三匹の蛇   作:休肝婆

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 リチャードは、アイビーがグラスゴーでバイクを乗り回していた時代の仲間だという。
「大柄で、俺たちの誰よりカッコよかった。俺は一番年下で、自動車整備の親父がいたから、よく仲間からバイクの手入れを頼まれてました。危険な改造なんかもやったけど、今はもちろん真面目にやってますよ。
 ......でもそうか、亡くなったんですね」

 きた道を折り返して古びたバイクを積んでから、家までの間、リチャードは神妙な顔をしていた。
 墓参りを済ませた後、せっかくだからとバイクの手入れを教わる。古びてはいてもきちんと管理はしていたようで、磨くといった方が良いかもしれない。

 ほとんど手入れなどいらないものを、一夏中磨いて、胸の内に湧き上がるいろいろなくもりを、押し留めるのに使った。徒労だ。

「ラクラン、いい子じゃないか。わざわざ倍のお金出して車まで分けるかね。さ、乗れよ」
 すっかり砕けたリチャードが、ラクランを送って戻ってきた。診察に行く日でもあったが、ラクランに通院が知られたくないことと、この一夏むっつりと黙っていた爺と一緒に痛くないだろうと気遣ったのだ。
「いや、待て。お前に話がある。紅茶でも飲んでいけ」

「乗り物をコロコロ変える人だったけど、こいつは結構お気に入りで長く乗ってたかな。15年くらい前、ふらっとやってきてバイクはもう卒業するんだって。珍しく化粧なんかしてたな」
 リチャードは車をおりてもペラペラと良く喋った。居間の壁に貼ってあるラクランの写真を手にとって、しげしげと眺める。
「お孫さん、あいつにそっくりだ。目なんかも」
「それで、髪はどう思った?背格好や顎は?見覚えのある奴はいないか?」
「おいおい、どうした。じいさん落ち着けよ」

 娘の死を蒸し返すつもりはない。蒸し返すつもりはなかった。
 しかし背が伸び始めて、友達の声変わりが始まったらしいと笑うラクランが、アランにとってはひたすらに恐ろしかった。

 少し頬骨が張っているのも、紅茶色の瞳も、細い首も、すぐに赤く染まる鼻先や頬も、娘に似ていた。娘が命を賭して繋いだ命だ、愛おしくないはずがない。慈しんで育ててきた。
 しかし、ラクランは男の子だ。女性的な曲線は成長期とともに削げていき、すでに顎が細いながらしっかりとした形になってきている。細い首はよく鍛えられて、骨もしっかりとしてきた。赤みを帯びた髪は、日にあたるせいか年々暗褐色になっていき、今やほとんど黒。かわいらしいカールはなく、ゆるく優美に巻いている。

 娘の面影を残した姿を食い破るように、娘の死ぬ原因になった男の面影が滲み出てくる。
 自ら臍の緒を切った孫を、変わらず愛せるのか、愛して良いものなのか。それとも、俺はただ、亡き娘の忘れ形見として、あの子を可愛がっていただけなのか。

 娘の死の責任は、誰かの罪として追求が難しいものだった。狂乱状態と言っていい不可解な行動、判断、病院に未受診、数々の不運。けれど、娘が死に至る原因の証拠として、ラクランは在る。
 父さんに紹介したい人がいる、と手紙では言っていたのだ。結婚を考える相手がいたはずだ。ラクランを授かった相手が。
 それがどうして、父親の名前はわからない、なんの手がかりもない、なんてことになるだろうか。娘の勤め先も、アパートも、誰もそんな人間は把握していなかった。

「何か、何か知らないか、あの子の父親になりそうな、誰かのことを」
「申し訳ないけど、俺たちは本当にただ走る集まりだったんだ、長い距離を助け合って走って、空や海の写真を撮るやつもいたな。酒や薬だって運転に差し障るからやらなかったし、俺たちの仲間でそんなクソ野郎はいないと断言できる」
「そうか......いや、すまん」

 アランは紅茶を飲もうとして、すでに飲み干しているのに気づき、ドンとマグを置いた。気づけば左手は握りしめすぎて爪が手のひらに食い込んでいる。
 マグルの知り合いでも思い当たらないということは。もう、ほとんど答えは決まったようなものだ。

 魔法使い。魔法界の人間。
 もしかすると、本当に魔法使いと結婚を考えていたのかもしれない。
 けれど途中で何かあって、魔法にかけられ、正気を失った。そうでなければ、うちの娘は孕っておいて裏切られるなんてことを許しはしない。そんなふうには育てなかった。それこそ正気であればバイクで相手を轢きに行くくらいはするように育てたはずだ。

「じいさんの気持ちはわかるさ、俺も娘が生まれたんでね。そうだ、アイビー以外の仲間は生きてるんだ。みんな墓参りしたいだろうし、ここへ連れてきてもいいか?実際に顔を見れば、ラクランと似ているかわかるだろう」
「ああ......そうだな」



三匹の蛇 10

 

 

 リスマスは、アランから帰ってくるように手紙が来た。

「またずーっとバイクを磨いていたらどうしよう。レパロができればあっという間なのに」

「国際法で禁止だろう?君はマグルのエリアに住んでいるんだし、一発アウトだぞ」

 けれど、そんな心配は杞憂に終わった。

 フォート・ウィリアムのリチャードの家で、母さんの古い仲間たちと集まって聖夜を過ごすというのだ。

「アイビーが消息を絶って以来だから、随分久しぶりになっちまったけど、みんな家族のようなものだからな」

「アイビーに似てるけど、イケメンだな!」

 この世に家族はじいちゃんと自分一人しかいないと思って、これまで育ってきたラクランだ。ご機嫌なおじさんたちにもみくちゃにされるのには戸惑ったけれど、母の話がたくさん聞けたのはただ嬉しかった。

 

