オリオン様のご葬儀が終わり、奥様のご気分が優れない日が多い中でクリーチャーめはレギュラス様にお呼び出しいただいた。今はラクラン様の住む小さなマグルの小屋におすまいだ。
グリモールドプレイスの住人はもはや奥様とレギュラス様しかいらっしゃらないのに、お会いになられずこんなところにいらっしゃる。クリーチャーは寂しい。
床に散らばった金属片を魔法で集めていると、マグルの爺があわてて御礼をいって一緒に集めてきた。変なマグル。
レギュラス様からは、ホグワーツにいらっしゃるラクラン様にあのおそろしいロケットをお渡しするよう申しつかった。
「大変だと思うけれど、どうかよろしく頼むよ、僕の他、ロケットを任せられるのはラクランと君だけだ」
レギュラス様はいつもお優しい!クリーチャーは胸をポンと叩いてお引き受けした。
持っていると嫌な感じがするから、なるべく早急に。
暴れ柳の枝を霧氷が覆い、不思議な怪物のような姿になっている。心の温まる話題がないことも手伝ってか、今年の冬は特別寒く感じた。冬毛で膨れた鳥たちのように着膨れしたローブの集団がくっついて歩くのを遠目に見守る。そこへ氷水の入ったバケツを持ったピーヴスが近づくのを発見して、ヒョイと無言呪文でバケツを取り上げた。
クリーチャーが届けてくれたロケットをかわりばんこに身につけているが、そういうときホグワーツで一番警戒しなくちゃいけないのはピーヴスだ。人を困らせることに関して、やつの右に出るものはいない。
「おいバーティ!そこの階段、無くなる日だぞ」
ラクランはふと後ろを振り返って、慌ててバーティに声をかけた。金曜日になると一段消える階段を、7年目にもなって本を片手に踏もうとするなんて!
バーティが今日のロケット当番だ。あれをつけていると少し疲れるから、それが影響しているのかもしれない。
「部屋へ戻ったら、おれが預かるよ。今日はこのあと調合で篭りきりの予定なんだ」
「いいや、今日は僕の担当だ。歩き読みはやめる。それでいいだろう」
「......ああ」
バーティはこのところ、黙って考えていることが増えた。図書室のほうへ歩み去っていくバーティの背中をラクランが見送っていると、ダダダッと足音が迫ってきてドーンと首に衝撃がくる。顔を見なくたってわかる、このうざったい絡み方はエバンだ。
「気にするな、あいつが自分から助けを求めてくる時以外、俺たちにはどうしようもない」
「それは......その通り。わかったよ、おれはおれのやることをちゃんとやる」
「何するんだ?」
「調〜合〜!君も手伝ってくれよ、どうせ暇だろ?」
「ケッ!そんなこったろうと思ったよ!いいけど、一体何を作るんだ?」
「幸運の液体さ」
ダイアゴン横丁で売り捌いた魔法薬の材料たちの売り上げ、あとは漏れ鍋でのバイト代に、少々借りたオリオン・ブラックからのレギュラスへの財産をあてて、なんとかJ・ピピンの魔法薬店経由で材料をそろえてきた。結局どう頑張っても揃えられなかったものが2つあったが、フラメル氏にお願いをして、作った幸運の液体の1/4を提出するのと引き換えにいただいた。腕試し、ということだろう。材料費的にもフラメル氏からの課題としても、失敗は許されない。
ラクランは気合いをいれて大鍋の前で腕まくりする。
「なあ、なんだって今から」
「完成までに6ヶ月かかるんだ。ジリジリしてたけどやっと材料が揃った。今からやれば卒業に間に合うでしょ」
「卒業に間に合ったってさ」
「とにかくそれ刻みまくって!すっごく難しい魔法薬なんだ」
エバンは不満そうな顔だったが、杖を耳の上にはさんで腕まくりした。しばらくお互いが刻んだり測ったり、すりつぶす音だけが響いた。
「よし、終わったぞ」
「ありがと。念の為計り直してから混ぜ直す。そっちにクルーティーダンプリングがあるよ、よかったら火に当てて食べて」
「人参入りか?」
「今回はりんご」
「じゃ食べる」
クリーティーダンプリングは昔ながらのプディングのようなもので、小麦粉をふった布で包んで大鍋の中で茹で上げたお菓子だ。クリスマスに食べるけど、スプーキーたちへの差し入れ用もかねて時期外れに作った。小麦粉のおかげで生地は魔法のようにちゃんとプディング状になるけど、表面はべとべと。焼いてこんがりさせて完成だ。
エバンがうきうきとナイフを入れて、ナイフに刺した塊をラクランの脇で大鍋をかけてある火にかざす。
ラクランはそれに頷いてはかりに集中した。
全てが正確であることを確認してから、手順通り大鍋に追加していく。自分の汗が一滴でも混ざらないように気をつけないと。煙からいったん顔を放して額に浮いた汗をふいていると、むしゃむしゃとダンプリングを頬張りながらエバンがなにか言った。
「なんだって?」
「本当に大変だなって言ったんだ!そうまでしてやらなくたっていいのに......幸運の液体は、飲んだやつが幸運になるんだろ?」
「そうだけど、なにか問題が?」
もう2回しだ!グイと力をいれて大鍋を時計回りに2回撹拌してから、一旦火を弱めて鍋の前の椅子からピョンと飛び降りる。さっと髪をかきあげてラクランは先を促した。
