三匹の蛇   作:休肝婆

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三匹の蛇 4

 

 の柔らかな日差しが差し込む廊下を急足で歩く。

 地下にある寮から、教室まで、ほんのちょっぴりの朝日しか浴びられない。太陽を見ないとくしゃみが出ないラクランは、早朝に朝露に濡れた草の上を走り回った自分に感謝した。

 

 お日様が足りないラクランとは違って、昨日よりもっと青白い顔のバーテミウスは朝日が眩しそうだ。

「君っていつも朝何時に起きてるの?」

「だいたいこのくらいだな。でも朝は苦手なんだ」

「とにかく何にか食べたほうがいいよ、顔色悪い」

 大広間の朝食は、パンやクラナハンが出ていたけれど、あたたかそうなポリッジもあった。ラクランは顔色を見てポリッジを勧めたけれど、バーテミウスの顔は気乗りしなさそうだった。

 ラクランは銀の盆に盛られたフルーツを摘んで温かい牛乳を飲んだが、その間にバーテミウスは三口ほどしか進んでいなかった。

 

「朝はそんなに食べない方なの?おい、フクロウがいっぱい!」

「朝のフクロウ便だ。あんまりマグルみたいな反応をするな」

「そりゃごめん」

 小声で話している間に、机の端っこにツヤツヤの毛をしたメンフクロウが降り立った。

 恐竜のような鳴き声を控えめにあげて、バーテミウスに手紙を差し出す。バーテミウスがそれを受け取ってから、ポケットから死んだハツカネズミを取り出してメンフクロウに差し出すと、今度は大きくギャーと鳴いて椅子の上で上品に食事を始めた。

 

「僕の家のフクロウのバーナードだ」

「家のフクロウなんだ。お疲れ様バーナード」

 少しソワソワして手紙を開くバーテミウスをよそに、どの羽も美しく伸びて折れ曲がってないのをうっとり確認する。

「魔法界のフクロウは賢いから、なでてもいいぞ」

「えー!フクロウ撫でるの、おれはじめて!」

「ふうん?珍しいね」

 感動してつい大きい声を上げたところで、肩口から冷めた茶々が入ってラクランはびくりと飛び上がった。机の下でバーテミウスが思いっきり足を踏んでくる。

 

「おはよ、キース。昨日はよく眠れた?」

 ニヤリと笑って手をあげてきたイザベラ・ブルストロードに慌てて体を向けて苦笑いする。

「おはようベラ。湖の音のおかげでとってもよく眠れたよ。アー、溺死する夢を見るくらいには」

「あは、湖の天井ね。確かにダイオオイカが通るとびっくりするけど、慣れればあれはあれで落ち着くんだよ」

「おはようございます、イザベラ」

 手紙をしっかり胸ポケットに入れながらバーテミウスも落ち着きはらった顔でイザベラに向き直った。

「アンタもベラでいーってば。最初の授業はなんだった?」

「変身術です」

「あちゃ、アンタたちは大丈夫だと思うけど、マクゴナガルは生粋のグリフィンドールだから減点されないようにね。実力は確かだけど、スリザリン寮生がポカをやらかしたら絶対見逃さない」

「ウッ...が、がんばってみる...」

 予習で教科書をめくってみた中で、変身術が1番ちんぷんかんぷんだったラクランはそっとかばんを抱え直した。

「噂を聞く限り合理的な先生だから、ちゃんと集中してれば大丈夫だろう」

「そーね、減点するスキを見せなきゃ理不尽な減点はしてこないよ。じゃ、がんばってね!」

 嵐のように去っていくベラを見送りながら、バーテミウスに手のひらをみせて小さくゴメンとハンドサインする。あんまりフクロウがかわいくて、「魔法族らしく振る舞う」のを忘れてしまった。

 

