排気ガスと香水の混ざった都市の空気を魔法できっちり遮断しているはずの屋敷は、だというのにいつも煤けて灰色に感じられる。賑やかな青年たちが去った後はより一層だ。疲れ切ったレギュラスがクリーチャーとともに戻ってきて、この屋敷にもたらした風は、それほど鮮烈だった。
オリオン・ブラックは新鮮な空気が少しでも残っていたしないかと探って、ふーっと諦めとともに吐き出し、そっと目を閉じた。
見事な閉心術に、さまざまな意見を交わせる友、ホークラックス。
私たちは何も教えてやれなかったことをホグワーツで得、子供が驚くほど成長していたことに、成人してから気づいた。
親としてろくなこともしてやれぬうちに、子は育って親の腕など振り切っていってしまう。レギュラスも、シリウスも。
夜もふけたころに闇の印で呼び出された子供たちの閉心術は乱れていて、さすがに不安や恐怖が伺えた。短時間で立て直すのは難しかろうと、老婆心からホークラックスにまつわる記憶を抜き取り、招集に向かわせた。
縁のあるものでアントニン・ドロホフを通じて下された指示はプルウェット家襲撃だった。姉のルクレティアとイグネイシャスはともかく、その甥っ子の兄妹は血を裏切るウィーズリーに嫁いだり騎士団に入ったりと時世を読まぬ動きをしていたから、数奇な縁を感じはするが、不思議はない。レギュラスにとっては幼少からの知り合いで、遁走するよい口実になる。簡単なシナリオを提案して、襲撃の裏で決行した。
おおよその流れはこうだ。
レギュラスはいよいよ知人に攻撃する段になって逃走。それを、成人して初めて任務に就くエバンとバーテミウスが追跡し、闇の印のついた左腕を落とす。腕を落とす以外、闇の印から手早く逃れるすべは見つからなかった。きれいに落とせば魔法で回復できる。
その後の治療はダイアゴン横丁へ姿現ししたところをラクランに発見されて搬送という運びになった。体は目眩しをかけ、腕だけの友を見つけたていで我が家へ届けてもらい、その後聖マンゴ魔法疾患障害病院に向かうという手筈だ。
結果は一応の成功。誤ってエバンが腕を吹っ飛ばし、レギュラスが途中意識を失ったり、腕が修復不能になるという事故はあったが......クリーチャーがもってきた手紙によれば友情に罅がはいったりはしていないようだ。
エバン、バーテミウスは追走を目撃されはしたが、手を汚さず闇祓いに顔を見られることもなく功を立て、レギュラスは安全に離脱した。戦力を削ぎ、ルクレティアに知らせてもなおプルウェット家は崩壊したが、ウィーズリーに嫁いだ娘のほうで血は続いている。
灰色がかった街でくすんだ日々を過ごしていた人間には、刺激の強すぎる数日だった。
クリーチャーに声をかけられて、ゆっくりと瞼を開く。このところ発疹が痛んでよく眠れていない。掻きこわして血の滲む皮膚にため息をつき、癒しの呪文をかける。
「クリーチャーは癒者ではありませんが、龍痘だと思います。かつての御当主もそれでみ...身罹られました。お熱が上がらないうちに、聖マンゴにかかられては?」
「......聖マンゴには行かない」
「ご主人様!」
「行っている暇はないとわかるだろう?」
「何を騒いでいらっしゃるの?」
クリーチャーとオリオンが窓辺で言い合っているところに、ヴァルブルガが声をかけてきた。真っ青な顔に泣き腫らした目だけが赤紫色に腫れている。もとの美しい容貌は見る影もない。
「また泣いていたのか?」
「嘆かずにいられましょうか?ブラック家としてあるまじき所業です!」
「ブラック家として?我が家の家訓はToujours Pur だ」
永遠に純血たれ、と教え込まれ私もそう教えてきた。
