雪化粧したホグズミードはなつかしい。前屈みで吹雪をいなしつつ、しゃくしゃくと穴の空いたブーツで足早に歩き、いたるところに蜘蛛の巣のかかったホッグズヘッド・パブのドアを開く。
「や、やあリーマス」
頭から雪を落としていると、すみの方で小柄な青年が恐る恐る手を挙げた。
「ワームテール!今回は君か。元気そうで嬉しいよ、ああ、ウィスキーのダブルを。それとエッグノック」
ひさびさの友人に、少し気持ちが上向いて調子に乗って注文する。
「金は払えるんだろうな」
「この二杯だけにしておくよ。ワーミーに奢れなくてすまないね」
「ハハハ、仕事は相変わらず?」
「まあね」
ドン、と出されたウィスキーのダブルを一息に飲み干す。芯まで冷え切って人間性を喪失しそうなこの体には、これくらいの酒がちょうどいい。
「君の方も忙しそうだね」
「う、うん......そうなんだ。そういえば、もう聞いたかな、ジェームズとリリーに子供ができたって」
「本当かい!?そりゃあめでたい。今はなにも渡せないけど、今度なにか贈らせて......シリウスがダメだろうか」
「ま、まるでジェームズの番犬だから...」
「産まれるまでになんとか準備しよう、祝えなかったらその子の誕生日が来るたび酷く後悔するに違いない。君が渡してくれよ、頼んでいいかい?」
「え、う、うん......もちろんさ!」
子供が生まれてくる頃には、この戦争も落ち着くと良いのだけれど。この前プルウェットが襲撃された。マグルの襲撃も相次いでいて、過激さを増していくばかり。シリウスは警戒感を強めていて、騎士団内でも誰が味方で誰が敵かわからない。服従の呪文で操られてマグルを襲ってしまったものもいた。
ドン、と無愛想に置かれたあつあつのエッグノックに手を伸ばす。
「じゃあこれは、リリーの健康に!無事に生まれてきますように」
三匹の蛇 22
お下がりといっても変わらず美しいシルエットの上等なスーツに身を包み、レギュラスとじいちゃんに見送られて朝焼けのなか歩みでる。
パチンと姿眩ましした後、まずはアラン島、続いてマン島、スノードニア国立公園、コッツウォルズを経由してデボン州のダートムーアに姿現しした。イギリス海峡程近いこのエリアはそれほど冷え込んではいない。雪もさらりと降る程度なのか、うすく白砂糖を振ったような地面からぽこぽこと古代の大小様々な列石が顔を出している。
ふー、と手元にもってきた拳に息を吹き込み気合いをいれてから、スラグホーン先生にもらったメモを引っ張り出した。
ダートムーアは草に覆われ緑や岩たちと調和した家が多い。フラメル夫妻の住まいらしい家も、苔むした壁に大きなスタンディング・ストーンが埋め込まれている。もともと岩が立っていたところに、岩を動かさず家を建てた、というほうが正しいか。
しかし岩には、よくよく見ればこの土地ではほとんど見られないギリシャアルファベットで、ニコラ、ペレネルと刻まれている。さも大昔から刻まれていますよと言わんばかりの、他の石に刻まれたラテン語やルーン文字と大差ない古びた表面は、住人が送ってきた長い時を思わせる。
ラクランは誰に見られているわけでもないのに咳払いして、凍りついたノッカーをドアからひっぺがして叩いた。
「はあい時間通りね。クリーム・ティはいかが?」
「アイ...ボンジュームッスューエマダム?アンシャンテ」
溌剌とした光を目に宿す、きれいにウェーブした白髪の女性がぱ!と現れる。あわててラクランが繰り出した拙いフランス語に破顔するペレネル・フラメルとおぼしき女性の奥には、団地の前で本を開く白髪の男性がこちらを鼻メガネの向こうから見つめていた。
ニコラス・フラメル......いや、ニコラ・フラメル氏はいくつかの資料によれば665歳を超えているとあったから、てっきりダンブルドア校長その2、みたいな人が出てくると思っていた。長身で痩せ型、鋭く光る目は似ていて、どことなく同じ雰囲気を醸し出しているけれど、清潔でまっすぐな白髪は古めかしくない少し毛先を遊ばせた形に整えられ、短く切り揃えられた白髪混じりのひげは格好良かった。
フラメル夫人の出してくれた温かい紅茶とスコーンに感謝して、暖炉の前、ニコラ・フラメル氏の前に恐る恐る座る。
