三匹の蛇   作:休肝婆

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 バイク修理のショップ、"ヒドラ・グライド"の店主は、突きつけたラクランの写真に目を見開いて、たっぷり10秒ほど沈黙した後、ゆっくりと瞬きして、つばを飲み込んだ。
「勘違いでなければ......この子は、ミスケイヒルの息子さんでしょうか?」
「お前がミセスにしなかった、ミスケイヒルの息子だ」
 おどけた調子が霧散したことを意外に思いながら、アランはかわらず、つっけんどんに返した。だってあまりにも孫に似ているのだ。

「わ、私の息子だとおっしゃるなら、なぜお知らせに?親子関係を認知すればよろしいでしょうか?ミスケイヒルがいないということは、もう私に会うつもりはない、と。そういうことでしょうか」
「質問が多いな。娘は会うつもりがないんじゃない。会えんのだ、永遠にな。親子関係なぞどうでもいいわ。瓜二つすぎて血縁はまず間違いないという話だ。お前から見てもそうだろうが?」
「永遠に......?」
 灰色の目がきょろきょろと泳いで、どんどん下を向いていく。
「心当たりがないとでも?身重のあの子を放ったのはお前だろう!」
「安全のためになくなく別れましたが、......!」
「なにも?そんなはずがあるか!俺は"マグル"だ。娘がそうであったようにな。だが孫は魔法学校へ行った!」
 写真をカウンターへ叩きつけて、店主の襟を引っ張る。すぐによろめいて軟弱だ。ラクランのほうがよっぽど芯がある。
「傷をなかったかのように元通り治せる"レパロ"があるなら、記憶をなかったかのように消す魔法もあるだろう?」
 荒く警戒していた鼻息がぴたりと止まる。見開かれた灰色の目からは、入店したときにみた、ラクランの目のようなきらきらとした輝きが消えていた。

「情報の、擦り合わせをさせてください。彼女と出会ったのは1960年ごろでした。ちょっとトラブルがあって、ヒッチハイクしていたのを彼女のバイクで拾ってもらった......。それで、1961年ごろ、家名は言えませんが私の家に交際が露呈しました。魔法族には、マグルに寛容な家もありますが、私の生家は非常に不寛容で。すぐさま彼女と別れなければならなかった」
「フン、それで記憶を消しただと?」
「彼女の前ではただの人間でありたかった。魔法を見せたことはありませんでしたが、私の顔や名前を知っていると、それだけで危険だと考えました。心の中を覗く魔法もあるんです」

 今も覗いているのか?と睨みつける必要はなかった。ちっともアランの方をみず、灰色の目は木目を数えている。
「孫が生まれたのは1962年だ。紹介したい人がいると手紙を送ってきて、その後消息を経っていた娘が、血塗れで家の戸を叩いてきた。たくさん出血していて、そのまま湖で出産して、救う手立てもないまま冷たくなった。年が合うな?」
「で、では、アイビーは子供を産んで」
「ラッキーがアイビーを死なせたんじゃない!お前だ!お前があの子を死なせたんだ!」
 ドン!とカウンターをぶん殴った。

 その考えだけは絶対に許しがたかった。
 アラン自身、何度となく考えては否定してきたから。 
 生まれてきたラクランに罪があろうか?苦しんでも堕ろすことをせず足掻いたアイビーが、産まないことを選んだはずがない。ラクランは確かにアイビーが愛して産んだ子供だ。アイビーに愛されて生まれてきた子供なのだ。
「あのごうじょっぱりが、子を孕んで相手の顔と名前を忘れると思うか?手酷く捨てられただけで、ああも弱ることがあるか?魔法さえなければ、アイビーは子供を産んだだけで死ぬようなことはなかった!」
 言い捨てて立ち上がるが、ぴくりとも動かない。光のない目は、こちらを見ない。
 心を塞いで、外を見ることをやめた目。自分の傷を抱え込むのに精一杯な目。戦場で何度か見たことのある目だ。
「死にたいってか?勝手にしやがれ。お前が死んだところで、アイビーは帰らないぞ。孫が、母と過ごせたはずの時間も戻ることもない...!だがそうだな、お前の命はお前のものだし、お前の人生はお前のものだ」
 人の死には慣れている。当初殺しに行こうと思っていた娘の仇が、娘の愛した男が、勝手に死ぬといったところで、アランの心はなんら波立たなかった。
 苦労して探し出した父親が、自分の死んだ後も全く頼りにならないと見えて、落胆しているのもある。これなら、とっととリチャードに正式な後見人となるよう頼んでおけばよかった。

 こんなしみったれた店は一刻も早く去ろう、と足早にドアをくぐったところで、後ろから店主が縋り付いてくきた。
「......彼女が僕の一切を忘れても。どこかで生きて笑っていると信じて、生きてきました。彼女の安全のためにも、一緒に生きることは、夢で終わったのだ、と。......ケイヒルさん、一つだけ。一つだけ彼に、息子について。どうか、お願いします」
「チッなんだ。お前のツラなんざ金輪際見たくないが。孫に瓜二つのクソ野郎め」
「彼は自分の母を、アイビーを想ってくれていますか?」
「お前と比べるすべもないほどにな。母親が言葉ひとつ残せなかったからな、アイビーの残した聖書の栞から、母親の考えをたぐっているくらいだ」
 振り解かれた手を今度は自分の頭に巻きつけて、店主は震える息を吐き出す。
「ありがとう、ございます。それなら、私のことはどうか彼には、内密に。私のことはいなかったものとして、変わらず彼が、母を一心に愛せるように」
「ああ、もとよりそのつもりだ。あの子が知りたがるなら、あの子には知る権利があるが、今まで一度だって知りたがったことはないからな。ま、なんだ。達者でやれよ」





