三匹の蛇   作:休肝婆

17 / 41

 ロンドンにて
 排気と雑踏で白く霞む外を、顔を顰めて初老の男が眺めおろす。
「あなた、マグルの往来なんて眺めて、なにしてらっしゃるの?目が腐るわ」
「ああ......」
 子供のいないブラック家、グリモールド・プレイスの屋敷に、妻であるヴァルブルガの神経質な声はよく響く。オリオン・ブラックは深くひとつため息をついて、窓を離れた。

「シシーから手紙ね、マグルの方も迷惑なことに経済不安だから、為替取引を一旦やめてるって」
「以前からある流れだ。うちはこの20年ほど、魔法界への投資で十分回っている」
「ええ、そうね......」
 どことなく落ち着きのない妻の手をさすって落ち着かせていれば、屋敷しもべ妖精がしゅるりと現れた。
「旦那様、奥様、紅茶をお持ちいたしましょうか?」
「温かいものを」
「はい、ただいま」

「上の世代はともかく、レジーの代は北欧に渡る子もいるそうよ。そうしてやるべきだったかしら」
「ベラトリックスがああなんだ、ドロメダを出した負目もある。遅かれ早かれ、我が家は加わることにはなっていたさ」
 国外の純血名家と早々に縁談をまとめられるのが理想ではあったが、あのお方は若者たちに献身を求める。己の未来のことを考える動きは不興をかうだろう。
 純血の血筋を残すために婚姻は重要だろうに、なんとなく闇の帝王の陣営にはそうした動きを嫌うむきがある。ブラック家としては厳しく線を引き直す動きに同調するが、完全に従うにはなにを考えているか読めなさすぎる。思いの外レギュラスがのめり込んでしまったのは、頭の痛い話だ。
「そう思うと、少しもったいなかったかもしれないな」
「なにが?」
「ああ......いや...」
 ちょうど紅茶を屋敷しもべ妖精が運んできた。
 オリオンは額を撫でつつ、すばやくカップの持ち手を摘む。これ以上何か漏らさないよう、美しい夕焼け色と一緒にすべて飲みこんだ。




三匹の蛇 17

 

 さな瓶を、さらに極小の小瓶に分けてロウで封をする。3時間ぶんずつ、4つの瓶。

「すげえなあ、これがフェリックス・フェリシスか〜」

 人のベッドからクッションを奪ってきて、椅子の上でゴロゴロしながら小瓶を爪で鳴らすエバンを、キッとバーティがねめつけた。

「エバン、さわるな。お前のじゃない」

「なんでだよ、くれるんじゃないのか?」

「分けたのは使いやすくするためだ。いっきに12時間も幸運になるなんて使いづらいだろう」

「はぁ?」

「半分はラクラン、半分は僕のものだ。調合にはラクランと知恵を出し合ったからな。君に分けてやる理由はない」

「ちぇっ、ケチ臭いの。なあ?」

 

 エバンが飛び上がって背を向けブスくれる。ラクランは声を出すのをこらえてくすくす笑った。

「バーティの言うことは残念ながら最もだ。君は今回、勝ち取るレースに参加してない。あげるわけにはいかないな」

「ちぇー」

「でも、君が一生飲む機会を失うわけじゃない。今回効果を実証できたら、君の分も調合する。本当に幸運が必要なときのためにね」

「本当に必要な...?」

「クィディッチでも、試験でもない。土壇場を君たちと生き延びるために使えるなら、半年かけて新たに調合する意味もある。そのときには、お前にもやる」

 

 エバンが目を見開いたまま片手で頬を撫で下ろす横で、ラクランとバーティと目配せしてそれぞれ薬瓶に強化呪文をかけ、腰から下げたホルダーにそっとしまった。

「でもよ?クィディッチや試験で使わないなら、どんなところで使って効果を実証するんだよ?達成されたかどうかもわからないことじゃあダメだぜ」

 エバンとバーティの顔を覗き込んでから、ラクランは唇をひとなめして、バッグから石のつつみを取り出した。

「おれに、ひとつ考えがある」

 

