深い深い湖の底。まだかろうじて陽の光が入り、緑色に見える視界のなかを、マーピープルらしい大きな影がゆらめきながら横切っていく。見慣れた風景だ。
ここは、寮室か?
もう一生入ることはないかもしれないと思っていた、冷たいようで暖かい部屋をぐるりと見渡す。湖の中にある地下の談話室らしい色彩に貴族趣味の調度品たち。間違いがないのに、こんなに伽藍堂なところは初めて見た。
ぼやけた視界の中で暖炉の前のソファに気だるげな少年の姿が見える。
エバン!?
思わず口を開いたが、自分の口からは泡が出て行った。水中だって?火が燃えているのに一体どうして?
「んんん?なんでお前ここに来てる?」
「エバン!」
エバンの方からは声がはっきり聞こえたからもう一度口を開いたが、やっぱり泡が出ていくだけだった。
「なに?ベバ??なんて?」
わざとらしく耳に手を当てる顔はニヤニヤと笑っていて、結果は目に見えていたので口を噤む。
寮でないなら、結局ここはどこなんだ?水中だというのに息を吐いても苦しくならない。相当な水深だろうに。
「ばばば!」
「まさか!?大丈夫大丈夫、お前は死んでないよ。死んでたら俺がいるわけない。俺はお前の魂にへばりついてるんだからな。何があって魂の奥に引っ込んでんのかわかんないけど、早く行かないとあいつらが黙ってないぞ?」
シッシッと追い払う仕草をする青白い少年の手を、ガシッと捕まえた。泳ぎは得意だ。
「ごぶ!」
「俺は戻れないってば!」
「ばんべ!ベバ、ベバ!」
「ばん?ハハッ......俺はずっといるよ、お前が見えにくくなってるだけだ。俺は幸せな思い出の塊をお前に託したってのに、お前が幸せでなきゃ思い出せる訳ないだろ
幸せさ、十分......だっておれは生きてるんだから。
ゴボゴボ言ってるのが間抜けで喋るたびに笑われるから、胸の内でこぼしてみた。それにエバンは芝居がかった仕草で首を振る。
「生きてるだけじゃダメだ。俺はダメだったから今を選んだ」
なるほど、ここはおれの心か、意識の深いところで、魂もどこかその辺にあるんだろう。
「よくわかったな。俺は過去じゃない。俺が選んだ現在だ」
おれは生きていて欲しかった!
「生きてても幸せじゃなかった。お前の幸せを近くで見届けようと思った」
どうやって!?あの学生時代から、どうやって今幸せになんか。あの頃が一番楽しかった。一番幸せだった!お前も一緒に来てくれなきゃ、あの頃は二度とできないだろう?お前も、バーティも、レギュラスも......!
「お前の世界は広がっていくし、幸せもどんどん増えてく。いや、自分で増やすんだ。ほら、そろそろ戻れ」
コンコン、と苦く笑ってエバンは頭を叩いてきた。
息を詰めて耳を澄ませている間に、潰れた声の呂律が怪しくなって、こっちが叫ぶのにも構わず電話は切れた。制限時間が来たのだ。受話器が手の中でミシリといって、慌てて戻す。
「イザベラどうしたの?なにかあった?」
「......とりあえず学校に送るよ。悪いけど今日は姿現しでいい?すぐ魔法省に出ないといけなくなった」
「まほうしょう?ラクランのこと?」
「私もまだ詳しいことはわかってない......怪我をして病院に行くって電話をかけてきたよ。とにかくカバンを準備して!アランさん午前中のお薬ここに置いておきますから!飲めますね」
「ああ、ありがとう」
運輸局に手紙を出して姿眩ましの免許認定試験は受けたが、ラクランほど使いこなしてるわけではない。ナンシーと手を繋いで一旦室内で練習してから、一つ息を吸って学校の近くの木陰まで送った。
「ねえ、本当に大丈夫なの」
「ラクランは自分で電話してきたよ。病院に行くからそのことを仕事仲間に伝えてくれって電話してきたんだ」
ナンシーが目を伏せる前に、肩にズシンと両手を置いて、しっかりと顔を上げさせる。
「怪我はしてるみたいだけど、電話はきた......ダイアゴンにあなたは置いとけない。詳しいことがわかったら学校にもすぐ知らせるから」
「うん......約束だよ」
「ああ約束、気もそぞろだろうけど、頑張ってきな」
「イザベラも、ラクランをよろしくね」
バンバンと背中を叩いて促せば、そろそろと歩き出す。このところニョキニョキ伸び始めてイザベラより少し高くなった骨ばった薄い肩は、少し震えている。視線を感じてイザベラが軽く手を振ると、ナンシーは背を丸めてとぼとぼと校舎へ入って行った。
その足でロンドンに飛び、魔法省外来用の電話ボックスを目指してカツカツと石畳を歩く。なんだか今日はいつも以上に街がざわついている。自分が焦っているからというわけでもなさそうだ。顔を顰めていると、風で飛ばされてきた新聞が引っかかった。
号外、ブライトンのホテルの爆破テロ。大きく崩れた立派なホテルの動かない写真が、一面の大見出しになっている。ラクランはこれで怪我をしたんだ。ナンシーが学校でこの記事を見なければいいけど。
外来用の電話ボックスをみつけて滑り込み、素早く操作して闇祓い局へ連絡を頼む。
「おあいにくですが、闇祓い局への通報などは受け付けおりません」
「違います!ラクラン・ケイヒルから電話が来たんです。ラクラン・ケイヒルは知ってるでしょう?彼から闇祓い局のシャックルボルトに伝言があるんです」
