三匹の蛇   作:休肝婆

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 新学期に向けてホグワーツ生とその保護者でごった返すダイアゴン横丁を、赤い髪の毛の行列が汗をかきながら縫っていく。先頭はノッポの男で、薄くなり始めた髪と顔が同じようなオレンジ色に染まっている。その両手では、それぞれが髪の毛を逆立てたり、なんとか腕から脱出しようとする瓜二つの双子が暴れていた。
 そこから少し後ろに、不安そうな顔の同じく赤毛の少年が続く。あたりを走り回る新入生たちと同じような背格好だが、明るい色のまつ毛を伏せて歩く顔は少し大人びている。 
 手の中で新入生の買い物――教科書やドラゴン革の手袋など――がバケツの中でギシギシ鳴っていて、実のところ少年の頭は取っ手を持つ手の痛みと、バケツの隙間に蛙チョコが入るかどうかでいっぱいいっぱいだった。
 ドルーヴルの風船ガムに変えた方がいいかも......あ!

「チャーリー!パパ、チャーリーが!」
 絶対に立ち止まらせるなって言われてたのに、うっかり通り過ぎちゃった。
 ビルはあちゃーと額を打つ。チャーリーはカゴを片手に魔法動物ペットショップの前で、口をぽかんと開けて突っ立っていた。チャーリーと手を繋いでいたパーシーがショーウィンドウの前から動かそうと必死でチャーリーの腕を手を引っ張っている。
 ビルが頭を抱えながら走っていくころには、パーシーは全体重をかけて斜め45°に体を倒し、顔を真っ赤にしていた。チャーリーのほうは相変わらず、びくともしないで生き物たちに熱中している。

「こら!チャーリー!ペットショップに行くのは最後って約束だろ」
「えへへ、ごめん......おっと!」
「ハァ!ハァ!!」
 駆けていってチャーリーに声をかけると、きらきらの青い目でご機嫌に笑った。
「ビル!見てよあのファイア・クラブ!綺麗なルビー」
「パーシーの顔も見てご覧」
 チャーリーがくるりと振り返ったと同時、パーシーを受け止めて頑張りすぎて真っ赤になった頬に、怒気で前髪までふわふわと立ち上がってるのをよく見せる。
「マーリンのヒゲ!一体どうしたんだ?」
「チャーリーのせいだ!」
 パーシーは大声で叫んで地団駄を踏んだ。

「ビル?お前たち、なにやってる!」
 人だかりをかき分けて、汗で赤い髪がぺしょんと垂れたアーサー・ウィーズリーがやってきた。
「パパ、チャーリーがペットショップに吸い寄せられちゃったんだ」
「うん?ハハァ、あとでな。書店に急がないとモリーに頼まれたサイン本がなくなってしまう」
「ああ、あのすかした顔の人の」
 チャーリーは最悪につまらない、というように道端の石を蹴る。それにパーシーがくってかかった。
「僕はそういう言い方はいやだな!」
「お前には難しいだろ、読んでもないのに」
「ビルに読み聞かせてもらったんだ」
「それじゃ、ミドルネームが"イグネイシャス"で一緒だからヒイキしてるんだ」
「ちがう!パパとママのなれそめなんかを聞くより、ずっとホグワーツがどんなかわかるってビルも言ってた!」
「パーシー!」
 飛び火だ!ビルはあわててパーシーの口をふさいだ。 
 ホグワーツのことを聞いても、ママは顔を赤くするばっかりで頼りにならないのは本当だけど!
 チラリとパパを見ると、とくに気にしていないようだ。薄くなってきた額をちょいちょいとかいて、ふーっとため息をついたパパは頑張って怖い顔を作った。
「チャールズ、ママの前でも同じことを言ってみなさい。お前たちよりだいぶ年上だが、戦争はそんな若者たちまで巻き込まれていた......ママはとても、人ごとには思えんのだ。今もスリザリンに入ったらどうしようと......いや、どの寮でもビルはビルだが」
「きっと僕もグリフィンドールさ」
 ビルはにっこりと口端を釣り上げた。パーシーがセーターを引っ張って直しているよこで、諌められたチャーリーだけが、気まずそうに石を蹴っていた。

「あ、あの人」
 パーシーの声に釣られて顔を上げた先に、艶やかな濃いグリーンの山高帽を被った男が大股で颯爽と通りを走っていく。あれは、イグネイシャス・マグニチュード?
「いいかい、買い物の最後にフクロウと、ネズミ用栄養剤を買いに行くから......」
「イデデデデデ、スキャバーズ!どうやって出た!」
 パーシーとビルだけが気づいて、こっそり顔を見合わせて微笑んだ。
 どうやら、ちゃんと直筆サイン本を買えそうだ。





三匹の蛇 31

 

 ......我々は気力を失うことも仕損じることもない。我々は最後までやる。我々はフランスで戦う、我々は海と大洋で戦う、我々は日々自信を強め、力を強め、空で戦う。我々はいかなる犠牲を払おうとも、自らの島を守る。我々は海岸で戦う、我々は水際で戦う、我々は野原と街頭で戦う、我々は丘で戦う。我々は決して降伏しない......

