スリザリン寮は地下にある故少々暗い。窓の向こうでは森ではなく、藻が揺らめいており、時折何やら大きな影が横切っていく。ひどく静かで、黒、緑、銀の落ち着いた色遣いの調度品に溢れた空間を、ラクランはまあまあ気に入った。
とはいえそれは施設の話である。寮そのものの雰囲気に、ラクランはどうにも馴染めそうになかった。
長たらしく辿々しい監督生の説明は修飾語が多くて大事なことがわかりにくかったし、ライムグリーンのハンカチで汗を拭ってはチラチラこっちを伺うスラグホーン先生はうざったい。チキンやポテトの匂いを撒き散らす顔にお弁当をつけた同級生たちはとても建物の品格に似つかわしくなかった。
何より、寮に入るときの合言葉が純血ときた。
"マグル生まれ"のおれは寮を出入りするたび嘘をつかなくちゃいけないじゃないか。いやな話だ。
「やあ、やっと君たちの番だ。待たせてすまなかったね」
そう人数はいなかったが、3人ずつが自分のトランクが運ばれている部屋に入っていくのに異常に時間がかかって、「B」と「L」なのになぜか同じ最後の一組になったラクランとバーテミウスは、談話室で随分と待たされていた。
あいも変わらず汗だくのスラグホーンにラクランがひょいと頭を下げると同時に、バーテミウスが落ち着いた声音で先生を宥める。
「いいえ。満腹になってしまっていたので、ちょうど良い待ち時間でした。先生は"状況を考慮できない人たち"の部屋割りで手こずられたんでしょう。お気になさらず」
初めは穏やかに話始めたが、よっぽど同級生たちに失望したのかひどく軽蔑した顔で長ったらしく言い放って、フンと鼻を鳴らして締めくくった。
スラグホーンは少し面食らった顔で頷き、それからまた申し訳なさそうな顔をして、今日は早くベッドに入って、よく寝るように、と念押ししてから去っていった。
「随分機嫌が悪かったじゃないか」
随分とこじんまりした部屋には、すでにトランクが運び込まれていたけど、流石に机の上に置く本や大鍋の配置は自由でいいらしい。綺麗に整えられたベッドをバサバサやって空気をいれつつ、ラクランは声をかけてみた。
「ああ、同級生のせいでね」
やっぱり怒った固い声で、バーテミウスが端的に答える。
「アー、確かにみんな我こそが王!って感じだった」
魔法界の王族なんだと言われていたレギュラス先輩が静かに振る舞っているのに、嫌に踏ん反り返って屋敷しもべはどこだの、お茶が口に合わないだのとわめく同級生たちを思い浮かべる。
「それだ!学生というのが今の僕たちの身分なのに、王様みたいにふんぞり返って部屋にケチをつけるなんて、みっともない。組み分けを終えた今になってもまだわからないだなんて」
「脳足りんてこと?」
「汚い言葉だがそういうことだ。同学年として恥ずかしい。あと、毎年のことだろうに段取りが悪い監督生と寮監にも呆れてしまった」
「ふふ、じゃあ君は全部気に入らないんじゃないか。そうは言うけど、さっきの君も貴族様くらいだったぞ」
「貴族様?どこでそう判断を下されたのかご教授いただきたいね」
「そういうところさ!君っていちいちちょっとインギンなんだ。違う?」
揶揄ってみたら、少し心配になったらしくて、また蛇のように舌をちろちろ動かしている。頭がすごくよさそうなのに、なんだかこういうところで妙にわかりやすいのだ、バーテミウスは。
ラクランはふふんと笑って頭の後ろで手を組んだ。背筋がのびてポキポキ鳴る。
「ま、おれは気にしないけどさ。スラグホーン先生も気のいい人だよ、先生は砂糖漬けパイナップルが大好物で、毎晩食べてるんだって。きっと今夜も飲んだり食べたりして、きっと明日の朝には忘れてるよ」
「なんで先生の好物なんか知ってるんだ?」
「スラグホーン先生が入学を知らせに来てくれたんだ」
「ふうん。僕たちもお茶を飲んで寝ようか。この部屋はキッチンもついているみたいだし」
ちらりと視線を部屋の隅のコンロにやって、バーテミウスはぐるりと目を回した。
