寒々しい監獄は、それが故に垢と泥に塗れても大した臭気を発していなかった。声を枯らして咽び泣く息の音だけがこだましている。ぞっとするほど冷たい場所だ。
「ここまでで結構だ。お前たちと違って、我々は目が見える。息子を間違うことはない」
ディメンターを追い払い、息子の牢へ向かう。
このような日が来るとは思ってもみなかった。
息子の牢の手前で、妻が小瓶を飲み干し姿を変える。
寝台からウィンキーが妻の指示通り集めた髪によって、息子そっくりそのままの筋張った手が、しかし妻らしい弱々しさと冷たさで自分の袖を掴んだ。震える手に手を重ねて、ゆっくりと連れ立って歩いた。
息子の牢を開けても、息子そのままの妻を前にしても、瞳の色はちらりとも変わらなかった。
妻が震える手で自分の髪を入れたポリジュース薬の小瓶を差し出す。
妻は何事か囁いて最後に小さな鋏で息子の髪を少し切った。その手が震えているの見て、ようやく息子の瞳がわずかに動く。
そうしてぐらりと瞳が動いた先で私と視線がかちあったとき、見えた。見えてしまった。
その瞳の奥で、獰猛な熾がたしかに燃えているのを。
三匹の蛇 32
年越しで湖が凍るのは久しぶりのことだった。白銀色になった湖面を見下ろして、ラクランは赤くなった指先で中身のない墓石に積もった雪を落とす。
湖は冷たい水中でなんとか命を繋いでいた生き物たちも全て死に絶えてしまったように凪いでいる。青っぽい夜明け前の空気の中、遠くで小鳥の群れが木から木へと渡っていく賑やかな声だけが聞こえた。
口元で息が白く広がり、うっすらと現れてきた朝の兆しにきらきらと輝いて消えていく。
「突然にこう〜、結果だけポンとよこすことないじゃないかって思わないか?」
だしぬけに愚痴を言ってみたけれど、言葉を探す時間が長すぎたのか舌がもつれて幼い発音になった。
「......なんとか言ってくれよ」
エバンなら間違いなくからかってくるはずだ。だというのに、このところずっとうんともすんともだ。
ナンシーがケイヒル家で過ごす2度目のクリスマスだ。一度目は葬式のすぐ後でとてもじゃないけど楽しんでもらうことはできなかったから、ラクランは気を張って、ツリーもプレゼントも、七面鳥だってイザベラと苦労して準備した。そして今日はガレット・デ・ロワだ。パリの人気な店をゼナイドに教えてもらって、予約して買ってきた。
「フェーヴが入ってたら王冠を被って、その人が今年一年は幸運な王様ということになる。ホグワーツでも出るんだ、東方の三博士がキリストを訪れた日が公現節だけど、魔法界でも三博士が魔法使いかどうか意見が割れていて......」
ガレット・デ・ロワを教えてくれたのはバーティだ。バターの良い香りで室内は満たされているのに、口の中はバーティの骸が味わっているかもしれない冷たい土の味がした。努めて明るく解説しながら切り分けると、カツンとフェーブに当たる感触があって、慌ててナンシーの皿に取り分けた。
ナンシーはフォークで安全にフェーブを探り当て――フェーブは陶器製の可愛らしい羊だった――紙製の王冠を被って控えめに笑顔は浮かべてくれたが、今年は幸運な年だよ!といっても大して盛り上がらずに食べ終えた。プレゼントとご馳走だけでご機嫌がとれる子であれば保護者としては扱いやすかったかもしれないけれど、そういう子でないのがナンシーの素敵なところだ。
結局一緒に聖書を音読した以外は特別なこともせずに、二人で洗い物をしてお決まりのラムミルクを飲んだ。
「ねえラッキー、大人になったらみんなあんたみたいに悲しかったり疲れてても笑顔で頑張らなきゃいけないわけ?」
分厚いキルトと毛布をしっかり乗せてやっているところで、それってすっごく......最低、とFか何かを飲み込んでナンシーは心底気の毒そうに言った。
「全部バレバレだった?参ったなあ......せっかくのクリスマスに辛気臭い顔しちゃってごめん。大人はまあ、そうやってお金を稼いで食っていかなくちゃいけないからね。おれは大丈夫だよ、いまいち現実だって感じがしないだけで」
「アイ、大丈夫だって!?ラクラン・ケイヒル!もう忘れちゃったわけ?適当にのっくみやすいふうにして気持ちをのっくむのはダメなんでしょ?」
ラクランの鼻先で小さな人差し指をブンブン振って、ナンシーは責め立てる。まごくつラクランなどお構いなしだ。
「そうだ、それじゃ王様命令!心底笑えるようになるまで、おうちで無理やり笑うの禁止にする。気持ち悪いもん」
「キ!......ゴホン、ご婦人方には割と人気だったらしいぞ、リータ・スキータに顔で本を売ってるって中傷投稿されたし」
「ここはサイン会じゃないけど?H, O, M, E!お家!」
「わかったよ、悪かった。君に少しでもいいクリスマスを過ごしてほしくてだな」
「その計画は大失敗!貼り付けた顔見ると鳥肌が立つんだってば」
「アイ......わかりました、女王様」
「命令追加で、大丈夫っていうのも禁止にしようかな、あと学校にいくのに姿現しするのも」
ナンシーはばふんとベッドの中に潜ってから小さな声で言った。小さく毛布の塊が揺れている。
「それはナンシーが寝坊しないかどうかにかかってるよ。でもそうだね、明日は久しぶりに箒で学校に送ろうかなあ」
