ゲホゲホと咳き込んで、目を覚ます。湖に出て、一服した後冷たい水で顔を洗った。髭は面倒だから剃らない。銀膜が黒く錆びた鏡を覗き込み、一応目の横を引っ張ってから、ひとつため息をついて、べこべこのヤカンで湯を沸かし始めた。
このところ、顔が黄ばんできた。
ラクランがどこぞで買って読んでいた医学書をペラペラとめくったリチャードの妻が、「黄疸」じゃないかなんていうが、構うものか。人間そのうち、いつかは死ぬのだ。
「やあ、アランじい。うちのお袋自慢のエルダーフラワーコーディアルを持ってきたよ」
「酒は」
「床下に隠してるくせに」
リチャードがひょろりとやってきた。どすんと瓶を置かれるので、道具の邪魔にならないようにキッチンへひとまず運ぶ。ラクランがいないと、大して減らないコーディアルだが。
「なんだ?この道具たち」
カン、とブーツの爪先でスコップを蹴っ飛ばすリチャードのケツヲ叩いて追っ払う。
「ゲフン、ラッキーからのお願いだ。夏にいろいろと植物を植えたいらしい。家の周りにな。どこまで意味があるかわしにはわからんが」
「ふうん、テロ対策かね」
リチャードが軽く受け流したのに頷いて、徐に床板を蹴っ飛ばしてびよんと開ける。振動でわずかに中の酒瓶が鳴った。ラクランのお願いのため、家周りをさくさくとほぐしとかにゃならない。気付に一杯ひっかけるつもりだった。
「なあ、アランじい」
正面の椅子を指差しながら、ラクランの椅子に腰掛けられれば対話の意図はわかる。アランは小さなスキットル片手にしぶしぶ椅子へ腰掛けた。ぎしり、と年季の入った音が鳴る。
「俺はラッキーがあんたを、生かそうとしてると思うけどな。じゃなきゃこんなへんぴなとこ、帰ってこない」
「今度で一年ぶりだ」
「何十年も帰らないよりいいだろ、アイビーみたいに。......とにかく、孫があんたを必死に世話しようとしてんのに、そのあんたが死に急ぐのはどうなんだ」
「わしは生きる上で嘘をつかんと決めている」
嘘をついて偽物の愛国心と勇気を貼り付け、なにが本当かわからなくなって死んでいった奴らをこの目で見た。
周りを騙そうとして、嘘を作ったつもりが、自分まで真実から遠ざかった哀れで愚かな男も。
「ハァ〜、そんなに酒が飲みたいか?ラッキーが可哀想だ」
「可哀想だと?お前だけはわしの血液がどうなってるか、知ってるだろうが!」
「威張ることかよ、改善するつもりもないし、悪くしたのは自分だろ」
長年かけておのれのさがに従って生き、その結果血は濁り、いつ詰まるとも知れぬ有様、それが事実だ。もう先は長くない。
「ああ、そうとも。わしは嘘はつかん」
青い香りの風が吹き込む廊下には、本を捲る音や忙しなく羊皮紙を引っ掻く羽ペンの音が溢れている。まるでホグワーツ中がレイブンクローになってしまったかのようだ。
「随分と辛気臭い顔ばかりならんでるな」
「当たり前だ、フクロウ試験っていうのはそういうものだぞ」
ウィルクスとラクランは、話しながら足早に廊下を歩いた。主な仕事は、イースター休暇明けで現実に戻ってきて発狂する生徒たちの取り締まりだ。しかし、緑と銀のネクタイの生徒は今のところ対象になっていない。
「やっぱり、スリザリンは違うね」
「普段から備えている者が多いし、特殊な状況だからな」
「それはそうだけど、君の将来は安泰でしょう?」
「さてどうだろう。あの方へお仕えすることは決まっているけれど」
「そう......君も」
学生が学生の本分に素直に邁進できるのは、ある種恵まれている。12フクロウにむけ徹底的に全ての科目を復習しているバーテミウスや、家と自分の生存のために、またそもそも純粋に闇の魔術を愛するがために、学校の勉強を放棄しているエバンを思い返す。
エバンほどではないけれど、体面のためトロール並みは回避しなければいけないが、闇の魔術か防衛術の勉強に専念しているスリザリン生は多い。
今噴水のまわりで、どこの寮より一番ゆったりと過ごしているスリザリン生たちのほとんどが、本当は最も"時間"のゆとりがなかった。
ラクランはそっとポケットの中の時計を触った。
星々は誰に止められるでもなく巡り、日の長さに合わせ木々は葉を大きく茂らせ、活発に呼吸する。むっとする温かで、少し青っぽい初夏の風とともに試験官たちがホグワーツにやってきた。
バーテミウスを手伝い、ついでに教わりながら。
時に、ウィルクスやルーピン、エバン、以前はレギュラスにも教わりながら、少しずつ手に馴染ませてきた魔法は、どれも素晴らしい効果を発揮した。
ラクランが好きで、密かに頑張っていた薬草学、魔法薬学はもちろん、呪文学は卵を割らずに跳ねさせ、回転させ、停止するというもので、繊細なコントロールが随分得意になったのを実感できた。変身術は相変わらず理論を丸暗記で回答する形になったが、実技はお箱のエバネスコが出たし、まあまあのはず。古代ルーン文字学と防衛術は意外な共通点があり、ルーン文字学のこの文字列の効果について記述せよ、という大問の防衛術を上げられるだけ上げなさい、という記述問題で3個ほど稼ぐことができた。
古代ルーン文字のあのテキストを参考にすれば、成人を待たずとも家に守りの呪文をかけられるかもしれない。ラクランは足取り軽くバーテミウスに合流した。
「バーティはどうだった?聞くまでもなく、かい?」
「ああ、言うまでもない」
「はは!ずーっと頑張ってたんだから当然の結果だけど、きっと君のご両親も鼻が高いよ」
「そうだといいな」
