しんしんと雪が降る。ふわふわではなくて、大きな粒の雪。この分ならあまり積もらないかしらね。
ふーっとため息が聞こえて振り返ると、まだ二人しかいない生徒のうちの一人、ブレーズがいつのまにか課題をやり終えたようだ。ストーブの前でぬくぬくしながら肘をついているのに、顔は憂鬱そのもの。
「早いですね、でも何か嫌なことがありましたか?」
「べつに、うるさくてイライラすることがあるだけ」
「あらまあ。一体何に」
「イザベラさんには教えてあげるけど、母上には言わないで。クリスマスパーティでちょっと、純血純血ってうるさい子がいるんだ」
ただでさえ小さいイギリス魔法界、純血の家はほとんどみんな親戚だ。イザベラはザッとリストを頭の中で洗って、たぶんドラコ・マルフォイね、とあたりをつけた。ブレーズと同い年にセオドール・ノット君はパーキンソン家経由で言葉が遅いことについてコッソリ相談をもらっている。私は言葉を吟味してるだけだと思うけど――
「自分の家族をほこりに思うのはいいよ。僕も母上はすごいと思ってるから。でもなんか、いっぱい言われるとべつに君がすごいわけじゃないだろって」
「ウーームなるほど、そういう時自分を守るお守り言葉、最初にやったじゃない。覚えてますね?」
「それはやめろ、僕はいやだ、あっちへ行け......一回も使ったことないけど」
ブレーズはちょっとぷくぷくした指を一本ずつ立ててから、全部をパッと広げて肩をすくめた。ヤダこの子、お母様に似てすでに仕草がキザっぽい。
「ウッソ僕は嫌だって言ったことないの!?黙って耐えてるっていうこと?」
「そうじゃないよ。イザベラさんや母上は僕のかおをよく見てくれて、言う前にやめてくれるから」
「でもその子はやめてくれないんですよね。ゴホン!一旦整理しましょう、わかってくれないからイライラしてるんですか?それとも血筋をひけらかされるのがいや?」
考え込んだブレーズの水分の多い黒い瞳がうろうろ揺れる。
3つのお守り言葉は、マグルのチューター向けの本を読んでこれはぜひ取り入れよう!と最初の頃に教えたものだ。授業をするにあたって、彼の気持ちを押し殺さないようイザベラは先生として配慮をする。それは職務だけど、赤ん坊を見守るようにいつまでも周りが顔色を伺ってくれるわけじゃない。ブレーズにも自分の大事な心を守る練習が必要だ。ひとまずの安全とこれからの練習のために、嫌だと思ったらそれを伝える方法があることを教えた。それはやめて、僕はいやだ、あっちへ行け。
「あのね、どっちもいやだよ。でも僕いやだって言ってない。言ってないのにわかってもらえてあたりまえだって思ってた」
「そうですね。きっとその子も自分の嬉しい話は相手も嬉しいと思っていっぱい話してしまうんですよ。相当性格が捻じ曲がっていなければね」
「うん......自分はすごいんだぞって言いまくるのはケッコーひねてると思うけど。今度は僕もそれおもしろくないって言ってみる」
「"君は面白いのかもしれないけど、僕は違うよ"って言ったらわかりやすいかも。自分のことで頭がいっぱいで、他の人はどう思うのかあんまり考えられない人は大人でも多いですからね」
ひんやりと冷たく手汗でびっちょりと濡れたレギュラスの手をとって、ホグズミードから姿現しした先は大音響だった。
まずインカーセラスで縛られ、床で転がっているクリーチャーが咽び泣き、もーもーと必死に訴えかけてのたうち回っている。その側の壁にかけられた肖像画の中で、時折盛大な音を立ててハンカチで鼻を噛みながらブラック家のご先祖のどなたかが怒鳴り散らしていた。
「フィニート!一体どうしたんだ?!」
「インカーセラス!こうしておかないとクリーチャーが後を追おうとしてしまうんだ!」
敵襲かとラクランが大慌てでフィニートする後ろから再びインカーセラスをしたレギュラスも相当慌てていた。