きゃあと掠れた高い音がしたのをぽんぽんと毛布を叩いて落ち着けて、日の出前に起きろよ、と釘を刺してから下の階へ降りる。
一応立場上は養親であるけれども、時々姉と弟になっている気すらする。学生時代からあんまりわかる方じゃないけれども、女の子というのは大人になるのが早い。
9歳のころのラクランは周りの誰かの顔や心情なんて一回も慮ったことはなかった。湖のどこにザリガニの籠罠を仕掛けるか、自転車のハンドルをチョッパーから今度はどんな形に改造しようか、じいちゃんにプロレスで勝つには。そういうことばかりに心血を注いでいた気がするのに。
「なんだ深刻な顔して」
「貴重な子供時代はのびのび過ごして欲しいんだ。でもナンシーがどんどん大人になっていく原因は、どう考えてもおれの不甲斐なさのせいだから、頭が痛くて」
「ああ、ありゃいい女になるだろうな」
「こら、そんな言い方しない!ボケ老人」
「お前こそなんだと」
太り始めた三日月を眺めながら聖書の表紙をなぜているアランと、軽く言葉で殴り合ってラクランはどっかりと椅子に腰掛けた。
「......イザベラに聞いたぞ。お前の一番の友達が死んだと。公現祭も過ぎたし、葬式はそろそろか?後々後悔するから、わしらに構わずちゃんと行け。その辛気臭い顔でうちのほうが葬式だしたみたいだ」
「それがもう3通も送ったけどクラウチ家から返事がなくて......魔法省に問い合わせたところ、すでに監獄の共同墓地に埋葬されたっていうんだ」
「監獄?」
「あ、ああ。罪人として監獄に入っていたから......それで衰弱してしまったということだけど」
「この時代に若者がすぐに死ぬ監獄なぞあるのか?一体なんの罪で?」
戦争中捕虜になった体験でも思い出してるのか、じいちゃんの目がふっと遠くなる。ラクランも自分の手元に目線を落とした。
「......今年で3歳になる息子さんがいるご夫婦を、集団で襲撃し拷問の魔法をかけて精神崩壊させたとされている。ディメンターっていう魔法生物が看守をやっていて、幸せな気持ちや思い出を吸い取って心を弱らせる」
「......しでかしたことと同じような目にあって償う刑罰ということか。原始的だがわかりやすいな」
誰かの幸せを壊したから、自分の幸せも破壊し尽くされると、そういうのか。顎に手をやってしゃがれ声で頷くアランに、ラクランは冷たく鼻を鳴らした。
「あんなものが償いになるとは、おれは決して思わない」
「ほう?」
「じいちゃんは魔法界の司法を誤解しているよ。そもそもどこまでバーティが主体的に加害を行ったか証明できてないんだから。他の裁判では許した言い逃れをバーティには許さなかった。裁定の不確かさは抜かすにしても、"目には目を、歯には歯を"だって成り立っちゃいないんだ」
「なんだ、魔法もできないことがずいぶん多いな。ふわふわしたものをうまく扱うのが魔法じゃないのか?」
「魔法使いや魔女だって人間だ。自分にもわからない心の動きや、罪の大きさなんかをきちんと目にみえるようにするのは無理だよ」
魔法と魔法生物によって、誰かから幸せを奪ったものから、同じように幸せを奪う。なるほど、字面だけ見ればじいちゃんが納得するように釣り合いがとれているように見える。
だがロングボトム夫妻が奪われたのは家族のかけがえのない時間、これから育んでいくはずだった暖かい家庭そのものだ。もちろん彼らの心身へ与えられたダメージはひどいものだけれど、魔法族にとってもっとも取り返しがつかないのは我が子との時間の方だろう。
それに対してバーティはどうだろうか。家族が家族としてうまく機能していなかったのは傍目にも明らかだった。自分の実力を認められることや、より正しいと思う魔法界の実現にこそ幸せがあったのかもしれない。友情も彼にとっての幸せであれば嬉しいが、とにかく同じ幸せであってもまったく別のものだ。
「なんだ、雲を掴んだり蛇を呼び出したり記憶やら魂やらっちゅーのは魔法の専売特許だと思っておったが」
「抽象概念が大雑把すぎたり誤っている場合、魔法だって正しく働かないか膨大な魔力を必要とする......翻って理解が間違っていても、魔法の力で形だけそれらしい物や状態を作り出せてしまえる。中途半端にわかった気になっちゃうから、まったく触れないよりタチが悪い時もあるよ」
幸せを奪われる罰が相応しかったとして、同じだけの幸せを奪って償っていると、誰が評価するのか?
「罪を罪だと明らかにして、そして本当に罪があるなら何がどう悪くてひどいことだったのか、わからないことも一緒に悩んで、一緒に背負うって決めたんだ。なのに......こんな、まだなにも変えられてないときに」
「そうさな、若いやつの死に後悔なしなんてことはまずない。これからなんにでもなれるし、なんでもできるやつが死んじまったんだからな」
アランは重々しく乾杯の仕草をして薄めに淹れた紅茶を飲んだ。ラクランも黙って俯いたが、やっぱりまだ何一つ実感が湧いてこなかった。何度となく確認している印のある右腕を手で抑えた。
"――汝、ラクラン・ケイヒルは、友、バーテミウス・クラウチ・ジュニアのいかなる窮地にも助けとなり、困難の嵐から守る家となると誓うか?"
