ラクランと喧嘩をした。
初めてのことだ。あの子は穏やかで、黙って話を聞くのが幼い頃から得意だった。ふざけてプロレスをすることはあっても、あんなふうに口撃しあい、まして家出されたのは初めてだ。
そんなに、このカビ臭い家に戻りたいものだろうか?ラクランの心残りなら、火を放ったって構わないと思っていたのに。
いつまでも巣の中にはいられない。立派に育ったら、巣を壊し周囲の生態系を乱す前に、若い鳥は旅に出る。あいつも、そういう時期なのだろうと思っていたが。
もやもやとする気持ちも、長いドライブで段々と消えていった。アイビーがハマるのもわかる気がする。
アランはリチャードのバイク仲間による情報網でつかんだ、最近流行っている修理工を尋ねるべく、東のマレー湾近郊を目指していた。海の方から徐々に夜が終わり、明るくなっていくのが見える。冷えた空気の中で熱い太陽の色はそれは美しく見えた。
なんでも、どんな骨董品バイクであっても「まるで新品パーツを取り寄せたようにピカピカに」なって帰ってくるという。マレー湾沿いは景観がいいから、走り屋に人気だ。ここ数年のうちに、俄かに話題になった店で、老舗ではないらしい。
自分で手を動かしたからわかるが、金物の小傷はヤスリや研磨剤でやったところで限界がある。研磨剤だけでなく、よくよくコーティングしなければ強度も落ちる。だから、「新品のようにピカピカ」なんてな物理的に不可能だ。胸ポケットに入れたラクランの写真を叩く。自分の予想が合っていれば、この訪問はきっとこの先、ラクランの助けになるはずだ。
アランは咳を抑えて、またバイクをふかした。
修理工は、地図で教えてもらったとおりのところに店を構えていた。こぢんまりとした紅茶色の屋根の店で、海の方を向いている。ふつう、車屋は潮風を厭うものだが、ここはどういうわけかピカピカのバイクが野晒しになっていた。
"ヒドラ・グライド"
ハイドラ・グライドを思わせるハーレー寄りな店名を気にしてか、ドラゴンの描かれたかしいだ看板の脇には、トライアンフも歓迎!マン島TTレーサー御用達!と手書きの看板が付け加えられている。フン、と鼻を鳴らして、アランは荒々しくドアを開いた。
チリンチリン、と涼やかに小さなベルが鳴る。
「はぁい、修理のご依頼ですか?」
奥からオイル汚れのついた前掛けで手を拭いながら、ひょろりとした男が現れた。白髪混じりの長い黒髪を乱雑に後ろで括ってある。革手袋を外し、ゴーグルをひょいとあげてみせた。灰色のくすんだ瞳が黒く汚れた顔の中できらきらと光っている。しかし、ずいぶんと不用心だ。
「依頼をしようか、検討中だ。頼む前に聴きたいんだが、おたくはずいぶん綺麗に直すとうわさだからね。どんな手を使っているのかと」
「はてさて、お眼鏡にかなうといいのですが」
おどけて話すが、訛りはなく完璧か、少し古びたRP発音。この辺りの人間ではない。
よどみなく手を動かしてみせる男に焦ったくなって、アランはひとつ、試してみることにした。
「"レパロ"は使わないんだな」
ピタリ、と男の手が止まった。なんですか?と言わないのだ、もう決まったようなものだろう。腕組みして見下ろせば、男は引き攣った笑いを浮べる。焦っているのか、しきりに作業で乱れた髪をかきあげる。また耳が汚れた。
「驚いた、マグル製品不正使用取締局ですか?あそこが真面目に仕事する日が来るとは」
「今、マグルと言ったな?魔法使い」
胸ポケットから、孫の写真を引っ張り出す。髪の色も、目の色も違う。だが顔立ちも、耳も、瓜二つ。
「これはわしの孫だ。お前、アイビー・ケイヒルという名に覚えはないか」
写真とアランの顔を数回行ったり来たりして、ついに写真を注視した灰色の瞳が、ゆっくりと見開かれていった。
三匹の蛇 13
動かない頭のまま、ラクランはとりあえずフクロウに郵便を頼んだ。レギュラスがトムに紅茶を注文して、静かに話せるところを頼んだら、ラクランの部屋を指さされた。
よその部屋からかき集めたチグハグな椅子で小さな丸テーブルを囲んでいれば、ジンジャーコーディアルの瓶つきでかちゃかちゃとティーセットが浮いてやってきた。ポットの蓋をレギュラスが少し開けてから頷いて爪先で軽く叩くと、ポットがふわりと浮いて中身をサーブ用のポットに移し替えていく。重苦しい沈黙の中、誰の口端も動かなかった。
「あ、待て。俺はいらない」
エバンのカップにジンジャーコーディアルを垂らそうとする瓶に、立ち上がって待ったをかけたエバンがミルクをカップに入れて、ようやく時間が動き出した。
「さて、それで...どこまで話したかな」
「イザベラが入院しているって...」
「ああ。しかも、闇の帝王のしもべによって」
「なんだって?」
「待ってくれエバン、あの方の指示とは限らない。あの人は感情的な人だから......」
言葉を濁すレギュラスに、ラクランは足元の床が崩れるような心地になった。
「どういうこと?ベラを病院送りにした人に、君は心当たりが?」
「ああ。ベラトリックスは僕の従姉妹だ。今はレストレンジ夫人だが......。彼女から僕のところへ、"忠告"が来てね。同級生の管理はきちんとしておけと」
ミセス・レストレンジ。新聞で見覚えのある名前だ。新聞に載っているんだから、過激派中の過激派だ。
「綺麗な人だけど、もうすっかり狂ってるな、おっと失礼」
「いや......ベラトリックスは忠誠心と能力ある魔女だ。忠誠心がありすぎるところはあるけれど、実力は確かで、あの方にも信を置かれているという。彼女の忠告は、君たちにとっても聞く価値があると思ってね。バーティ、君がこれを父上に共有しないことを祈るよ」
「父は家に帰ってすらこない」
硬い面持ちでレギュラスがポケットから差し出したのは、びりびりに破けた羊皮紙だった。
「レギュラス、お前吠えメール送られたのか!?」
「ああ、人生で初めてね...」
嬉しそうに吹き出したエバンに、レギュラスは少ししょげたように肩を落としながら、紅茶で指先を濡らして、一枚一枚テーブルに開いていく。ビリビリになろうと、力強く綴られた文字は読みやすかった。
"マグル贔屓の小娘がお前の周りを彷徨いているとは、どういうことだ?あのお方は開心術に特に長けておいでだ。決してご機嫌を損ねるような者を許すな!お前の周囲のものを管理しろ、心の中まで。掟に忠実な賢いお前は、わかっているはずだろう?"
