三匹の蛇   作:休肝婆

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 洞穴から出て久々の日光に目を細めながら、ヨタヨタと歩く。足元ではざくざくと霜の音がして、指先が痺れるような寒さだ。
 リリーが誕生日に贈ってくれた手袋を思い出して、カバンの奥底からそっと取り出す。魔法がかかっているとはいえ、伸びた爪が引っかかって、少しほつれてしまったが、暖かさは変わらない。典型的な男友達の、それも魔法界の友人たちにこういう気遣いはできない。息で手袋越しにさらに手を暖めながら、心の底から感謝した。

 騎士団宛に、コウモリ等は送っているけれど、私の活動がいったいどれくらい騎士団の役に立っているのか。
 狼人間ばかり集まる洞穴にいれば、誰かを傷つける心配はないとはいえ、飢え、抜け出しがたい貧困、恨み。そういう暗くじっとりした毒に浸っていると、ホグワーツで触れてきた明るく暖かいものたちを素直に愛おしむことすらできなくなりそうで恐ろしかった。
 今の社会でにっちもさっちもいかず、全てを破壊しようという闇の帝王に靡いていくものたちを、もう何人も見た。煽動しているらしいグレイバックの動向を掴むことくらいしかできていないが、グレイバックの影響がなくとも、社会からあぶれて苦しんでいる人たちはすでに闇の勢力のほうへ流れはじめている。

 ハァ、と大きく息を吐いた。朝日に吐息が凍って、白くきらきらと輝いていく。美しく見えるが、その実、帰れる家をもたないものには恐ろしく冷たい世界だ。

 ふと、コートのポケットがずし、と重くなった。指先だけつっこんでポケットをまさぐれば、硬い石に指が当たってひんやりする。この孤独な旅に出る前にもらった、ルーンを刻んである手のひらほどの丸石に、組紐をかけてあるものだ。これがあれば、守りを敷かれた彼の家に入れるらしい。
 最悪の事件で関わった苦い思い出から、奇跡的に友達になれた彼は、おせっかいなほど面倒見の良い子だ。彼の家もきっと素朴で暖かいだろう。
 今の私が、近寄って良いとはとても思えない。

 石に手の温もりが移り始めている。彼の穏やかさを思い出せば、耐え難いほど縋りたくなってしまうだろう。捨てるなら、今。
 握りしめた手をポケットから勢いよく引き抜いて振り上げるが、もし、誰かが拾ったら?と不安が過って抱え直す。
 いや、埋めればいいだろう。埋めれば、まかりまちがって誰かに拾われ、彼に迷惑をかけることもない。けれどかかとを突き立てても、杖を突き立てても、冬の凍った地面は私を受け入れない。しばらく格闘してみたが、爪の間に凍った土と霜がたっぷり入って、熱で溶け出し服をさらに汚しただけだった。

 なにもかも嫌になって、ドサリと冷たい地面に膝をつく。結局もらった優しさをひょいと投げ捨てる勇気なんて私はもてない。
 ずっと変わらない。入学するときも、動物もどきにみんながなると行った時も、騎士団での活動も。迷惑だと分かりながらも期待して、優しさに縋るのをやめられない。

 俯いたまま、組紐がズレて顕になったつるりとした丸石の表面を指でなぞる。たしか、友を守るよう、友情のルーンを刻んだ、と言っていた。お優しいあの子らしい。目を細めて指で石の表面を往復したあと、手袋を外してもう一度なぞり、それから徐々に目を見開く。
 ルーンが違う。
 友好の証を示すものだと言う言葉の通りなら、エオロー。Y字の中心線を上に伸ばした三又が刻まれているはずだ。だのに今泥を含んで朝日を反射するルーンは菱形の一角の二辺を延長した、オセル。故郷や領土、受け継いできたものを示すルーンのはずだ。
 ルーツをたどれ、この石を故郷に戻せ、そういう意味だろうか。
 石を返しに来る、そんな建前でもなんでもいいから、訪ねておいで、と?