 クリスマスのお決まり、ルカによる福音書の、羊飼いたちの元へ天使がやってくるところは、アイビーの遺品である小さな聖書で読んだ。

 暗くて寒くて、恐ろしい狼からも雇い主の羊を守らなくてはいけない仕事。ひどく貧しく、辛く苦しい。そういう人に、いの一番に良き知らせがくる。

 ラクランが幼い頃から好きな所だが、母もお気に入りなのか、わざわざヒイラギの葉を挟んである。

 ロウソクの明かりのもと、声変わり前の高い声で、ラクランは聖書を読む。アランは盛大に鼻を啜り、窓の外は吹雪いていた。

 

 年が開ければあっという間にテストが迫ってくる。とはいえ、日頃から備えに備えているラクランたちは、特に誰かが発狂すると言うこともなかった。テストより話題は来年の選択授業だ。

「バーテミウス、さっき呼ばれていたのは?」

「全科目を目指すのはどうかって」

「12フクロウってやつ!?それって、超大変じゃない?5年生みてても、みんな死にかけだ。達成した人はほとんどいないって噂だけど」

「まあ、大変だろうが不可能じゃない。授業に出なくても教科書で勉強できるし、課題さえ出せば先生方も支援してくださるそうだ。君は?」

「僕は魔法生物学と古代ルーン文字学、それにマグル学を取るつもり」

「まあ、妥当だな。僕は授業では古代ルーン文字学と数占い学と占い学を取るんだが、よかったら魔法生物学の実習内容を教えてくれないか?ケルトバーン先生は実践重視のようだし」

「もちろん!マグル学も教えられるよ」

「キングズ・クロスで迷うのに?」

「それは言わない約束だろ!」

 

 夏休みは、初めてクラウチ家に招待してもらえることになった。もちろんレギュラス、エバンもだ。家まで帰ってまた家からフォート・ウィリアムに出て、またロンドンまで行くのは大変だから、漏れ鍋で一泊した後、煙突飛行で移動する。フルーパウダーはひとすくいたったの2シックル。うちにも立派な暖炉があれば煙突飛行ネットワークをひいてもらうのに。

 なにせ回数が少ないから、いまだ魔法での移動にラクランは慣れない。埃のただよう漏れ鍋から、緑の炎に包まれて世界が回れば、きりりと冷えた空気の石畳へ投げ出されていた。

 

「ラクラン様!」

「やあ、久しぶり。ウィンキー、だったよね」

「ウィンキーのことを覚えておいでなのですか!」

 キーキー声で耳をパタパタさせるウィンキーにニッコリ笑う。立派な屋敷に失礼にならない程度にキョロキョロしていれば、カツカツと床を鳴らしながら濃い青のアフタヌーンドレスを着た婦人が現れ、ラクランは慌てて背筋を伸ばした。

「こんにちは、ミセス・クラウチ」

「ああいらっしゃい、ラクラン。いつもあの子がお世話になっているわね。ごめんなさい、夫が急用があると言うものだから...かけてくつろいでおいて?あの子はレギュラスくん達を迎えに行っているから、もうすぐ来るはずよ。ウィンキー、留守を頼むわ」

 ひどく申し訳なさそうな顔をするミセス・クラウチを見送って、ラクランはほっと息をつく。ドレスコードを間違えたかと思ったのだ。ウィンキーが促すので、おとなしくソファにかけた。

 ウィンキーの出してくれた紅茶がすっごく香りが良くて、余計に緊張しながら待っていれば、煙突がゴオ!と大きく緑の炎をうねらせる。

 

「おう、お屋敷が似合わないな」

「酷いこと言うなよ」

「はは、でも実際、君と夏休み会うって不思議な感じだ」

「母上は...?そうか」

 煙突飛行ネットワークから、スタスタとエバン、レギュラス、バーテミウスがやってきて、先ほど転がるように飛び出たラクランはむっつりした。

 

「まずクィディッチだろ、あとは?」

「クィディッチは母上が帰ってこないとできない。国際法で禁止されている」

「ならおれ、そこの湖を見に行きたい!ボートはある?」

「ボートはないだろうが......あそこはホグワーツと違って危険生物はいないから、泳げる」

「そりゃいいや」

 手土産に持ってきた、今度は乾燥させずに水ごと詰めた小瓶を振る。

「うちから少し離れたところにある、汽水域のエイル湖で見つけたんだ。ミスター・スネイプにもらった薬草学の本と、バーティの鑑定によればえら昆布のようで」

「あの!?」

 エバンがワッと反応する。なんだよ、と眉で問えば、水中でも呼吸できるなんて最高じゃないか、簡単に人を引き摺り込んで溺死させられる、なんて恐ろしいことをいう。

「魔法薬の材料としてもあまり出回っていないが、有用であることは確かだ」

「汽水域で育つだけなのか、淡水でも魔法が豊かなところにあるのか、他にも生きるのにどういう条件があるのか実験しようと思って。ホグワーツは遊泳禁止だし」

「禁じられた森もそうだけど、禁止なんてナンセンスだよな」

 

 クラウチ家に泊まれる時間は数日。やりたい予習もあるし、やることは山積みだ。箒を尻目にジリジリと照りつける日差しの中歩いて行って、冷たい湖に潜って、底の岩にしがみついている海藻探しをした。

 バーテミウスは泳げなかったので、高い岩に登って湖底に目を凝らしながら、長い枝で水面を叩いて次はあっち、今度はそっちと指示を出した。

「カワノリはあるけど、えら昆布はないなあ。水深がもっとないとダメなのかも。それかやっぱり海水か?」

 髪の毛とズボンを絞って、木の枝にかけておいたシャツを羽織れば、バーティがしげしげと眺めてきた。

「君はよくそんなに潜れるな」

「小さい頃からよく泳いでるから」

「そうはいっても15フィートくらいはラクに潜るじゃないか」

「うちの前の湖なんて、水深300フィートはあるぞ」

「そんなに潜るのか!?」

「無理無理、せいぜい50フィート。でもそうか、今度えら昆布でどこまで潜れるか実験してみたいな」

 

