三匹の蛇   作:休肝婆

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三匹の蛇 5

 法薬学の教室は、スリザリン寮と同じく少し暗い。窓から入るゆらめく光のほかは、蝋燭があちこちで揺らめいて、壁に並ぶさまざまな魔法薬の瓶や、その材料と思われるもの――見慣れた生き物の瓶詰めや、みたことない奇怪な植物の干したのなど――を照らしていた。

 

 パタパタと駆け込んだが、スラグホーン先生自体が遅れているらしく、生徒たちはぺちゃくちゃおしゃべりしていた。

「や、得点王が遅刻かい?」

 空いていた、ど真ん中の最前列の二席に揃って座ると、後ろから声をかけられた。

 ええっと、誰だ?

 皮肉げに口端を釣り上げる、ちょっと意地悪そうな顔の少年は同寮生で間違いないけれど、昨日の今日で全員の顔と名前が一致しているわけではなかった。

 

「どうしたボーッとして。たくさん食べすぎたのか?」

「......昼休み食べてばかりの君たちと一緒にしないでくれ。課題のために図書館で資料を探してから寮に戻ったんで、遅くなっただけだ」

 からかうような口調で言われたのに、数秒だまってからバーテミウスがつっけんどんに返すと、それに相手はギョッとした顔をした。

「そんなの出てたっけ?」

「聞き逃しちゃったの?変身術で出てたよ」

 メモを走り書きしていた羊皮紙を取り出して見せると、じっくり読んだあと、さらにきゅっと眉が下がった。

 

「なあ、レポート見せてくれたり、しないか?」

「なぜ?」

「え、あ〜、助け合い?同寮のよしみで」

「なぜそんなこと僕たちがしなきゃいけないんだ?勉強は自分の力でするものだろう」

 食い下がる彼にバーテミウスがぴしゃりと言う。話はそれでおしまい、とばかりラクランの肩をつかんで前へ向き直ろうとするので、ラクランは慌てて彼の手から自分の腕を引っこ抜いた。

「さすがにレポートを見せるのは、あとからこっちが写したと言われたら困るから、おれもいやだ。でも、おれの借りた本を又貸しするくらいはできるよ」

 不満気にギラギラとした視線を向けてきたバーテミウスをチラリと見る。まあ、怒ってもわからなくはない。課題にふさわしい本を数冊に絞ってくれたのはバーテミウスだし、まるまる貸すだけだと、こっちに利がなさすぎる。

「うーーん、そうだな、談話室でみんなで一緒に勉強するのはどう?みんなで考えればレポートもより面白くできるかもしれないし」

「あ、うん!俺はそれがいい!助かる」

「どういたしまして」

 にこ、と微笑んでみせたけれど、また机の下でギューっと足を踏まれるので、ラクランは前に向き直りながら足を踏み返した。

 

「痛!なんであんなこと」

「寮杯の点を稼ぐなら、一人で抜きん出るよりみんなで優秀な方がいいでしょ?違う?」

「それはそうだけど...勉強は一人でやるものだ」

「たしかにテストは個人戦だけど、おれはそうは思わないね。授業を受けて誰かの質問で自分じゃ気づかないことに気づくことなんていっぱいあるじゃないか」

 ラクランはプライマリーの頃から、いやそれ以前から、家で一人勉強をするということがまずなかった。本を読んだり、計算をするのはじいちゃんとの遊びの延長で――じいちゃんはきっとそれで教育してくれてたんだと思うけど――プライマリーの頃は、家に帰ったら郵便配達や料理や薪割りがあるために、授業で同級生たちがいろいろと質問するのを聞きながら、手元では別の教科の宿題をこなしていた。

 この、同級生たちの質問というのがバカにならなくて、質問自体がラクランは疑問にも思わなかったようなことで、質問の答えを考えてるうち、より深く学べたりもする。お菓子づくりにつかう無塩バターや、レコードのかけかた、サッカーのルールに、流行りのバンド、ブラウン管テレビ。どれも自分では思いつきようもなかったものだ。