外来は間延びした緊張感のない声で、とても魔法省の職員だとは信じられなかった。運輸局の人たちはちゃんとしてたのに!信じられない思いで、手にもったままの新聞がガサガサと音を立てる。
「キングズリー・シャックルボルトです!闇祓いで、ブライトンの方に出張してるはずです!」
「失礼、あなたの名前は?」
「イザベラです」
「ファミリーネームがないの?」
「......勘当されたけど、以前はイザベラ・ブルストロードでした。ほら、これでご満足?」
イライラとイザベラは答えたが、電話の向こうで笑うような息の音が聞こえた。聖28一族でブラック家とも縁続きのブルストロード家だ。現在向けられる目は厳しいものになっている。名乗ったところで大してイザベラの立場を強めるものでもなかったが、せめて誠実に答えなければと答えたのが失敗だった。
「信用なりませんねえ。ご家族でもないのにどうしてそんな情報を知っているんですか?」
「そりゃ電話が来たからよ、家に!ケイヒルの家でナニーをやってるんです。お手伝いさんみたいなものだけど......」
一気に下世話に、いじわるになった声音に嫌な奴ね、と腕を組む。こんな最悪な時にハズレを引くなんて。
「ミスター・ケイヒルにお子さんがいらっしゃるとは!ご結婚もされてなかったんじゃなくて?」
「そうですよ。引き取った子で、手続きはマグルの方でちゃんとやっています」
「じゃあマグルの子を!?どうしてまたそんな......それなら魔法省が把握するのは難しいですね」
「ねえあなた、私の何を気に入らないかわかりませんけど、仕事ですよね?連携が取れなきゃラクランもシャックルボルトも危険にさらすことになるかもしれないんです」
「あら、身元不確かな方のお話を伺って闇祓い局にご案内するわけにはいきません」
「ちょっと!杖登録ができるんだからそんなの嘘でしょ」
「ご希望に添えず申し訳ございませんが、それでは」
「とにかく伝言は伝えてちょうだい、サセックスの病院に入院してるから任務を続けてくれって!」
プツ、と通話が切れる直前に叫んでやったが、どうなったかわからない。まったくふざけたババアだ。がちゃんと受話器を戻して新聞を素早く折りたたみ、漏れ鍋を目指す。あのへんにも魔法省関係者はウロウロしているのだ、こうなったら直接捕まえて話すしかない。最初からよくない対応だったが、イザベラの名前を名乗ってからずいぶんひどくなったと思う。電話越しで年のいった声に聞こえていただけで、もしかして同世代の公私混同する愚かな魔女だったんだろうか?
むしゃくしゃしたまま勢い込んで入店すると、くすんだような雰囲気のカウンターの奥から、店主のトムが歯をみせて出迎えた。
「やあいらっしゃい」
「ギリーウォーター一杯と、魔法省勤めのお客がいたら教えて」
「さっきまでコーヒー引っ掛けていくのがいたけど、ちょっと今はいないかなあ、どうしたんだい」
「外来の電話に嫌われてね、ひどいあしらい方されたんだ」
サッと提供されたギリーウォーターを素早くぐいっと飲み干して、ひとつ冷静になってポケットから折りたたんだ薄い号外新聞を取り出す。午前4時近くに、保守党の政治家たちが泊まっていたホテルに隠して設置されていた爆弾が爆発、死者も怪我人も多数出ているが避難は完了していて、9時から場所を移して首相は仕事を継続するという文字が踊っている。詳しい仕事は聞いていないが、要人の警護を魔法でもやっていたんだろう。でも魔法は万全じゃないし、いろんな問題を"魔法みたいに"簡単に解決するわけじゃない。こんな場所に、あいつもいたなんて。
写真を指でなぞっていると、またトムがいらっしゃい、と顔を上げて声を出した。つられて振り向くと、無理やり口端を釣り上げるように笑って見せたリーマス・ルーピンが片手を上げて長机の一角に座り、流れるように頭を抱えるのが見えた。また失業したのかしら?グリフィンドールの監督生までやったのに、なんだってこう恵まれないのか......待てよ、グリフィンドールの監督生か。
「トムさん、めちゃ甘にしたココアと、ギリーウォーターおかわり」
生クリームがたっぷり乗っかった大きなマグのココアをドンと置けば、話はだいたい通じたようだったが、向かいに座ったイザベラはまたギリーウォーターを煽りながら新聞記事も取り出した。
「お手隙ならグリフィンドールの監督生サマの人脈を頼みたい。緊急事態なんだ」
「私は甘い食べ物があればなんでもやる人間ではないよ」
「でも友達のためなら、努力はしてくれるだろう?」
トン、と指差した爆発についての記事についた写真の悲惨さとラクランからの電話の話で、ルーピンはすぐに真っ青になった。そういえば彼の友人のうち二人は、ともに爆発事故で――加害者と被害者として形は違えど彼のそばから離れてしまったんだった。イザベラは思案するように爪をいじったが、ナンシーを思い出して背筋を伸ばした。
「つらいことを思い出させて悪かったね。でもナンシーにまた爆発で家族が危険に晒されるような思いは長くさせたくない。現実に起こったことは変えられないけど、あいつにはさっさと治して帰ってきてもらわなきゃ。頼むよ、なんとかあんたの名前で口聞きしてくれ」