 ふと我にかえり、咳払いを一つして、膝を叩いて立ち上がる。
 思い返せば、訝しむことはなにもない。あの穏やかな年下の友人は、スリザリンの監督生をりっぱにこなしている。今度あったら君のスリザリンらしさをこんなところで知るとは思わなかった、そうからかってやろう。
 気づけば日は高くなり、あたりは明るく、土は湿り気をおびてほぐれていた。友情を埋めるための穴を掘る必要はもはやない。ルーピンは柔らかい土を踏み締めて、軽い足取りで歩き始めた。



1979〜1980
三匹の蛇 18


 

 宿題とお礼の手紙に追われるクリスマス休暇が終われば、いよいよ6年生のほとんどが首を長くしていた姿現し講習がやってきた。ラクランは今年試験を受けられないが、姿現しの話が出ると本当に成人が見えてきたという感じがする。

 机が片付けられて異様な広さの大広間に、魔法省から講師がぞろぞろとやってきた。

「良いですか皆さん、覚えておかなければならないのは3つだけ!この3つのDのうち、一つでも抜かせば恐ろしく痛い思いをします。さあ、みなさんご一緒に、どこへ、どうしても、どういう意図で!」

 

 復唱しながら、ラクランはエバンの肩をちょいちょい叩いた。

「どこへ、どうしてもはわかるとして、どういう意図で、を考えると目的地以外に思考が逸れそうじゃない?」

「やなこというなよ」

「でもたしかに。全身をもっていくなら、全身でその場所に行くことを強く念じるのが適切そうだ」

「そうなんだよ!」

「どういうことだ?」

 バーティがフム、と同調してくれたが、エバンは片眉をあげるだけ。ラクランは目をぐるりと回してから、いい例はないか当たりを見回した。

「たとえば、右足であそこの印を踏みたい、と思った時、何を思い浮かべる?」

「自分の右足だな。あと着地した時の重心のイメージで、頭と体」

「じゃ左足は?――今慌てて思い浮かべたでしょ。ハイ、君ばらけた」

「ちぇっ、心覗きやがって」

 毒づいたエバンも図星ではあったようで、うわー、と素直に頭を抱えた。その横で、バーティがしゅるっと唐突に渦巻きになり、それからマーカーのところへ現れて着地する。

「うお!」

「うん、やっぱり意図を意識すると、思い浮かべるパーツに意識が集中しすぎる。両足でしっかり立って、全身五体満足で着地するイメージをするのが良さそうだ」

「急にやらないでよ!うまくいったから良かったけどさ」

 

 バーティの分析は的確で、エバンとラクランもばらけることなく移動ができた。あとは距離やイメージの問題だ。

「俺、あそこのボーンズがばらけるのに1ガリオン。さっきからぶつぶつ3つのDを確認してるからな」

「おい、悪趣味だぞ」

「でもどうやってつなぐかは見たいな」

 結局ボーンズはばらけなかったが、ほかでばらけが頻発して、四方から紫の光線でばちん!と繋ぎ合わせるのを何度も見られた。

 

 講習のできが上々だったエバンとバーティは、あっという間に合格を勝ち取った。ラクランも一緒に受けたかったが、生まれが遅いのはどうにもならない。

「成人したら、魔法も自由に使えるし、姿現しもやり放題だな〜何をする?」

 気の早いエバンはもう卒業も決まったつもりのほくほく顔だ。それをバーティが肘でこづくけれど、バーティの顔色もここ最近ではいちばん良かった。

「うーん、おれはとれるの来年だけど、合格次第フランスとの行き来を練習しなくちゃ、としかまだ考えられないよ」

「硬いな〜!俺は真っ先におじさんのファイアウィスキーをかっぱらいにいくね。付き添い姿眩まししてやろうか?」

「ハハ、遠慮しとく」

「屋敷の中で姿現しするなんて、まるでウィンキーみたいだな」

「うちには屋敷しもべなんていないからね!」

「え、屋敷しもべのあれって魔法族と同じ姿現しなの?」

 エバンに突っかかられていたバーティは、ぱちくりと瞬きした。

「君の育ちはそうだったな。屋敷しもべ妖精は世話好きな妖精だが、魔法使いを世話するには器用な魔法が必要だろう?杖を使わず、魔法使いと少し違う手法で高度な魔法を操る」