「気をつけろ、まったく」

「あ!あともう一個!」

「「うわぁ!!!!」」

「?何さうるさいね、アンタたちはもう授業の支度を済ませてきたみたいだけど、寮に出入りする時は気をつけな。グリフィンドールのやつらがきっとなにか仕掛けるから」

 再びひょっこり登場したベラに揃って声を上げてしまって、バーテミウスは咳払いして赤面する。ラクランはまだちょっと肩を浮かせていたが、ベラは何も気にせず捲し立てて、じゃ、幸運を、と親指をたてて去っていった。

 

「嵐みたいだった。そろそろいくか」

「待てよ、君ちょっとしか食べてない!せめてソーセージの一本は食べなくちゃ」

「朝からソーセージは重い...」

「じゃあ卵!ほら!」

「卵も重い...これ、見るからにオイリーだ」

「まあ確かに。でも、じゃあなんなら食べられるのさ」

「そもそも君と違って僕は朝あまり食べない。昨日君が作ったブローズくらいの味付けなら食べられるかもしれないが、このポリッジはすごく甘くて...」

 昨日からみている感じ、バーテミウスはそんなに甘いのが得意じゃないみたい。ティースプーンでポリッジを一口掬ってみると、とろとろになったパンの甘さを押しつぶして、練乳の甘さが口の中を支配する。小さい子は好きかもしれないけど、たしかにこれは塩を振ってもどうにもならない味だ。

「うわあ、トライフルと変わらない甘さだこりゃ。あとでなにか作ろうか?」

 紅茶で口を濯ぐようにしているバーテミウスに聞いてみるけど、渋い顔で首を振る。

「授業に遅れるし、いい。家に手紙を出して、ウィンキーにうちのスープのレシピを送ってもらうように頼む」

「それでおれが作るってワケね」

「なぜ?スプーキーに渡して、大広間で出すメニューを増やして貰えば良い」

「えええ、今もこんなにいっぱい作ってるのに?」

「でも屋敷しもべ妖精はそういう生き物だ」

 たしかにスプーキーはおれたちに何かするのが嬉しくて仕方ないって感じだったけど...

 釈然としないものはあったが、時計を見るともうそんなに余裕がない。ラクランは肩をすくめて席を立った。

 

 変身術の教室は上階だ。階段の周期を利用してスムーズに移動はできたが、教室に入ると、ぽこぽこと一人でに弾むポットや不可思議な記号を使って書かれた板書が目に飛び込んできて、ラクランは少し唾をのんだ。

 エメリック・スィッチ著の変身学入門に、羊皮紙一巻き、インクを小分けにした小さな瓶と、ちょっと先が汚れているだけの羽ペンを並べる。

 

「あ、猫!」

 入った時は気づかなかったが、優美な猫がぽこぽこ弾むポットの隣でしゃんと座っている。朝フクロウに触れなかったのもあって、ラクランが駆け寄ろうとすれば、ローブのフードを引っ張られる。

「なんだよ〜」

「走るな、品がない。誰かのインク壺をひっくり返すぞ。杖もポケットから出しておけ、たぶんすぐに使うから」

 ピシャリと言われてしまえば仕方ない。バーテミウスのこういうところは、どうもじいちゃんに似ている。

 ラクランはしぶしぶ猫のところに向かうのはやめて、言われた通りローブのポケットから杖を引っ張り出した。艶やかな褐色の杖には傷一つない。オリバンダーさんの店で手に取って以来、一度もまともに使っていないのだ。

 不安げな顔で杖を見下ろすラクランに、バーテミウスも自分の杖を革の杖ホルダーから出して見せた。淡い黄褐色に、節のある杖だ。

「杖の木はなんなんだ?僕はスギだ」

「たしかオークだって言ってたよ、あとドラゴンの心臓?」

「オークは自然に親しみの深い魔法使いに合うらしいな。君が動物好きなのも納得だ。ドラゴンの心臓の琴線は僕の杖にも入ってる。強力だけど事故を起こしやすいらしい」

「芯材でそんな違いがあるんだ。事故か...」

 スラグホーン先生の杖でデッカい蛇を呼んでしまったように、杖をふるとまだ何が起こるかわからないのが、ラクランは実をいうと少しこわい。意図しない魔法の暴走を起こしたことがないぶん、杖という道具を得ることで、自分が何か致命的にまずいことをやらかしてしまうかもしれないのが心配だった。