「......マッドアイ・ムーディに連絡を取ってみる。ちょっとした縁があるんだ、一つのことを除いたらだいたい話は聞いてくれる」
逡巡の末、掠れた声でルーピンは以外な名前を出してきた。
結論から言えば、ルーピンを介しての連絡は、うんざりするほどスムーズだった。マッドアイ・ムーディは話の通じない狂人かと思っていたが、少なくとも部下思いではあってやりとりは無愛想ながら簡潔だった。サセックスのどこにいるのか、どんな状態でいつ帰るのか分かり次第速達フクロウ便をくれるように念押しして帰路に就く。
「やっぱりコネだね。それかそこそこ名の通ったところで雇われでもしなきゃ、こういうときに足を引っ張って仕方ない......悪かったね。今回はありがとう」
今やスリザリンのコネクションはほとんど使い物にならないとはいえ、ルーピンに言っても仕方のないことだ。それにルーピンはマッドアイなんていうコネもあって能力もそこそこあるのに苦戦してるんだから、世の中そう単純じゃない。
「午前中付き合ってもらっちゃったし、昼でもご馳走しようか」
「私も私の友人たちを助けたくて動いただけさ、実際闇祓いに伝える必要のある情報だったしね。門前払いの方があり得ないよ」
「担当者名を聞き出しておくんだった!なにか個人的な恨みを買っちまったのかも。公私混同はあり得ないけどね。あいつが無事戻ってきた暁には絶対パーティをやらせるから、招待を受けて」
「ああ、ぜひ......大事でないことを祈るよ」
口ではそう言ったものの、ルーピンの声音はまったく明るい見込みがなさそうだった。イザベラも黙って頷く。
ラクランは決して弱くない。爆発というのは恐ろしくても、そうひどくなければローブやスーツの至る所に隠し持っている魔法薬や治癒呪文を使って全部治せてしまうはずだ。それができなくてひとまずマグルの病院に入院するしかなく、キングズリー・シャックルボルトへの連絡も人に頼むくらいには弱っている。
「大丈夫。勝手に死ぬのは許さないもの」
午後にアランさんの血圧を測っていると、フクロウが大慌てで飛んできた。ラクランが一緒に仕事するだけあって、キングズリーは気が利くようだ。
「あいつはどうしてる」
「意識はまだ戻らないが命の心配はないということです。でも足はひどい状態で再び歩けるかわからないそうで――マグルの治療では切断、されてしまうかも......」
手術をされてしまう前に、転院させて聖マンゴで治療をしたい。テロ後で厳戒態勢ということもあり少々手こずっている。本人が意識不明なので家族の承認が必要だと手術を止めている。手を借りたい――。
口を手で覆いながら、反対の手ですばやくその後の几帳面な文字を指でなぞって読んだ。しばし沈黙が落ち、時計のかすかな音だけが鳴り響く。
アランさんが長距離移動するのは危険だ。ましてや姿現しは大変。健康な人間でもぐるぐる回って血が頭から下がったり上ったりするのに、透析患者がやったら死にそうな人がひとり増えるだけだ。
「ナンシーを......爆破で怪我をしたラクランを見せるのはかわいそうですが、ナンシーしか」
「ああ、あの子は自分が必要な時連れて行かれないことを嫌がるだろう......どうしても嫌がるならわしが出る。いや、わしも電車で行こう」
「アランさんは家にいていただくのが一番です。デイケアを頼みますから......何かあったら私のページャーに連絡をくださいね?」
「君にもナンシーにもすまないね。NHSスコットランドのナンバーカードがそこの引き出しに入っとる。サセックスじゃ意味はないかもしれんが、身分証にはなるだろ、ナンシーのもだ、それでなんとかなるだろうが......住民登録証明も役所にとりにいくか?」
バタバタと準備を整えて、マグルらしい格好で迎えに行ったイザベラにナンシーは肩を怒らせて答えた。
「怖がるって?とんでもない!私は両親の現場にちゃんとみさせてもらえてないんだよ!怖いとしたらカーテンの向こうに追いやられて、勝手に遠くへいっちゃうことなんだから!」
とっぷりと夜がふけてきて、アランさんからページャーで薬を飲んだ合図の55が送られてきたのを確認し、漏れ鍋で軽くフィッシュアンドチップスを買い込んで、フクロウ便に書かれていたサウサンプトンの住所へ飛んだ。
「こんばんは、ミス・ブルストロード?」
「イザベラと。この辺一体に目眩し呪文は?」
「もちろん。手紙を出しました、キングズリー・シャックルボルトです」
暗闇から姿を現したキングズリー・シャックルボルトは深く落ち着いた声で、ナンシーは大柄な姿に緊張したようでイザベラの腰にくっついてきた。
「知っていますよ先輩ですから、まああんまり関わりはなかったけど。この子はナンシー、ラクランの養子です」
「こんばんは、ミスター」
「君が.......申し訳ない。こんな夜に病院に来てもらうことになってしまって」
何かラクランと話をしていたのかも。シャックルボルトはご丁寧に腰を屈めてナンシーの顔を覗き込んだ。
「家族だもの」
こんどはナンシーもツンと顎をあげて答えた。