「たとえばの話だ。マグルを殺したい奴がたくさん殺せるようにフェリックス・フェリシスを飲めば、驚くほど簡単に事を成せ、闇祓いの介入も運良く受けないでいられる。お前はそれでいいのか?」
「どのタイミングでどう使うかは文句は言えないからね......ただ、言っておくがそもそも幸運の液体は運命をガラリと変える薬じゃないぞ」
「どういうことだ?クィディッチでは禁止だろ」
「それはボールの回転や風に味方されさえすれば、常に安定してバットでブラッジャーをとらえ、クアッフルをゴールに入れられる選手同士の話だ。クアッフルが持てず、シーカーがスニッチを見つけられないチームの決まり切った負け戦をひっくり返すような効能はない」
ラクランもダンプリングを一切れとってどかりとエバンの横にすわった。魔法薬は数時間おきに撹拌しながら、明日までとろ火で水分を飛ばす工程だ。しばらくは放置できる。
「マグルの話ならそれを成すための魔法の腕前が必要だし、どんな幸運にも避け難い......降りかかる死というのはある。幸運の液体は初めから存在している流れに一捻りを加えるだけで、全部を決めちまったりいい方向に持っていくものじゃない」
「でもお前は屋敷しもべ妖精にそいつを飲ませてレギュラスを助けたんだろ?」
「たしかに助け出せたけど、あれは今にして思えばレギュラスが死に飛び込んでいくような形だった。避け難い死じゃない。洞窟に行かないことだってできたし、クリーチャーを無碍にすることだってできたんだ、レギュラスは」
死んでしまうよりずっと良かったけれど、運良くロケットを持ち帰れてしまったために、レギュラスは異常にのめり込んでいるし、バーティもここのところおかしい。いっときの見境ない幸運で――あのとき幸運の液体を使えわない手はなかったのだけど――その後もちゃんとうまく転がる保証はない。
ぱちぱちと音を立てる魔法の緑の炎で、頬が徐々に温まって乾燥していくのを感じる。掠れた声で呟いてから、こちらを覗き込むエバンの顔は、長いこと火のそばにいるせいかすっかり真っ赤っかだ。
「......お前には迷惑な話だろうけど。避けられる死だとわかっていても、飛び込んどかなきゃ自分が自分でなくなるような感じは、俺もわかる。この薬も生き延びるためというより、飛び込まなきゃいけないときに飛び込む時に使うだろう」
「自分じゃ自分で...?自ら死地に突っ込んだりする君を、あんまり想像できないけど......」
「いいや?今はうまいこと避けてるが、じき生きるためにマグルを殺すか、自分を殺すかって状況になる」
「......それは状況の話で、君自身がどういう人間かって話じゃないだろ?」
「は?」
ついずっとラクランの中で燻ってる疑問が口から転がり出た。途端ストンとエバンの顔から感情という感情が落っこちて、まずいとこに踏み込んだかな、と怯む。
「......前から不思議だった。いろいろ小狡く立ち回るのが得意な君が、わざわざ過激な選択肢を選ぶのが。まるで自分で自分を追い込んで、選択肢から目をそらしてるみたいに」
俯いて顔を覆った隙間から、ハアと小さなため息が聴こえる。それでもラクランは下唇をかんで、恐る恐る心ににじりよった。
「お前はわかってないよ、わかってない。俺は死地に突っ込むんじゃなく、もうすでに死地にいるんだ。生まれたときから自分らしく生きる〜なんて選択肢はない」
エバンは笑おうとして失敗したように頬を引き攣らせた。
「逃げてどうにかなるか?いいやならない。俺たち魔法族はほとんどみんな近い血縁だ。血ってのは恐ろしいもんで、太古から魔法と馴染みがいい。血さえあればいくらでも探し当てる方法があるし、この体で生きる限り逃げるなんて無理だ」
「で、でも時間稼ぎにはなるだろ?失踪して探し当てられるまでに、対策を講じれば」
「対策を講じてなんだ?一回は良くても二度目、三度目は?殺すまでずっと怯え続ける?......ほらな、やるかやられるかだ」
冷えたダンプリングをくしゃりと握りつぶして飲み込んでから、エバンは火に杖をむけた。心を反映するかのように、トゲトゲとした様々な色、形に炎は姿を目まぐるしく変えていく。
「落ち着けよ、やるかやられるかなのはあくまで状況だ。差し迫った危険を、おれは本当の意味でわかってやれない。それは悪いと思ってるよ、友として不甲斐ない」
ジロリ、と目つきの悪いエバンの瞳がこちらを見るが、答えはない。ラクランは立ち上がって、火を落ち着ける。少しだけ鍋を攪拌して様子見した。大丈夫そうだ。
「でもさ、君はそれでこの一生をどう生きて、どう終えたいっていうんだ?それが見えないから、君はレギュラスほど思い切って飛び込まなさそうだと、そう言ったんだ。――君の恐れる縁者や強い人たちが皆んな死ぬのをじっと待つ?その先で本当にやりたいことは?それが定まらなきゃ、きっと幸運の液体は使えないよ」
背中側のエバンはじっと黙ったままだ。問うておいてなんだが、ラクランもこの先一体全体、何をどうしたいのかなんて大きい目標みたいなものはわからない。まずはみんなに迷惑をかけず、生き延びるためにフランスへ。その先は?
