「やあベラ、おはよう」
「ウワ!!」
「プロテゴ!」
大広間へ向かう途中で、ちょうど行き合ったイザベラに声をかけたら、叫びながら肩越しに何か投げられた。
咄嗟に盾の呪文を張ったバーテミウスは自分だけ守ったらしく、ラクランは目に入ったザラザラにうめいて抗議する。
「しょっぱ!おれたち悪魔じゃないんだけど!」
「後ろから声をかけないで!」
ひどい扱いだ。すくなくとも後ろに迫る悪魔みたいに塩を投げつけたれたのは生まれて初めて。
ラクランはゆっくりまばたきして、今度は君が話しかけろよ、とバーテミウスに顎をふってみたが、バーテミウスも目でやり返してくる。
おれだってヤダってば。
お互いに無言で肩を押し合っていれば、ベラの方からふーっと深いため息が聞こえた。
「......キースにバートか、悪かったね、今度から前に回って声かけてくれる?」
「あなたはいつも後ろから声をかけてくるのに?」
いつもの勢いのないベラに、いつも通り容赦なくピシャリと言い返すバーテミウスの肩を掴んで慌てて黙らせる。ぺぺっと肩に残った塩を払って、ラクランは努めてやわらかい声を出した。
「アー、ベラにはしばらくあんまり、話しかけないほうがいいかな?」
「そのほうがいいわ、ハロウィンが終わるまでは」
「なんでハロウィン?」
「みんなイタズラしたくてうずうずしてるからよ。ハロウィンが終われば、ベラのピリピリもだいぶマシになるわ」
割と肉体派なところがありつつ聖28一族らしく品格は保っているベラが人前で大声を上げるくらいだ。相当追い詰められているのは真実だろう。おまけにイザベラに大抵ひっついてる先輩――たしかロウとかいったはずだ――に言われて仕舞えば、頷くしかなかった。
「あんたたちのそういうところを信頼してるんだ。できればハロウィン当日もそんな調子でいてもらいたいね」
「はぁ」
「ハロウィンて、そんなに気合いの入るものか?大してやったことないんだけど」
「僕の方もあまり......ただこの時期は父上が忙しいんだ。魔法界全体がどことなく浮き足立ってるのはたしかだな」
「ホグワーツのハロウィンはすんごいんだって!エイブリーが言ってたよ。お菓子を用意して、パンプキンパイに備えて腹を空けとけってさ!ディナーはカボチャ尽くしだって」
ロジエールがやってきて、ラクランの隣にドカッと腰を下ろす。ベラのカリカリ具合を知らないロジエールは陽気だが、一体全体、どう"すんごい"のか。
ラクランとバーテミウスは眉を顰めたけれど、まあ、メインは楽しい行事のはずだし、トリートの方をしっかり用意していけばまずひどい目には合わないだろうと安直に考えていた。
結果はこのとおり、最悪だ。
朝起きた瞬間から異常が始まっていた。そこいらじゅうの空気がぜーんぶ甘いのだ。とんでもなく。プリンに、チョコレートに、シナモンに、カボチャ。とにかくいろんな甘い匂いが空間を満たしている。
スリザリン寮は本来、どこか冷たい雰囲気で、少し埃っぽいような匂いと、魔法薬や香の匂いが染み込んでいる場所だ。自然と背筋が伸びるようなそれらをぶっ潰してかき消す甘ったるい匂いの節操のなさ!
今日だけ鼻を効かなくする呪いとか、ないのかな......いや、舌に触れるだけで甘いのは十分わかってしまうから味覚を消さないといけないかもしれない。
ぐるぐると回り始めた無駄な思考を断ち切るように、水道の冷たい水で顔をじゃばじゃば洗う。少しさっぱりしてから鼻を摘んだままミントを噛んでみたけれど、洒落たケーキを食べてる気になっただけで、ラクランは肩を落とした。
嫌になってしまう前に、ワッフルメーカーを火にかけて、かちゃかちゃと手早くボウルで生地を混ぜる。砂糖を極力減らしたワッフルにしよう。油をペーパーをつかって行き渡らせてから、サッと生地を流し込んでロックする。
ちょうどヤカンがピーッと鳴った。
「おい、バーティ、起きてこいよ」
いつもだったらラクランがガチャガチャやる音か、最悪でもこのヤカンの音でバーテミウスは起きてくる。
「バーティ?」
うんともすんとも言わない......。ワッフルメーカーをひっくり返してから、カーテンごしにバーティのベッドの柱を掴んでガタガタ揺さぶってみて、ようやくかすかな呻き声がした。
「なんだ、起きてるんじゃないか」
「何も食べてないのに胸焼けがする......」
息も絶え絶えな声は、実にあわれだった。
「そうだスプーキー、今いいかい?」
「はい!ラクラン様!!ハッピーハロウィンでございます」
「ハッピーハロウィン、いつもありがとう。よければこの焼きたてワッフル一枚を差し上げよう。それで、おれたちの朝ごはんもワッフルなんだけど...」