「へぇ〜いい子達なのは知ってたけど、そんなにすごいんだ」

 そんなすごい生き物なのに、世話好きなばっかりに魔法使いにいいように利用されるとは。いや、世話するのが好きなんだから、それで幸せなのかも。

「君、屋敷しもべ妖精をなぜか子供扱いするけど、スプーキーはもうすぐ50になるぞ」

「なんだって!?」

 最終学年ともなると就職やらフランス渡航の準備やらで忙しそうだ。もともと印の完成なんかは急ぐつもりでいたけれど、学年末試験以外の時間は、スプーキーたちホグワーツの屋敷しもべ妖精と語らったりお菓子を作って過ごそうと心に決めた。

 

 

 

 ラギラと太陽の眩しい季節がやってきてしまった。

「いよいよか」

「いよいよだ。いや!いよいよなんてよくないな。やっとだ!」

 試験も終わり、おだやかに風の吹く芝生に出てきて、下級生が大イカと水切り競争で遊ぶのを遠巻きに見る。相変わらず、暴れ柳のそばはだれも来なくて静かでいい。幹をなでれば、柳はふるりと枝を震わせた。

 

 試験も終わり、もう成人を迎えている。いよいよ、闇の帝王へ謁見する時だ。

 ラクランは血筋が不確かなのと、スラグホーン先生の伝手でフランスに行くことが決まっている、という情報がすでに回っているらしい。誰がどこで話を回してるかわからないが、ただの監督生に熱心なことだ。レギュラスと親交があるために、ベラトリックス・レストレンジあたりが絡んでくる可能性も考えていたが、幸運なことに免れた。

 俯いたラクランのうなじを叩いてエバンが笑う。

「そう心配するなよ。破れぬ誓いもあるし、石ももらった。忠誠心だって疑われるはずもない。俺たちは大丈夫だ」

「破れぬ誓いは、破れないだけだろ?」

「あまりに開心術が強力で誓いを破ることにならないよう、謁見の間はフェリックス・フェリシスを飲む」

「お前が効果を実証した、スラグホーン謹製のを、だぜ。お前にできるのは印を見ておくくらいだ」

 トントン、と右腕の印を示されて、そっとローブの上から押さえる。

 バーティが開発したこの複雑怪奇な友の印は、敵が近づけば熱くなる仕組みだが、この安全なホグワーツにいるおかげで、敵が誰なのかまだ誰も知らない。鏡と同じく、見る人の意思や考えに関わらず命を脅かす敵に反応する。

 

「一部に賛同しないだけで敵対なんてしてないから、挨拶に行ったところで熱くなるとも思わないが」

「おやまビックリ、お前、本当にこっちにくるのか」

 サラリといったバーティに、思わずエバンとラクランは顔を見合わせる。去年にはもう決めたことだ、とすました顔でいうバーティは、なんだかもう振り切ってスッキリしてしまったようだった。

「君に言うのは悪いと思うが」

「いや、おれだって魔法史は学んだよ。憎しみは理解できる。どうしても違うところがあるのもね」

「ああ、僕もマグル学を学んだ。歴史をひもとけばどんな生まれからでも優秀な魔法使いや魔女は出ている。純血魔法族だけが受け継ぐ魔法もあるが、僕らの世代はほとんど継げていない。一方マグルの戦争兵器の恐ろしさは、魔法族の記憶にも鮮やかだ。だから、今の代のマグルや血を裏切る家を殺したところで、純血主義を実現するのは無理があると考える」

「なんだよ、ほとんど根幹に反対してんじゃねえか。逆に一体どこに魅力を?」

 エバンが思わず、と言ったように少し不貞腐れて、口を挟む。それに目だけきろりと動かしたバーティはフンと鼻を鳴らした。

 