 

「変身術は難しいって聞くけど、できるかな」

 小声で聞いてみると、バーテミウスも肩をそびやかす。

「呪文は練習したけど、変身術はあんまりなんだ。アグアメンティもちょっと変身術が入るそうなんだけど、母上が使っているのをみて教えてもらっただけだから...」

「アグアメンティが変身なの?ますますよくわからないや」

「その辺は今日教わるだろう。実践も小さいものから、呪文の正しい発音と杖の振りをきちんとやれば大丈夫だって、母上が」

「お静かに。授業を始めますよ」

 教室の扉から入ってきた様子もないのに、突然しゅるりとマクゴナガルが姿を現して声をかけてきた。

 

 一体どこから?さあ、とアイコンタクトしながら背筋を正すラクランとバーテミウスの後ろで、レイブンクローの子達が「猫から人になった!動物もどきだ」と小声で興奮した声をあげている。

 猫から?って、あの猫?

「今お見せしたのは魔法界でも会得している魔法使いの少ないアニメーガス、動物もどきという変身術です。大変な苦労を経て魔法薬を作り、毎日正確に呪文を繰り返してこの魔法は会得できます。いえ、この魔法だけでなく――変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で、危険なものの1つです。全てを正確に、そして慎重に行うことが大切です」

 どよめきを気にもとめずにマクゴナガルは朗々と声を響かせる。

「どうやら今年のレイブンクローとスリザリンの皆さんは、少なくとも時計に正確に、そして慎重であるようです。在学中その心を忘れぬように」

 ちらり、と澄んだ瞳に目を合わせられて、ラクランは息を詰めた。猫に駆け寄って撫でるのは、まあ悪いことではないけれど、"慎重でない振る舞い"だ。となりでバーテミウスがほれ見ろと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「それでは――まだ杖は置いて」

 今度はバーテミウスがウキウキと杖を手にしていたところをぴしゃりと言われる。

「まず教科書の3ページ目を開いてください。今日はまず、変身術とはなにか、その概要から学びます」

 ラクランは慰めるように肩をすくめてみせて、教科書の文字を指先でなぞった。

 

 "変身術は呪文学などで扱うチャームとは区別され、変身術(物の姿を別の物の姿に変える魔法)と、召喚術(なにもないところから物を出現させる魔法)に分けられる"

 話しながらマクゴナガルが板書をするものの、見慣れない単語や図式が多くて、なんだか頭に入らない。羽ペンをインクに少し浸して、羊皮紙に

 

 魔法―変身術――変身術

       ――召喚術←アグアメンティ?

   ―チャーム

 

 と書いてみた。うんうん、なんとなくわかった気がする。

 

「物の姿を別物に変えるのは大変困難です。正確な杖の振り、呪文だけでなく、どこをどう変えるのか、きちんと理解しなければなりません。一年生のうちは、物から物へ。2年生からは動物を物に、物を動物に変身させます」

 ふんふん、と頷いていれば、今度はバーテミウスが素早く教科書にドッグイヤーした。

 マクゴナガルが片手間に机を立派な馬に変えて見せ、また他の生徒たちからは歓声が上がる。

「召喚術はさらに高度な魔法になるので、一部の簡単な呪文以外は高学年で学びます。さあ、それでは杖をとって!今日はまず、物を別の物へ変身させますよ」

 マクゴナガルが声を張って、ひょいと杖を振ると、それぞれのテーブルに小さなマッチが一本ずつ、ふわりと浮いて配られた。

「まずはよく観察することです。このマッチ棒を、針に変身させます。針はみなさんよくご存知ですね?どこを、どう変えるかをイメージしてください」

 