スプーキーにメイプルシロップを垂らした一枚をあげると、目を輝かせた彼はパチンと音を立てて、あっという間にキッチンの皿の方にパツパツに茹でられたブラッドソーセージをごろごろと出現させた。
「スプーキー、奇妙なくらい物分かりがいいね?」
「よろしくございませんでしたか?」
「まさか!最高だよ!」
ラクランはまだ湯気を上げるソーセージを、焼き上がったワッフルと一緒にフライパンに放り込んで、鮮やかに煽り、こんがり焼き目をつけた。
「バーティ見ろよ、ブラッドソーセージだ。しょっぱくて絶対美味しいぜ。食べる気にならない?」
スパイスの匂いと、染み出した肉汁でワッフルが輝き出すのにバーテミウスは目を擦った。
「まだ寝ぼけてる?」
「いや...魔法みたいだと......僕は紅茶を淹れるよ」
「青い火に気をつけて、朝は見えにくいから」
「わかってる!ところで君は寝癖をちゃんと直したらどうだ?爆発してるぞ」
「おっと、わすれてた」
塩気とスパイスの食欲増進効果で武装して、心地いい満腹感にお腹を抱える。
「今なら大広間に行けそう。君は無理なら外を回って教室に行っててくれない?ちゃんと敵情視察してくるからさ」
「いや、今日行かないのは不審に思われるはずだ。僕も行く」
覚悟を決めて寮を出たが、そこらじゅうに溢れかえるお菓子モンスター――クッキー、ケーキ、トライフルやクラナハン、チョコレートにフルーツパイを貪る様子はさながら危険度XXXくらいの魔法生物だった――に、バーテミウスもラクランも早々に吐き気を催した。残念ながら、惨敗である。
屋敷しもべ妖精たちの腕は素晴らしく、美しい盛り付けにキラキラのコンポートなんかは目を楽しませてくれるけど、ひどい子は手掴みで生クリームをかっこんでいてほとんどの皿が台無しだった。
「うぇー」
血みどろ男爵と、今日だけは相席したいかも。血みどろ男爵がいればみんなもうちょっと慎ましくなるはずだ。
「おはよう、あんたたちも相当......イヤ、なんでそんなに辛そうなワケ?まだ何も始まってないけど?」
朗らかな挨拶に似合わず油断なく杖を手にしたベラに声をかけられる。
「あー、おはよう。なんでもない...調子が良くないだけ」
「気の毒に。でも一応いわなくちゃね、トリックオアトリート」
「ああ、はいコレ。いつもありがとう」
黒地に銀の箔がきらめく包装に、濃い緑の上質なリボンを巻いた小包をローブから取り出して配れば、女の子たちからは歓声が上がった。包装に随分苦労したラクランとしては達成感もひとしおだったが、お首にも出さず微笑んでおいた。
たいしたトリックはなさそうだし、もうさっさとお菓子を顔見知りに配って退散しよう、と大皿から青リンゴだけ掠め取ってバーティと目配せしたところで、レギュラス・ブラックが悠々と歩いてきたのが見えた。
「おはようございます、レギュラス。良かったらどうぞ」
決闘と同じ、挨拶も早い者勝ちだ。早口でいって、小包を差し出せば、レギュラスはすいと眉を持ち上げた。
「まだ僕は何も言ってないが」
たしなめられたが、とにかくさっさとお菓子を配って、大広間から退散したいのだ。気にするもんか。ズイ、と口に笑みを貼り付けたままお菓子を押し付ける。
さすがに不審に思ったのか、しぶしぶ受け取ったレギュラスは手のひらの上で小包をトンと杖で叩いた。リボンがしゅるりとほどけ、パタパタと箱が開いてお菓子が姿を現す。
「なにか呪いをかけたわけじゃないようだね?きちんと袋に入っている...プロヴァンスのコンフィズリ?よく手に入ったね」
「ええ、まあ」
「紅茶と一緒にいただこう。僕からはズコットケーキを。振ってはダメだよ」
「わ、ありがとう」
「うちの屋敷しもべ妖精の自信作でね」
格調高い紋章入りの小箱を渡されて思わずラクランはお辞儀してしまったが、レギュラスは見なかったことにしてくれたようで、ひらりと手を振ってテーブルへ去っていった。
「準備していてよかったろ?」
「たしかに、油紙に包んだタフィーじゃこうはいかなかったかも。本当にこんな高そうな箱にお菓子を入れるんだな」
ラクランは最初、適当にタフィーでも大量生産しようかと思っていたのだが、実験的に作ったのを見て、バーテミウスが顰めっ面で酷評し、家に梟を飛ばしたのだった。バーテミウスのお母上によると、スリザリンは家の紋章付きの高級菓子を贈り合ったり、紋章でなくとも品のいいお菓子を準備するそうで。事実すんごい箱を渡されたのだから、また助けられてしまった形になる。魔法使いのしきたりの多さは困ったものだ。
もちろん魔法界の高級お菓子事情なんて知らないので、これもクラウチ家御用達の菓子屋のおすすめを聞いて、代理注文してもらった。お代はバーテミウスがよく食べるレシピ三つでいい、という話だったけど、レギュラスが知っていたとなると幾らしたのか想像するのが怖い。これはクリスマスにむけてますます頑張らなければ。