病院は独特の匂いと色彩だ。聖マンゴともどこか似通っていてせかせかと行き交う人の中で落ち着かない気持ちになる。シャックルボルトが受付へ行けば、心得たとばかりに病室へ通された。
個室の白いカーテンはしまったままで、丸椅子へ腰掛けて話を聞く。
「落ち着いて話せるうちにお話をさせてください。意識は回復しませんが、命に別状はありません。輸血をして、足の血液は絶ってこれ以上血を失ったり、潰されていた足から体に良くない物質が全身に回らないようにしているんです。もともと骨も何箇所も折れて、筋肉も挫滅していました。これだけの時間血を止めていると回復は無理なんですが、そちらの方が......」
ピッタリとくっつくイザベラとナンシーをジロジロと見ながら看護師がつっけんどんに教えてくれる。
「輸血用の血液は常に不足していると聞いたことがあります。長い間続けてくださってありがとう。でもかからなくちゃいけない病院があるので、すぐに転院したいんですが」
「転院?ドクターヘリでも呼ぶつもりですか」
「まあ似たようなものです。彼はなかなか替えの利かない人材でして」
チラリと目を合わせながらシャックルボルトが援護射撃した。今は政府関係者がゴロゴロ入院しているのだ、ありえない話じゃない。イザベラがバッグからわさわさと取り出したいろいろな個人情報の写しも一通り見て、話を取り合ってくれる気になったらしい。
「これらの書類は受付に提出します。スコットランドの国民保険だから残念ながら保険は適用外ですが......」
「小切手でお支払いします。領収書はいただきたいですが」
「わかりました。医師が来て紹介状を整えますから、先に面会してください。こちらで消毒を、触ったりはなされないように!」
ツカツカと歩いていく看護師にフウと息を吐いて、シャックルボルトはまず搬送を装うための偽装救急隊を手配しに外へ出て行った。イザベラはナンシーを見下ろし、せーので個室のカーテンを開ける。いろいろな機械と管で繋がれた、青白い顔のラクランがいた。
ナンシーが声もなく叫んで、ベッドのそばに寄ろうとしてイザベラの腕にしがみつく。爪が立てられたが、黙って背中を叩いてやった。
髪から右耳にかけてカサカサの血が奇妙な塊になってへばりついており、余談を許さない状況が長く続いたことが見て取れる。足はぐるぐる巻きで高く釣られていた。
バリバリと働いて、なんでもできそうに見えたラクランが見るからに風前の灯のような風体でふせっているのは不思議な気持ちだ。信じられないのと同時に、彼が消えてしまったら、自分もなにもかも吹き飛んでしまいそうな気持ちになる。ナンシーはもうだいぶ落ち着いていたが、今度はイザベラが自分の存在を確かめるためにナンシーを抱きしめていた。
医者から詳しく色々の説明と、主にイザベラの身元不詳さについて文句を言われた後、転院のためのキングズリーがバタバタと駆け込んできた。
「足がきたぞ、さ!はやく。もういいですね?」
「一体どこから!?」
個室の窓から眺め下ろすと、きちんとランプのついた緊急車両が病院近くに止まっているのが見えた。二人の隊員らしき男が降りてくる。受付で目玉の飛び出るような額の小切手を切り、せかせかと紹介状と領収書を受け取れば、大苦戦した転院はあっという間に成功した。
「すまなかった、怖い思いもさせてしまったね」
「いえいえ。マグルの法的な資料のある家族が二人しかいなくて、こちらこそ手間を取らせました。お二方にもご協力いただいて」
「私の引き継ぎも兼ねているからいいんだ。今回のことでもっと人員が必要だといういいアピールになった」
また何かあったときのために、イザベラはしっかりアイコンタクトして二人の闇祓い――ドーリッシュとウィリアムソンとも握手を交わした。こんなことをしなければいけないのが不甲斐ないが、どちらかの意識がなければ、友情なんて証明不能の儚いものだ。
「ナンシー明日も枕元についている?骨生え薬の出番だと思うから、明日はきっとまだ目覚めないけど」
「見ていたいの。パパもママも、私が知らない間に全部終わってたから」
「何かあれば絶対起こすよ、でもそれなら帰らない。今日はここで一緒に寝よう?」
シャックルボルトも帰って、慰者たちによる処置を終えてもナンシーは眠い目を擦っていた。
一旦落ち着きはしたが、状況はなにも変わっていない。少し嫌な想像に思考が揺れると、途端に心臓がどきどきとする。ナンシーの気持ちや心細さはよくわかった。
部屋に備え付けの簡易ベッドを魔法で大きくしながら誘ってみれば、ナンシーもおとなしく頷く。疲れ切っているのはみんな同じだ。一緒にブランケットに入って、月明かりに照らされる血の気のないラクランの横顔を見ながら眠りについた。
目が覚めると知らない天井で、ツヤツヤの黒いスキンヘッドが目に入った。シャックルボルトだ。なぜかスーツではなくいつものローブになっていて、せっかくのスーツはどうした、と思いながら横へ目をやって、顔色悪くふせっているイザベラとナンシーを見つけ、思わず起きあがりかける。
「おい!どうした!?」
「わ!まだダメだよラクラン!」