大鍋をぐるぐるしていたら、思考も堂々巡りになってきた。エンゴージオした木ベラを鍋に立てかけて作業を止める。
「まあいいや!とにかく薬は絶対完成させる。それまでにどんな目的に使いたいか、ちゃんと考えておいて」
「マグルを殺すのに使うかもしれないぞ」
「君はそれを望んでるの?――いいや、そんなもの望んでないと思うね。望んでるならなんだってホグワーツに戻ってきたんだい?」
ちっとも効かない脅しに、フンと笑ってみせる。
「絶対薬を完成させて、どんな状況だって君の望みのために幸運をもたらしてみせるから。君の思う良いことに、どうかちゃんと使ってくれよ」
太陽は日に日に早く昇るようになり、星は忙しく動く。一日一日を生きるのに忙しい生き物たちは待ってなんてくれない。
禁じられた森の林床を、ブルーベルの花が埋め尽くす季節があっという間にやって来た。あたりに青色の霧が立ち込めているようだ。足を止めて、すうっと鼻から息を吸い込み、ブルーベル特有の爽やかな香りと朝露でほぐされた土の匂いを感じる。
この朝露輝く散歩で、いつも植物をとったり、クィディッチを練習したり、暴れ柳に挨拶したりして過ごしてきた。それもこれが最後だ。
スプーキーたちがのりをきかせたガウンに、緑と銀に輝くフードを肩に羽織る。魔法使いらしく三角形にとんがった黒い帽子を被り、ぴかぴかの革靴に履き替えれば一日きりの晴れ姿の完成だ。カーテンを開けてベッドから飛び出れば、ちょうどバーティも身支度を整えたところだった。
「さすが、似合ってるな!教授みたいだ」
「君の方が上背はあるだろう」
「オイオイ!誰かカメラ持ってないか?」
そこへ帽子の角が曲がったエバンが駆け込んできた。
バーティが今生の別れかもしれないからな、と言いながら頷いてトランクを漁る。
その間に、ラクランはしかたなくエバンの帽子をはたいてきれいにしてやり、ピシッと整えた。
「まったく、最後まで決まらないな」
「あったぞ、さっさと撮ろう」
浮遊させたカメラがピントを合わせ、ちぐはぐな肩の高さでむりやり組んだ三人にむかってフラッシュをたいた。
「え!もう撮っちゃったの!?」
「別に動くんだからいいだろ」
「時間がないぞ」
再びトランクに杖の一振りでありとあらゆる全てを突っ込み、バタバタと部屋を出て、それから階段で立ち止まる。三人ぎゅうぎゅうのまま、すっからかんになった寮部屋を振り返った。
11歳から、17歳。自分の人生の約1/3を過ごした大きな城に、もう今後来なくなるかもしれないというのは、なんとも不思議な気持ちだ。
「君と同じコンパートメントに座ってよかったよ」
「僕も、なんだかんだ君と同じ部屋で良かった」
バーティと握手をする。エバンとも、ほとんど同じ部屋のようなものだったけど、同じ寮でよかったと握手をした。
湖畔の下級生たちに手を振りながら、一年生のときひどく不安な気持ちで乗り込んだボートに乗り込む。
「ラクラン!手紙を書いても?」
「もちろん。元気でな!」
もみくちゃにされながら必死で叫んできたクィレルにニッコリと手を振る。
「ほら、やっぱりお前だけそういうのを言われるんだ」
「監督生の面目躍如!」
「調子に乗るなよ、それでも卒業生か?」
「そうだとも!それ、ホグワーツ ホグワーツ ホグホグ ワツワツ...」
一人の首にはホークラックス、あとの二人の腕には闇の印。春の光を受けて金色に輝く湖面の上をボートはひとりでに滑る。あの明るい城に、もはや戻るすべはない。
列車内で昨晩ついに完成したフェリックス・フェリシスの小瓶を渡し、今一度交わした約束を確認して、三人は別れた。集まりやすい場所などどこにもない。コンパートメントの中で語らうのが精一杯で、キングズ・クロス駅についてしまえば、それぞれの置かれた立場に戻っていくだけだ。
「焼き増ししたら写真を送る」
「ああ、何かあったらすぐ連絡を」
「お前もな、フランス語でやっていけなくなったらいつでも言え!」
「バカにしてるだろ」
名残惜しむように、エバンは最後までラクランをおちょくった。それでも汽笛が鳴ってホームに着けば味気ないもので、さっさと姿眩ましで去っていく。
ラクランは一人、顔に残った笑顔の形が少しずつ消えていくのを感じながら、マグルらしいタータンチェックのシングルスーツに着替えた。
まず立ち寄るのはマグルの床屋。黒色がだいぶ抜けて、少し傷んだ髪が暗い赤褐色になってしまっている。
また黒く染め直して、爽やかなマグル風のシリウス・ブラックの髪型にカットしてもらう。それからコンタクトレンズをつけて、レンズだけ魔法でくすんだ色にすれば変装の完成だ。あまり堅苦しいのは嫌なんで、せめてもの抵抗につけた深いグリーンのニットタイを整え、レデュシオで小さくしたトランクを小脇に抱えて公園の茂みへ入っていく。フー、と息をひとつはいてから、パチンと姿眩ましした。
姿現ししたのは、記憶にあるより一段と暗くなったグリモールドプレイス12番地。
「ゴホン、アー、おい!もどったぞ」
ラクランはぎこちなく声をかけてみる。
「ああ、ラ......シリウス様......」
クリーチャーが信じられないほど重い足取りで現れた。何があったんだ?