 決行日は日曜日。まずは夜明けと同時に暴れ柳の下へさくさく歩いていく。草原の朝露ひとつぶひとつぶにに金色の光が宿て美しかった。

 リーマスが卒業して立ち入り禁止の日もなくなったから、柳の先は秘密の集会にうってつけだ。

「ヒュウ!いかしてる」

 エバンが口笛を吹く。見様見真似でコブを叩いた先でたどり着いたのはホグズミードにある、埃だらけの叫びの屋敷だ。

「リーマスから手紙で教えてもらった通りだ......思ったより、ひどいけど」

 そこいらじゅうに大きな爪で引っ掻いた後や、血が乾燥して黒くしみになったものがある。リーマスの顔からある程度予想はしていたこととはいえ、あまりにも痛々しかった。

「ラクラン」

 そっと壁紙が大きく引き裂かれているところをなぞったところで、同じように口角を下げたバーティに止められた。

「感傷はあとだ」

 

 フェリックス・フェリシスの実験ミッションは、レギュラスに"記憶を思い出させることなく、友情の証としてお守り石を送ること"。

 渡したくてもどう安全に渡したものか、手をこまねいていたものだ。失敗すれば友情はおろかお互いの命も危険に晒す、難易度は申し分ない課題だろう。

 ただし一つ問題があった。レギュラスもスリザリンなうえ、以前はラクランたちのもとによく出入りしていて、誰も止めるものがいないことだ。

 何かあった時――それこそ、幸運の液体が効かず、走狗であるままラクランの育ちの記憶を取り戻してしまった場合――本当にお互いが危険になってしまう。だからここで籠城して、再びオブリビエイトをかけるか、あるいはホグズミードから煙突飛行ネットワークなどで逃亡する。そういう手筈だ。

 

「じゃ、飲めよ。俺たちはここでエッグノックでも飲んで待ってる。とっとと戻ってこいよな」

「エバン、だまれ。効果は3時間、レギュラスは空き教室で本を読んでる。やることは」

 バーティに肩を掴まれつつ、頷いて、小瓶で揺れる黄金の液体をグイッと飲み干した。

 

「おれの出生を思い出させず、いざというときのための守りの石を渡して、魔法の印の了解を得る」

 バーティの目をまっすぐみて復唱する。その間にむくむくと、体の芯が温かくなり、へそからロープでも出ているような感触がしてきて、あちらに行った方が良いことがある気がする予感で頭がいっぱいになった。とても気分がいい。

「クィディッチだ!クィディッチ場に行ってくる」

 バ!と勢い良く立ち上がると、即座にバーティが肩を押さえつけにくる。

「待て、どういうつもりだ?」

「どうも......ただ、そうしなきゃって思ったから...」

「自分の任務を覚えているか?」

「ああもう、早くしないと!幸運の女神は盲目なんだ、こっちからぶつかりに行かなくちゃ!」

 いよいよ予感でむずむずするラクランは、もがいてバーティの腕から脱出した。

 

「あ、待て!」

 エバンが叫ぶのを後ろに聞きながら、廊下を疾走する。

 空き教室の前の廊下も速度を緩めず走り抜け、クィディッチ場のテントまでやってきた。

 とりあえず来てみたはいいものの、これからなんだ?

 そんな不安は今のラクランにはない。なぜだかニコニコと口角が上がっていい気分で、自分のロッカーから箒を取り出した。

 腰掛けて磨き始めたところで、ふっと手元に影がさす。

「やあ、ラクラン。熱心だね」

 久しぶりに親しげな声を聞いた気がする。ラクランはもっとご機嫌になって、パッと顔を上げた。

「レギュラス!君も箒の手入れをしに?」

「いや、忘れたのかい?私は君より一つ上だ。君が何やら見たこともない勢いで廊下を走っていくから、選抜でもあるのかと思ったが......」

「俺たちの期は豊作だし、他寮に目立った選手もいないから、今年の選抜の日程は余裕があるんだ!時間があるなら、ひさしぶりに練習相手になってよ」

「もちろん。だが競技場の予約は?」

「大丈夫!」

 

 マントにくるんでぐっと脇で抑えたブラッジャーに引っ張られつつ、地面を蹴って勢いよく飛び上がる。

 冬の気配がしてきた冷たい空気は心地がいい。レギュラスも古箒で飛び上がって数十ヤード先でホバリングした。

「行くぞー!」

 声をかけて、まず離したブラッジャーをバットで思い切り打つ。

 カッと飛んでいったブラッジャーをレギュラスはひらりと交わして笑った。返ってくるブラッジャーを今度は箒上でジャンプして交わし、何かを見つけた風に4時の方角へ飛び始める。シーカーのフリまでしてくれるらしいや。進行方向を自分やブラッジャーで妨害しつつ捌いて行く。