「シリウス〜、グリンゴッツから手紙だぞ?あとブラック家ご当主から。真っ黒な封筒ってことは...ついにか?パーティの準備をする?」
「あ?あぁ......いや、いい」
 ジェームズがフクロウから手紙を受け取って、宛名を確認しながら渡してくる。真っ黒ってことはあの忌まわしい家系図から、ついに消されたってことだ。だがグリンゴッツからの手紙はちっとも喜べなかった。あの両親が、いや両親だった奴らが、俺に先々の金なんて寄越すはずもない。
「お前でも神妙になるのかよ」
「いや」
 軽く杖を振ってグリンゴッツの手紙を真っ先に開く。ああ、やっぱりか。情勢的に、いつこうなってもおかしくはなかったが。
「叔父さんが死んだ。今は喪に服したい。その後、遺してもらった遺産の話だ」

――

 アルファード・ブラック様ご逝去に伴い、遺言に従って、氏の金庫のすべての資産はシリウス・ブラック3世様が相続されることとなりました。ここに通知いたします。また、グリンゴッツ魔法銀行にてお預かりしておりました、アルファード・ブラック様の遺書を同封いたします。

――

 親愛なる甥、シリウス
 今、君は立派な大人だろうね?そうなっていることを祈るよ。君以外に受け取る人がいないので、本家に戻すよりは、と遺産を君に残すことにしたよ。私に代わって、私よりずっと善いことに使ってくれると嬉しい。
 
 ―追記
 バイクショップが思いのほか軌道に乗ったので、マレー湾岸の店とバイクも相続品に加えておいたよ。

 ―さらに追記
 このところ、デスイーターがうろついていた。あまり安全ではなさそうだ。残念だけど、君のお気に入りだったバイクだけ、アバディーンの借り倉庫に避難させておいた。マグルの多いところだから、受け取りに心配はないと思う。実は私の大切なものなので、マニュアル通りに大切の乗ってくれると嬉しい。

 ―最後の追記
 幸運を

――



三匹の蛇 14

 

 糖、バター、ゴールデンシロップ、それにトリークルを鍋にドカンといれて、湯を張った大鍋で湯煎しながらかき混ぜる。窓際で少し冷ましながら卵をくわえて、よく混ざったら魔法でふるったパウダーをぱふん。そこへさらにジンジャーコーディアルを加えれば、頭のてっぺんからつま先までいい匂いで満たされてカッと喉が熱くなった。

 手早くまぜて6つもならべたパウンドケーキの型に生地を流し込んでから、杖をサッと振って浮かせ、食堂のオーブンに向かってパレードを始めた。スプーキーが気を利かせてか、道具類もまとめてくれたらしく、ガチャガチャと鍋たちが浮いて洗い物のためについてくる。

「ありがと!焼き上がったの一本もらってね」

「いいえ!いいえ!」

「そう言わないでおくれよ、厨房のみんなで分けて食べてくれたっていいんだ。おれがあげられるプレゼントはこれだけなんだから」

「めっそうもございません!お味見で十分でございます!」

「もしかして、屋敷しもべ妖精ってケーキ好きじゃない?」

「だ」

「嘘いうの禁止!」

「大好きでございます!」

「じゃ、受け取ってくれたら嬉しいな」

 

「ケイヒル様!オーブンは予熱してございます!」

「や、やあみんな。お疲れ様」

 恭しく導かれるのは相変わらず慣れないけど、大きなオーブンはすべてに優先する。ラクランは苦笑いで奥へ進んで、しっかりとパウンドケーキたちをオーブンに収めた。振り返れば鍋たちはもうピカピカになっている。

「ありがとう、手早いね」

 ごめんね、というと向こうが怯えてしまうので、頬をかきながら礼をいえば、スプーキーたちは胸を張って耳をパタパタさせた。

「焼き上がるまで紅茶を出しましょうか?」

「じゃ、いただくよ。相談事もあるしね」

「相談?スプーキーめにお答えできるでしょうか?」

「話を聞いて欲しいだけだから大丈夫。何せ寮にはおれ一人で、ダイオオイカと喋れるようになるかもしれないくらい暇なんだ。エラ昆布とはすっかり仲良しさ」

 

 たっぷりのミルクティーに感謝して、両手でマグカップを包み、小さな丸椅子に腰掛ける。

「ええっと、去年に友達が入院してしまってね。どうやらまだパウンドケーキを食べられそうにないようなんだ。代わりに何を送ったらいいと思う?」

「お可哀想に...!でもそうですね、ものが食べられないなら、お花などいかがでしょう?スプラウト先生が今年のクリスマスローズは自信作だとおっしゃっておいででした」

 クリスマスローズ、ヘレボルスは毒もあるが、5年生になって最初の授業の授業で扱った安らぎの水薬の材料でも使った花だ。ラクランはほほう、と顎を撫でる。

「いいアイデアだね!とはいえ、冬は水やりの手伝いもないからな。スプラウト先生はお金ではどうにもならない」

「まあ!ご存知ないのですか?クリスマス前のこの時期は毎年、落ち葉を使ったドラゴン堆肥の発酵で、大忙しでおいでなんですよ」

「へぇ...すっごく助かったよ!さすがはホグワーツの妖精たち」

 ケーキが焼けて簡単に包装を済ませ、スプーキーに一本押し付けて、あとの5本をフクロウたちに託してから、さっそく温室の脇の小屋へ行く。むせかえるような粉っぽい発酵臭とドラゴンのフンの匂い、そして中心で渦巻く炎。扉を開けた瞬間、ラクランのまとっていた良い匂いは全て消え失せた。

「スプラウト先生!いらっしゃいませんか?スプラウト先生!」

「あら?どうしたの。エラ昆布になにかあった?」

 いつもの草まみれな帽子を汚したスプラウト先生は、人の良さそうな目尻の皺に汗の滴を湛えて炎の向こうからひょっこりと顔を出した。

「いや、そっちは何にも。あの、お願いがあって......」

 

 かくして無事、契約は成立した。

 落ち葉の山に剪定した暴れ柳の枝などをまぜ、その脇でドラゴンのフンを炎にあてて乾燥させる。蒸し暑くて流れるというより、もはや全身が汗で濡れそぼっているけれど、たんたんと混ぜては空気を送り、発酵をうながしていく。