「小童今更戻ってきたのか!お前がホグワーツの教員などしとるから!」
「この度は本当に......ええと?ミスター・ブラック、なぜそれをご存知なんですか?」
急に廊下にかかっている肖像画から雷のように怒鳴られた。ビクリとしてから、とりあえずブラック家のどなたかだろうとラクランが問いかけると、盛大に鼻を鳴らされた。
「儂の名を知らんのか?フェニアス・ナイジェラス・ブラックだ!校長室にも肖像画がかかっておるだろ、面談もばっちり見たわい。まったく、ヴァルヴルガがあんな状態なのに」
「いいえ!いいえ!恐れながら、奥様のお世話はクリーチャーのお仕事でございました!」
「クリーチャー!母上の死は母上を含めた僕たちみんなの責任だと言っているだろう!今すぐ
また縄抜けしたクリーチャーとレギュラスの攻防が始まる。
「お止めにならないでくださいませ!レギュラスぼっちゃまはあの晩亡くなったとおっしゃる。クリーチャーは!さらにヴァルブルガ様を死なせてしまった!」
「ヴァルブルガは屋敷しもべ程度に殺される魔女じゃないと言っているだろう!」
「待って待って、落ち着いて!」
感情的にならないはずがない。まずは一番外野である自分が落ち着こうとしても心のざわめきは終わらなくて、あっちこっちに思考が飛ぶ。ラクランは頭を痛めながら、まずはなんとかヴァルブルガが亡くなったときの状況を聞き出した。
「クリーチャーめはお食事の準備を厨房でしておりました。ビーツのスープをお作りしていて、まな板でトントン、鍋もコトコトという具合で」
「その間に母上は上の部屋で正気を失ったまま魔力の暴走を起こし、割れた鏡で魔法が乱反射していたようだ。物音に気づいたクリーチャーが上階へ姿現しした時にはもう部屋が荒れ果てて全てが終わった後で、母上は見かけ上は何一つ傷ついていなかったけれど、内側はなんにもなくなってしまっていたらしい。意識はなかったけど、私も間に合って、息を引き取るところを確認した」
最期に立ち会えないよりは良いかもしれないけれど、ただおとなしく見送るしかないのは殊更自分の無力さを突きつけられる。よかったな、などとは言えなかった。アランのことだって本人も周りも覚悟の上で出来る限り安らかに送り出したけど、あれでよかったのか、いやあれでよかったのだと無理やり思い込んでいるようなものだ。
ラクランは他に気の利いた言葉も思いつかなくて、結局レギュラスの肩に手を置いただけだった。
それでもレギュラスは一つ息を吸うと、目をゆっくりと閉じてから開けて、昔のような穏やかな調子で言った。
「クリーチャー、君はこの屋敷の屋敷妖精だ。君は誇りある妖精だろう?気を確かに持つんだ。父上と違って母上はご自分で葬儀の段取りを決めていなかったから、どうか僕に母上の送り方を教えてくれ」
意識して僕と言っているあたり、一時的にヴァルブルガの可愛い息子だったレギュラスを演じることにしたようだ。
クリーチャーは痛ましそうに目を細めながらもしぶしぶと頷いて、それから指で魔法を操り一巻きのカビ臭い羊皮紙を屋敷のどこかから呼び寄せた。
「オリオン様はご時世もありひっそりとご葬儀をお執り行う旨をお命じになられましたが、ヴァルブルガ様は暦やしきたりを本当に大切にしていらっしゃいました。ご家族みなさんで紅茶を飲む時間をとくに大切にされていらっしゃった。皆様のお誕生日も、満月も」
「楡の木の棺桶に、金のプレート、鉛の棺、17枚の絹の帯、4頭の天馬の霊柩馬車に、天馬にかけるゴブリン製の銀のレース、4人の紳士のクレープのスカーフと、くぼみのある自然石......これは古いブラック家の葬儀手配の手引きか。なるほど」
羊皮紙を開いて読んだレギュラスはふむと頷いてクリーチャーを見つめ、それからフェニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画に向き直った。