ラクランがひとくち紅茶に口をつけると、フラメル氏は本をパタリと閉じ、徐に身を乗り出した。
「フランス語を覚えてきてくれて嬉しいよ、ケイヒルくん。フランスでは必要だが、今は私たちのデボン訛りを聴いてくれ。隠しているとあとあとアルバスに文句を言われそうだから予め言っておく。今日は挨拶に来てもらったのではなく、試験、面接に来てもらった」
「もうこの人は!後で知りませんからね」
「わかるだろう」
「こんな素朴な子に、恥ずかしくなるのは自分ですから!」
突然張り詰めた空気になにも言えないでいるラクランをよそに、夫婦はちくちくやり合う。さすが700年くらいともに暮らしてきた人たちだ......。内心頭を抱えながら、ラクランは訛りをさらりと指摘されて上気した顔色を落ち着け、背筋を伸ばして顎をツンと上向かせた。
「わかりました、精一杯頑張ります!」
「よろしい、面接といっても聞くのは一つだけだ。
――君は、死をどう思う?」
鋭い目に心臓がドクンと鳴るだけでなく、自分の心の周りに閉心術で張り巡らせた深い湖のようなものの水面が、ほんの少し波うった。オイオイ、とんでもなく滑り込むのがうまい開心術だ!
湖を深くして侵入を阻むところだが、あえてそれにブレーキをかけてじわじわと水量を減らす。おそらく開心術もふくめての面接だ。水位を下げ、陸地を浮かび上がらせる。さあどうぞ、いらっしゃい。そんなつもりで見つめ返した。
「そうですね、ううん......条件をつけての答えでもいいですか?どういう死をどう思うか」
「ほう?新しい回答だ。話してみなさい」
「基本的に、悪いものだとは思っていません。生きていればいつかは来るもの、いや、生き物にはこなければいけないものだと」
「訪れなければいけない?それはどうして?」
フラメル夫人も腰掛け、ラクランの目を覗き込んできた。ちょっと考えてくすりと笑ってから、カバンに手を突っ込んでひとつの小瓶を取り出す。
「死がないと、生物が生きて命をつなぐことが成立しないからです。この中に入っているのは、ドラゴンの堆肥です。糞からできていますが、糞は動物や植物の死と、それを消化する生き物によってできています。食べ物となった生き物たちの死なくして、ドラゴンほどの強い生き物さえ生きることができないし、命を育むこの糞もまた生まれない。だから死は、生き物が生きるのに必要です」
出してしまってから、そういえば食事の場だったと思い出した。失敗した!あわてて胸ポケットに捩じ込むのを、フラメル氏が目をやわらげて気にするなと手を振った。
「フム......では君が悪いものだと考える死の条件は?」
「ちょっと自分でもしっかりわかっていないんですけど、誰の、なんのためにもならない死を遂げることや、お返しをできない死はよくないと思います」
「詳しく」
「誰のなんのためにもならない死は、......体が一切残らなかったり、何もせず、周囲の人になにも、財産も、知識も、愛情も、そういうのもなにも残さず死ぬことです。死ねば肉体は土に帰っていくから、本当になんのためにもならない死なんて、生まれた以上無いと思いますけど......」
「ははは、よろしい......疑問にお答えすると、ディメンターやレシフォールドに襲われ、魂を奪われてしまった場合、肉体も精神ものちの世界の糧となることはない」
「ええ、俺はその死に方がいちばん嫌ですね。魂だけならどうなるんですか?」
「ゴーストになる。あれは魂と強い意志や欲望の残滓のようなものだ」
ホグワーツのゴーストたちを思い浮かべ、首肯してから、魂を奪われてしまった時の姿はどんなふうだろう?と想像してしまって、慌ててふるりと身震いした。
「それで?もう一つの死は、どんな死だね?」
「お返し、ですね。たとえば野菜を育てて、それを摂って食べる時、おれたちは野菜の犠牲の上で、生きていることになります。でもそのかわり、畑を管理してまた新しい代の野菜を植えたり、嵐から守ったり、日照をよくしたり、肥料をやります」
いただいたクリーム・ティの、クロテッドクリームとジャムをたっぷり塗られたスコーンをさくりと噛む。歯にぷちぷちと種があたり、甘さとさわやかな酸味をクリームとバターのかおりが包んでいく。