「大変でしょうけど、蒸気の量や色を見てね。空気が入らないと意味がないから、こればっかりはきちんと見張らないと」

 スプラウト先生には元よりエラ昆布だったり、牙付きゼラニウムの研究でお世話になっている。でもまさか、授業や鉢植えでもらっていたドラゴン堆肥がこんな苦労を共なって作られていたとは。てっきり、混ぜ合わせて置いとくんだとばかり。

 ラクランも先生に習って、杖で鋤を操りながら、汗だくで自分の手でも落ち葉の山をかき分けて温度を確かめるために湯気に目を凝らす。繰り返すうち、だんだん匂いで発酵が順調かどうかも確かめられるようになっていった。

 

 もちろん、やるべきことは他にもたくさんある。

 シャワーで汗を流してから、ラクランは決まってだだっ広い談話室のソファにドスンと座って、魔法使いのチェスの駒を手に取った。

 象牙製の、磨き上げられた白黒の盤面に談話室の暖炉の火がチラチラと光る。血みどろ男爵の視線を感じながら、ラクランは杖を振った。

「レダクト!」

 弾けるようにしてビショップの駒は砕けた。威力はちゃんと上がってるみたい。

 続いて厨房近くのネズミ避けの反対呪文で呼び寄せた、実験のためのネズミたちのうち一匹を、すっかりボロボロの羊皮紙で掴み取り、暖炉の前に置く。こうしてみればごく小さな包みだ。チェスの駒よりずっと小さい。順調に終わればこの弱々しい息をする、小さく早く脈動する生き物は、フクロウたちの朝食になる。

「レダクト!」

 先ほどと同じように振るったけれど、眠らせていたネズミが痛みの声をあげた。ひび割れてもがき、血を流していたが、死んでいないし砕けてもいない。

「......ごめん、どうか許して」

 人間用の安らぎの水薬を数滴小瓶から垂らして永遠の眠りに送ってやる。まどろむように、ネズミはうっとりと目を閉じて絶命した。フクロウには与えられないから、明日、埋めに行かなければ。ふーと息を吐いたが、吐息と逆方向にヒヤリとした空気が肩を掠めた。ジャリジャリと鎖がなる。

 

「お前には害意が足りない。だから杖が迷う」

 げっそりとした顔を苦しげに歪めながら、血みどろ男爵が口を開いた。

 スリザリンのゴーストはとびきり無口だ。鎖の音が合図で、ピーヴスを従える時も鎖をピンと張るだけ。その血みどろ男爵が自分に話しかけてくるなんて!

「は、い。今度は迷わずに振ります」

「違う。私の姿が見えないのか」

「え、血みどろ......ですか?」

 血みどろ男爵は文字通りの血に塗れてはいない。半透明で見にくい服が、不思議な銀色の液体でぬらぬらと光るのだ。

「千年前の私にお前の迷いが半分でもあったなら、私はこのようにならなかった」

「迷っていたかったということですか?」

「過去は変えられない。私は迷わない人間だ。お前は迷う人間なのに、迷わないフリをしようとしている」

「それは....」

 

 働きに満足したらしいスプラウト先生に、ついにクリスマスイブ、可憐なヘレボルスを無事一株分けてもらえた。少しでもこの花が、彼女を癒すといいんだけれど。

「やあラクラン、おじいさんが寂しがっているんじゃないか?」

「こんにちは、スラグホーン先生。そうは言っても、この状況では帰らないのが祖父のためだと思って......早めにジンジャーブレッドを贈りました。なにかもっといいものを贈れたらよかったんですけど、安らぎの水薬を送ろうとしたら、俺の命の水はウィスキーだって。前に倒れたくせに」

 雪の舞う廊下を鼻を赤くして歩いていたら、スラグホーン先生に目ざとく呼び止められた。

 スラグ・クラブなどで方々に人脈のあるスラグホーン先生は身の振り方に困ることはなさそうだが、このところ妙にビクビクしている。

「そうだね......ゴホン!では、それはどなたへ?」

「スプラウト先生の自信作の色変わりヘレボルスです。祖父は花を好む人じゃありませんよ、ベラへのクリスマスプレゼントで贈るんです」

「ほう!ああ、ミス・ブルストロードはまだ目覚めないんだったね...」

「...差し上げることはできませんからね?」

「もちろんもちろん!だが......アー、私の代わりにひとつ、スプラウト先生に頼んでもらえないかね?」

「頼み事?スプラウト先生は魔法植物を販売されていませんが......」

 すっと耳打ちしてくるスラグホーン先生にラクランはちょっと眉を寄せたが、首を横には振れなかった。先生には箒を出世払いしてもらった恩がある。

 スラグホーン先生はいつも自分の研究でいろいろつくっている――研究室にはバーティでさえ知らない薬がたくさんある――おそらく自分の研究の方で使いたい、希少な魔法植物でもあるのだろう。スプラウト先生に対して、そういう特別なお願いの対価は、大抵誠意とお菓子、そして労働だ。ラクランがやったことを、スラグホーンのためにもう一度やれ、とそういうことか。

「おれがO.W.L.学年だとお忘れですか?」

 一応、ラクランは咳払いしてみたが、スラグホーン先生は豪快に笑ってドシンと背中を叩いてきた。

「君ならO.W.L.は問題ないだろう!いや、一位はバーティのものだろうが…」

「それはわかっています!えぇ承りました、承りましたとも!」

 ラクランはヤケクソで叫び返した。

 

 とはいえ、温室へ通うラクランの足取りはいつだって軽い。大きなエラ昆布養殖用の水槽を浮かべていても、タンタンと革靴を鳴らして軽やかに走った。

 闇の魔術の特訓は遅々として進まないし、血みどろ男爵が張り付いているんじゃ守護霊の呪文の練習もままならない。ただ足踏みしているような具合で、カチコチと鳴るゼンマイ仕掛けの時計にせっつかれているようだったから、当然、今確かに生きている植物の相手をする方が、部屋にいるよりずっと気分がよかった。

 