 ラクランはさっそく手に取ってみた。ストーブで暮らしてきたラクランにしてみれば、馴染み深い存在だ。鼻のすぐそばまで持ってきて、まじまじと観察するのは新鮮だった。自然、手は羊皮紙の上を滑っていた。

 まず見た目。赤くて丸い、ぷっくりとした頭薬に、アスペンのちっちゃな木軸がついている。木軸は四角柱。

 木軸は色が白くて、繊維がまっすぐ。たしかアスペンは空気の通りがいい木材で、よく燃える。繊維がまっすぐなのは、よく燃える他に、箱に対して斜めにして擦った時、折れにくい。

 マッチを使う時は、箱に頭薬を擦って火をつける。机に擦ってみても火がつく様子はなく、ただ薬が歪む。この頭薬は、箱の赤茶色のザラザラした側薬と素早く擦ることで火がつくんだろう。摩擦熱ってやつだ。この薬っていうのが、わかんないんだけど、えーっと?

 

 カス、カスと羽ペンが羊皮紙を引っ掻く感覚で思考が教室に戻ってくる。ラクランは自分の持ってるものが鉛筆じゃなく、羽ペンなのをまじまじ見てから、ため息をついてペン立てに置いた。

 インクをつけなくちゃいけないっていうのはこういう時面倒だ。

 しかし、おや?周りに耳をそばだれればみんなもう呪文を唱えている。

 何度も連呼しているところを見るに、今のところ成功者はいなさそうだ。チラリと隣のバーテミウスを盗み見ると、すごく集中して、杖を取り出したところだった。

 

 真似してラクランも杖を構えて、マッチ棒に向けて見る。間抜けな図だ。

 頭薬がぷっくりしているから、こっちを尖った針に変えるのはイメージしにくいな。まず針の先っぽは鋭い円錐形だ。そこに円柱がくっついている。とりあえずマッチの木軸の、四角柱を尖らせてみようか。

 1、2、3とカウントする間にそれぞれの頂点から木軸が伸びて、四隅の頂点がきゅっとまとまるのをイメージする。

「レースベルト 物よ変われ」

 キュ!と小さく振動して、マッチ棒の先が尖った。思った通りに、と思ったけれど、少し捻れ手伸びている。でもこのねじれがずーっと細かくなれば、硬く強く、丸い断面になるはずだ。

 それにアスペンは本来まっすぐな繊維。今しなやかに捻れているということは、金属みたいな展性を、すでにこのマッチ棒は持っているということだ。

 

 ぐるぐるぐるぐる、どんどん捻れて、硬く強く、丸く滑らかに、そしてピカピカに。頭薬のところは同じように、少し膨らんで穴が空いて――きっと穴を開けるときに横に針が伸びてるんだと思う――落ちるとチンと音が鳴る、磁石にくっつく

 イメージが固まってきたところで、もう一回、1、2、3、

「レースベルト 物よ変われ」

 今度は捻れるイメージをしたからか、しゅるるる、といくばくか回転して、イメージ通り、チンという音を立てて机の上に転がった。

 

 針の先は白っぽく、上は頭薬の色を反映して、まだちょっと赤っぽいけれど、たしかに針だ。針の姿になった。

 ラクランはよし、とガッツポーズして――ここからさらに近づけるイメージはあんまり浮かばなかったので――目を輝かせて顔を上げてみる。隣のバーテミウスはすでにマッチ棒を金色の針に変身させている。

「すごいなあ、君のやつ、完璧に金属に見えるよ」

 ラクランはちょっと手に取らせてもらって、鏡のように自分の目を反射する金色の針に感嘆の声をあげた。

「君のもあと色ツヤくらいだろう、もうちょっと頑張ったらどうだ?」

「だって頭薬の赤がどうやってできてるか、おれは知らないんだもん。どうやって赤色がついてるかわからないと、色を無くしたり隠したりするの方法もわからない。あと、どうやって針が銀や金になってるかもよくわからないし」