 

 悪夢のようなラジオ音声と砂嵐の烈風、もう何十年も忘れてしまったと思っていた友人の断末魔、爆発音、足音。

 それらから急激に引き上げられるように音が離れていって、ハッと目を覚ました。

 

 しばらく感覚が定まらずぐるぐると回る視界で、見慣れない白っぽい天井に眉を顰める。酔って平衡感覚を失ったときの対処法で膝を曲げて足の裏全体を踏み込めば、だんだんと視界が定まってきた。

「......起きた?じいちゃん!」

「おじいちゃん!」

 デカくなった孫と、まだ小さい孫娘。わっ!と覆い被さってきて、自分が今ベッドに寝ていることに気づく。顔もどうにもパサパサして、動かしたつもりがうまく動いていない気がする。手を挙げて応じようとして、手にも、鼻にも、いろんな場所に管が取り付けられているのに気づいた。

 

「ああ、なんだ。飲みすぎたか?」

「昨日の夜にね。朝になってナンシーが見つけて、必死におれを呼ぼうとして、スラグホーン先生にも手間をかけた。意識障害だってさ。今はグラスゴーの病院で、合併腎不全になってるから血液透析をしてる」

 ナースコールを押した後、生きていてよかったという安堵と、どうして酒なんて、という責める色を乗せてラクランが話す。

 耳の痛い話だ。リチャードの話を聞かず大した食事はとらないまま、あいつが死んだのを口実に通院もサボっていた。このところ戦争の動きがあったせいで、また嫌なことを思い出して......まあ、苦労して伸ばしてもらっていた寿命が、もとのとおりになっただけだ。

 ラクランはナンシーと手を繋いでいる。ナンシーの手にはマーズバーがあって、なんとか機嫌を取ろうとしていたらしい。ラクランが何をいうか、だいたいわかった。

 

「ナンシーには悪いけど、しばらくロンドンに泊まってもらおうと思う。じいちゃんは聖マンゴ魔法疾患病院に移ってもらいたいんだ。おれの魔法による臓器回復は未完成だけど、一時的にそれをかければあそこの患者になれる。マグルの透析よりは負担のない治療法があるはずだ」

「魔法はごめんだ」

「じいちゃん!」

 医学書を買ったらしい、ていうのはいつのことだったか。マグルと魔法の融合?そのきっかけにまさか自分がいるとは、皮肉なものだ。

「魔法は嫌だ。わしは魔法に奪われてばかりだ、娘も、孫も、息子も......今度は肝臓に腎臓か?」

「おれに関しては、じいちゃんが行けって言ったんだろ!」

「お前のためには引きこもるよりよほどいいという話だ!誰が孫を好んで手放すか!」

 ナンシーが慌ててラクランの手を引っ張る。透析の治療中だった、血圧をあげるような振る舞いは良くないし、なにより大人同士が怒鳴り合うのは怖いだろう。

 ラクランはハッとした様子で会話を切り、しゃがんでナンシーと同じ高さになってからアランに向き合った。

 

「それじゃあ、じいちゃんはどうしたいの」

「透析治療もいらん。これが最後だ」

「緩和ケアにするって言うのか......?じいちゃんがおとなしく死ぬ?こんなつまらない病気で!」

 ナンシーの手前一生懸命押さえ込んだ声で抗議されるのに、アランはフンと鼻を鳴らす。

 そんなたいそうな人間じゃない。孫はどうも、わしをいつまでもプロレスができる鋼のような肉体だと思っているフシがあるが。初診の時すでに相当全身の状態は悪かった。血管も内臓もぼろぼろで、完治までの道程などという希望は存在しなかった。

 これからの未来がある孫たちのために、金ばかりかかってしかたのない透析でか細い命を繋いでおく必要性はない。

 思えば家族のため、妻のため娘のため、そして孫たちのために気まぐれに生きてきた。こんな灰色と黒の世界で、随分賑やかで幸せだった。もう十分だというときだ。

 

「金や時間は有限、わしら人間にはできることに限りがある。捨てることを覚えろ、ラクラン。お前はそれができないのが昔っから、良いところで、悪いところだ」

「違う......おれはホグワーツにいくために一回故郷を捨てたよ。友達も結果的にだが見捨ててしまった。でも欠けたところを補うだけの能力がおれにあれば、いやなくても努力すれば、きっとどうにかできたはずなんだ!どうにかしたくて、今度こそ間に合いたくて、おれはいつも」

「じゃあこうしよう。わしのお願いだ。わしを生まれ育ったところで死なせてくれ。病院で死ぬのは嫌だ。お前と、湖と山と、バイクに、ナンシー。それだけあればいい。もう十分だとも。なあそうしてくれ、頼む」

 ラクランは答えなかった。答えようがないともいえる。でももう先生ともよく話して、意識障害は回復し、治療も終えた。患者の意思はこの通りだ。

 ラクランはナンシーの手を握っていない方をギュッと固く握りしめて、アランの管に繋がれた腕のあたりをじっとみつめている。

「ラクラン?」

 ナンシーが少し手を引っ張っても、ラクランはしばらく黙ったままだった。

 

 

 

 

 対に失敗のしようのないポリッジに、塩をしこたま入れてしまって大惨事だ。ナンシーは顎のあたりがきゅーっとする!悲鳴をあげ、家中を駆け回って朝から5杯も水を飲んだ。

 アランは腎不全のための意識障害で一時的な昏睡で、今後緩和ケアに移行するために数日かけて病院で容体を安定させている。そのあいだに病院から指示されてシャワールームの暖房であったり、電話を引いたりと湖畔の家は慌ただしく動いていた。

 ナンシーにポリッジのことをさんざん謝罪した後ご機嫌をとって付き添い姿現しで学校に送り届け、ダイアゴン横丁で待ち合わせした魔女シッターを連れてきてから、またロンドンへトンボ返りだ。ラクランはまだ、諦めていなかった。

 

 未完成だけどおれの主幹研究はマグルの臓器移植や細胞培養に魔法を取り入れて、綺麗な器官を生み出すこと。まだ研究員ではないし本格的な実験はできてないけど、方法論は確立していて形だけならなんとかできる。そして運のいいことに先日フラメル氏に認めていただいた。命の水の必要性と妥当性をきちんと示すことができれば、研究目的で提供してもらえる立場だ。