しかしToujoursは永遠に、いつも
Purは純血のほか、清純、完璧といった意味もある、元々透明や澄んでまじりけのない様を表す言葉だ。
新鮮な空気を浴び、50年余りこの家訓を軸として生きてきて、ようやっと家訓の意味に得心がいったように思う。
「若人に命をかけさせ埃をかぶった老人がのさばるのは、我が一族のあるべき姿ではないと私は思う」
「そんなことを言って、あなたはレジーを使ってお姉様を保護しただけでしょう?かわいそうに!」
「ルクレティアは関係ない。事実プルウェットの息子たちは死んだだろう。レギュラスの意思を尊重していないのは君の方だ」
「いいえ、私ばかりが一生懸命なんだわ!!子育ても純血を守ることも、あなたは努力なさらない!ああ、レギュラスはどこ?」
「......君が変わらないかぎり、君の元には二度と帰らんだろう。一度腰を落ち着けたらどうだ」
「いいえクリーチャー、シリウス!シリウスを呼びなさい!」
クリーチャーに目配せして命令を打ち消し、紅茶を持って来させる。憤慨したまま一口飲んだヴァルブルガはするりと眠りに落ちた。
カップが落下する前に液体ごと注意深く浮かせる。生ける屍の水薬入りであるから、気をつけて扱わなければ。
シリウスだけでなくレギュラスまでも彼女の元を離れ、狂乱状態だ。
「おとなしいレギュラスも操り人形ではないんだ、ヴァルブルガ。ホグワーツであの子は立派に成長したよ」
「......奥様を、あまり逆撫でなさらないほうがよろしいのでは」
「そうだな、お前に当たるかもしれん」
「いえ、ラクラン様が心配なのです。ご主人様は聖マンゴにかかっていただけないようですし」
「死ぬのなら面倒は残すなと?......無責任は詫びるしかないな。後見人としては正しくないが、あの子ならうまくやってくれると、期待してしまうんだ」
このような精神状態の妻を残して自分が先に召されるのは無責任だ。しかしながら私は、レシフォールドのように全てをきれいに掃除して静かに去るような形で生を終えたくない。
忍びないが、仕事を残しながら願いを託し、力の限りの支援をするくらいが、今の己のできる家訓を全うする唯一の方法だと信じる。
「クリーチャー.......君は生まれを選べるなら、なにに生まれたかった?」
「クリーチャーは、クリーチャーです。屋敷しもべ妖精に生まれました。選ぶことはできませんし、選びたいとも思いません」
「そうだな......どこに、どうやって生まれるのかは選べない」
「はい。けれどどう生きるのかは選べます!クリーチャーめは、ラクラン様にそう教わりました!命令に縛られようとも、どう動くのか選ぶのは自分だと!」
「ふふふ、面白いことを学んだね。私はどう生きるのかも選べなかった。決まりきった道を、正しいはずと信じて歩んだ......。どこでどうやって死ぬのかくらいは、選びたい」
地上階へ出ていくと、途端に轟音が体を揺さぶる。雨が窓ガラスをざんざんと叩き、そこらじゅうで雷鳴が鳴り響く。
「この光景をみるたび、スリザリンで良かったと思うよ。レイブンクローなんて上階だからちっとも集中できないんじゃないか?」
「中にいれば魔法で静かになってるので気にならないですよ。廊下はそりゃうるさいですけど、慣れれば集中できます。雷の音より、むしろ試験に狂う人のほうが......」
「ああ、なるほど。クィリナスは来年だろ?頑張れよ」
「そういうラクランはイモリでしょう?」
「そういえばそうだった。このところそれどころじゃなくて」
姿現し試験の帰り、図書館でばったり会ったクィレルと世間話してただけなのに、言い回しを間違えたのかさっと顔を青くされてしまった。この子はどうも気を遣いすぎるけど、おれもよくなかったな。じゃあ、とぎこちなく手を振って別れる。