「針は銀色や金色のものなんだから、そういうふうに変えたらいいだろう」

「うーん、まだわかんないや。でも君のもちょっと惜しいよ。ほら、針なのに針の穴がない。この針でどうやって縫うんだい?」

 ちょっと意地悪く針穴があるべきところを指さすと、バーテミウスは素早くラクランのものと見比べて、さっと耳を赤くする。

「針仕事はウィンキーがやっているから、見たことないんだ。上の穴に糸を通して、針で布を突き破るのに合わせて糸で縫っていくわけか」

 早口に話しながら、バーテミウスは向き直って息を吐くと、ラクランが開けたのと同様の針穴を自分の針にも一発で開けてみせた。

 

「どうかしましたか?」

 折よくマクゴナガルが通路を回ってきた。二人して背筋を正しながら、余裕綽々の顔で針を見せれば、マクゴナガルはすぐさま寄ってくる。

「ちょっとお借りしますよ、皆さん見てください」

 まずラクランが変身させた針が、教室に掲げられる。自分では満足のいく出来ではあったがこうしてたくさんの目にさらされるとちょっと恥ずかしい。

「ミスター・ケイヒルの針はクラスでもっとも鋭くできています!素晴らしいですが、色がマッチ棒を思わせるのが少し残念ですね。スリザリンに1点」

 またがんばります、と顔で伝わるように眉を下げながら針を受け取る。

 バーテミウスの針を取る時、マクゴナガルは少し笑っていた。

「そしてこちらのミスター・クラウチの針は色が完璧です!形も良くできていて、何より鏡のようにピカピカ、まさしく金属の針ですね。スリザリンに5点!」

 加点をもらえたことに、ラクランが笑みを浮かべて肩をぶつければ、バーテミウスも針を受け取ったあと、小さくやりかえしてきた。

「5点を差し上げたのは2年ぶりです。最初にこれだけ仕上げる生徒はなかなかいません。これからも励むこと」

「はい先生」

「はい、先生」

 

「よろしい、それでは最後に宿題です。本日学習した教科書3ページから11ページにかけての要約と、7ページに載っている変身術の呪文構造の図を、今日行ったマッチ棒を針に変える魔法に当てはめて書き直して提出すること。レポートの長さは羊皮紙一巻きの半分。期限は次回の授業です。レイブンクローとスリザリンは次に魔法史ですね?移動中はピーブスに気をつけるように」

 早口でバタバタと指示を出されて、またラクランは慌ててメモを取る。こんな長いお題、絶対忘れてしまう!

 書いてる横で、バーテミウスがラクランのインク瓶に蓋してくれた。

「早くしろ、魔法史に遅れるぞ!」

 バタバタと教科書を畳んで、インクがくっつくだろうなと思いながら羊皮紙もなくなく巻いて鞄に詰めた。

 

 

 

 んな調子で、昼食で大広間に戻る頃にはラクランはヘトヘトだった。時計を持っていてよかったけど、移動にそれなりの時間がかかるから余裕がないのに変わりはない。

「はあ、やっとこさ休めるよ」

「まったくだ。鐘の音にずっと追い回されてるような気分だった」

 加点をもらえてホクホク顔だったバーテミウスもちょっと疲れたようだが、朝の顔色の悪さが嘘のように、ワキシーポテトがごろごろ入ったサラダを素早く食べている。ラクランは朝たくさん食べて、昼はそんなに食べないほうなので、ボウルからプラムを2つほどつまんで、エルダーフラワーのジュースを飲んだ。

 

「好きなもの食べれるし、自分で料理するのも悪くないと思ったけど、こう忙しいといちいち地下へ戻って料理する時間はなさそうだな」

「僕たちの本分は勉強だし、それはそうだろう」

 今更気づいたのか、と言わんばかりにバーテミウスが片眉を釣り上げる。まあ、ちょっと舐めていたのは認めよう。ラクランは口端をさげた。

 