「魔法での再生や治癒は厄介で、一定の過去以降の状態にしか復元してくれない。10才の子供の5才のときの傷を直すことはできない。どこかだけを都合よく5年も若返らせることはできないから。おれの治療法でマグルの移植手術や細胞培養を参照しながら、"きれいだけど脆い臓器"を作れば、命の水を使って健康な状態を作るきとができる。そうなれば治癒呪文での維持も可能になってくる」

 ラクランは羊皮紙を取り出して立ったまま図説しながら、背もたれに取り掛かって腕を組んでいるイザベラと、メガネを神経質にいじりながら興味津々の慰者に必死の説明をした。

 

「うちがやる旨みは?」

「この治療法で完治させるには強い増強作用のある命の水が不可欠になってしまう。だが命の水なしでも、たとえば手術をするために患者の時間稼ぎをしたいときに非常に有効です」

 じいちゃんのような病の進行はともかく、聖マンゴのお世話になるような魔法による傷害や疾患の場合、全身そこいらじゅうを傷つけている場合が多い。どこかをやっていたらどこかを見捨てなければいけないというところで、魔造の仮組織があれば一定時間生命活動を仮の臓器で維持しながら段階を踏んで治癒できる。

「なるほど......ダミーを入れて心拍や呼吸を維持しながら、他の治療も可能ということですね。終わった後は、仮組織を身体から取り除いてきちんと再建すれば良いと......」

「特許なんてとるつもりないんです。研究を完遂したら、すぐに発表します」

「でもアンタのおじいさんを受け入れるのは反対だよ!」

「なぜ?」

 癒者と力強く握手していると、イザベラが声高に反対意見を唱えてきた。

 

「手術の同意書はとれるの?無理そうだけど」

「今は入院中ですが、意識不明から一時的に回復したときに拒否されました。おれのサインでも良いはずです」

「せん妄状態ではなかったんでしょ?おじいさんの言葉があったのに、それでも生かそうというの?それってあんたのエゴでしょう」

「じいちゃんは普通だったら、こんな若くして死ぬはずない丈夫な人だ。もう十分だって?とんでもない!進んで死にたい人なんて誰もいないよ。じいちゃんだって心の奥底では望んでいた!......見てしまったんだ。意図した開心術じゃない......」

 イザベラのきもぉという顔に、ラクランは必死で手を振って弁明する。呪文も唱えてないし、まして杖だって振らなかった。親族だから覗けてしまったのかもしれない。おれやナンシーばかりでいっぱいのじいちゃんの心を思い出して、足から力が抜けていく。ラクランは椅子にドカリと座り込んだ。

「あの人、人のことばっかりで......もう十分だという時がきたんだって何度も繰り返してた。言い聞かせるように、何度もだ。今透析以外生き延びる術がないから治療自体を諦めると言ってるんだ。他に術があるなら、生きたいに決まってる」

「命の水を使わせてもらえそうなのはたしかにあんたの頑張りだ。マグルの医療を勉強して、魔法に生かそうなんて思いつきも。あんたはよく頑張ってる。でもさキース、誰でもいつかは別れが来るんだよ」

 久しぶりにやわらかい口調のイザベラを見る気がする。祈るように組んだ手を額に擦り付けてなんとか涙を抑えようとするラクランの背に、ポンと手が乗った。びくりと体をこわばらせて唾を飲み込んだが、ちっともそれで慰められる気にはならなかった。

 

「じいちゃんはもう寿命だって、十分生きたって、そういうんですか」

「逆だよ。こんなとこで死ぬのは早すぎるっていうけど、じゃああんたは何年後なら自然な死だと納得できるの」

 ラクランは精一杯背筋を伸ばして、自分の論文や資料の上で指を滑らせてみる。努めて冷静に試算をしてみた。

「――無理だ。永遠に......おれが生きてる間は」

「そう!無理なんだよ。近しい人が死んでいくのを自然なことだ、当たり前だなんて受け入れるのはね。でも自分は違う。そうじゃないか?あんたのおじいさんはまだ生きたいって気持ちもたしかにあるだろうけど、迎え入れる準備ができてるって言ってんだ」

「おれは、受け入れられない」

「その人の命はその人のもんだ。死もその人にだけやってくる。いくら孫でもあんたが納得できるかどうかは問題じゃない」

 鼻を鳴らしてイザベラに言われてしまって、黙るしかなくなる。慰者も穏やかな顔をして、それでも厳しく頷いた。

「三兄弟の物語の、末の弟みたいにですね。死はいずれやってくると思えば、一番穏やかな選択だと思いませんか?」

「それは......そうだ、そうです。死を取り除くことはできない。死があるから、次の命も育っていく。でもじゃあ、おれはなんのために......」

「あなたの研究は素晴らしいです!ぜひうちとも連携して、魔法生物での実験などを経てから魔法使いや魔女にも施していきたいです。それこそ、死を迎え入れる準備のできていなかった人たちを救う手助けになりますよ!」

「ああ、それはもちろん」

 ラクランは弱々しく頷いてなんとか立ち上がった。

 いつも通り、ロングボトム夫妻の見舞いにも立ち寄った。小さな花をベッドサイドに置きながら、ちらりと虚空を見つめる空っぽの瞳を見る。彼らはまさしく、迎え入れる準備ができていないまま、死に近しいものがやってきてしまったひとたちだ。リチャードやアニーも、迎え入れる準備なんてできないままに殺された。

 母さんもきっと、準備なんてできてなかっただろう。

 その母さんの命を犠牲に生まれてきて、エバンも、レギュラスも、バーティも、じいちゃんを助けることもできないで、おれはなんのために今生きてるっていうんだ......?