腫れ物扱いにはウンザリだが、レギュラスのお母上を騙すのに魔法薬は使えないから仕方ない。
「よー、相変わらず喪に服してるか?」
「そうみたい。黒は好きだけど、こう黒シャツばっか着てるとそのうちコウモリになっちまいそう」
「コウモリィ??その図体じゃ巨大コウモリだろ、〜〜〜!!」
廊下へ出たところで絡んできたエバンは、へんなとこでツボに入ったらしくて、声を出せないまま爆笑する。ヤカンのようにピーと喉が鳴った。
「一人で賑やかだなあ。ご機嫌の理由は何?」
「まあ見ておどろけ、部屋に行くぞ!」
寮の部屋に戻ると、やはりレギュラスがロケットと睨めっこしていた。髪の毛とヒゲががずいぶん伸びてきている。
「人前に出ないにしろ、クリーチャーに整えてもらうとかしなよ、お義兄さん」
「こんな僕に会ったらクリーチャーが泣くだろう」
「じゃあ魔法でちょちょいと。おれ経由で君に遺産を渡す目的のためにオリオンさんは後見人になってくれたんだから、君がそんな風体じゃお金をおれがせしめてると思われるだろ」
「それでいいんだよ、むしろ僕はそうしてほしい。父上があそこまで動いてくださるとは正直思っていなかったが......母上も押し付けられたんだし、受け取ってくれ」
「ブラック家という魔法界の後ろ盾を得たのでもう十分だよ。というか君の心の整理がついたら、君だってミセス・ブラックをケアするんだぞ」
「しみったれブラックはほっときな!おい、見てくれよ」
エバンが話をぶった斬って、芝居がかった仕草で杖をふる。
「エクスペクト・パトローナム!」
朗々と唱えられた守護霊の呪文に従って、杖先かきらめく銀色が吹き出し、はっきりとした形になる。ブラッド......いや、たるみが少ないからタルボットハウンドってやつかも。垂れ耳の大きな犬だ。
「すごいじゃないか!」
興奮して背中をぶっ叩いたが、タルボットハウンドはゆらがなかった。すごく安定してる!
空気が悪かった部屋がいっきに明るくなったようだ。
「へへっロジエールとは思えないだろ」
「ロジエールでなくたって、使える人が少ない魔法だよ!どうやって?」
「なんてことはない、危険にみんなで晒されて、その上プルウェット家の惨状を目の当たりにして、みんな生きてるって幸せだなーー!て思ってたら出せたんだ」
光の粒が集まった犬をぽんぽんと撫でてエバンがからりと笑う。
リーマスから教わったコツは幸せな思い出。ラクランにとっては、幸せで守りたいと思うものを思い浮かべるのが守護霊を呼び出す鍵だった。そう思うと、少し照れくさい。
「先を越されちゃったなー、おれはまだまだ、決まった形にならないんだ」
「お前は手広くいろんなとこに顔を突っ込むからな」
「それってどういう?」
そこへ、ドスドスと足音をたててバーティがやってきた。ちらりとタルボットハウンドをみたあと、その杖の主が誰かを確認して眉をひょいとあげる。
「守護霊.......君、闇の魔術に触れるのをやめたのか?」
「別にやめちゃいないよ、家がああだからな」
「まあまあ、まずお茶でも飲むかい?」
「結構だ。しかしどういうつもりだ。レギュラスのような策はもう二度と使えないぞ、どうして守護霊なんか」
「知らないのか?アズカバンにはディメンターがいるし、現場に派遣されることがあるんだ。対策しといて損はないだろ。できそうだなって思ったからやっただけだ」
ディメンター。ラクランは教科書でしか読んだことのない存在だが、自分はどんなことを思い出すだろうか?真似妖怪ボガートにでも対峙しておいた方がいいか?