「庭小人用かとみまごうほど小さいけどね」
「何だと、立派なキッチンだろ。食材はあまりないけどね...うーん何食べようか」
キッチンに向かってラクランが腕まくりした途端、パチン、と音がして肌色の生き物が空中から転がり出た。
「スプーキーをおよびですか!クラウチ様、ケイヒル様!」
「こりゃビックリ、屋敷しもべ用だった。この子もそうだよね?」
ウィンキーがいても突然現れるのはやっぱり驚くらしい、目を丸くして固まっているバーテミウスを振り返って、ラクランは肩をすくめた。
「ハイ、熱いよ」
「ああ、ありがとう」
マグを差し出すと、バーテミウスは行儀良く受け取ったが、匂いを嗅いで眉をしかめた。
「これはなんだ?」
「アソル・ブローズだけど。知らない?」
「ブローズなら知ってる。オートミールの仲間だ」
「そのブローズにはちみつと塩少々、ウィスキー入れたやつ。あっためてアルコールは飛んでるから安心してくれ。味は保証するぞ?おれは油ぎったチキンを食べる気になれなかっただけで、他のものはいろいろ食べたけど、君は食事の間ずっと何か考えてたから。お茶を飲むって言ってたけど、腹も減ってるだろうと思ってさ」
ことさらギョロギョロとした目の屋敷しもべ妖精――スプーキーというらしい――はそれとは別に、甘くて美味しいミルクティーを淹れてくれた。
なんでも、ホグワーツの食事はたくさんの屋敷しもべ妖精たちによって作られているらしい。
もちろんこの部屋でも料理してくれると言ったけれど、揚げた菓子や甘すぎるトライフルが好きじゃなかったラクランは丁重にお断りした。じいちゃんと暮らしてきた影響で、味覚が老人仕様なのだ。大広間で出ていた食事はじいちゃんならすぐ酒で荒れた胃を痛めるものばかりで、匂いだけで胃もたれしそうだった。それを伝えるのも可哀想だから、自分で作ることにした。
スプーキーはベテランですから!こだわりの強い魔法使い様には慣れっこです!と嬉しそうに叫んで、お願いした食品を持ってきてくれたが、同級生のようにニンジンだのトマトだのを嫌ってるわけじゃなかったので、ちょっと心外だった。
「お天井は焦てもいいです!お怪我だけはお気をつけて!」
しかして、スプーキーの忠告は当たっていた。
今は大人しく座ってアソル・ブローズを食べているバーテミウスだが、その眉は不機嫌に寄っている。
この十数分の間にラクランがなにかするなら、と湯を沸かすのに挑戦して、マッチをこするのに手こずったあげく、アルコールランプでちっとも湯が沸かないので杖を振って突沸させようとして、ラクランに杖を取り上げられ、一人と妖精一匹ががりでマグル式のやかんの使い方を懇切丁寧に教え込まれていたからだ。
お湯は結局、スプーキーが魔法でホーローのやかんをうかせたりガラスのティーポットを操って、ささっと適切な温度まで沸かしてくれた。複雑すぎてバーテミウスにもどういう呪文をどう組み合わせているかわからないらしい。
「君って見るからに賢いのに、当たり前のことを知らないよな」
「僕だけじゃない。魔法を使わず湯を沸かす魔法族なんて居やしないよ。さっき先生が言ってた備品以外のものがあるし、3人部屋じゃない。思うにここは"特別措置"の部屋だから、きっとマグルの様式を模したコンロがあるんだ」
バーテミウスが少し耳を赤くして抗弁してきたが、引っかかる言葉があってラクランは片眉を跳ね上げた。
「特別措置の部屋?」
「......あくまで僕の推理だが。整理してみよう、君はお父さんを知らないというけれど、お母さんは少なくともマグルで、マグルのお爺さんのもとで育てられた"マグル生まれ"か、マグル育ちの半純血。あっているな?」
「うん、そうだよ。母さんは事務員、じいちゃんは元は軍人で、年金で暮らしてた。君の家は?」
ラクランは紅茶色の瞳でじいっとバーテミウスの目を見つめたが、彼の瞳はうろつくばかりだ。