「魔法植物が好きでも土で汚れる仕事や汗を流すのを嫌うものなのに、あなたは珍しい子ねえ」

「おれもフンが好きなわけじゃないですよ!」

 温室でついに出来上がった堆肥を、鼻歌を歌いながらしっかりとマンドレイクに被せていく。

 声に振り向けば、スプラウト先生がしげしげと見つめていて、ラクランは慌てて否定した。

「それはわかっていますけど、こんなに楽しそうに堆肥を扱う生徒は見たことがないもの」

 心底不思議そうな顔で言われてしまえば、何もいえない。ラクランも自分が丹念にかぶせた堆肥に目を落とした。

 フンと枯れ落ちた葉が、新しい命のための肥料になる。臭くたって、自分の手でそれを作ることができるのは、とても気持ちが良かった。命を生むのは神様の仕事。それを守って育むことはひどく大変で、けれどそうして育った命は、燃やされた後も、食べられた後も、死んだ後も、次の新しい命のゆりかごになる。

「おれは、こういうのに関わるのが好きなんです。なんていうか、自分のちっぽけさを感じられるから」

「ちっぽけ?」

「はい......なんて言ったらいいんだろ」

 

 魔法界なんて世界がすぐそばに広がっていることに、スラグホーン先生が戸を叩くその日まで、気づきもしなかった。

 たくさんの岩、丘、木々、湖。魚たちやウサギたち。そういうものが大好きだったけれど、おれが見てきた世界には、まだまだ摩訶不思議な魔法植物や、魔法生物たちがいた。

 おれが生まれるより昔から、誰に愛られるでもなく、ただずっと生き物たちは命を繋いでいて、おれが死んだ後も、当然命はつながっていく。城を守る大きな柳は、どんなふうに成長して顔や声が変わり、移り変わっていく生徒たちを眺めるだろう?森の奥深くのブルーベルたちは、どんな気持ちで春を迎える?

 もっと知りたいし、もっと見つけたい。人間よりゆったりとでも、移り変わって生きてる生き物たちの姿を。あるいは、手繰り寄せたいのかもしれない。母さんや、若いじいちゃんが触れていたかもしれない昔の姿を。

 

 スプラウト先生が不意にラクランの肩に手をポンと置いた。

「魔法生物に関わる第一の心得は、生き物に敬意を持つことです。うまく言い表せないようだけれど、あなたの魔法生物好きが、感動から来ているのならとても嬉しい」

「感動!たしかに、そうかもしれません。魔法薬学も同じではないですか?ただ材料を抽出するのでなく、よく観察して大切に扱うと、調合もうまくいくように思います」

 スプラウト先生は穏やかに笑って頷いてくれたが、2回瞬きすると、ピシッと背筋を伸ばして人差し指を立てた。

「でもあなたはO.W.L.学年なんですから、作業を手伝わせている手前心苦しいですが、バランスには気をつけるように」

「あ、ハイ......」

「最近は呪文学も伸びているとか...ミネルバが頭を抱えていましたよ」

「うっ......」

 人の良さそうな目に覗き込まれれば目を逸らすしかない。変身術の理論は絶妙に理解が難しくて、高度な呪文はからきしなのだ。正直、N.E.W.T.レベルについていく自信はなかった。

 ん?そういえば先生のこの手袋って、堆肥を混ぜていなかったっけ?

 恐る恐る肩を見ようとしたところで、隣の温室の方からウワア!という悲鳴が聞こえた。途端、スプラウト先生の目の色が変わる。

「ケトルバーン先生!じっとしていてください!!」

 

 スプラウト先生と一緒に駆けつければ、彼女のいう通り温室の入り口の辺りで、蠢く蔓植物に絞められるケトルバーン先生の姿があった。

「悪魔の罠だ!あ、だから温室の窓が?」

「その通り!あなたもできるでしょう?」

「はい、ルーモス・ソレーム!」

 窓を閉められて薄暗い温室には、立派な蔓の悪魔の罠があった。動けば動くほど激しく絡まりついには締め殺してしまうという恐ろしい植物だ。締め殺されないには、栄養のない石のようにふるまうか、太陽の光ような強いを当てる必要がある。スプラウト先生と一緒に、エラ昆布養殖で鍛えた大きな光を杖先に灯せば、じりじりと蔓は後退していった。

 

「まったく!義手をまた増やしたいんですか?」

「すまんポモーナ、ウッカリ杖を落としてしまった」

「温室に盗みに入らないでくださいと何度もお願いしたはずですが?」

「悪かった悪かった、お説教は後にしてくれ、肩の脱臼だ...」

 スプラウト先生がぷりぷり怒って担架をポンと呼びよせた。担架はケトルバーン先生をうまく転がして乗せ、ふわりと浮いて、ギュン!とレーサーのような鋭いコーナリングで医務室に向かった。

「ケトルバーン先生が心配?」

「え、ええ......悪魔の罠ってこんなに強いものなんですね。大の大人の肩を外すなんて」

「あれは特別に強く育てたんです。悪魔の罠の可能性を引き出したくてね......ホグワーツの優れた教授たちがたびたび盗みに入るので、今じゃ温室専用のガード()ンです」

「なるほど...」

「スナーガラフの種に、暴れ柳、悪魔の罠、マンドレイク。強くて美しい魔法植物たちは昔から、魔法使いの家を守るために活躍してきました。その生態そのものだって十分役に立つのよ、魔法薬を作るばかりじゃない。もちろん、注意が必要ですけれど。うまく利用して一緒に生きていくのが、共存の第一歩」

 力強いみしみしという音をあげる悪魔の罠を眺め、ラクランはギュッと拳を握りしめた。

 

 

 

 トルバーン先生が医務室から出てくる前に、クリスマス休暇は明けた。

「新年おめでとう、それにプレゼントをありがとう、クリスマスはどうだった?」

「普通さ、パーティもなし。それより、レギュラスに気をつけろ」

「え?」

 一足早く大広間へやってきたバーティに手を振って挨拶すれば、険しい顔で腕をグイッと引き寄せて囁いてきた。

 レギュラスが、なんだって?