「わっ」

 ドガ!と思い切り肩をぶつけて、意図せずラフプレーになってしまった。レギュラスは少し左に振れたくらいだったけれど、笑って降りよう、と合図した。

「ごめん!本当にぶつかるつもりはなかったんだけど」

 ラクランは降りてすぐ、レギュラスに駆け寄って誤った。

「いいのが入ったよ。私も久しぶりだし、今まで良い箒に頼っていたから」

「そんなことないよ、回避もすごくうまかった」

「そうだね、言い方が悪かったな。私が下手になったのでなく、君が上手くなったと思う」

「へへ、腕の太さが左右でまったく変わるくらい練習してるからね」

 鼻の下をこすって、草を蹴っ飛ばす。上手くなったと言ってもらえるとちょっと嬉しい。

 レギュラーの座を三年からずっと守り続けているんだ、上手くなっていなきゃ困るのだけど。

 

「このごろはクィディッチを見れていなかったから驚いたよ。相変わらず無駄のない飛行をする。昔、君の赤い髪をアンタレスに例えたけど、こう速いと火球に例えるべきかもしれないな」

「アンタレス?おれ、アンタレスだっけ」

 はた、とラクランは足をとめた。2時間がそろそろたつ。アンタレス、そうだ、星の名前を"友情の証(というテイの印)"に入れてもよいか、お守りの石を持ってくれないか、伝えなくちゃ。

 

「そうだよ、忘れてしまったかい?君はアンタレスだ、ラクラン。君の赤毛はずいぶん暗くなったけど、飛んだり...あれはいつの話だ?泳いでる君の赤い髪が、空に浮かぶ星みたいでね」

「なんだ、そういう由来だったんだ。バーティのカノープスは?」

 ラクランは努めてのんびりと芝生に腰掛けた。少し指先は震えているけど、自分から思い出してくれるなんて幸運だ。このまま、上手く話したい。

「カノープスはなかなか姿が見えない星だけど、名前の由来は水先案内人だからね、君にいろいろ指示を出して、導くところがらしいなと思ったんだ」

「たしかに。バーティの言うことはいつも正しい、あいつは本当に頭がいいし、まっすぐなやつだ」

 顎に手を当て、フムと頷く。ポケットごしにルーンを刻んだ石に触れる。勇気を出せと言わんばかりに、少し暖かくなった気がした。

 

「君をアンタレスだと思ったのにも、もう少し理由があるぞ。赤い星は他にもいくつもあるが、一番合う星はアンタレスだと思う」

「えーっと、そりゃまたどうして?」

 目の前にピンと白い指が伸びてきて、思わずラクランはちょっと寄り目になる。

「君、天文学は?」

「ダメだった」

「なるほど。アンタレスはギリシャ語でアンチ・アレスだ」

「なんだ、じゃあ火星のエバンとは相性が悪いな」

「エバンが火星?」

「火星が好きなんだって。軍神の星だから」

「似合うかもしれないね、いや、実はアンチは単に反することを意味しない。似たもの同士、対になるものを示しもする」

「じゃあおれもエバンも好戦的?」

「さてね、星の運動で見るなら、同じ赤くて大きい星が、時たま夜空で近づく。本来ある場所はかけ離れているのに、よく似ている。

それで――それでも、君を火星としないのはなぜだと思う?」

「さあ、わからないな」

「実は私もわからない。ただ、君はなんとなくアンタレスだと思うんだ。君の言ったようなアンチ・アレスの意味......君が、戦いのさなかに身を置く人にならないことを、なぜだか祈っているのかも。ただの年下の友人なのにね」

 

 ラクランはつばを飲み込んで、大きく息を吸った。

 レギュラスはバカみたいに優しいんだ。二年生の時からそうで、あの妙に大人びているのは家族にも気を遣ってるからだというのもだんだんわかってきた。優しいのに息苦しそうで、クィディッチをする時だけいろいろなことから自由だった。だから一緒にクィディッチをしたのかもしれない。

