三匹の蛇   作:休肝婆

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 冬の間隠れてばかりだった太陽が黄金色の光を垂らし、森がブルーベルの絨毯で覆われる。学年末試験に向けてレイブンクロー生を中心に、生徒がだんだん狂っていく季節の到来だ。
 各学年に向けた作問はなかなか骨が折れる。大変なのはなにも生徒だけではない。ラクランは授業最初に話したことを違えるつもりはなかったし、ただ聞いたこと学んだことを繰り返すのではなくて、考えることが本人の糧になるような問題を目指していた。
 論述を入れた分、採点が大変なことになるのは目に見えている。夏休みを短くするわけにはいかないし、全くの他人やホグワーツの屋敷しもべ妖精に任せるわけにもいかない。
 折よく、卒業後グランドツアーに出て世界各地を飛び回っていたクィリナスから遅いホリデーの挨拶が来た。

「やあ、なんだか精悍になったかい?一体どこをほっつき歩いていたんだ!」
「ご無沙汰しています。メフィさんのツテでギリシャからエジプトへ行かせてもらって、サウジアラビアで出会った魔法使いと一緒にしばらくはアフガニスタンに」
「アフガニスタン!......過酷というのも憚られる状況だと聞くよ」
「ええ、本当に......」
 ホグズミードへやってきたクィリナスは頰がこけ、日焼けして鋭い目をするようになっていた。握手して再会を喜んだけれど、戦地にいたと聞いて頭のてっぺんからつま先まで眺める。気のせいか、血と砂埃の匂いがした。
 ラクランは頭を振って紅茶を注文したテーブルへ招く。アルコールの匂いが床板に染み込んだ3本の箒で紅茶を啜るのは妙な気分だ。クィリナスはティースプーン山盛り3杯の砂糖を投入した。

「それじゃ、大変なところ声をかけてしまったね。無理をしたんじゃないか?断ってくれても大丈夫だったのに」
「いいえ!いいえ!アメリカが地対空ミサイルまで供与し始めて、現地でが魔法さえもう役に立たないんです。灌漑も破壊されて農業もできなくなったけど、私ではどうにも......まだ若いからここで死ぬことはないと言われて帰国しましたが、ただ途方に暮れるだけで」
「そういうな、君は今の君にできることをやったんだろ。知らないことを知ったなら、学ぶしかない」
 侵攻したソ連を手づまりにさせるために、アメリカは一般市民に武器を供与してゲリラへ駆り立て殺し合いをさせている、というのはジャーナリストが連日新聞で書き立てている内容だ。たくさんの民間人が亡くなっていることは情報として知っていたけれど、こうしてクィリナスと話していると、目の前に情景が迫ってくる。同時にそうでもしなければ遠い土地の惨状がしばしば頭から消えてしまうのが空恐ろしかった。子供達にいろいろと授業をしておきながら、情けない。

 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、ラクランは再び口を開く。
「気分転換にはならないかもしれないけど、うん。話を聞いていて、やっぱり君は適任だ」
「そうでしょうか?一応、レイブンクロー生でしたしね」
「おっと、今回お願いしたいのは採点だけじゃないぞ!時期的に採点の手伝いは読んでただろうけど、採点を一般魔法使いに委託はできない」
「それは......そうですね?」
「採点の調子を見て、君をマグル学講師に推薦しようと思う。給与はおれの給与から出すように契約しよう。一応形式上はテニュア(終身在職権)がある職になるし、ただ投げ渡すつもりはない。おれと一緒に一年位授業をやってみて、ゆくゆくは君にマグル学の教授を勤めてもらいたい。どうだろう」





三匹の蛇 39

 

 日もウィンキーは食事を運ぶ。お部屋に着いた時ちょうど食べやすい熱さであるようにほどよくさましたオートミール、ポットカバーをかけた紅茶。盆の上でカチャカチャ揺れる。

「今日も病人食か」

「はい、冬の風邪が長引いてしまっているようでございます。でも、その分いい子でいらっしゃいます」

「フン、いい子、か」

 廊下の肖像画が鼻を鳴らして額から去っていくのにお辞儀して、ウィンキーはまた背筋を正した。

 療養し始めた頃は本当に死んでしまいそうで、お身体が回復してからは悪霊が乗り移ったようだった。冬にまた体調を崩されて、それからいい子。順調、順調だ。

 