「開、心術......」
「本では読んでいるし、習得していれば損はない魔法と思ってはいたけど......」
「じゃあ、ミセス・レストレンジもイザベラの思いや考えを開心術で知ったということ?」
「彼女の実力は本物だから、レジリメンスでもおかしくない。けれどレジリメンスは、時間と空間がものを言う。イザベラの話をなにかの拍子に小耳に挟んで動いた可能性が高い。あの家はアンドロメダの裏切りがすでにあったから、彼女は血を裏切る者の話に特に敏感だ。独断で動いて、僕に忠告しているのだと思う」
「それじゃあ、彼女は...?」
はくり、と口を動かしたけれど、なんの音もつなげずにラクランは俯いた。唯一ことの詳細を知っているバーティのほうから、鋭い視線がさしてきているようだった。
おれは、イザベラがこっぴどく振られても、まだその人を好きでいるんなら、それは見返りを必要としない、ただ降り注ぐ神様の愛にも似た、すごいことだと思ったんだ。嘲笑われる必要はないし、悲しい思い出にするんじゃなく、時間で擦り切れてしまうまでは、神の愛のような気持ちを誇ればいいと思って、あの言葉を送った。
でももし、マグル生まれの癒者への愛を、持ったままで良いんだ、なんて愚かにも肯定しなければ。おれが周りと一緒になって、彼女を嘲笑していれば。彼女は今頃癒者への想いを悲しい思い出にできていたし、マグル生まれの癒者を心から罵ることだってできたはずだ。
「起こったことより、これから起こることを考えるべきだ。心の中を管理、とは?」
ひとつ、息を吐いたバーティが先を問う。
「ベラトリックスはあの方になにか隠し立てすることも、ご機嫌を損ねることもよしとしない。現実的に考えれば僕はマグル贔屓やマグル生まれから徹底して距離をとり、排斥の姿勢を取れ、ということだろう」
「つまり......ラクランと関わりを持つのはまずい、と?」
ちらり、と目を動かしたバーティと、ラクランの目があう。焦茶色の瞳と焦点は合わなかった。深いところで、なにか考え込んでいる。
「今更関わりを絶ったところで、だ。心を読まれれば全て明らかになってしまう」
レギュラスは足を投げ出して椅子にもたれながら言った。
「そもそも頭の中を全部読まれるのはあのお方であろうと気味が悪いし、都合も悪い。閉心術を練習するか?」
「難しいことはわかっているけれど、やらなくちゃならないだろうな。ラクランは...どうなるかわからないけれど、バーティと同じく、あのお方に共感しているような振る舞いはしておいた方がいい」
合理的なことはわかるけれど、ラクランは思わずぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。
「イザベラを病院送りにした人たちの仲間になりたそうに振る舞うってこと?」
「君らしくないな?その通り。同じく病院送りになりたくないならな」
「むしろおれは病院送りになるべきだ。イザベラの代わりに」
「病院送りになるべき奴なんているか!それに君が攻撃の対象になると、君のお祖父さんにも危険がおよぶ可能性があるんだぞ。そして僕たちにも、家族にも!」
机を叩いて立ち上がったのはバーティだ。それを、レギュラスとエバンがあわてて抑える。
ラクランもバーティにつられて椅子から立ちあがったけれど、きちんと言い返せる言葉もなく、よろよろと後ずさってベッドにぶつかる、そのまま仰向けに倒れて、腕で目を隠した。目尻を冷たいものが伝って、耳の方へ流れていった。
しばらく時計の音だけが聞こえていた。ふいに左隣が静かに沈んで、隣に誰か座ったのがわかる。
「......君は見舞いに行っていないから、そんなことが言えるんだ。僕たちはイザベラのようになる君も、僕たちのうちの誰かも、もちろん家族も見たくない」
レギュラスだ。腕を少しずらせば、まっすぐ前を向いて座ったレギュラスがいた。
「イザベラは、そんなにひどいのかい?」
「いつ退院できるかわからない。魔法の力を使い果たしただけでなく、心にも体にも重傷を負っていて、目を覚さない」
「そんなに......」
もう一度、目を腕でかくす。そこで、疑問がむくむくとわいてきた。
「.......どうして、ミセス・レストレンジは、イザベラをそんなに徹底的に痛めつけたんだ?ただでさえ魔法族は数が少ないし、闇の帝王は心を扱うのも上手だという話なのに」
まるで、一度"間違い"を犯したら、二度と取り戻せないような扱いじゃないか?