清々しい日差しの中を、さくさくと深い草を踏みながら歩く。ノウサギがどこかの穴から出てきて、またどこかの穴へ走っていった。
「おーい!!」
と、エバンが小さな瓶をいくつも抱えて走ってきた。
「試験疲れで浮遊呪文を忘れたのかい?」
「お前たちこそ、こんなお天気にピムスも持たずにどういうつもりだ!?」
これは大犯罪だ!というような口調で責め立てられ、勢いに押されてピムス(試験官に出すんだろう、ジンジャーエールで割ってある小瓶を、スプーキーから横流ししてもらったらしい)を握らされる。
まあ確かに、日光浴のお供といったらピムスだ。ジンジャーエールで割ってきゅうりを入れただけとずいぶんシンプルだけど、そのへんのミントをいれれば十分だろう。ラクランが手早くミントをスコージファイして、パン、と叩いて香りを立たせる横で、バーテミウスが手で持った瓶を杖でつついて開栓した。
「あ!」
ラクランが声を発するより早く、しゅわわわ!と弱めの炭酸が溢れ出してくる。
「ウワ!」
バーティは狩りをする狐のように俊敏に飛び上がった。ほん投げられた瓶を、今度は魔法を思い出したエバンが無言呪文で宙に浮かせる。
「アー走ったからな、持ったまま」
「エバン・ロジエール!」
「ハイハイすみません、アグアメンティ〜」
「ぶー!!せめてスコージファイをしろ!」
「ははは!」
太陽の力は偉大だ。こうもきらきらと辺り一面を照らされると、このところの鬱屈としたもの全部剥がれおちていくような気がする。
「これも......この記憶も、消さなきゃいけないのか」
つい、ずっと腹の底に隠してきた気持ちが、するりと口から滑り落ちた。
「今言うことか?そもそも、君の身を守るために必要な処置なんだぞ」
「そうだけどさ」
でもあのレギュラスの豹変ぶりをまた味わうのが怖い。レギュラスとの思い出を消してしまったおかげで、ラクランは記憶の不確かさというのを痛感していた。
思い出を一人が後生大事に持ち続けても、それは夢と変わらない。美化したり風化したり、変わってしまうからだ。ともに振り返る相手がいてこそ、思い出は思い出なのだ。
「なあ、そのことなんだけど」
暴れ柳のちかくの小岩の上に座って、真面目な顔してピムスを煽っていたエバンが、ふいに杖を振った。
「マフリアート」
「何の呪文だ?」
「耳塞ぎ。セブルスが教えてくれたんだ。俺たちの会話が聞こえなくなる」
「じゃ、秘密の話か」
バーティが呪文に興味をしめしたので、ラクランは慌てて軌道修正する。エバンは睨み合う二人にお構いなしで、無言呪文でアクシオしてぐっと引き寄せてきた。
「いいか?どうやら、風向きが変わってきている。俺が思うに、記憶を消すのは得策じゃない」
エバン曰く、こうだ。
彼の家族の言うところによると、いよいよあの方は死を超越する手筈を整え、このイギリスに根を下ろし、まずは血を裏切るものを徹底的に潰していくらしい。
「つまり?」
「この先は武力闘争が激化する。どんどん魔法使いも投入されるし、魔法使い同士の戦い、戦争になる」
「そんなこと!」
「許されるわけがって?ハハ、取り締まれなきゃ許されてるのと変わらない」
口を歪めて笑うエバンは、学校では見慣れない酷薄な瞳をしていた。
「レギュラスはブラック家だ。財産も権威もあって、血族を絶やさないという大義名分で、危険な現場には出向かせないことになっている。だからはやく謁見して、支援をするポーズを取る必要があった」
パン!と両ふとももを叩いて立ち上がり、エバンは時調気味に笑いながら、手なぐさみに丈の長くなった草をむしる。ほのかに青っぽい香りが漂ってきた。
「うちはちがう。権威も財産もなく、力と、人手だけある。どういうことかわかるだろ?」
振り返られても、こたえられない。ただ柔らかい陽光が降り注ぐ。暴れ柳のしゃらしゃら揺れる葉音でにぎやかな風が通り過ぎていった。
「......その点なら、僕も同じだろうな」
「え、」
ラクランは思わず優雅さのかけらもなくブンと首を動かしてバーテミウスを見遣った。バーテミウスのほうは、悠然とローブをただして座り直してから、腕を組んでいる。
「ハァ?お前はお父上の密偵をやらされるだろ?」
「冗談を。あのお方にとって、父上はそれほど大きな障害じゃない。取り込んで利用しようにも頑なすぎる。僕を使うとすれば、それは父上への嫌がらせと都合のいい働き手としてだろう。僕も生き延びるための現実を見ているつもりだ。だからこそ記憶は消さなければいけないと思っているが?」
「いいやだからこそ、俺たちはラクランを覚えてなきゃならない」
真っ向から対立した二人は肩をすくめてピムスを飲んだ。ラクランも、思い出したように慌てて一口、口に含む。だいぶぬけた炭酸が弱くしゅわしゅわと弾けて、少し苦かった。
「つまり......つまり、実戦投入された君たちが、記憶をなくした状態で、おれを攻撃するかもしれない。そういうこと?」
「珍しく察しがいいな。そうだ」
「だがそもそも僕たちの心の内を知られなければ、ラクランが襲撃の対象になることはないだろう?」
「わからないぜ?こいつにはまだブルストロード家からクリスマスカードが返ってきてる」
バーテミウスが特に驚きもなく目線を寄越すので、ラクランも素直に頷く。
「勝手に見たのか?友達だぞ、クリスマスカードくらい当たり前だろう」
「そう怒るな、お前の交友関係を否定はしないさ、俺も迂闊にもお前とダチをやってるんだからな。でもこうしてお前に襲撃される可能性があって、俺たちが襲撃する可能性があるなら、」
