるのだが、覚中にとっては微妙なラインである。
「とりあえず探知用の呪霊をつけておくよ。流石にないと思うけど…もし祓われたらすぐに飛んでいくから」
「治療はこっちでばっちりできるから心配しないでねー」
「…うん…まあ、行ってくるね」
行き先は近く、隣の市。
一応最初ということで夜蛾がついて来てくれるそうだが、謎に同級生からフォローが入る。
「それじゃ、行くか」
「お願いします…」
正直なところを言うと行きたくないのが本心だが、そんなことは言ってられない。まあ一年強耐えればなんとかなるんだからまあ…いけるか…?といった感じに考えていた。
そして、たどり着いたのは廃ビルの前。
「一応一つ下の階で待機するから、危ないと思ったらすぐに助けに入る。とりあえずは一人で潜ってみてくれ」
「分かりました」
…視界の端に夏油の呪霊がちらつくが、まあそこまで気にしない。
ちなみに聞いたところ、夜蛾の術式は傀儡操術というらしく、あのぬいぐるみ達を操れるのだという。
ぬいぐるみと言うよりあれは編みぐるみじゃないかな…?と思ったのは覚中だけではないはず。
まあ、あの強面でぬいぐるみ動かしてるの想像するとなんか面白いな…とか思っていた。
で、一歩ビルの中に入り、目を閉じる。
この位置からでも、探知はできる。
呪力を糸のようなイメージで練り上げ、建物内を高速索敵する。
「……三階の角部屋に二体、四階の真ん中に一体だね」
声に出して確認し、目を開けてその場所に直行する。
四級呪霊は木製バットがあれば安心、程度の強さだ。それなら無手でも祓えないわけではない。
それに、夏油が呪具を貸している。低級ではあるが、れっきとした呪力の練り込まれた呪具。三級程度の相手でも問題ないとのことらしい。
「…!いた…」
部屋の入口前で立ち止まり、見つからないように壁に背を合わせて息を整える。そして…
「先手必勝…!」
パッと壁を蹴って侵入、手前にいた呪霊の鳩尾に呪力を込めたパンチをしっかりと入れる。
が、
「─────…!」
「…やっぱり?」
殴る程度ではダメージが無い訳では無いにしろ、大したダメージにならないようだ。
呻くように呪霊が言葉を発するが、聞き取れない。
と、もう一方の呪霊にも気づかれ、両方の呪霊が覚中に殺到する。
「うぉわっ!?」
両方ともせいぜい四級呪霊。しかし、彼女からすれば2体も同時に接近されれば少し厳しく。
「こんの…やあっ!」
懐に入れていた、夏油に貸してもらった短刀状の呪具を抜き、近い方の呪霊に斬りかかる。
と、
「おぉっ!」
しっかりと呪霊にダメージが行く。
攻撃が通る…!と謎の感動を覚えつつ、2体の呪霊を見据えて対峙する。
体の中で呪力を回し、術式を使って相手の行動を先読みする。
そして…
「よっ!と…ほっ!」
さっき切り傷を入れた方の手負いの呪霊にもう一度、次は斬りにかかり、二撃目でなんとか祓う。そして、その瞬間を隙と捉えたのかもう一方の呪霊も襲いかかってくるが…
「そこっ!」
ちゃんと読めていた覚中は攻撃してくる場所から体をひねって避け、体が倒れ込んでくるであろう場所に短刀を振りかぶる。
短刀は命中し、こちらもちゃんと祓い切る。
「よし、あと一体…!」
と、再度探知を一つ上の階に巡らせる…と、呪霊は覚中のいるところのほとんど真上におり。
「!不味…」
ドン!という音と共にその呪霊は天井をぶち抜いて落ちてきた。どうやら丁度劣化して脆くなっていた所らしかった。
ほぼ同時に覚中は地面を真横に蹴ってそこから離脱、なんとか回避する。
「…あっはは…まじかぁ…」
相手を見る。昆虫のような姿をした呪霊だ。
……どう見ても、さっきの二体とは違う。