 

 バーテミウスは何かいいたそうにしていたが、そこでようやくスラグホーン先生が部屋へ入ってきたので、口を閉ざした。

 

「さあさあみなさんこんにちは。昼食は素晴らしく美味しかったけど、どうかきちんと起きて!」

 大きな腹を揺らしながら笑ったスラグホーン先生の授業は、拍子抜けするほど単純だった。

 おできを治す薬という、最も簡単な魔法薬を作りながら、魔法薬の大まかな作業をするというものだ。

 

 小刀や乳鉢といった道具は、ラクランにとっては慣れ親しんだもので、全く問題なかった。

 材料こそ馴染みないものだったが、生き物全般が好きなラクランにとっては、特に苦労もない。唯一困ったのは角ナメクジで、ゆでろと言われてもどれくらいが適切な温度か、そして火加減湯加減の調整の仕方がわからなかった。結局バーテミウスが教科書を熟読した上でのカンでどうにかしたが、これは経験を積むしかない。

 

 ペアのバーテミウスはナメクジに触るのを躊躇はしていたが、大鍋の世話は教科書通りにきっちりやってくれた。無事にピンクの煙を立ち上らせた薬を試験管につめる。

 教科書は難しい単語や言い回しも多かったが、もちろんバーテミウスの敵ではなかったので、二人のペアはクラスでは1番早く調合を終えた。

 レシピをどうしてこう回りくどく書くのだろうとラクランは思ったけれど、周りを見れば、シンプルに書けば書くほど、読み飛ばして危険なことをしてしまいそうなのは目に見えていた。

 勤勉なレイブンクローでも、はやく調合したい、というものがうっかり一文読み飛ばして見事に蛇の牙の砕き具合を失敗したようであるし、スリザリンにも"干し"イラクサとあるのに生のイラクサを使って初めから注意されている生徒がいたのだ。

 どの授業でも、慎重に、がキーワードになりそうだ、とラクランは思った。

 

「ところで、干しイラクサってどの程度乾燥してればいいんだろう?茶葉くらいかな?少し湿っていてもいいと思う?」

「僕はヤマアラシの針を熱いうちに入れてはいけないとして、じゃあどれくらいの熱さのときに入れるのが適切か、不思議だと思った。なにか成分が反応して爆発したり、おできを治す効果を与えているなら、それが反応するちょうどいい温度があるはずなんだ」

「それはどうやって確かめるわけ?」

「さあ、指をつっこんでみる?」

「これはなかなか興味深い質問だ!」

 唐突に耳元で声を出されて、二人して飛び上がる。

 大きな腹を揺らしながら方々を回っていたスラグホーン先生が大きな声をだしたのだ。

 一度手を止めて!とクラスの注目を集めてから、ラクランたちにもう一度調合するように指示を出してきた。冗談めかした会話を耳聡く拾われてしまったが、彼は曲がりなりにもスリザリンの寮監であるし、悪いようにはしてこないはずだ。

 ラクランとバーテミウスは目配せして頷いた。

 

「二人の疑問に調合に沿って答えるとしよう。干しイラクサは茶葉よりさらに乾燥しているのがベストだ」

 ラクラン、君が選んだイラクサは棚の中の場所が悪くてほどほどの乾燥具合、指で挟むと砕けてしまうくらい細かいのがいい。スラグホーン先生の大きな手が繊細な動きで干しイラクサを粉状にし、鍋に落とす。

 

 横で秤での軽量を終えたバーテミウスが差し出してきた乳鉢を受け取って、乳棒に体重をかけてゴリゴリと砕く。

「すばらしい!このように真上から体重をかけ、きちんと細かくなるように砕きます。とても上手だけど、どうして君はかけらの大きさを揃えたんだい?」

「えっと、大きさが違うと火の通り方が違ってしまうと思って......」

「その通り!スリザリンに5点!」

 適当に切った玉ねぎを炒めて、小さいものだけ焦がして苦くしてしまうたびに、じいちゃんに怒られていたのだ(ひとかけらも無駄にするな!って)。ラクランは頭をかいた。

 

