では、どうぞ、ご覧あれ。
ダーズリー一家と暮らしてから、約10年が過ぎた。
赤ちゃんだった頃、両親…お父さんとお母さんが交通事故で亡くなっても、今は毎日が幸せで、楽しかった。ダドリーは相変わらず同い年なのに妹のように可愛がってくれるし、バーノン叔父さんやペチュニア叔母さんはダドリーと同じくらい甘やかしてくれる。こんなもらわれっ子なのに、良くしてくれて、これこそ幸運だった。
でも、両親が亡くなった時、自分が車の中にいたかどうかさえ思い出せなかった。時々、夜ダドリーの隣の布団でダドリーの手を握りながら一生懸命思い出を手繰っていると、不思議な光景が見えてくる事があった。目の眩むような緑色の鮮やかな閃光と、焼け付くような手の痛みだ。
緑の光が何処から出ているのかはメイベルには想像がつかなかったが、きっとこれが交通事故なんだ、と思った。両親の事は全く思い出せなかった。聞こうと思った時は何度もあった。が、きっと今の幸せが壊れてしまうような気がして。唯一、両親の名前だけは教えてくれた事があって。リリーという花の名前にもある母親の名前だけは、大切にしていた。
小さかった頃、時々、街で見知らぬ人がメイベルの事を知っているのではないか、と思うことが多々あった。見知らぬばかりか、実に奇妙な人達だった。1度は、ペチュニア叔母さんやダドリーと一緒にお買い物へ出た時、お店の中ですみれ色の三角帽子を被った小さな男の人がメイベルにそっとお辞儀をした。叔母さんは知っている人なのか、メイベルに訊ねたが、メイベルは知らないと答えた。そしてまた1度は、バスの中で、緑ずくめの変わった格好をしたおばあさんが、メイベルに向かって嬉しそうに手を振った。つい先日も、とっても長い紫色のマントのようなものを着た風通しのいい頭の男の人が、街中でメイベルとがっちり握手までしてそのまま一言も言わずに立ち去った。とにかく1番奇妙な事は、メイベルがもう一度よくよく見ようとした時、こうした人達が消えてしまう事だった。
学校では、メイベルはお友達に囲まれていた。ダドリーと同じクラスで、アイラという大親友もいる。快活で朗らかな性格は人懐っこく、先生をも笑わせた。
ブラジル産大ヘビ脱走事件の後、夏休みが始まろうとしていた。
メイベルは楽しみに楽しみが増え、日に日に笑顔が増している。
ダドリーはメイベルの誕生日に買って貰った8mmカメラで撮った幸せそうなメイベルが写る誕生日写真を壁に飾り嬉しそうに毎日眺めているし、メイベルもダドリーを毎日パシャパシャ撮っては写真をコレクションしている。お互いがお互いのことを大切にしているさまが、窺えた。
他にも、誕生日に買って貰ったフランス人形コレクションを大事に飾り(これはダドリーが怖がって別室にコレクションルームを設けた)、ちょっとませてきたメイベルへと贈られた子供向けのメイクアップ用品を使ってダドリーをけしかけた。これは特にダドリーに効果てきめんで、年に似合わず色っぽくなったメイベルに、声を詰まらせてしまう。
休みが始まってから、日々が楽しみの連続だった。
メイベルは毎日の様に遊びにやってくるクラスメイトや大親友のアイラ、ダドリーの友達のピアーズ、デニス、マルコム、ゴードン、特に彼らはみんなダドリーの様に図体がでかかったが、その分優しくしてくれるので遊ぶのが楽しみであった。
メイベルは夏休みの間は夢のように幸せだった。でも、幸せだけではなかった。夏休みが終わり9月になれば7年制の中等学校に入る。ダドリーはバーノン叔父さんの母校、名門"スメルティングズ男子校"に入る事になっていた。ピアーズ・ポルキスもそこに入学するという。それが、メイベルにとっては堪らなかった。大好きで大切なダドリーから離れるなんて、想像を絶する程悲しかったからだ。ダドリーもまた、悲しかった。メイベルと離れる事なんて、普段、ありはしないからだ。小さな頃から、2人でひとつだったダドリーとメイベルは、その運命に何度も抗った。しかし、バーノン叔父さんの「スメルティングズ男子校に入れば、ダドリーはボクシングを毎日の様に練習できるぞ」と言う言葉にうっとならざるえなかった。ダドリーはボクシングが趣味だった。いつでもメイベルを守れるように、常日頃鍛錬は欠かさなかった。…それを盾に取られてはダドリーもぐうの音が出ないというものだ。
