三匹の蛇   作:休肝婆

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三匹の蛇 6

「それじゃ君、おれがいじめられてると思って、助けてくれたわけ?」

「そういうのが好きじゃないだけで、君を助けたわけじゃない。助けなきゃ良かったと思ってるところだ」

 

ガヤガヤとしている大広間で朝食を素早く済ませて――部屋で食べようと思ってた分も食べたので、バーテミウスにはドン引きされた――紅茶を飲みながら話を聞くところには、どうもあの慌てたフィニートは、レギュラス・ブラックにいじめられている現場を目撃したと早とちりしたためだったらしい。

 

「友達想いな友達をもてておれは嬉しいね」

「君が紛らわしいせいでこっちはレギュラス・ブラックの呪文を途中で切ってしまったんだぞ、もっと神妙にしていただきたいね。僕は不興をかってしまったに違いない」

 左右の口角を人差し指で下げながらラクランが茶化してみても、バーテミウスは神経質に両手をいじっている。

「実際苦しかったから本当に助かったんだ、そう言うなよ。レギュラスは思ったより爽やかな人だったから、たぶん大丈夫だし」

「そうだろうか?」

「あの人きっと、一枚皮剥けばただのクィディッチ中毒さ!みんなブラックの家名に怯えてブラッジャーを打ち込んでくれないからって、初心者のおれにバットを持たせたんだぜ」

「それじゃきっと、明日からも練習に駆り出されるぞ」

「えぇぇ...おれは散歩をしたいんであって、バッティングしたいんじゃないんだけど......」

 

 レギュラスは風を切って飛ぶから良いかもしれないが、ラクランにはまだそんな技量はない。打って、ブラッジャーの軌道をみて移動、ホバリングして、また打って、の繰り返しで、まったく風を感じることなく汗をたくさんかいた。散々だ。

「ね、スコージファイ教えてくれない?」

「僕のメリットは?」

「ご注文のトモシリ草に、なんかに使えるだろうイラクサ、ドクダミ、あと湖畔で捕まえたクサカゲロウ」

 ローブのポケットから小脇に抱える程度の麻袋を取り出して、朝の収穫物を机に並べていく。クサカゲロウ数匹を出したあたりで女子から悲鳴が上がって、慌てて袋に戻した。そういえばまだ他の人は食事中だった。

「フン、いいだろう.......臭いな」

「とったばっかりのドクタミなんだから当たり前だろ、消臭呪文とかないの?」

「ありそうでない気がする」

 

「よ!朝からお勉強かい?一年坊!」

「「ベラ!」」

 バーテミウスが開いた基本呪文集を覗き込もうとしたところで、二人の肩の間からひょこ!と顔が現れてビックリする。もはやベラは常習犯だ。こうして現れるのはだいたいイザベラなので、こないだなんかバーテミウスは階段でピーブスに向かってもうベラ!あなたはいい加減...と説教をしかけてしまったくらいだ。

「もう、なにか用ですか?いつもの如く用もないんでしょう」

「いやそれが、今日はあるんだよ」

 胸ポケットから小さく切り取られた羊皮紙を取り出したベラは、随分と深刻そうな顔だ。

「これを今日の午前中の間に、一年生のスリザリンみんなに周知して。大っぴらにやったらダメ。こっそりみんなが知ってる状態を作って」

 

 走り書きのメモを見ると、寮の入り口で合言葉を唱えたら、すぐに一歩右に避けて床をフィニート!と書いてある。

「どういうこと?」

「3年のグリフィンドールに問題児がいるんだって言ったじゃない?寮に入る合言葉を引き金に、扉の真正面にグリセオがかけられるようなってるみたい」

「それはかなり高度なしかけですね」

 被害者がすでにいるんだろう、とラクランは苦い顔になったが、バーテミウスは興味深そうだ。

「技術の無駄遣いしかしない奴らだから。マクゴナガルがかなり目を光らせてたはずだけど、忘れた頃にってやつね。きっと他にも色々やってくるから、気をつけなさい」

「下級生にもやるんですか?」

「私も去年やられたし」

「ベラが!?」

 ブルストロード家は聖28一族だが、数代前で半純血になっているはずだ。スリザリンで爪弾きにされたこともおそらくあって、だからグリフィンドールのフランク・ロングボトムの縁者らしい(イザベラから見ての話だ)ラクランにも構うのだろう、というのがバーテミウスの推察だった。