 ぼっちゃまは今日は特別おとなしい日で、ベッドで体を起こして奥さまのようにごく小さなひとさじでオートミールをお食べになった。

「ウィンキー!」

 下の階から雷鳴のような声でご主人さまに呼ばれて、ウィンキーは飛び上がった。ベッドの方でもカシャンと音がしてオートミールがベッドに広がる。

「ぼっちゃま!」

 ウィンキーはキーキーと悲鳴をあげてすぐさまパチンと指を弾き、キルトを捲り上げて火傷がないか確認する。すぐさま振り払われてウィンキーはベッドの上でポンと弾んだ。

「ぼっちゃま?」

「ウィンキー!」

「はい、ただいま!」

 

「ダンブルドアからあれについて手紙が来た。お前はあの若者に何を言った?!」

「お墓にご案内はいたしました!ウィンキーはダンブルドアにお話されません!」

「若者に、だ!......まあいい、一体どうやって脱獄を知られた?埋葬は終わって久しいはず......ダンブルドアか、やつは一体......いや......」

 雷鳴のように怒鳴るご主人さまにウィンキーはブルブルと震えた。震えている間に、クラウチ・シニアはぼそぼそと呟きながら歩き去る。お食事の最中だったことを思い出して、ウィンキーはパチンと指を鳴らしバーテミウスの部屋へ戻った。でろりとベッドの上に広がるオートミールを魔法で消して、窓のそばの椅子に腰掛けてブルブル震える木を眺めるバーテミウスに恐る恐る歩み寄る。

「ぼ、ぼっちゃま?そちらはまだ冷えます、お掃除いたしましたから、ベッドへ」

 そっと裾に手を添えて引っ張ってみても、うんともすんともだ。錯乱呪文にはかかっていないはずだけれど、目の焦点はあっていなくて、暗く澱んでいる。

「食事ももう一度お持ちいたしますよ、ぼっちゃま」

 何かの拍子にぶるぶると震え始めて、頭を掻きむしる。ひどく寒そうで、とりあえずベッドの毛布を引っ張っていけば、丸まったまま床で倒れてしまった。

 きっと、冬の寒いのがアズカバンを思い出させてしまうのだ。結局お助けになるのなら、どうしてご主人さまはひどい場所へ送ってしまわれたのだろう?――いけない。パチンと浮かせて、ベッドへお連れし、お辞儀する。

「奥さま、奥さま......どうしたらお屋敷は暖かくなるのでしょう」

 

 

 

 休み、ダンブルドアはラクランとセブルスを伴って、夕日がいまにも沈みそうという頃にクラウチ邸へ着いた。慣例では15分ほど遅れるほうが良いので、ノッカーに手を伸ばすことなく湖の方をウロウロする。

「低学年の頃の夏休みに、みんなで遊びに来させてもらったんですよ。鰓昆布を淡水で育てられないかーなんて理由をつけて泳ぎ回ったものです」

 紫や青の空に金色の雲が映り込む湖面を眺めてラクランはポツリとこぼした。10年ちょっとの話をするつもりが、自分の口から出てもなお、遠い昔のように思える。 

 湖も空も変わらずこんなに美しくて、日中はピムスでも片手に日光浴したいようなお天気だったのに、屋敷の窓は閉め切られカーテンも引かれている。ここだけが冬のままのようで、顰めっ面を作り直した。

 

「こんばんは、相変わらず静かで良いところじゃの、お招きいただきありがとう」

 ダンブルドアはいつも通りキラキラとした目でにこやかに挨拶したが、クラウチ氏はくいっとわざとらしく口角を上げて着席した。ピカピカのテーブルセットに少しギクシャクしながらラクランとセブルスも続く。一応ドレスローブを着てきたが、セブルスは晴れ着でも真っ黒だ。ラクランのほうも夏に合わせてイザベラがミントグリーンのシャツを合わせていくべき!と熱烈プレゼンしてくれなければお揃いになっていたかもしれない。

 鼻をふんふん鳴らしてウィンキーが食事を運んでくる。ミセス・クラウチの好物だったというスープをポタージュにしたものに、ハトのロースト、トマトタルト、子羊のカツレツ、フラットピーチのパイにシャーベット。どれも素晴らしい仕事だったけれど、残念ながら味はしなかった。

 