「ふむ......もし君が必要だったら、うちで研究費の援助をしようか?」

「なんだって?」

 エルダーフラワーコーディアルをソーダで割って氷を浮かべたウィンキー特製のドリンクをカラカラ言わせながら、レギュラスがいうところにはこうだ。

 純血旧家の魔法族は、魔法道具を管理したり、土地を管理したり、書物を保管して、次の世代に継いでいく。でも、ただ継げば良いと言うのでもなくて、魔法の研究や発展を助けなければならない。魔法界の発展を助けながら、薬の開発や材料の安定供給を確立する会社から配当を得る。資産運用というやつだ。

「へぇ〜、富の再分配ってやつだ」

「君たちの家はまだそうした教育は...?」

「お前のとこと一緒にするなよな、俺の家はむしろ研究職のやつが多いよ、大株主様」

「僕は......父上が忙しいから」

 エバンはフンと茶化して、反対にバーテミウスは沈んだ顔をした。

 ラクランは投資について考えてみて、ベラが嬉々として使っていたので調べたものの存在を思い出した。

「たしかに、スリークイージーの直毛剤、あれポッターの爺さんだかが作って稼いでるって聞いたけど、自分で研究開発して販路や量産工場まで外国に整備するって元手がない奴にはとてもじゃないとできないよな。すごいことけど、そればっかりじゃダメってことだ」

「その通り。富める者ばかり富むようになると、もっと素晴らしい魔法薬や呪文を開発できた者も、資金や販路、量産手段がないからと埋もれてしまう。結果として魔法界の歩みを止めかねない。それを回避するためにも、将来有望で、資金のない人に投資するのは大切だ。それで、君の意見は?」

「うーん、おれが採取できそうってだけで、適した生育環境も、販売後市販に流通するだけの利用法もわからないないからな、まだ保留で。しばらくは自由研究でやっておくよ。縁故採択はあとが怖い」

「おや、残念」

 

 結局初日はクラウチ夫妻が日が暮れるまで帰って来ず、早めの夕食をとって、課題や、珍しく晴れたので夜空を観察しながら過ごした。

「僕の家は代々星の名前をもらう。シリウスが最も明るい星なのに対して、レグルスは最も暗い恒星だ。兄はとんでもない人だけど、やはり昔から、目立つのは兄の方だった」

 毛布にくるまって口が緩んだのか、普段絶対話さないだろう弱音を言い出したレギュラスに、ラクランとバーテミウスは顔を見合わせる。エバンはやはり、夢の中だ。

「たしかにシリウスはダイヤモンドみたいで綺麗だけど、星はギラギラ光ってりゃいいってもんじゃないだろ」

「そうとも、レグルスとアルクトゥルスは天文学で大活躍だ」

「ふふ、春は星座がまばらだからね。君たちが星ならなにがいいだろう。カノープスに、アンタレスかな......今日は、アンタレスと火星が近い...」

 

 レギュラスの気になる寝言はあったものの、毛布にくるまって穏やかな眠りにつくのは楽しいものだった。朝方バキバキに固まった体を伸ばせば、バーティの母上の声が聞こえてくる。みんなで顔を洗って降りれば、クラウチ氏も朝食の席で書類を広げていた。

「あ......おはようございます」

「おはよう、アー諸君。いい朝だね」

「はい。あの、父上。昨日少しみんなと話していたのですが、クラウチ家に生まれた者として、将来家督を継いでいくのに」

「なんだ?家を継ぐのが嫌なら優秀な部下を養子にするぞ」

「いいえ!ただ、僕はまだなんの知識もないと」

「ならば勉強することだ。見なさい、私は今も仕事をしている。ダラダラと人に聞く時間があるなら手を動かせ」

 上品っぽく見せながらベーコンエッグを一飲みにして、あっという間に身支度を整えたクラウチ氏は煙突飛行で出勤してしまった。

「あー、お腹の調子でも?」

「ごめんなさいね、あの人はいつも仕事前あんな調子なの。でも朝食までいることは珍しいのよ」

「あんな言い方!......ごめんなさい、でもせっかく家族みんないるのに」

 卓の下でエバンに足を踏まれれば、おとなしく黙るしかなかった。

 

「昨日はごめんなさいね、今日こそは存分にクィディッチして行って!あとでウィンキーにサンドイッチを持たせるから」

「ああ、そうだった!君を乗せたい箒があるんだ!」

 

 

 

「すっげー、完璧じゃん!」

「給油も免許もバッチリだ。今日はこれでお前を送っていく」

 トランクを荷台にくくりつけて、ラクランにヘルメットを被せながらじいちゃんが笑う。箒も楽しかったけど、機械いじりも変わらず好きなラクランだ。しかも、母さんが大事にしていたもの。ワクワクとまたがって、クッとじいちゃんの腰に腕を回す。じいちゃんの外套からは、葉巻の匂いがした。

 

 車窓を流れていく草原は、バイクで暴風にさらされながら薄目でみるそれより、随分のどかで退屈だ。

「なあそれ、何読んでるんだ?」

 定番になった車内販売のおばちゃんのアグアメンティ紅茶を飲みながらバイク自慢をしても、普段はいちばんに乗ってくるエバンが真剣に本を読んでいるのが気になった。

「うちの蔵書だ。お前にはまだ早いかな」

 猫のように上体をペッタリ倒して本の淵まで頭を持って行ってみても、エバンはちらりと目をくれるだけ。

「ちぇー、ロジエール家のってことは闇の魔術?なんでまた」

「最近、闇の帝王という勢力が活発になっているんだよ」

「随分詩的な名前だな?シェイクスピアの劇に出てきそう」

「茶化すな、マルシベールなんてやばいんだぞ。...悪霊の火を練習してるらしい」

「なんの火だって?」

「お前たち、あまり大きな声で話すな」

「その本もそのまま持ち歩けば禁書対象だろう。没収される前に外見を変えておけ」

 