"ああ、誓う!"
家になるとおれは誓ったが、"バーテミウスの"家となるとは誓わないように誘導されていた。おれも引っかかったけど、おれが頼り甲斐のあるしっかりした魔法使いになっていれば問題ないと思ったんだ。
結果はどうだろう?バーティはおれが渡した不正ポートキーもどきの小石を一度も使わなかった。この家に来てくれたのは自力でおおよその場所を特定してきた、あの一度きり。しかしおれは
ましてバーティの危機にも――死んでしまうくらいなら、アズカバンで幾度も命の危険に晒されていたはずなのに、敵鏡の魔法を応用した印は頭の中のエバンと同様うんともすんともだった。
そのくせバーティもエバンもいなくなってしまってから、印は時折鈍く熱を持つ。
これが全部おれの危険に反応しているというのなら、おれは結局二人とも守れないまま、二人によって相当守られているらしい。
「ラッキー、わしも兄弟は兄以外みんな死んじまったし、同郷の兄弟より兄弟みてえな親友も、部隊の仲間も亡くした。お前と同じ頃にだ。それで何して生きてきたと思う?お前は何をするつもりなんだ」
「敵討ち?バーティやエバンがやりたかったことを代わりに成し遂げることだ。せめてそれくらいやらないと、おれは友人なんて二度と名乗れなくなる」
「ああ違う違う、そんなものに縋って生きるな。いいか、わしが思うに生き残っちまった方がやるべきことはな、めいっぱい生を楽しむってことだ」
眉間に深々と皺が刻まれた顔で言われてもチグハグだったが、アランは穏やかな顔ですっと腕を伸ばして、マグカップで温まったうすっぺたい手でラクランの目尻を撫でた。
「全然ダメだな、笑い皺が一本もない」
「じいちゃん、おれまだピッチピチの20歳だよ」
「ピチピチにしちゃ随分と硬い表情筋だな」
「まあ聞け、そこらへんを見ても明らかなように苔は生きるより死んで
「じいちゃん、そりゃ酸素が供給されない冷たい水の中でちょっとずつ分解が進んでるからで」
「ものの例えだ、黙って聞いてろ!友達が先に泥炭になっちまったとして、その喪に服してやることが日光の喜びもおしめりも享受しないことか?違うだろう!」
厳しい紅茶色の瞳に射抜かれて、ダメだと思うのに思考が回る。同時に印がカッと熱を帯びて、ラクランはわずかに目を見開いた。
「お前は生きてるっつーことのすんばらしさをよくわかっていると思っていたがなあ。オイ、どうして自分が生きていることがそんなに苦しい?」
ヒュッと音を立てて息を吸ったが、吸ったそばから喉に穴でもあいて、息が漏れているように息苦しかった。生きているのを心苦しく思う理由なんて、思い当たる節がありすぎる。
カサカサで肉が落ちたじいちゃんの手は相変わらずそっとラクランの顔を撫でている。オークの幹のような重厚さだったかつての掌が嘘のように弱く軽い。それでもまだきちんと暖かい手はどこかどっしり構えているようで、身を任せても大丈夫そうな頼もしさがあった。
ストーブの中で火がはぜ、ガラスを熱風が舐めていく音だけがしばらくひびいた。
ラクランは深く深呼吸して、自分と同じ色の瞳を見つめ返す。
魔法界に惹かれてそっちで生きていくことにしたのは、魔法界の豊かな生き物たち、友人たちをもっと知るため。じいちゃんの治療に役立てるため。それに何かあった時縋れる家としてみんなに頼ってもらうため......。
「ゴホッゴホ」
「ラッキー!」
「大丈夫。破れぬ誓いを半ば破ったことを、改めて自覚しなおしただけだ。今日まで死ねなかったのに今更死ぬことはない。バーティのやつは最初からおれなんぞに守られる気なんてなかったんだ」
おれも相当背伸びしていたつもりだけど、二人が見ていたものはあの頃ちっとも見えていなかった。
きっとあの、エバンが死んだ夜が最後のチャンスだった。あのとき何かをきっかけにバーティはラクランたちと自分に線引きして、こっちの手をすり抜けるように離れていった。
対等な友人になったつもりでいて、親友なんだとほざいていたくせ実力もなにも信用されていなかったんだ。結局今バーティの残した抜け道に頼る形で生き延びている。それがたまらなく恥ずかしくて悔しくて、悲しい。
「おれにはまだ、バーティの死をそのまま悲しむ準備さえできていないんだ......」
くすんだ窓越しに見えていた三日月はいつの間にか山に隠れている。星あかりの中で、湖面がぼんやりと青白く光っていた。
小綺麗なフクロウなどでなく、小さなコウモリがバタバタとレギュラスからの手紙を持ってきた。まだノクターン横丁にいるような怪しい人たる者たちと行動を共にしているのだろうか。
君と同じく友人の一人を失った者として、深くお悔やみ申し上げる。半分ほどであっても驚くべき人生を共にした彼を失った君へ、思い出が慰めをもたらしますように。
(追伸)
葬儀の有無すらわからないということだけど、それならまた、墓を作ろう。良い岩を見つけたら教えてくれ。