 

 

 

 ーロッパブナのひんやりした樹皮に背中を預けて、セバーン川のそう綺麗ではない水にひたした布でざっくりと顔を拭く。南下すれば紅葉と落ち葉を楽しみにマグルがたくさん来ているディーンの森がある。

 衣類はスコージファイしているとはいえ、クリーチャーやラクランの腕前には届かないのかゴワゴワしているし、適当な屋台で買ったフィッシュアンドチップスはよくない油を使っているのかくさみがひどい。けれど川面を渡った風が前髪をさらっていくのは爽快で、レギュラスは少しだけ口角を上げてみた。

 

 大した手がかりはなく、放浪していると言っていい。

 "命の残骸"となっているだろう弱々しい状態でヴォルデモートが身を潜めめられそうな、屈強な魔法生物やマグルの往来、闇の魔術の少ない地域を回っていた。

 在処も個数も判然としない上、破壊方法も限られる分霊箱のほうはもうずっと停滞していた。何が起こったかは定かでないが、なんらかのアクシデントによって肉体を失い、衰弱しているだろうヴォルデモートのほうを早急に見つけて回収してしまえばいいのだ。

 あの人はひどく恐ろしかったし、その力強さと優れた魔法に心酔していたかつての己を思えば近づくのは恐ろしかった。だが、分霊箱の破壊のために規制のかからない新しい呪文の開発をやっている気になっているのではいつまでも自分を誤魔化せない。

 ついに完全に狂ってしまった母に追われるようにして無理やり旅に出てしまったが、悪くない選択だったと信じている。

 

 ふとスニッチの羽ばたくような音を感じた。実際は少しも音など聞こえていないけど、シーカー時代にずいぶん鍛えたおかげか、気流の変化には敏感だ。目を凝らして辺りを見回していると、フクロウが音もなく飛んでくるのが見えた。

「手紙......?」

 レギュラスは腕を伸ばして、フクロウから手紙を受け取る。フクロウはまだ郵便物があるらしく、川面できらめく魚を心惹かれるように何度も振り返りながら、さっさと他所へ飛んでいった。

 レギュラス宛に手紙を出すのはラクランと決まっていたし、郵便途中のフクロウに寄り道を頼める魔法使いはラクランくらいだ。疑うことなく素早く手紙を開いてしばらく硬直した。

 木はざわざわと風に踊り、木漏れ日は穏やかだったが、雲はあっというまに流れていく。ブナの森は明るいからつい時間の感覚が狂うんだ。昼過ぎかと思えば、夕方に差し掛かっている。レギュラスは意を決して杖を握り姿眩ましした。

 

 姿眩ましの音、というより冷たい水溜りにびちゃ!と音を立てて着陸し、レギュラスは顔を顰める。こちらは雷雨でも降ったんだろうか?

 ゴロロロ!と真正面で雷の音がする。ハッと顔をあげると、ナンシーがラクランの箒に乗って、小さな雷雲をいくつも浮かべながらひどく興奮していた。

「かかっておいで!ババア!」

 ピシャーン!とナンシーの方から雷が走って、壁にぶち当たって黒焦げを残した。その壁のすぐ横で頭を抱えていた老婆がニタリと笑い、立ち上がる。

「ババアたぁお口がわるいねえ!悪いお口はこうしちゃうよぉ、さあ、おばあちゃんのほうに降りといで!」

 ぎらん、と横に振られた長い爪が鈍く輝いた。レギュラスは素早く杖を構えて、妨害呪文を無言でかける。びしりと動きが鈍くなった鬼婆に、折良く玄関前に現れたラクランが慌てた様子で石化呪文をかけた。

 長い爪もびしりと揃えて直立した鬼婆が、ドスン!とケイヒル家の荒れ果てた庭に倒れて、それきりザアアと雨の音だけが続く。

 

「フィニート!メテオロジンクス・レカント!」

 ラクランの傍から女性の声がして、ナンシーが出したらしい雨雲たちもかき消えた。そうして初めて、箒から転げるように降りたナンシーがラクランに突進する。ラクランのほうも駆け寄ってひしと抱きしめた。

 呆気に取られていたレギュラスも、騒ぎが落ち着いてナンシーに危険が迫っていたのをゆっくりと理解できた。ざわりと心臓を冷たいものが撫でていくような感触に身震いする。

 杖を下ろしたイザベラ――雨雲をかき消したのはイザベラだった――ツカツカと大股で歩み寄り、思い切りラクランの頭を殴る。ラクランも驚きはしたが、抵抗や抗議はなかった。

「日刊予言者新聞をみてアニス・ブラックに子守を頼んだ!?バカじゃないの!ずーーっと子守の広告出して、一件も実績ないんだから!」

「ごめん.......下調べもせず飛びついたおれの責任だ。シッターなんか頼まなければよかったな......よく戦ったね、怖かっただろう」

 アニス・ブラック?ああ、あの。

 漏れ聞こえる会話にレギュラスが頷く間も、ラクランはバシバシと背中を殴られていたが、ラクランのほうも震える手で、小さく震えるナンシーの背をトントンするのに徹していた。

「アー僕はアランさんが倒れたって聞いて帰ってきたところだけど......シッターを頼もうとして、鬼婆の広告に引っかかっちゃったの?」

「旅に出たばかりなのに悪かったな。知らせないわけにもいかないから......おばあさんはたしかにちょっと顔色が緑色だと思ったさ!でもブラックというから、てっきりレギュラスの遠い親戚か何かだと。じいちゃんを聖マンゴに転院させたかったんだけど、ナンシーに寂しい思いをさせるわけにはいかなかったんだ」

「ハ、ハハ......それで守護魔法の中に君同伴で迎え入れてしまったから、弾けなかったというだね......」

「どれも言い訳にしかならない。本当に怖い思いをさせてごめん!!」

 イザベラにアニス・ブラックの正体を聞いて大慌てで帰ってきたというところだろう。落ち着いてきたナンシーはしっかりと立っているのに大して、まだ震えるラクランは足に力が入らないようで、水溜りのできている地面に膝をついた。情けなく背中を丸めて、深く息を吸う。見ない間に、なんだかずいぶん弱っている。