「ああ。今回のでもわかる通り、スリザリンとくれば無差別にみーんな嫌がらせの対象なんだ。まったくどっちが差別主義者なんだか」

「たしかに、合言葉は誰だって、どんな人だって唱えなくちゃいけないものですからね」

 バーテミウスがイザベラに同調するのをききながら、フム、とラクランは考えてみた。

 

 今の合言葉は"純血"だ。ラクランは唱えるたびなんだか嘘をついているようで嫌な気持ちではあったけれど、しぶしぶ唱えて寮を出入りしている。

 "純血"を口に出した者の真下に呪文をかけられるなんて仕組みなら、ストレートに解釈すれば悪意の目的は純血主義を狙ったものなんだろう。でも寮の合言葉はラクランがそうするように、純血主義だろうとそうじゃなかろうと、誰だって口にする必要があるものだ。

 そして彼らが嫌がらせの対象にしただろう純血主義の生徒たちは、ホグワーツに来る前にすでに魔法をかじっている魔法族で、グリセオがかけられたらすぐにそれだと判断して、フィニートできる。

 

「結局、この嫌がらせで1番被害を被るのは、魔法に慣れてないけど純血を唱えなくちゃいけない、マグル生まれや半純血のスリザリン生ってことですね?数はそうとう少ないけど、傍迷惑なことしてくれるな」

「たしかに、今朝もお前は無様にスコージファイで泡まみれにされていたしな」

「もしかすると、そっちが本当の狙いなのかも」

「泡まみれが!?」

「違うってわかってるでしょ?混ぜっ返すんじゃない。アンタたちはセブルス・スネイプは知ってる?」

「三年の...魔法薬学がとっても優秀だっていう」

「闇の魔術もね。まあ、ちょっと怖いから上級生じゃないと誰も話しかけないけど」

 談話室できいた噂話を思い出しながら頷いたラクランも、顔は思い浮かばなかった。

 

「あの人は一年のときからポッターと杖を向け合ってるし、組み分け前からスリザリン志望の生粋のスリザリンらしい。でもスネイプなんて家名を名乗ってるんだ、どういうことかわかるね?」

「半純血かマグル生まれ、少なくとも間違いなくマグル育ち」

 生まれからして、純血主義が自分を否定することになる人間はいる。純血主義になるはずもない人間。

 おれの親は正確なことはわからないけど、少なくとも母さんは、ホグワーツなんてところに進学したことはないマグルだ。自分の命と引き換えに自分を産んでくれた母を、穢れた血などと呼ぶ気になれるはずもない......

「つまり、スリザリンにおける状況はおれとほとんど同じってわけか」

「おいラクラン、なにを言ってる?」

 バーテミウスにどつかれて、ラクランはハッとした。イザベラは訳知り顔で頷いて見せる。

「まあ似ていなくもないね、でもあんたと一緒にしちゃかわいそうだ。あのトロールの方がまだ喋るロングボトムと親戚だってのが嫌で、そっちを名乗ってるんだろうけど。アンタは"ちゃんと"してる。スネイプはあれでだいぶ改善したんだ。去年休暇前に見かけたけど、私服なんてひどいもんで」

「ブルストロード?先輩の悪口を可愛い後輩に吹き込むのは感心しないな」

「レギュラス様!」

 