「君だってラクランと友達をやってるだろ。僕が魅力を感じるのは、あのお方の力と勢いがこの腐ったクソ魔法界を打ち崩せるかもしれない、という点だ」

「おいおい、本気かよ?は...は...ハクションッッ!!!」

 生まれて初めて見るバーティの汚い言葉に、驚きすぎたらしいエバンが突然盛大なくしゃみをする。急な無作法に飛沫をあびたバーティは呆然とフリーズした。

「お、お大事に」

 こっそり柳に触りながら言って、紙を差し出せばエバンはバツがわるそうに受け取って、あれじ...なんちゃらが...と無理のある言い訳した。まだショックでぼーっとしているバーティの顔もざっくりと拭いてやって、エバンが持ってきていたなにかのコーディアルらしい小さなボトルを手に持たせる。

「アレルギーだよ、エバン。バーティの暴言アレルギー?」

「バーティアレルギーだ。はじめて俺たち気が合ったぜ」

 一口飲んで正気に戻ったらしいバーティが少し頭を振って瞬きを開始した。

「......鼻水おばけと一緒にしないでくれ」

「ああ悪かったな!」

 

「ゴホン!話を戻すけど、本当に俺は、あのお方が全部を壊せそうだからこそ、ご挨拶に伺うつもりだ。俺の家なんてグリンデルバルドに協力した親戚のせいで海外のツテもない。うちはもともと戦うしか能がないけど、そういう状況に他人の家を追い込む輩が魔法界にはのさばりすぎてる」

「癪だが、概ねその通りだな。父上の不可解な審判でも明らかだが、魔法省のような司法・自治を行う機関が生家や血筋を差別している。そのくせダンブルドアは教育機関だけ門戸を開き、魔法コントロールだけでも習得が必要だという」

 ラクランも居住まいを正して、顎に手をあてた。

 入学以前、暴走した記憶もないのにコントロールが必要だから、とスラグホーンに説得されて、ラクランは入学を決めた。コントロールをしないと、暴発から魔法がマグルに大きく露出するからだ、と今理解はできても、マグルのあいだで勉強をするはずだった時間を半ば強制的に魔法に当てさせられたのは事実だ。7年間も魔法界でどっぷり学ぶなら、魔法界で生きていきたいところだが、それが難しいからラクランは故郷を離れるハメになっている。

「若人の時間を奪って教育するなら、その先の仕事も用意しといてくれればっていうのはたしかに」

「それができないのが魔法界のダメなところだ」

「言うじゃないか」

 バーティは一息いれるようにまたぐいっとボトルを傾けた。

 

「長生きなのは悪いことじゃない。この柳のように、積み重ねた年輪は立派なものだ。だがただ慣習に従って古臭いものを良しとして、新しいものを拒絶するのは悪しき因習だ!腐れ上級魔法薬学なんかがいい例で、欠陥のある調合法ばかり記載されている!!新薬の方が優れているのに決まっているのに!」

 バーティは熱が入って拳を振り回して話す。あの青白い顔の下にこんなに不満を溜め込んでいたなんて。闇の帝王の前よりは、今のうちに吐き出しておくのがいいだろう。

「今日は本当、ことのほか饒舌だけど、真実薬でも飲んだか?」

「魔法界には、痛みを伴ってでも抜本的改革が必要だ。んん?飲んでもいいが、今飲んでるのはこれだけだ」

 バーティが、さっき握らせたボトルを掲げる。まさか真実薬が入ってるわけはないけどな。

 すると、ご機嫌に笑っていたエバンがバ!と立ち上がった。

「それ!!俺のウィスキー!!」

「え!!!ごめん...」

「今の凝り固まった腐れ魔法界を変えるには、多少強引でも力が必要で、」

「おじさんが送ってきたやつ!!試験終わったら飲むのを楽しみにしてたんだぞ、おい!離せ!!」

 構わず演説を続けるバーティにエバンが飛びつく。そんなに大事なウィスキーだったのか...可哀想なことをした。

 だけどバーティのほうは、いっそこのまま腹の中をぶっちゃけてしまったほうが安心して送り出せる。エバンにはみんな無事大人になってから、とびきりのウィスキーをご馳走しよう。