とってもおいしいけど、これだって本当は春にまた芽吹くはずだったイチゴの命だ。一方でこのイチゴのなる茂みに水やりしたり、周りの木を切って日を当ててやるのも人間というわけだ。
「森や、魚や、牛や羊もそうやって、種を守っていく契約の代わりに食べているとおれは思っています。野生動物だって消化しながら種を運び、山という山に種をまくから、これは自然なことです。死んでもその体は大地の肥やしとなります。でも、殺人は違います。鶏に毒餌を盛ったりするのもそうですね。命の分のお返しをすることができません。だからそういう死は、犠牲ではなくてただの生の略奪、悪いものだと思います」
ハイランドの片田舎では、エディンバラの不良やグラスゴーの薬物中毒者、旅行者によって家畜が虐められたり石を投げつけられたりすることがある。人が少ないところになると、驚くほど気が大きくなって残虐になる人間というのはいるのだ。屠殺と何が違うといわれたりもするけれど、ラクランからすれば、丹精込めて世話して、子供もしっかり育てるのを約束しながら、こっちが生きていくために苦痛のないように努めて優しく殺すのとただ痛めつけるのは絶対に違う。
......ちょっと熱の入った演説をしてしまった。
咳払いして顔をあげると、きらきらと水分を湛えた深い井戸のような瞳と目が合った。
マグルの元で育ったことも、閉心術も取っ払って魔法界の大人と話すのは、スラグホーン先生以外では初めてだ。すべて見透かされているようでいて、ただこちらを反射しているだけのようにも見えるふしぎな瞳だった。
「では君は、ひとより長く生きることについてどう思うかね?ちょうど私たちのように。命の水を使う機会があったら、使うかね?」
「健康なのは良いことです。でも食べて生きなくてはいけないのなら、相応に命を犠牲にしなくちゃならない。あなたたちがお返ししきれる自信を持って生きているのなら、それはすごいことだと思います。おれには、その自信はないです」
「よろしい!」
重厚な羽ペンと羊皮紙がひらりと飛んできて、ラクランの目の前に滑空してきた。当惑して羽ペンの前で手を突っ張ったまま問う。
「ええっと、よろしい、というのは......なにが?」
「忘れたかね?これは採用面接だ。君にはパリに住んでもらうが。つまり、合格だ」
はあ、と間の抜けた息を吐き出してしまった。一体全体、なにがよろしい、だったのだろうか。わからないまま、とりあえずの合格だ。
「それじゃ、ときどきピレネーの方にあるボーバトンにも出張してもらうと思うけれど、パリ8割のデボン2割ってとこかしら。錬金術や新しい魔法薬の開発をしている研究所の研究助手が主ね。薬草学やマグルの生態学に関心があるようだけど、魔法界の研究の作法をまだ知らないでしょう?」
フラメル夫人に指示され頷いて、ラクランはペンを手に取る。もとよりいくほかに選択肢はないが、待遇もマグル育ちやマグル生まれが苦戦するイギリス魔法界では考えられないほど良い。そのぶん、働きで返さなければ。機密についても素早く目を通してサインをする。運転免許は特に書いていないけど、マグル側の信頼を得る必要も出てきそうだからやはり取らなくっちゃ。
契約書を受け取ったフラメル夫人がブツブツとなにか唱えて魔法をかけ、パチンと両手で挟んで火花を起こす。ぴりぴりと腕の産毛を魔力がなぞっていくのを感じたので、契約が結ばれたのだろう。
「でもよかったわ!なんてったってこの寒い時期にきてもらったんですもの。感じもいい子で」
「ありがとうございます......ああ!すみません。実はご挨拶に伺う手土産で、これを」
「まあまあ、ビートをこんなにたくさん」
「へへ、ドラゴン堆肥は使っていないですが、祖父が手間暇かけて庭の畑で育てたものです」
フラメル夫人にビートを渡し、ホッとした気持ちでシャツを引っ張っていると、フラメル氏から声がかかった。
「契約書に記載のあった通り、研究所の場所は秘匿している。関係者もそう多くない。なぜだかはわかるだろう?」
「はい、賢者の石のためですね」