「防衛術ではバーテミウスより強いつもりだけれど?おれは、君たちのお荷物になるくらいなら、記憶がない方がいい」
「ハ?!お前、さっきは消したくないって言っただろ」
ドタドタと駆け寄ってきたエバンが、焦った顔をしてラクランの肩に手を置いた。妙に冷たいその手を片手で上から押さえて、あくまで落ち着かせようとラクランはゆっくり口を開く。
「君たちの命と、おれの思い出。どっちが大事か、おれにも優先順位くらいわかる」
「この状況で一番危険なのはお前だろ!自覚がないのか?」
ついに、エバンは胸ぐらを掴んできた。ほとんど反射で 手を引き剥がしたところで、自分から始めたくせに傷ついたような顔で、エバンはまた縋ってきた。
「俺たちが記憶をなくしたら、頼る先もないだろうが!」
「な!...そんなのどうとでもできる!最悪、息を殺してマグルとしてでも生きられるさ!おれは君の弟じゃないし、まして赤ん坊でもない!」
今度こそ思い切り突き飛ばしたところで、バリン!と音がしたような気がして、ハッと手元のピムスを見る。
なんともなってはいなかったけれど、まだ半分ほど液体の入ったそれに杖を向ける。
「エバネスコ!」
どこへともなく霧散したピムスの瓶を見送ることもなく、ラクランは感情に任せて歩き去った。
めずらしく雲から顔を出した太陽がきらきらと湖面を照らす。試験が終わればあっというまに夏休みだ。開放感にみんな口角をあげている。
「やあ。なんだか元気がないね?」
懐かしい声が頭の上から降ってきた。顔をあげると、さきほどまでのラクランと同じように少し俯いているルーピンと目があって、力なく笑われた。前よりさらにやつれたな。
「ええまあ。少し反省してることがあって」
「フクロウ試験......じゃなさそうだね。少し?」
「はい。おれも悪かったけど、あっちも絶対悪いと思うんです。だから少し」
「はは、そうかい」
たしかにおれはみんなの半分ほどしか魔法界を生きていないけど、助けてもらいながら努力して、クィディッチも、監督生もやったんだ。フクロウ試験だってそこそこ手応えがあったし、守護霊の呪文だってできる。一番近くで見てきてくれたはずのエバンにとって、おれがあんなに心配をかけるほど無力なのが、どうにも悲しかった。おれが一人前として巣立てるか心配してきたじいちゃんとおなじようなものだ。お節介ってやつだろう。おれとあいつは友達なのに......。あ!
「そういえば、ご卒業おめでとう、と言っていいのかな?今までお世話になりました」
「やっと思い出してくれた。就職先は残念ながら決まってないけど、ありがとう」
お節介でルーピンの就職について、自分も少しスラグホーンに声をかけていたんだった。どうやらそれは実らなかったらしい。努めて軽く話しているが、本当はこの人が困っていて、とても傷ついているのはよくわかった。
「そんな!」
「このご時世だから仕方ない。そう心配しないで、なんとか生き延びるさ」
ラクランは開こうとした口を閉じて、ゆっくり頷く。心配されすぎたことに傷ついた手前、この人を心配しすぎるのも、失礼だと思って。お優しい人だけど、優れた魔法使いなのは疑うすべもないのだから。
思うところあって黙ったラクランに、会話は終わりとでもいうようにルーピンがくるりと背を向けていく。
「あ、ミスター・ルーピン!うーーん、アー......もしおいしい鮭が食べたくなったら、ロッホアーバーのピーン河畔の村へ来てください。赤い屋根がうちですよ、周りは黒い湖に灰色の空だから、迷うことはありません」
ラクランは自分にできる精一杯を思いついた。
これだ!人里離れたところだし、じいちゃんはルーピンと同じくらいの傷だらけだからなんの問題もない。
「そんな、できないよ」
「家にはじいちゃんしかいないんです。鮭は川で勝手に取れるし、それに夏休みには守りのルーンと、魔法植物もいっぱい植えるんだ!」
「急に元気になったね、それじゃ、本当に困った時にはお邪魔するかな」
「ええ、そうしてください。あんまり鮭が取れすぎると、じいちゃんがまた飲みたくなっちゃうんだ。あ、でも胃袋は一つでお願いしますね」
「もちろん、友人たちは連れて行かないさ」
眉間に皺を寄せたラクランに、さっきより少し輝きを取り戻した目で頷いたルーピンは、笑顔で去っていった。
「いつのまにリーマス・ルーピンと親しくなったんだ?」
エバンのいないコンパートメントは寂しいけれど、仕方ない。久々に二人して広いコンパートメントに荷物を広げれば、バーテミウスは訝しげに眉を寄せた。
「君に押し付けられた監督生の見回り。守護霊の呪文も教わった」
「押し付けたんじゃない。僕は拒否して、君は適任だった。ほう、守護霊の」
「うん、とても優秀なんだ。しかしスラグホーン先生、ダンブルドア校長に対しては、あんまり効果がないんだな...」
「というと?」
「付き合いが長いと聞いてたから、ダンブルドアにルーピンを闇の魔術の防衛術の教師として推してくれないか、匂わせてみたのだけど。自分が無理して入れた、守護霊の呪文まで使える監督生を、無職のまま放り出すなんて正気か?」
「さてね、ところで仲直りの算段はたったのか?」
「そのことなんだけれど...今、思いついたことがあって」
「今?」
うん、とうなずいて、車窓を流れていくハイランドの草原を眺める。
守りを固めたじいちゃんの家を、許可をもらってみんなのセーフハウスにするのはアリだ。みんなに安全を提供する代わり、守ってもらうというのだったら、まだラクランも飲み下せるような気がした。もちろん、みんながマグルであるじいちゃんを絶対に傷つけないという条件付きだけれど。