 オロオロする柳を撫でて落ち着けて、根元にどっかり腰掛けなおした。

「愉快でしょ?なんだかんだ、もう6年の付き合いだ。やる時はやってくれるんだし、おれは信じて待つよ」

 ちょんちょん、細い枝でつっつかれるのに笑って捕まえて、ラクランはこしょこしょと言い聞かせる。

「離せ!離せったら!」

「?離せはレラシオだぞ、忘れたのか。それで、僕はあの方の魔法と勢いはその望みがあると......」

 

 結局やっぱりちょっとだけ心配になったので、石をポケットに入れたまま洗濯に出さないで、と列車から降りる前もう一度釘を刺しておいた。

 

 

 

 るぼけた秒針の音と、一階から聞こえてくるじいちゃんのいびきが共鳴する。もうすぐ、日付が変わる。

 ラクランの出生日は正確にはわからない。母さんからいつ生まれたか、正確な時刻を誰も知らないので。

 だが、母さんの命日をすぎれば確実だ。

 今日は墓参りに行き、新しい葉を少しずつ挟んでいる聖書をめくり、母さんの安らかな眠りを祈って過ごした。日付が変われば、ラクランもいよいよ成人、17歳だ。そうしたら方々に守りの呪文を張り巡らせて、いよいよ石を本格的に起動させる。

 ベッドを軋ませて起き上がって時計を見るが、まだ23時45分。自動巻の時計も同じく。ため息をついて枕に戻る。

 そういえば、成人になって、初めて唱える呪文を考えていなかった。一体何がいいだろう?

 

 そのとき、ドサリ、と重たい音が響いた。

 

 瞬きを忘れ息を詰めて、耳に意識を集中する。玄関の前になにか落ちたような音。ヤギや羊のような硬質な音はしなかった。

 杖を構えて息を殺したまま、窓をあける。見下ろした先には、羊より大きな黒い塊が見えた。星あかりでよくは見えないけど、人だ!かすかに動いている。

 気配に敏感なじいちゃんが飛び出したらことだ。ラクランはベッドを飛び出て下の階へ走る。

 まだ守りの呪文をかけていないから、誰がやってきたかわからない。ドドドと激しい音を立てかんぬきをした扉の目の前に迫ったのに、外はあまり動いてないようだ。弱っている?それとも、おれに杖を向けている?

 どん、と扉に鈍い衝撃がくる。

「......頼む」

 絞り出すような声がした。

「頼む、......お願いだ、助けてくれ......!」

 ラクランはほとんど反射的に、震える指でかんぬきを開けた。

 

 ケイヒル家の扉は内開きだ。それを慌てて開けば、反対側で扉に縋っていた人は引っ張られる。暗い部屋に、ばたりと大きな影と小さな影が引き摺り込まれた。

「ルーモス!」

「なにごとだ!?」

 ラクランが唱えるのとほぼ同時に、起き抜けのじいちゃんが威勢よく壁のスイッチを引っ叩いて、ヂヂヂ、と音を鳴らし電気がついた。

 白い光と黄色い照明に照らし出されたのは、それでも真っ青な顔をしたレギュラスと、より真っ青でふやけたようなすがたの、老いた屋敷しもべ妖精だった。

 

「レギュラス!」

「ぼ、僕はちがう。僕はいいから、クリーチャーを......クリーチャーを!」

「クリーチャー?しもべ妖精だね?何があったんだ?」

 レギュラスはひどい憔悴具合で石を握りしめ、声も手も震えていた。かすかに聞き取れた言葉でクリーチャーを助ければいいのはわかったけど、弱っているのはわかっても何をしたらいいかわからない。

「冷たいし濡れそぼってる。クリーチャー、クリーチャー?!じいちゃん、タオル持ってきて!」

 スプーキーがこんなに冷たかった記憶はない。平常体温がわからないけど、とにかく自分のシャツでくるむ。

「何があったの!?なんで弱ってるのかわからなきゃ、助けられない!」

「あの方が、あの方、が」

「ラッキー怒鳴るな。ほら、こっちよこせ。みたことねえ生き物だが、赤ん坊みたいなもんだろ......心拍がない。とりあえず絶対安静だ。レインコートをもってこい」

 