「たいへんなご馳走様でした。お腹につられてまぶたの重たくならないうちに、この席につかなかった友人についての話に移らせていただきたいのですが」

「ラクランや、そう急ぐでない」

「急ぐでない?バーティの投獄から何年待ったと思いますか?死んでしまったと思い込んでいた時間も含めれば、4年間です。十分待ったと言っていただいてよろしいのでは」

 お酒を飲んで一瞬顔色が戻っていたクラウチ氏がサッと青ざめる。薄い唇をぎゅっと引き結んで神経質に額の血管を震わせたあと、背もたれに寄りかかった。

「君の共同執筆者が献花に来ていたが、あれで気づいたのか?とすればここは全く万全ではない、改善して、二度と漏らさないと誓おう。もちろんあれを外に出すことはない......」

 ラクランの方を見ていたのは最初だけだ。あとはダンブルドアへ縋るようにクラウチ氏は話した。息子の状態や生き死により、ダンブルドアによって息子を脱獄させるという自分の罪が世間に告発されるのだけをただひたすらに恐れていた。ラクランはすぐに口を開こうとしたものの、半月型のメガネごしにダンブルドアから睨まれたので、ぎゅっと拳を握って黙る。

 

「ほほ、それでは本当に生きているのじゃな?君のいうように幽閉しておかなければならないのか、はたまた罪を償い働く力があるのかは、本人に会わねばわからん」

「働くなど!あれはデスイーターでした。印は間違いありません!その上、アズカバン始まって以来初の脱獄囚」

「君が怒りのままにそう判決したにすぎん。ロングボトム夫妻の事件においても結局嫌疑以上の証拠は得られなんだ」

「しかし!闇の印がたしかに!」

「このセブルスもじゃ、ミスター・クラウチ。彼の腕にも闇の印は刻まれておるが、心はやつの下にはない。君もあの男が完全に去ったとは思っておらんじゃろうに。今できることは全てやるべきじゃ」

 ダンブルドアはゆるりと立ち上がってセブルスの肩を叩いた。バーティの裁判のときにはすでに腹心になっていた。セブルスは眉ひとつ動かさず手元を見つめている。

「......あなたの思うようにあれはその男のように"使える"状態ではない。妻は息子を救った気のまま死んだが、私は二人とも失っただけだ。ウィンキー、あれを連れてこい。慎重にな」

 

 部屋の隅で震えていたウィンキーがすぐさま深々とお辞儀して消えた。

「幽閉しておくにしても、君たちに悟られたのはリスクだ。一体どのようにしてあれの生存に気づいた」

「それならご心配なく。私たちにはこれがあったからわかっただけです」

 クラウチ氏のぶっきらぼうな声にラクランは右腕を捲って、闇の印とは全く異なる印を見せる。セブルスも興味を惹かれたのか少しだけ身を乗り出してきた。

「これは?」

「蛇は入ってますけど闇の印ではないですよ、バーテミウスが考えた敵鏡の応用でこの印を作りました。土台は破れぬ誓いで、それを縁に契約者の窮状を相互に発信できるものです」

「破れぬ誓いじゃと?なんということを......一体どうして」

 さすがにびっくりしたという顔でダンブルドアが言うけれど、ラクランは肩をそびやかすしかない。破れぬ誓いはかわしてよかったと思っているし、後悔したことは一度もない。

「学生時代に一学年上のレギュラス・ブラックが闇の帝王への謁見後様変わりしたのを恐れて、同級同士互いが友であり、助け合うことを誓いました」

「他にも方法はあったじゃろうに。若いとは恐ろしいものじゃな、破れぬ誓いは破れないというのに......」

「エバン・ロジエールは闇の魔術に関わりのある縁戚しかおらず、バーティはスリザリンにおいてことさら過激に振る舞わなければならなかった。出自が曖昧で頼るツテのない私も相当危険だったとは思いますが」

 セブルスの顔にはなんの表情も浮かんでいないが、スリザリンの雰囲気は間違いなく彼の記憶にも残っているはずだ。闇の陣営を礼賛することが当然とされ、毎朝の新聞にそれにみんなが熱狂しているあの空気。

「全員が殺し合わず、信頼しあったまま繋がっておく方法が、私たちには破れぬ誓いしか見えなかった。結果として、友人の一人は今も私の中に止まっています。エバンはあの最中にあって、私のような半端者への友情を忘れずにいてくれた」