 続いて角ナメクジだが、ネバネバのムチン質がゆでるとものすごく泡立つ。殻がないエスカルゴと考えれば、水洗いしてそれほど茹でない方がいいはずだ。バーテミウスがまた教科書通りに、はげしく硬い泡が出てき始めたところですばやく火からおろして撹拌した。

 それにスラグホーン先生がうんうんと頷いて、大鍋の前に立つ。

「煙の色と量を見て!」

 薄青い煙がもうもうと立っている。

「まだ熱い証拠だ。煙の量が多いということは、大抵の場合温度が高いか、なにか燃えていることを示す。燃えていれば黒くなる。そして――」

 

 鍋の上に、スラグホーン先生は優雅に手を踊らせた。ひらひらと手のひらをかざしてみせる。

「君たちはまだ皮膚がうすく、柔らかいからお勧めしないが、ポーションマスターは大抵、こうして大鍋の中身の温度を正確に測ることができる。

ヤマアラシの針は80度ほどに下がった状態に加えるのと最も素晴らしい結果を出す。90度以上だと爆発を起こしてしまうが、熱ければ熱いほど効果が出る。安全なのが80度ほどだ。それ以上は誤差で失敗する可能性が高いから、調合法として正しいとはいえない......さあ、今だ。加えてみなさい」

 そっとヤマアラシの針を流し込めば、数回撹拌するだけで濁りのないきれいなピンク色の煙があがった。

「「すごい!!」」

 自分たちの調合結果と、似ているようで全く違うそれに、ラクランとバーテミウスは揃って目を剥いた。

「ひとつ目ですでにきちんと完成していたが、より良い結果を追い求めた二人の素晴らしい探究心に、10点加点しよう!でも鍋から下ろさず熱々のところにヤマアラシの針を入れてみるのはおすすめしない。指を大鍋に突っ込むのもね」

 ウインクされてしまえば、ハイ、先生と素直にいうことしかできなかった。

 レイブンクロー生達からはギラギラとした視線を頂戴したけれど、スリザリンのみんなからは嬉しそうな声が聞こえる。

「さすがだな!」

 後ろの席からも快活に肩を叩かれて、悪い気はしなかった。

 

 魔法薬学のつぎの、天文学――といっても、本番の授業は次回以降の夜に行うので、2時間みっちり、暗い中ではできない望遠鏡の扱いや星座評についてを学んだだけだった――も無事に終え、早い夕食を摂って、あっという間に寮に戻った。

 

 談話室での勉強会は、はやくに寮に引き上げてきた一年生にいたく感激した5年の監督生によって、今後の継続を祈念して「課題同盟」と名付けられた。

 しかして課題同盟は粛々と、ときに助け合いながら課題をこなすものなれば、会話はそれほど盛り上がらず――快活な同寮生の名前がエバン・ロジエールというのを、彼がレポートに記名しているのを見てようやっとラクランは把握した。散々変身術のレポートについて助けた後で、やっとである。

 ラクランの名はバーテミウスが呼んでいた上、イザベラに絡まれたり、レギュラス・ブラックに挨拶したら微笑みを返されたりという事件があったために、当然のように呼ばれていたのだが。

 

 ロジエールはなぜかたびたびbとdを間違えたし、索引をひいて文字の海から適切な箇所を探すのにもたいそう苦労していた。魔法生物については知識豊富で、スケッチも上手だったので、ラクランはいくらか羊皮紙を提供して変身術のイメージを固めるために描いてもらった。

 この2時間でずいぶん仲良くなったのに、ロジエールはレポートの締めくくりにサインを書いた後も、頑なに名乗りたがらないまま両手でラクランの手をとって大袈裟に感謝し、おやすみと言って去っていった。

 