「無闇矢鱈と生を濫用するものが出てこないようにな。秘密を守るためにも研究員の数を確保できなくなればすぐに閉鎖する。君はアー、おそらく二十年ぶりの新規採用だ。魔法使いは命を生み出すこと、死の価値を学ばない者が多くてな......」
「喜んでいるのよ、この人これで」
「では、勤務は9月1日から。パリ4区、マレのアパルトマンにおいでなさい。壁が緑のモザイク画になっている三階建だ。そこで上司と落ち合わせる」
クリスマス休暇明けはキングズクロス駅が寒いこともあいまって、家族で一塊になり、離れがたそうにする者たちが多い。マグル襲撃事件や魔法族の事件が絶えない今年は余計にだ。親たちはホグワーツというダンブルドアのお膝元が安全なことを知っているからこそ、子供を列車へ押しやり、子供たちはもしもを恐れて親のコートに縋り付いている。
人波を縫うまでもなく早々に姿現しで到着したラクランは、監督生用のコンパートメントにトランクを置き、ときおりトランクを運ぶのを手伝いながらバーティとエバンを探した。
「よお」
トントン、と肩を指で突かれて、振り返る。予想通り指の主はエバンで、狭い通路でお互い首を前に突き出すようにしているのがなんともみっともなく、笑い合うがすぐに異変に気づいた。
この短い休みでやつれた頬にはいくつも切り傷があり、なにか破片をひっかぶったような有様だ。
「おい、どうみても戦闘後だ。漏れ鍋で殴り合いの喧嘩でもしたか?」
茶化しながら空いてるコンパートメントにぶち込んで、監督生コンパートメントに置いてきたトランクからハナハッカのエキスをアクシオする。
「まったく、どんな任務に出たかしれないけどこれからホグワーツに行くんだという意識があるのか?」
シャ!と音を立ててカーテンをひき、ハナハッカのエキスをティッシュに染み込ませて容赦なくポンポンする。この程度の応急処置も自分でしないなんて!
「......叔父が死んだ」
「なんだって?」
ハナハッカのエキスによる急速な回復でチリチリとするだろう感触に顔を顰めながら、エバンが歯の隙間からつぶやいた。聞き返す間に、今度はエバンが杖を振っておそらくは耳塞ぎの呪文をかける。
「任務だ、マグルの襲撃のな......叔父とウィルクスは死んだが、代わりに俺が生きてる」
「ウィルクスが?一体どういう......」
「わからんが、彼らの犠牲があったおかげで俺は生きてる」
ウィルクスには監督生の先輩として散々お世話になった。たしかに謁見をすることは聞いていたけれど。実感が湧かないまま、指先の震えを隠すように丸めて胸に押し当てる。
「まずは、叔父さんが安らかに眠っていらっしゃいますように。ウィルクスも、監督生としては頼れる先輩だった。どうか安らかに。襲撃の犠牲者がいるなら、その方達も、どうか、どうか安らかに」
ぎゅっと目を閉じて祈る。顔も知らない人たちに祈るのはじめてだ。加害者が友として正面にいて、被害者に祈るのも。恐る恐る目をあければ、まだ回復中のエバンが窓の外を気まずそうに眺めていた。
「......俺が生きていて嬉しくないか?」
「嬉しいさ!でもみんな失われちゃいけない命なのは一緒だ......犠牲のおかげで君が生きてるって状況がそもそもまちがいだ」
「ふん、ラクラン・なんでもかんでも・ケイヒルらしいな」
「バカいうな」
そこへ、パチンと姿現しの音がした。姿現しを習得してなお、相変わらずウィンキーに送られてきたバーティが少し不機嫌そうに手を振ってウィンキーを立ち去らせる。ウィンキーは耳が地面につくかというほど頭を下げて去った。
「お二方とも、お揃いで」
「屋敷しもべ付きで相変わらず良いご身分だな」
「ウィンキーが送りたがるから仕方なくだ。父上の命令かもしれない。そういうお前は屋敷しもべがいないと治療もできないのか?」
「どうせラクランが持ってると思うと面倒くさくて。しかし、意外と俺がマグルを襲撃したことを責めないな?お前も魔法族らしくなってきたか?」
「あのねえ、破れぬ誓いを交わしてることを忘れたの?そりゃあたりまえに生活してるだけのマグルの人が襲われていいわけない。でもおれと友達やってる君が、まさか意図してマグルを迫害するようなこと、ないだろう?」