「さる人からの手紙で、こっちに来るよう言われたんだ」
「は、はい、オリオン様のお墓をお参りしていただきたいとのことです。それに、奥様のお薬も......」
「薬?」
「穢らわしい盗人ども、半獣、祖先の顔に泥を塗るもの!」
上階から恐ろしい声が聞こえてきて視線を上にやり、クリーチャーに戻す。
「あれが...?」
「オリオン様が亡くなられて、だんだんとあのように......」
ホグワーツを出て早々、最初の難題だ。しかしオリオンさんには是非とも花を手向けたいところだし、二人に頼まれた仕事はこなさなければならない。ラクランはつばをぐっと飲み込んで覚悟を決めた。ひとまずトランクから軟膏にした安らぎの水薬を自分の手に塗りたくって、心を落ち着ける。
可哀想に心を痛めているせいか自分を罰して指やら足やら、いろいろなところを怪我しているクリーチャーをいたわりながら、そっと上階に上がった。
以前にチラリと扮装して顔を合わせた時とは、変わり果てた姿のヴァルブルガ・ブラックがそこにはいた。
「......母さん、いったいなんだってこんな?」
「母さん?あなたそんな言葉を知っていたの?ババアしか覚えないものかと......ブラック家の全てが崩壊してから今更!」
瞳がかちあって、一瞬正気になったように見えたヴァルブルガが、激しく涙を流し始める。
「母さん、今は薬を飲んでくれ」
「いや!そういって私までをも殺すつもりでしょう?ブラック家が絶えてから血を裏切るものどもに明け渡す!そうはさせないわ、ああでも男系は途絶えてしまった!呪いあれ!闇あれ!」
「母さん、そんなことは誓ってしない。誓って」
自分の手のひらをそれとなく痩せ細った手の甲に重ねて、軟膏を塗って少しずつ心をやわらげていく。
「大丈夫、大丈夫......さあ、薬を飲もう」
ヴァルブルガに処方されているのはおそらく傷つき砂の城のように崩壊している精神を補強するための強化薬に、それを落ち着けるために一緒に飲む生ける屍の水薬。ひどく叫んで喉もおかしくなりそうだから、はちみつをたっぷり入れた紅茶ご一緒に出そうか。
「クリーチャー!」
シリウス・ブラックがそうすると教わった通り呼びつけた。
まず強化薬。少しずつ飲んでもらっても魔法力がうねり精神が昂ってしまう。紅茶にはちみつと安らぎの水薬を手早く加えて混ぜ合わせ、そっと手渡す。
カップに口をつけるまえに、ふいに光が戻ってきた灰色の瞳がラクランの目をきろりと射抜いた。
「その目、なにが入っているの?」
「ああ、望遠鏡になるんだ、ほら」
コンタクトレンズに杖をむけて、簡単な像の拡縮の魔法をかけて見せる。
「なかなかいい魔法道具だろう?」
「そう......」
穏やかに返事しながら瞼を閉じたヴァルブルガにほっと息を吐き出し、ロッキングチェアまで浮かせて丁重に運ぶ。窓辺にはブルブル震える木、トロールの足でできた重たい傘立てはズリ!と足で脇へ避ける。
げっそりとした気持ちを癒すべく、クリーチャーとオリオン・ブラックさんの墓へ向かった。
大変な仕事を任せてくれたけど、死者を恨むものではない。安息をお祈りしてから、慣れない呪文――オーキデウスを唱え、ブルーベルの可憐な花束をそっと供えた。
隣ではクリーチャーがさめざめと泣いている。
屋敷は数回しか行っていないけれど、あんなふうに蜘蛛の巣が張っているのは初めて見た。あの夫人とまた二人きりに戻すのは忍びなかったが、ラクランはフランス行きが控えている上、ブラック家の血族がつながった煙突飛行ネットワークからいつ来るともしれないからレギュラスも置いておけない。気の触れたヴァルブルガには通じても、ほかの魔法使いにこの扮装が通じるとも思えなかった。
「クリーチャー、今度薬の他に夫人の気を落ち着かせるキャンドルを作ってみるね。君が自分を罰していては、夫人のお世話もできなくなってしまう。君はブラック家の立派な屋敷しもべ妖精だよ。レギュラスも、おれの命も救ってくれた。だからどうか、自分を罰したりしないで。おれは君の主人じゃないから、これは友人としてのお願いだけど........」
「戻ったな!トム・マールヴォロ・リドルだ、父上がこぼしていたラストネームと一致している!それにこの名前は、ヴォルデモートのアナグラムだ!」
「レギュラス、お母上の心配もしないのかい?」
「気がおかしくなったと言うんだろう?お気の毒だが、僕が行けば間違いなくもっと狂ってしまわれるよ。もはや後戻りはできない。関わらないのが一番だ」
「そうはいっても、クリーチャーもボロボロでかわいそうだ...せっかくお母さんが生きてらっしゃるのに」
「父上との約束が優先だ!」
髪はじいちゃんによって縛られた形跡があるが、レギュラスの顎鬚は相変わらず伸び放題、異様な早口で、たしかにヴァルブルガさんが見れば卒倒しそうな有様だ。
ラクランは肩をそびやかして椅子に腰掛けた。
「リドルはどうみてもマグル姓、しかしスリザリン寮で特別功労賞ももらっていて優秀だった」
「リドルなんてこのへんでは珍しいけど、イングランドのほうじゃ別に珍しくもないだろう。探偵にでも頼むか?」
「たんてい?なんだそれは。聞き書きをする人か?」
「他人の動向なんかを調べてくれる業者がいるんだ。トム・リドルについて依頼してみよう。マールヴォロのほうはなにか?」
「予言者新聞に問い合わせて、バックナンバーをふたごの呪文で送ってもらった。占い学の研究で過去にあった小さい事件を見ています、と騙ってね。魔法省の記事では、マールヴォロ・ゴーントの名があった。スリザリンに連なる古い家で、純血主義の聖28一族のひとつだ。だが.......」
レギュラスがひらり、と見せてきた記事はごくごく小さいもので、見覚えのある変わり映えのしない枠で囲われた訃報のお知らせだった。もう一枚いくぶん新しい新聞を取り出す。