 ラクランの独断で談話室の勉強会は開催されたようなものなので、バーテミウスにはごめんの意味をこめてミルクティーを淹れた。

 部屋に入った途端ベッドにダイブしたバーテミウスは、

「まったく、レギュラス・ブラックがあんなに愛想がいいなんて聞いてないぞ」

 なんてぶちぶち文句を言っていた。

「たしかにミスター・ブラックはずいぶん愛想がよかった。紅茶をローブにこぼしてしまった下級生に、どうして優しくするんだろう?」

「おそらくあの人は穏健派だ」

「穏健派って?」

「平和主義ってこと。寮内に無駄な諍いを巻き起こしたくないのさ。ケイヒルなんて名字、ブラック家はもうきっと調べが済んでると思う。マグルっぽい名字だし」

「つまり、おれはもうミスター・ブラックには純血の家出身じゃないのがバレていて、でも転寮なんてものもホグワーツにはないから、問題を起こさず平和にやってれば騒ぎにしないよ、って笑いかけてたってこと?」

 自意識過剰かもしれないけど、レギュラス・ブラックはたしかにラクランに微笑みかけていたと思う。ただ口元はきれいに笑っていても目は氷のように冷たくて油断ない感じだったので、そういう意味のこもった顔なら、まあわかる。あの人がロジエールのように大口をあけて快活に笑うところは、想像もつかなかった。

「あれはせいぜい上手くやりなさいってことだと思ったけど、そこまで考えてたら薄寒いな。すごい政治家になりそうで」

 手渡ししてやったあたたかいカップに、わざとらしくしがみつくバーテミウスにカラカラと笑って、ラクランも熱いミルクティーを煽った。

 

 お腹があったまってこのまま眠れそうなくらい心地いい。いい点も取れたし、課題は終わった。ギッタンバッコン、部屋の真ん中で硬い椅子に反対に腰掛けて、背もたれに頬をかけながら揺する。

 ベッドに腰掛けたバーテミウスも眠そうに空になったカップをいじくりまわしていた。

 明日は今のところ楽しみな薬草学に、評判の良い呪文学に、少し怖い闇の魔術に対する防衛術だ。夕方から空が荒れ模様なので、飛行術は延期、自習になった。飛行術の授業がやってこないうちに箒の乗り方を教わるのも悪くないかもしれない。スリザリンの子達はみんな乗ったことがあるようだし――

 

「そうだ!なあ、どうしてロジエールは名乗らなかったんだ?」

「うるさいな」

 魔法族の良家出身の子供が多いスリザリンでは、パーティであって親しいもの同士は、ホグワーツでもよろしく、と握手をする。それは昨日までで、なんとなく察せていた。でもロジエールはおかしかった。もっというと、バーテミウスも。ふわふわとした眠気がぱっと晴れる。

 

「イザベラは、たぶん"無口すぎてしゃべれない"噂のあるロングボトムと一緒にいたからおれに名乗ってくれた――おれもしゃべれない可能性を考慮してね――君はおれが"うっかり"先に名乗ったから、礼儀をわきまえてきちんと名乗り返した。でも、お互い名乗らない、挨拶もしないなんてこと、あるのかい?」

「"君とはよろしくしない"ときは、アリだろう。ただ、ロジエールは昨日駅のホームでは普通に話しかけてきたし、僕も喋り返していた」

「は?それじゃますますおかしいだろ」

「おかしくないさ。寮わけの結果を家に梟で伝えて、クラウチ家とは関わらないよう、お達しがきたんだろう。だからあいつは君とは話していたけど、僕とは一切目も合わさず、言葉も交わしたくなさそうだった」

 そんなバカな――と否定の言葉をあげようとして、ラクランはあの感じのいい少年が、感じが良かったのが自分に対してだけなのにすぐに思い当たってしまって、口をはくはくとさせる。

 

「友達になる人間を選ぶんだ、僕たちは。家族をだいなしにしないためにね。ブラックの分家は2番目がホグワーツで出会ったマグル生まれと結婚してめちゃめちゃになってしまったばかりだ。だからよけいにレギュラス・ブラックのまわりはいつもピリピリしてるし、みんな気を張る」

 まったく迷惑な話だ、とばかり肩をそびやかしたバーテミウスに、ラクランは眉を下げて俯いた。

 