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 守護霊の呪文を唱えると、ぼんやりとした銀色の巨大な長毛種の犬の姿が現れる。

 そこへ、長いローブを被って俯きがちの人物を少し浮かせたウィンキーが戻ってきた。

「ぼ、ぼっちゃまを、お連れいたしました」

「結構、下がれ」

「はい、ご、ご主人さま?ぼっちゃまは体調がお宜しく、ございません!あまり長くは」

「下がれ!」

<マジかよ、これバーティ?おい、バンシーみたいになってるじゃないか。まだディメンターに憑かれているのか?>

「ロジエール?」

<そうですよ〜スネイプセンセ、ゴーストじゃないけど化けて出たんだ!破れぬ誓いの破れなさのおかげだね、やいバーティ!聞こえてるか!>

「ほほ、なるほど?興味深い状態になっておるのう......魂の一部が破れぬ誓いの契約を伝って引っ付いておるのか」

 キラキラとした青い目で見透かされてラクランはちょっとだけエバンが入った守護霊の方によった。霧の方がまだ存在感があるくらいなんの感触もないけれど、心の支えにはなる。

「バーティ、元気ではなさそうだけど。久しぶりだね」

 思い切って、まだ俯きがちで震えているバーティに声をかけた。バーティにエバンと話をしてもらうために、それに、間違いなくデスイーターとして闇祓いに殺害されたエバンが、本当はどんな人間だったか知ってもらうために、夏中守護霊を安定させて、そこへ入ってもらう練習を繰り返していた。

 アズカバンがどれほど彼を蝕んだかは想像することすら難しいが、影響は見てとれた。そして屋敷でちっとも回復していないのも。

「バーティ?おれたちはお屋敷を出してもらうように交渉に来たんだ。審理を止めたり、収監を防げはしなかったけれど......助けに、来た」

 何度も間に合わなかった自信がある。でもたしかにそのつもりだ。一向に反応を返さないバーティに、油を飲んだように言葉が空回る。

「ロングボトム夫妻の治療のための研究もマグルの医師と進めていて、磔の呪文が脳の視床に多大な影響を及ぼしていることがわかってきた。闇の帝王の滅ぼし方もだ、今こそ君の知恵を借りたいんだ、体調は少しずつ直せばいい、どうか」

 

「...れ、...だ」

<なんだって?>

「誰なんだ、君たちは。君たちを思い出そうとすると、耳の奥で、何かが折れる恐ろしい音がする。身の毛もよだつような、」

 呆然としてるラクランを横目に、話の途中でまたガタガタと震え出したバーティに、エバンが飛び出して、モサッと乗っかった。一応、ゴーストではないので通り抜けて寒気に襲われることはないけれど。

<俺はいまインザ守護霊だから。ディメンターの残滓がいるなら追い払えるだろ>

「それならディメンターは関係ないようだ。記憶がない?どうしてまだこんな状態なんだ?」

「十分だろう。見ての通りこれではまったくなんの役にもたたない。アズカバンにいくには、これは希望を持ちすぎたのだ。あの状態で一体どんな希望を持っていたのかと思っていたが、君の話で謎が解けた。一度壊れた人間はそう簡単には治らない。妻の最後の頼みで生かしているが、死ぬまでこのままだろう」

「彼の未来をあなたが決めつけないでください!日没前なのにカーテンが引かれているのを見ました。アズカバンに近い状況を作って、心理的外傷をなおす努力をしていない場所に友人をみすみす置いておけません」

「知ったような口を聞くな!ディメンターは幸福な感情を吸い取るのだろう?あれに陽光も庭にも幸福な記憶を与えたのは君たちだ!君たちを思い出せばディメンターがやってくるから、息子は君たちに関わる全てを拒絶する!」

 

 口から泡を飛ばしてクラウチ氏はピシャリと言い切った。幸福な記憶を持っていたから、幸福な感情になるたびディメンターに吸い取られるから、だから?