「そんな論理的理由はお前らしくない。本当はどうなんだ?怯えているんじゃないか?守護霊の呪文さえ使えないくらい闇の魔術に堕ちるのに」
「バーテミウス・クラウチ・ジュニア!」
「なんだ、どうしたんだよ二人とも」
ついにラクランは二人の間に割って入って引き離す。最近こういうことが増えて、よくみんなピリピリしている。ポケットから談話室でいただいてきたチョコレートを取り出して二人の口に突っ込んだ。
「溶けてんじゃん!俺はパリパリのチョコが好きなのに」
「も〜君は5秒と黙ってられないわけ?」
「ふふ、エバンを黙らせたければゴキブリゴソゴソ豆板を食べさせなきゃ。ラクラン、僕もほしいな」
「それこそたべさせた瞬間、大騒ぎだ」
夜食のベジブロスに禁じられた道のふちで収穫したひらたけをぶちこみ鍋でさっと煮ながら、ラクランはおずおずときいてみた。
「ねえ、どうしてパトローナスチャームを習得するのが怯えのあらわれだ、なんていったんだい?」
振り返った先でバーティはマグカップをエンゴージオしてたっぷり牛乳を注いだミルクティーを飲んでいる。
「あれは......僕も気が立っていた。闇の魔術を頻繁に行使すると、守護霊の呪文がうまく使えなくなるという話があるだろう。歴史上の優れた闇の魔法使いたちが守護霊の呪文を使っていないだけだが。エバンもそうなるのを恐れて、習得したのかと考えただけだ」
「エバンは闇の魔術を好んでいるけど、心まで闇になりたいわけじゃないようだから難しいね」
「そうだな。......君たちが君たちで動いているように、あいつはあいつ。僕と同じような気持ちで仕えろというつもりはない。なかったのに、ひとりだけ逃げる気かと言いたくなってしまった」
エバンとバーティは闇祓いに顔が割れるようなヘマはしなかったけれど(もしバレていたら今頃学校にこれていないだろう)、逃げ延びる手段をもともと持たない。レギュラスはオリオンさんの支援があったし、クリーチャーという頼れる屋敷しもべ妖精もいた。いよいよ激化する戦争のさなかこのホグワーツを出て、みんながどうなってしまうのかが読めなかった。
「パトローナスはあくまで心を守るものだ。気が立ってしまうなら、君も練習してみたら?」
「練習したが......僕にはもう形のないものさえ出せないようだ」
「そう......」
「エクスペクト・パトローナム!」
部屋の隅で、レギュラスがふいに杖を振った。やはり、銀色の煙がでて、すぐさま途切れて消える。
「この通り、僕も出せない。一度闇にすっかり浸かってしまったからね」
つっけんどんな調子でいうレギュラスの目元は鋭い。蝋燭の光でぎらりと光る。胸元に同じく光るロケットがぶら下がっていた。
「一度浸かったら戻せないものなの?それじゃ、闇が随分と強すぎる。そんなことはないはずだよ。君が自分を許せれば、きっとできる。おれはとっくに許しているし」
「誰もが君のように寛容ではないんだよ」
「おれだって別に特別寛容なわけじゃないさ。いいかい、マタイ福音書にこうあるんだ、"あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう" 神様に赦してほしいなら、自分も同じく赦さなきゃ道理にかなわないってこと」
バーティのほうもちらりと見た。この二人は賢いから、そのぶん自分にいろいろ期待しすぎて赦してやれないことが多いんじゃないかなあ。
「自分を赦してやらなきゃ、人も赦せないよ。エバンを赦したいなら、バーティ、君も自分を自分で赦さなきゃダメだ」
「ゴホン、じゃおれがやってみるよ。私は悔い改めます!洞窟で必要に迫られて――効果は覿面でした――悪霊の火を暴走させました!亡者がなにか知りませんでしたが、あれは亡くなった人に魔法をかけたもののようです。それを焼き払ったり吹っ飛ばしたり、痛めつけてしまいました。悔い改めます!」
ラクランは立ち上がって、胸を張って懺悔してみる。やり方はもっと改善の余地があるしずっと心に引っかかっているけど、あの時あの場所に何度戻っても同じことをするから、胸をはって謝るしかない。
「言い訳ばかりじゃないか。でも確かに君もいろいろやったな」