ブラック家からもお悔やみの手紙を出すようクリーチャーに手配したが、返事はないようだ。ミスター・クラウチはあの小さな記事だけで水に流すつもりかな。
そこで一つ提案だ。
バーティの名誉のために、日刊予言者新聞の読者投稿欄にぜひ何か書いてくれ。
魔法界の様式は無視して良いし、昔を偲ぶような記事でいい。バーティの裁判を覆すには時間は足りなかったけれど、これは僕らが完遂しなければいけない仕事だ。
なによりいろいろな邪推記事や死の悲しみで思い出が濁ってしまう前に、君はペンをもって頭を整理した方がいいと思う。大事な思い出をなくしてしまわないように。
ラクランはどさりと椅子に腰掛けた。もうすでに押し寄せる後悔や羞恥でだいぶバーティとの思い出が影響されている。手紙はもう1通あったから、項垂れながら開封した。
(追追伸)
近況報告を忘れていた。こちらは今ブライトンだ。捜索は順調......だと願っている。魔法使いや魔女以外に、これほど活発なネットワークが存在していたというのは完全に盲点だった。
リトルハングルトン方面も一時彷徨っていたようだけど、あいつは大陸に渡った可能性が高い。鬼婆の連絡網を使ってことさら弱く醜い魂の目撃情報を集めて辿っているんだ。パリに一度渡ったことは間違いなさそうだ。
大陸では吸血鬼のほうが活発なので、顔繋ぎをしてもらって大陸を探索するつもりだ。費用については、魔法植物の採集でまかないたいので君の図鑑を借りられると助かる。
パリで一度会えると思うよ。
それまで、君もどうか元気で。
1通目とは打って変わっていきいきとした表情が隠しきれていない手紙に、少しだけ口角を上げる。レギュラスはなんとか生き延びて、生きているからこそ全く知らなかった新しい世界を学んでいる。その先にあるのは復讐であっても、彼は今生きることを楽しんでいそうだ。
バーティが生きていたら、どんなふうだっただろう?
そんな想像を始めて、ペンをとった。
『失われたさる白き手に寄せて』
ラクラン・ケイヒル
a.k.aイグネイシャス・マグニチュード
クリスマス直前に四面の小さな記事に載せられた訃報を読んだ方は、読者のなかに一体どれだけいらっしゃるだろうか。あれきりなんの続報もないまま、私の無二の親友は冷たい土の下に魂を手放し横たわっているとのご回答を魔法省より頂戴したのは、こちらが催促の手紙を3度送ったあとだった。友人の突然にして納得など到底できない退場にいまだ信じられない思いではあるものの、かすれてしまわないうちに、急いで彼の思い出を掘り起こしたいと思う。
もはや手元に残っている思い出の品は、ホグワーツ時代に交わしたプレゼントや手紙くらいのものだ。しかしそれらも彼の身体と同じくいずれ土に帰っていってしまうだろう。私の中で生き続けてくれそうな思い出がないか、記憶を辿らんとしたところで、羽ペンを持った自分の手を見てあることに気がついた。
私は父親のわからぬマグル育ちである。魔法戦争の時代にスリザリンに組み分けされたのは、一般的には不運なのだろう。しかし私にとっては間違いなく幸運な組み分けだった。それは今に至っても胸を張って言えることだ。たしかに私は無二の友人を得ることができたのだから。
マグル生まれやマグル育ちがホグワーツで学ぶ上での障害は意外なほどに多い。それは単なる魔法に関する知識や経験の差ではない。あらゆる生活すべてに不便がある。
ご存知ない方のために補足しておくが、マグルはボールペンや鉛筆を使い、羊皮紙ではなく紙を用いる。マグルの祖父のもとで育った私は、ホグワーツ入学のその時まで羊皮紙や羽ペンに触れたことがなかった。
それでもそれなりに優秀な成績を修めて卒業できたのは、ひとえに入学以来同室であった件の友人をはじめとする仲間の助けのおかげである。授業で習う教科書に書いてあること以外の全てを、羽ペンの持ち方、羊皮紙の使い方などを、私はスリザリンの友人にすっかり教わった。
かくして、羽ペンを持って羊皮紙に目線を落とした私は目を見開いた。
もう卒業して3年はたったが、いまだ私の羽ペンの持ち方、ペン先のカットの仕方、どのあたりまでインクにつけるかといった作法はすべて彼に教わった時のままである。
勤勉な彼が自分のために最適化したやり方を教わった私は、自分なりの改変を加える必要性も感じず、今日この時まで教えられた通りに羽ペンを使ってきた。私は自分で思うよりいくぶん素直な生徒らしい。
ホグワーツ特急のコンパートメントで白い手と握手をしたときに不思議に思った、彼の羽ペンによるペンだこを10年後に自分の手に見つけることになろうとは、あの日の11歳の私は夢にも思っていなかった。
もちろん、21歳の若さでもう二度とあの白い手と握手できないなどということになるなどとも。
しかし彼が生まれに頓着せず、彼なりの方法で私を友と一度は認め、さまざま授けてくれた知恵は今もこうしてたしかに私の身体のうちに生きている。