 

 さっきまでと逆転するように、ラクランから離れたナンシーが背中をさすりながら頭を撫でた。ラクランはハッとして、慌てて立ち上がり柔和な笑顔を浮かべる。

「ラッキー大丈夫?」

「なんともない!大丈夫だ」

「あたし、こういう人がいるって知らなかった。知ってたの?」

「鬼婆という生き物がいるのは知ってたけど、会ったことはなくて......いや、シッターを頼むんだからもっときちんと調べるべきだった」

「ノクターン横丁にでもいかないとそうそう会わないからね。僕らの落ち度もある。ラクランは馴染みすぎて、魔法界育ちのように思ってしまうんだ。君一人ならどうにでもなっても、ナンシーのことを思えば僕が旅に出るのは早すぎたね」

「うわ!ありがとう......そんなことはない!ナンシーは負担なんかじゃないし、君は君の目的に向かって進んでほしいんだ!」

 レギュラスがドロドロになってしまったラクランの足元に杖を向けて、スコージファイしてから湿気を飛ばしてやると、ラクランは目を見開いて礼を言った後大きな声で否定した。

 

「でもさあ勉強は必要だよ。アークタルス、魔法界のこわいこと、もっとちゃんと教えて。ラクランも知らなくて困ったでしょ。一緒に勉強しよう」

「......そうだね、自分が鈍ってるのはよくわかった。おれだって鬼婆や吸血鬼、狼人間!そういう人たちが実在するってことや、魔法界のいろいろに驚きも恐怖もあったんだ。でもそんなものを表に出す余裕がないまま、平気なフリにすっかり慣れてしまって......自分がへっちゃらだからって、おれは危険予測を怠った」

 ナンシーがレギュラスにねだるのを聞いて、ラクランは一瞬顔を顰めてから少しおどけてみせた。

 バーティもそんなことを言っていたのを、フラッシュバックのようにレギュラスは思い出した。

 あれは確か、兄、がラクランのお母上の遺品だという小さな聖書をめちゃめちゃにしたときのことだ。その場にいたイザベラよりバーティとエバンが怒り狂っていた。僕も相当怒ったけれど、彼らは兄に対してはもちろん、僕たちスリザリン生や、ホグワーツのしきたり、慣れたように感情を押し殺すラクランにも怒っていた。

 苦々しい記憶のはずが、暖かい気持ちになる。レギュラスは自分の口角が少し上がっているのに気づいて、そっと右手で隠した。

 

「全然へっちゃらなんかじゃなかった。ナンシーまでひどく傷つけられるようなことになったら、死んでしまうようなことがあったら、おれは悔やんでも悔やみきれない」

「だから勉強するんだよ!ディフェンス!!」

 ナンシーは母親のアニーに似たらしく結構気が強い。腕まくりする様はどうみても防御ではなく攻撃で、攻撃は最大の防御なり!とでもいいそうだ。レギュラスは今度は隠すのをやめて笑ってしまった。

「学ぶのはいいけど、ナンシーは戦わないでほしい。じいちゃんだけでなくナンシーまで.......とてもじゃないけど君を危険な目に合わせるようなことはできない。どうにかなると信じたけど、エバンもバーティも」

「僕は助けられてるさ」

「それはどうだろう。戦争はひとまず終わったというのに、うまくいかないことばっかりだ。頼りにしていたおれの助けたい人たちが倒れたり、離れたり」

「あたしがやりたいっていってるのに、やらせてくれないの......?」

「あー違う、君の自由を縛りたい訳ではなくて、安全対策をだな......」

 ラクランは盛大にため息をついた後、恥じるように顔を両手に埋めてぐしゃぐしゃしたが、一度スコージファイされたのを思い出したようで座り込んでしないことはなかった。髪を撫で付けて咳払いする。

「あともう一つ、心配が。せっかく魔法を好きになってくれていたナンシーが、また嫌いになってしまわないか......嫌いになった?」

「別に今更だよ。パパとママはシリウス・ブラックの爆発に巻き込まれたし」

「うっ」

「ぐっ」

「はぁ?」

 

 的確に刺してくるナンシーにラクランとレギュラスが同時にうめくそばで、それは聞いてなかったらしいイザベラがそんな子引き取るなんて正気か?という顔をしてる。改めて嘘みたいな最悪の偶然だ、ラクランの恩人で気のいい家族みたいだったリチャードとアニーが巻き込まれた被害者だなんて。

「魔法はもともとヤバいものだってわかってるつもり。あのババアは......おばあさんは別に大丈夫。たしかに怖かったけど、ちょっと面白かったから」

「面白い!?強いな、君は」

 ラクランをチラッと見てババア呼びを訂正しながら、舐めた口をきくナンシーにレギュラスはすっとんきょうな声を出した。

「どっちかっていうとまた暴れちゃった方のがヤッバイんだ......先生が引いた線はギリ超えてないし、秘密にしてくれない?」

「まあ、魔法省の監視は魔法族などの住宅内であれば監督の範囲内で無効にはなるけど......面白いか......そりゃいいけど、一体鬼婆のなにが面白かったの?」

 ラクランは自分のように素直な驚きや喜びや恐怖をひた隠したりさせたくないようで、必死に否定を避けてとうた。

「そりゃ嗅覚だよ!!シッターさんがくるのはラッキーからきいて知ってたけど、正直会う気分じゃなかったの。テイサイで呼ばなきゃいけないことはわかってるよ!だから会わなきゃいいんだと思って、一階の窓から見えないようにチャリを車庫にいれて、裏手から屋根を上がったんだ」