 棘のある言葉が、そのくせ柔らかく降ってきたのに振り返れば、朝のハードな運動など気配も感じさせないレギュラス・ブラックが爽やかに笑っていた。

「やあラクラン、もう授業に行ってしまうのかい?明日の話をしたかったんだけど」

「え゛!」

「残念だ、また昼食のときにでも」

 ラクランは残念だ、と言いながらなぜだか立ち去らせる空気をかもしだすレギュラスにハテナをいっぱい飛ばすしかなかったが、バーテミウスが何かを察して襟をグイグイ引っ張るので、青ざめているイザベラにとりあえずお辞儀しながら大広間を後にした。

 

「まったく!軽率に生まれを口にして!!」

「ご、ごめん。迂闊だった」

「とりあえず呪文学に行くぞ――レギュラス・ブラックに感謝するんだな、かなり脳筋という噂が本物らしいイザベラ相手じゃなきゃ今頃死か.....もっと悪くすれば自主退学を覚悟するところだ」

「死!?悪くすれば??」

 退学が死よりも悪いことのようにいうバーテミウスに、思わずラクランは笑いを漏らしたが、バーテミウスはひょいと眉をあげた。

「自分の価値を示せもせず、おめおめと家に帰って引きこもる、そんな迷惑を家族にかけるなんて、死んだ方がマシだろう?」

「おれはそうは思わないけど.......」

 

「オー!お二人さん!席は空けておいたぜ」

 呪文学の教室に傾れ込むと、陽光の中ロジエールから陽気な声がかかって頷いて隣に腰を落ち着けた。ロジエールとラクランは仲良くなったけれど、バーテミウスとは依然不可侵協定が続いていて、バーテミウスはラクランの隣に無言で座る。ロジエールは席を二つ空けておいてくれたので、不可侵協定が取りやめになる日も近いかもしれない。スリザリン生はそう多くないのに、喋れないのは不便だもの。

「レギュラス・ブラックと随分親しくなったみたいだな?どんな手を?」

「違うよ、ただブラック家とつながりのある家の子は怖がって打ってくれないからって、ブラッジャー対策の練習台にされてただけ」

「うっそだー!上級生レベルの肩だったぜあれは」

「きっと成長期がはやいだけだよ」

「成長期ってなんだ?」

 

 ロジエールと話すのはそんなに悪くない。ロジエールはあまり頭が良い方ではないし、バーテミウスと喋る時のようにテンポよくとは行かないけれど、それでも魔法界の事はよく知っていた。

 逆に魔法界で常識じゃない事をみつけるのにも、ロジエールは都合が良かった。いろんな本を読み漁っているバーテミウスと違って、ロジエールは噂話や一般的な遊びの方が詳しいのだ。

 今のところ授業での成績が優秀なラクランは、そのくせ魔法族の子供の中での常識や遊びを知らない、というところが1番マグル生まれだとバレそうなポイントだったので、これは結構大事なことだった。

 そして意外なことに、バーテミウスも意外と知らない魔法族の噂が多いのだ。なまじっか素直にわからないと質問できないらしいのと、"お上品な"情報ばっかり耳にとどくような環境だったせいか、バーテミウスは魔法族の庶民的な話をあまり知らなかった。

 

「そういえばこれ、こないだもらった蛙チョコレートのカード。いるかい?君に見せてもらったコレクションの中にはなかったと思ったんだけど」

「マーリンの髭!ザビエル・ラストリックのカードだ!死ぬまでお目にかかれないかと思ってたよ。ありがとう!」

 ラクランがふと思い出して、ローブのポケットに杖と一緒に突っ込んでいたカードを差し出せばロジエールは掲げるように持った。

「大袈裟だな、それはもともと君からもらったやつだし、むしろ記念すべきカードをおれが開けちゃってごめんっていうくらいなのに」

「そんなことないさ!君たちが蛙チョコを食べたことないって言うから、おねだりして追加を送ってもらったんだ。俺だけじゃ定期便の分しか送ってもらえなかったよ」

「追加注文したの?」

「そうだよ?月30個、一日1個ずつフクロウ便で届くんだ。セットを買った方がレアなカードが当たりやすいんだけど、最近ママとパパがダイエットしろってうるさくてね」

 思わずラクランがぽよんとした腹に目をやれば、ロジエールはムッとした顔で俺は縦に伸びる準備をしてるのに、とこぼす。ラクランは思わなずバーテミウスと顔を見合わせて笑った。