ペンだこは私にとって、11歳の彼の素朴な良心や友情、努力の証である。人生の半分しか共にできなかった友が、いかにして闇に巻き込まれたか私は知らない。寮に関わらずあらゆる人にとって闇が身近にありすぎる時代だった。彼の苦悩を十分に知らないことを恥じながら、彼がかつて白き手をしていた証を自分の指に宿して私は生きていく。
かように素朴な少年がいかにして闇の陣営に加わってしまったのか。私は無理解と無関心が理由だと考える。
あの時代我々はマグルも純血も、闇も光も、親も子も、互いが互いを知ろうとしなかった。それが故に戦争は起こり、誰もが苦しい思いをした。
隣人に心を寄せ、あのような時代を再び到来させないよう努めることが、我が友人や陣営問わず傷つき命を落とした魔法使いや魔女たちに少しでも報いる方法であると私は信じる。
願わくば彼のように若くして時代の渦に巻き込まれてしまう人がもう二度と現れないことを祈る。
そして誰より勤勉で、素朴な良心を持っていた青年が、どうか多くの人の心に留まりますように。
彼の罪を、少しずつでも贖うことができますように。
マタイによる福音書にて、イエスはこのように言われたと記されている。
「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」
君にもどうか、神が共にありますように。
小さな冊子が魔法生物学会で取り上げてもらえたことであったり、共著論文に参加させてもらえたことはある。挨拶回りにもきちんと行っていたが、ゼナイドとメディの前でラクランはただの補助研究員であり、レギュラスやアラン、ナンシーの前ではただのラクランだった。
だからすっかり失念していたのだ、意外と有名人になっていたということを。
少なくともイギリス魔法界では研究者として一番働いていたし、フランスに出ていたおかげで他国の魔法使いや魔女と話す機会にも恵まれ、顔が売れていた。
その上ご丁寧にホグワーツ回想録を出版した私小説家としてのペンネームまで明記して出してしまったのだ――なにせ、そうでもしないと読んでもらえないと思い込んでいたので。
再び家にはさまざまな姿のフクロウたちが大挙することになった。じいちゃんはフクロウにうんざりして、ラクランが魔法をかけた羽のように軽い杖を伴って湖畔を散歩するのを新たな日課にしているほどだ。
せっかくなのでじいちゃんの食事を準備してもらう片手間に、イザベラに差出人の仕分けを頼んだ――勘当されたがブルストロード家の長女だったイザベラだ、ほとんどが遠い親戚の純血魔法族なら、大抵の人名は抑えている。これ以上ない人材だ――。
大きなトピックは大体三つ。
一つはラクランの生まれについてで、これは少数派。過激な反応を示すような魔法使いや魔女は、今頃アズカバンかインペリオされたんだ!と言い訳して大人しくしているところなので、送ってくるのは頭が凝り固まったまま体は衰えて屋敷に引っ込んでいた年配の魔法使いや魔女達だけだった。
反対に最も多数の手紙が寄せられたのはラクランの出生と今の活躍について。スリザリン寮のことや、デスイーターとして監獄へ送られ早逝してしまったバーティの、世に知られていなかった
三つ目が、アズカバンやウィゼンガモットのあり方、あるいはホグワーツでの生活における指導について不安を訴えるもので、主にラクラン達と同年代かそれ以下の年の子を持つ保護者達から送られてきた。
「ミスター・クラウチでかき消されてしまうバーティの顔を少しでも伝えたかったこともあるけど、長期的には今の魔法界のあり方について疑問をもつ人を増やして変革を目指してもいる。自分の子供達のことが心配というところがスタートでもかまわないよ、これは嬉しい反応だね。実際闇の帝王との戦争でなあなあになっていただけで改善の余地はたくさんある」
したり顔で三つの山を眺めながらコーヒーを飲むラクランの隣にイザベラがリストを投げ出してどっかり座る。こんなに手紙で大変な目に遭うのは祖母の葬儀依以来、とぐるりと目を回してみせた。
「その様子じゃ、返信はやっぱりおれが頑張るべきだね」
「そりゃああんた宛なんだからあんたが最終的には全部読むべきだけど......ホグワーツでの生活指導の課題は、在学生からも上がってるんだ。女子からのものは私がへんじするよ。髪の巻き方を知らない女子とか、魔法を覚えないうちはそれは悲惨なの。とくに仲良しと部屋が分かれたりしたら......」
ぶるり、と身震いして見せる彼女はホグワーツ特急で最初に会った時から"ちゃんと"していたが、苦労している同級生もいたんだろう。男子は致命的な大失態をやらかすと減点という痛手を負ったが、それ以外はノーダメージみたいなもので、鳥の巣頭でもシャツがだらだらと出ていてもそっちがマジョリティだったが、女子はというとなかなかそうはいかないのかもしれない。ナンシーを見てる限り、あのくらいの年頃の男女じゃ精神年齢が5〜10歳は違いそうだ。