 じいちゃんが慣れた手つきで、クリーチャーを水平にしてタオルでくるみ、さらにラクランのシャツを床に敷いて、レインコートでもくるんでいく。

「症状を見るに低体温症だ。ゆっくりだが心拍がある。戻ってきた時震えてなかったか?寒いところに浸かってたんじゃねえか」

「震えては、わかりません。恐ろしい亡者からなんとか逃れてきたと......」

「チッ...震えてなかったとなると......」

 じいちゃんと目配せして頷く。かなり重度に近い低体温症だ。心臓を驚かせない程度になるべくはやく体温を取り戻さないといけない。湯たんぽをつくりにまたラクランはバタバタと走り回る。

 じいちゃんはさらに保温したり、話を聞き出していたようだが、レギュラスはついにはくはくと口を動かして、顔を覆ってしまった。

 

「レギュラス......」

 じいちゃんがクリーチャーから顔をあげ、レギュラスの肩に手を置く」

「なんでもいい、なんとか話してみろ。あのお方とやらがなんだ」

「あのお方は、く...ヴォルデモートは......!私たちに屋敷しもべ妖精を差し出せとおっしゃった。偉大な任務のためだと、僕は愚かにも......」

「任務?」

「それでクリーチャーは、毒を」

「毒だって?」

 ラクランがつい詰め寄るが、レギュラスは弱々しく首を振る。屋敷しもべ妖精は優れた魔法を持っている。そんじょそこらの毒なら解毒もできるはずなのに......。

「毒を飲むだけでこうはならない。その後どうした」

「毒を飲めと、命ぜられて、妖精たちは皆苦しみながら飲んだそうです。何杯も何杯も。そのあと、亡者だらけの湖に、落とされたと」

 液体か。液体というだけじゃどんな毒かわからない!どんな毒?大抵の毒の解毒薬がある。

 ラクランは立ち上がって屋根裏の自分のトランクへ駆け出した。仕入れたやつがあるはずだ...!

 

「亡者だ?肺に水は?」

「肺...?」

「水をたくさん飲んだりはしてないか?」

「戻ってきたとき、ひどく弱って朦朧としていましたが、クリーチャーから話を聴きました」

「喉から変な音は?」

「ヒューヒューとは、聞こえましたが...」

「あったよ!ベゾアール石!」

 階段を滑って戻り、新聞の上に広げ、流水で洗った上でハンマーで砕く。

「じいちゃん、使ってない注射器!」

 かすかに胸を上下させているクリーチャーをくるんだ布を少しどけて、腕を露出させた。ハンマーで割った微細な粉末を、カップに流し込み水に溶く。粒子は粗そうだが注射器を通れば大丈夫。

「そりゃ皮下注射用だぞ」

「皮下でいい。悪いけどじいちゃんが使ったことにして」

 

 医学書を思い出しながら、手を開いて閉じて、ふーっと息を吐く。

「レギュラス、これは注射器。薬を体内に入れて、より早く効果を出させるものだ。飲ませるより確実で早く効く。これからクリーチャーに刺すよ、少し痛むけど、血も出ないくらいの小さな傷だ」

「ああ......」

「静脈注射といって、全身をめぐっている血に直接薬液を入れるものもあるけど、これからするのは皮下注射。効果が早く出過ぎるのとバイ菌が入ると危険なので、皮膚の内側に薬を入れる。本当は医者がするものだから、なるべく効果を出しつつ危険を避けたいんだ。低体温以外に、毒に苦しめられていたら、15分くらいでゆっくりと解毒されるはずだ。いいかい?」

「わかった。頼む」

 はじめて、レギュラスときちんと目があった。ラクランもきちんと見つめ返して、うんと頷く。

 たるんでいる皮膚をつまんで、45度の角度でさし、つとめてゆっくりと薬液を注入していく。震えは消えていた。

 

 皮下注射をした後も、容態に大きな変化はない。息を詰めるようにして三人でちいさな屋敷しもべ妖精を見守った。

 ぴー、とヤカンが間抜けな音にびくりと震え、辺りを見渡してから湯を沸かしていたことを思い出す。

 湯たんぽを作り、またタオルを何重にもして、慎重に胸の上に湯たんぽを置いた。

「クリーチャーは一生懸命生きてるよ、まだ死んでない。大丈夫だよ」

 徐々に足や腕周りにも湯たんぽを増やしながら、レギュラスに声をかけるけれど、どうしてかそのたびどんどん心が塞がれていくようで、何も喋れなかった。

 