「僕の家は、父も母も純血の魔法使いだ。でも父が魔法省の魔法法執行部の部長をしていて、スリザリン出身者で闇の魔術を使うようになってしまった魔法使い達も多数逮捕して厳しく裁判にかけている。
僕たち二人とも、生まれは違うけどスリザリンに入るのは"異端"だっていう共通点があるんだ」
「なーるほど、純血を合言葉にするような多くのスリザリン生にとってにとっておれは異端ってわけだ」
ラクランはふんと鼻で笑った。
血統にこだわるのがくだらないと思ったからだ。
頭がいいが大柄で怪我しがちな馬と走るのが早い小さな馬を掛け合わせたりはする。でも人間でそれをやるのは愚かだ。人間は多くの動物よりずっと長く生きる。世代を重ねるにも時間とお金がかかるし、必ずうまくいくとはいかない。頭が良くて小柄で怪我しにくい、走るのが早い馬を作りたかったのに、頭が悪くて大柄な、けれど丈夫な馬が生まれることもある。でもそんな馬だって可愛いし、うまく調教すれば気優しくてこだわりがあんまりないから、荷運びに重宝する。
「純血主義、ね。ちょっとバカみたいだ」
「バカ?そうか?」
ぴくりと眉を跳ね上げたバーテミウスと向き合えば、空気が張り詰める。
「バカはバカだろ。命を産むのって難しいんだ。羊のお産だって一苦労で、人間の思い通りには決してなってくれないぜ。そんな苦労して生まれてくる命に"正解"なんてあるわけないだろ?どう生きるか、どういう道をいくか、神様がみてくれるっていうのに。初めから"正解"があったら、じゃあ"間違い"の子はどうなる?」
「神様がどうかはわからないが、純血で魔法がうまい子供が正解だとするなら、間違いは純血だけど魔法を使えない人になる。スクイブと呼ばれていて、ホグワーツには通えないし、そう言う家族がいるのは恥だから外にも出さない家もあるという話だ」
「ひどい話だ。正解を勝手に決めるから、間違いだって生まれるのに」
「それは......」
ラクランは憤慨して言ったが、バーテミウスは納得できなさそうな音を出した。けれど反論しかけて、口をもごもごさせる。
「正直、僕はそう考えたことがなかったな。正解はあるものだし、強い魔法使いもいれば弱い魔法使いもいるのは事実だろ。生まれついての差は確かにあって、できない人はいる。間違いとまでは言わないが、優劣はある。違うか?」
バーテミウスの目は不安げに揺れていた。ラクランは睨みかけたが、鳶色の目をよく見て、バーテミウスが冗談や嫌味で言ってるわけではないのがわかった。眉を顰めて、そういう部分があるかどうか考えてみる。
「たしかに魔法の強さで言ったら、おれと君じゃ全然違うね。おれのじいちゃんは魔法を使えないし、実際先生がどうにかしてくれた魔法の生き物にじいちゃんはなにもできなかった」
「できないことがあるのは仕方ないことだ。だから、できる人がそれを助ける。そういう仕組みのためにも、優劣をはっきりしておくのは必要だ」
人よりいろんなことがよくできてきて、それをよく分かってきたからこそ、バーテミウスはそういう思考なんだろうとラクランも理解はできた。でもそれは限られた場合の話で、人間全部をそれで判断するのは傲慢ってやつだ。
「それは違うと思う。確かに魔法の強さで言ったら、おれと君じゃ全然違う」
まだ魔法らしい魔法をまともに使ったことさえないラクランは、ポケットから杖を取り出して眺めてみた。つるりとした表面は、握ると少し暖かくて、魔法が自分にも使えるんだと教えてくれる。
「でもさ、それは知らないだけで、これから勉強したら、もしかするとおれのほうがバーテミウスより上手いのもあるかもしれないだろ?もしかしたらおれ、変身術の天才かも」
「それはないだろ。君は変身術の理解が苦手そうだ」
ぴしゃりと返されて、流石にラクランはちょっと不安になった。
「ひどいな、やってみなきゃわかんないよ。まあそれはいいとしてさ、同じように、君はお湯を沸かせなかったけど、知らなかっただけだろ?」
知らないだけ、やってないだけ。できない理由がただそれだけの物事は、きっとそれぞれの人にいっぱいあるはずだ。