「魔法界のマナーは少し古いものも混じってたりするんだ。よければ今度、ナンシーの誕生日は魔法界式のパーティをしてみようか。ああいうのは経験だ。身内で楽しむだけだけど、遊びがてらマナーも教えたいね」
「そりゃいいね、誰か招待するのはごめんだよ」
「リーマスくらいはいいだろう?」
ラクランだって低学年のころはバーティやレギュラスというマナーのお手本をチラチラと横目に見て真似してなんとかこなしていた。エバンはあんまり頼りにはならなかったが一緒に学ぶ友がいるというのも心強かった。
そういう教養はホグワーツで役立つだけでなく、自信を持って行ける場所を増やしてくれる。
「考えてみればスリザリンはちゃんとした身だしなみを整える大切さをある程度教育されている家の子が多かったから、良いお手本が周りにいて幸運だったな。テーブルマナーなんかも1年生から大惨事ということはあんまりなかった。君がお勧めしてくれた通りにね」
「100%じゃないけどね。うちの寮にもセブルス・スネイプみたいなのは――あの人が教授になってますます絶望的じゃん!」
「彼はおそらく知らないだけ、教わる環境になかっただけで、必要なことをこなせないわけじゃないよ。それに魔法薬学の腕は確かだ」
ラクランだって物心ついたころはめちゃくちゃだった。ほうれん草の缶詰を食べたくなくて、わざとアランの顔に吹っ飛ばしたりしたものだ。一緒に食べてる方が嫌な気持ちになる、という理由でアランにテーブルマナーを叩き込まれていたし、シャツの着方、服の磨き方、髪の整え方もまた、ちゃんとすれば長持ちする上カッコいいからと村のおばあちゃんたちに暇つぶしがてら教えてもらった。
「あんたは割合きちんとしてたよね」
「マグル生まれや半純血だと、大概ホグワーツの前にプライマリーに行ってるからそのぶんわりと社会性は身についてるかも。魔法族の常識や魔法の使いこなしというとまた別だけどね」
「身なりの清潔感や基本的な書き取り、宿題の作法がわかってる方がよっぽど大事だ!実際あんたがそうでしょ。魔法界じゃホグワーツが最初で最後の学校だからねえ」
「ナーサリーやプライマリーがあった方が、保護者が働きにも出やすいし入学時点の差もなくせるよね。人口が少ないし散らばってるから、まとめてどこかでやるほどの需要がないのかもしれないけど......」
最初できないのはみんな当たり前だ。できないよりできる方がいいと時間を割いて教えることができる家庭は限られる。スタートの違いがある状態で――書き取りや語彙力、授業中の姿勢や身なりの整え方など――勉強が始まると、大体は出来レースになる。ラクランは魔法界での知識が欠けていたにも関わらず、友人に恵まれてなんとかおっつけたラッキーなケースだ。
「イギリス魔法界全体に若干の血統主義があり縁故採用も起こりがちとはいえ、文句なしにハイレベルのフクロウやイモリを経てもなお経済格差が生まれるのは幼児教育、家庭環境からすでに問題は始まっているが故なのかもしれないね。考える余裕がなかったけれど......」
「さっきの話に戻るけど、スネイプが魔法薬学教授になるってことはスラグホーン先生はご退職なさるんでしょ?それって絶望よ!寮監もいきなりスネイプが担当するということだもの」
バン、と自分の膝を勢いよく打ってから勢いが強すぎたのか膝をさするイザベラにくすくす笑いつつ、魔法使いとしての実力はきちんと認めているセブルス・スネイプがそれほど絶望的とは思えなくてラクランは眉をぴくりと動かした。
「一体全体、どう絶望的なんだい?たしかに新任で寮監は大変だろうけど、彼は優秀だよ。スラグ・クラブがなくなるというのはたしかに痛手だ。大人になる前に社交界の予行演習ができる貴重な機会だからね、とはいえ」
「それよ〜!スラグ・クラブ。スラグホーン先生は気に入った生徒を贔屓してコレクションするいいご趣味がおありだったでしょ。それでね、あの人は身なりが比較的ちゃんとしてて、なおかつなにか光る才能やアイデアを持った生徒を好むの。現にスネイプはあんた達が認めるほどの魔法の腕があっても、一度だってスラグ・クラブに呼ばれてない」
まあ私も呼ばれなかったけど、とむっすりした顔で付け加えるイザベラにううむ、と考え込んでみるが、ラクランにも確かに理由はよくわからなかった。
相当な若年でホグワーツ教授になったこともあり、間違いなく優秀なんだけどな。イザベラが気にしたように彼の身なりはあんまり良くなかったけど、スラグホーン先生がなにか外見を気にするところをあんまり見た記憶がない。本人が趣味の悪い蛍光色のハンカチを愛用してるし、恰幅もいいが気にした素振りもない......。
納得いかない様子のラクランに、イザベラもまた額に手を当ててあちゃーなんでわかんないかな、という仕草をした。
「こりゃナンシーもいろいろ教えてあげなきゃ」
「それはぜひ頼むよ、おれじゃ気がつかないこともたくさんあるだろうし目はたくさんあればあるほどいい。いやしかしスラグホーン先生にファッションチェックされた思い出なんてないんだけど」