 足元がとたんに砂漠になってしまったように感じる。頭痛を抑えながら、ラクランはクラウチ氏を睨みつけた。

「だから、アズカバンと同じような環境しか与えないというのですか。それで飼い殺しにしようと、そうおっしゃるのですか?あなたは彼を息子とおっしゃるのに、もう一度幸福になるような思い出を注いでやろうとは思わないんですか」

「これは罪人だ、アズカバンは実質的な死刑の地だ。生きる権利さえ与えたつもりはない。幸福になる権利など最初からない」

「ご冗談を!神をおいてほかに正しく人を裁くことができる人などいるものか!いかな社会でも法律はあくまで抑止と、懲罰感情のやりどころとして機能しています。罪を正しく測っているなど幻想だ。あなたはそれをご自分の体面を守るのに使っただけだ」

「なんだと!私のキャリアで十分に私がいかに闇の魔術を憎むかは示したはずだ。私利私欲など」

<その憎しみに殺された被害者、俺〜!>

 

 エバンに続いて口を開きかけたところで、ダンブルドアがサッと手を振って一帯を静止した。

「そこまでじゃラクラン、エバンも。

 友の状態に心を痛める気持ちはよーくわかる。君もじゃクラウチ。奥方をなくされご子息は深く傷つき、さぞやお寂しいことだろう。わしらは君と関係を断絶したいわけではない。闇の帝王が世を去ったわけでないのは君も察しておるじゃろう?そのために力を借りたかったが......ご子息がこのような状態とは心痛の限りじゃ」

「先生、どういうことですか」

 不穏な気配を察知してラクランが背筋を伸ばす。それにはて?という顔をしてダンブルドアはとぼけて返した。

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアはまだこちらで療養しておいた方が良いじゃろう。これまでより厳重に存在を秘匿し、わしらも黙っておく」

「忘れてもらいたいくらいだが」

<それじゃあらためてバーティをおれたちの人質にするっていうのか?おいおい、マジで腐ってるぜ>

「仕方ないんじゃよ、エバン。まだわしが大暴れするときではないからの、あんまり敵を作るわけにもいかん」

 最後はこしょこしょと耳打ちされて、ダンブルドアを睨め付ける。セブルスはいつも通り焦点のあやしい諦観にまみれた目をしていたが、口角のあたりにどことなく喜色が浮かんでいた。だいたい、ほうら言っただろうといった感じである。

 

 ラクランは深呼吸して一歩引いた。印からバーティが元気になっていることを想定していたが、これは想定外だ。

「わかりました、今晩は失礼します。ウィンキーも、素晴らしいセッティングのなか騒いでしまってすまなかったね。またレシピを送らせてもらうよ。これまでのレシピで彼の食事ぶりはどうだった?」

「体調の良い時には、アソルブローズを飲まれますよ。体調を崩されると、パンがゆも食べてくださらなくて......」

「パンがゆやオートミールは塩味が良いかもしれない。ホグワーツにいた時は少し塩を多めに味付けしていたんだ」

 

 ダンブルドアとセブルスがクラウチ氏と協力して隠蔽の魔法を貼り直している。

 頭が冷えればエバンがいうようにこちらがバーティという人質を取られただけではなく、ダンブルドア陣営として、バーティの存在を黙っておく代わりにクラウチ氏という今は閑職に追いやられつつあっても魔法省で確かな存在感のあった人物とつよい繋がりを得られたということは理解できた。

<だからといって、気に入らないのは相変わらずだけどな>

「ああ、ダンブルドアは最初から半ばそのつもりだったようだしね」

 クラウチ氏の前に進み出て、ダンブルドアに促され一応の握手をした。そのまま立ち去ろうとしたけれど、ラクランの足は上等な絨毯に縫い付けられた。

「罪は、単に法を犯すことではない。本当の意味で罪を償うには、まず自分の犯した罪を知らなければなりません。罪に向き合ってその大きさを理解しなければ、どうして償うことができるでしょう」

「あいつの罪はウィゼンガモットを抜きにしても償い切れるものではない」

「償い切れないから償う努力すら許さないのですか?死んだところでなんの償いになるのでしょうか」

<ご立派なクラウチ氏のことだ、償いじゃなく治安維持目的かもしれないぜ。これ以上罪を犯さないように、罪が生まれないように、バーティは生まれてこなければ良かったんだ。だからほとんど死んでるのと同じ状態で寿命まで飼い殺そうとなさってる>

「勝手な邪推はよせ!」

「一生かかって償いきれずとも、生きている人間として、少しでも償う努力をするほうがよっぽど良いと思いませんか。生きている、人間なんだから」

 

 

 