「デスイーターがマグルの家に隠れるわけがないだろ?それに、もし闇の陣営に何かあった時でも、マグルの家と繋がりがあることが、君たちがどうしようもなく、どうにか生きるために闇の陣営に与したという証拠になる。そうでしょ?」
指を折って数え、バーテミウスの目の前でヒラヒラとふる。バーテミウスは本を閉じて、難しい顔で指を睨んだ。
「ラクラン......でも、僕たちは。とくに、エバンやレギュラスは」
「でも、でもさ?君たちは本当にマグルを殺したいだなんて思ってないでしょ?」
ラクランは、これを信じるしかない。いや、信じて友達を続けてきた。決して、マグルびいきな魔法族たちについての報道や、マグルを襲撃したなんて情報を見ていないわけではないし、見て見ぬふりをできる性格でもなかった。ただ、スリザリン寮内で言及するのもとんでもなく危険であることはよくわかっていた。
マグルの下で育った、少なくともマグルの母から生まれたラクラン。マグル生まれにほれたのが有名になって今も病室にいるイザベラ。ほかにも、マグル生まれで優秀なリリー・エバンスもいる。適切な距離を探るべきだし、伝統や歴史を守っていくために関わりをさけるべきという態度には一定の納得はあっても、友人たちがマグルへのぼやけた昔の憎しみだけで突っ走る愚かな人たちだとは思えなかった。
「僕はあの方に身を捧げるつもりはない。どうも目的にピンとこないから。しかしこのご時世であの父上の仕事だ。相応の立場をとらなければ、僕だけでなく母上の身が危ない。でも、エバンたちがどうかは.......最近、まともに心も覗けないしな」
「わかってる、人の心はうつろうものだよ。永遠なんて無理さ、弱る時もあるし、いつかは老いる。だからおれは人間よりずっと長生きな魔法植物の生態を生かして、守りを築くんだ。ルーンも刻むし、成人したら守りの呪文もいっぱいかけるつもり」
スプラウト先生印の種がはいったポケットをじゃらじゃら鳴らしてみせる。バーテミウスは渋い顔をした後、しっかりしてきたあごをとんとんと杖先で叩いた。
「古い魔法か......悪くないな」
「なんだって?」
「破れぬ誓いだ。僕たちで、忘却術のかわりに破れぬ誓いを結ぶ。それはどうだ?――レギュラスだ。この夏はまた漏れ鍋で働くのか?」
「うーん、家のほうが順調に進んでからだな。トムに手紙で聞いてみて雇ってもらえるならそうするよ」
「じゃあ、その時に。エバンも呼ぶ」
バーティが言い終わるか否かというところで、コンコンとコンパートメントがノックされた。本当にレギュラスだ。最近クィディッチ練習をやってないはずなのに、ずいぶんがっしりしている。
「やあ、ここにいたんだ。試験の出来はどうだった?」
「上々だよ、君は?」
「正直あまり、力をいれなかったからね。しかしこの夏で僕はようやく成人だ!」
「あ、そっか!おめでとう!姿現しもできるようになるね」
ラクランは口角を無理やり引き上げて話した。
汽笛が鳴って、白い煙が窓の外いっぱいに広がる。
バーテミウスにじゃあまた漏れ鍋で、といわれた頃に、ようやく自分の頬が引き攣って痛いことに気づいた。レギュラスはもういなかった。
ゆっくりと頬をさすり、親指の爪をたてて顎のあたりをもみほぐす。来学期中に検知不可能拡大呪文を絶対覚えるぞと誓いながら、重たいトランクをずるずると引きずった。
「リチャード、きてくれてありがとう。じいちゃん、その......久しぶり。あのときは家を飛び出してごめんなさい」
足取り重く日の落ちた地元について、目の前には懐かしい二つの顔。夏はダイアゴン横丁で宿代を稼ぎながら過ごしたから、じつに一年とちょっとぶりの再会だ。
リチャードは笑って肩をすくめてくれたけど、ラクランのトランクを受け取るとぎゅっとしかめ面して真っ赤になった。
じいちゃんと手紙ではやりとりをしていたけど、1年以上顔を突き合わせなかったのは生まれて初めてのことだ。さすがにシワがふえたし、顔の薄いところの皮膚は羊皮紙のようだった。肩も小さくなって年をとった感じがする。ひげだけは相変わらずもじゃもじゃだった。
アランの紅茶色の目はきびしく光って、同じ色のラクランのそれをつらぬいた。
「お前が家を出て行った時、もう戻らない可能性も考えた」
「はい」
「だが荷物も置きっぱなし、金もないでは、すぐとって返すと思ってな」
「その通りで」
「わしも頭を冷やす時間が欲しいんで、そのへんのフクロウをとっ捕まえておくってやったんだ」
「はは、うん。助かったよ。おれも頭を冷やせた。あの時は......あの時は」
どうしてあんなに耐えられなく思ったか、居場所がないと思ったか、これだけ時間が経ってもうまく説明できない。
家を初めて離れて、じいちゃんの孫でも、かわいそうなアイビーの息子でもないおれとして生きてることに気づいた。湖で生まれて草原や山と育ってきたおれと、魔法界のおれがいるんだ。そうわかってきたところで、折悪くじいちゃんから"家長のナイフ"を渡されたもんだから。
一歩、二歩とアランは近づいてきて、ついに分厚い手のひらを頭に乗せられた。この手のひらで顔を撫でられると、ガサガサしていたいのもよく知ってるから、おとなしく頭の上に置かせた。ラクランはふー、とため息を吐く。なんだかずっと水中に潜っていて、やっと息継ぎができたような心地だった。