「おれは魔法を知らないし、じいちゃんは魔法を使うこともできないけど、代わりに釣りが上手いし、靴や時計を修理できるし、銀細工を作れるし、お湯を沸かせる。君にできることができなくても、君にできないことができる人を、君は君より劣っていると言える?」
バーテミウスは素直に首を振った。
今まで読んできた本にも、薬草学の天才だけど妖精の呪文が致命的にできない人とか、変身術だけが抜きん出てうまい偉人はたくさん出てきた。どれもバーテミウスは敵わないと思ったが、ウィンキーがぼっちゃまの方がすごいです!と言って、悪影響を心配して読むのをやめさせた本もあった。だから今日これまで、魔法界の様々な偉人と比べて、自分が劣っているなどとは一度も思ったことがなかった。
「魔法を使える人と使えない人は、できることできないことの差が大きい。だから分けるのは確かに必要だと思う。でもそれはただ違うから分けてるだけで、そこに優劣をつけるのは無理だと思うよ。自分のほうが優ってると思っていたら、なにか自分より抜きん出ているのを認めることすらできないだろ。それこそひどい大間違いだ」
壁の小さな掛け時計の音が響く。
ラクランは捲し立ててしまったのを反省して、ちょっと冷えてしまったアソル・ブローズを一口飲んで、残念な気持ちになった。あったかいうちに飲めば良かった。
「それでええと、なんだったっけ?スリザリンに入った、スリザリンの多くの生徒にとってはイマイチな俺らは、両方スリザリンにとって入るのが間違いの異端、そういう話で良かった?」
「そうだ。純血主義が正しいかどうかはおいておいて、俺たちは"正しい"スリザリン寮生からは外れている」
「それってようは、いじめられたりするかもってこと?」
「まあこの部屋を見る限り確定だろうな。歴史的に創設者のサラザール・スリザリン自身がマグルに対して否定的だった。スリザリン寮に分けられる多くの家が純血主義で、マグルと関わることをいやがるし、身内意識が強い分、縁者を裁いた人の息子は受け入れられないだろう」
「キッチン付きの理由、ご飯も満足に食べられなくなるかも知れないから、てことかよ。ゾッとするぜ」
「この寮内では他に居場所はないと思った方がいい。大広間でご飯を食べるのに難儀したら、部屋で頑張るしかないな。魔法薬学用の大鍋、まだなにも調合してないなら君のやつはスープ用に綺麗なままにしておこうか?」
「ペアらしいし、悪くないな。ヤバい魔法薬調合してそれをスープと一緒に飲んじゃうのはまずいし....。なあバーテミウス、君、おれと一緒で良かったな!君一人なら餓死か火事の危険もあったし、魔法薬は一人だし、ヤバい材料が付着した大鍋でスープを作るハメになったかもしれないなんて!おれも君と一緒で嬉しいよ」
ふざけて両手を広げてハグを求めれば、シッシと手を振られた。
「そうですそうです!お二方、ご心配なく!」
無理に明るくしたところに、とびきり明るい声が降ってくる。
「ディペット校長様の時代にお作られたこのお部屋は、お外からお扉を開けられるのはお二人だけ!中の覗き窓からお外のご様子をごらんになれます!そしてもちろんお食事にお困りであればこのスプーキーがなんでも作って差し上げます!お食器たちもお洗い申し上げておきますよ!」
キンキン声で明るく言われた内容から察するに、寝込みを襲われたり、食うに困った気の毒な"異端者たち"がいそうだ。スプーキーは胸を張っているが、そっとラクランとバーテミウスは青い顔を見合わせた。
「え〜!そりゃありがたいね」
「いや、全校の料理を作っててただでさえ屋敷しもべ妖精は大忙しだ。魔法使いの世話を好んでしてくれる種族とはいえ。スプーキー、できる仕事は自分たちでやる。困ったことがあればちゃんと呼ぶから、君も君の仕事をしてほしい」
ぎゅっとしかめられた眉の下から覗く焦茶の瞳は、別段じいちゃんと似てもいないのに、同じような厳格さを宿していてラクランは身をすくめた。