 

 イザベラの渡してきたメモのおかげで、ロジエールは危なかったが、何とか1年生のみんなに寮の扉に仕掛けられた合言葉での罠を避けることができた。ロジエールは本当にあと一歩というところだった。せっかくメモを見せてやったと言うのに、あと一瞬遅ければ扉の目の前で無様に舞い踊っていたことだろう。

 バーティミウスが首根っこをひっつかんで後へ引き寄せたことで何とか呪文を避けられた。

 

 嫌がらせは本当に悪質で、イザベラの見立ては少しだけ外れていた。

 「純血」と寮の前で唱えた人の、真下の床にグリセオがかかるのかと思いきや、靴の裏にかかるようになっていたのだ。つまり靴の裏が滑るので扉の前から離れても、ものすごく滑り続ける。

 なんで知っているかと言うと――メモを回されていない人がいたからだ。

 

 授業を終えてウキウキと暴れ柳の近くへ遊びに行こうとしたものの、レギュラスに連行されかけ、レギュラスというよりその後ろに控える錚々たるお家のぼっちゃま方の視線を避けて、バーテミウスとよろよろ寮へ戻っている最中に事は起こった。

 踊り場から先へ、顔を上げた先で、ちょうど哀れな犠牲者――青白い顔で、鉤鼻のひょろりと背の高い生徒が、山ほど本を抱えたまま、無防備に合言葉を唱えるのが見えた。

「危ない!」

 

 ほぼ反射でラクランが叫んで、パッとスリザリン生がこちらをみた時にはもう遅く、青白い光線が落ちるのが見えた。途端、彼はバランスを取ろうと忙しなく足を動かし始める。それよりも――ひょろりと高い上背と、傾いた本の山がまずかった。

 

 体が後ろに傾けば、当然、体を支えようと反射的に手が出る。

 中空にバッと投げ出される舞う本たちにラクランは思わず口を開ける。

 脳裏をよぎるのは禿鷹のようなマダム・ピンスだ。あの人はなにより本が傷つくことを嫌う。それこそ、あんな高さから床に落としたなんて日には――

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

「ウィ、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 耳元でバーテミウスが雷鳴のように唱えた呪文にラクランも倣う。ラクランはまだ下手くそで、的の大きい方――つまりバタバタ動く生徒自体を浮かせてしまったが、彼はすぐさま滑らなくなった足元に気づいて、バーテミウスが浮かせた本を空中で捕獲し、しっかりと抱え直した。

「君はまだ呪文を切っちゃだめだ!頑張って浮かせ続けろ......フィニート!まだだ、そのままゆっくり降ろすんだ...」

 

 なんとか生徒を降ろして、ラクランはごそっと魔力を使った感じに脱力する。バーテミウスもよくやった、とばかり背中を叩いてきた。

「あの、急に魔法をかけてすみません。おれたちべラに頼まれてメモを回さなきゃいけなかったのに、それも遅くて、えっと」

「......イザベラ・ブルストロードなら一学年下だ。こっちで話が十分に回ってなかったんだろう。僕はセブルス・スネイプ。勉強でわからないことがあれば、今回のお礼に、一回だけ教えてやる」

 思った通り、上級生だったらしい。しかもセブルス・スネイプだって!?噂の人だ!