「実は調べていくうち、亡者の正体を知ってずっと気になっていたんだ。焼き払っちゃった人たちは安らかに眠れているのかってね、もう確認しに行きたくはないけど。だから悔い改めます!ね、君もやってごらんよ。なに謝る?証人になってやるからさ」
「なんで謝ることがいくつもある前提なんだ」
バーティとひとしきりふざけて、煮立ってしまったスープをよそった。ふとレギュラスがずっと黙っているな、と気づいて、スープを差し出しながら声をかける。
「レギュラス?」
「.......義兄さんだろう」
「それはもういいから、どうしたの?」
徐に、立ち上がり首からロケットをはずしたレギュラスが杖を振り上げる。ラクランがあわててスープに浮遊呪文をかけるのとほぼ同時、レギュラスの杖から紫の光線が放たれた。
ロケットに命中したが、ばちんと音を立てただけで傷ひとつつかない。
「ちょっと、ひとの部屋のカーペットを焦がすのはやめてよ。何度やってもダメなんだろ...スープも」
「そうだ。ヴォルデモートの魂の一角。洞窟同様そうやすやすと傷つけさせてはくれない......君の指が鬱血していたのはなんのためだった?」
「そりゃ、湖に引き摺り込まれた君の首を絞めて、ロケットが追い打ちをかけてるから、隙間を確保しようとねじ込んだからだけど」
思い出しても恐ろしい。一番苦しかったのは戻ってきてエラ呼吸の状態で地上に出たときだったけれど、ギリギリとひとりでにしめつけるロケットはあきらかにレギュラスに止めを刺そうとしていた。魂のかけらのくせに。
「最初は指をねじこめたんだろう?鬱血するほどロケットが締め付けたのはいつ?」
「ああ、悪霊の火を使った時だけ、ど......」
「それだ」
立ち上がって杖を振り上げるレギュラスに、バーティとラクランは顔を見合わせあわてロケットの前に飛び出した。
「やめろ、僕たち諸共丸焼きにするつもりか」
「君は闇の帝王に与するのだろう?庇う気かい」
「イヤイヤイヤ、破壊できるかもしれないからって今試すのは絶対得策じゃない。複数個あることはほぼ確実、盗んでもバレなかった、じゃあ破壊してもバレないか?ってそれはまだわかってないだろ。どうすんだよバア!て出てきたら!」
ラクランは暖かいスープをあきらめ、さっとロケットを回収し、首にかけてぽんぽんと叩いてアピールする。こうすれば少なくとも魔法を撃ってくることはないだろう。
「さ、一度腰を落ち着けようぜ。悪霊の火はなかなかやばい闇の魔術だ。反対呪文もなかったはず......あそこは水場だし、おれはヘタクソだから大して保ってないかもしれないけど」
「悪霊の火や、禁じられた呪文といった反対呪文やプロテゴが効かない類には対抗策が仕込まれていないかもしれないな」
「じゃーエバン同様、おれたちも闇の魔術を使うことからは逃れられないってワケね」
もともと決まった形を出せない守護霊だ。おれもそのうちもやさえ出すのが難しくなるだろうか?
――やめやめ、占い学はとってないし天文学は落とした。先のことを考えるのはおれに向いてない。
ラクランはばふん、とクッションに腰をおろして誰も食べてくれないスープをかっこむ。おいしいのに!
「いくつあるかもわからないし、破壊することが感知されるのかもわからない。これだけ堅固な守りなんだ、破壊の試行は慎重に進めるべきだろうな」
「慎重に?悠長なことは言ってられない!この数ヶ月僕はこの部屋でひたすら破壊方法を調べていた!」
レギュラスが髪を切らなかったり髭を剃らないのは、出られないからだけじゃない。彼の中であの日の後悔と恐怖で時間が止まっているからだ。
ラクランは食べ終わった器の側面にスプーンをチンと当てて注目を集めた。
「静粛に!その努力が報われて可能性が掴めただけでもよかったじゃないか。でも今破壊はマズイだろう?バーティもエバンも君も、クリーチャーの命さえ危険に晒すぞ」
「わかっている......だが僕はあの男が破滅する一因になりたいんだ。過ちを犯した僕を、自分を自分で赦すために」
イライラと部屋を歩き回るレギュラスに、またバーティとラクランは目を見合わせた。さっきまで自分たちでやってた分、始末が悪いけれど......。レギュラスはそれこそ昔っから、自分の役目を背負い込みすぎるタチだ。ラクランは再び立ち上がり、シャツを正した。