 んの幸せも知らないままでは、バーティは一生自分がロングボトム家から何を奪ったのか、どんな罪を犯したのかすら知ることはできないだろう。魔法界の裁判に疑問を持ったのと同時、どうやったらバーティの罪を一緒に背負えるか、一緒に償っていけるか考えて出した結論は今も変わっていない。

「はい、写真いきますよ、ネビル笑って!」

 イザベラが構える魔法のフラッシュがバシュッととんでもない音を立ててマグネシウム風の眩い光を放つ。カメラの前でカチコチになったネビルを大叔父さんが突いて笑わせたところだった。ベッドの上では相変わらず焦点を合わせることができないロングボトム夫妻がいる。ネビルはちょっと横に大きくなる時期のようで、冬にあった時よりもふっくらした。こないだ前歯が抜けたらしい。

「こんどはどこの歯がぐらぐらするの?あんまりほっとかない方がいいよ、変なふうに生えてきちゃうから。糸を巻きつけて抜いてあげようか」

 こないだついに全部の歯が生え変わったナンシーが少し大人ぶって言う。

 もしかしたら、クラウチ氏だって本当のところはわかっていないかもしれない。小さい息子がどんどんと大きくなっていくかけがえのない時間、歯が一本大人になったのをお祝いして歯磨き糸楊枝型ミント菓子を山とプレゼントするようなロングボトム家の人々の痛みや悲しみ、なくしたものの大きさを、あの陰のあるクラウチ邸で感じることがあるだろうか?

 

 ラクランだって、こんな見逃し難い一瞬一瞬が家族に、人生に次々訪れるものだとは知らなかった。アランはあまり写真を撮る人ではなかったし、抜けた歯は湖へ投げた。プロレスごっこをしたりザリガニ罠をしかけたり、湖で泳ぎ回り自転車を漕いだ時間は当たり前にあるもので、気づけば自分を形作っていた。友人たちもそうだ。空気のようなもので、ほんの巡り合わせで近づいて、お互いに影響しあって、それは今も体を巡っている。

 ナンシーがきて、リチャードたちの代わりに彼女の時間をきちんと見なければと思うようになって、それからイザベラとも家族になって、ようやく一緒に時間を過ごすかけがえのなさがどんなに大きな宝物かわかってきた。

 写真にしたところで、過ぎ去った時間や交わした言葉を変えることはできない。今まさにロングボトム夫妻の治療にむけて奔走しているけれども、意識不明な状態だけがバーティの罪なのではなく、その損害によって奪った家族の時間も思い出も全部が罪だ。親という目線で見れば、そっちのほうがずっと重たいかもしれない。それは到底取り戻せるものではないし、取り戻せないからこそ大切な宝物だ。

「ないよりは、ある方が。失われてしまっても、少しでも言葉を交わせる日が来るように」

 磔の呪文によって外傷は残らない。このことから外傷によってではなく、痛みを伝達する脳の特定部位に作用する魔法だとあたりをつけて、研究を進めてきた。大きく乱れた電気信号が未だ夫妻の意識を損なっているけれど、絶対の不可逆ではないと信じている。

「ラクラン?」

 ナンシーが顔色を窺ってくるので、トントンと背中を叩いておいた。ネビルと比べると本当に身長がぐいと伸びた。リチャードはのっぽだったから、ナンシーもすごく大きくなるかもしれない。視界の端っこにそっと聞き耳を立てているネビルを見つけて、くすっとしながら聞いてみた。

「ホグワーツの一年はどうだった?」

「正直いって完璧とは程遠い。サイアクなこともあったけど、最高なこともあった。魔法ってとにかく普通が苦手なんだね」

「なるほどなあ、うまいこと言う」

 当たり前に、ナンシーの中にも怒りや悲しみがある。誰だか知らない魔法使いによって突然になんの理由もなくリチャードたちを殺された傷は決して癒えないし、時間が経って忘れることはまたさらなる傷にしかならない。

 それでも、どうしてもおれは嫌だった。

 ナンシーがなにも知らないままいっときの感情に飲まれて爆発してしまうのは嫌だった。傷から血が流れ続けようとなんとかして生きて欲しかったし、全部は到底無理でも、少しずつ一緒に失われてしまった家族の時間を取り返していきたい。

 

 人間は間違うものだ。クラウチ氏の中に政治家としてのほか夫や父としての苦悩があることも、されど結局政治家としての判断がより重みを持っていることも、ちゃんと会って話すまでラクランもエバンも認識していなかった。もっと政治一辺倒の人だと思っていたけど、実際は迷いながら政治を選べてしまう人だった。