「それは......」
「なら、どうして君たちは従うの?」
「理由はいろいろあるけれど、僕たちにとっては彼らの方が正しいからだ」
さっきまでまっすぐ前を向いていたレギュラスは、少し俯いて言った。ラクランは納得できなくて、腹に力を入れて起き上がる。
「正しい?同じ魔法族で攻撃しあうのが?」
「僕たちが今日まで純血として生きているのは、先祖たちが過去マグルやマグルに協力する裏切り者と戦いながら、血と力を継承してきたからだ。かつての魔法族達が残した恩恵を受ける僕たちは、昔の魔法族の罪を背負わなければ」
「だからって、同じ罪を重ね続けなきゃいけないわけじゃない。時間は川みたいなものだよ、流れて移り変わるものだ。さしずめ僕らは川底を転がる小石さ」
勢いよく振り返ったレギュラスの顔には、明らかな侮蔑があった。顔を怒りで青くして、薄い唇はわなわなと震えながら、口端だけが笑っていた。
「君は自由な小石でも、僕たちは違う。僕たちはいうなれば大岩から分かれた、鎖に繋がれた石だ。大岩によって、流れの中でも守られてきた。同じくつながる家族のために、好き勝手流れに逆らうわけにはいかない」
「それって」
「あーもう、やめだやめ!なんだってお前達ってすぐまどろっこしい会話になるんだ?」
エバンが大きな声で、お決まりのように頭をガシガシかきながら、ベッドの反対側にボンと腰掛けた。ラクランとレギュラスは衝撃でちょっと飛んで、そのラクランの肩を、エバンが押さえつける。
「ラクラン、いいか、言いたいのはこうだ。俺たちはお前と友達になりたいと思って友達になった。今でも友達になってよかったと思ってる。でも、それじゃマズイのが今だ。俺たちはお前ほど自由に身動き取れないし、お前がマグル育ちとバレるのも困る。だから俺たちと友達でいるために、一緒にあの方のもとへ下るポーズを取っておいてもらいたい、そういう話だ。その方が軋轢は少ないし、スムーズだろ?」
エバンの手はいつも暖かい。そして、こういう言い回しがことさらうまいのだ。ラクランは唇をかんだが、丸め込まれる以外、言い返す術がなかった。
「そんな言い方はずるいよ、おれだってみんなと友達になれたのは一番の幸せだと思ってる。みんなに迷惑をかけたいわけじゃない......ただ、闇の帝王の考え方が納得いかないだけだ」
「見方を変えれば見え方も変わるって言うだろ。それかあれだ、お前がもっと効率的な代案を出せるようになれば良い」
「あのお方に?エバン、夢物語を吹き込むな」
「そうか?僕は目的をもっと効率よく達成する策があれば、あのお方も乗ると思うが」
言い出したのはバーティだ。一人腰を落ち着けて、予言者新聞の手配欄を示していく。
「ミセス・レストレンジはともかく、他に腕の立つ死喰い人は数人だ。掃討を仕掛けるには困難な規模だから、父上も各個撃破をねらって闇払いに対人の魔法使用許可を出すだけに止まっている」
「残念ながらエバン、参謀はバーティで十分らしいや」
窓の外からギー!ギー!と声がして、ついに新学期にむけた、教科書の案内がホグワーツから届いた。漏れ鍋にいることはお見通しのようだ。案内の封筒から、ころりとバッジも出てきた。PREFECTと彫られた緑色の盾だ。
「ラクラン?今度はトイレの掃除よ」
「あ、はーい」
宿泊費を少しでも浮かせるためのアルバイトの時間だ。ラクランは慌ててバッジをベストのポケットに突っ込んだ。
「断った?!」
「断ったんじゃない、僕を候補から外すように、昨年からお願いの手紙を送っていた。12科目でO.W.L.を受けるのに支障をきたすしね。君が選ばれたのは君の実力だ。そもそも、授業中他の科目の勉強をする僕より、君の方が適任だろう?」
コンパートメントで恐る恐る、間違って監督生バッジが送られてきたかもしれないんだけど、と切り出したら笑って返されて、すっかりラクランはぶすくれた。バーティは頭がいいけど、周りも同じくらい頭がいいと思ってしまう時がある。
「俺はー!?俺、俺!」
「君な...成績でラクランに勝ってから言うべきだろう、レポートだってひどいし」
「それに君も当主の勉強があったりするんじゃないか?レギュラスはそれで断っていたでしょ」
二人から次々に反論されてエバンは思い切りうげえという顔をした。
「ないよ、ウチはあくせく働くばっかりの現場主義だからね。マ、とにかく監督生さんは最初の仕事があるんじゃないか?」
「あ、そうか見回り!」
列車内の見回りから始まり、一年生の引率、寮で気をつけることを教える。翌日は遅刻しそうな子を助けたり、廊下で魔法を使いそうな子を無言呪文で武装解除したり、不真面目にレポートを自動速記羽ペンで書こうとする子を睨みつけたり。
スリザリンの上級生たちは洒落にならない魔法を使っているし、すでに学校に戻ってきていない人もいるから注意のしようもなくて、もっぱら下級生の世話に明け暮れるハメになった。監督生の仕事はそれほど面白いものではないし、輝かしくもなかった。
一つ挙げるなら一年の頃から稼ぎ続けた寮の得点を、自分の一言で操作できるのはなかなか感慨深かったが、マローダーズもいろいろと忙しくしているし、せいぜいレイブンクローのロックハートあたりが起こす騒ぎで減点するだけだった。