聞き慣れているが久しぶりに聞く声だ。傷だらけの顔に、だいぶ見窄らしいスーツ。会えて嬉しいけど、リーマスはどっから出てきた?軽く押されてるだけなのにちっとも体が持ち上がらないどころか、目眩までしておとなしく枕に頭を預け、改めてあたりを見渡す。
「ここは......聖マンゴか.....」
なにが起こったか思い出してきて口を開くと、アニス・ブラックよりさらにしゃがれた声が飛び出して驚いた。
「記憶はしっかりしているか?」
「いや......たぶんちょっと飛んでるな。イザベラとナンシーはどうしたんだ?」
「ナンシーやイザベラは疲れて寝ているだけだ。今日で爆破テロから丸一日たった。君は我々を庇って爆発に巻き込まれ、一度マグルの病院に搬送されたが、足を切断されてしまうところだったのでなんとか聖マンゴに転院させて、処置をしてもらったところだ」
「あーーアイ。思い出してきた。爆発のことはあんまり覚えてないけど、イザベラに電話をしたのは覚えてる。結局みんなに迷惑をかけちゃったみたいだな、すまなかった」
家屋の下敷きになったのに意識が回復したせいか緊急性を低く見積もられ、まんまとクラッシュ症候群というやつを起こしたらしい。潰された筋肉などの組織からカリウムなどがたくさん出て、それが圧迫を解くことで全身に周り、急激に腎不全などを引き起こすこわいヤツだ。パトカーのおじさんは随分肝を冷やしただろう。
「それじゃ今はじいちゃんと仲間か」
「ああ、おじいさんや、ナンシーとイザベラ嬢にも随分手間をかけてしまった。君が体を張って信頼を勝ち取ったところだったから、医療従事者に錯乱の呪文をかけて不可解なところを残すわけにはいかなかったんだ」
「事故原因や被害状況の特定も不十分で、今後も捜査が入りそうだったし。君の対応は適切だったさ」
水差しから水をもらって飲みながら話していると、イザベラとナンシーがモゾモゾ動いて起き出してきた。
「あああ!わ〜ん!」
下手くそな泣き声でナンシーがラクランを指差して叫んだ。それにしがみつかれたイザベラがなんとか体を起こす。
「アー、イザベラ。面倒をかけちゃったな。ごめん」
「面倒なんてもんじゃない!あんたが連絡先をうちに電話したときのメモ以外持ってなかったから、魔法省への連絡にも四苦八苦したし、わざわざサセックスの病院に出向いて聖マンゴへの転院手続きが必要だったんだ」
「イザベラ、心配したら心配したっていうんだよ」
「心配もしたけど、自分を大事にしないでナンシーとアランさんにこんなに負担をかけたのに私は怒ってんの!」
「でもこれはおれがやるべきことだった。あの場に魔法使いがいてマグルの首相の助けになれた意味は大きい」
「それで死んだら意味ないでしょ!」
「死ぬつもりはなかったが、命より大事なことはたくさんある」
リーマスが仲裁に入ってくれたものの、イザベラは目をギラギラとさせてラクランを睨め付ける。ラクランとしても、心配や迷惑をかけるつもりはなかったし、死にに行くつもりで仕事してるわけでもないが、これは譲れなかった。
「とにかくみんなに心配かけて悪かったと思ってるよ。でも自分のやった仕事には満足してる。シャックルボルト、あの後も護衛をやってくれていたのは聞いているよ。ありがとう」
「私も職務を全うしただけだ。よい勉強になった、カーベ・イニミカムを二重にかけてるのは気づかなかった」
「君と一緒にかけただけだよ、実用性はあんまりなかったけど。顔も知らない敵を感知できるなら、敵意や危険を感知してもいいわけだろう?以前似たように魔法を拡張した友人がいてね」
シャックルボルトとの話につい花を咲かせていると、ドスン、と腰のあたりに衝撃が来た。
「あいた!......ナンシー?」
右側から来られたので、一旦ぐちゃっとした右足に衝撃が響いて若干痛む。骨生え薬その他色々、魔法によって回復中なんだろうが、今日完治して歩くのは無理そうだ。痛がったせいかギシリと固まったナンシーの肩をポンポンと叩いて宥める。
「ナンシーも心配かけて悪かったな。この通り大丈夫だ」
さっきよりはだいぶ控えめに、ラクランの腰あたりのシーツに顔を埋めたナンシーは、首を振るだけで動かない。自分で結んだのか、ちょっとけばけばしている三つ編みの下がる頭を撫でてやろうと手を伸ばして、ラクランはようやっとナンシーはまた爆発で保護者を失いかけたんだ、という事実に思い至った。
「ごめん、ナンシー......帰ってきたよ」
潰れた筋肉を取り戻すのは魔法で一足跳びに、とはいかなかった。それならクィディッチ前にみんなドーピングすればいいのだから当然だ。使いこなせるしなやかな筋肉を作るには、トレーニングするしかない。もちろん回復を助けたり、再構築を促す魔法薬の力は借りまくった。レギュラスからは心配の手紙が来たが、どうも船旅の途中なようで、生きてるから無理に帰ってくるなと返した。
「せっかくお手伝いできると思ったのに、ちっとも弱らない」
ナンシーが膨れて足をはたくと、ラクランはもんどり打って倒れた。
「ちょっと嘘でしょ!?起きなさいよ!」
「ウッ......痛い......膝ロックしたみたい」
「びょ、病院!」