 階段の構造は覚えたし、移動が長かろうと荷物が重かろうと、20マイルも離れた学校へ通って、郵便配達もやっている自分ならまずそこまで大変じゃないだろうと思っていたのだ。

 でも移動中はピーブスやおしゃべり好きの動く絵画――動く絵画!――の妨害があったし、上級生の魔法のかかったおもちゃを使ったゲームにも目を惹かれた。しかし純血の魔法使いのフリ、少なくとも、マグル生まれには見えないように振る舞わなければいけないので、ちょっとしたリアクションにも注意を払わなければいけなくて、主にはそれでものすごく疲れてしまった。

「すごく疲れるけど、それでボロを出してご飯を食いっぱぐれたら寮で料理する時間もないから、勉強か健康のどっちかが立たなくなるわけで...やっぱり、ココでの平和な食事を無くさないためにも、昨日話したみたいに点数を稼いでいかなくちゃだねえ」

 

「今のところ、僕たちが新入生の中では1番点数をとっているはずだ。このままスリザリンでの地位をしっかり確立すれば、こんなに気を張る必要もなくなる」

「でもほとんど君の点だよ、魔法史は羽ペンで腕を滅多刺ししてなんとかしたし」

 ほら!と赤黒い点の傷だらけになった腕を捲ってみせれば、バーテミウスは嫌そうな顔をして目をそらす。

「他の生徒は寝ていたから、挙手して発表した君はまだマシさ」

 あの一点は奇跡に近かった。ページを押さえながら腕を刺していた、そのすぐ側にピンズ先生が出した質問の答えになる文章が載っていたのだ。そこまでの痛みを考えると、もう2、3点はくれてもよかったと思うが。

 

「まあ、レコードみたいに延々一本調子なおかげで、先生の話は聞き流して教科書を読んでいても良さそうだ。質問の前は声が途切れるから、そこだけきちんと聞けば点も取れる」

「あんまりおれたちのほうも見なかったから、課題のレポートをこなす時間にもできそうだね」

「そんなことしていいのか?」

 ピンズ先生がだんだんふねを漕いでいく生徒に見向きもせず朗々と話しているのを思い出しながらラクランがいえば、バーテミウスは目を見開いてポトリとクランペットを落とした。

「バレなきゃいいだろ?教科書の違う章を勝手に読んでてもバレないなら、違う教科書を読んでたって大丈夫。効率的にやらなきゃ」

 落としてしまったクランペットを綺麗に刺して、また食べながら、バーテミウスはふんふんと頷く。

「なるほどな、効率的に」

 

 図書館に行って魔法史の参考図書を探して、部屋に教科書を置きに行って、午後の魔法薬学に備えて大鍋に教科書を突っ込む。

「そういえばバーテミウスは羊皮紙、どうやって持ち歩くつもり?」

 羊皮紙をまとめ買いした時についてきた紐でまとめて括っているけど、これを授業ごと整理して管理するのは大変そうだ。現にラクランのカバンは午前中だけでめちゃくちゃになってしまった。

「そうだな、羊皮紙はレポートで使うのが主だろうから、僕は部屋に置いて教科書にそのまま書き込もうかと思う」

「たしかにその方が良さそうだ。安くはなかったし、ダイアゴン横丁以外での買い方もわからない」

 思ったより一回の授業でいっぱい書いてしまったラクランは、午前の変身術と魔法史で半分と一巻きのレポートが課されているのも手伝って不安になってきた。購買なんてものもないし、インクや羊皮紙はダイアゴン横丁で買った。ホグワーツ特急は6月と9月にしか動かない。