「レジリメンス!」
「うわ...!」
去年には闇の魔術の実践部屋だったバーティとラクランの部屋は、今や一歩踏み入れれば開心術がとんでくる部屋だ。ものが壊れることは無くなったし、休み中スプラウト先生に預けていた養殖エラ昆布の水槽や牙付きゼラニウムの鉢を置けるのはありがたかったけど、それぞれの開心術も荒削りだから不快感が強くて、いつも汗の匂いがした。
汗、汗といえば水。水といえば湖。
この寮のように、ラクランの心も、深い湖に沈んでいる。
あっちへふらふら、こっちへふらふらと漂って、エラ昆布のように掴めないし、水流で転がる小石のように自由だ。外から侵入してくる力があるけれど、湖は波立ってゆらめき、しぶきをあげて、ラクランを包んで隠す。そうしてしばらく水の流れるままに任せていれば、力が遠のいていくのを感じた。
「ぷは!畜生、また防がれた!こんなに近づいたのに!」
目の前でエバンが汗まみれの顔を上げた。
ラクランも水の中からゆっくり息を吐きながら水面に浮上して、顔を出すと同時に目を開ける。
「うまくいってた?」
「お前の思考は読めなかった。というか、心に近寄れなかった感じだ」
「目を瞑って固まらなければ合格だったよ」
「いや、一歩前進だ。今度は呼吸を止めてなかった」
顔を洗うためのたらいに水を溜めてやれば、エバンが顔の汗をザバリと流した。
「溺れてるような気になるから、本当に嫌だぜ、お前の相手。なんで心を閉ざすのがそんなにうまいんだ?」
「心を閉ざすんじゃないんだ。湖の中にいるのをイメージするんだよ。ただ水の中で漂うんだ」
いつも優秀な魔法族の友人たちの中で、オクルメンシー(閉心術)だけはラクランが先をいっていた。少し鼻が高くて、フフンと笑う。
「なにも考えてないってことかい?ううん、そうなるとあんまり使えないな...」
「なんだって?考えてるよ!水を漂う藻の気持ちになってみたり、石になってみたりするんだ」
「やっぱり戦いじゃ役に立たないじゃないか」
控えめなレギュラスの指摘に言い返せば、バーティにため息をつかれた。おれのオクルメンシーを破れないくせに、酷いやつだ。
「でも、心の周りに水を張るのはいいアイデアだぜ。城壁を築いたり、心の表面を鉄で覆うようなイメージをしていたけど、裏を掻い潜られたり覆えていないところを突かれたりしていたし。ここなら水の中のイメージはしやすい」
気分転換にエルダーフラワーコーディアルでも出そうか、と思ったところだったけれど、エバンは自分の頬をパンと叩いて立ち上がった。
「エバン、ほどほどにしないと」
「俺たちは時間がないんだ。わかってるだろ?」
「今、十分頑張ってるじゃないか。必ず実るさ」
「さあ、どうだろうな」
自動巻きの時計と睨めっこするまでもなく、O.W.L.学年に相応しい量の課題に追われるうちに、あっという間に時間は過ぎていく。
課題もやらなくちゃいけなかったけれど、魔法もやらなければならなかった。闇の魔術に、閉心術。すでに目の下は真っ黒で、バーティは血みどろ男爵と見分けがつかないくらい青白い顔で歩いている。
「お前の学年、大丈夫か?O.W.L.を受けられるのか心配になる顔色のやつばっかりだ」
「仕方ないよ、それがO.W.L.学年ってやつだ」
「俺たちの時は、ここまでじゃなかったけどな」
レギュラスの学年で監督生になっているウィルクスに言われて、曖昧に頷く。闇の魔術は教わる側だし、閉心術はうまく教えられない。結局、できることを続けるしかなかった。
「レジリメンス!」
厚い岩壁に、それをなんとか越えると深い水堀。そんなイメージの堅牢な守りだ。けれど岩壁を蔦が覆っていけば、あっという間に亀裂が入って朽ち、水が溢れ出す。水に乗って、思いも溢れてきた。
冷たい表情で扉を閉める男の人、女の人の叫び声、兄の部屋の下劣な写真たち、蹴られても繕いものをする屋敷しもべ、影が後ろから伸びてくる。窓をあければ目をぎらつかせたシリウス・ブラックが高笑いして見下す。シリウス・ブラックの姿はチカチカと明滅して、エバンやバーティ、マルシベール、そして新聞に載っていたベラトリックス・レストレンジなどの姿になった。最後にまたシリウスの姿になって、縋り付く女の人を振り払っていく。
「やめてくれ!」
大音響の感情と次々入れ替わる映像に目を回しているうちに、掴み掛かられて我にかえった。
目と鼻の先にレギュラスの白い顔があった。
肩で息をして鼻先から汗をおとしていて、今にも崩れ落ちそうだ。お互い呼吸を整えている内足に地面の感覚が戻ってくる。
レギュラスはラクランに縋るように床に膝をついていたが、ハッと気づくと立ち上がって、部屋から出ていった。
「すごいな、今までで最速だった」
バーティがポツリとこぼす。呆然としていたラクランも、やっと息の仕方を思い出した。
「違う。おれが上達したんじゃなく、レギュラスが脆かった」
「僕たちと違ってO.W.L.じゃないのに?」
「俺たちと違って、今年で間違いなく謁見だ......本当に時間がない」
「やあ、いい夜だね」
「ああ、こんばんは。寮からじゃわからなかったけど、今日は星が綺麗ですね」