 

「よおラクラン、闇の魔術の一つも使えるようになったか?」

「新年おめでとう、エバン。それにレギュラスも。レダクトはなんとか......」

 気安いエバンがバシンと背中を叩いてきて、ラクランも苦笑いで応じる。そこへ、シュルシュルと滑るようにレギュラスが近づいてきた。

「レダクトだけ?遅すぎるのでは?君も謁見の前にそれなりに習熟しておいた方がいい」

 見たことないほど灰色の瞳をキラキラと輝かせるレギュラスは、あきらかに侮蔑の色を口端に浮かべていた。

「それはごめん。精一杯頑張っているんだけど」

「では、頑張りが足りないということだ」

 

 は?

 思わず顔を上げた先で、レギュラスはフンと鼻を鳴らした。

「あのお方はお噂に違わぬ、いや、お噂以上に偉大な魔法使いでいらっしゃった。配下にも相応の実力があるべきだ。私に恥をかかせてくれるなよ」

「レギュラス」

 バーティがピシャリと言って、レギュラスの流暢なおしゃべりがようやく止まる。

「とにかく、そういうことだ」

 レギュラスはラクランを一瞥もせずに、クルリと踵を返して大広間の出口に程近い、ダンブルドアから最も離れた席へ優雅に歩いて行った。

「アー、俺の親父もああなった。しばらくすりゃ直るから、気にするなよ」

 エバンがポンと頭を叩いてきたけど、ラクランはうまく動けなかった。

 あんなふうに、期待も信用もない、冷たい目で見られたのは初めてだ。

 ジャリジャリと鳴る鎖の音に振り返れば、血みどろ男爵がいつものようにはるか遠くの一点をジッと見つめていた。

 

 湖の上に垂れ込める金属でも含んでいそうな黒い雲のように、重たい気持ちのまま久しぶりに戻ってきた生徒たちに時間割を配ったり、宿題の確認をした。

 スリザリンは逮捕の危険や、マグル生まれと関わって闇の陣営に攻撃される可能性を考慮してか、パーティを控えた家がほとんどだったようで、みなどんよりとした顔をしていた。

「重症だ、こんな辛気臭い顔で学年末試験に向けた追い込みには耐えられないよ......」

 ついバーティにこぼせば、近くにいた一年生が余計に顔を真っ青にする。不安にさせてしまったか。

 

「ゴホン、みんなパーティをできなかったみたいだから、今度簡単にみんなでクリスマスと新年を祝おうか!」

「悪くないな、ハニーデュークスで買ってくるか」

 お葬式みたいな雰囲気に、ウィルクスが声のトーンをひとつ上げて乗ってくれた。まだ幼い1、2年生がワッと群がってお菓子のリクエストを高い声で口々に言いたてる。

「落ち着いて!落ち着いて!羊皮紙を用意するから、休みまでそこにリクエストを書いておくように!」

 

「僕はババ・オ・ラムがいい」

 揉みくちゃにされたローブのシワを気にしながら部屋へいけば、真っ先にバーティから注文が飛んできて苦笑しながら肘で突く。

「えー!ジンジャーブレッドは?」

「クリスマスに送ったでしょ」

「ああ!ラクラン。父上がとても喜んでいたよ、ありがとう」

 ゆったりと入室したレギュラスにニコリと笑って優雅に言われれば、なんと返していいかわからない。ラクランはつっかえつっかえ、どうも、とかなんとか返事した。そうだった、ジンジャーブレッドを送ったんだった。

「ホー!ブラック家ご当主お墨付きのケーキが焼ければ、お前も将来安泰だな!」

「ラクランは店でも出すのかい?」

「え、いや特には」

 エバンからすれば、ラクランの就職を心配するのは当然だ。家の名前なしに、今のご時世職にありつくのは難しい。そもそもどうすれば安全かもわからないのに、職なんて見当つくわけがなかった。しかしそんなこと、マグル世界で育ったことを忘れてもらったレギュラスの前では話せない。

 

「就職に困ったらブラック家で雇って貰えばいいだろ」

「うちにはクリーチャーがいるから」

「あいつもいい加減結構歳だろ」

「こら、失礼だろう」

 む!と口をへの字にしてエバンが閉口するが、ちっとも意に介していないレギュラスは屋敷しもべ妖精のことも大切に思う、以前のレギュラスのままらしい。袖からチラリと見える真新しくて赤く滲む闇の印だけが、今までの彼にはないものだった。

 

 

 

 バンの予想に反して、レギュラスの"お熱"はしばらくたっても下がらなかった。

 さすがに他寮やダンブルドアの目があるところで話はしなかったが、本来それほどおしゃべりでないレギュラスが隙を見つけては闇の帝王について熱っぽく語ってくるのは異様だった。

「本当に偉大な魔法使いだ......!」

 耳にグリンデローができそうな例の言い回しに目をぐるりと回してバーティの方を見れば、バーティも肩をそびやかした。もうダメらしい。

 

「ゴホン、しかし慎重な君にしては随分軽率じゃないか?たった一回の謁見でどうしてあの方が素晴らしい魔法使いだと?」

 バーティが咳払いして突いてみたが、レギュラスはきょとんとした顔でちっとも悪びれず首を傾げたあと、ニコニコと笑った。

「話していなかったかな?」

「ああ、それで、お前は何を根拠にあの方の魔法を判断したんだ?まだ"狩り"には同行していないだろ」

「残念ながらね。いろいろ見せていただいたけど......あれは特に素晴らしかった......あのお方は――パーセルマウスなんだ」

 

 途端、部屋がシンと静かになった。

 椅子をギッタンバッコンしていたエバンが止まったし、ラクランも、ベッドの上で上体を起こした。

 パーセルマウスってことはじゃあ、サラザール・スリザリンの縁者ということ?