「ここで、木が根っこを張るみたいに、おれもずっと生きていくと思ってたんだけど。なんか、二つに割けちゃったみたいなんだ」
ようやく絞り出すように言葉を吐いたラクランの頭が、熱い手のひらでじゅーっと押される。
「いいや、割れてなんかない。どれも全部お前だ。するするあっという間に伸びやがって、先の方が太い枝に分かれただけだ。お前の根っこはちゃあんとここだ」
マグル育ちで、父親はわからない。母はマグル。
そんなの知らずに、湖で泳いで、歌を歌いながら霧の中を自転車で走って育った。
自分が魔法使いだとわかって、今度は箒に乗って、マグル生まれの差別を受けないために立ち回り、賢い友を得た。マグルは知らない、この世界の美しい生き物たちもたくさん知っている。
よくないところもたくさん見た。差別、残虐な魔法、家の対立。でもそれはマグルも同じだ。テロ、戦争、差別。ラクランはそれを尻目に、しゅるしゅると狡猾に潜り抜けて生きてきた。言えないこともわかってもらえないこともある。でも確かに、ラクランの幹はかわらず一つで、ラクランの根はここだ。
ラクランがかすかに頷いたのをみてとって、アランが手を頭からのけた。
「ラクラン、去年贈れなかったナイフを今度こそ贈るぞ」
「まだ成人もしてないのに?」
「だが、お前は背丈だけニョキニョキ伸びてるわけじゃないだろう?ちゃんと中身も詰まっている。だからお前はもうケイヒル家の立派な大人だ。いつ家を出ても、お前と共に糧を分かち合う人がそばにいるのを願ってこれを贈る。わしも、いつまで生きてるかわからんしな」
「冗談を!」
ラクランは笑い飛ばそうとしたけれど、アランはもちろん、今度はリチャードも、神妙な顔でラクランみつめ返しただけだった。
ほれ、と差し出されたのは、いつかのクリスマスに送ろうと用意されていたんだろう、月明かりに輝くのは美しいモミ材の柄のついた大ぶりなカービングナイフだ。
「おれには大きすぎるよ。立派すぎる」
「そうか?」
自分よりはるかに大きく厚く、樫の木のようにどっしりしていたはずのじいちゃんの手が、ラクランに受け取らせようとのびてきて、ラクランの手首を掴む。今やラクランのしなやかでまめだらけの手より、彼の手は一回り小さかった。
そっと手を伸ばしてうけとって、ナイフの切先から視線を上げ、ゆっくりとじいちゃんの目を見る。
「わかった。ありがとう、じいちゃん」
じいちゃんからナイフを受け取ったということは、いよいよ大人だ。魔法界での成人はまだだけど。
ただ庭先に魔法植物を植えるだけではいられない。気合いをいれて、家の守りを築く。ラクランはグッと奥歯を噛み締めて腕まくりした。
今日から大忙しだ!
天気がいい日は太陽の光を好む植物を。雷雨でもゴム引きカッパをきて、雷を好む植物を。雨でも晴れでも、ラクランは外へ出た。魔法を使えないから、手を泥だらけにしてスプラウト先生の元で鍛えたスコップワークだけが武器だ。隣でじいちゃんも作業して、マグルらしいまめを二人して手のひらに作った。
魔法植物の管理は大変だ。しかも、住人に忠誠心をもって、きちんと守ってくれるように大切に育てなければならない。それでも悪魔の罠や毒触手草を植え終わると、一気に魔法使いの秘密基地のようになった。
それで、湖畔の丸石を拾ってきて、雷と暖炉の火、それからお日様によく晒したあと、炎や松明を示すルーンのフサルクを小刀で刻む。リチャードたちにこれを配れば、この石を持っている人はうちの魔法植物には襲われない。ルーピンには、そのうちフクロウ便で届けよう。
「ラクラン、フクロウが来たぞ、ゴホゴホッ」
「大丈夫?じいちゃん」
「なに、命の水を飲めばどうとでも」
「じいちゃん!お酒飲んじゃダメだってば!」
このところ咳き込むアランにギリーウォーターを渡して飲ませながら、手紙を受け取る。
「フクロウ試験の結果通知だ!」
万全の、というほどじゃないけど、コツコツやって、いつも通りの結果は出せたはずだ。それでも少し手が汗ばむ。羊皮紙の最初にはまず普通魔法レベル成績、と無愛想な記載があって、ラクラン・ケイヒルは次の成績を修めた、と続いていた。
「どうだった?」
「んーっと、薬草学、闇の魔術、魔法生物飼育学、マグル学が優のO、古代ルーン文字学と呪文学は良のEで、あと魔法史と...変身術もEだ!......それから、天文学は可のA」
主席には程遠いだろうけど(バーティはまちがいなく12フクロウだ)、8フクロウなら上々だ。夜は地下にいることが多いから、スリザリンは伝統的に天文学があまりよくない。レイブンクローの独壇場だ(談話室の位置からして、不公平ってものだろう)。
「いい成績だったのか?」
評価基準のトロール並み、の文字にどういうことか頭をかくアランに、ラクランはニンマリと笑った。
「それはもう!」
ダイアゴン横丁での買い物は毎度大変だ。また漏れ鍋に荷物を置かせてもらってから、リストを片手にフローリッシュ・アンド・ブロッツ店へ入る。例年の賑やかさはないが、やはり人でごった返している。安全のためか保護者がくっついていることが多いせいで、混み合い方は例年よりひどかった。
ちょうどラクランの目の前に、ラクランの胸元ほどの丈の小さな集団に跳ね除けられた小さな子が倒れてきた。倒れた子が一人だからか、周りの保護者も誰も気に留めない。
山積みされている教科書の山に辿り着きたいらしいが、肘や肩で容赦なく押しやられて、細くて小さい子はまたドテ、と尻餅をつく。周りのだらしなくシャツを出した下品な子たちは、ゲラゲラと笑っていた。イザベラに聞かずとも、どっちに肩入すべきかは明らかだ。