通常見回りは仲がそれほど険悪でないレイブンクローとスリザリン、グリフィンドールとハッフルパフという組み合わせで、上階と地下からそれぞれ見回るようになっているけれど、リーマス・ルーピンは諸事情によりたびたびシフトが変わるのだ。
狼人間なのに夜の見回りのある監督生をこなすとは、尊敬に値する。
新月に冴え冴えと輝くシリウスをみて苦く笑う顔は、随分くたびれていた。
見回りのみちみち、ピーヴズが鍵穴に鼻くそをつっこんで細工しているのに、ワディワジ(逆詰め)!する。すごい勢いで鼻に戻っていったから、あのうるさいピーヴズも声もなく逃げていった。
「いい魔法だ」
「最近はほとんどピーヴズ専用ですけどね。ところで、就職は順調ですか?」
「ご想像の通りさ、どこも新規採用をなかなかしないし、私はより厳しい」
「お労しい。監督生の栄誉も、このご時世じゃかたなしですよね」
ラクランは心の底から言った。マグル育ちの自分も、宙ぶらりんのお先真っ暗だ。家に戻ればじいちゃんの迷惑にもなるし、危険に晒す。かといって魔法界で下手に動けばまたかけがえのない友が、イザベラのような目に遭うかもしれない。
オクルメンシーを練習してなんとか入り混じろうとしている自分とは違い、ルーピンは偽るのにも難があるから、より大変そうだった。けれどそれが少し、羨ましくもあった。
「スリザリンは相変わらず闇の魔術を?」
くるりと振り返ったルーピンが、ラクランの心を読んだようにきいてくる。穏やかな瞳ではあったが、ラクランも居住いを正した。
「まあ、上級生は皆。学ばないものは寮の潮流に反しますから。おれは苦手ですが...」
「恐ろしいな」
「あなたたちの方がよほど恐ろしいでしょう。4、5年生の頃からミスター・スネイプと呪文を打ち合っていた」
「ジェームズとシリウスは特別さ」
肩をすくめたルーピンは卑屈に笑った。白い石壁の廊下に差し掛かり、星あかりで柔らかな灰色の影が落ちる。曲がった背中の長い影は、ひどく弱々しかった。
「おれは闇の魔術が苦手ですが、一つ気になっていることがあって」
「なにかな?」
あからさまな話題転換だったが、ルーピンはおどけた調子で応じてくれた。
「闇の魔術を使うと、心が脆くなったりはしますか?もしそうなら、それを治す方法はあるでしょうか?随分みんな参っているから」
「さあ、闇の魔術にはそこまで詳しくないからね」
「ご冗談を!」
スリザリンの各家が持ち寄った蔵書を、シリウスたちは掻っ払っていたのだ。読んでいないはずがない。卓越した才能だけで勉強をしない人たちなら、あんなに教授たちが梃子摺るわけもない。
「......心に影響するかはわからないけれど、一つだけ。守護霊の呪文のことは気になるかな」
「守護霊?」
「N.E.W.T.レベルでやっとできるような魔法だけれどね」
「ああ、思い出しました。レシフォールドから生存する唯一の対処法ですね。それから、アズカバンの看守をしているディメンターたちにも有効な」
「よく知っているじゃないか。では、どうしてアズカバンには闇の魔法使いであっても捕えることができるんだろう?」
「なんだか授業みたいですね」
指を立てて、いきいきと問いかけてきたルーピンに、ラクランはクスリと笑った。
「ううん、闇の魔法使いでもディメンターは恐ろしいから?守護霊の呪文はN.E.W.T.レベルなんでしょう、習得している人は少ない」
「母数は少なくても、卓越した魔法使い一人が救出に行けばいい」
「そんなに効果があるんですか?ううん...ということは、闇の魔法使いはどんなに腕がたっても、助けられないから、アズカバンを恐れている...?」
「ほぼ正解。そもそも高度な闇の魔術を多用する魔法使いはそうそう現れないから、あくまで推測の段階だけれどね。闇の魔術を使ううち、守護霊を呼び出すことが困難になるようなんだ。どんなに優れた魔法使いでも、守護霊でディメンターを追い払ったという記録がない」
「へえ......でも守護霊って、なにから何を守るんですか?」
「そこはいまいちよくわからないところだ。私が唯一確信しているのは、強い思いや心がなければ、守護霊は出せないということ」
「じゃあ闇の魔術を使うと、強い思いを持てなくなる?」
「私はそうじゃないかと思っている。
――エクスペクト・パトローナム」
いつのまにかたどり着いていた中庭に向かって、小さく振られたルーピンの杖先から、銀色の光が溢れ出る。光の粒はひとしきり駆け回って、狼のような姿にまとまった。
「きれい」
背を丸めた大きな狼は、人狼のときのルーピンを思わせた。
「守護霊はみんな動物になるんですか?」
ルーピンを振り返って問うけれど、ルーピンの目は慈しみのような色を乗せて、中庭の方を見つめたままだった。
「たいていね、魔法生物であることもあるそうだ」
「じゃあ、あなたのはそれにあたるかもしれませんね......不思議だな」
しげしげと眺めて言えば、ルーピンは照れくさかったのか、杖を振って守護霊を消してしまった。
「自分でもそう思うよ。苦労していることばかりなのに」