 ラクランはバーテミウスを振り返りかけたが、踏ん張って堪えた。

「ありがとうございます!おれはラクラン・ケイヒル。こっちはバーテミウス・クラウチ・Jrです」

「合言葉を唱えた後一歩下がって、床にグリセオをかけさせてからフィニートすれば大丈夫です。"純血"......それでは、僕たちはこれで」

 

 グイッグイ!と背中を押されて、ろくな挨拶もできず寮に入ってしまったラクランは、朝も似たようなことがあったなと少し思いながら、背中からバーテミウスの手を振り払う。

「なんだよ!名乗ってくれたんだから名乗り返すのが礼儀だろ!」

「スリザリンの有名人に1日で二人も目をつけられるな!わざわざ浮かすなんて!」

「わざわざじゃない!小さい的を浮かせるのは難しかったんだ!あれは事故!」

 たしかにふわふわ浮いたセブルス・スネイプはちょっと面白かったけど、マダム・ピンスのきろりと鋭い目線を思えば、あれは緊急事態だったのだ。間違っても故意でやったいたずらではない。

 

「お腹が空いてるからそうかりかりするんだよ、ほら、蛙チョコどうぞ」

「ロジエールがよこしたものだろ」

「でも今はおれのもの、どう扱ったって自由さ。あ!ユストゥス・ピリウィックル―1862生、1953没、魔法法執行部部長としてほめ称えられた。だって」

 ベッドに飛び込みながら蛙チョコを開封すれば、またみたことない名前が飛び出した。前に出たのは古代ギリシャ人だったし、時代の飛びがはげしいな。

「僕の父上の部署だ。残念ながら魔法大臣には就任なさらなかったが、かなりの優秀な人だったらしい」

「蛙チョコに載ってる人だもの、そのへんは疑いようないね。それでいうと、君の父上もそろそろかな?」

「どうなるかわからないが、載ってもいいだろう。父上はとにかく邁進しておられるし」

 ちょっと暗くなった声音に、お父さんの事を話すのは不味かったかな、とラクランは顔を顰めた。バーテミウスはお父さんが好きだけど、あんまり関係がうまくいってなさそうなのが、どうも引っかかっているのだ。

 まあ、おれも生まれてこの方家族はじいちゃんしかいなかったから、「うまい関係」がどういうものかも分からないけど。――少なくとも蛙チョコ便を買ってやりながらダイエットさせてるロジエールの家のほうが、ロジエールのことをよくわかっている感じはする。

 

「バーテミウスもお父上と一緒に載ったら面白いね、みている限り、親子二人で載ってるって例はないから、きっと魔法界初になるよ。そうなったらおれ、チョコを買い占めてみんなに自慢するな」

「僕が載るわけない」

「どうして?学年で1番頭がいいのに」

「ものすごく頭がいいだけでは、今だってだれも蛙チョコには載ってないだろ?」

 まあ、それはたしかに。ラクランは頷いて顎を触りながらコレクションを見る。

 なにかものすごい偉業をしたとか、ホグワーツの校長とか、すごい役職についてないと載れなさそうだ。両方やってるダンブルドアはヤバい。

「こうしてみると、ホグワーツってすごいんだねえ。創設者はもちろん、歴代の校長もカード入りだ。蛙チョコ会社がホグワーツに大恩があるとかでなければこうはならない」

「今更気づいたのか?これでも最高学府の一つだぞ」

「ハァ〜随分なところに来ちゃったもんだぜ」

 

 

 

 ギュラス・ブラックとバーテミウスが鉢合わせしたのは、セブルス・スネイプ浮遊事件から2週間後の朝だった。

 ラクラン一人ではなんとなく箒に乗りたくなった朝だけ、ふらりと中庭に行って、練習相手をしていたこともあったけれど、バーテミウスは徹底的に避けていた。

 ラクランの方も箒よりやりたいことがある時はもちろん全力で避けていたし、レギュラスも取り巻きが周りにいる時や、反対にラクランの近くにバーテミウスやロジエールなどがいるときは、近寄ってこようとしなかった。だからバーテミウスにしてみれば、この有名人を撒くのはこれまで、それほど苦ではなかった。

 