「......曾々お祖父様。母上はたしかにしきたりを重んじ、自分も人もそれを守っているのを重要視していました」
「あの子にとってはそれは正しい家族の確認でもあった」
「そうなのでしょう。私には、私たちはよくわかりませんでしたが」
またフェニアス・ナイジェラス・ブラックはどこかの肖像画から引っ張ってきたカーテンの端でブン!と音をたてて鼻をかんだ。レギュラスは肖像画によく見えるように、ポケットからネックレスをそっと取り出す。
「一時的にジェミニオしたものです。正気を失ってしまったように見えて、最期のとき、母上の胸元を飾っていたのはジェットだった。母上は父上の隣に埋葬しようかと思いますが、如何でしょうか」
「ヴァルブルガはそう望むだろうが、オリオンも私の曾孫だ。あの子は肖像画も嫌がったのだろう?」
夫に先立たれた者は旧くはジェットしか身に着けなかったという。フェニアス・ナイジェラス・ブラックは目を見開いてから体を丸めた。意外とこの人は、頭コチコチの純血絶対主義ではないようだ。
「父上はご自分で手筈を整えられ、その通りにお送りしましたが、母上に関しては全て妻の望むようにせよとお言葉を預かっています」
「それならば、掘り返して二人ともブラック家にしかるべき場所へ共に葬るがよし」
「それでは、私の名前で葬式を出してよろしいですね」
「ああ、どうか頼む。私の方でクリーチャーと一緒に手筈は整える。それくらいしか、もう母上にはして差し上げられない......いや、私がやっておきたい」
家長は今この家にいない。魔法的には直系で長子あるシリウス・ブラックがその持ち主となるし、公的にも生存しているのはシリウスだけだ。しかし今ここにクリーチャーに命ずることの出来る家族としてレギュラスはひっそりと生きている。
魔法の屋敷の内部で最も発言力があるのはレギュラス。公的には亡くなったレギュラスに相続されるはずだった多少の財産と権限を相続したラクラン。ラクランからナルシッサ・マルフォイへ依頼を出してもよかったが、放っておけば後追いしそうなクリーチャーを守り、ヴァルブルガのジェットをつけた意志を尊重するならば臨時の家長として名乗りをあげる形で葬儀を出さねばならなかった。フェニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画による承認は大きな後ろ盾になった。
ほとんどの親族がアズカバンかお墓の下であったから、結局お葬式に呼べたのはイザベラとマルフォイ一家くらいだ。それでもブラック家らしく高度な魔法をふんだんに使い、フランスから借りてきた天馬に棺の入った馬車を引かせて、グリモールド・プレイスの中庭にあるポートキーから移動できる小さな湖のほとりへ渡っていった。何代か前のブラック本家筋の墓もあり、昔にピクニックなどをしていたという場所だ。そこを埋葬場所に推したのはクリーチャーだった。
「クリーチャーめがお出かけにご一緒することはございませんでしたが、奥様はレギュラス様が幼い頃にそこで描かれた小さな絵が大層お気に入りで、ドレッサーの内側に永久粘着呪文で貼っておいででした。絵の中の柳が揺れるように魔法をかけていらっしゃるくらいで......」
「そうか」
避暑地らしい屋敷の手前の三叉路の傍に、一本の暴れ柳がたなびいている。三叉路はマグルにも知られているくらい魔法使いたちが古くから好む場所で、魔法使いや魔女の埋葬にうってつけだ。
墓掘人ではとっても掘れないだろう凍った硬い土を、魔法で10フィートほど掘り返して、二つの棺をおさめ、たくさんの花を散らした。
クリーチャーは参列できたことの感激に打ち震え、埋葬が終わりマルフォイ家が帰っていくと地面に伏せってわんわん泣いた。クリーチャーが墓守を名乗り出そうな雰囲気を漂わせ始めたあたりで浮遊呪文をかけ、ラクランたちも帰路についた。