「友達なら、みんなそう思うさ。きっと無事でいてほしい、戦いなんかとは無縁なところにいてほしいってね」

「だが、そんなことを言ってられる状況じゃない。今は魔法族のために戦う時だ」

「わかっているよ、だからね、戦争するのをやめてくれなんて言える力はないけど、知らないところで死ぬのはやめてほしいんだ」

「どうやって?」

 ポケットから、ルーンを刻んだ石をゆっくり取り出す。今は少し温もりを帯びただけの、ただの石。

「この石を渡しておくよ。いつでもいいから、必ずおれに返しにきて。そういうおまじないのルーンを刻んでいるから」

「ポートキーではないね?」

「おれの家の鍵みたいなものだけど、おれに返してねって刻んであるだけの、ただの石だよ。受け取ってくれる?」

「受け取っても、そうする保証は無いけれど」

「バーティにもそう言われた。でも友達として、何もできずに助けとして思い出してもらうこともないままお別れなんていうのは嫌なんだ。力になれるかはわからないけど、友達なら巻き込んでほしい。でもみんな強情っぱりだろ?だから返してもらう用事を作ったんだ」

 

 レギュラスはとりあえず石を手に取って検分する。

「たしかに、ルーン以外の魔法はない」

「そんなことしないさ。おれはあくまで、巻き込まれたいだけなんだ」

「どうしてだい?面倒なだけだろう。今返そうか?」

「話聞いてたでしょ、おれは巻き込まれたいんだ。誰にも巻き込まれないって、想像するだけでも寂しいぜ。だから、これはおれのわがまま」

 木は根で土とつながる。葉や木の実や木陰を提供するが、動物たちが土に還ったり、種を運んだりする。同じように、人間だってつながり合って、利用し合っているようで、助け合っている。そういう繋がりがラクランは欲しかった。マグルでも魔法界でも、どこにも微妙に馴染めなくて宙ぶらりんなラクランは、友達がいないと地面に足をつけていられない。友達がいるから魔法界に馴染んだのに、彼らが傷ついて、戦って、悪くすれば死んでしまうのをただ見送って、その後生きてる意味はなんだろう?

 何かやりたい。関わりたい。巻き込んでもらいたい。ずーっとこれは、ラクランのただのわがままだ。

 

「バーティとエバンも受け取ったのか?」

「うん。腕に約束の印も入れるんだ。名前は恥ずかしいから、みんなの星の名前を入れようと思うんだけど。僕はアンタレス。君の名前も入れていいかい?」

「私は本名が星の名前だけれど...いいだろう。貴重な友人のわがままは叶えなくちゃ」

 くすくす笑って、レギュラスは同意してくれた。

 ほっと息をはいてから、笑われたのにラクランも少し赤面する。友達の印、なんて確かに名前を伏せようと恥ずかしいのだ。闇の印もどきの、大事な連絡手段でなければ、ラクランも真顔では話せない。

「とにかく、困ったことがあったら思い出して。おれに石を返す用事があるってことを」

 ラクランはまくしたてて立ち上がった。

 

「うまくいったか?」

 叫びの屋敷に戻ると、エバンがバ!と立ち上がった。

 エッグノックを飲んでいると言っていたのに、二人とも数時間前からちっとも動いてない。

「うん。受け取ってくれたし、印も入れていいって」

 早口で報告すれば、エバンはドサっと大袈裟にソファに倒れた。

「おい、埃がたつ。しかしすごいな、フェリックス・フェリシスは」

 半分あってて、半分違う。レギュラスと久しぶりに話すのに、クィディッチをやってしまおうと言うのは、フェリックス・フェリシスのおかげで思いついたことだ。レギュラスも楽しそうで、久しぶりに心を開いて、話してくれた。

 でも全てが幸運の液体のおかげだとは思わない。レギュラスと、ちゃんと話せたと思う。闇の帝王に降ろうと、レギュラスは優しいレギュラスのままだった。記憶を奪おうと、元の心根は変えられない。レギュラスはレギュラスのまま、おれの友達だったから、いまこうしてなんの不安もなく戻って来られた。

「まあな。おれの星はアンタレスらしいよ」

 

 

 