体の大きさはさっきの二体の呪霊より少し大きいくらいだが、肌で感じる呪力量が全く違う。おそらく二級、低く見積もっても三級の上位程だろう。…探知には一切引っかからなかったその強さ。恐らくそういうのを隠蔽する術があるのだろう、と判断する。
二級呪霊は、戦車同様の出力で祓える、程度の呪霊。今の覚中では逆立ちしても勝てない。
それに加えて避けた方向も不味く、部屋の入口から離れてしまってそこが呪霊の後ろになってしまった。これでは夜蛾に助けが呼べない。
「…やっばいなぁ……」
正直勝てる気は一切していない。でも、最悪負けはしないだろう、術式が効いている以上は相手の行動は筒抜けだから。…が、そもそも攻撃があんまり通らないであろうため、最悪ジリ貧。それなら相手の隙を見計らって部屋から出、夜蛾に助けを求めるのが一番無難だろう。あれでも一級術師…等級の中で最高位を取っている人だ。
そこまで作戦を立て、相手の思考を読む。
フラフラと体を揺らしながら呪霊はよだれのようなものを垂らしている。
…ここだ、と覚中が動く。同時に呪霊は覚中のいた場所へと地面を蹴る。
同時に行われた行動は、覚中を出口の方に向かわせる隙を作…
「っ!…カ、ァッ…!?」
れなかった。
呪霊は急に向きを変えて覚中の方に向き直し、その方向に飛んできたのだ。
地面から足を離している状態では、理解はできていても回避はできない。
腹が、抉られる感覚に襲われる。
「───!」
そのまま投げ飛ばされ、覚中の体は地面に叩きつけられてバウンドする。
「けほっ…げほっ、」
痛みが思考を支配する。
痛い、苦しい、辛い。
呪霊の嗤うような声が聞こえるが、それすらも遠くなっているように感じる。
痛い、熱い?寒、い?
苦痛としか言いようのない感覚が全身を襲う。
が、次第にそれらは別の感情に変換されていく。
なんで呪術師なんかに?
こんなことしたくなかったはず。
…それも、これも、全部……
「
同時に彼女を取り巻く呪力が破裂した。
ゆらり、と立ち上がる覚中の肩に乗っていた、夏油のつけていた探知用呪霊も呪力の余波で祓われた。
莫大な呪力の増加に、下の階にいた夜蛾も異変に気づいて階段を駆け上がる。
一方、高専にて探知用呪霊が払われたのを察知して、夏油も準備していた羽の生えた呪霊を出して覚中の方へ飛ぶ。
その間に、覚中は短刀呪具を持つ手を握りしめて地面を蹴り、呪霊に突貫する。
回避などできない程の速度に、呪霊は一撃にて祓われた。
「覚中!」
「心音!」
その次の時には夜蛾が入り口に、夏油が窓にほぼ同時に到着した。夜蛾が遅いのか夏油が速いのかはお察しである。
「大丈…!!その怪我は…!」
「ん…?すぐる…あぁ、祓っちゃってたか……あ、ごめん、ちょっと、キツ…」
フラ、と倒れる覚中を夏油が抱きとめる。
「っ…!先生、心音は私の方で運ぶ。硝子に治してもらったほうが良いだろう」
「あ、あぁ…」
早口でまくしたてる夏油に若干気圧されながら夜蛾がそう言うと夏油は外に停泊させてあった羽の付いた呪霊に乗り、一瞬の間に高専へとすっ飛んでいった。
「……何だったんだ今のは…」
ため息を付きつつ部屋を出ようとして、呪霊のこぼしたよだれに滑って転びかけた担任がいたとかいなかったとか。
────
「おかえり、すg…げっ!?」
「硝子を連れてきてくれ!」
「もういるよー。そいっ、」
夏油が高専に到着後、覚中の怪我は家入によって五秒で回復されて事なきを得た。
その後、夜蛾が帰ってきてから1時間ほど夜蛾を正座させて3人が説教をし、事情を覚中が話したがそれでも乱闘が起きかけということがあったのは完全に余談である。