末梢神経も筋肉と一緒に潰れてしまって、杖をついていないとカクンと膝が突然折れたり、ロッキングして曲げることも伸ばすこともできなくなったりする。血液透析しなくて良いくらいCK値が回復した後も、関節だけでなく周りの筋肉も強くしないと改善しないということで、それは魔法使いの手には負えず、電話をかけまくってグラスゴーの理学療法士に通った。グラスゴーの方は随分待たされるかわりにNHS(国民健康保険)で無料で受けられる。サセックスの方はNHSスコットランドの範囲外で、立て替えたイザベラは口座をほとんどすっからかんにした。とっくにお金は返したが、恐ろしいこともあるものだ。
「人に透析治療をさせようとなんてするから、自分が透析する羽目になるんだ」
「でもやったほうが突然死のリスクは減らせるだろ」
「突然死だって自然な死だろうが。わしはポックリ行くほうがいい!」
「患者どもが!醜い言い争いはやめて!」
そうしてラクランがやっとほとんど元通り(膝関節の可動域が狭くなり、右足は少し細い)、杖をついて立って歩き、走り、箒を乗りこなすようになったころには雪が舞っていた。
「ねえ、今時間ある?」
「んー?んー」
薄暗い部屋でルーモスの光を側に浮かべながらなにか忙しく手を動かしているラクランからは生返事だ。ため息をついてアランさんへ白湯、ラクランと自分用で紅茶を淹れる。戻ってもまだ体勢は変わっていなかった。
「今度はなにやってるの?」
「んー......手回し映写機をつくってる。お、お茶をありがとう。電球をルーモスで互換して、マグル学で使えないかと思ってね。映画を観たことは?」
「あるよそりゃ。結構面白かった」
薄暗い部屋でカットして継ぎ直したフィルムをセットし、映写機を回すラクランは朗らかに笑う。
「魔法界の新聞より迫力あって面白いだろ。何観たの?」
「インディー・ジョーンズだけど、で、時間はあるの?」
「今できた。それでどうした?」
紅茶のカップに口をつけながらひょいと肩を上げたラクランの適当さにイザベラは乗っかって、軽い口調で言った。
「私、結婚しようと思って」
「それはおめでとう!誰と?」
「あんたと」
「は??」
「だから、あんたと結婚しようと思ってるの。ジョークじゃないよ、役所に出しに行く届出ももらってきた。文句がなければサインして」
「はい???」
「よろしくね」
言うだけ言って紅茶をグイっと飲み干したイザベラは、徐に立ち上がりバタンと扉を締めて出て行った。
「このところあの子はずっと考えていた。自分のことをずっと考えてもらえるなんてありがたく思えよ、さっさと行け」
「でもあいつは冷静じゃないよ」
「そう遠くへはいっとらん」
アランはもう一度、今度は顎でいけ、と指図する。ラクランは顔を顰めつつローブを椅子から取り上げて駆け出した。
「ど、な、えーっと、動機は?」
「なんてことないよ、自分の身元不確かさにウンザリしただけ」
霜が降りて銀細工のような草っ原のなか、岩にハンカチを敷いて腰掛けたイザベラは、エバンの墓石の方をぶっすりと睨みつけていた。
「魔法省でも病院でも、あんたの意識がなくなれば私とあんたは何ら関係ない他人だった。それで随分やりこめられたよ、あの嫌なエッジコム!」
「手間をかけた以上に嫌な思いをさせたらしいね。そりゃ本当に申し訳なかったと思ってるさ、でもそれで結婚は飛躍しすぎじゃないか?その、ずっと友達だっただろ?君は友達じゃ十分じゃないってこと?」
「あんたの友達でよかったと思ってるよ。今私はそれだけを頼りに生きてるし。でも友達ってのはお互い意識がないと確かじゃない。どっちかが死にかけたら、もう間柄は誰にも証明できなくなる。家族と違っていくらでも嘘が言えるし、本当も本当じゃなくなっちまう」
12月にしては珍しく晴れていたが、冷たい風が頬を撫でていく。急に結婚なんて言い始めてどうにかしてしまったかと思ったけれど、イザベラは変わらずラクランの友人のイザベラのままだった。少し落ち着いてローブを差し出してから、隣に腰を下ろす。
「そりゃ世間一般に対してはそうかもしれないけど、友達同士は別だろう?」
「魂が一緒だって?ハッ!それを遺体引き取りでどう証明するんだよ!仮にあんたが死んでたらどうなってた?ナンシーに死体を見せなきゃ引取れなかっただろうし、危険を承知でアランさんを連れて行くか、魔法を使わなきゃいけなかっただろう」
「イザベラ、おれは死なずに済んだよ。今回は十分な対策なく重傷を負ったけど、今度は緊急時の連絡手段とか、手続きをできる代理人を用意するから......」
「それじゃあ私が友達が死ぬかもしれないってときに、病室に入れなかったり、死に顔を見られないのは変わらないだろ!――あたしがあんたの一番の友達なんかじゃないのはわかってるさ、でもマグルの法律で結婚できるのは、残念ながら私だけだ」
「残念ってそんな言い方は......おれは順番なんてつけないし、それに友達は結婚するものじゃない。でもうん、そうか」
エバンの死に目には立ち会えたが、葬式をあげるのも墓へ納めるのも立ち会えなくて、空っぽの墓石だけがある。最後の力を振り絞った守護霊が来てくれなかったら、どうなっていただろう。