「こんなに魔法族らしいお葬式も今時珍しい。あんな短い時間でよくやったよ」
イザベラがクリーチャーと一緒にホットワインを出してくれた。本当はウェイクと言って故人を偲んだ小さなパーティを催すものだが、マルフォイ夫妻も居づらそうだったので早々にお開きになっている。
「ありがとう......私も兄上も決して良い息子ではない、なんなら死因の一つですらあるだろうけど、少しでも母上の人生に報いられたなら、良かった、のかな」
「少なくともこれで歴史ある魔法族の葬儀はあと一代後世に伝えられるだろう。それはヴァルブルガさんにとっても嬉しいはずだ」
葬儀にはまだ5歳のマルフォイ家のご子息も来ていた。魔法省で見かけることも多かったルシウス・マルフォイそっくりではあったが、子供らしく目を皿のようにして葬儀を見守っていた。
「大人の皮を精一杯かぶってるって感じだったけど、たしかに伝統の継承はしてくれそうな人材だわね」
生徒の関係でなにか知っているらしいイザベラがフンと鼻で笑って肩をすくめた。
「今日はそっちに泊まる?帰ってくる?」
「ああごめん、ホグワーツに帰るよ。夜間の見回りもある」
「そうだろうね、それじゃあ私は先に失礼するよ。クリーチャー!気をしっかり持つんだ。ダイアゴンに用事があるんだろう、一緒に行くかい?」
イザベラはパッと手を振ってクリーチャーとともに去っていった。それにレギュラスは何も言わず視線を落とす。ラクランも気持ちはよくわかった。
「イザベラはいつも元気だ。あの人がいてくれると、いやでもどんどんカレンダーが捲られていくような感じがするよ。寂しいけど、おれたちはまだ生きてるからね」
そっと冷たい偽物の手を握って冗談めかして言えば、レギュラスの口からも緩く息が漏れた。
「母上は厳格で、純血主義や魔法族のしきたりを徹底的に守っていたけれど、正しい家族なんて話は聞いたこともなかった。葬儀でやっといろいろ知れた気がする。クリーチャーのことがあってから、なんとか彼女と彼女が僕に与えた影響を切り離そうと必死だったし」
ホットワインで唇を湿らせて、ポツリポツリとレギュラスが語り出した。見守っていたラクランは切り離す、のところで思わず、握っていた偽物の手をチラリと見る。
≪なんだそれじゃ、おれが闇の印ごと吹っ飛ばしちまったのはコイツの狙い通りか。もしかしてわざと切断にもっていったのか?≫
頭の片隅でエバンが膨れっ面をしているイメージが浮かんできた。同じことを考えている。ラクランは苦笑いして、未だ日々呪いが進行しては押し返す処置をしている左腕をパンと叩いてやった。
「結果は惨敗だな。きれいに明確に、自分の正しいところと間違ったところを分けて切除しようとする。そういう考え方は結構ヴァルブルガさん似じゃないか?」
「考え方、か。母上に似ているのは兄上だと思っていた」
本当にそんな自覚はなかったようで、レギュラスはポカンと口をあけている。こんな顔みたことあったっけ?いや、ないかもしれない。初めて大広間で遭遇したときのレギュラスなんて、本当に取り澄ましていてマルフォイのご子息よりももっと貴族らしかった。
「そもそもおれは"ブラック家のよき息子"だった頃のレギュラスと友達になったんだぜ。それがデスイーターになって、やっぱりやめて、一人で突っ走る困ったレギュラスになったけど、いつの君も君だろ」
≪まったくだ!きれいに切り分けられたら世話ねえぜ。俺たちのお友達を勝手に捨ててくれるなよ≫
「君の中にヴァルブルガさんやオリオンさん、シリウス・ブラックの影響はたしかにある。君は悪いことばかり思い出そうとするけれど、いいこともきっとあるはずだよ。ほら、あの絵のこととか」