 友を選ぶのが正しいのか正しくないのか。これまでのラクランの経験からいえば、正しくない。

 ラクランにとって友達というのは、気づけば勝手になっているもので、なんとなく一緒にいて楽しくて、家に帰った後も、お休みの日も会いたいな、遊びたいな、今度は何をしようと考えてしまうものだった。

 けれどバーテミウスのいう友達は、どうやら違う。選んで友達になって、お互い利用し合うし、遊んだりもする。休みの日にも会いたいかまでは.......まだわからない。

 ラクランの知っている"友達"のどれにも当てはまらないのは明らかだった。

 

 ロジエールとバーテミウスは、今日最初のアイコンタクトで、お互いが関わらないのがお互いのためだと察していた。

 ロジエールはどうやらずっとラクランにだけ話しかけていて、バーテミウスも基本黙っていたが、ラクランも黙ったままだったのでバーテミウスは何度かつっけんどんな返事をした。そのときの、ロジエールの焦ってギョッとした表情。バーテミウスも返答に窮するラクランがいなければ話すつもりはなかっただろうし。

 そんな状況で、ラクランは"みんなで本が読める"なんて幼稚な理由で、勉強会を提案してしまったワケだ。あのときはあれがもっとも合理的で、良い案だと信じていたぶん、余計に自分が憎らしかった。

 

「ごめん。おれ、無神経だった」

「いや、気にするな。ああやって集まるのはロジエールにしてみれば都合がよかったから参加したんだろうし。

 そもそも僕のほうは父上からなにも言われてない――あの人は忙しくて、たぶん僕が入学したことも気づいてない――僕が、父上のご迷惑になるのが嫌なだけだ。母上もただ入学を祝ってくださった。

 でも自分を外した奴と友達になりたいとは思わないだろ?」

「今思えばロジエールはかなり巧妙に声をかけてきてたな」

 ラクランは顔に手を当てて撫で下ろしながら、数時間前の魔法薬での話し方を思い出してみる。  

 なんとなくラクランに話しかけてるのかな?とは思っていたけれど、目の前に二人並んでいる一方だけに、たしかに話しかけていたかもしれない。バーテミウスのことは、彼が言い返さなければいないものとして扱っていただろう。

「ああ、うまいやり方だったけど、いい気はしないよな」

 

「じゃ、あの集まりももうやらない方がいいかな?監督生には申し訳ないけど」

「別に、君の好きにすればいい。僕が今日の集まりに参加したのは本を読みたかったのと、僕も君と課題をやった方がその、面白そうだと思っただけからだし」

「ふ〜〜ん?」

「なんだそれは、うざったい。早く寝ろ!」

 ピシャ!と閉められたカーテンにクスクス笑うと、カーテンの向こうからもぐぐもった笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

 話室での勉強会の甲斐あって、ラクランは思いの外はやく馴染んだ。寮内でもほとんどの人と挨拶できるし、授業中や授業の合間に、よく頼られる。ラクランは同級生の中では背が高かったし、鍛冶屋を手伝ってたこともあり力も強いし、手先の使い方もわかっている。魔法や勉強はあんまりでも、レパロで直せない複雑なものを直したり、借りすぎた本を安全に寮まで運んだりと、ラクランが役にたつ場面はおおかった。

 

「便利に使われてるだけでいい気になるなよ」

 とはバーテミウスのお言葉だ。

 そんなことを言っておきながら、早朝の散歩ついでに作ってみたい魔法薬の材料としてトモシリ草探しを命じられたので、最近は朝靄の中ハグリッドの小屋の近くまで足を伸ばしている。

 

「あれ、おはようございます。ミスター・ブラック」

「ミスター・ブラックはたくさんいるから、レギュラスと呼んでほしいな。おはよう、ミスター・ケイヒル」

「それじゃおれも、ラクランと呼んでください」

 相変わらず冷たい目だが、愛想良くにこりと微笑んできたレギュラス・ブラックにラクランも首を傾げて返す。というのも、レギュラス・ブラックはこんな早朝から箒を手にしているのだ。