レギュラスとは、実は義兄弟だ。レギュラスに渡す遺産を受け取るために、オリオンさんがおれの後見人ということになっている。でもそれは魔法界での話だし、レギュラスは公には死んでいるから、もしレギュラスに何があっても、おれが動くことはやっぱり難しい。
バーティは、もうおれのことを友達と思っていないかもしれないけど、大事な局面で何一つ立ち会うことはできないまま、破れぬ誓いの印だけが続いている。自分が命の危機に瀕してみてわかったが、どうやらバーティはまだどこかで生きている。ずっと穏やかな死の危険に浸されている。
「君の気持ちはわかった。おれは......嬉しいよ、そう言うふうに思ってもらえるのはありがたいことだ。でも結婚っていうのは友達とは違うだろ。何より君はそれに長らく憧れていたじゃないか。君の幸せでなく安心のための結婚なら、しないほうがいいよ」
「友達の延長にだってなると私は思う。結婚っていうのは、ナンシーの辞書で調べたんだけど、二人の人間の結びつきを法的に認めるものだって。結婚して一人前みたいな言い草、私は嫌いだけど。でも法律でこの二人は助け合う二人ですって保証されれば、少なくともあんたの危険がある時ちゃんと連絡をもらったり、意識がない時あんたの代理をこなしたり、あんたの願った通りに財産を使ったりできる。それが私の幸せで、やりたいことだ」
「なんでそんな......」
友達になったきっかけなんて、たまたまなのに。
エバンの墓石を睨みつける。だんだん涙が滲んできた。エバンもそうだ。バーティやレギュラスもそうだった。たしかにそういう定義なら誰とだって結婚できそうなくらい、お互いの人生がからまりきっている。おれにそこまでしてもらう価値はないのに、いつのまにやら。
「みんなにとっておれが友達である絶対の必要性なんてないじゃないか。一瞬タイミングが違えば友達にすらならなかったかもしれないのに」
「バカだね、友達ってのはそこがサイコーで、難しいところなんだろ。出会ったその日や出くわし方で全部決まるなら世の中もっとカンタンだ。あんたと一緒に友達やってた時間が大事だから、あんたのことも大事になって、みんな必死になるんだよ」
冷えた耳をギュッと引っ張られて痛みにうめく。耳を抑えて隣をみると、岩から降りて背筋を伸ばしたイザベラがいた。
「聖28一族であることより、生まれ育った家族の一員であることより、魔女をやることより、マグルに混じってこそこそ生きることより、あんたの友達でいる私が、私はいちばん好き。あんたはいい友達だけど......このまま数年経てば、本当に私の人生のうち、あんたの友達でいる時間が一番長くなるよ。そうなりたいから、あんたと結婚するんだ」
眉間に見事な縦皺が刻まれているけれど、もう10年近い付き合いだ。それが照れて不満な顔くらいわかる。突き出された手は真っ赤になって寒そうだが、まだ取るわけにはいかない。
「もう確定事項なわけ?」
「断る理由がないだろ、お互い都合のいいことばっかりだし」
「君の夢は?イケメンマグル生まれの慰者と結婚するって話はどうしちゃったの」
「......私が本当に憧れてたのは、家族だ。あったかい家族。使命とかつまらないしきたりとか利益で寄り集まるんじゃない、あんたの家みたいな家族が欲しくて、患者に気優しいマグル生まれのあの人に憧れてたわけ」
「はは、それじゃきっと叶えられる。そういう家族は降ってわくもんじゃなく、一緒に作り上げるんだからね。もうほとんど出来上がってる。ナンシーとも話し合って、届け出を出せば完成だ」
今度はガシッと力強く握手を交わした。
雪が弱まってきた3月、レジストリー・オフィスに届出を出した。挙式はやらないつもりだったが、アランがどうしてもと言ってやりたがったから、やることになった。
呼んだのは上司たち(ゼナイドとメディはいまや同じポストだ)、リーマス。それにレギュラスもちょうど北欧を経由してポーランドを抜け、ユーゴスラビアに到達してひと段落したというので、こちらから何匹ものフクロウやコウモリを経由して手紙を届け、戻ってきてもらった。
「なんとか間に合った!まさか"速達"が届くかと思わなかったよ、一体何便で送ってきたんだ?」
「いろいろ便さ、ずいぶん痩せたけど大丈夫か?」
「マグルの世界はずっと緊張が続いている......避難を手伝うために北欧の魔法使いからポートキーを預かって活動していた。僕はただ日光を浴びるのをうっかり忘れただけさ。彼ら、昔話が無限に出てくるんだ」
しっかりと抱き合ったレギュラスはたったいま空から振ってきたというのに、湖から上がってきたように青白くちじれた髪はもつれて痩せ細っていた。それでも瞳はきらきらと輝いていて、ラクランを興奮ぎみにバシバシ叩く。
「めでたい日だ!君が人生の伴を見つけて嬉しいし、彼女なら安心だ。あっちこっちへ飛んでいく君の代わりに、どっしり大地に根を張ってくれそうだもの」
「そりゃ重たいっていいたいわけ?」
「まさかまさか!おめでとう!」
エバンとリチャード、アニーの墓の前で佇むアランの前へ進み出る。大慌てで髪を整えたレギュラスがベストマンで、めかしこんだイザベラにつくのは元気いっぱいのオレンジのワンピースを着たナンシーだ。