「マールヴォロ・ゴーントの息子とするには年代が離れ過ぎている。マールヴォロ・ゴーントには息子がいて、彼の名前はモーフィン・ゴーント。彼も投獄と、獄中死の報道が出ている。ゴーント家は彼で最後だ。結婚した記録もない」
「でもトム・マールヴォロ・リドルはいる、と......参ったね。とりあえず探偵に依頼してみるか」
「探偵はそうそうまともなのはおらんぞ、ラッキー。シャーロック・ホームズの読みすぎだ」
ドン!といっぱいのホットミルクが入った大きなマグを出してもらって、飛び上がりながらただいま、という。じいちゃんは少し頬がこけたし、いつの間にやら目線も並んだが、相変わらず大木や岩のようだ。
「探偵がシャーロック・ホームズみたいな切れ者ばかりなら、世の中警察はもっと暇してるか」
「まったく調べ物でウキウキしおって、おおよそそんなことだろうとは思ったわ.......いいか、昔の人間を調べるにはな――親族なら戸籍だの復員した同じ部隊の仲間だのが一番手っ取り早いが――一番は家だ家!」
「ゴーントの家か......古い家柄なら、確かに立派なものがあっても不思議じゃない」
「魔法族の家はマグルと違って立派なものほど隠してしまう。当時を知る人以外は、魔法が朽ち果てるまで人の目に入ることはない」
「当時を知る人かあ.......待てよ、いるじゃないか」
クリーチャーは長生きな屋敷しもべ妖精だ。ブラック家に仕えるものらしく魔法も優秀で、賢い。
クリーチャーを呼び出したレギュラスは、そのボロボロ具合に瞠目した。
「クリーチャー、一体...?」
「だから見に行けって言っただろ、これでもハナハッカのエキスで治した方なんだ」
「じ、自分で自分をお仕置きしたのでございます......クリーチャーでは、ヴァルブルガ様のお辛いお気持ちを癒すことができませんので......」
「そうか......それはすまない。体に気をつけてくれ」
ラクランはレギュラスをドンとエルボーで攻撃したが、それ以上なにか出そうになかった。
「クリーチャー、君が長生きの優れた屋敷妖精とみこんでのお願いだ。君はゴーントの一族を知っているか?」
「ハイ、もちろんでございます。聖28一族に数えられる、由緒正しい一族です。スリザリンの子孫であるとかで......今は寡聞にしてその名を聞きませんが」
「最後の男性がアズカバンで獄中死していて、男系は滅びている......」
このままいけば我が家もそうなるな、とでも言おうとしたレギュラスを、ラクランは再びどついて黙らせた。
「ゴホン、それで、屋敷の位置はわかるかな?」
「財をなすこともなく、妖精もいなかったはずですが......存じ上げております」
「本当か!」
「少々お時間いただければ、クリーチャーが確認してまいります」
パチンと虚空に消えたクリーチャーに、揃って口をポカンと開ける。二人が何か音を発する前に、再びパチンと音がした。
「お待たせいたしました!ほったて小屋のようで、酷い有様ではありましたが......たしかにゴーントのお屋敷です。リトルハングルトンというマグルの町の、はずれにございます!」
取り立てホヤホヤの免許に着替え、ちょっとしたサンドイッチに、ブランケット、それにガス、小鍋に、懐中電灯。ふと横からぽす、とクッションが投げ入れられた。
「これも持ってきな。ジジイを長いこと乗せるにはハードなシートだから」
「ああうん、ありがとう」
「頼むから事故起こすなよ!」
「左に鬼教官がのってるから大丈夫さ」
リチャードから借りたフォードに荷物を満載して、後ろの席にレギュラス入りトランクを載せ、窓から右手を出して手を振った。
「ここらで気をつけるのは湿地と羊くらいだ」
「わかってるよ〜」
リチャードの姿がしっかり見えなくなってから、トランクの蓋がパカリと開き、レギュラスが現れる。
「グレートハングルトンまでだいたい5時間、トランクにいた方がよくないか?」
「中が揺れるんだ!気持ち悪い。やっぱり僕だけ姿現しで......」
「クリーチャーをまた酷使するつもり?それに、君は気づくと先走って死にかける。あ!忘れてたけど、ロケット。じいちゃんに渡してくれる?」
「それは......できない。申し訳ないが、仮にもサラザール・スリザリンの遺産だ。非魔法族の方の手には......」
「まあ、それはそうか。しかし、そんなスリザリンの血筋の家がマグルの町外れにあるっていうのもびっくりだよな」
「ラクラン羊がおるぞ!シフトダウン!」
「見えてる見えてる」
実地教習をじいちゃんとリチャードのもと家の周りでやって、ペーパーテストに合格したラクランは初心者も初心者だ。アランの心配ももっともで、横断する羊の群れを前に一時停止した後、さっそくエンストした。
「ハァ〜何時間かかるんだろうね」
「じいちゃんの病院までは1時間くらいだよ」
「リチャードが80マイルでぶっ飛ばしたら、の話だ」
「あちゃー、まあ、なるべく急ぐから付き合って?」
「......クラッシュされても困る。仕方ないね」
レギュラスは青い顔をしかめて、おとなしく座り直した。
ゴーント邸に行きさえすれば問題が解決するなら姿現ししたっていいが、問題は"リドル"だ。マグルの街と近いなら、そこで生まれてる可能性がある。となるとマグルに聞き込みが必要だった。
ラクランは魔法界ではもう立派な成人だが、マグルの法律ではあと一年足りない。レギュラスは車さえちんぷんかんぷんだ。舐められずマグルから情報を聞き出すには、じいちゃんのような偏屈でイカついマグルがピッタリだった。ついでに病院にも連れてかなきゃいけないというから、初心者教習の教官に任命した次第だ。
「ラクラン!」
「今度は何?」
「べジャスだ!」