「フクロウを飛ばして通信販売で買えば......ああ、君はマグル生まれだった。代金と商品名、個数を書いた注文の手紙を店宛に送るんだ。マグルの通貨からガリオンに換金してれば君も注文できる。フクロウは...ホグワーツに学校のフクロウがたくさんいるから、借りられる。フクロウ便用のカタログを今度貸そうか?」

「フクロウってすごいね!いや、今はいいや。節約して使うからとりあえず大丈夫。なにか足りなくなったらお願いするよ」

 祖父からもらったお金を何ガリオンに換金して、羊皮紙一枚あたりがいくらになったかをざっと暗算したラクランは、教科書にびっしり書き込むことを心に決めた。

 

「......そうか、そういうところで、マグル生まれはマグル生まれだとバレてしまうんだな」

 感慨深げに話すバーテミウスに、ラクランも頷く。自分の出自をベラベラ喋らなきゃいいとか、"いつも通り"動く写真や絵画に驚かなきゃいいとか、それだけの話ではないのだ。

「スリザリンではみんな知ってるってことなのか、学校のフクロウの話も、思えば僕が母上から聴いただけで、先生から説明はなかったし」

 寮わけでは創設者であるサラザール・スリザリンの思想に近かったり、気質が合う生徒が選ばれているようだが、"先生から"説明がないのはマズイ。

 このあと魔法薬学であることもあり、バーテミウスが硬い声で言う。

「スラグホーン先生はそんな感じじゃなかったけどな。ただあって当たり前のものを知らない人に、教えようがないってことなんだと思うよ」

 じゃなきゃこの居心地の良い部屋を提供してくれないと思うし、汗だくになってまでおれの家まで入学証を届けに来てくれないはずだ。

 仕事だからやってることなんだろうけど、ラクランを魔法界で歓迎してくれたのは、今のところスラグホーンだけなのだ。

「当たり前なことって、大事なことなんだけど。当たり前になるくらい馴染んでしまうと、不思議と忘れてしまうんだ。当たり前だから」

 

 古びて丸まっているけれど、よく手入れされた小さな聖書を、ラクランは鞄から取り出してそっと撫でた。

「ちょうど、ルカによる福音書にも、幼いイエスが自分を二日捜した両親にどうしてこんなことをしてくれたのだと問い詰められた時に、同じようなことを言っている節があってね」

 魔法界にもクリスマスはあるし、"奇跡"がほとんど魔法みたいなものなので、マグルほど熱心ではないし、移動が古くから激しい分色々な宗教があるけれど、イエスの名は魔法界にも知られている。バーテミウスは小首を傾げて頷いた。

「地元の宮で教師たちと問答してるのを見つかったのに、"どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか"

 なんていうんだ。おれがやったら、きっとじいちゃんに逆さ吊りにされるね。

 でも聖母マリアはこれらをみんな心に大事にしまってたんだ、って」

 

 "当たり前のことを、失念してしまうこともある。だって当たり前のことだから。

 でも当たり前のことというのは、なかなか変わりようのない、あるいは変えようのない、大事なこと。

 だから、大切なことに気づいたら、私は心に留めておかなければいけない。忘れてはいけない。当たり前に大切なものを、失わなくていいように。"

 母の遺した聖書には、ところどころに木の葉っぱが、押し花のような感じで挿しこまれている。それは、母のお気に入りの箇所だったようで、時々、枠外に小さな文字で、母なりの解釈が書いてあるのだ。今のところ見つけた中で、これがラクランはいっとう好きだった。

 

「たしかに、わかるところもある話だ。仕事もある今の親が、二日も子供の捜索に明け暮れるのは難しそうだけど」

「まあ、現代は警察もいるしね」

「ところで当たり前を忘れないケイヒルさん、いかに寮の隣といえど、当たり前に出席すべき魔法薬学の授業の時間がかなり迫っているようだが?」

「いっけない!」

 

 

 




捏造箇所いっぱいなので、捏造箇所についてのまとめを...