 悪意があってもなくても生きている限り人間には知らないことがあるし、無知から間違いも、罪も生まれる。お互いを完全に見ることはできない人間同士なんだから、罪が生まれてやっと違いを知ることもある。罪は知らないことを知り、見えていなかったことをまざまざと見せてくる。犯してしまった罪は、罪を犯した側が命でもって自分の存在をなかったことにしたくらいでは拭えない。

 

「ラクラン助けてくれ!......おっと!失礼!」

 バン!と音を立てて、後ほどグリモールドプレイスで合流予定だったレギュラスが病室へ入ってきた。

 元デスイーターが合わせる顔があるかなんて言って、相当な発見がない限りは病室に立ち入らないレギュラスが珍しく入室どころか闖入して来るなんて、とラクランは反射的に杖を抜いて立ち上がってから思考を巡らす。

「ええと、イグネイシャス?何があった?」

「あの館はもう使えない!まるで悪夢だ!」

「あの館?グリモールドプレイスがどうかしたのか」

「クリーチャーが......クリーチャーが買い物から帰ったと思ったら、ブラック夫人の肖像画を受け取ってきたんだ」

 

 






 めーちゃくちゃ間が空いてしまって大変申し訳ありません。
 いかんせん今後につながる大きい展開部分だったので、この先がどうなるか。三つくらいのルートを試しに書いてみるという徒労をやってました。この作品では以上のようなルートを取ることにしました。

◽️クィレルのグランドツアー
 原作でもバーナードの入手やハープの演奏など、いろんな経験をしてきたことが想像できたので、ダイナミックにいろいろな国を渡り歩く旅をしてもらいました。経験は素晴らしいことですが、目的がよくわからないところが心配ですね。

◽️衰弱バーティ
 今作のバーティは結構学生時代を楽しく過ごしてもらったつもりです。幸せな思い出があるだけ、ディメンターは美味しい思いをしますし、シリウス・ブラックが復讐と自分は冤罪であると言う真実に縋って正気を保っていた一方で、バーティに父親を憎む気持ちはあっても、自分が全くの無実であると言う確信はなかっただろうと思われます。衰弱死しても疑問に思われない程度にはアズカバンで弱っていたので、体はかろうじて癒えても、精神的に再び立ち上がる支援をするわけではないクラウチ・シニアのもとで精神(と肉体)をじわじわと蝕まれています。記憶は混濁してるのかディメンターを寄せないために蓋をして開かなくなってしまったのかまだわかりません。

◽️魔改造エバンとエクスペクトパトローナム
 守護霊の呪文、よく考えるとよくわからない魔法で夢はいっぱいあると思っています。
 破れぬ誓いも古い魔法で、リリーの守りの魔法同様原始的かつアバウトに命や魂を結んでしまうものと解釈して、若気の至りと状況のために魂を強く結びつけていたことでそれを縁にエバンの魂はラクランに引っかかっています。
 守護霊は霊がくっついてるのか魂の一部分(エネルギー?)なのかなどなど色々推察できるのですが、このお話では後者のほう、幸福な思い出(自分はこのために生きているという生き甲斐、存在価値)を思い浮かべることで出力できるもの、それにエバンの魂のかけらが乗っかっているイメージです。

◽️煮え切らないダンブルドア
 クラウチ氏は強硬な姿勢を打ち出し続けた人物なので、職は下がっても人脈や彼の発言力には一定の価値があります。若者に従って早々に表立って対立するより、未来に向けてタネをまくつもりで協力を申し出ました。バーティが元気で志が信頼できれば助け出す道もあったでしょうが、どちらも見られなかったのでリスクを取らずに保留です。

◽️磔の呪文
 磔の呪文とロングボトム夫妻については、聖マンゴの治療ですら原作で一才の変化がありませんが、脳機能の調査研究は魔法界よりマグルの方が進んでいるだろうなと考えて、外傷のつかない呪文は視床下部に作用し痛覚を伝える電気信号をたくさん放つことでひどい責苦を体験させるものかも、という推論を立ててもらいました。
 治るかはまだわかりませんが、とりあえず命を繋いでおくだけ、よりは改善と治癒を目標に取り組んでいます。もちろん、それで罪が償えるわけではありませんが。


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