「そんなそんな滅相もない!このスプーキーのお名前をお呼びいただければ、屋敷しもべはどこにでも馳せ参じます!」
「へえ、そりゃすごい。でもたしかに、バムの言うことももっともだ。ごめんよ、厨房の場所を教えてもらえたら、今度から材料も自分で取りに行くから」
「えええ!ご寮生活なんてまだまだお小さいクラウチ様とケイヒル様には危険でございます!お厨房はハッフルパフの側の絵の洋梨をくすぐればお入りいただけますからそれほど危険はございませんけど...あれ?あ、いけない!おジャムが煮えちゃう!そろそろ失礼いたします!」
「おい聞いたかバム?厨房への入り方を教えてもらったぞ」
「バムはやめろ。悪用するなよラッキー」
「ラッキーじゃなくてロキがいいな」
こしょこしょ耳打ちした後、まだ退出を待っているスプーキーに気づいて慌てて咳払いする。
「コホン、そういうことだから食器洗いは自分たちでやるよ。遅くにどうもありがとう、スプーキー」
「ああ、とても助かった。今度厨房にお邪魔するとき、お礼の菓子でも持っていこうと思うが、受け取っちゃいけないとか、職務規定はあるか?」
「ございません!なんとありがたきお言葉!このスプーキー、お言葉だけで十分でございます!!」
「いやいや、いいよそのアイデア。そうとくれば腕によりをかけなくちゃ」
「何?君が作るのか?」
「おうとも。じいちゃん仕込みのショートブレット、うまいぞ。そういうことだから、楽しみにして。おやすみ」
「ああ、おやすみスプーキー」
「は、はい...おやすみなさいませ!」
スプーキーが去って、また静かな空間が戻ってきた。
少し冷めてしまったミルクティーを啜りながら、今後についてポツポツと話す。
「君はもう名前からしてお父さんと一緒だから、もし上級生の親族をお父さんが逮捕した、なんて暁にゃ大変だね。仕事だから仕方ないし、悪いことする方が悪いと思うけど」
"闇払い"というのもよくわからないけど、やり手で名前も顔も売れてる警察官みたいな感じだろうか。そりゃ、逮捕された家族からの逆恨みは怖い。
「その通りだが、家族の感情はそういうわけにいかないし、そこ含めて弱みを見せないことが父の仕事だ。ホグワーツは魔法省の管轄外だからむずかしいが......君は今のところマグル生まれだとバレていないのか」
「たぶんね。特急に乗る時、たまたまベラ――イザベラに声をかけられたんだけど、そこまではフランク・ロングボトムさんと一緒にいたんだ。ホームでたまたま一緒になってさ。それでうまく勘違いされてるのかも」
肩をそびやかしていえば、フム、と顎に手を当ててバーテミウスが唸る。
「それは運が良かったな。ブルストロードもロングボトムも僕の家、クラウチ家と同じく"間違いなく純血"と言われる古い魔法使いの血筋、聖28一族の一つだ」
バーテミウスが古びた書物を開いて名前の一覧を見せてくる。家系図の枝先がところどころ黒ずんで消えているのが気になるが、なるほど、これは頭に入れておいた方が良さそうだ。
「しかもその古い血筋の子供の中でも、フランク・ロングボトムはあり得ないほど喋らないことで有名なんだ。僕も喋ったところを見たことがない」
「確かに、ほとんど話さなかった。意思疎通に問題はなかったけど」
キングズ・クロス駅をお見出しながらうんうんと頷く。ミセス・ロングボトムは圧がすごかったけど、フランクは朴訥とした感じの人だった。
「つまりフランク・ロングボトム経由で君への誤解が解けることはまずないということだ。話さないだけで頭がいい人だから、きっとスリザリンの誰かに聞かれても察して自分の親戚だと偽ってくれるだろうし」
「トランクを積むのも手伝ってくれたよ、いい人なんだ。あんまり巻き込みたくはないなあ」
「だからだ」
ビシ、と鼻先に人差し指を突きつけられてびくりと肩を振るわせれば、もう眠たくなっているな?とばかりにギラリと目を光らせるバーテミウスはさながら鬼教官だ。