「屋根ぇ!?」

「朝屋根裏部屋の窓の鍵を空けといたの。もちろん登る時音なんてささせてないよ!なのにあのババア、あたし隠れてるとこに一直線に来た!」

 先ほどのレギュラスに続くようにすっとんきょうな声を上げたラクランに構わず、ワクワクと瞳を輝かせるナンシーは、暴れ柳と仲良くしていたラクランそっくりだ。動いてくれるから木が何を考えてるのかわかる!だとかいって随分感動していた。血よりも濃いなにかで、もうこの二人は立派な家族だ。

 

「このまま魔法省に突き出そうと思ってたけど、そういうことなら嗅覚の秘密を聞いてみるか?」

「え、でもそしたらあたしの魔法もバレるよ?」

「なに、忘却呪文をかければいい」

 ラクランは冷静さを取り戻すと、インカーセラスできつく捕縛してフィニートした。長い石化が解かれた鬼婆、アニス・ブラックはデロンとどろどろの自然に倒れた後、ぜいぜいと起きあがろうとして縄のためにまたベシャリと地面に倒れた。

「アニス・ブラック。よくも騙してくれたな。君は魔女でなく、鬼婆だね?」

「そうさ!よく読者投稿欄にコラムを書いてるんだ!ちゃあんと鬼婆としてね!表示義務は守ってんだからきちっと新聞読んでないあんたの責任だよ」

「おれの失態は事実だ。忙しさにかまけて精査を怠ってしまった。とはいえどうしておれの前で本性を表さず、さらにナンシーを追跡できた?一応まだ、おれもそれなりに若いんだけど」

「あたしは無垢な魂が大好物なのさ!本当に傷のない、つるんとしてみずみずしい魂......ジュルリ。そういう魂の宿る器は、肉もうまぁい」

 

 淡い緑色をしてぼつぼつデコボコした恐ろしい顔が残忍に歪んで、本当にこの人間のような存在は人間ではないのだ、と理解させられる。口ぶりからすると本当に、猛禽類が紫外線を見分けて哺乳類の尿を追尾できるように、この鬼婆も自分の獲物を見つけるための特殊な知覚をもっているようだ。

 ナンシーと目配せしてから、試しにどうぞ、と片眉をあげてみせた。ラクラン、イザベラ、レギュラスと目線を移した鬼婆は鼻を動かして匂いを嗅いでくる。

「フンフン、あんたは......なんか変なみそっかすがついてるけど、まあまあだね。もう5、6年若かったらそこのお嬢ちゃんと同じくらい甘くていい肉だったろうねぇ!あんたは......傷ついてる!ヒィッちょっとあんた呪われてるじゃないか!腕やばくっさ!!オエ!」

 変なみそっかすってもしかしてエバンのことか?傷がついてるのはイザベラ?魂にまで!?

 順繰りになんだか的確な魂の識別をするアニス・ブラックに驚愕しているあいだに、なんだかすごいことを言われた気がする。

 レギュラスが呆然としながらイザベラとラクランの方を見ると、イザベラに哀れみを浮かべた瞳でポンと肩に手を置かれた。

「そういうこともある」

「ああ......ふむ......」

 

 

 

 のマルシェは花のような香りとツヤツヤ輝く黄色の果実で満ちた。プラムの一種、ミラベルだ。旬は過ぎはじめていたけど、ずっと買いたかったものをやっと買えてラクランはホクホクだ。栄養がいろいろあるとかで、健康にもいいとゼナイドに教えてもらった。紙袋いっぱいにミラベルを詰めて、パリから船上とロンドンに姿現しし、そこから家へ向かう。姿現しすると、野うさぎが甲高い声で鳴いて俊敏に藪の中へ入っていった。

「お疲れ様!ただいま!」

 ラクランが家に入るとすぐ、ナンシーが飛び跳ねて(というか魔法で飛んでいたと思う)ラクランに肩車する格好になり、そのままだらーんと膝を引っ掛けてぶら下がる。

「おかえり!」

 ナンシーを背中にぶら下げながら、もう眠っているじいちゃんにも挨拶して、ベッドのそばの薬リストにきちんとチェックが入ってるのを確認した。防音魔法がかかっているのか、こけた頬ではあるけど穏やかだ。

 

「いいにおーい」

「ミラベルっていう果物だよ。夕飯はまだなのか?」

 一つ差し出してみた小さなミラベルを軽くシャツの裾で擦ってからおいしそうにじゅっと食べてしまったナンシーに少しあれ?と思って尋ねてみる。

「食べたけどキャセロールだけ」

「パンは?」

「炭になっちゃったの、イザベラは練習中だから」

「またマグル式にチャレンジしたのか」

 洗濯機の前で唸っているイザベラに声をかける。鬼婆の正体を暴いても、シッターは依然必要だった。他にシッターをやってるなんて広告はなかったし、信用できる人は少ないうえ、レギュラスの生存まで知っているイザベラは貴重な存在だ。アニス・ブラックの倍額支払ってシッターもやってもらっている。

「まったく.......ナンシー、おやつにミラベル4個くらいあげるから、それ食べたら寝なさい」

「じゃあホットミルクものみたい!ラム酒入り!」

「アルコールは飛ばすからな?イザベラ!洗濯回せたら明日用にパン焼くから強力粉と薄力粉合わせてくれないか?手洗って」

「あたしもやる!そのあと砂糖と塩と、ラードでしょ」

「おお、うん。粉をあっためすぎないようにボウルは魔法で冷やしとくから」

 

 ナンシーが手を動かし始めたので好きにさせて、その横でラクランは杖を振った。まず大量のミラベルをスコージファイして、一粒ずつナイフで4枚にスライスしていく――刃物を扱うのは手の方がはやい――これに砂糖をドバドバとスライスしたレモンを入れて煮込めばコンフィチュールになる。