 バーテミウスのほうを見るが、肩をすくめて首を振るだけだ。

 純血の話はスリザリン寮では常識といっても過言ではない。少なくとも、この部屋でスリザリンの縁者と言われるゴーント家を知らないものはいなかった。そして、ゴーントが滅びた家であることもまた、周知の事実。でもレギュラスは、パーセルマウスのフリをする腐れヘビ使いに騙されるような男じゃない。

 つまり、

「つまり、生まれはどんなものか定かでないけど、サラザール・スリザリンの生まれ変わりのような、強力な魔法使い、ということか」

「いや違う。あのような魔法の才だ。お名前は付されているが、素晴らしい生まれだろう」

 素晴らしい生まれだから、素晴らしい魔法が使えるというのはおかしい。

 セブルス・スネイプは"スネイプ"でも優秀だったし、おれだって"ケイヒル"だけど監督生になれた。そう言いたかったけど、ラクランは口を必死に閉じた。今ここでそれをいうわけにはいかなかった。

 「素晴らしい生まれ」というのが彼らにとってどんな意味をもつのか、ラクランはもう十分知っているから。

 

どのようなところに生まれようと、本当はそれがその人のすべてじゃない。

 これまで生きて、当たり前に感じることだ。

 無口ばかりと言われるハイランド生まれの中にも、リチャードのようにおしゃべりな人はいる。

 ルーピンは優れた魔法使いだけど、幼い頃狼人間に噛まれて人狼になったことで就職に難儀している。

 シリウス・ブラックはブラック家にうまれたけれど、家の在り方に従って生きることを拒否して、ずっと反発しているようだ。あの高飛車な感じは貴族風だから、生まれに引っ張られるところも確かにあるけれど、生まれは全てを決めない。

 でも、それなら生まれたところのために生きるというのだって、立派に一人の人間の在り方だ。ブラック家のために2年生の頃から悠然と振る舞ってたレギュラスも、政界で活躍するお父上に恥じぬ振る舞いと成績のために勉強していたバーティも、闇の魔術を鍛えるエバンも、それはそれで、立派なだと思う。

 ラクランがそばでみてきたみんなは、決して怠惰でも、生まれにあぐらをかいているのでもなく、素晴らしい魔法を、歴史や血をつなぐ家の人間として、きちんと継承していかなくてはいけないと信じて、懸命に努力していた。

 素晴らしい生まれなのだから、優れているはずだ。素晴らしい生まれなのだから、優れていなければならない。

 それは彼らの誇りで、よすがで、呪いみたいなもんなんだ。

 

 知らずうつむいていたのか、エバンががしがしと頭をゆさぶってきた。

「ラクラン、お前髪が伸びたな。そのまま伸ばすのか?」

「......そういえば。温室やスラグホーン先生の研究室に通っていたから、すっかり散髪を忘れてた」

「へぇ、さすが監督生様!」

「監督生かどうかっていうより、今年はO.W.L.だぞ。君、勉強したのか?」

「まぁまぁ!物を書く時邪魔だろ、切ってやろうか?」

「いや、伸ばそうかと思うんだ。そっちのほうがまとめやすいから。魔法薬や肥料の配合を実験してるんだけど、魔力の入ったものをまぜたくなくてさ」

「じゃあ伸ばして縛るかい?髪紐の結い方を教えるよ」

「どうせならレギュラスとラクランで同じ髪型にしろよ、クィディッチで攪乱できる。今年こそ、寮対抗杯は我がスリザリンに!」

 

 寮杯はいつも以上に打倒スリザリンの色が強く、混戦を極めたが、単純な髪型作戦は意外に功を奏した。

「すばらしかったな!素晴らしかったが、これから大変だぞ」

 レイブンクローと素晴らしい試合を演じ、ギリギリで勝ったところで、ウィルクスに背中を叩かれてラクランは首を傾げる。

「わからないか?プレーが素晴らしければ、競技とは関係ないことで叩いてくるのがホグワーツの学生らしい振る舞いさ。特に今年のスリザリンは、つつける穴が多い」

 ウィルクスの予測通り、日刊予言者新聞の、寮生と同じファミリーネームの逮捕者記事などを論ってバカにする他寮生との決闘騒ぎが頻発するようになった。

 

 日が伸びて春めいてきた昼下がり、りんごを齧りながらバーティと廊下を歩いていれば、前の方でバタバタと騒がしい音がする。うんざりと目を回した矢先、オブリビ...!と不穏な呪文の声が聞こえきた。

「ペトリフィカス・トタルス!」

 りんごをほん投げて駆けつけながら呪文を叫べば、それまで杖を向け合っていた下級生二人が気をつけの姿勢で廊下に転がった。まったく、とんでもない......。

「いきなり呪いか?監督生様」

「さすが闇の魔法使いだらけのスリザリンなだけある」

「今にも危険な魔法を廊下で行使しそうだったので、硬直させただけだ」

 ラクランは絡んできた4年生たちを鼻で笑った。

 無言呪文でフィニートすれば、下級生たちは青い顔で崩れ落ちる。一人はうちの寮生で、もう一人は去年からたびたび問題を起こすレイブンクローのロックハートだ。ローブを引っ掴んで持ち上げるが、目をそらされた。まったく......

「君は今、忘却呪文を使おうとしたね?思わぬ人に当たったり、うまく制御できなければマダム・ポンフリーのお世話になるだけでは済まない。身の丈にあった魔法を使うように。レイブンクロー、5点減点だ。

 ああテレンス、もちろん君もだ。我が寮の品格を損なったのを見逃すわけにはいかないからね。スリザリン5点減点。スリザリンに所属するプライドがあるのなら、くだらない喧嘩に付き合わないでくれ」

「監督生も骨が折れるな」

 浮遊呪文でラクランが齧っていたりんごをふよふよ浮かせながら、バーティがやってきた。

「変わってくれてもいいんだぞ?」

「今まさに、やはりならなくてよかったと強く思ったところだ。遠慮する」

 

 がカリカリしているときや不安な時、一人だけ元気になる奴がいる。

「人生の岐路ったってこの時代♪選べる道はお先真っ暗♪いやこりゃあ袋小路かしら?闇の魔術で穢れた魂♪買う悪魔もいやしない♪」

「ピーヴス、そのクソ歌を歌うの、いい加減やめないと血みどろ男爵をお呼びするぞ」

「おお怖!監督生様!おお怖!!」

「ハァ〜。ほら、リストに名前を書いた人は集まって。面談前の安らぎの水薬を配るよ」

 ただ引っ掻き回したいだけなのだ、このポルターガイストは。不幸中の幸いにして、ほとんど喋らない血みどろ男爵とクリスマス休暇中二言三言かわしたおかげか、ラクランが談話室にいるときは血みどろ男爵もいることが多いので、こうして追っ払えるのだけど。