「ゴホン、自分で自分を赦すのはそりゃ大事さ。でも君、おれらに謝らないといけないこと忘れてない?それをスルーして無理やり自分を赦せるわけ?」
「...いっぱいありすぎて、なにからあげていいか」
バーティと揃って後手に手を組み胸を張って、俯いたレギュラスの座る椅子の前に立つ。
「しかたない、まず一人で突っ走ろうとしてたことでしょ」
「ああ、同行するラクランにはホークラックスであることを伏せ、僕たちには出立直前に手紙を出したな」
「そうそう、ほとんど勝手に死のうとしてた!」
「友達を見送る側の気持ちも考えろ」
「どう?謝りたくなってきたかい?」
冗談めかして聞いてみても、レギュラスの顔色は晴れない。恐縮されちゃうと赦す方も赦しにくいんだけどな。
「いろいろやらかしてくれたけれど、おれたちは赦すよ。いいよなバーティ?今こうして生き延びてくれてるんだから、それでひとまず赦す。だから君も自分を赦して、自分を責めるのはやめにして君も先に進まなきゃ」
「だがヴォルデモートの真の危険さをわかっているのは僕たちだけだ。なにもしないのは」
「逆にこう考えるのはどうだ?あのお方の滅ぼし方を知ってるのは現状、おそらく僕たちだけだ。先走って不用意に死ぬのが最悪だと」
従うにしろ刃向かうにしろ、利用するにしろ、とにかく生きて、自分の頭で考えてることが一番だ。バーティの言葉にラクランも大きく頷く。
エバンは正しい。今できること精一杯やって、自分を少しでも守れるように努めよう。
「さあさ、スープを食べて!めちゃくちゃおいしい平茸なんだ!バターもおまけするぞ」
ざくざくと枯葉を霜がふちどる頃、スプラウト先生を手伝って、雷の落ちた暴れ柳の大枝に包帯を巻いていたところで、大汗をかきながら真っ赤な顔のスラグホーン先生がやってきた。
「ラクラン、ビッグニュースだ!とっても最高の!」
「いやあ、素晴らしい日だ!」
ご機嫌でスラグホーン先生は蜂蜜酒のボトルを開けた。さあ、と言われるままグラスを受け取る。
「これは校長に贈る用だったが」
「校長に?いただいていいんですか」
「なんだかんだと付き合いが長くてね、貰う前のプレゼントなら、無くなってしまっても残念には思うまい」
ホウ、とスリザリンのロケットが頭をよぎったが、ともかくこんなにご機嫌なスラグホーン先生には乗ってあげないと気の毒だ。推薦を書いてもらったのだし。ヒョイと杖を振って寮からアクシオする。
「それなら、おれも砂糖漬けのパイナップルがありますよ」
「ああ、すばらしい!」
「良いニュースというのはだね、君の就職先が決まったんだ...!」
「おお!本当ですか!」
「正確には、とても強力な研究機関が君に関心を示してくれた。関心を示すとはすなわち――ウィだ、ハハハ」
「研究機関というのは?」
「パリにある。ボーバトンのつながりだけれど、何を隠そうそこの理事はニコラス・フラメルだ」
「あの錬金術の!?」
身を乗り出したラクランの頭の中を、カエルチョコレートや魔法史の教科書が頭の中でバーと巡った。まさか就職先にそんなビッグネームが出てくるとは。
「そのとおり、ダンブルドアと共同研究もしていたから、ちょいとそのつながりでね。ご夫婦は今一線を引いてデボン州にお住まいだが、オペラを観るついでに監督もなさる。イギリス魔法界との行き来がスムーズで、マグルの公共交通を使えて、薬草学も魔法薬学も優秀とくればすぐ飛びついたそうだ!」
「秘書のような仕事ですか?」
「それは君の仕事次第だろう。ともかく彼の魔法の腕はピカイチだ、何せ年の功がある」
「はい、もちろん。頑張ります」
「クリスマス休暇に顔合わせでデボン州の邸宅へ伺うといい。そのように手紙を出しておくよ」
「わかりました。なんだか校長の蜂蜜酒を飲んでしまって申し訳ないな、先生にもこんなにご協力いただいて」
受賞してグラスをひょいとあげて見せれば、スラグホーン先生はさらにご機嫌に笑う。
「なあに、君の入学説明にお宅を訪ねた日がなつかしいよ」
「本当に......。そうだ先生、実は新しいビジネスチャンスを見つけていて、自分で鑑定してみたのですがベゾアール石を見ていただけませんか?マグルの酪農家から引き取ったんです」