あの叫びの屋敷で自分を傷つけるくらい、人狼であることに傷ついて、今も就職に苦労している人が、守護霊で狼を出す。妙だけれど、考えようによってはある意味、自然かもしれない。答え合わせをしようとしたところで、フィルチさんが猫と共にやってきて、監督生もそろそろ寮に戻る時間だと睨まれた。足早に歩いて、大広間の前の廊下までやってくる。
「あの、最後に一つ。闇の魔術を使うと、守護霊を使えなくなる、守護霊には、強い意志が必要、ということでしたけど。闇の魔術でも強い意志が必要な魔法は多いです」
服従の呪文だって被呪者の意志を従わせられる力が必要だし、悪霊の火の制御もそうだ。マルシベールはそのあたりで抜きん出ている。
とすれば、守護霊を使えなくなるのは別の要因だ。
「おれの推論では、ただ強いだけじゃなく、特別な思いが必要なんだと思います。なにか......」
例えば、自分ではどうにもできない大変な思いに。人狼になってしまうという、孤独で苦しい時に。あの人たちがどうやってか、寄り添っていたら。ルーピンのあの狼は、その時のような暖かさを、持ち続けたいという願いの現れかもしれない。
友人の悩みを知っていてスネイプにけしかけたりする神経はわからないし、いまだにルーピンは人狼であることに苦しめられていて、完治したわけでもないけれど。それでも彼の中では彼らと共にあった時間が大きな意味を持っているから、守護霊が狼の姿になるのではないか。
「驚いた。ほとんど正解だ。少なくとも私はね、守護霊を出す時、一番幸せな思い出を想像するんだ」
「一番、幸せ......。じゃあ、あなたの守護霊があの姿である限り、あなたは骨の髄まで、あの人たちの仲間なんでしょうね」
「ふふ、そうだといいな」
「きっとそうです。遅くまでありがとうございました」
「ああ、おやすみ。今度のクィディッチではお手柔らかにね」
少しだけ、あの侘しい感じがなくなったルーピンが朗らかに笑って、手を振り階段を登っていく。それを横目に、ラクランもカツカツと地下への階段を降り始めた。
守護霊は、一番幸福な時を思い出すことで呼び出せる。じゃあ、闇の魔術を使う魔法使いは、幸せがわからなくなる?それはないだろう。本当なら日刊予言者新聞に、高笑いする狂ったデスイーターたちは映らない。
一番幸せな思い出は、気持ちを蘇らせる手段であって、湧き出でる気持ちそのものではないんじゃないだろうか?
インペリオが、被呪者を服従させるためになにかしらを強く操る意志が必要なように、守護霊、というくらいだ。何かを守るという気持ちに従って、守護霊の呪文も効果を発揮するとしたら?
一番幸せな思い出。それは「もっとも守りたいもの」とも言えるだろう。
もっとも守りたいものや人、ルーピンの場合は時間や友情だろうか?そういうのを思い出して、守りたい、と思うことで、その意志によって守護霊が現れるとしたら。何かを傷つけることを強く願うことが肝要な闇の魔術との相性は最悪だといえる。
そして......
ラクランは寮への入り口の扉の前で立ち止まる。
「純血よ、永遠なれ」
ラクラン自身が唱えることを躊躇する合言葉は、ブラック家の家訓だ。
開心術の練習でのぞいてしまったレギュラスの心は、レギュラスが守らなければいけないもの、レギュラスが恐れているものだったと思う。守りたいものがあるのに、自分たちが闇の魔術に強い害意を込めているからか、ひどく不安になる世界だった。暗闇の中で時折雷鳴が鳴り響き、青白い稲妻が部屋を照らし、そこかしこで嵐の音がしていた。守れるか不安になるあまり、守りたかったものたちの温かさも忘れてしまったのか、どこにもぬくもりがなかった。
守護霊の呪文は、闇の魔術と反対の方向に強く気持ちを込める魔法だ。あの美しい守護霊をみれば、悪意ばかりの暗い世界にも、守るべきものとして暖かい思い出がたくさんあることを、思い出してくれるかもしれない。
ラクランにとって、一番幸福な、最も守りたい瞬間はなんだろう?
「エクスペクト・パトローナム!」
ベッドに入ってとなえてみても、光の粒がいくつか出てくるだけだった。
クリスマス休暇中の在寮リストへの記入を、談話室で呼びかけていれば、バーティが覗き込んできた。
「君、残るのか?」
「うん。情勢的に、じいちゃんのところへ行くのはまずいと思って。いざというとき魔法も使えないし、O.W.L.の勉強も満足にできないから」
「家出して気まずいからって逃げてるわけじゃないだろうな?」
「手紙は出して、了承はもらってるよ。じいちゃんがいうことは最もだったし、ちゃんと会って謝るべきだとは思うけど...」
「会えるうちに会っておけよ、本格的にあのお方にくだれば、まず帰れなくなる」
念を押すような物言いに、君は家を出るのか?と疑問が喉まででかかって、慌てて飲み込んだ。このところ自室は二人のものだけでなくなっているし、バーティは"クラウチの息子"としてスリザリンではいつも注視されている。ましてラクランは監督生で、クィディッチチームの一員だ。腹を割って話せる場はないに等しかった。心の中は見ることがあるけれど、ラクラン程度の開心術では断片的なイメージを見ることしかできない。
バーティは今、何を考えている?本当に闇の帝王の傘下にくだるつもりだろうか?