「ちょっと失礼」
ラクランは尻餅をついた少年の脇に手を添えて引っ張り上げ、それから下級生の間を縫って、少年の目的らしいものを教科書の山から何冊か取った。背表紙の書名は、二年生のとき散々お世話になったものだった。
「なんだ君たち二年生か?狭い店内であんまりホグワーツの面汚しをしてくれるなよ。通行の邪魔だ。どうぞ、これは君の分」
青白い顔の子供に手渡せば、まごまごあわあわして受け取らない。もう一度トンと胸に押しつければ、倒されまいと本に縋りついた。
ざっと店内を見回して、古代ルーン文字学と変身術の教科書をひょいひょい取りながら、少年をカウンターへ向けて押し込む。
「お先にどうぞ」
書店で会計を済ませて出れば、少年は店のすぐそばに立っていた。
「
「何か足りなかったかい?突っ立ってたらまたやられるぞ」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございました」
「別に、彼らが邪魔だったから。君は?おれはスリザリンのラクラン。今度6年生だ」
「僕は、クィリナス・クィレル、レイブンクローの、2年です」
「その名前、どっかで聞いたことあるな......わかった!君確か去年の1年生の首席だろう?かなりいい点数で首席だってんで、うちの寮の子が愚痴をこぼしていたんだ」
「それは......ごめんなさい」
「何を謝る?優秀なのは良いことだよ」
1年生の時のバーティを思い出す青白くて細っこい手にうわーと顔を顰めながら握手する。クィリナスは肩までもげそうなくらい揺れた。
バーティも初めてあった時はこんな感じだった気がする。でもなんだかんだとラクランに合わせて一緒に間食をとっていたのと、闇の魔術や防衛術の鍛錬のおかげで、最近は筋肉もついてきた。肘から先なんて羽ペンでガリガリ描きすぎて友人たちの中じゃ一番太いくらいだ。彼もそうなるだろうか?
「あの?」
「ああごめん、この細腕の将来を考えててね」
「ぼ、僕はどうせ弱いから」
「なに?いいか、ああいう嫌がらせは強くもなんともない。ただ品がないだけだ。従って君も弱くない。それに君はあいつらよりずっと賢いんだろう?」
レイブンクローはスリザリンと比較的仲がいいが、寮としてはかなり個人戦って感じのところだ。特に学年末試験の狂乱ぶりがひどい。横のつながりが弱い分、いじめですっかり自信を失っているとみた。
「体を強くするのは難しいけど、大事なのは使い方、頭の方だ。今度から相手が突っ込んできたら胸の前で肘を張って前へ出すといい。力がないなら効率よく弱いとこを叩いちまえばいいんだ」
「はい!」
ちょっと体勢を作ってみせれば、クィリナスは目をキラキラとさせて頷いた。
「クィリナス?」
「親御さんか?それじゃあ、困ったことあったら学校でも声かけて」
「......えっと、ありがとうございました!」
クィリナスは初めて頬をピンク色にして、でもバタバタと走ったりすることなく母親のほうへ歩いて行った。やっぱりちゃんとした子だな。フム、と見送って、ラクランは漏れ鍋へ急いだ。
「ごめん、寄り道して」
「いいや?今ちょうどバタービールを出してもらったところさ」
時間を過ぎてしまったから、漏れ鍋の2階にバタバタと上がり込めば、奥に座っていたエバンが気まずそうにジョッキを上げた。
「エバン......久しぶり。こないだはせっかくのピムスを消してしまって悪かった」
「いいってことよ、俺も阿呆で、お前の友情を見誤った」
「友情だって?」
「ハ!殺し合わないために、最悪魔法界のお前を殺す覚悟があるってことだろ?ちがうのか」
ラクランは気まずく前髪をかきまぜた。
たしかにそうだ。枝わかれしただけだとじいちゃんは言ってくれたけれど、魔法界を離れるということは、大きな枝をどすんと切り落としてしまうに等しい。ただで倒れてやるつもりはないけれど、それくらいの覚悟はある。
「大きな雷が鳴ってウサギが穴に隠れるのは当然さ。とびきり大きな雷なら尚更ね。でもどうかそんなことが起こりませんように!ところで、フクロウ試験はどうだった?」
ラクランは努めて軽い口調で頭をコツコツ叩いておまじないしてから、肩をすくめて尋ね返した。縁起が悪いし、おれは重たくしたくない。エバンもニヤリと笑って、いつものように肩をくんできた。
「聞いて驚け?5フクロウだ!」
「ふうん、おれは8。バーティは?」
「もっと反応しろよ!今、そいつにその話をしないほうがいいぞ」
「どうして?バーティは12フクロウに決まってるのに」
何気なく話をふったバーティが、青ざめた顔をしているのに不思議に思うも、ビールひげをつけたエバンに軽くあしらわれてしまった。
「問題はそっちじゃないのさ」
「"そっち"?」
「今はその話はいいだろう。8フクロウか......その実力で魔法界を去ると?」
このまえまであんなに穏やかだったバーティがピリリとしている。
「ど、どうしようもない時はね?」
「魔法省のプロテゴすらできない役人たちより君はずっと優秀だ。どうしようもない時なんてくるべきじゃない。フランスに行くのが一番だろうな......それで、忘却呪文の件だが」
「おっと!マフリアート!」
こめかみをトントンと叩きながら、バーティが上唇をするりと舐める横で、エバンがあわてて杖を振った。
「ラクランの就職はともかく、家の守りをルーンで固めるというので、忘却呪文の代わりになる、古い魔法を思いついた。破れぬ誓いだ」