【時間割について】
 グリフィンドールの時間割から考えて合同授業数が少ないようにしつつ、教授たちは研究もあるから授業日は固定されてるはずで...てごちゃごちゃ考えたんですが、1973年の9月2日(入学式翌日?)が日曜日だったので、ワカンナイデス
 不明なところは捏造するけどわかる範囲でちゃんと書こう、が今シリーズの大まかな方向性ですが、事件起こりまくりのハリー視点以外でのホグワーツ生活って正史で意外と語られてない...。映画の資料を見る限り、講義の長さと講義数は基本2コマぶち抜きで午前2講義・昼食・午後2講義のイメージで書いています。

【杖について】
 バーテミウスの杖もアズカバン収監時に没収されてずっとマッドアイとかの杖を使っているので不明です。君の杖の木材と芯材を知りたい...。杖の所有者にしっかりなってるかもしれないけど、杖本来のスペックを発揮できない杖の主人じゃない状態で高度かつ持続時間の長いインペーリオやったり、ゴブレット錯乱させたり、バーティ(原作時)、やはり天才。
 木材と芯材についてはWizardingWorldを参考にしてます。
・スギ(真実や物事をを見極める力のある所有者に向く。スギの杖の所有者は忠誠心が高く、愛する人を全力で守る)
・ドラゴンの心臓の琴線(一般的に最強の杖芯。ド派手な魔法を繰り出しやすい。闇の魔術に組しやすいが、杖の芯自身から闇の魔術に与することはない。他の芯よりも馴染むのが早く、忠誠心は常に現在の所有者にある。気まぐれで、事故を起こしやすい)
・オーク/ヨーロッパナラ(強さ、勇気、忠誠心のある所有者を選び、苦楽を共にする忠実なパートナーとなる。杖の所有者は直感が鋭く、自然の魔力を感じられることが多いので、動物や植物と密接な関係を結ぶ傾向にある)
・ドラゴンの心臓の琴線(同上)

【変身術と呪文】
 呪文の分類はいちおう原作通りなハズ...
 変身術は「魔法界の科学」が絡む科目ですが、肝心の魔法界の科学が分からなすぎて完全に捏造です。「無生物・生物を、非存在に・つまり全てに」変身させるエバネスコが、対象が複雑であればあるほど難しい≒要素を理解して置き換えられなければ(置き換えの方程式が不明だが)変身させられない、ということかなという解釈。
 呪文については「フェラベルト」が杯になれ、というよりラテン語で本当にー変われって感じなので、同じくラテン語でres-verto「レースベルト」物ー変われって呪文を捏造しました。ベルト(変われ)だけでもいいのかもだけど、目的語がないと暴発しそうだなと思って...

【ふくろう便とカタログ】
 ハーマイオニーが4年時ダンスパーティに備えて、スリークイージーの直毛剤をバシャバシャ使っていたハズなのですが、あれはホグズミード?通販?通販じゃなかったっけ?どうやって入手したの?とまずなり。
 賢者の石でマクゴナガルがニンバス2000をプレゼントしたのも、フクロウ便で届いたけど、注文はフクロウ便じゃないかもしれない...イヤ!アズカバン時点でクルックシャンクスにフクロウ便を通じて注文を出させ、人間社会とは別の秩序で動くグリンゴッツの口座から引き落とされる形でファイアボルトをハリーにプレゼントしたシリウスがいる!と捩じ込みました。
 だってパネエ羊皮紙消費量だもの。きっとインクもやばい。3年生までホグズミード行けないの、マグル生まれとしては不安すぎると思う。購買がないんだもの。
 ご自宅から買い物行くのも煙突飛行ネットワークとかあるんだろうけど、普通に通販とか定期便もあるやろな、と思ったので(※脱狼薬とか店先で買えないモンもあるし...)カタログを捩じ込み捏造しました。
 確認したらハリーも何学年かにわたって夏休みに教材購入と一緒にちゃんと羊皮紙まとめ買いしてて大変だ...てなりました。
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