 雨だろうとにぎやかなクィディッチシーズンに、フクロウ試験からちっとも楽にならないNEWTレベルに追い立てられ、あっという間に月日は過ぎていく。 

 バーティは何とか約束の印を完成させた。誰かの命を危険に晒す敵が迫ったら印が熱くなるタトゥーで、エバンが提案した縁起のいい三角形を中心に、2本の輪と三匹の蛇が同心円状になっている。星と方角が四方に刻まれていて、なんと2本の輪の上を光る点が移動して、危険になっている人と、ざっくりとした距離・方角を教えてくれる。ここまでのことをやっているとは思っていなかったから、エバンもラクランも魔法で印を入れた後は腰を抜かした。レギュラスの印は、カムフラージュがてら入れていて機能はしないけれど。

「敵鏡の検知する"敵"は多義的だったけど、僕は要件をかなり絞って、今にも命を奪おうとしているなにか、とした」

「いいんじゃないか、しょっちゅう熱くなったら困るしな」

「変幻自在呪文で全員の印が同時に変化するから、線を魔法で変形させれば伝言もできる。エバンはともかく君は変身術苦手だろ。練習しておくように」

「ゲー!頭が破裂しちゃうよ!やるけどさあ」

 

 変幻自在呪文はNEWTレベルのはずだ。エバンは実戦につよい感覚派、ただでさえ疲れている上に最近カリカリしてるバーティには頼めない。しぶしぶ図書室に赴けば、見覚えのある青い顔がいた。

「やあ、たしか君は...あーごめん」

「クィ、クィレルです」

「そう、クィリナス・クィレルだね。ごめんよ、レイブンクローの秀才くん...おっと、レイブンクローはみんな秀才か、生え抜き、と言ったほうがいいかな?」

 潜めた声にも視線が突き刺さる。レイブンクローはこういうところが恐ろしい。

「監督生でも、図書室にくるんですね?」

「わからないことは当然あるさ。変幻自在呪文っていう難しい呪文を練習しようと思ってね」

「本で読んだことがあります!NEWTレベルの難しい魔法だと!」

「熱心だね、クィリナス。長いな、クイでもいい?」

「は、はい」

「おれもラクランでいい。ラクランか、ラッキーって呼ぶのはじいちゃんだけだな...たまにラックとかロキって呼ばれる。なんでもいいよ。ところでその本、どこの棚で見かけた?」

 

 クィリナスはレイブンクローの中でも飛び抜けて勉強熱心で、強力な呪文や複雑な書籍にも果敢に挑戦していて、おかげで早めに良い蔵書を見繕えた。

「ありがとう。何かわからないことがあったら、おれも教えられる範囲で教えるけど」

「実は、薬草学や魔法薬学が...来年、魔法生物学も取りたいんですが、生き物を扱うのが苦手なので」

「ほう!おれと真逆だな。生き物は得意分野だ。どういうところが苦手なんだ?...シィー!」

 マダムの目線を感じて本をまとめて立ち上がる。クィリナスもトタトタと付いてきた。そのまま渡り廊下の空きベンチを探して歩く。

 

「こんにちは、ラクラン」

「おう、こんにちは。レポートやったか?スラグホーン先生が心配してたぞ」

「あ!」

「わからなかったら談話室で聞いていいから!」

 スリザリンの一年生にくぎをさして、空きベンチにハンカチをしく。

「ほら、かけて」

「監督生って大変ですね」

「そうでもないよ、大したことはしてないから。先生方は大変だと思うけどね。それで、どういうところが苦手なんだっけ?」

「その、動物でも植物でも、上手に扱えないんです。大人しくしてくれなかったり、うまく捌けなかったり」

 フウム。ラクランは顎に手を当ててよくよく観察する。ここまでけっこうな大股できたのに、息切れなんかはしてない。青い顔に細っこい身体で弱そうに見えるが、生物に舐められるほど虚弱ではなさそうだ。

「目だ。目だと思う」

「目ですか?」

「うん。魔法生物やカエルを触る時、目を合わせてないか?または必死にそらしているとか」

 注意深く見ていると、オドオドとしながらも必死に目を合わせようとするのか、チラチラとこちらと目が合う。目が合うと慌てて逸らすから、余計気になる。

「無理に目を合わせようとしなくていい。獰猛な動物は目が合うと襲ってくる。合して逸らしたら、喧嘩を売っておいて怖気付いたみたいに見える」

ておいて怖気付いたみたいに見える」

 