 実際、エバンのような振る舞いをする生徒は多かった。というより、スリザリンは空前の闇の魔術ブームだ。難解な闇の魔術を知っていたり、杖の動かし方ができるだけで談話室は大盛り上がりだった。男子でその先頭を行くのが一昨年から過激なマルシベールで、知識においてはセブルス・スネイプがリードしている。女子たちも惚れ薬の話をしていたのが、今やインペリオの話だ。

「なんだってまた、みんな急に危険な呪いに魅せられ始めたんだ?」

「言っておくが僕たちは違うぞ」

「違うの!?」

 部屋で愚痴れば、自ら作ったアソル・ブローズを一口飲んだバーテミウスに、すました顔して否定された。

「闇の帝王の活動が活発になっていて、各家も動き始めているのは確かだ。だが旧い家はそれだけで動いているんじゃない。夏にレギュラスが話していた、投資の話だ」

「投資?」

「将来に、魔法界の伝統や発見を継いでいくため、と言ったほうがいいかもしれないな。闇の帝王は名の通り、闇の魔術に精通する魔法使いだ。そして、闇の帝王以前ヨーロッパで猛威を振るったのが」

「あ!それはわかる。グリンデルバルト!倒したのがダンブルドア」

 蛙チョコや魔法史を思い浮かべながら回答すれば、その通り、とバーティは空中でチェックした。

 

「あの人は過去の功績もあってかなりの発言力をもっている」

「でもだいぶおじいちゃんだろ?もう前線は退いてるんじゃないのか?」

「それが退いていないらしいんだ。そしてあの人の生粋のグリフィンドールぶりはすごいだろう?」

「校長が?おれはそこまで意識したことないけど...まあ、グリフィンドールの奴らはお膝元で暴走してるようにも見える。ああ!なるほど、それでね?」

「ああ、闇の魔術にも良い魔法に繋がるものもある。魔術は魔術で、そこに良し悪しはないはずだが、ダンブルドアの頭の中でどうかはわからない。純血主義やレギュラスのような旧い家柄がどう考えて動いているかも、あの人の慮外であるかもしれない」

 これまでは穏やかだったけど、闇の帝王という輩が活発になった今、闇の魔術へ向けられる目は厳しくなる。そういう時こそ大切なのが教育機関だが、肝心のホグワーツが信頼できない、ということだ。

 

「そうなる前にブラック家がまず動いた。家の所蔵する魔法具・書物について、しかるべき知識を得、学び、きちんと管理していくべきだ、というのが僕たちの考えだ。談話室の奴らは、ただブラック家に追随していたり、魅せられた者もいるんだと思うが......」

「なるほど、そりゃ確かにわかる話だ。禁書かどうかだって、家の本棚にありゃ関係ないものな」

 ベッドにばふんとダイブして、天井を見上げる。みんなが世の行く末や自分たちの生き方を決めてる横で悔しいけれど、自分にはなにも出来ない。

 

「それで......君に頼みがある。よければ」

「え!なになに」

 手を無意味に握って開いてしていたところで、「頼み」ときてラクランは跳ね起きた。

「君は禁書を読めないし、変身術が苦手だからこなせない闇の魔術も多いと思う」

「ぼっこぼこじゃん」

「だが、授業中きちんと話を書き留められる。その......闇の魔術の研究をする分、授業なんかで困った時助けてくれないか?」

「もっちろん!君が困るところなんて想像つかないけど、もともとおれはそのつもりだぜ!古代ルーン文字は今のとこ得意なんだ。なあ、あのさ、でも聞いてもいいか?」

「なんだ」

 ラクランは快諾したが、どうしても一つ、引っ掛かることがあった。バーティは今、自分も闇の魔術を研究すると、そう言ったのだ。

「君も闇の魔術を勉強するんだろ?どうして......君の父上は」

「父上は闇祓いの、魔法法執行部部長だ。父上はきっと嫌うだろう。だが、僕は君たちがうちに来た時と、その後、もう一度お話しして、思ったんだ」

 

 マグを握りしめる白い手と、アソル・ブローズからすっかり湯気が上がらなくなっているのをみてとって、ラクランはそっと大鍋を火にかける。

「父上は自分がのし上がることに、重きをおいているのではないか、と。後のクラウチ家や、魔法界全体のことを、レギュラスやレギュラスの父上のようにはお考えになっていないのでは、と」

「まあ、レギュラスのほうがよっぽど見えてる感じだったな」

「それは真実だが、あんまりやな感じに言わないでくれ。僕の父上だ」

「ごめん。でも、あれじゃいずれ瓦解しちゃうよ。今はどんどん犯罪者が出ているからお父上のやり方も魔法界にとって意味があるように見えているかもしれないけど、魔法界は小さい」

「ああ。だからこそ僕は父上をお助けしたいんだ、そういう時代の節目に、必ず父上の方針によって出た犠牲の代償を払わなければいけなくなるから。闇の帝王が活発なうちは、そうはならないと思うけれど。時が来た時に、お支えできるように......」

「君ならできるさ、おれたちの中じゃ誰より教えるのが上手いからな」

「はは、バカ言うな。闇の魔術の教師はごめんだね」

 

 

 

 バンは再びマルシベールにくっついて回るようになったし、レギュラスはしょっちゅうフクロウを飛ばしていて、バーテミウスは目の下に真っ黒いクマを飼っては保健室で元気爆発薬をもらってきて耳から蒸気を吹くのを続けていた。

 ラクランとしてはみんなでお茶会ができないのが寂しかったが、先生のこぼれ話まできっちり、そしてぎっしり羊皮紙に書いたし、朱色のインクを買って、大事なところに色までつけてやることが、精一杯だった。