「そりゃあんたがちゃんとしてたし、ちゃんとしてる奴らとしか付き合いがなかったからだよ。それに面と向かっていろいろいうのはマクゴナガルくらいでしょ。スラグホーン先生は面と向かっては言わないの。そこがポイントだったのに!」
「どういうこと?」
「大人になって社会に出た時、取引先の人がいちいちマクゴナガルみたいにガミガミいう?"あっこの人はこういう人なんだ〜"てそっと距離を置かれるでしょ。スラグホーン先生がやるみたいに」
イザベラの言葉には実感がたっぷりこもっていた。いい家の出のお嬢さんは聖マンゴ掃除の同僚にはまずいなかっただろうし、マグルの中に住むのにだって色々苦労はあっただろう。しかも勘当されてるから相談したり愚痴を言える身内だってゼロだ。今更ではあるけれども、ラクランは労いを込めて膝の上に投げ出されたイザベラの手をポンポンと叩いてみたが、サッと手を引っ込められた。
「同情はやめてよね!とにかく、私はスラグホーン先生のそっと距離置く姿を見てたおかげで、同じ対応を取られた時にどういうことだろう?って引っかかって気づけたわけ。あの人超わかりやすいよ!他の偏屈純血魔法族共よりはね」
言われてううんと振り返って思い出すのはレギュラス、オリオン様にシリウスとヴァルブルガ様だ。あの親子は面白いくらい真っ二つに二極化している。レギュラスやオリオン様のような振る舞いを指すなら、それに比べればたしかにスラグホーン先生はわかりやすい。
「教育者としてはどうかと思うけど、あの人はきっと表立って口に出さないけど行動には出すっていうスタンスで、のらりくらり上手いこと生きてきたんだ。相手がどうなってもいいよ〜なんて切り捨てて恨まれても涼しい顔できるのは、本当に力のある家だけだしね」
「たしかに、友好な関係を築く努力をしなくていい人でないと、ああいう振る舞いは難しいね。生きるためにか、うまいことを言うな」
「自分のためだからこそあの人の嗅覚は鋭い。でもきっとそれで救われた生徒は私だけじゃない。スネイプにそれは期待できないから、絶望的なのよ」
「まあ確かに。彼に同じことをやれというのはねえ.....」
「おい、今度はなんちゃらドアから手紙が届いてるぞ」
「ドア?修理業者かな」
「違うね、そりゃどう見ても羊皮紙だ」
湖畔を杖をついてゆっくりと散歩していたじいちゃんは、フクロウに襲われたらしく帽子に羽をくっつけてむっつり帰ってきた。とぼけてみたがイザベラにバシっと否定されて、目を凝らしたラクランはすっとんきょうな声を上げた。
「ダンブルドアから!?」
魔法事故惨事部はいつも忙しい。
以前ルーピンに教わった通り電話ボックスを使って魔法省へはいったあと、ロビーでそれらしき風貌の魔女に声をかけたらそれからあっという間だった。
忘却術士本部もある部署だから、もしや魔法事故リセット部隊のだれかに忘却呪文でもかけられたんじゃないかと思いたくなるほど飛ぶように時間が過ぎていく。
「おはようございます!アーノルド」
「おはようございますミスター・ケイヒル」
「ラクランでいいですよ、こそばゆいです」
「はあ。じゃあラクラン、魔法大臣がお呼びですよ」
ラクランが朝食の残りを包んできたラップサンドを机の端に置き、早朝に届いたらしい紙飛行機の山を漁りながら同僚へ挨拶する。
わざとお堅い呼びかたをしてきた猫背のアーノルド・ピーズグッドは、振り返ったラクランにひらひらと紙飛行機を振った。
「また何かやらかしたの!?」
「さあ」
「ゴホン失礼、君に言っても仕方ないことなのに......しかしなんだって就任早々に挨拶に行かないんだ......」
「さあ。じゃあ、僕はこれで」
「ああすまなかった。健闘を祈るよ」
地下3階に出勤したと思ったのに、もう蜻蛉返りだ。ラクランはぐるりと目を回したあとは咳払いと共に気を取り直してピカピカの革靴で足早に歩いた。
魔法エレベーターは悪くないが、廊下も長ったらし上魔法使いや魔女はなぜだかまっすぐ歩けない人が多いので魔法で動くオートウォークを導入するべきだと思う。
セキュリティの関係でいちいち通路に出てエレベーターに乗らなければ部署から部署への移動はできない。
「3階です」
「魔法大臣室へ」
エレベーターが動く間、イライラとつま先を動かしてしまう。メディの勧めと、ある目的のために出向して入省したわけだが――入って一週間ですでにラクランは後悔でいっぱいだった。
表向きの出向依頼理由としては、ヨーロッパの国々とイギリスをつなぐ鉄道開業を目指し、1700年代以来じわじわと進められてきた英仏海峡トンネル事業で出てくる、海洋魔法生物との遭遇報告への対処だった。ドーバー海峡にトンネルを、なんてびっくりだけど、事業自体は時折中止しながら1978年ごろから進んでいたらしい。
裏の目的――"誰か"の命の危機に反応して今も印が時折熱くなる理由を探ること――を除いても、ぜひ協力したいと思っていたのだ。しかし......