 この面談の時期、ネガティブな言葉を聞くだけでパニックを起こす生徒は少なくない。異常に調合が上手くなってしまった安らぎの水薬を1回分だけ配って、飲むのを確認してリストにチェックをつけていった(昔、貯めておいて一気に飲んで聖マンゴ送りになった先輩がいるらしい)。

「そろそろお前の面談の時間じゃないか?」

「本当だ。ちょっと行ってくる」

 エバンに言われて、ラクランは時計を見ながら慌ててローブを被った。

 

 寮のすぐそばの魔法薬学準備室は、不思議な形と色の魔法薬瓶で溢れている。約束の時間に来たというのに、例の大きな人影が見えないので少し歩いて、黄金色の液体の入った小さな瓶や、仰々しい大鍋の中で泡を浮かべる青い液体を眺めた。

「ああラクラン、よく来たね。待たせて済まない。紅茶は?」

「それほど待ちませんでした。いただきます」

 あわあわと準備したスラグホーン先生は、どす!と椅子に腰掛けて、机の上でふとっちょの指を組んだ。

「さて、この場は君の進路に関連して、6、7年生でどの学科を継続するかを決めるための面接だ。マグル出身でスリザリンになってしまったときはどうなるかと思ったが、今のところ君は本当によくやっている......ホグワーツ卒業後は、何をしたいと考えているのかね?」

「ええと、まず、その。友人にも聞きづらいので、先生にぜひお聞きしたかったんですが。今の魔法界の状況で、僕のような生まれのものは仕事を探せるんでしょうか?」

「ふ〜〜む、率直に言うと非常に難しい。少なくとも、イギリス魔法界で君の成績と活動に見合った仕事は難しい。スリザリン出身者が大勢逮捕されているのもよろしくないが、それ以上に、純血以外を採用するのが危ぶまれる状況だ」

「やはり、ですか」

 マグル生まれで活躍している魔法使いはもちろん、"血を裏切るもの"と蔑称される、マグル生まれやマグルに寛容な魔法族もひどい襲撃を受けているのが今だ。マグル出身と知っていて、喜んで雇ってくれるのはそう多くないだろう。

 

「僕は別に、魔法省や報酬の高い仕事に就きたいわけではないんです。薬草学や、魔法生物学、魔法薬学が好きなので。そういうのに関われたらいいんですが」

「スプラウト先生の温室によく出入りしてくれるのは私としても助かるよ。研究職に就きたいということかな?」

「まあ、そういうことになります。どうやって稼いでいくのか、あんまり想像がつかないですけど。マグル学もとっていて、医学書や農学も見ていますが、魔法界で使えそうなものも多いですし、そういうのを調べられたらなあって」

「マグルの学問を流用か...イギリス魔法界ではほとんどきかんな」

 奥歯にものが挟まった物言いをするスラグホーンに首を傾げて、ラクランも机に手をついた。

「その、イギリス魔法界ではってどういうことですか?」

「魔法界は知っての通りイギリスだけではない。北欧のダームストラング校のようにより堅固な純血主義の学校や組織もあるが、フランスのボーバトン魔法アカデミーは比較的寛容だし、薬草学や魔法生物学なら、私はパイプを持たないがブラジルのカステロブルーショも素晴らしいところだ」

「それは教育機関で就職先ではないのでは?」

「研究職と教育機関は切っても切り離せん。君が望むなら、交換留学生か研究補助職を探せるが」

 そういうことか。

 ラクランは身を引いて、ギッと音を立てて椅子の背もたれに寄りかかった。スラグホーン先生は入学案内を持ってきて、最初、反発したラクランを知っている。

 おれはこの土地が好きだ。この土地に根を下ろして生きていくつもりだったし、今まで知らない生き物が溢れていることを学んで、わからないことを見つけていくたび、どんどんこの土地に興味を持ってきた。

 熱帯の植物や生き物たちは確かに魅力的だ。海を渡った先、大陸で育まれてきた技術も。けれどそこには、ラクランが生まれた黒くて冷たい湖や、荒涼とした崖や、ヒースたち、そして同じ土を歩く祖父はいない。

 

「......少し、考えさせてください。選択科目の方向はこれがいいですが、将来については」

「紹介状はいつでも書けるとも。まずはO.W.L.をこの調子で頑張りなさい」

「もちろんです」

 カラカラの口で、紅茶をぐいっと飲み干したラクランは、立ち上がりかけてあ!と声をだし、椅子に戻った。

「あの、そういえば。他寮のことで、先生は把握されていないと思うのですが。この間見回りで一緒になった、リーマス・ルーピンについてお願いが」

「ほう?」

 

 

 さり!と盛大な音を立てて羊皮紙を読みながらバーティが結論を急かした。

「それで?外国への紹介状をお願いするのか?」

「とりあえずじいちゃんに聞いてみる。外国に行ってもいいものかどうか」

「お前のいつもの話ぶりだと、"自分の人生は自分で決めろ!"て言われそうだけどな!」

「はは、おれもそう言われると思うけど、病気で倒れたりしたらと思うと心配なんだ。二人きりの家族だし」

「まーこのご時世じゃ就職はキツイよなあ。俺はルックウッドに斡旋してもらう予定だけど」

「ルックウッドって?」

「魔法省に潜り込んでるデスイーター」

「縁故採用め」

 コネ入省をドヤ顔で宣言するエバンを、ラクランはつい引っ叩いて毒づく。

「なんだよ、バーティもだろ?」

「僕は土地の管理や当主の仕事の引き継ぎだ。ルックウッドの力なんて借りなくても、入ろうと思えば入れるさ。今は父上が、望まれないが......」

「君も君で不自由だな」

 12ふくろうを目指しながら闇の魔術にも磨きをかけるバーティだ、本当だったら、何にだってなれるのに。魔法史を紐解けばスリザリンだけでなく、各寮から闇の魔法使いがそれぞれ輩出されてるのは明らかだが、魔法省は学生レベルの偏見とコネで採用を決めてるのか?