 インクといえば、3年生になったのでホグズミード行きが解禁された。とくにスクリビュルス筆記用具店の支店があるのはありがたかった。バーテミウスは12フクロウを目指すのもあって課題に追われすぎていたけど、1回だけ一緒に行ってくれたのだが、あそこの速乾性のインクがなければどんなご機嫌になっていたかしれない。

 もちろん先輩たちが絶賛するバタービールも最高だ。甘すぎるので、黒胡椒を入れると完璧。

 バーティへの労いもあって、今日はお小遣いを叩いて瓶入りのバタービール二本と、ハニーデュークスのミント菓子を買った。

 

「おやラッキー、大荷物じゃないか」

 城へ戻れば、箒を片手にしたレギュラスに会った。肩をそびやかして自分の周りに浮かせた荷物を回転させる。帰りがけ、マジック・ニープの店主にはっぱがしなびたターニップを束でもらってしまったので浮遊呪文をかけても大荷物だ。

「部屋まで代わりに浮かしてくれてもいいよ」

「ベンチまでだったら。一緒に競技場で練習しないかい?」

「おれは補欠ですらないけど、いいの?」

「今日は個人練だし、おいでよ」

 手招きされて浮遊呪文をかけてもらってから、競技場に向かって歩く。レギュラスは随分背も伸びて、自分より頭一つ大きくなった。もう自慢の肩でも勝てないかもしれない。

 

「選抜はどうする?」

「出ようとは思ってるけど...今年は自信ないかな」

「僕やエバンに借りればいいのに」

「いや...気持ちはありがたいけど、箒は借りない」

 エバンが選抜で補欠になって、おれはなれなかったとき、マグル育ちだから、とか、学校用の箒だからってのを思わなかったわけじゃない。でも、ちょっとでもそんな風に思った自分がひどく惨めだった。

 純血でないと知られても誹られないように、いい成績をとってきた。そりゃわからなすぎることはバーティたちにたくさん助けてもらったけど。

 

「おれは、いつまでも育ちを引き摺るつもりはないよ。早く飛ぶより、頭を働かせていい位置につけておくのがコツだっていうのも、選抜でわかったつもり。まだ練習が足りないから今年は自信ないけど」

「いい心がけじゃないか。じゃあどれくらいコツを掴んだか、見せてもらおう」

 競技場には、選抜以来はじめて足を踏み入れる。倉庫の中でマシな箒を選んで、芝のさくさくという感触を楽しみながら、広大な円の中心へ歩み出た。もちろん、ビーターのバットも片手にある。

「さ、腕試しだ」

 

 腕試しの結果は、ラクランとしては一時期のようにレギュラスを苦戦させられなくて悔しいものだったが、上々だったらしい。ピッチに下りれば、待ち構えていたレギュラスに頭を揉みくちゃにされた。本当、レギュラスは競技場で人がかわる。

「スラグ・クラブ?」

「そう、僕は一年の時から呼ばれているけれどね。あの人がスリザリンの寮監たる所以みたいなものだ」

 スラグホーン先生が名声を好むのはなんとなくわかっていた。ハニーデュークスのミント菓子を食べていたところで、あそこのマダム・フルームは私の紹介でウンタラカンタラ〜と始まってえらいことになったし。

 できのいい生徒を生徒のうちに見つけておいて、あれの恩師は私!と折りに触れ自慢するのがあの人の平和的欲望なのだ。

「あの人には中古の箒くらい買える寮監としての給与もある」

「たしかに、寮監からのバックアップであれば教員の依怙贔屓で済むか...。でもそれにはやっぱり選抜で勝たなきゃ」

「さっきの君なら十分やれるさ、問題はどうやって君が原石っぽいところを見せるか」

「うーーん。あ!えら昆布!」

 

 えら昆布作戦はそれほど難しくなかった。えら昆布はちゃんと図鑑で鑑定してエイル湖の水に瓶詰めして持ってきているし、いつか湖にも潜りたいと思っていたのだ。

「スラグホーン先生!見ていただきたい水草があるのですが!」

「こ、これは!」

 と白々しい会話をして、効果を証明するための素潜りを、スラグホーン監視のもと湖で見せてやれば一発だった。

 素潜りはえら昆布なしでもそれなりにできるから、えら昆布ありとえら昆布無しで泳いで、きっかり1時間、えら昆布ありでは息継ぎ無しで自由に遊泳できる(しかも、足の水かきまでヒレになった!)ことが証明された。

 自分の体が陸で生きられないものに変化するのは奇妙だったし、グリンデローや奥からやわやわと見つめてくるオオイカはちょっと怖かったけれど、スリザリンの寮ではいつものことだ。残念ながらホグワーツにえら昆布は自生していなかったので、ラクランはスラグホーンから永遠に稼げる手段を得たようなものだった。

 

「あとは選抜で選ばれれば間違いなしさ。最近また扱かれてるんだ」

 暴れ柳から(バーティの希望で)少し離れた位置から、ラクランはバッティングの練習をかねて湖に向かって石を打つ。昼下がりの空きコマでいい空が見えたので、外へ出ていた。

 思い切り撃たれた石はカッという音をたてて飛んでいき、数回はねて湖に沈んでいく。

「スープの作り置きはいらない。僕だって自分で作れる」

「あんなに遅くまでレポート書いてるくせに?」

「ケルトバーン先生の課題がわかりにくかったんだ。腕のもがれ方なんてわかるか?ところで、どんな箒を買ってもらうんだ?」

 いい加減陽の光を浴びさせるために引っ張り出したバーティは、石に寄りかかって話しながらもさらさらとレポートを進める。

「ううん、コメットかな。中古でよく出回ってるし」

「コメットはシーカー向きだろう。あんな速度は必要ない。それより静止時の安定感をとるべきだ。クリーン・スイープ7号は?」

 