 ちょうど廊下の先の茂みからハリネズミが出てきた。

 さっと手のひらに載せて捕獲する。

「な、びっくりしてるからおとなしい。あんまりいじめてやるもんじゃないけど、生き物は思い切りが大事だ。植物も、魔法生物は活きのいいのが多いからな。一思いにパッとやったほうがいい。目も合わせないか、合わせたらそらさない」

「すごい!魔法生物学ではそんなことも習うんですね!」

「いや?これは体験談と、あと」

 マグル学だ、と耳を寄せて小声で話す。クィリナスはゆっくりと時間をかけて目を見開いた。

「魔法族はあんまり魔法生物の生態をきちっと明らかにする学問が進んでいないが、マグルは脳や反応を調べていろいろ研究してるらしい。ドラゴンの生態なんてマグルの研究じゃわかりっこないけど、応用がきく魔法生物はいっぱいいるぞ」

「なるほど!」

「それに、物理的に体を鍛えたり、工夫する考え方が伝統的に魔法族には乏しい。でも実際は魔法でどうにかするより、道具をこさえた方がよっぽど早いことなんてよくあるだろう?薬草学や魔法生物学は、おれが思うにマグルの学問と相性がいい......どうだろう?少しは参考になったかい?」

 

 パッと声を大きく切り替えて、明るく尋ねてみても、クィリナスはしばらく遠い目でなにか考えていた。

「大丈夫?」

「トロールも、トロールなんかも、倒せますか?」

「やってみなきゃわからないけど、あいつら基本トロいからな。めくらまし呪文で姿を隠して、後ろへ回って後頭部を打てば簡単に脳震盪を起こせそうじゃないか?」

「たしかに......」

「警戒するのも大事だけど、ビビってちゃ体の動きが鈍るだけだ。すぐ何をどうするか決めて、思い切り動くっていうのが思うにコツだな」

 熱心に羊皮紙にメモをとるクィリナスに今更すこし恥ずかしくなって、ラクランはバタバタと本をまとめる。

「おれもいい本を教えてもらえてよかったよ。なにか困ったら遠慮なく言いな」

「はい、あの、ありがとう」

「ラクラン!大変だ、グレイグがグリフィンドールと喧嘩して、決闘しようとしてる」

「ハァ〜今行くよ、じゃあな」

 遮って申し訳ないと思いつつ、クィリナスへ手を振って緑のネクタイの群れへ走る。

 一生懸命吸収しようという意欲は昔のバーティのよう。必死に食らいつかなくちゃと怯えているのは、一年の頃の自分のよう。

 願わくば、この子にもバーティのような良き友ができてほしいけれど、レイブンクローは個人主義で、あんまりお互い助け合う文化がない。本当なら、先生がこういうところをちゃんとフォローできるのが理想なんだけど。監督生をやってれば先生たちが忙しすぎるのはよくわかっているだけに、はがゆかった。

 

 

 

 散としなくなったクリスマス休暇のスリザリン寮。ラクランは帰っても良いだろう、とスラグホーン先生直々に帰り支度を整えておいてくれたのだけれどじいちゃんから戻ってくるなと手紙が来た。北アイルランド問題のためだ。

 スコットランドで紛争は起こっていないけど、人の密集するキングズクロスのようなところをわざわざ経由するのは危ない、というのがじいちゃんの主張だった。

「キングズクロスみたいな駅を心配する状況なら、君のプレゼントが戻ってきたのもよくわかる話だ。病院への差し入れになにか混ざったら大変だ」

 イザベラに今年もヘレボルス(今年のは渾身の色違いだ)を送ろうとしたけれど、クリスマス前にフクロウは包みをそのままに帰ってきてしまった。特に理由は書いていなかったから病状が悪化したのかも、と心配していたのだ。

「うん、バーティの考察通りならいいんだけど」

「マグルのほうでも戦争かなんかがあるのか?」

 エバンが興味を惹かれたようにフラップジャックで手と口をベタベタにしたまま手紙を覗き込んできた。

「そんなところさ。大昔から続く非道な支配と宗教が主な問題でね。北アイルランドで武装も何もしていないデモ隊のひとたちに銃弾が飛んで、問題が激しくなってしまったんだ。北アイルランドのカトリックの方も、リビアと繋がって爆破テロを仕掛けようとしているらしい」