調理すれば絶品のヤマシギがジグザクに飛んでいく。ラクランもついハンドルに肘をついて目で追った。
「あ!あ!道を外れるぞ!!」
「おおっと」
「頼むよ運転手君!」
サンドイッチを食べた後、車内の匂いでさらに気持ち悪くなったレギュラスが要スコージファイ状態になったり、病院で思ったよりたくさん薬を出されたじいちゃんが凹んだりはしたけど、なんとか明るいうちにグレートハングルトンの看板が見えてきた。
ハドリアヌスの長城を越えてしばらくは、延々続く草原の中のサングラスをかけた観光客が歩いていたが、グレートハングルトンに近づくとだんだんと霧深く陰気な雰囲気になり、黒っぽい湖に岩が点々と浮かぶようになってきた。
ハイランドのような雄大さもなく、ゴロリと無造作のころがされたような不気味な岩たちのむこうに、荒れた墓場が見えてくる。
「どうやら、ここのようだ」
すっかり慣れた半クラッチでゆるゆると徐行しながら、窓ハンドルを一周だけ回してひび割れた看板を確認したじいちゃんがつぶやいた。
「うちも大概だが、しけた町だな」
「そういうなよ、少なくともここはパブがあるぜ」
「運転お疲れ様。降りてみよう」
「"ハングドマン"だ?嫌な感じだな」
「"ハングルトン"だからじゃないか?鍋かけフックのことだろ」
パブでの作法は人生のセンパイに任せて、ラクランとレギュラスは大きな背中のあとに続いた。
「テーブル。ギネス3パイント」
「そっちが空いてるよ。見ない顔だね、どっから?」
「ちょいとグラスゴーからね、こいつの下手くそ運転の練習にきたんじゃが、腹が減ってかなわん」
「だからそんな話し方なの。うちはフィッシュアンドチップスしかないよ」
肩をすくめて注文を終えた。カウンターのすみに3人ほど固まって座っていた男たちは煙を吐き出しながらなにかコソコソ喋っている。
「アー、せっかくここまできたので。どこか観光にいいところは?歴史とか」
「ストーンサークル、ストーンサークル、ストーンサークル」
「散々見てきたのと一緒ってことね、オーケー」
ラクランが努めてきれいな発音で尋ねてみたが、やっぱり無愛想は変わらなかった。こういう人らしい。けれど、またカウンターがコソコソしている。
ギネスボールがドンとおかれて、グイ!と飲み干す。乾いた喉にビールはうまい。黒ビール特有のコーヒーみたいな匂いが鼻をぬけていく。レギュラスはヒゲにきめ細かい泡をつけて目を丸くしている。マグル製のきめ細かい泡は魔法界じゃなかなか味わえない。
「なんだ、そこの若いのは初めてか?」
「ウィスキーを飲んで育ったからね、あ、どうも」
あきらかにあんまり美味しくなさそうなフィッシュアンドチップスがドンと置かれた。油が臭いから、きっと古いものを使っているんだろう......。ゲンナリとしながら、じいちゃんが魚のフライのほうにテーブルソルトを振る。
「モルトビネガーもかけといた方がいいぞ。それでなんとか食べられる」
「ピクルスもな」
「ご教示ありがとう、じゃあ、ガーキンはありますか?」
「それならあるよ」
カウンターでいろいろ言われているというのに、ラクランの注文にしれっとした顔で女性はツカツカと奥に下がって、キュウリのピクルスがゴロゴロ入った皿をもってきた。
「ありがとう。それじゃアドバイスのお礼に、あちらの皆さんにそれぞれ一杯」
「ヒュー!ありがとよ若いの!」
「お礼にちょいと面白い話を聞かせてやるよ。この町の本当の"ハングドマン"の話さ」
レギュラスとラクランはパ!と顔を見合わせた。お酒の席は話が思わぬ転がり方をする。アランだけがどっかりと深く腰掛けて、グラス片手に先を促した。
「あの話、どうやら当たりだな」
「ふん、辺鄙な町だから、43年以来他にこれといった話の種がないんだろ」
「1943年といえば、モーフィン・ゴーントが最後の投獄をされたタイミングと重なる。43年とするならば、トム・マールヴォロ・リドルは成人していないはずだが......」
すっと涼しい風が吹き、夕暮れが迫る中、今は人に入らない不動産になっているというリドル邸へ歩く。とりあえず、リドル家に魔法の痕跡がないか確認をしたかった。立派な門は開かれていて、懐中電灯を使いながら歩みを進める。ホーホーとどこかでフクロウが鳴いた。
「袖で隠して、魔法を使ってみようか」
「ああ、それがいい」
じいちゃんに懐中電灯を渡して、薄手のカーディガンの袖口から杖先を出す。そこへザッザッザッと何か引き摺りながらこちらへやってくる足音が聞こえた。
杖をふたたび腕の内側に隠したところで、正面からランプがにょき!と現れる。
「アンタらここで何しとる?!」
年の頃はじいちゃんと同じくらい。でも髪はぼさぼさ、シャツもだるだるで、随分老け込んでいる。ランプをかざしておいて、自分が眩しそうに目を細めた。
サッと懐中電灯を下げたじいちゃんが手を広げる。
「夜分にすまん。人はいないと聞いていた。悲劇的な事件が起こったという屋敷を見てみたくてね」
「人がいないというのは町のやつらの趣味の悪い嘘だ!わしは旧リドル邸の庭番、フランク・ブライス。今も庭番だ。一度もここを見に来やしねえご主人のな」
警戒心たっぷりのブライスさんが、じいちゃんの差し出す手をランプでまじまじと照らす。
「あんたその訛りに手の銃創、ハイランダーズか?」
「ああ、ブラックウォッチだった」
「じゃーあんた!ダンケルク撤退も!?」
途端に跳ね上がった声量に、びくり、と飛び上がる。ラクランには何度か覚えがあった。年齢的にも、第二次世界大戦に従軍した人なんだろう。
「ああ、不甲斐ない撤退だった......ノルマンディも、バルジにも従軍したがね」
「こいつぁたまげた!いや〜!!」