「シレンシオ!ついにお前たちの尻尾を掴んだぞ!」

「なんだって?おい止まれ、インカーセラス!」

「シリウス!」

 せっかく箒相談をしていたところを不穏な声がやってきた。暴れ柳が食べようとしていた鳥たちが一斉に飛び立ってしまって、ラクランは白けた目で見る。すっかり声変わりした声での怒鳴り合いは一気に空気を張り詰めさせた。

 

 向き合っているのはいつもの伸ばした黒髪のスネイプに、黒髪をイヤミに整えたシリウス・ブラック、それに傷だらけのルーピンだ。小さいグリフィンドール生もぶるぶる震えてついているが、名前はわからない。くしゃくしゃメガネはいないが、きっとリリー・エバンズのところだろう。

 いつも通り、スネイプとブ...シリウスがカッカして、他が困ってる状態だ。いや、いつもと違う。ルーピンがなにやら真っ青になっている。バーティが今にも杖でなにやら放ちそうだったのもあって、ラクランは小石を投げ、足元に向かってバットで打ち込む。

「ホグワーツはあなたたちだけの場所じゃないんだ、騒がしくするならよそでやっていただけませんか?」

「黙れスリザリンのクソッタレ共!

 いいか、スニベルス、決定的な証拠を掴まなきゃ、結局お前はいつまでたってもホラ吹きだ。もちろん調べるのはご自由に!根掘り葉掘り探されたって俺たちに痛い腹はない!だがお前がノックアウトされたって責任取らないからな」

 ラクランにピシャリと言い返したシリウスは、大仰になにやら喚き立てて、ローブに捕まって震えているピーターを引きずるようにして去っていった。

「なんだったんだ?一体」

「さあな」

 

 静かになった、と腰を下ろそうとしたところへ、サッと影がかかる。振り返れば、これほど青空が似合わぬ人はいないだろう顔色で、セブルス・スネイプがかすかに笑っていた。

 

 スネイプの話はこうだ。あのマローダーズに入学以来ずっと煩わしい思いをしていたわけだが、奴らの秘密の尻尾を掴んだ。これが真実という証拠を出せれば、あいつらは学校にはいられない。

 ひどく機嫌の良さそうなスネイプに、確かに奴らなら退学処分もののネタはあってもおかしくないと目を合わせて頷きつつ、ポッター家の懐具合やまだ勘当されていないシリウス・ブラック相手となると、そうとうなネタでない限り分が悪い、とバーティは顔を顰めた。

「その......ミスター・スネイプ、あなたの推測は?」

「ルーピンだ。毎月体調を崩しては校医のところへ行き、授業を欠席する。にも関わらず絶えない傷」

「たしかに、あれはすごい傷跡です。ハナハッカも効かなかった」

「ハナハッカが効かない?フン、確定だな」

「毎月......なるほど、人狼だ、と?」

 バーティは少し緊張した面持ちで口に出した。

「人狼?人狼ってあの?銀の弾丸の?」

 マグルの世界でも聞いたことのある単語だ。童話の知識で話せば、それはピシャリと否定された。

 

「銀の弾丸では倒せない。闇の魔術に対する防衛術でそのうちやるだろう。噛まれれば噛まれたものも人狼になってしまう恐ろしい症状だ。確かに狼になるのを抑えられる薬もないのに同じ学校に通わせるのは危険ですね...。なぜ僕たちにそれを...?」

「聞かれたから答えたまでだ。そして、お前はルーピンとなにやら話していたはずだな?ハナハッカをいつつかった?」

「そこの暴れ柳から出てきた時に、たまたま会って...」

「それだ。暴れ柳の開き方を教えろ」

 

 ラクランは湖で生まれたらしいし、小さい頃から山と、川と、湖とに囲まれて育ってきた。一番たくさん話してきたのは、ホグワーツに入学する前であれば動物たちや木、花だ。本当に心を通わせられているかは定かではないが、それでも自分の体に当てはめて考えると、犬や猫がどこをかいてほしいかとか、木のどこに触れたらいいかとか、なんとなくわかる。

「やあ、柳。今日は太陽がおいしいね。でもそろそろ陰ってしまう。おれたちは足があるから、日当たりのいいところに動けるけれど、君は動けない。根元にある、それのせい?」

 ブオン

 いつものように話しかけてみるが、やっぱり根本のことに触れた瞬間、大きく枝を振られた。

「そうか、ごめんよ。えーっと、おわびにひこばえがまっすぐ立つように、幹に触っても?」

 いつもよりずっと警戒して枝をしならせる暴れ柳に、バーティと目配せしてすぐイモビラスしてもらえるようにお願いする。

 けれどふるりと身を震わせた柳は、どうやら許してくれたらしい。言葉通り雨風で倒れたひこばえを、きちんと太陽を受けられるようにまっすぐ上へ伸ばしながら、幹に手を這わせる。そして、柳の枝先が少し緊張したのを見逃さず、少し高い位置にあるコブを、ジャンプして思い切り押した。

 

 ぎゅっと瞑っていた目を開いてみても、柳は柳のまま、いや、いまや立派なだけのただの柳だった。いつまで固まっているかわからないから、飛び退って距離を取る。根元には、たしかに人一人が通れそうな穴が空いていた。

「かわいそうなことをしちゃったな。でもこのコブです。近づくのが無理なら、コブを枝か石か、何かで押せば道は開く」

 柳はラクランにとっては友達だった。物言わぬ友達たちと同じように話しかけて、しゃべらないけれど、意思疎通ができた始めての友達でもある。それを裏切ってしまったようで、けれど満月が来れば狼になってしまうという秘密を秘密にしておいてはいけないとも思ってしまって、頭はぐちゃぐちゃだった。