「破れぬ誓い?そいつは......ああ、たしかに悪くはない」
エバンがビールひげをつけたまま、すっと表情を消した。エバンはこの夏の間にさらに体が厚くなったし、頬には小さな傷がある。なんの緊張もないように、ゆったりとソファに背中を預けて顎をさすった。ラクランは反対に、自分の座るソファのスプリングを軋ませないように気をつけながら、そっと息をはく。
「で、それってどういう魔法?破れないということしかわからないけど」
「文字通り破れない。誓いを破れば、破ったものは死ぬ誓いだ。二人で結び、一人が立会人になる。3人ならそれぞれが立会人になれる。ちょうどいい」
バーティは言い切ってまた唇をなめた。
「俺とバーティがそれぞれラクランと、生まれ育ちの秘密を決して漏らさないと誓うってことだな」
「さらに、ラクランの家をセーフハウスとする形で、誓いを結ぶ」
「ハ...?マグルのじいさんを巻き込むのか?」
「じいちゃんに危険な状態の友達を匿っていいかは、了解をとってるよ!」
エバンのもっともな疑問に、ラクランは慌てて打ち返す。といっても、了解をとったのはルーピンの方の話だけれど。満月の晩に恐ろしくなってしまう狼人間と、闇の帝王のそばでは恐ろしくなってしまうデスイーター。そう変わらない。
「いや、でもよ」
「君はそんなにマグルの血に飢えているのか?」
「飢えちゃいないぜ、ミセス・レストレンジがすぐそばにいたら呪わざるをえないけどな」
「じゃあ大丈夫だ。スラグホーンはラクランを国外に行かせるだろう。そうなったとき、破れぬ誓い以外では効力に不安がある」
「ちょっと待って、さっきから話してるのは、君たちが危ないときおれはセーフハウスを提供することを誓うだけってこと?」
「そうだ」
二人に割って入ってフム、と顎に手をそえる。すこし硬い顎髭の感触があった。
どうも釈然としない。二人は前線に出るうえ、命懸けでおれの秘密を守るといってるのに、おれはみんなのために戦わなくても死なない?なんだかアンバランスだ。
「ラクラン、俺たちゃなにも除け者にする気は」
「わかってるよ、状況が状況だって。でもそれで本当に対等な友か?おれだって君たちのために命をかけると誓うぞ、それなりに戦える」
「状況が状況だろう、君はおれたちよりハナから危険だ」
「能力があるといったりないといったり、どっちだい?」
「この状況では、君の能力如何はなんら関係ない」
言ってしまってから、バーティは自分で自分の手のひらを刺したリチャードみたいな顔をした。このまえ釣ってきた魚を捌こうとして、ざっくりいったんだ。
「バーティ、君、お父上と......」
もごもごと言ってみて、わかりやすく蒼白なバーティの様子をうかがう。さっきエバンが言ってたことがパチパチと音を立てて頭の中で繋がった。
そうか、バーティはどうやら、きっちり12フクロウという偉業を成し遂げたらしい。けれどそれだけ優秀であることを示して見せても、どんなに優れた能力でもお父上にとって、この状況でバーティは十分じゃなかった。この5年間、いやもしかしたら入学前から続いていた彼の努力は実を結ばなかった。どうやらそういうことらしい。
「バーティ......」
「同情はいらない。父上がどういうお方か、僕はよく知っている。知っていたんだ」
それでも、首にポンと添えた手が払われることはなかった。12フクロウなんて、ホグワーツのトロフィに名前が入るくらいの偉業だ。お父上だって、在学中はできなかっただろうに。
「......ねえ、だったらおれも同情はいらないよ。入学説明のときに、スラグホーン先生から魔法族とマグルの対立については聞いているんだ。スリザリンでは最初から隔離部屋なんてふざけたところに入れられて過ごしてきたし。おれはこんな状況嫌だけど、だからといって君たちとの時間をなんにも楽しまなかったわけじゃない」
バーティの首をポンポン叩いて、それからエバンも引っ張ってくる。バーティは無言のままのっぽ二人に挟まれてすこし爪先立ちした。
「いいか、おれたちは友達だ。そうだよな?湖で泳いだり、箒に乗ったり、実験したり、開心術だってさんざんかけあったなかだ」
目を覗き込んで話してみたけれど、照れ臭いのかバーティにはそらされてしまった。エバンはにやりと笑いながら、何を思ったか、蛇のようにしゅるしゅるとラクランの心の周りを這って開心術を仕掛けてきた。ラクランは苦笑して自分の心のまわりにある湖にそのまま招き入れてやる。
「いいか、友達っていうのは対等で、得意なことで苦戦してるやつを助けるし、みんな苦手でも、一緒に戦うんだ。おれは誓うぞ」
「なんて誓う?」
「私、ラクラン・ケイヒルは、友である君たちのいかなる窮地にも助けとなり、困難の嵐から守る家となる!」
「いいね!乗った!」
しゅるり、とラクランの心の周りをまわって、エバンが出て行った。弾けるように笑ったエバンは、おもむろにラクランの右腕を握った。
「待て、未成年の魔法使用は一応禁止なんだぞ。ダイアゴンとはいえ、誓いまでするとさすがに」
バーティがはっと我に帰ってもっともな指摘をくれたが、エバンはちっとも怯まなかった。
「大丈夫だろ、そこらじゅうで惨殺が起きてるんだから」
「エバン、そんな言い方はないだろ」
「しかたない、俺たちにそれを止める力はない。だから今できることをやるのさ。バーティ!」
「はぁ、わかった」
気の進まなそうにローブから杖を取り出したバーティが、きっちりと腕を組み直させる。