「大広間であった、レギュラス・ブラック。彼はこの古い血筋の中でも、ときに"王族"と呼ばれるブラック家のおそらくは次期当主だ。そういう知らないことが多いと、怪しまれる理由になる。君が怪しまれなければ、フランク・ロングボトムにも、イザベラにも、スプーキーにも迷惑はかからない」
「この分厚い本を"純血の常識として"読んどけって話かい?」
「それだけじゃない血筋と歴史と、あとはクィディッチだな。この3つを把握してればなんとかなる」
さらさらと列挙されるけどどれも大変そうなそれに、ちょっとラクランは視線を上に向ける。でもやるしかないか。
「オーケー、同室が君でよかった。がんばります。ところで、君の方はどうするの?」
「もう3年くらいまでの授業内容は理解できている。廊下で奇襲されても負けないように、実戦の練習をするだけだ」
「じゃあそれ、おれもやる!料理とか掃除とかはおれ、あ、あと喧嘩もできるぞ、マグル式なら。魔法は勉強中だけど、強くなる!バーテミウスは代わりにおれに歴史とかを教えてくれ。どう、契約成立?」
「同盟なら結んでやってもいい」
「了解、じゃあ同盟成立だ。よろしくルームメイト」
特急では断られてしまった握手を再度求める。
日焼けしたマメだらけの堅い手と、青白くて細いが羽ペンだこのある手は、今度こそしっかり握手した。
火の始末をして、ベッドのベールを下ろす。
ベッドは今までにないくらいふかふかで、悪くなかった。
ちょっと不安はあるけど、それ以上にワクワクする。ベールの隙間から差し込むゆらゆら揺れる緑の光を眺めながら、ラクランは眠りについた。
「ヤ、おはようバーテミウス」
「...随分早いな」
寝癖のついた頭でベールを開いたバーテミウスに挨拶すれば、目を擦りながら不機嫌に言われる。
「うるさくしたつもりはなかったけど、起こしちゃったならごめん」
「別に、何か焼いてる匂いがしたから」
「朝ごはん食べるかい?大広間もまだ準備が終わってなかったから、トーストと卵を焼いてるところだけど」
ラクランは体をずらしてちょうどトーストとたまご、トマトとソーセージを焼いているフライパンを見せるが、バーテミウスは首を振った。
「大広間まで行ったのか?」
「ちょっと外を走ってきたんだ。動く階段もあるし、城内を頭に叩き込むためにもね。郵便配達をやってたし学校も20マイル離れてたから、朝運動しないと落ち着かなくて」
「......僕は授業の三十分前までもう少し寝る」
「いいけど、17分でごはん食べて寝癖直せるか?呪文学の教室は結構遠いから移動に13分は必要だけど。
あー、大広間でご飯を食べるならさらに5分は余裕が欲しいな」
ポケットから手巻きの機械式腕時計を取り出して、時間を確認してみる。うん、やっぱり余裕はあんまりないな。
「......わかった。シャワーを浴びてくる」
初日から大広間に行かないのもヘンだから、身支度をきちんと整えて大広間に行くことにした。
「君はかなりしっかり食べただろ」
「え、まだまだ足りないよ。部屋に鍋がなかったからスープが飲みたいし、フルーツも食べたいな」
「なんで朝からそんなに食べるんだ」
「さあ?じいちゃんとはいつもこうだ、おっと!ここは動いてから右側を登った方がいいよ」
歩きながら喋っていて、動く階段のためにバーテミウスを引っ張って止める。バーテミウスはよろけて睨みつけてきたが、ラクランは肩をすくめてスムーズに大広間の廊下へきたところでほらね、とウィンクした。
「地図とかいくつかの動きが組み合わさったような構造を覚えるのが得意なんだ。鍛冶屋兼時計屋に弟子入りしてたからね」
バーテミウス・クラウチ・Jr、階級意識やノブレス・オブリージュ的な意識は教育されていそうだけど、ウィーズリー家ともバチバチしてないやり手の政治家、バーティ・クラウチ・シニアを見ると、純血主義を理解はして、少し染まっていてもゴリゴリの純血主義ではなさそう(少なくとも高学年になるまでは)と思っています。