「やあ、おはよう。いい朝だね」

 まず向こうからそう声をかけられて、バーテミウスとラクランは見事に固まった。2人揃ってゲェっと声を上げると、レギュラス・ブラックは爽やかに笑って首をかしげる。

「そんなふうに言わなくたっていいじゃないか。ただ僕は、またラクランを朝の練習に誘いたかっただけだよ。ほら、ついに一年生用の許可証ももらったんだ。クラウチもどうだい?」

 ラクランはがっくりと肩を落とした。

 レギュラスの練習を断る方便で最も使い勝手の良いのが、許可証がない、だったのだ。

 

 最初はそこまで頭が回らなかったが、中庭のすきっぷりでわかるとおり、朝練はメジャーじゃない。朝早く起きるのが苦手な生徒が多いのももちろん、先生たちだって寝たいので、許可がそれほど簡単には降りないためらしかった。

 もちろんラクランも四角四面なタイプではないから、レギュラス・ブラックがいれば許可証なんぞなくてもどうにでもなるだろうと考えて、気が向いた時には「誘われて練習している」体で朝の飛行を楽しんではいたけれど、飛びたくない日の言い訳としての「いい加減罰則が怖い」は大変強力で使い勝手が良かった。

 気が向いた時に一緒に練習していたのに、そこへ許可証を持ってきたということは、本格的に練習に参加しろ、ということだ。ラクランはちょっと眉をしかめた。

 スラグホーン先生も簡単に、しかも本人からの申告なしに許可証を出すなんて!いやそもそも、権威や未来の才能が大好きなスラグホーン先生がレギュラス・ブラックを認めないはずがなかった。ラクランの分まで許可証をもらう事だって、パイをたいらげるくらい簡単だっただろう。これについては後手にまわったラクランの失敗だ。

 

 ラクランとバーテミウスは顔を見合わせて、一生懸命いたいけな一年生の顔をして、今日は暴れ柳の生態研究に勤しみたかっただけなのだ、と言い募ってみた。

 これは嘘でもなんでもなかった。暴れ柳は随分と凶暴だが、それが外敵を遠ざけるおかげか根元には結構珍しい薬草が時折生える。満月の前後ははおとなしいとかそういう噂も聞くけれど、夜に寮を抜け出す勇気を出すにはまだ稼いだ点が心許なさすぎた。朝方の柳の機嫌をひとまず2人して確かめに向かう途中だった。

 バーテミウスは入学したばかりの頃が嘘のように、もうすっかりラクランに生活習慣を改善されている。朝ごはんも、部屋のコンロで卵を4つも使ったトルティージャを二人でとってきたところだったから、こないだのような練習は断じてお断りだった。

 

「おや残念。喜んでもらえると思ったんだけどな」

 少し眉を顰めてレギュラスがいうのに、バーテミウスがバッと前へ出た。

「あなたは高く飛びすぎる。私たちはとてもついていけませんよ」

 遜った言葉の割に、ツンケンした口調によって、いっきに空気が張り詰める。ラクランは二人の顔を変わりばんこに眺めた。

 レギュラスは1秒だけ氷のような真顔をした後、ふわりと笑った。

「ひどい言い草だ。信じられないというなら私の真心について、母上に証書を頼もうか?」

「いえいえ結構!身内からの証言は、ご存じと思いますが大抵大した説得力を持ちませんし。たとえブラック家といえど、法のもとでは建前上、平等ですから」

「ふふふ、なんだかこちらを裁判にかけているような言い草じゃないか」

「おや、そんなつもりはなかったのですが。なにか裁判にかけられてマズイようなことでも?父上に手紙を出しましょうか?」

 矢継ぎ早な言葉の投げ合いは鋭く怖い。ラクランはキュッと口を引き結んだ。

 