 一旦手を洗ってナンシーが粉をまとめ始めたのを横目に、イザベラへ洗濯機の指導をしに行く。洗濯物は回せたけど、脱水がうまくいかなかったらしい。

「せっかくだからマグル流を勉強したいのはわかるけど、一応お給料を払ってるからね、ほどほどで頼むよ」

「わ、わかってる!」

 杖の一振り、風を送ってインセンディオで炙ってしまえば脱水も乾燥も終わるんだ。でもシャツを見ると少しくすんでいるし皺だらけ。

「フーム明日はアイロンの掛け方を教えるよ、ナンシーも危なくてできないし。パンの焼き方を見たら、今日のところは帰ってもらって大丈夫」

「ラクラン!見て!さっきイーストと牛乳もいれた」

「じゃ、混ぜたらもう生地には触らないでそのまま寝かせておこう」

 見た感じいい仕上がりで、ナンシーの粉だらけの拳と拳を突き合わせる。

「イザベラは型にラードを塗るのと、オーブンの余熱をやって。ナンシーはラムミルクね」

 もう一度チチチ!と音をたててコンロに火をつけ、じいちゃんが昔から使い込んでいたホーローの小さな片手鍋にミルクやラム酒、はちみつを少しだけ入れて温める。じいちゃんともっぱらよく飲んだのはアソル・ブローズやコーヒー、紅茶だったが、リチャードたちはホットミルクにラムを少し垂らして香り付けしていたらしい。たっぷりと注いだマグを渡してやれば、ナンシーは両手で持って大事そうに飲んだ。余熱をじっと見守るイザベラにも渡して、スポンジに鍋を洗っておくよう魔法をかけてからラクランも腰を落ち着けた。

 

「いやあ、しかし雇われてくれてありがとう。ナンシーが楽しそうだ」

「魔法は使えるようになってきてるけど、家には戻れないからね。下っ端の片手間で小遣い稼ぎできるならいいさ」

 8時を周りそうになっているのに気づいて、ナンシーとはおやすみの挨拶をしてから約半日の振り返りを聞く。

「畑の方はどう?」

「あんだけめちゃくちゃになったら今年のルバーブは難しいね、畑は直せたけど植物はどうにも」

「残念だけど植物については大丈夫だよ、そう思ってミラベルのコンフィチュールを作ったんだ。スラグホーン先生に、ミセス・ブラックに、ミセス・クラウチ......」

「衝突して本まで出したのに、まだジャム送るわけ?」

「もう習慣みたいなものだよ。それにミセス・クラウチに贈れば、もしかしたらバーティにも差し入れてもらえるかもだろう」

 しら〜という顔で睨め付けられる。イザベラも闇の一派やご家族といろいろあったのは知ってるけど、そんな顔をしなくてもいいのに。

「あ!もしあれだったらブルストロード家のみなさんにも」

「やめてよ勘当されたんだってば!」

「美味しいものを一緒に食べれば、溝なんてだいたい埋まるものさ。君の家族はせっかく生きてるんだから.......突っ込み過ぎたね。そろそろ送ろう」

「煙突飛行ネットワークをひいてくれりゃ楽なのに」

「それはセキュリティ的にできないんだ。大人になってポートキーもどきを自作するのも憚られるし。おれとしちゃ運輸局で免許をとってくれたら話は早いんだけど?」

 

 苦い顔をして素直に手を掴んだイザベラを、エレファント・キャッスルのクラブから爆音が漏れ聞こえるボロアパートに送る。ここのマグルは本当に昼も夜もなく、元気なことだ。

 治安もあまり良くないし、防音魔法でどうにかなるとはいえ衛生的にもいい家とは言えない。ブルストロード家の人たちだって、勘当した先で娘さんがこんなところに住んでいたとしったらどう思うか。ラクランも一応ナンシーの養父であるので、来るたびしょっぱい顔になる。また明日、と挨拶してじいちゃんの寝顔を確認しに戻り、エバンたちの墓前に出る。

 イザベラはホグワーツの過程を修了してないし、当然姿現しの免許も持ってない。魔法の腕前は気象呪い崩しをしたようにブランクはあっても確かなものだが、何年も聖マンゴで下っ端をしているように、なかなか就職は難しそうだ。シッターをしてくれるのはありがたいけど、友人としては複雑だ。

 

 ウィルクスは早々に亡くなってしまった。

 レギュラスは表向きは死んだことに。今は鬼婆を使って闇の帝王の弱った本体を探している。なんでも鬼婆や吸血鬼にはそれぞれ独自のネットワークがあるらしくて、イキイキとはしているけど、あの調子じゃラクランの望んだような社会的地位の復帰にはまだまだ時間がかかりそうだ。

 イザベラは在学中に攻撃され、修了もできず就職先もないまま実力を持て余している。

 エバンは目の前で死んでしまい、バーティはアズカバン。

 入学した当初、どの寮よりちゃんとした振る舞いで、信頼できた友人たちはみんな思わぬ道を歩んでいる。ラクランだけが、妙に明るい道を歩かせてもらっている。

 

 コートのポケットから、パリのアパルトマンに届いていた手紙を引っ張り出す。ミセス・クラウチから、ずいぶんかかってやってきた、原稿についての返事だった。

 

 ...お送りいただいた原稿だけでなく、本も取り寄せて読みました。

 楽しかった学生時代を思い出す瑞々しさで、とても楽しく......同時に、私たち親が楽しんだ時代を、子どものあなた達にあのように過ごさせてしまったこと、深く後悔しています。

 謝ってもあなた達のかけがえのない時間は戻ってきませんが、本当にごめんなさい。親として不甲斐ないですが、息子の頑張っている姿をあなたの本から垣間見ることができて、本当に感謝しています。

 最後になりますが、息子と友達になってくれて本当にありがとうございました。

 このような本を残してくれたこと、夫は不満のようだけど、息子はあなたのような友人を得て、幸運だったと私は確信しています。

 あなたのこれからの健勝を祈っています。...