墓地の決め手になった、クリーチャーが話していたドレッサーの絵が気になって、二人でヴァルブルガさんの部屋へ足が向いた。遺品の整理もあって何度か立ち入っていたけれど、三面鏡のドレッサーをわざわざ開けたりはしなかったから。開くと右には何かを無理やりひっぺがした跡があり、左側の鏡の端には小さな羊皮紙の切れ端があった。
「僕もほとんど忘れてた。ドイツ土産のヴェラムに魔法の水彩で描いたものだよ、祖母がそちらの血を引いていてね」
魔法で保護された小さな画面の中で葉を揺らす柳。そこを、箒に乗った人影が横切っていく。
「今のは」
「たぶん兄上だ。どこかに描いた気がする。曲乗りばかりでクィディッチはやってもらえなくて、ほら」
「楽しそうだな」
「うん......」
絵に描いたということは、このときのレギュラスはきっと不満もありつつ、兄の曲乗りを面白がったんだろう。立って箒に乗るシリウス・ブラックがいなくなったと思ったら、今度は逆さまになって笑顔で登場した。
「本当に楽しそうだけど、これは僕が感じたそのままじゃない。僕の絵をもとに、母上が魔法をかけたり手直ししたものだ。母上はやっぱり、僕達のそのままより、母上の感じる美しさや幸せを大事になさっていたということか」
羊皮紙を人差し指の爪でなぞっていたレギュラスがふと顔を上げてラクランの方を見、泣き笑いのような顔をした。
「でも僕も、母上がこんな風景を望んでらっしゃったとは思ってなかった......お互い様だ。まったく今日くらいは良いことを思い出して差し上げたいのに、悪いことも思い出してしまう」
慌ただしくクリスマスが過ぎ、朝が徐々に明るくなって春の兆しが見えてきた。ぽかぽかする校長室に似つかわしく無く、引っ張ってこられたセブルス・スネイプは青ざめた顔をしている。呑気に毛繕いしているダンブルドアの相棒として有名な不死鳥との対比で、青を通り越して紫色に見えた。
「なんじゃ後輩に情でも湧いたかね?セブルス」
「いいえ。かような情報を掴まれている状況がまずいと」
いつもの笑顔を引っ込めて真顔でいうダンブルドア校長に、今度はラクランの背中のあたりの筋肉がぴくりと張り詰める。一方セブルスは落ち着き払って応じた。
「それもそうじゃな、一体どのように騎士団の存在に気づいたのかのう」
「魔法戦争前後の私の立場は相当特殊なものでしたから。ご安心ください、私を除けば実戦で戦ったデスイーターの他に気づいた者はいないでしょう」
「デスイーター......レギュラス・ブラック、エバン・ロジエールに、バーティミウス・クラウチ・ジュニアか」
「はい。それにご存知ないかも知れませんが、リーマス・ルーピンとも友人なんです。卒業後もしばしば家に招いていました。彼の能力に合った職を得られず、とても困った様子だったので」
リーマス・ルーピンの名前にセブルスは大層不機嫌そうに眉間に深々と皺を刻んだが、残念ながらダンブルドアは無反応だった。学校には入れたくせ差別がひどくて食うに困ってる卒業生にろくなバックアップもしなかったダンブルドアにこそ、刺さって欲しかったのだが。
「学生時代よりもむしろ卒業後に関わりが増えました。魔法省へ出向中私がテロに巻き込まれた際に、私が電話した妻が闇祓い局への連絡に苦慮したそうで。それを見て彼がマッドアイ・ムーディに渡りをつけてくれたんです」
「なるほど、彼とマッドアイの繋がりに違和感を持ったということじゃな」
リーマスは優れた魔法使いだし、穏やかで気優しい良き友人だ。だが彼の属性――人狼で住所不定無職――は通常
「キングズリー・シャックルボルトとも友人になりましたが、彼や若手の闇祓いにそうした外部のコネクションはなさそうでした。マッドアイが熱心に色々話してはいましたがね」
≪俺があいつの鼻を持ってってやった話なんて、魔法省の役人みんな耳タコだぜ!≫