トス、とラクランの後頭部に、紙飛行機が刺さった。
「痛ッ、なんだよ」
振り返れば、エバンが読め!とジェスチャーしていた。しぶしぶ開いて、バーティにも見せる。
"今日の23時、全員部屋に集まれられたし""
銀色の光の膜を、レギュラスはぼうっと見つめていた。バーティもだ。
「最近、ちょっと練習してるんだ。まだ姿は見えないけど、みんなでクラウチ邸で過ごした時みたいな時間をまた過ごせたらなって思ったら、少しだけ成功した」
ちょっと得意になって、ラクランは鼻を擦る。エバンはまだ来ないけど、後でエバンにも見せるつもりだ。
「おれは闇の魔術はあまり得意じゃないけど、みんなを守りたいと思っているのは本当だよ。なんだかちょっと、あったかい感じがしない?」
「守護霊を焚き火扱いするのは君くらいだぞ」
バーティは少し笑っていったが、じっくりと銀色の光を観察するのはやめなかった。レギュラスはそっと手を伸ばして光の膜に触れ、かすかに笑った。
バン!と扉を開く音に飛び上がって、ついでに守護霊も霧散させてしまう。
「待たせたな、ン?なんだ?」
「ラクランが守護霊を見せてくれてたんだ」
「俺たちがアズカバンにぶち込まれた時用か?」
「そういうわけじゃ」
「いや、そうだと僕は心強いよ」
エバンとの軽快な会話に、重たい声が割り込んできて、3人で顔を見合わせた後、レギュラスの方を見た。
「どういうこと?」
「エバンはもう思い当たっているんだろう?この休暇に、僕はあの方に謁見することになった。そこで今日はお願いがあるんだ。忘却呪文を、僕にかけて欲しい」
え、という音が出ることはなかったけれど、見回せば、皆同じような顔で固まっていた。エバンもこれは予想外だったようだ。
「すまないが、ラクランの出自にかかわる記憶が主になる。君を、ひいては僕たちみんなを守るためだ。僕の閉心術がまだ不完全だから、拙く守るくらいなら、持っていないほうがいい」
「そんな......」
「その呪文はラクラン、君に。バーテミウス、君が一番腕がいいだろうから、記憶の保護をお願いしたい」
レギュラスは迷うことなく、流暢にお願いを話してきた。忘却呪文は永遠ではない。きちんとかければ、元に戻すこともできる。けれど、守護霊を見せたばっかりに、ラクランの心は酷く痛んだ。ラクランが守護霊の土台にした思い出も、レギュラスにとっては今、消さなければいけない記憶なんだ。
「オブリビエイトはうまくすれば解除もできる。反面、拷問にかけられたりすると戻ってしまう場合もあるぞ」
エバンは腕を組んで落ち着いた声で言った。
「だからそこはエバン、君に頼みたい」
「何を?」
「おそらく僕と最も近いところで活動するのは君だ。だから僕が万一、記憶を思い出してみんなを危険に晒しそうなことがあったら......」
「いいぜ、完全に忘却呪文をかけるか、お前を安らかに死の国へ送ってやる」
「どうか頼むよ」
エバンとレギュラスが握手をするのを、バーティとラクランはジッと見守った。ことは、そういう状況なのだ。そっと額を片手で覆って、湧いた冷や汗を顎まで撫で落とす。手はかすかに震えていた。
関わった時間が長い分、記憶は膨大だから、慎重に進めなければいけない。開心術を使って、守る記憶と消す記憶を確認しながらの作業になった。レギュラスはラクランたちが思っているより、ずっと家族と同じくらいラクランたちを思っていてくれたし、たくさん考えてくれていた。その分、たくさん消さなければいけなかった。
「あれも、これもだ。楽しい思い出をこんなに.......。おれがマグル育ちでなきゃあ」
「僕に君を責める権利はない。生まれ育ちはどうにもならないのだし、君の事情をあらかた知っていて僕は友達になった。友達になったことを、後悔したことはない」
「おれも、おれもだよ!後悔してないし、これからもしない。おれのことを少し忘れても、また友達になってくれるかい?」
「友達なのは変わらないさ、少し忘れるだけだ。君たちがうまくやってくれればね」
「まず小さい記憶から保護と忘却をかけるぞ。ラクラン、準備はいいか?」
おおかたを終える頃には4人の足元に、汗の水たまりができていた。
「お前は一旦隠れろ。少し話してみるから、3分経ったらノックして入って来い」
「わかった。うまくいったら、監督生用の風呂にみんなを案内するよ」
「俺が入る前にレモングラスの入浴剤を入れたら許さないからな」
エバンの指示通り、一旦、自室から出る。扉を隔てれば声は聞こえない。3分彷徨いて、手汗に塗れた拳を握り、トントン、とノックした。
「入るよ?レギュラス、調子はどう?」
「私は絶好調さ、どうかしたのかいラクラン?」
大人のような口調で、確かにレギュラスの姿、声で話しているのに、なにかが違う感じがした。バーティと目配せしても、ただ顎を引かれただけだ。
「あー、いいえ?ただ魔法の練習で汗だくだから、朝風呂でもどうかと思って」
「風呂?」
「監督生用の風呂だよ、おれがみんなを招待する」