 いまや笑顔も剥がれ落ちてレギュラスの顔は緊張に張り詰めている。

「...バーテミウス・クラウチ・Jr、冗談はよせ」

「はい、もちろん。ただ冗談を言っただけです、ミスター・ブラック」

 唸るようにひとつひとつ区切って発音する様はどう見たって怒っているが、バーテミウスはいまだ飄々と言葉を真似てかえす。あ!ぺろっとやったぞ。アイツ、楽しそうだ。

 レギュラスは頰をぴくりと動かしながらバーテミウスを通り過ぎる。今日のところは諦めてくれるようで、ラクランはホッと胸を撫で下ろした。

「......ラクラン、友人は慎重に選んだ方がいい」

「んぇ、選びましたよ、この通り」

 ここに全員がいるわけではないが、スリザリンは純血貴族趣味を抜かせばかなり親しみやすい。友達も、当初思っていたよりずっとたくさんできた。ラクランはご機嫌に両手を広げてふわふわさせる。

 

「おっといけない、おれたちは暴れ柳を見に行くとしようぜ、また気が向いたら打ちに行きますから、今日のとこはご勘弁を!またね!」

 

 

 




・しゃらしゃらーと学生時代を終わらせるつもりがひたすらに話が膨らんでいく今日この頃。簡単に仲良くなるスリザリンは解釈違いなので...だいぶ譲歩して軽率に仲良くなってもらってるけどこんな文量。オカシイナ。

・皮肉たっぷり舌戦副音声付きver.
「おや残念。喜んでもらえると思ったんだけどな」
(ブラック家から目をかけられている状況だぞ、君たちの立場を安定させるのにも、悪くないだろう)
「あなたは高く飛びすぎる。私たちはとてもついていけません」
(それは高慢というものでしょう。私たちはついていけない。ブラック家がやる事ならみんな伏して喜ぶと思っていないか)
「ひどい言い草だ。信じられないというなら私の真心について、母上に証書を頼もうか?」
(ひどい事をいうな、母に手紙でも出してみようか)
「いえいえ結構!お身内からの証言は、大抵大した説得力を持ちませんし。たとえブラック家といえど、法のもとでは建前上、平等ですから」
(やめてください。親頼みとかみっともない。ブラック家の力だけで全部どうにかなると思わないでくださいね)
「ふふふ、なんだかこちらを裁判にかけているような言い草じゃないか」
(何様のつもり?)
「おや、そんなつもりはなかったのですが。なにか裁判にかけられてマズイようなことでも?父上に手紙を出しましょうか?」
(そういうそちらは裁判にかけられるような後ろ暗いことがあるんでしょう?父に知らせて魔法方執行部から手紙を出させましょうか?)
「......バーテミウス・クラウチ・Jr、冗談はよせ」
(やめなさい)
「はい、もちろん。ただ冗談を言っただけです、ミスター・ブラック」
(はい、もちろん冗談ですとも、家名ばかりのミスター・ブラック)
「......ラクラン、友人は慎重に選んだ方がいい」
(魔法法執行部と繋がりある彼と友達を続けていれば君もいずれ爪弾きだぞ、こっちにつけ)

・頭のいいおしゃれな皮肉が悲しいかな書けないんですが、先にしゃべったキャラのセリフ表現を真似して揶揄う感じとか、おどけて硬い単語を使うとか、ちょっと捻った距離の近づき方の暗喩とか、韻で遊んだセリフがハリポタシリーズの大きな魅力だと思っています。頑張って書きたいな。
 1番お気に入りはダンブルドア先生のAfter you(憂の篩など)→After me(謎プリの洞窟)です。
「いつものようにハリーを先に行かせられない、安全じゃない緊迫した状況」
「これまでの積み重ねでAfter youが来ると思っていた読者の期待への裏切りと緊迫感演出」
「それでもFollow meではなく後ろからきなさい、な指導者としてのダンブルドアのポジショニング暗示(?)」
 たった二語の文でこれだけいろいろ滲ませてくれるのは実に楽しいです。そのうち使いたい。
 ただしスリザリン勢はセリフ自体が少ない上、「おどけた調子で」とか「ちょっと洒落をきかせて」という場面より、ガチでめちゃくちゃ緊迫してるシーンが多いために、たのしい日常会話が少なめ!1番イカした皮肉が飛び交ってそうなのに!
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