「しかしロングボトム夫妻の病室では何度もマッドアイにお会いしました。どの面で見舞いにだとか謝罪に意味などないと、家族を飛び越えて何遍も叱責もされました。厳しくもよき上司という印象でしたが、あれは他の部下にはない異常な熱心さでした。フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムが闇祓いであると同時にマッドアイと別の団体で活動を共にしていたのなら納得がいく」
一旦言葉を切って、ラクランはセブルスの黒い瞳をまっすぐ見つめた。
「ウィゼンガモットの法廷でマッドアイと親しげにお話しされていたダンブルドア校長、忠義者なハグリッド、警戒を緩めないマクゴナガル先生、それにセブルス。あなた達をホグワーツで見て、闇祓いの他にも有志の......ポッター夫妻などが参加していた、校長の指揮する対闇の魔法使いのグループが現在も存続していると推察しました」
セブルスが襲撃と失踪前に寝返るには、前提として闇の帝王がポッター夫妻に目をつけ、計画的に殺害を試みそれをデスイーターに話していなければならない。
セブルスはそれを聞いて防ごうと動いた。
必死のセブルスが泥舟を選ぶはずもない。ダンブルドアは当時すでに武力行使を辞さないグループを作っていて、あの時期においては魔法省より頼りになったのだろう。
しかし夫妻は守られなかった。他方闇の帝王はなぜか遁走した。
敵討にしては快活に熱心に、セブルス・スネイプはダンブルドアのお膝元で教授職をまっとうしている。顔の血色は悪くても死者を追いかけるような不健全さがないのは、ポッター夫妻(というよりリリー・エバンズ)の意志がまだ残っているからではないだろうか。
「不死鳥の騎士団に気付いていたのなら、なぜこの半年かぎ回る真似をしていた」
「その節は失礼しました。こちらが情報を提供するばかりで戦いから締め出されてしまってはかないませんので」
暗に使い潰されるつもりはないと微笑めば、セブルスは露骨に嫌そうな顔をする。セブルス・スネイプは閉心術こそ鉄壁だが、実に感情豊かな魔法使いだ。
「何か確証を得てわしらに話す気になってくれたんじゃろう?何に気づいた」
「ホグワーツで生活してみて、あなた方お二人だけが、どのような方法でどのような状態で闇の帝王が生きているか明確に想像されていると感じました。ホークラックスを破壊するのにはそちらもまだ機が熟していないご様子ですが......おっと」
わざとらしく呟いてからパチンと口を塞ぐラクランに、セブルスが跳ね上がって杖を抜き、腕に飛びついて左の袖を捲り上げた。腕は捻り上げられ頬を杖でグリグリされたが、努めて抵抗せず苦笑いしておく。
視界の端で捉えたダンブルドアはいつものようなニコニコ顔だった。この二人の間にも認識の差があるということだろうか。しかしセブルスは思ったより同僚に甘い。昏倒させられるだろうと思っていたのに。
「イテテテ、言っときますけど魔法薬かなにかで隠してるわけでもないですからね。あの印がどうやっても隠せないものなのはご存知でしょう?おれの手は友人たちが守ってくれたんでまっさらですよ!」
≪ハイハイ俺たちが魔の手から守りました!名家贔屓でもともと大して関心なかったのもあるけど≫
「ではなぜ闇の帝王が生き延びた術を知っている!」
「レギュラスの成果です。彼のことはご存知でしょう?」
凶行に怯えて殺された、という噂をエバンとバーティがデスイーター内外で散々流したはずだ。先ほど親友だと挙げた名前と当時の噂を思い出したのか、セブルスは腕を握りしめた。
捕縛されたまま大人しく膝をつく。ダンブルドアが進み出て、跪いたラクランをはるか高いところから見下す。ラクランは軋む首に唇をひとなめして視線を受け止めた。今日一番強く心を見透かされている感じがする。
おれの閉心術は湖に鉄球を沈めるように、心の周りを意識で満たして隠す。閉心術を使うと自分でさえゆらめいてぼやけて捉えにくい。だというのに、今は湖底まで日が差し込んでくるみたいに視線に晒されている。気持ちのいいものじゃないが、甘んじて受け入れよう。