「私は結構だ。監督生の特権は監督生が享受すべきだし、水着を持っていない」
突っぱねられて口をへの字に曲げる。やっぱりどうも、いつものレギュラスの柔らかさがない。
「下着にインパービアスでいいだろ?前はそうしてた」
「前、だと?」
エバンが昔を思い出させようとするので、固唾を飲む。レギュラスはこっちの気も知らず、フムと視線を泳がせた。
「クラウチ邸の湖を泳いだ時だよ」
「ああ、夏休みにお邪魔した時があったな......クィディッチもできて悪くなかった。君は休暇中ももっと積極的に練習しなくては......家がマグルに見つかりやすいのか?」
「そ、そうなんだ!だからこの冬はホグワーツに残るつもりだよ」
「それは結構なことだ。風呂へ行こうか?」
「あ、うん!ボケのボリス像の左で、パイン・フレッシュと唱えるんだ」
ズケズケと配慮のない言葉を向けられるのには、だいぶ慣れたつもりだったけど、さっきまで一番気を遣ってくれていた友にそうされるのは堪えた。
ラクランは唇をすこし噛んだけれど、みんなのことを四六時中考えていたレギュラスから、一つ負担を減らしたんだと考えることにして、笑顔を作った。
不穏です........。これからますます不穏に.......。
【ベラトリックス・レストレンジ】
ドラコに閉心術を仕込んだのは、なにを隠そうこのお方!妹をシシーと呼び、甥っ子教育に余念のないベラトリックスが、闇の帝王健在の前後に妹に駆け落ちされ、従兄弟①にダイナミック裏切りかまされ、無関心でいるはずがあろうか?と思いました。
レギュラスはブラック家最後の希望であり、また親戚筋であるベラトリックスやナルシッサからしても、決して潰してはならぬ面目だったのではないかと思います。そのレギュラスと同学年で、「血を裏切るもの」になりそうな小娘がいる?イザベラ・ブルストロードはオリジナルのキャラクターですが、そんな同級生がレギュラスにいたら、ベラトリックスはたまったもんじゃなかっただろう、と思います。どのようにして聖マンゴ送りになったかは、現状不明です。
【開心術対策】
閉心術と開心術は非常に難しい魔法で、原作中もそうそう習得している人は出てきません(ドラコすごい)。在学中に身につけようとしたハリーも、閉心術Tier最強と思われるスネイプに手解きをうけ、実際に稀代の開心術士であるヴォルデモートの干渉を受けるという状況でありながら、かなり苦戦しています。学生なら尚更です。
ラクランは一見才能があるようにも見えますが、閉心術も開心術も、どっちも微妙という感じです。情報を守れるだけで侵入を許さないわけではないし、呼吸を合わせて共感する能力に長けているだけで、心の中の忍び込むことはできていません。実戦じゃたぶんダメなやつ...。
【守護霊の呪文】
ルーピンに教えてもらいたかった呪文です(在学中にできそう、かつ教えるのが上手そうな人がルーピンしかいなかった、ともいう)
一番幸福な思い出で呼び出せる→守護霊が現れ、闇の生き物であるディメンターやレシフォールドを追い払える
という呪文ですが、思い出というより「これを守るんだ」→守護霊出動、のほうがラクランはしっくりきたようです。なぜルーピンの守護霊が狼か、はあくまでラクランの推測ですが、辛く苦しい思いをしているからこそ、その状態に寄り添ってもらったとき、強く幸福を感じるというのは「わかる」気がします。
【忘却術】
心を閉ざせないなら、情報をなくしちゃえばいいじゃない!ということで、オブリビエイトです。記憶改竄呪文は痕跡が残っちゃう可能性があるので、慎重に消して、それとなく会話で穴を埋めていく感じになりました。ハーマイオニーは両親をオブったあと、記憶を戻しているのですが、反対呪文の存在は示唆されていても具体的な名前は出てきていません。ただ、バーティならできるはず!ということでバーティ担当です。
忘却術は強力な魔法使いや拷問によって破られてしまう場合がある、ということで万一の際の介錯役はエバン。さすがに1学年上なだけはある、残酷かつ合理的な采配かなと思います。
【こぼれ話】
実はこの作品、おおむねのキャラ解釈だけ固めて、ノリと勢いで書いています。すでにエバンが当初の予定よりだいぶ話に食い込んできていたり、ピーター・ペティグリューが想定よりビビっていまだに名前すら主人公陣に認識されていなかったりという感じです。
すでに捏造まみれなんですが、いわゆる救済ができるかどうかも五分五分で、どうやって救済が可能か書きながらずっと思案しています(三匹の蛇なので、一応生き延びてもらいたいという思いはあります)。救済が無事できた暁にはタグに救済の旨を表示しますので、読む前ネタバレがお嫌な方はその近辺のお話のタグにご注意ください。
最後に、コメントや評価をしてくださっている方々、ありがとうございます!先述しました通り大まかには決まっているものの、細かい流れは決めていない作品なので、コメントへの返信は行わずに基本薄目で拝見していますが、嬉しいです。気長にお付き合いいただければ幸いです。