「ほれ、子供用ホットミルクだ」

 みかねたらしいじいちゃんがぽこぽこ湯気のたつマグカップを持ってきた。つんとラムの香りが鼻をくすぐるホットミルクだ。どう考えてもアルコールをしっかり飛ばしてない。子供用じゃないミルクにじいちゃんを睨め付けるが、今レギュラスに必要なのはたしかにこっちだろう。

「レギュラス、一旦飲もう。こっちが落ち着かないとクリーチャーも目を覚ましにくいでしょう」

 ほら、とマグカップを無理やり握らせる。虚な目のまま一口飲んだレギュラスは、ついに目に涙をたたえて突っ伏した。

 なにが効いたかわかんないけど、やっと泣いてくれた。

 

 クリーチャーは目標とした過程どおり、15分後くらいから呼吸と心拍が安定し、意識回復はしないまでも口内にはちみつと塩を溶かした湯を少しずつあげて、気長にエネルギー補給をした。2時間ほど湯たんぽの保温とエネルギー補給を続けて、ようやく顔にも血色が戻ってきた。

「まだ油断はできないけど、このまま続けていれば回復してくれそうだね」

 ラクランはほー、と息を吐き出して、思わず床に寝そべる。

「友達の前でみっともないぞ」

「いいじゃん、本当にほっとしたんだもん。よかったよ、友達の家族の命を、なんとか繋げてさ」

 安心と一緒に力が抜けて、眠気がわっと押し寄せてきた。

 

「まだ、僕たちは友達なのかい」

 心地よい眠気の波のあいだに、レギュラスの声が揺れる。

 うん、決まってるだろ、そうだとも。

「僕は君を忘れて、ずいぶんひどくあたったのに?」

 忘れたんじゃなく、みんなで忘れさせたんじゃないか。お互いを守り合うために。寂しかったけど、君は変わらずいい奴だった。

「君は、クリーチャーを家族と呼んでくれる。僕は、私は、どうして......」

 

 

 




また全然進まないですがどうかご容赦を...

◽️今回の捏造箇所〜
・ルーピン先生の卒業後
 シリウスに信頼されないが騎士団の仕事に就いていたであろうことは確実、ダンブルドアなど上層メンバーとは連絡が就いていたと思われるので、原作世代の時同様狼人間が溜まる場所に出入りして情報収集してそうだな、という感じで書きました。スリザリンの後輩と仲良くしてるとこもシリウス的にはマイナスポイントになっちゃうんですよね。視点の違い、性格の違い、持ってる情報量の違いで、悲しいすれ違いはスタートするのかもしれません。

・姿現し講座
 3つのD、私できるイメージが浮かばないんです...。
 どういう意図で、がわからなすぎる...だからきっとばらけると思います。逆に、ばらけないイメージってどんなのかな?と考えました。原作でもハリーと、同じく来年試験組のドラコ達が居残る様子が描かれていますよね。成人が迫っている感じが個人的には一番するエピソード。

・お酒飲み過ぎ問題
 日本ではお酒は20を過ぎてから。未成年の飲酒を推奨する意図はありません。イングランドでは家庭内では5歳以下に与えると違法、16歳以上であれば保護者同伴で食事とともに供するビールやシードルおっけー、18歳以上は購入もおっけーなので、魔法族は17歳成人だしね、という感じです。(イギリス魔法界は国家ではないのでUKの法律に沿いそうではあるが)

・クリーチャーの治療
 原作には一切ない描写です。クリーチャー、他の屋敷しもべ妖精が死んでいく環境で強い主人の命令と忠誠心により帰ったすごい子。なんですが、レギュラスなら状況が許せば、頼る先があれば必死に思い出してどうにか頼りそうだ、と思ったのでケイヒル家を訪ねて来ました。フェリックス・フェリシスすごい...


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