「1階です」
「ありがとう」
大して意味はないだろうお礼を口にしながら、エレベーターを降りる。ため息を一つ吐いて、無駄に荘厳な魔法大臣室のドアをノックした。
「ああ!ラクラン待っていたよ!!」
「今度はどうされたのですか」
「あっちの首相が――あのマグルの女が!」
頭を抱えるコーネリウス・ファッジ魔法大臣を落ち着ける。この人はやっぱり全くもって大臣の器じゃない。小心者だ。とはいえ小心者な分、内心で冷たい目を向けると驚くほど敏感に察知される。器じゃないことを自覚して周囲に知恵を借りてるだけマシか。
これまでの問答のアドバイスをみる限りダンブルドア校長はマグルにもそこそこ詳しいようだが、あの風貌ではマグルの官僚に到底受け入れられない。
「今度はどんな要望を突きつけてきたのですか」
「窓口になっている絵画に万年筆を突きつけて脅すんだ!」
「そりゃ向こうが連絡を取る方法はあの絵画しかないんですから。今まで一方通行だったことのほうが無茶ってものです」
「しかし向こうからあることないこと責任をなすりつけられちゃあ」
「それは理解できますが......リセット部隊がなかったことにしているだけで、実際はだいたい魔法省案件なんですから......次官、それで首相の要望は?」
「RAIだかなんだかが危ないから、イギリス魔法界が本当に現内閣に敵対的でないなら護衛をよこせと」
顔をなす色にしてパニックになるファッジ大臣はそうとうやり込められている。しかたなく秘書の方へ目をやると、ぴくりと眉を動かして応答した。
「なんだ、出したらいいじゃないですか」
「そんな人員はおらん!先の首相に魔法戦争中に護衛をつけていたらしいが、今はそんな状況ではないし。リセット部隊が頻繁に出動させられた!月に二度は交代になったそうだぞ」
「もしかしてマッドアイ・ムーディなんかを行かせていたのでは......?」
「彼も出ていたらしいが何か不都合があるのか?彼は腕ききだ!」
「腕が立っても、マグル側の受け入れやすさというものがあるでしょう。護衛が護衛対象を不安いっぱいにしてどうするんですか」
ラクランはズキズキと痛み出したこめかみを抑えて、努めて冷静な声で批判した。
先代の首相とはうまくやりとりできていたようなのに、今こんなに緊張しているのは向こうの"鉄の女"のせいだけではない。向こうの首相が変わる以前までは、大臣の話す通り反省点はあるもののコネクションがあった。
その後マグルが政権交代するタイミングで魔法界も魔法戦争が本格化。護衛をしていたような魔法使いや魔女たちは前線へ出て、ろくにマグル政権に構う余裕もなかった。闇の帝王が矛先を
しかも先代魔法大臣ミリセント・バグノールはまともに新政権への挨拶にもいけなかったようで、そのままそして十分な尻拭いをするでもなく、一連の裁判が片付くと同時にさっさと退任してしまった。
熱望されていたダンブルドアは魔法大臣就任を固辞し――彼の見た目では今同様難航したであろうが――第二の有力候補だったミスター・クラウチはバーティの件と、過激な対応への揺り戻し批判で失脚。ファッジ大臣の棚ぼた的就任には、ラクランたちの著作によるミスター・クラウチ批判キャンペーンも間違いなく一役買っているだけに苦々しい気持ちになる。ミスター・クラウチの次が、このような人だとは夢にも思っていなかった。
......いや、ここまで人材難だとは思っていなかったが、ミスター・クラウチが就任したところで同じく明るい未来は見えなかった。ラクランは唇をひと舐めして腹を括った。
「では大臣、こういたしましょう。私も若輩ではありますが一応マグルの環境で育っています。魔法界育ちの方よりは、まだマグルの政治家たちに合わせた対応ができると思います。ただし私はいち出向職員ですので、継続性のあるものではありません。魔法事故惨事部からもしくは闇祓い局からを有事に動ける若手をお一人お借りしたい」
間が空いてしまいました!申し訳ない。
◽️残念ながらバーティは原作通りの脱獄方法です。
身内のみの空の棺で、ミセス・クラウチの葬儀も執り行われているでしょう。ラクランはお手紙の返信がもらえていないので、ミセス・クラウチの死を知るのはいつものジャムを送ったころになりそうです。
◽️破れぬ誓いについて
破れないからこそ、対象範囲を明確にして結ぶ必要がある魔法と考えています。わかりにくいので補足です。
ラクランの誓いは群を抜いてぼやけていました。その場では意味がまっすぐ通るけど、主観的だったり抽象的な言葉がいくつか使われているので、逃げ道があります。
「いかなる窮地」も当のエバンやバーティが「これは窮地ではない」とすれば窮地ではなくなります。
エバンは魂の欠片の関係で肉体を手放すことにそれほど抵抗を感じていませんでしたし、バーティの裁判ではたしかに窮地でしたが、ラクランは助けに駆けつけられていました。
そして、「困難の嵐から守る家になる」については誰にとっての家となるのかが明確になっていません。文脈でどうみてもエバンやバーティを指しているからこそ、ラクランも当時納得したわけですが、実際ラクランが誓い合った当時持ち合わせていた良心や友情でもって誰かにとっての「困難の嵐から守る家」になれていれば、破らせてもらえない誓いになっていた、というわけです。
◽️新聞の追悼記事
エルファイアス・ドージによるダンブルドア追悼記事がものすごいボリュームだったのにならって、長めだけど生きた年月の短さの分儚い文量にしてみました。
◽️魔法省への出向
イギリス魔法界に関しては魔法省がありとあらゆるいろいろな基幹業務を全部になっているので、実際のところどうかわからないのですが(ルシウスが勝手にアドバイザーやってるあたり、なあなあかもしれません)、現実の省庁にならって研究機関や外郭団体が関わっても良かろう、ということで出向です。
ただの善意でなく、ラクランにもいろいろ目的があるようです。
◽️ダンブルドアからの突然のお手紙
一体何が書いてあるんだ......