「魔法界にはちっともそういう話は入ってこないけどな」

「マグルの世界であのお方の一派の活動が伝えられないのと同じだよ」

 じいちゃんの手紙に付けられたマグルの新聞を確認してみてわかったことだが、テロだと伝えられているのが魔法使いの仕業だったり、逆に、魔法使いの襲撃現場に爆破テロが合わさったことで、魔法使いの罪が大きくなったりしていそうな事件が確認できるだけでも数件あった。

「ひぇ〜これで吸魂鬼のキスの執行かよ。お前の父上も御乱心だな」

「......正しさは後回しでとにかく鎮静化を図ろうというのが父上の考えなんだろう」

 つっけんどんにつぶやいたバーティの横顔はひどく冷たかった。

 

「やぁラクラン!ようこそ。そしてハッピーニューイヤー!」

「はは、ハッピーニューイヤー」

 せっかくクリスマスが暇になったので、卒業後の進路のためにも、スラグ・クラブに参加を決めた。すでにスラグホーン先生には、いろいろと魔法植物を納品していて、進路紹介の借りも、箒の出世払いも十分返済しているとは思うのだけれど。つながりを深めておいて損はない人だ。

「ああ、チベリウス、こちらうちの頼れる監督生だよ!魔法薬材料の採集が得意でね、この間なんかそれは素晴らしい鰓昆布をたくさん」

「ゴホン、ラクラン・ケイヒルです。どうぞよろしく」

「チベリウス・マクラーゲン」

「ノグテイル狩りの名人だ。フランスでは狩りが休日の楽しみだそうだから、お話を伺っておくといい」

 よくわからない髭面の紳士に引き合わされて笑顔を貼り付ける。エバンとバーティはダルそうに壁に寄りかかってハーブティを煽っていた。助けには来てくれなさそうだ。

 

 チベリウス・マクラーゲンが少し困った顔でニシンとビーツのサラダボウルを回してきた。酸味の効いた赤いサラダは冷たい血のようだった。ラクランは一口食べて小さくふるりと震えた。香りはいいけれど、今は温かいものが食べたい。

「フランスに行くって?」

「あ、ええ。希望しています。こちらの情勢があまり......よくありませんので」

「ああそれは全くそうだ。私も弟たちには子供をダームストラングにやったらどうかと言っている」

「はぁ...」

 暗くなっていくばっかりで、いい話は聞けなさそうだ。冷めたフィッシュ&チップスを無心で口に運んで黙りこくっていれば、チベリウス・マクラーゲンも察して挨拶回りに出かけて行った。

 

 みな少し突けば暗い話題ばかり出てくる。絢爛豪華な照明の元、暖かなごちそうを囲んで楽しそうに騒いでいるのはスラグホーン先生だけだった。

 

 




長い割にあまり進まなくて申し訳ない!
成長に伴って新聞や噂話始めいろんな情報にアクセスできるようになっていくのが、ハリポタの好きなところの一つです。
不死鳥の騎士団の社会から嘘つき扱いと謎プリの反転選ばれし者は過酷すぎやろと思いますし、ダンブルドアもマグルの世界で生活させてた理由にも納得できるようになっちゃうわけですが、ハリーほど有名人でなくとも、社会の荒波に押し流され戸惑う子どもたちは多かったはず、と思います。

今回の捏造箇所!
◽️ヴァルブルガさんとオリオンさん
 レギュラスの振る舞い的に、子への愛がない親ではなかったよなあと思っています。屋敷しもべ妖精への愛はないです(クリーチャーがレギュラスを特別大切に思う理由があるはず)。
 純血の実質的王家と考えていた人たち、思想ややり口にいろいろ思うところがあったのではないか...と。一方急先鋒がベラトリックス、さらにアンドロメダは駆け落ちなので、ブラック家として闇の帝王寄りを誇示しなければならなかった説を採用しました。

◽️いっぱいでるクィレルくん
 なんだか想像よりいっぱい出てくるようになりました。イザベラや友人たちに親切にされたように、やる気があるのに不遇な目にあう後輩に何かできるのかはわかりませんが、何かできるといいですね〜。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。