「破壊ということは、君たちはそれを所持しているのじゃな?」
「まあそうなります。やつの魔法の腕は伊達じゃない。一般魔法使いには困難というのもですが、破壊を気取られる可能性も考えて回収を優先しています」
「何が一般魔法使いだ」
「セブルス静かに。のうラクラン、ホークラックスはいくつあると見立てている?」
これは実質的にいくつ見つけた?という問いだ。
ダンブルドアたちは何かしらの闇の魔術で生き延びているという確証はあっても、モノはひとつもおさえていない。ヨーロッパ各地の吸血鬼ネットワークはもちろん、国内は鬼婆とフランク爺さんに監視をしてもらっている。おれたちが見つけているものの他はちっともとっかかりがない。今のおれたち同様、本人の尻尾を追うくらいが関の山だろう。
「3つからそれ以上と見ていますが」
「3......!?」
「なるほどのう、二つ見つけて、一つはアルバニアで吸血鬼とやりとりしているやつじゃな?」
ダンブルドアはホホッと笑って言ってのけた。やっぱりそっちは把握されている。なんとか優位性は維持しないと――。
「ええ、"本体"が森を荒らしたことは闇祓い局も掴んだようです。弱った体でわざわざ外国へ潜むなら、そこにもう一つがあってもおかしくない、と考えています」
「推理はわかった。他二つは国内にあることもな。なかなか自由に動き回れるご友人達がおるようじゃ」
「!ええ。とても頼りになります」
しばしラクランを見下ろしたまま顎髭を撫でていたダンブルドアは、不意に顎を引いて三日月型のメガネの上から冴え冴えとした青い目を覗かせた。
「それで君は、これまた美しい友情のために騎士団へ入らんとしておると。言うておくが脱獄は手伝えぬぞ。まだこの席は空けられぬでな」
「バーティ・クラウチ・ジュニアはアズカバンで死んだはずです!」
「まあまあセブルス、あそこの看守のことは正直わしも嫌いじゃ。あやつらは目も愛も見ぬからな、掻い潜る方法もないではない」
「監獄はすでに破られました。でも彼はまだ囚われの身なんです」
≪アズカバンよりひでえキャビネットに、だ。地に落ちて久しい名誉と、約束を形だけ果たすために幽閉されてる≫
エバンの声が珍しくグラグラしている。ラクランも声には出さずに一つ頷いた。アズカバン収監だってとんでもない歪んだ審判だと思ったものだけれど、今のあり方は全くもって道理に反している。
「連れ出せばこれからの助けにもなるでしょう。それが彼のあるべき姿だとおれは信じています」
「魔法省と面と向かって敵対するような所業でなければなんとかできるじゃろう。それでは契約成立じゃな?」
「はい!いや、よかった!ぜひとも協力したいと思ってはいたのですが、お願いもなんとか聞いていただきたかったもので」
ラクランは撤回されないうちにバッと立ち上がって勢い込んでダンブルドアと握手した。そのままくるりと振り返ってセブルスともブンブン握手する。何かしら秘密保持の魔法は結ばされるだろうが、闇の帝王についてもバーティについても一歩前進したようなもの。久方ぶりにワクワクして、勝手に膨らむ鼻の穴を制御できない。
「ああそれと、フランクによろしく言っておいておくれ」
「はい!えっ......」
間が空いてしまいました......人それぞれいろんなものの見方といろんな側面がある話です。
◽️ブラック家のお葬式
原作はクリーチャーが一人、もしくはナルシッサがやっていると思うのですが、フェニアス・ナイジェラス・ブラックおじいさんにもご登場いただいてなんとかお葬式を出してもらいました。お葬式にかかる備品類などはイギリス魔法界の服飾その他でたびたび描写がある19世紀ヴィクトリア朝の頃の一番ハイブロウなところを参考に、宗教的要素を抜き魔法的要素を盛り盛りしました(原作ではダンブルドアのだいぶ特殊なお葬式しか描写が見られないので)。マグルの方ですと御者の衣服や棺桶を運ぶ紳士の装飾も上等なもので仕立てるらしいですが、魔法界はそういうの全部魔法で済ませるのがヨシ!てなってそう......という想像です。