メイベルは地元にある、こちらも名門"ポーリー・ホール"女子校へ、アイラと共に行くことになっていたが、ちっとも嬉しくなんかなかった。楽しい毎日の中、夜になるとそれが悲しくて、どうしたらダドリーともっと一緒にいられるか考えていた。
7月に入り、ペチュニア叔母さんはダドリー、メイベルを連れてロンドンまで2人の制服を買いに出かけた。ペチュニア叔母さんも悩んでいた。この2人の仲を切り裂いてはいいものかと。それでも、どちらも名門には変わりないし、彼らの特性を理解した上で慎重に学校選びをした。
ダドリーは憂鬱だった。試着室でころころと何度も試着をし、寸法を合わせたり、丈を調節したりしている間、きっと他の子なら楽しみで笑顔が溢れているだろうが、そうでは無かった。
メイベルもまた、憂鬱だった。特にメイベルは小柄で華奢な身体をしているので、サイズ選びには店員さんも苦労していた。何度も縫い直したり、丈を合わせたり、着せたり脱がせたり、ダドリーよりも時間がかかった。その間、メイベルは何度も溜息をつき、店員さんを混乱させた。
決して店員さんが悪いわけでは無いのだが。それくらい、2人の絆は強かった。
その夜、ダドリーとメイベルはピカピカの制服を着て、ファッション・ショーをして見せた。と言っても、バーノン叔父さんに言われて渋々…だったが。まず、スメルティングズ男子校では、みんな茶色のモーニングに、オレンジ色のニッカーボッカーを穿き、平たい麦わらのカンカン帽を被る。てっぺんにコブ状の握りのある杖を持つ事になっており、いかにも英国紳士を彷彿とさせた。
そして、メイベル。彼女の通うポーリー・ホール女子校は、個々によって差はあれど、基本的にはスタイリッシュな制服で、白いカッター・シャツの上にチェック柄のリボンを付け、ジャケットを羽織り、チェック柄のボックスプリーツスカート、そして黒いニーハイソックスにローファーという、制服らしい制服であった。
ふたりのファッション・ショーを見てご満悦のバーノン叔父さんは、その丸みを帯びた顔を綻ばせ、なんどもうんうんと頷いては、上から下までじっくり観察した。
真新しい制服姿のダドリー、メイベルを見て、叔父さんは人生で最も誇らしい瞬間だと声を詰まらせた。ペチュニア叔母さんは、こんなに大きくなって、ダドリーはこんなにハンサムで、メイベルは美人さんな子達が、私のちっちゃな坊や達だなんて、誰が想像してみせようと、嬉し泣きをした。ダドリーとメイベルは嬉しくなんかなかった。
翌朝、朝食を食べに2人が顔を洗って、歯を磨き、リビングルームへ向かうと、既にバーノン叔父さんは朝刊を広げており、キッチンではルンルン気分のペチュニア叔母さんがベーコンとスクランブル・エッグをフライパンから移してお皿に盛り付けている途中であった。
「ねぇ、バーノン叔父さん。私、どうしたらダドちゃんと一緒にいられるの?」
「ねぇ、パパ。僕、どうしたらメイベルと一緒にいられると思う?」
ソファにどっかり座っているバーノン叔父さんに、ふたりが同時に訊ねた。
「…。そんなに、ふたり一緒が、いいのかね」
バーノン叔父さんは、神妙な顔つきでゆっくり、訊ね返す。
2人の気持ちは変わらなかった。
「……、仕方ない、学校を選び直そう。何、制服は売るなり、譲るなりすればいい。こんなに悲しい顔をした我が子たちを見る方が、辛いというものだ」
2人はぱあっと表情が明るくなった。バーノン叔父さんがそう言ってくれるなんて、思ってもみなかったからだ。
ダドリー、メイベルが歓喜の声をあげ喜んでいると、不意に、玄関の郵便受けが開き、郵便が玄関マットの上からパサリと落ちる音がした。
「ダドちゃん、郵便を取っておいで」
と、キッチンからペチュニア叔母さんの声。
2人は仲良く手を繋ぐと、郵便を取りに玄関へと向かった。
郵便はマットに三通落ちている。ワイト島でバケーションを楽しんでいるバーノン叔父さんの妹に、バーノン叔父さんの姉からの絵葉書、請求書らしい茶封筒。それに、メイベル宛の手紙だ。メイベルとダドリーは見た事のない紙質の手紙をまじまじと見つめた。
サレー州 リトル・ウィンジング プリベット通り4番地 メイベル・ポッター様
何やら分厚くて重い、黄色みがかった羊皮紙の封筒に入っており、宛名はエメラルド・グリーン色のインクで書かれている。切手は貼られていなかった。