「それでは、僕たちはこれで失礼します」

 予鈴が聞こえて、バーティに引っ張られるまま、スネイプの前を去った。

 スネイプは、やはり笑っているようだった。

 

「レギュラスたちにも、伝えたほうがいいと思う?」

 授業も夕食も終えて、ベッドに腰掛けながら本で調べていたら、人狼がどんどん怖くなってきたラクランは、恐る恐るバーティにきく。

 特効薬もないし、狼になるだけならまだしも、人間としての理性まで失ってしまうなんて。同じ学校内にいて、満月の夜は常に危険と隣り合わせと考えると、今夜は寮が地下にあることを感謝しないではいられなかった。

「いや......レギュラスに伝えると本格的に話が動いてしまう」

「なぜ?」

「忘れたか?シリウス・ブラックはあれでもレギュラスの兄弟だ。ブラック家の子供の側に、学友として人狼がいる状況を看過しないだろう。冤罪だった場合、大変なことになる」

「そうだね。できれば間違いであってほしいし......さっきので、スネイプに聞けば判明したことは教えてくれそうだものね、確定してからの方がいいか。でも、入口を見つけたって万一噛まれたら人狼になってしまうんだろう?魔法薬も効きにくいなら、魔法だって同じはずだ。どうやって安全に確認するんだろう」

「頭に血が昇っているようだったから、考えていなくてもおかしくないな。たしかに、そういえばシリウス・ブラックもおかしかった。調べるのは自由!といって、まるでヒントを振り撒くように...君!ルーピンと会ったことをブラックに知られている可能性は?」

「たぶん知られてるよ、大広間でルーピンと目あったとき、その後シリウス・ブラックとも目が合ったんだ」

「じゃ間違いない、あれは罠だ!」

 不意に目を剥いたバーティに、ラクランも飛び上がる。パジャマのまま、バーティは杖だけ持って走り出した。

 

「罠って?」

「信じがたいが、わざとスネイプを危険な目に合わせようとしているんだ!」

 叫び返しながら、ダダダダ!と階段を降りる。談話室には誰もいなくて、バーティはチッと舌打ちした。そのまま廊下へ飛び出る。真っ暗で慌ててルーモスを唱えた。もう完全な校則違反だ。

「どこへ行こうとしてるの!?」

「先生のところだ!」

「見回りかも、絵にきいてみようよ」

「なんだね、どうした??」

 物音を聞きつけたのか、研究室から出てきたらしいスラグホーン先生が眩しそうに手を翳しながら現れた。

「スラグホーン先生!大変です、スネイプが暴れ柳に!」

 スラグホーンは呼べたものの、太っちょでフーフー行ってちっとも進まない。スラグホーンを置いて、暴れ柳まで走る。

 

 城の外へ出ればルーモスなんて必要ないくらい明るかった。憎らしいほどきれいな、大きな満月によって、地面にはくっきりと影が落ちる。夜露が素足に冷たく、滑った。

「あ、あれ!」

「罠だ!行くな!!」

 声を張り上げても人影には届かず、ラクランのアドバイス通り小石でコブを叩いたスネイプはルーモスの杖明かり片手にするりと穴へ入っていく。なんだってそう思い切りがいいんだ!!

たどり着いた時には、暴れ柳はすでにいつも通りに戻っていた。

「ど、どうしよう!?」

「ハァ、ハァ、落ち着け......まだ穴の先にいるのが人狼と決まったわけでは」

「おや、おちびさんたち、ここで何してる」

 火照る頬もそのままに慌てるところへ、軽薄な声がかかる。振り返った先はくしゃくしゃの髪に、丸メガネ。にへら、といつも通り笑ったのに、ラクランの中で何かがプッツンと切れてしまった。

 

「お前!」

 胸ぐらを掴んで殴りかかる。うわ!なんて間抜けた声が聞こえるけれど、そのまま地面に押し倒して拳を構えた。

「どういうつもりだ!友達を人殺しにするのか!?」

「人殺し!?なんのことだよ」

 とぼけ顔を一発殴る。メガネがあたったが、拳は熱いだけだった。

「スネイプにわざとヒントをあげただろ!おれは柳の開き方を教えてしまった!でも罠だと思って、伝えに来たけど間に合わなくて、ルーピンも大事な友達なら、なんで!こんなこと!」

 喚くのに合わせて殴ろうとしたけれど、バーティにはがいじめされる。

「ラクラン、やめろ!コイツに構ってる時間がもっったいない。とにかく先生を呼ぼう」

「待ってくれ、スニベルスが、この中に?」

「スネイプだ!スネイプが、シリウス・ブラックとおれのせいで!」

「......わかった、君たちはダンブルドアを呼んできて。僕が助けに行く」

「はあ?どうやって」

「ウィンガーディアム・レビオーサ!、ほら、さっさと行け」

 ラクランが何かいう前に、バーティが素早く小石をコブに当てて、顎で示す。それに頷いたポッターが、初めてみる真剣な顔になって穴へ入っていった。

「早くダンブルドアのところに行こう」

 

 校長室へ階段を上がりかけたところで、騒ぎを聞きつけていたのか、校長が上階から降りきた。

「ダンブルドア先生!すぐに来てください!」

「暴れ柳を、スネイプが通ってしまって!」

 青い瞳が三角メガネの奥で開かれて、口が何かを発する前に、手をグイッと引っ張って駆け降りる。ご老体だが、背が高いからついてきてくれた。

「シリウス・ブラックがけしかけるようにヒントをやったんです、それで、おれも、暴れ柳の開き方を教えてしまって、後から罠だと思って」

「後で聴くとも、今は急ごう」

 

 暴れ柳に駆けつけた時には、蒼白な顔のスネイプと、泣き喚く小さいグリフィンドール生、そして唾を飛ばしあって口論するシリウス・ブラックとポッターの姿があった。スラグホーンもやっとたどり着いたらしい。