ゼナイドに甲斐性なし!と罵られながら、ナンシーとイザベラの希望をふんだんに取り入れてメディと仕立てた魔法のドレスは歩くたびにしゃらしゃらと音が鳴って優美な自信作だ。ビーズがぶつかるたびに色を変える魔法をかけたとかでパステルカラーのオーロラのようになっている。
アランは牧師ではないから、と前置きをして簡単な祈祷を捧げ、車椅子に座った後式辞をはじめた。
「我が娘の聖書から、娘のはさんだ栞が失われ、代わりに全ての栞を納めた頁の章を引きましょう。
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」
思わず、ラクランは隣でまっすぐ立つイザベラを横目で見る。イザベラの方もニヤっと笑ってラクランの方を見た。シリウス・ブラックに栞がわりの葉っぱを撒き散らされた、あの日に教えて見せたコリント使徒への手紙Iの13章、4節からの一連だ。
「ゴホン、よく聞きなさい。神の愛は理想的だが、人の身には難しい。しかしこの愛から私たちは学ぶことができる。誰かを愛する人は、どんな犠牲を払っても誠実であろうとするだろう。またいつもその人を信じ、最善を期待し、命がけでその人を守り抜くだろう。
ときに結婚とは、人間になることを示すという。アダムのあばらからイブは作られた。一人は完全ではなく、一人が一人と結びついて、人間が出来上がる」
イザベラは思いっきりベェと舌を出して、ラクランは必死に笑いを堪える。
「だが、新婦が拒絶するように、これは大きな誤解を招く表現だ。男が自分の一部を取り戻すのではない。アダムがイブを再び自分のものにするのではない」
苦笑まじりに話すアランは見たことがないほど穏やかで、紅茶色の瞳は潤んでいた。アランが手を伸ばし、ラクランとイザベラそれぞれの肩に手を置く。手は随分と薄くなったが、相変わらずガサガサで熱かった。
「自分の心臓のように、大事にしなさい。自分の身体のように、労りなさい。
お前たちは二人とも、色々な人に分け与える愛で溢れているが。なによりもまずお互いを慈しみ、大事にしなさい。」
「アイ、じいちゃん」
「はい、おじいさん」
ずっとくすくす笑いながら誓約を交わして、そそくさとみんなで写真を撮った。レギュラスが蚤の市で調達してきた古めかしいマグルのカメラで、フラッシュバルブにナンシーはひっくり返った。
「いい家族だ。もっといい家族にしなくちゃだぞ」
「もちろん。プレッシャーは大きいけど、頑張るよ」
「お前ならきっとやれるさ」
ブーケトスではなくブーケパスをダイナミックに繰り広げるナンシーとイザベラをレギュラスが激写するわきで、リーマスはアランと一緒に泣いている。そのさらに先、湖のほとりに立つ板状の岩たちを眺めて、ラクランは真剣に自分の頭を2回、ノックした。
切りどころがなくて長々です〜
今回の年は何も魔法界イベントがないので捏造に次ぐ捏造!でした。
◽️エバンの寮室
心象風景的なサムシング。ハリーの死と生の狭間みたいな世界は真っ白なキングズ・クロス駅でしたが、ああいう風景って人によって違いそうだよなと思ったのでラクランはこのような感じ。エバンが最近出てこない理由は、やるべきことを頑張りすぎてやりたいこと、幸せを感じている暇がないからかも?
◽️ラクランの症状とガバガバ魔法省
クラッシュ症候群でした(空襲とか震災などの家屋倒壊時に起こる、救出された当初は大丈夫でも挫滅した負傷部分から毒素が回って急速に腎臓が悪くなるやつ)。
魔法省は学生ハリーたちも侵入できてしまうガバガバ具合ですが、ガバガバだからこそ個人の裁量で嫌がらせとかも全然ありそう......ということで誠に申し訳ないですがエッジコムさんに登場していただきました。学生時代の衝突とかをきっちり覚えていそうで他に知られないタイミングで意地悪してきそう、という選抜理由です。娘さんが家族思いで大胆な立ち回りだったので。
キングズリーはファッジの前職(魔法事故惨事部次官)を把握した上でシリウスとピーターの事件に関する出来が惨事な報告書を見つけましたが、ナンシーに会ってなにか思うところはあるでしょうか?
◽️こわい医療費
NHS(国民健康保険)で電話や待ち時間は発生するものの無料で診察を受け、定額で処方箋がもらえるシステムは良いところですが、圏外受診となった時とんでもないことになります(実際に裁判になったこともあるはず)。ラクランもとんでもないことになりました。
◽️レギュラスの欧州旅
吸血鬼や北欧の魔法使い・魔女といろいろ暗躍していたようです。
まだまだバルカン半島や冷戦の時代で緊張状態が続いていたので、魔法使いやその家族たちの亡命や避難に一役買うことで闇の帝王探索の足掛かりを作っています。
◽️結婚 という名のシビルパートナー?
実際のシビルパートナー制度は2001年を待たねばなりませんが、身寄りもなく法的手続きを代替できないイザベラとラクランには合理的な選択でした。アランの言うような誰かが誰かに仕えるとかでない、自分の身体や命のようにお互いを大事に思うという人間関係として結婚を捉えると、それぞれみんな適合するはずですが、当時(1984〜5)で結婚できるのはイザベラしかいませんでした。ナンシーをふくめ、どんな家になるかはこれからの彼ら次第です。