くるりと封筒を裏返してみせると、見たことも無い紋章入りの赤色の蝋で封印がしてあった。真ん中に大きく"H"と書かれ、その周りをライオン、鷲、穴熊、ヘビが取り囲んでいる。
「これ、なんだと思う…?」
メイベルは隣にいるダドリーに訊ねる。
「開けてみるまでは、分からないよ」
ダドリーは首を横に振り、肩をすくめてみせた。
取り敢えず、バーノン叔父さんなら知っているかもしれない。そう思った2人は手紙を持ってリビングルームへ戻る事にした。
メイベルは手紙をまじまじと見つめたままでリビングルームへ入っていく。ダドリーはバーノン叔父さんに請求書と絵葉書を渡すと、訊ねた。
「「ねぇ、これってなんの手紙か知ってる?」」
途端に、叔父さんの顔が交差点の信号より素早く赤から青へと変わり、数秒後には、お粥のような白っぽい灰色になった。
「ぺ、ぺ、ペチュニア、これを見てくれ!」
叔父さんは大きな声で喘ぎながら言った。
「なぁに?何があったんです?」
ペチュニア叔母さんは訝しげに手紙を取り、蝋の所から手紙を開くと最初の1行を読んだ。とたんに、口に手を当て、窒息しそうな声をあげた。一瞬、気を失ってしまうのではないかと、そういう風にも見えた。
「バーノン、ああ、どうしましょう…あなた!」
2人は顔を見合せ、驚きを露わにしている。
「ねぇ、バーノン叔父さん、どういう事なの?」
声を失っているダーズリー夫妻にメイベルが訊ねる。
「…んん、ごほん。これは、全く、大したイタズラだ。迷惑メールの類であるな。私らも、こんな手紙に踊らされて、随分歳をとったものだ」
「…そ、そうね。あなた。さあさ、ベーコン・エッグが冷めてしまう前に食べてしまいましょう」
ダーズリー夫妻の演技じみた会話に、メイベルもダドリーも疑問に思わざるをえなかった。しかし、もう、これっきり、手紙について訊ねるのはなんだかタブーのような気がして、2人とも聞くに聞けなかった。
夜、トイレに起きたメイベルは聞いてしまった。
手紙について、バーノン夫妻が話していたのだ。
「あなた、ねぇ、どうします?あの手紙。返事を書く?お断りです、そう書いてちょうだいよ」
「うぅむ…いや、そうだ、ほうっておこう。返事がなければ、なんにもしない。それが一番だ」
「でも…」
「ペチュニア。我が家にはああいう人達がお断りな事、知っているだろう。メイベルを預かった時に誓った筈だ。彼女にはナンセンスすぎる」
メイベルは暫く聞いていたが、それ以上はなんて言っているか、分からなかった。
仕方なく、トイレを済ませ部屋へと戻る。
「メイベル、眠れない?」
ダドリーが訊ねる。彼はメイベルがトイレに起きた音で目覚めたようだった。ベッドへ潜り込むと、彼女は彼の手を握って横になる。
「うぅん、トイレに行っていただけ。大丈夫」
「そっか」
ダドリーはそう言うと、メイベルの頭をそっと撫でる。
「…聞いていたんだろう?パパとママの会話」
「どうして、わかったの?」
メイベルは唖然とする。まさか、自分がダーズリー夫妻の夜話を盗み聞きしていた事をダドリーが知っているなんて思いもよらなかったからである。メイベルの赤色で、ウェーブがかった髪をサラサラと撫でながら、ダドリーは言い続ける。
「隠し事したって分かるんだよ…メイベルは嘘が付けない。今日の手紙の事だろう?」
「…叔父さん、叔母さんが言っていた。ああいう人達はお断りだって。手紙の返事はノーだって」
「メイベルはなにかに誘われているのかもしれないね。でも、普通の手紙にあの紋章はありっこない。きっと、学校からだ。君は僕より賢いからきっと、もっと良い学校に入学しないかって事なんだよ。でも、もう君は僕と同じ学校へ行くってパパが言ってくれた、だから、ノーなんだよ」
「…そっか、なるほど、そうね、そう言うことなんだわ」
ダドリーの説明に、メイベルは確かにと納得した。
なんだかスーッと、胸が通るような、そんな感覚がメイベルを包む。
それから、メイベルはスッキリとした気持ちで眠りにつくことが出来た。
メイベルという名前は、海外で主流のごく有り触れた普通の名前から取りました。
ダドリーは優しくて、お兄ちゃん気質な所を全面に書いています。
苦手な方はUターンいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。※1話からコピー
ではまた次のお話で会いましょう♪see you♩♪