打って変わって上機嫌になったブライスさんに、レギュラスが不審な顔をするが、背中を押して導かれるまま小屋へついていく。容疑者本人から話を聞いておかない手はない。
ただでさえ希少な仲間が日に日に老いて死んでいくじいちゃんにとっても、ブライスさんは嬉しい驚きだった。
予想通り、激戦だったダンケルク撤退戦で従軍していたブライス青年は足を怪我し、それで故郷のリトルハングルトンに戻ってきたという。じいちゃんは褒賞厚く、士気の高いハイランダーズでいくつもの戦争に参加しているから、思い出話も話せないこともいくらでもあったが、ブライスさんは真逆で、ダンケルク撤退戦のことを2回も3回も話した。
二等兵に水を分けてもらった、ハイランダーズにボートに引き寄せてもらえなければ、フランス兵と一緒に死んでいた、兄は激戦区カレーで、自分のかわりに死んだ。
カレーでの激戦も、ダンケルクの撤退劇も、学校で習うことだが、誰かの犠牲の上でこうして生きてるとこんなに強く魂に刻まれてしまう体験というのは、やっぱり壮絶だ。ラクランたちは固唾を飲んできいた。
4度目にループを抜け出して、やっと1943年の話になった。
「かたわになったわしを再び雇ってくだすったのに、わしは愚かにもあの晩寝こけていた......犯人だと言われたってしかたない」
「違います。あなたはやっていないんですよね?」
「ああ。気づいた時にはリドル家のみなさんは死んでいた。眠るように、どこにもひとっつも傷もなく。でも目はばっちりと見開いて。一体全体なにが起こったかわかりゃしない。死神がティータイムにでも来たか?なんだってあんな気のいい人たちが」
「そうですね、誰だって死んでいいものではありませんが、本当に......」
「いや、スマン!おもてなししようと思ったのに!」
「いやいや、辺鄙なとこまで来たが、あんたに会えて良かったよ。あんたもそう簡単にくたばるなよ?」
「おう!もちろんだとも!!」
拳と拳を突き合わせ、鼻をすするブライスさんに手を振り、車へ戻る。
じいちゃんを連れてきたのは大正解だ。遺体発見時の話を聞けるだなんて。あの感じだと、死神は決まりだ。
「おそらく血縁者であるマグルたちを死の呪いで殺し、魔法界ではモーフィン・ゴーントに罪をなすりつけた」
「さらに、マグルの世界ではあんな忠誠のかたまりのブライスさんにもね」
「1943ということは、在籍年数からいって16歳......そんなに若い頃から殺人なんて......」
「戦争中ならやったかもしれんが、正気の沙汰じゃないな。ほれ、車を出せ」
じいちゃんに促され、アクセルを踏む。少し街から外れたほうに、道の痕跡が見える。古い馬車道のようだが、何かありそうだ。ゆるゆると走っていたところで、レギュラスから声がかかった。
停車して、エンジンとライトはつけっぱなしのまま、車を降りる。
「この辺り、魔法の痕跡が色濃い......クリーチャーのサインがあった、まちがいない」
イナズマのようにS字が描かれた地面を足で擦って消して、レギュラスはそっと胸のあたりを抑えた。
「ホメナム・レベリオ!レベリオ!カーべ・イニミカム!」
ラクランがざっと警戒や正体を暴く呪文をかけているうちに、レギュラスはズンズン歩みを進め、左腕を杖でなぞってスッと切った。血が滴ったところから、廃墟が現れる。洞窟と同じ仕掛けか。
だんだんと靄が晴れるように、屋根が落ち壁が崩れている小屋が見えてきた。
「うちと大差ないな」
「じいちゃんにも見えるの?じゃ、本物だ。念の為、車で待ってて」
パリ、パリとガラスを踏みながら、小屋へ入る。血を捧げる仕組みはあったが、洞窟に比べて随分と守りが薄い。倒壊は自然に起こったもののようで、柱の折れ方も腐食具合も不自然なところはない。
「分霊箱は空振りかもな、少なくとも16歳で人を殺してるってことがわかって――レギュラス?」
部屋の中でしゃがんだレギュラスが微動だにしない。一体どうしたんだ?
「おい?レギュラス??」
一歩、ラクランが近づこうとした瞬間に、バ!と勢いよく立ち上がったレギュラスが、胸の辺りを押さえたまま簡素なビューロー型のドレッサーに向かって一直線に走る。おかしい。胸の辺りを......?ロケットだ!
「レギュラス、止まれ!ステューピファイ!」
ウッカリ慌てて声を出してしまったばっかりに、呪文を無言呪文で弾かれる。悪いことに、武装解除されたらしい。杖が手から吹っ飛んでいく。ビーターの動体視力で一瞬杖を追って、レギュラスに突進するその間に、レギュラスの右手はなめらかにドレッサーの引き出しを開けた。
黒い煙のようなものがどっと溢れ出し、部屋中をつつむ。黒い霧の向こうからバーティやエバン、おれの幻覚(だっておれはこっちにいる)が現れたあと、今度は肌艶のいいヴァルブルガさんやオリオンさん、きちっとしたみなりのシリウス・ブラックが現れた。レギュラスは杖を取りおとしてボーッと立っている。
「レギュラース!!!」
叫んでもがくが、あたりに立ち込めた黒い煙が悪魔の罠のようになって、ラクランにからみつく。地面に引き倒された衝撃でガラス片が舞って、頬や手を切った。
「アク、シオ!おれの杖!!」
杖なし魔法は異常に難しい。奥歯を噛み締めて無理やり呼び寄せる。壁をぶち破って杖が現れた。
「ルーモス・ソレム!!」
悪魔の罠のようななにかが光を避けていく一瞬の隙に、レギュラスに飛びついた。その瞬間、黒い煙が消える。
「よかった、とにかく一旦離れよう......レギュラス?レギュラス!」
いつ嵌めたのか、レギュラスの左手には見慣れない金の指輪がはまっていた。手首の方から、壊死していくように皮膚の色が赤紫、そして青っぽい色へ次々と変わっていく。呪いかなにかか?とにかく引き剥がそうとしても、レギュラスの右手がそれを邪魔する。
「なにする!君、死ぬぞ!」