 

「こんなに朝早くに飛行術の練習ですか?」

「授業の練習じゃないよ、クィディッチチームの選抜があるんだ。目覚ましに少し練習しようかと思ってね」

 ああ、とラクランは頷く。

 プライマリーでみんながサッカーに熱狂していたように、ホグワーツの生徒たちはクィディッチに熱狂している。まだ試合を見たことはないが、スリザリンで話を聞く限り、嫌いな人の方が珍しいようだ。

「あなたなら間違いなく選ばれそうだけど」

「おそらくそうだけど、それが嫌なんだ。実力も十分だと示したい」

「あ、あーそうじゃなくて。飛行術でとっても上手に飛んでいるのが、呪文学のとき窓から見えたから。学校用の箒は全然いうことを聞かないのに」

 ラクランは正直言って、まだ自転車のほうがすきだったが、自転車のおかげで体重移動は完璧だった。それでも上下の動きは体重の乗せ方がよくわからないし、オンボロの学校箒はいうことを聞かせるのもむずかしい。

 

「もし良ければ、一緒に練習するかい?急上昇と急降下なら教えられるよ」

「クィディッチには程遠いけど、ご一緒していいならぜひ。幸いお腹は空っぽだしね」

 肩をそびやかしたラクランは、箒を倉庫から一本拝借して、レギュラスについて中庭へ出た。

 ちょうどウロンスキー・フェイントの練習をしようとしてたとかで、何度か動きを見せてくれる。

 

 雪面に飛び込むキツネのように、空中へ一度箒から体を浮かせて、ギュンと加速しながら垂直に下降し、また箒から体を浮かせて、上体から方向転換。

「ただ落ちるんじゃダメなんだなあ、なるほど」

 鋭くて無駄のないターンがあってこそ、きれいなフェイントがきまる。フェイントまでいかないが、ゆるく上昇と下降を繰り返してみれば、ラクランも多少感覚は掴めた。

「ウロンスキー・フェイントはそのまま相手が地面に激突するように仕向けるものだから、高度を図りにくい競技場の真ん中でやるとか、相手が辿りそうな軌道上を飛ぶとかで質が変わるんだ」

 いつも見かける氷のような微笑みとは違って、きらきらと光を放ちながら話すレギュラス・ブラックはまぶしい。

 

「君は腕っぷしがあるみたいだね、腕力で箒を操作してる感じだ。でもそれだと疲れてしまうから、なるべく体重を使って動いた方がいい。クィディッチじゃなくても、箒で移動するなら長時間になるだろうし」

「左右は慣れたものだけど、上下はやっぱりまだまだですね。練習しないと」

「腕っぷしがあるのも決して悪いことじゃないけどね。君、空でホバリングできる?」

 不意に横へ来てきかれるから、その場でホバリングしてみせれば、肩をポンポン叩かれる。

 

「十分十分。ちょっとビーターをお願いできないかな?ブラッジャーは勝手に戻ってくるから、君は僕を狙って打ちまくってくれればいい」

「えぇ、そんなこと」

 身を引こうとしたが許されず、そのまま一緒に地面まで降下する。この人のほうが腕っぷしがあるじゃないか!

「頼むよ、ラクラン。取りたいポジションはシーカーなんだ。他の子達は怖がって僕を狙ってくれないし、選ばれれば本番の試合では他寮生から普通に狙われる」

「おれだってミスター、ああ、レギュラスさんに当てるのは怖いですけど」

「僕が頼んでやってもらうんだ、骨を折ったって文句は言わないよ。それとも君は、本番僕がボコボコにやられて醜態を晒すのを願ってる?」

「まさか!」

 慌てて両手をふって、もうやるしかない流れなのにため息をつく。

 便利に使われてるだけでいい気になるな、とバーテミウスがまた脳内でささやいた。いい気になんかなれるもんか。最悪だ。

 