ジェット(黒色/有機物などの化石)もヴィクトリア女王が故人を偲ぶ装身具として身につけたことで流行した石です。
◽️ヴァルブルガ・ブラックのお部屋
ブラック家のブラック家らしさみたいなものを表象するキャラクターですが、彼女がしきたりを信奉した理由はなんなのだろう?ということでこのお話においては正しい家族のかたち・理想形として純血主義や由緒正しいブラック家を大切に思っていたと捉えています。穏やかな一瞬もないではなかったけれど、うまく噛み合わないままお互い傷ついてしまった。
彼女の家具の隙間について最も知っているクリーチャーは、彼女の信じるブラック家らしさによって存命中にレギュラスなどに伝えることができませんでしたから、亡くなってお葬式となってからやっといろいろ教えてくれました。
※蛇足
風景画がドイツの〜となってるのはフェニアス・ナイジェラス・ブラックを家系図で探していてヴァルブルガの母イルマがドイツ語な名付けかつ、ヴァルブルガも星団+ドイツの聖人名であるため、イルマ・クラッブはドイツ系の魔法族の血を引いている?(クラッブ家はイギリス魔法族ですが)という妄想でヨーロッパ内の純血魔法族コネクションをちょっと出しています。ダームストラングは純血のみ入学可能なので、そっちと交流はありそうです。
◽️やっと前進!不死鳥の騎士団について
マッドアイ・ムーディはかなり情に厚い人という印象です(ハリーに写真を見せてくれたり)。リーマスの好意はありがたいものでしたが、そういうコネを見逃さないのがスリザリンだと思います。
またスネイプの学生時代を知っていれば、寝返る理由は明らかで、その彼はダンブルドアにつき、今もダンブルドアのもと頑張っている。
スリザリン生で、デスイーターとのやり取りがあり(マッドアイの実戦など目撃)・リーマスと友人で・魔法省とホグワーツの内部に入ってようやく考察(まだダンブルドア主導の組織(同盟)が存在していて、対闇陣営では最有力)が完成したわけです。
どこで協力関係になるかプラン立ててなかったのですが、不死鳥の騎士団も流星群やったりフリーダムなようで秘密の同盟なので、存在に辿り着くまでにめちゃくちゃかかりました。
◽️分霊箱について
回収と確認ができてるので2つ(それぞれ洞窟は鬼婆、ゴーント家はフランク爺さんが監視)、アルバニアの森で本人の尻尾を捕捉(本人がいるということはもう一つもある?と推察)
ラクランは自分たちが押さえていると思っていましたが、最後に指輪のことでやり返されましたね。
ダンブルドアはどこかのタイミングでモーフィン・ゴーントの改竄された記憶から真実を汲み取って裁判のやり直しを訴えていますが、モーフィンはアズカバンに入ったまま亡くなっています。
モーフィンは死亡時期が不明ですが先天的に疾患がある風な描写があるので、過酷なアズカバンでそれほど長生きできたとは考えづらいです。ダンブルドアはトムが卒業前後できな臭いムーブをしている頃、ゴーント家のことを漁っている(約40年前?)と考えました。
ゴーント家はアズカバンにも魔法省にもマグルたちの間にも記録が残っているので、そこから時をおかずにスラグホーンの修正した記憶に行きつけばゴーント家のことは見張っていてもおかしくありません。庭番フランクのこともリドル家殺害容疑がかかっている関係で知っていたというわけです。今回ラクランが鎌かけに見事引っかかったおかげで、そのへんに分霊箱がありそう、という情報を見事ゲットしました。この爺手強し。