「ほう!これは見事なサイズのベゾアール石だ!」
ふたたび部屋からアクシオした革袋をどすんと受け取って、なかの一つをとりだす。食事時には少々グロテスクな品物だが、スラグホーン先生は目をキラキラさせてパイナップルのかわりにかじりそうな勢いだ。
「声をかけたら格安で引き取らせてもらえて。これ、よかったら差し上げます」
赤らんだ顔をさらに真っ赤にして興奮気味だ。いろいろと用途のある石だから嬉しかろう。
「イギリスに戻ってくる機会があるようならよかった、マグルの土地所有や動物の飼育が細かく整備されたために、魔法族が入手困難になっているものはとても多いんです」
「ほうほう!それは......」
「ふふ、もちろん恩師である先生には売ったりしません。お譲りしますよ、特別にね。もちろんエラ昆布も!」
ラクランはニッコリと笑ってグラスを掲げて飲み干した。
クリスマス休暇はデボンへ向かうこともあって、じいちゃんに就職の報告をしに帰省することにした。他の生徒も就活だの縁談だので在校リストに七年生の名前は誰も載らなかった。
いまだ髪をのばしているレギュラスもグリモールドプレイスに送ろうとしたけれど、オリオンさんから拒否されたのでトランクのなかだ。じいちゃんはトランクをあけて開口一番に舌打ちして丸刈りにするぞ、とガラガラ声で脅した。
「秘書のような仕事ねえ、たしかにそりゃ魔法族にゃできなさそうだ。すんごいお人のもとでお前の生まれを存分に活かせていいじゃねえか」
「せっかく稀代の錬金術師のもとで働くなら、研究もしたいけどね」
「しかし秘書、秘書ねえ......コホッ運転免許が必要じゃないか?」
じいちゃんは咳き込みつつ立ち上がり、磨き上げられた母さんのバイクに手をかけ、わざとらしく眉毛を動かす。
「あればいいだろうなって思ってる。年越しで挨拶に行ったら、聞いてみるよ」
「そりゃ、持ってるほうがいいって言われるだろ。ヨシ、リチャードに話しておくか」
「やめてよ!気合いが入りすぎちゃう」
痩せたというより頬がこけているじいちゃんと昔のようにプロレスはできなくなったが、口ではこの調子だ。
「レギュラスも勉強してパートタイムでもしてみたらいいよね」
「パートタイム?」
「長時間、長期間じゃなくちょっとだけ働くことだよ。フランスなら他の近隣国にも鉄道なんかで行きやすいし、魔法族もきっといろんな仕事がある」
「地中海の魚介なんかはいいな、ニースの日光浴に呼んでくれてもいいぞ」
「じいちゃん、おれが働くのはパリとデボンだよ。それに姿現しも列車もたえられないだろ」
いやにご機嫌なじいちゃんと話して、ウィスキーを開けようとしているのを押し留めているとき、ほとんど存在を主張しない右腕に入れた破れぬ誓いの印がかゆくなった。
「ん...?」
「どうした」
「印がなにかおかしくて......」
急いでシャツをぐしゃぐしゃと引っ張り上げ、確認する。エバンを示す火星のMに、危険が迫っている。まだ熱くないが、どういう状況かわからない。
ずーっと音を立てて椅子から立ち上がり、印の示す方角を見つめながらコートを引っ掛けた。
「ラクラン、どこへいく?」
「エバンに危険が迫ってるみたいなんだ。もしかしたらこっちに姿現しするかも。怪我してたらハナハッカやベゾアール石は屋根裏の道具箱に――」
早口で指示を飛ばす間に、腕の印がまた痒くなって、グルリと一周回り止まった。
「危険は去った、ということなのか...?」
「......なにかよからぬ任務に出て、闇祓いと対峙したのかもしれない」
印を一緒になって覗き込んだレギュラスが顎に手を当てて考察する。
「まさかあ、おれたちが好きすぎて守護霊を出せるようになった奴が?」
「君もわかるだろう、僕たちはスリザリン。目的のためならどんな手段でも使う。大事な目的があればあるほど、僕たちはなんでもできてしまう性質の人間だ」
ちょっと短め!いよいよ卒業が迫ってきましたね〜
とりあえず就職が決まりました。おめでとう〜
就職で一番頼れるホグワーツ教授はスラグホーン先生だと思っています。審美眼は本物だし、スター育成のためにあらゆるコネを使ってくれそう。
このままじゃレギュラスがトランクの住人なのでレギュラスにもお仕事を...なんとか...!