 

「私も同じようなものだよ」

「ええっそれじゃ、シリウスはついにブラック家じゃなくなったのか!」

「おめでとう!ついに目の中の棘は除かれた!!」

「違う」

 さんざん嫌な思いをさせられたのだ、ラクランとエバンが手を挙げて祝うのは当然のことだったが、レギュラスからはピシャリと否定の声が飛んだ。

「あんなものはもとよりブラック家に居なかったんだ」

「え、アー......そう」

「まったく......っ!!」

「ん?またなのか、招集」

 突然腕を抑えて体を硬直させたレギュラスに、ラクランは慌てて立ち上がったが、エバンに押し戻された。

「招集?」

「闇の印は単なる印ではないのさ。熱を持ち痛みによって、あのお方の命令を伝えてくる。姿現しできないホグワーツを恨むばかりだ」

 バーティの問いに、レギュラスが酷く憎々しげにカーペットを蹴る。おれたちの部屋なんだけど。

「落ち着けよ、今出張ったところで、未成年のマーカー取れてないんじゃ闇払いに通報してるようなもんだろ?」

「頭ではわかっているさ、だが......すまない。私は少し、部屋で休む」

 

「ひ〜、どんだけ痛いんだろ。あんなレギュラス見たことないよ」

 いつもより少しだけ足音を立てて退室するレギュラスを見送ってから、ラクランは自分の腕を摩った。

「招集がかかったということは、また"狩り"に出るということか?」

「明日はまたどこぞの旧家の名前が予言者新聞に載るだろうさ。あいつが家のこともあってさっさと謁見してポーズを示しとく必要があったのは分かるけど、俺は嫌だね」

 拷問や行方不明、まれに出火や死亡の記事。はじめセンセーショナルだったそれも、同じファミリーネームの子が血相を変えてマクゴナガルに引っ張られていったあたりで、噂にすらのぼらなくなった。もはや新聞に載る誰かの重傷より、安全圏のホグワーツで、未成年であっても被るかもしれない痛みを警戒しなくちゃいけないのだ。どんな痛みや事件も、全部自分たちに関係する、差し迫った状況になっていると、皆それぞれ無言のうちに感じている。

 

「え?じゃあ」

「俺は今年謁見しない。未成年が参加したところで、ああやって印に悩まされるだけだ。お前たちもレギュラスから紹介されないように考えといたほうがいいぞ」

 腕を組んだエバンは、パチンとウィンクして笑った。

「忘却呪文で口調まで変わってしまったじゃないか、大丈夫だよ」

「いや!クィディッチの結果次第じゃ喜んで紹介しかねない。成人までは絶対やめてくれって、しっかり言っとかなきゃ。そしたらお前は国外に逃げられるかもしれない。それにおれたちが卒業する頃には、戦争も終わってるかもしれないし」

「終わるって?」

「考えてもみろよ、戦争は対抗する組織があるから成り立つんだ。これ自体が目的じゃない」

「つまり、闇の帝王に対抗する派閥が数年のうちに崩壊すると?」

 思わずバーティを振り返りながらラクランがオウム返しすれば、エバンはくつくつと笑った。

「お前には悪いけど、冷静になって考えてみろよ、魔法省は弱い。そもそもコネだらけの粒揃いじゃない組織だ」

「君もその一部になろうとしてるだろ、自覚あったのか...」

「フン、まあな。それでお前のお父上は頑張ってるが、過激派すぎて孤軍奮闘って感じだろ?ダンブルドアとも反りがあっていないし、かといってこの苛烈を極める状況でお互い譲歩の兆しもない。対してあのお方は力をつけ、その力に魅了された支持者が増える一方だ」

 本当にそうか?とは思ったけれど、魔法省がダメそうなのは本当だし(思えば、スラグホーンから一度も進めがなかったあたり、純血採用なのかも)、なんとも言えない。バーティをチラリと見れば、彼のほうも思うことがあるようで、鼻から息を吐き出して、窓の外の湖を眺めていた。

 

 

 





間が空いてしまって誠に申し訳ないです!

以下今回の捏造箇所

・アルファード・ブラックさん
 申し訳ねえ!アルファード(アルファルド)はうみへび座α星なんですが、星の名称がアラビア語で「孤独なもの」なんです。スリザリンだったかなー?とは思うのですが、急進的純血主義ではなく、シリウスを支援する人物として登場します。きっと若年期は孤独だったことでしょう。同時に、バイクを残しているということで、免許取ったりメンテ勉強したり、こっそりマグルに紛れて生活していたと思うのですね。でも家系図からはやかれていなかったのだから、それなりの孤高というか孤独は維持していた、もしくはせざるを得なかったのでは、と。
 どのような最期を迎えたかは原作でも不明なので今作でも不明としました。
 ※アランじいちゃんは殺意マシマシですがそうした行為を肯定推奨するものではありません。

・ドラゴン堆肥
 授業で登場するドラゴン堆肥(糞)。堆肥は混ぜ混ぜさせて発酵させますが、ドラゴン、なんか熱そうだなって.......。たぶんそんな作業なくても真冬も温室でてんてこ舞いでしょう。

・スプラウト先生の栽培システム
 ケルトバーン先生は興味で、スラグホーン先生は材料欲しさに忍びこんでいそうです。ハッフルパフの寮監なら、袖の下に応じるだろうか...?いや応じなさそう、ということで労働を対価に求める先生になりました。

・レギュラスの闇の勢力加入時期
 お家のポーズ明示というのもあってとりわけ早めに闇の帝王の配下に加わっていそうです。ドラコもそうですが、姿現しできないホグワーツ在学生の未成年に闇の印つけるの、ただ痛いだけじゃない...?て思うのです......。

・スラグホーン先生の人脈
 イギリス魔法界が中心ですが、一応方々に(少なくともヨーロッパくらいは)顔が効くかな、という捏造です。

 のんびり更新ですが、気長にお付き合いいただければ幸いです。

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