どういう状況だったかも、どうして任務に出たのかも、実際どう動いたのかも、何が起こって叔父さんを亡くしたのかも、なにもわからない。印からは何一つわからなかったんだ。
すっかり綺麗になった顔のエバンを眺める。綺麗にはなったが、やつれたのはそれほど仲良しでない叔父さんやウィルクスの死だけじゃないはずだ。そんなに繊細なやつじゃないって、友達ならそれくらい当たり前にわかる。
「逆にきくけど、君は罪をおれが責め立てたらどうするつもりだったの?君がもっと傷つくだけだろう。君が犯した罪は、君が正しく背負って、償わなくちゃいけないことだ」
「法律がきちんと機能しているのなら、その通りだな」
バーティが氷のような声で口を挟んだ。その声音はほとんど、機能していない、と断言しているようなものだった。
「ろくな弁護も検証の隙も与えないまま、次々捕えてはアズカバン行き。捕縛にあたり禁じられた呪文の仕様も解禁した。実戦で使ったことのない闇祓いたちが使いこなせると思うか?いよいよもって、魔法省の腐敗ぶりを示している」
連日の日刊予言者新聞をみれば、まったくもって無理ある批判とは言えないのは事実だ。
「とはいえ野放しも正しくないだろ?そもそもマグル側の感情と償いはどうする。連携した法整備も必要になる。そうなれば何十年とかかるぞ」
「何事にも、犠牲は必要だ」
まったくもう!ラクランはつい立ち上がった。フラメル氏と話して、自分の生き物への感覚をはっきりさせたばかりだから余計にカリカリする。
「二人とも!死んでいい命なんて誰もいないよ、ちゃんと考えてみて」
「君のそれは理想論で、現実にそんな余裕はない!」
「まあまあこんなとこでまで喧嘩するなよ。イージーイージー、落ち着いて。俺たちだってやむにやまれずだ。任務をやらなきゃこっちがやられる。レギュラスみたくみんなして腕を落とすわけにもいかねえ。なるべく殺さないようにするし、死にそうになったらお前のとこに戻るからさ」
「死にそうになったらじゃ遅い、助けが必要な、危険な時に来てよ......それがおれの誓った内容だ」
「そうしたら四六時中になっちまうぞ?すでに一人いるしな。ところでそいつはどこに?」
「アー、レギュラスはね、ホグワーツに来ないって。身動きが取れないから」
「こりゃマーリンの髭!ブラック家のご子息が、マグルと暮らすとはね」
「不可能はないのさ、とはいえ実際うちの家にはそんなにいないみたいよ、クリーチャーとやり取りして、ロケットの過去の持ち主や闇の帝王について調べてるみたい」
「.......寮から出てあれから離れて気づいたが、ずっとそばにあると精神に影響を及ぼすようだ。ほら、エクスペクト・パトローナム」
バーティが杖を振ると、動物の姿は現れないまでもラクランと同様の銀の膜が現れる。
冬になにかとんでもなくハッピーなことがあったようにも見えないから、本当になにか影響があるんだろう。ラクランはゴクリと唾を飲み込む。ちょっとの間はおれが持ってたけど、ほとんどの時間レギュラスがもっているからだ。
「た、たしかに気をつけた方が良さそうだ。ちょいと暗号にでもして、手紙をおくっておくよ」
汽笛が鳴った。
会話を一区切りして無言になってしまった二人に手を振って廊下へ出る。
「あ!こんなところに」
「ごめんよ、こっちは見回りするから」
監督生バッジをつけた後輩が走っていく背中を眺めながら、同じように自分に指南したウィルクスがもうこの世にいないことを思い出す。
見回りをする足は濡れそぼったように重く、重苦しい鋼色の雲から、列車の窓ガラスに雨が叩きつけていた。
見慣れないコミミズクが窓を叩く。軽く折り畳まれただけの不用心な羊皮紙の切れ端を開けば、見慣れたラクランの丸っこい文字が書いてあった。ホグワーツのフクロウ小屋から借りたようだな。ビスケットをやって羽をそっと撫でた。
底なしの湖を生き延びた友へ
然る薬入れについて注意されたし。精神に悪影響を及ぼすようだと、C氏から警告あり(さすがの水先案内人だ)
A' mhuir bhig