 バットを持たされ、また浮上する。レギュラスがトランクからブラッジャーを解放した途端、それは猛烈な勢いでラクランに向かって飛んできた。

「畜生!」

 悪態をついてテニスのラケットのようにふれば、パッカーンといい音をたてて彼方へ飛んでいく

「ははは!やっぱりいい腕っぷしだね!」

 初めて白い歯を見せて笑ったレギュラスに目を剥きながら、また土煙をあげて迫るブラッジャーをぶったたく。もちろん向かう先は急上昇するレギュラスだ。

 レギュラスはそれを一瞬上昇を止めてよけ、素早く辺りを見回した。シーカーになりきっている。

 再び戻ってきたブラッジャーを、今度はレギュラスの進行方向、数メートル先に打ち込む。今度はターンだ。

 

 怯えていたくせに、こうちょこまか避けられるとだんだん当てたくなってくるのがラクランだ。これは完全に祖父のアランの影響だった。中世からタイムスリップしてきた戦士か何かのように、頑なで闘争心に溢れたところがあるのだ、あの爺は。

 何度かやって、より近いプレイヤーにブラッジャーが向かうことがわかってきたので、山なりに打ち上げたり、バットで殴るときに擦って回転をつけてカーブさせたり、打つフェイントで反対の手にバットを持ちかえ、ストレートで打ち込んだりと、攻め方を増やせば、楽しそうに笑っていたレギュラスも真剣な顔で対応しはじめた。歯の一本くらいはもらいたいところだ。

 真剣勝負は思わぬ妨害――朝食の席に手紙を届けるフクロウたちの群れ――によって終了したが、その頃にはラクランもレギュラスも汗まみれだった。

 

「練習なんて必要ないじゃないですか!」

「そんなことない、君がいいビーターだったから、とても良い練習になったよ」

 片手間のようにレギュラスが杖を振ってきた。体が拭い取られたようにスッキリはしたけれど、口の中にまで泡がわいてきて、口端から勢いよく溢れてくる。ラクランは人生初めての状態に、まごまごと手で口をおおい、ローブに泡が垂れないよう必死ですくった。

「フィニートインカンターテム!おい、大丈夫か?」

「ありゃりゃ。すまない」

 朝ごはんを取りに来ていたらしいバーテミウスが、廊下の方から走ってくる。フィニートしてくれたのはバーテミウスらしい。肩を揺すられるのに頷けば、バーテミウスは眉をしかめた。

「あなたのような方がスコージファイに失敗したと?」

「自分にやる分には無言呪文を失敗したことなかったんだ。すまないと言ったろ?」

「......そうですか。では、僕たちはこれで」

 すっと目を伏せたバーテミウスが、ものすごい力で引っ張ってくる。

「え!あ、レギュラス!口の中はゴメンだけど、スコージファイありがとう!あとウロンスキーフェイントも!」

 なんでおぼっちゃまのくせにどいつもこいつもこう強引なんだ!と心の中で悪態をつきながら、ラクランが一応お礼をいえば、レギュラスが胸の前で小さく手を振ったのが見えた。

 

 

 




相変わらず捏造モリモリですみませんです。
魔法薬学、原作でスネイプ先生が杖を振らないって最初に明言してるので、杖は振らんと思うのですが、かといってスクイブが調合できてるわけでもない(愛の妙薬を調合しているメローピーは抑圧されていただけで魔女)と、「いつ、どうやって魔法を混入するのか?」が謎です。
角ナメクジの茹で具合をドラコはほめられていましたが、「割と魔法薬学に自信がある」ドラコがスネイプからスラグホーンに担当が変わった結果、目立った才覚を認められていなかったので、文字がちゃんと読めればこなせる作業だろうとアタリをつけています。
1番謎なのが火!大鍋の温度管理は結構大変なはずですが、スタジオツアーでもふつうの理科室にあるガスバーナーみたいな見た目で、どういう温度調整をしてるのかマジで謎です。温度計とかもなかったので、ざっくり(火から下ろす、火にかけるなど)管理で、ポーションマスターは感覚でさらに細かな調整ができる、という形にしました。わからんすぎる。
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