おかしい。目の焦点があっていないし、応答もしない。ロケットをつけてるせいだと当たりをつけるが、やっぱりこっちも鎖に手を伸ばすだけでもがいて殴られる。ついに首筋まで色が変わり始めた。
「恨むなよ、レダクト!」
「あああああ!!」
「じいちゃん、運転!」
痛みに痙攣するレギュラスの身体と杖を引っ掴んで車へ向かって走る。あれも分霊箱なら、ロケットのときはなかった反応だ。なにか感知されてるかも知れない。
義手を砕いたことによって地面に落ちた指輪が、背後で回転をやめカランカラン、コトと倒れた。何かが後ろにいるように、背中の毛が立つ。とにかく振り向かず走り、後部座席のドアをあけてレギュラスもろともなだれこんだ。
「出して!」
ブオン!とエンジンが唸った。
失神呪文で気絶させてから、鎖の痕が毒々しい色になっている首元からロケットを外し、自分のズボンのポケットに捩じ込む。今度はすんなり外せた。やっぱり、あの指輪は分霊箱だったんだろう。二つを近づけたりしたから、確実に略奪者を仕留めようとしてきた。
「すごい声が聞こえたが、何があったんだ」
「せっかくつながった神経をまたズタズタにしちゃったんだ。どうしようもなくて......ここから大きい街は?」
「ダンフリースだ。だいたい1時間」
「悪いけど、そこまで行ったらおれ姿眩ましする。病院に行かないと......」
「レギュラスは亡命中なんだろうが?」
「このまま死んじゃうよりいい。それにあそこは秘密をちゃんと秘密にしてくれるよ。医療機関てそういうものだろ」
赤黒くなった腕にハナハッカのエキスをかけてみるが、ちっともきかない。じわじわと進む首のほうの赤紫色の鬱血も焼石に水だ。壊死のような症状に見えるけど、酷い壊疽がのこっていると、そこから感染が広がって酷い痛みや血流障害が起こってしまう。このままどんどん壊死が進んで行ったら.......自分の手も震えてくる。
ラクランにできることは、揺れる車内でひたすら鎮静に努めることだけだった。
ダンフリースでじいちゃんと分かれてじいちゃんには悪いけど一人で帰ってもらうことにした。もし闇の帝王がロケットを追っているなら、一緒にいない方がいい。
聖マンゴ病院の近くの裏路地へ付き添い姿現しして、浮かせたレギュラスを目眩し呪文で隠して聖マンゴまで運んだ。
「急患です!!魔法道具でひどい呪いを!どうか!」
苦戦してなが〜くなりました。申し訳ない!
もう捏造箇所しかないので捏造紹介はやめようと思うんですが、一応分霊箱まわりの整理です!
<ラクランたちが持っている情報>
・作り方→闇の魔術、殺人で魂を引き裂くことは知らない
・破壊方法→許されざる呪文や悪霊の火などの反対呪文のない闇の魔術などと推測、闇の帝王本体がピンピンしてるため破壊できず。
・ヴォルデモートが作った個数→スリザリンのロケット確定、今回で指輪もほぼ確定。現在2つ。いくつあるか洗い出し中。今回16才当時で悪行を働いたことが明らかになったので、もっと多い可能性が濃厚に。
・ヴォルデモートの正体→
①ひとつめの「スリザリン」と急進的純血主義の思想からイギリス魔法族、スリザリン出身と仮定
②純血の親戚やスリザリン寮としての横の繋がりが強いため、同世代で首席になるくらい華やかで目立っていた生徒の中で消息不明な生徒をオリオン・ブラックに聞き込み、在籍年数と活動年代でトム・マールヴォロ・リドルと推測。
③今回でほぼ断定。
という状態です。
スリザリンのロケットってわかる人(純血魔法族)には情報いっぱいで血縁をたどりやすいアイテムだと思うんですが、ダンブルドアの日記(+バジリスクの毒で破壊◯+グリフィンドールの剣で吸収)・前々からライフワークとしてマールヴォロ・ゴーント、モーフィン・ゴーントにたどりつき、周辺人物やご本人から高度な開心術で情報getしているのと比べると圧倒的に情報量が少なく危険です。
ダンブルドアは指輪についている石への好奇心や欲望に抗えず呪いを受けましたが、レギュラスはスリザリンへの憧憬とアランをリスペクトできるようになった振る舞いの成長によって、奇しくもロケットをつけたまま調査に行き、精神的に影響されてしまって呪いを受けることになりました。幸い義手ではありましたが、ダンブルドアとスネイプで片手ミイラ化だった呪いに聖マンゴは太刀打ちできるでしょうか.......。(症状が壊死っぽかったので急速に進む壊死っぽく書いてます)
あと、屋敷しもべ妖精がやっぱりすごい。クリーチャー、インタビューとかX上のローリングさんの発言によるとめちゃくちゃ長生きらしいので、「まだゴーント家があったころ」の記憶を引っ張り出してもらいました。
でも精神崩壊したヴァルブルガと共に生活するのはキツそうです。主従関係が残っちゃってるだけに...。
<エバン、バーティの状況>
・バーティ、なんだか不穏
ロケットを持っている時不穏な感じです。嫌な予感がしますね〜。
クラウチ・シニアがどんどんやり過ぎてデスイーターにしても功が必要だし、かといって本当に真からデスイーターらしく過激に荒らしたいというより、腐り切った魔法界と父親を切除したいのが1番の目的(のはず)なので本人も精神的に疲弊していそうです。
・エバン、実は一番現実見えてる...?
原作ではディメンターのいるアズカバンへ収監されることを断固拒否したこと、結構やりてであることくらいしか情報がないのですが、収監や取引より戦って死を選ぶのはゴリゴリの狂信者かディメンター絶拒のどちらかかと思います。ベラトリックスは捕まっても堂々としていて元気なので、暗い行き先は見えていてそれをどうしても回避したいけど、逃げることもできない「状況」を認識しているということにしました。どんな目的を持っているのかは、ラクランも彼もまだわかりません。