C氏、というのはメネラーオスの水先案内人、カノープスのことだろう。知恵で行き先を照らすバーテミウスのことだ。強力で攻撃的精神に満ちたヴォルデモートの魂が、持っていて悪い影響を及ぼさないわけはない。ただし、どうすれば安全に保管できるだろうか?ラクランの家の預けて、マグルのお爺さんに影響を及ぼしてはことだ。かといって母上が闊歩する上ナルシッサやベラトリックスが出入りする家には置いて行けない。
「レギュラス様、旦那様がおよびです」
「ああ......」
そうか、クリーチャーだ。クリーチャーに託せば、ホグワーツにも姿現しできる。考えに耽りながら、クリーチャーに導かれるまま父の眠る部屋へ向かった。
「父上、レギュラスです」
ベッドの脇、母が腰掛けているであろう上質なビロードの張られた椅子にぎしりと腰掛け、しっとりと湿った腕をとる。ゆっくりと瞼が開いた。
「ああ、レギュラス......春は、まだか?」
「年を越したばかりですよ。まだまだ冬の星たちが輝く季節です」
「そうか......だが、春は来るな?」
「星は勝手に動きますから、必ず」
「ふふ、ふ......ゴホ!ゴホ!」
血を吐くような重い咳だ。クリーチャーが飛んできて布をあて、薬を飲ませる。ヒューヒューと息をして、少しずつ呼吸を取り戻していく。あの父上が、こんなにもあっという間に弱ってしまうなんて。
「良い。構うな......いいか、レギュラス」
不意に力強くグイと手を引かれた。灰色の瞳はギラギラと輝き、荒い息の合間で声にならない息を絞り出すように父は話す。
「春の新しい命を......照らし、導くように......あれ......星々の輝きが、永遠に......曇ることの、ない...ように」
「はい、はい、父上。確かに聞こえました」
ふたたびぐったりとベッドに身をゆだね、目を閉じた父上はしばらくか細い呼吸を続けていた。髪を整えてクリーチャーが次の薬の支度に向かう。
父上の手の甲は血管が浮き出て、年輪のように皺が刻まれている。今はすっかり肉が落ちたが、かつてはもう少ししっかりとしていて、闇の帝王もまさにこんな具合の白い手をしていた。
年代は、そう遠くはないだろう。グリンデルバルドの時代に結託していた特定の人物というのはいないから、その後の世代である可能性が高い。こうなる前に、心当たりのある人物がいないかと問いただしたときには、顔が変わりすぎていて、一体どんな人物か見当もつかないと話してはいたが。
流暢な英語を話し、オリバンダーの作った杖を持つということはホグワーツに通っていたと考えられる。さらに蛇を従え闇の印とするほど好み、あまつさえロケットを細工するあたり、スリザリンであった可能性が高い。
純血の家が多く繋がりの深いスリザリンでは、関係を断つことより、消息を絶った人を探す方がずっと簡単だ。
同世代で、突然消息を絶ったスリザリン生。父上はひとつの名前を口にしていた。
ふと現実に思考が戻ってくる。父上は苦しそうに喉や顎を動かし、息を吸い込んでいた。まるで陸で溺れているようだ。直観的に、これが父上の死なのだと気づく。
「ああ、ご主人様!」
「父上、ありがとうございました!必ずあなたの願いを守ります!ありがとう、父上」
手が温もりを返してこなくなるまで、クリーチャーと二人でしがみついてひたすら父を呼び続けた。
無数の手から逃れた友へ
薬入れについて、ご忠告感謝する。偉大な狩人は眠りについた。母から一斉で、君たちにも知らせが届くだろう。時期も時期故葬儀はやらない。薬入れはある生物(KではなくCになっている)に持って行かせるので、そちらで管理を頼む。
目下の調べ物は、いったいいくつあるのかだ。それを調べるにあたり、作った人の昔の資料を探している。狩人の言うことには3つ上に優秀だが卒業した途端魔法界から消えた人がいるとのことだ。調べてくれると助かる。
――追伸 狩人は50で亡くなった
R.A.B
調べ物の依頼人へ
木たち(Threes)は軋んで泣き
オリオン(Oriens)は横たわる 安らかに眠れるよう
苔むした(Mossy)大地が迎え入れるだろう
マルボロに(Marlboro)の煙を捧げよう
謎(Riddle)の答えは手の中に いや、功労賞の盾に
A' mhuir bhig
ハリーの誕生が迫ってきました!同時に、ホグワーツというモラトリアムを終え、保護されない危険な時代へ飛び出していきます...