「大丈夫ですか?!」

 血を流していてもおかしくない顔色に、まずスネイプの方へ駆け寄れば、ゆっくりと目が合った。全身黒い制服だからわかりにくいが、手足を確認する限り、どうやら怪我はないらしい。その間に、黒い瞳に激しい怒りが浮かんだ。自分の肩越しの視線を追いかければ、ポッターとブラックの姿があった。

 

「なにがあったんじゃ」

 月光にキラキラと輝く目を前に、バーティが口火を切った。澱みなく、今日の午後から先ほどの気づきまで話す。

「それで、皆さんの様子から、穴の向こうにはやはり人狼になったリーマス・ルーピンがいると考えます。ラクラン、なにか補足する情報は?」

「はい.......。えっとバーティが言った通り、柳の開き方を教えたのはおれです。お...ぼくは柳をよく見に来てて、緊張してるとか怒っているとか、から、なんとなくわかりました。ルーピンには以前、朝散歩に来た時に、ここで会ったことがありました。そのときハナハッカを傷跡にかけても効かなかったことを、ミスター・スネイプに話ました。それで、その時には気づかなかったのですが、ルーピンを通して、シリウス・ブラックにも僕が柳と仲が良いことが伝わっているなら、あれは罠じゃないか、と」

「おぬし達の推測はあっておったわけじゃな」

「そのようです」

 

 そこまで言えば、ダンブルドアはふー、と長く細い息を吐き出した。

「ルーピンについては、特別措置として満月の夜に生徒の立ち入れない隔離場所を用意することで、わしが通学を許可した。お主のような子もおることも計算に入れなかったわしの責任じゃ。今後は本当に誰にも入れぬよう魔法をかけ直す」

「お願いします」

 はじめから、とバーティがピシャリと言った。それに、ダンブルドアはおや?と眼鏡をずらす。

「おぬしたちはルーピンを退学にするつもりはない、ということか?」

「そもそも僕たちは誰かを退学になんてできません。それに、この件で言えば彼は被害者でしょう。これで退学というのは酷いと思います」

 バーティがこう言うのは意外で、ラクランも目をむいた。

「僕も同じ考えです。以前ここで会った時、自分で掻きむしったような傷痕がたくさんありました」

 あのときはなにか恐ろしい魔法生物を相手にしたか、柳を怒らせたのかもと思ったのだ。あれが、狼の爪でできたものなら......。教科書の通りなら、人狼になっている間理性はないのに、それでも自分を傷つけるくらい、人や周りを傷つけたくないと思っている人だということだ。

「本人は決まり事通り行動していたのに、秘密を知っている人の裏切りのせいで退学はあんまりです」

「俺は裏切ってなんかない!」

 もっとも腹に据えかねていることを、怒りの向かう先であるシリウス・ブラックを睨め付けながらいえば、灰色の目をギラギラとさせて吠え返される。でも今までのように怖くはなかった。

「あなたはそう思っているんでしょうが、僕たちからすればそうは思えないのは事実です」

 バーテミウスが冷たく一瞥して切り捨てたので、ラクランも無視した。

「オホン、ではリーマス・ルーピンが無事卒業するまで、この場にいる者たちで今宵の秘密を守ることとする。良いな?」

 ダンブルドア先生の言葉に、スネイプの口が不満そうにわなないたのが見えたが、踊らされて突っ込んだ挙句助けられてしまった手前、何も言えないのだろう。口角をグッと下げて顎を引いた。

 

 まだ月は煌々としている。汗だくのスラグホーン先生に連れられて、釈然としないものを抱えながら、ラクランとバーティは寮へ戻った。

 

 

 




なっがくなって申し訳ないですが、切りどころがなく...あとどうしてもシリウスによるけしかけ事件を1/26のウルフムーンに出したかったのです...満月の各呼称の由来はネイティブアメリカンですが、せっかくなので。

今回の捏造箇所について
・バーティの12フクロウに向けた歩み
ハーマイオニーは逆転時計で複数授業を履修しましたが、彼女はマグル生まれの魔女である、という点が特異な事情でした。ビルとバーティが12フクロウ達成者なわけですが、二人は純血魔法族で、家でも魔法を使うことができる環境の子供です。二人に関しては逆転時計の使用が明記されていないのと、お家で予習も十分可能な環境と考えられるので、課題提出と試験受験という形にしてみました。

・純血旧家の役割
バーティはお父さんがあの通りなので、純血名家らしい資産運用などの大人の仕事の話はあまり学べていないかな、代わりにレギュラスは教育されていそう、という考え。ルシウス・マルフォイも魔法省の家宅捜査前におうちにあっちゃヤバそうなものを売りにきているわけですが、ああいうものを保管・研究するのも重要な役割ですよね。

・スリザリンの闇の魔術ブーム
闇の魔術への傾倒!リリーのセリフからして、スネイプがつるんでたマルシベールは実践しちゃってたようですし、スネイプもずぶずぶ、そうなっていくことがむしろ正しい環境だったのが当時のスリザリンかな、と思っています。シリウスもあの辺の世代みんなデスイーターになったでっていうてたし。ただ、みんながみんな闇の帝王に敬服していたというわけではなく、各家の思惑や、純粋に魔法界の将来を思う気持ちもあっただろうな、と思ったので、バーティやレギュラスの考え方に反映しました。

・シリウスがスネイプをルーピン(変身中)にけしかけ事件
原作ではさらっとだけど、めちゃくちゃやべえ事件だと思うんですね。ちょっとバーティとラクランが原作にはない介入をしてますが、暴れ柳の攻略方法をその日に知っちゃってスネイプ突入が1ヶ月早まった、程度のバタフライエフェクトを目指しました。
5年生の時のことなのか6年生の時のことなのかちょっと曖昧...時系列的に、5年生のときの穢れた血事件の前...?と考えていたので、拙作では5年生時の事件としました。
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