 

 最後。最後ってどういうことだろう。

 手紙を何度星明かりに透かしてみても、不安な気持ちは消えてくれなかった。

 結局翌朝すぐ、瓶詰めした絶品のコンフィチュールを送った。

 懐かしい夏の日差しのような黄金色の果実が詰まった瓶は、それだけでナンシーがうっとりするほど美しい会心の出来だったが、興奮し過ぎて吠えメールを送ってきたスラグホーン先生――手紙は美味すぎる!おかわりを!と朝から吠えた――のほかは、音沙汰なしだった。

 

 

 だからあんまり驚けなかったのかもしれない。ラクランはどこか冷静に分析した。

 

「ねえあんた、この記事読んだ!?」

 イザベラが真っ青な顔をしてすっとんできたのは、ちょうどラクランが頭に雪をのっけたまま、3kgはあるターキーとスタッフィングを抱えて――グラスゴーの肉屋から受け取ってきた――家に入ったところだった。これから3時間はかけて焼かないといけない。ナンシーとイザベラに任せたクランベリーソースは上手にできたようで、家の中は甘酸っぱいいい香りで満ちていた。

 暖炉の前の安楽椅子にはじいちゃんがきちんと座っていて、モルドワインの入ったマグを両手で持っている。

 その膝にナンシーが座っていて、やはりどこか緊張した顔でラクランの方を見ていた。

「よいしょ、たぶん読んでない。どうしたの」

「これ!小さいけど、この記事......アズカバンに収監されていたバーテミウス・クラウチ・Jrが、衰弱により、獄中死って......」

 イザベラの持ってきた日刊予言者新聞の4段にある小さな記事は、写真すらついていなかった。

 

 

 




 ラクラン凹み回になってしまった......時間はゴンゴン過ぎていってしまうので、取りこぼしに敏感になると落ち込む一方になってしまうんですよね

・ビル・ウィーズリーの入学
 時間がどんどん進んでいくことの象徴として登場してもらいました。次世代です。
 週刊魔女を掲載媒体に選んだので、ロックハートの大ファンだったモリーはやっぱりファンです。戦争と学生時代がからむので、「スリザリンに入ったら......」みたいな心配に火をつけてしまっています。ご本人がいないのはジニーも生まれたばかりでロンも幼児、何より3、4歳のフレッドとジョージを想像したら恐ろし過ぎたためです。彼らはお留守番で、パーシーとチャーリーだけが一緒に来ています。
 スキャバーズはパーシーのペットだったということだけ判明していますが、生き物好きはチャーリーなことと、老フクロウエロールの購入タイミングとしてチャーリーより長男ビルの入学時の方が納得(兄弟で共用すればい良いため)ということで、このお買い物シーンのあとにはエロールを買うイメージです。
 ビルのフクロウの代わりとしてチャーリーとパーシーでネズミを飼うことにしたけど、逃亡生活後でスキャバーズは弱っているので栄養剤も調達に来たところで......かつてシリウス・ブラックの真似をしていたラクランが帽子をかぶってやってきちゃった、という感じです。

・本編冒頭、我々は〜
 1940のダンケルク撤退後のチャーチルによる有名な演説です。
 国民を奮い立たせる名演説として有名で、サッチャーもかぶせたり、最近ですとゼレンスキーさんもオマージュしてたりしますが、前線から命からがら撤退してきてこれを聴くのはどんな心境だろう、と思います。
 フォークランド戦争とサッチャーの演説が、アランにとってはいやな思い出のきっかけになって、ひさびさにお酒の力に頼ってしまった、みたいな感じです。

・アニス・ブラック
 日刊予言者新聞に投稿してる魔女(鬼婆)として登場している鬼婆さんです。スコットランドの伝承でブラック・アニスという鬼婆がいるらしい。
 ラクランはスコッツですが、レギュラス・ブラックという友人がいたために、「なんか顔色めちゃ悪いけどブラックやしな」みたいな感覚で広告を見て採用しちゃいました。
 子供を(たべるのが)大好きということは、乙女になつくユニコーン同様色々人間と違う感覚を持っているのでは?ということで、レギュラスの呪いやエバンの欠片を管理してもらいました。
(賢者の石前年にクィレルは休職旅行中にヴォルデモートを見つけるんですが、ハグリットのセリフで鬼婆と嫌なことがあったっぽかったので、他の人たる存在の助力を得るというのは個人的に一つのロマンでした)

・ナンシー大暴れ
 なんかだんだん強い子になっちゃいました
 スラグホーン先生にコントロールの授業を受けているし、スラグホーン先生は筋の良い子を見出して育てるのにウキウキしちゃうタイプなので、たぶん必要以上に伸ばしている......というイメージで描いてはいます。

・レギュラス、気づいてきた
 実家から強制的に離れて誰の庇護も受けられなくなり、いよいよ動いているところなので、内省していろんなものが見えてくるかも、と思っています。ラクランの強み、ヴォルデモートが持っていないもの、弱さ。見つけられるとアドバンテージになりそうです。

・バーテミウス・クラウチ・ジュニアとミセス・クラウチ
 1982に入れ替わったことは確かなのですが、同じく衰弱したミセス・クラウチが死ぬ間際まで弱るのと、ミスター・クラウチの説得、ポリジュース薬の材料入手と調合(1ヶ月かかる)と考えて、冬に獄中死という形に。
 ミスター・クラウチや闇祓い局によるブロックでラクランは結局一度も会ったり手紙を出すこともできないままこの報道を迎えました。




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