〈今回の主要な捏造箇所〉
・オリオンブラックさんとブラック家家訓
マルフォイ家も単語からしてフランス語由来で、ノルマンコンクェストで入ってきた貴族社会(≒マグル)とばちばち繋がりある感じのお家なんですが、ブラック家も屋敷の立地と家訓からして同じ流れでしょう、と考えています。
Toujours purはつまりAlways pureなんですけど、bloodまで入ってたら逃げ場なくなるなかわざわざ二語にしてPurで止めているということは、純血以上に魔法族としていつもPurであれ、という解釈の余地がある、とこじつけ解釈できます。拙作オリオン・ブラックは、闇に染まるより常に清く、家全体として凝り固まった古い思想より新しく純粋であることを望みたい、と気づいた、という形にしました。(オリオン自身はプルウェット家への冷淡さが示すように、大切にするものの優先順位がはっきりしている人で、清濁を併せ呑むことも厭わない)
ひっそり79に亡くなってるのは確定事項なのですが、一応拙作では病気(龍痘の疑いあり)という形です。
・クリーチャー
原作に繋がるように頑張っています。原作の衰え wぶりはのちにロケットの影響もあるっぽいことが明らかになるため今はピンピンしてます。命令をされつつも、その範囲内で考えて結果を捻じ曲げることを学んだようです。(ロケットとラクランを回収して離脱するように言われていた→幸運の液体を飲んで、ロケット国にかけさせて仕舞えばええんや!と発想、実行に移してレギュラスも回収する必要性を生み出しました)(このファインプレーで水中にてロケットによる首締めが発生しましたが、かえって湖の水を飲んだりしなかったので結果オーライ!)
・後見人、義兄、遺産について(わかりにくいので)
ブラック家の遺産は相当複雑で、死亡偽装したレギュラスは先の短いオリオンの遺産を受け取れません。でもシリウスでもヴァルブルガでもなく、レギュラスとラクラン支援したかったオリオンはラクランの魔法界での後ろ盾として後見人になることでラクランに相続の正当性をくっつけました、という感じです。
それぞれの思惑を整理すると
オリオン→感謝+支援+レギュラスへ資産譲渡+ヴァルブルガ介護依頼
レギュラス→感謝+支援+ヴァルブルガ迷惑料
ラクラン→後ろ盾感謝/お金はいらない、お母さんのお世話手伝います!レギュラスの口座がわり
という感じです。
・七年生の動向
ハリーたちがふつうの七年生を過ごせてないので正直かなり謎です。一番細か描写があるのがフレッドジョージの中退起業組ですし....ウッドなどを見れば、クィディッチに参加はしていそうなのですが、時代も時代なのでクィディッチなどの娯楽の気配薄めです。
イモリ試験があるわけですが、時代も時代なので(2回目)みなさん慌ててご成婚したり就職したり海外に逃げたり闇の帝王信奉者になったりしてます。
・ふんわりとロケットの悪影響
伝わらなかったで賞かもしれない匂わせ描写。ロンは攻撃的、自分のネガティブな意識を増幅させるような感じだったけど、個人差があるかなというのと、お部屋にずっとあるだけでもだんだん空気を悪くしそう...というイメージからふんわりそんな感じで描写してます。
今回破壊方法に近づきましたが、破壊探知されたら即全滅なので闇の帝王が壊滅するまでは封印という選択肢になりそうですね。