「汝、ラクラン・ケイヒルは、友、エバン・ロジエールのいかなる窮地にも助けとなり、困難の嵐から守る家となると誓うか?」
「ああ、誓おう!」
赤い糸のような光が、バーティの杖から飛び出してラクランの腕へ螺旋状に巻き付いた。
「で、汝...お前は?」
「俺、エバン・ロジエールは友、ラクラン・ケイヒルの出生を墓の下へもって行く!また、いかなる時も友を守る」
バーティは眉をひょいと上げてよこしたが、なにも言わなかった。ラクランも少し吟味して大丈夫そうだと頷いた。
「汝、エバン・ロジエールは友、ラクラン・ケイヒルの出生の秘密を、命ある限り決して漏らさない。また、いかなる窮地でも友、ラクラン・ケイヒルを守ると誓うか?」
「誓う!」
もう一本、赤く光る糸状の光が現れて、エバンの腕に巻き付いた。絡み合い炎の縄のように力強く光った。
「破ればしぬから、気をつけないとな」
炎の縄を見つめながら、エバンがぼうっとして言った。
「まったくだ!お前たち、僕が文言を変えなければどうするつもりだった」
「うん?」
「それぞれお互いのみを守ると僕が変えた。守るのはラクランとエバンだと指定しなければ、レギュラスを庇わなかったことで誓い破りとして死にかねない。二人とも定義がゆるすぎる」
「レギュラスもたしかに友達だ...」
「えーじゃあ、守るを死にそうな時、とかに変えとくか?そんな下手打つつもりはないけど」
「助けにむかう窮地は死にほど近い時、とする。いいな?」
「ああ誓おう」
「誓う」
それぞれが返答瞬間、一層強く光った光の縄は肌に溶けるようにして消えた。
「よぅし、お前のパパもこなさそうだし、さっさとやっちまおう。今度はラクランが仲介者だ」
破れぬ誓いの仲介は見よう見まねだったが、なんら難しくなかった。強すぎるのに、ひどく簡単。恐ろしい魔法だ。
「ここでは簡易な魔法しかできないが、ホグワーツに戻ったらなにを誓ったか忘れないようにしないとな」
バーティがローブを正してコホンと咳払いした。
「誓いを形にするということ?」
「死にほど近いときはいつかわかるか?どこにいるかわからなきゃ助けられないだろう」
「ああ、そりゃたしかに」
緊張で渇いた喉にバタービールを流し込む。エバンはなぜかご機嫌にペンをとって図案を書いていた。
「こんな感じの刺青をいれて、デスイーターの闇の印を真似したらどうだ?痛ーくなるやつ」
「あの魔法は変幻自在呪文で再現できるだろうが......君、両腕を痛くしたいのか?」
「ん?それもそうだな、でも痛くないと気づかないだろ」
両腕痛くして戦いに臨むのはなかなか滑稽だ。それより問題は死ぬような危険が迫ってる時かってに痛くなる仕様だ。どういう魔法の組み合わせでできるんだろう?ラクランはうーんと腕を組んだ。
「いい店がある」
にんまり笑ったエバンはウキウキと部屋を出た。
随分間が空いてしまいました!長くなったので微妙なところで切れます...。いよいよ戦の足音です。
◽️リーマス・ルーピン
守護霊の呪文を教えてもらった結果、思ったより仲良くなりました。
シリウス・ブラックはリーマスをスパイではないかと疑っていた時期があるようですが、第二次魔法戦争時のように騎士団の仕事で人狼のグループに出入りすることのほかに、監督生業務を通じて"比較的常識的な"スリザリン生と話している、とかもあったかもな〜と思っています。
◽️フクロウ試験の結果
一応監督生になってもらったので、ラクランもそれなりに優秀です。
エバンは実技が卓越かつ原作ではマッドアイと対戦してる実戦派()なので、ペーパーには力を入れなかった、という形に。
バーティの12フクロウは原作通りです。原作での達成者はバーティ、ビル、パーシーの三人。本人の気質はあるにしても、上の兄弟に達成者がいるにも関わらずパーシーのガリ勉ぶりは凄まじいものでしたから、幼少から魔法に親しんでいる純血の子供でも本当に頑張らないと取れないものと解釈しています。戦争状態に突入していく中で達成する精神力や地力もですが、ハーマイオニーが相性の悪さのために占い学を切ったことを考えると、相当な執着を感じますよね。
◽️クィリナス・クィレル
就職のタイミングから、1967までに確実に生まれているクィレル。レイブンクロー出身ということで、ラクランたち(1962)の一個、2個下あたりから考えてみましたが、同じ寮だと生年月日確定してるロックハート(1964)がいました。「学生時代いじめられていた」クィリナスと「学生時代自分の扱いに納得いかなかった」ロックハートだと、同学年で衝突があれば原作で言及があるはずなため不採用。
戦争後とはいえホグワーツ教授職につき、実力を証明するための旅行でヴォルデモートを単身発見し、中身が空とはいえグリンゴッツ金庫破りに成功しているので、相当優秀(若くても違和感なし)
かつ就職で魔法戦争の巻き込まれるような学年ではない(卒業時点で闇の帝王が破れている世代)ということで拙作においては1966年生まれ、ラクランたちと4学年差になってもらいました。
ラクランとの接触で力のうまい使い方を身につけはじめるかもしれません。トロールには気の毒ですが、これからが楽しみですね。
◽️破れぬ誓い
ロンが幼い頃、フレッドとジョージにけしかけられて、パパに怒られたエピソードがあることから「子供でも結べてしまう可能性がちょっとはある、簡単な魔法」と解釈しました。また杖を振って何かを起こすというより、仲介人は杖を使いますが身体の接触ありきで口頭で誓いを結ぶあたり、古い魔法かな?という形です。