◽️久々のルーピン!
シリウスとは徐々に信頼関係が壊れていってしまっているというか、シリウス自身がより「敵も味方もわからない」「家族友人関係ない」環境に身を置いている状態です。ワームテールはリリーの手紙にも登場するし、魔法の腕はそれほどでも小回りのきく人物というのは重宝されますよね。というところで情報受け取り役で登場してもらいました。
ワーミーと親しくしていた分、シリウスに関しての真相が余計に読めなくなりそうです。
◽️ニコラ・フラメルとペレネル・フラメル
捏造しまくりです。原作賢者の石では英語読みで「ニコラス」ですがフランス語準拠では語尾のsが消えるのでニコラとしています。ビジュアルイメージはあんまり具体的にしていないです。が、役700年生きている一方何歳の容姿という描写はないのと、時代の波に取り残されて生き続ける理由はよくわからないので、ダンブルドアより現代風なイケおじイメージで描いています。
ファンタビにも登場していますが、マクゴナガル先生の年齢などの矛盾があるのであんまり考慮していません。
映画版で上品で厳格、でも暖かくてかわいいマクゴナガル先生を演じてくださったマギー・スミスさんの訃報、とても寂しいです(大好きなのに主人公と所属陣営真逆すぎていつまでたっても書けない...)。この場で哀悼の意を表しておきます。どうぞ安らかに。
◽️賢者の石と生命倫理
魔法界は全体的に生命倫理が未整備な印象です。バックビークをわざわざ裁判にかけるくせ、有力者の主張でさっさと処刑にしてしまったり。屋敷しもべ妖精はその筆頭かも知れません。そんななかで無闇矢鱈と賢者の石を求める研究員や助手を増やしたら研究どころじゃありません。というところで、フラメル夫妻による面接は開心術+面接というかなり強いものになりました。求めないものにこそ委ねることができる。みぞの鏡と同じ感じですね。
◽️ロジエール家
実はロジエールは二人登場してる疑惑があります。シリウスによる、「ロジエール、ウィルクス、2人ともヴォルデモートが失墜する前年に闇祓いに殺された」の部分のロジエールについて、エバンの叔父を採用しました。カルカロフが裁判で名前を売る際、それがバーティ・クラウチ・シニア、ひいては魔法省にとって衝撃的なものであることを狙っているためです。ロジエール家はブラック家やレストレンジ家との繋がりも深く、グリンデルバルドにも加担していた過去がある家故、大人が参加していたくらいでは「ああ、そいつね」くらいだと思うのです。年若い息子のバーティと同い年あたりだからのその衝撃を狙ったのではないか、と考えて、「エバン・ロジエール」を若いほう、先に亡くなったロジエールをその親などと設定しました(今回は叔父)。
◽️暗号というかただのことば遊びの手紙
一応英語で韻を踏んでみたりしたのですが(原作英語版は随所で脚韻や頭韻があって、優雅な雰囲気などを演出しています)、日本語で再現しようとするとどうも間の抜けた印象になるので、暗号というか、過去の会話と符号する言葉を使ったお手紙にしました。他の誰かが読める必要はなくて、本当にその人にだけ当てた手紙ということですね。
マールヴォロだけタバコに変えていますが、辿り着けるでしょうか?