準備のおかげでなんとか午前中を乗り切り――来年は絶対味覚遮断の呪文を開発する――昼食を食べに行こうと大広間へ向かう途中、中庭がざわめいているのに気づいて、つい好奇心で足をむけたラクランはすぐ後悔した。
「ねえみた?あれ」
「鈍臭いのよあの子」
「わざわざ飛び込んでいくなんて」
クスクス、ザワザワ、心を逆撫でられるようなイヤな音があふれている。
"狡猾"と謳われるスリザリン生がよく漏らす声のはずだが(人をいたずらで陥れてもスリザリン生はゲラゲラ笑わないものだ)、今はあらゆる寮の人たちがクスクスざわざわ、楽しそうに喋りながらも、それを見咎められたら自分は関係ないのだとしらを切れる音量で、中庭の方を目で示しては嗤っている。
「五月蝿い。一体なんなんだ?」
バーテミウスも眉を顰めて、人の波をかき分ける。まだ小さい体躯は、見物に夢中な上級生たちの間をしゅるしゅると通り抜けた。
「あ、まって!」
慌てて追いかけた先で、ラクランはあんぐりと口を開けた。
「......ベラ?!」
思わず大きな声が出る。
嘲笑の的になっているのはベラだった。
今にも窒息しそうなほど歯を食いしばって、怒りで顔を紫にしながら、膨らませられて、宙をぐるぐる旋回している。ローブのポケットやフードからお菓子が振り撒かれ、それに他寮の一年生たちは楽しそうな声をあげていた。
いったいなにが楽しい?なぜ誰も恐怖を感じない?相手が緑のネクタイをしているから?
回転するベラが涙を溜めた目で睨め付ける先には、赤いネクタイをした上級生が堂々と胸を張って杖を構え、笑っている。黒髪の方がベラへ、もう片方は、地面に伏してもがいているセブルス・スネイプへ。
「さあ今度はなにがいい?」
「躊躇するなよ!闇の魔法にどっぷりなスリザリン相手だ!」
「インペディメンタ!」
バーテミウスが唸るように妨害呪文を唱えて、ラクランも頷く。スネイプの口端からは泡が見えた。
「フィニート・インカンターテム!」
スコージファイで泡によって喉を埋め尽くされていたスネイプがバッと立ち上がり眼鏡に杖を向けるのを目の端でとらえながら、ラクランはもう一度ベラへ杖を向けた。
「フィニート・インカンターテム!」
「馬鹿!ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
萎んで落下し出すベラに、バーテミウスが慌てて呪文を唱える。やったな!とアイコンタクトしたところで、黒髪の方が吠えた。
「邪魔するな!タレントアレグラ!」
「うわ、あ!」
途端、足が一人でに複雑なステップを踏み始める。フィニートしたくても、手足が意思に反してバタバタ動いて、取り落とした杖に触ることすらできない。
「踊らせる呪いだ!ラクラン、下手に抵抗するな!」
「レビコーパス!」
スネイプの方から閃光が舞い、今度はベラが浮いていた場所に、グリフィンドールの二人が足首を掴まれたように浮く。
「二人同時にかけるとは!すごいな」
歯を食いしばって手足を振り回すラクランの横で、同じく手足を振り回しながら、もはや諦めたように観戦していたバーテミウスがつぶやいた。
管理人のフィルチさんが、苦労して人波をかき分けてくるのが見える。早く来て!そろそろ手足がちぎれそうだし、嫌な擦り方で革靴を擦っているようで、足首は捻挫してる。
「やめんか!!こわっぱども!!一体全体なんの騒ぎだ!」
ついにフィルチさんが叫んで、ようやっと視線が外されたのか、バーテミウスとラクランの踊りが止まり、地面に手をついてぜー、はー、と息を吐く。
同じくスネイプが視線を外したことでグリフィンドールの二人も落ちたらしく、ドサッという音とうめき声もした。
「楽しいハロウィンになんてことだね!グリフィンドールとスリザリンから10点減点!」
フィルチさんに続いて生徒の群れからポン!と現れたのはスラグホーン先生だった。生徒とそんなに身長が変わらないから、フィルチさんが連れてくるのに苦戦したみたい。
「待ってください先生!」
回復したらしいベラが、サッと立ち上がってスラグホーン先生に詰め寄る。
「この腐れグリフィンドールが私にインフラータスをかけたのを、そこの一年生達は解いてくれただけです!それなのにあいつらがあの子達を呪ったんです!」
「なんだと?」
「そいつは俺に妨害呪文をかけた!」
「正当防衛でしょう!?」
うーん、流石にちょっと旗色が悪いな。
スラグホーン先生は寮監なうえ、どっちも非がある。汗をハンカチで拭き始めたところで、スプラウト先生がひょっこり顔を出した。
「そもそも廊下での魔法使用は禁止ですよ、ミス・ブルストロード。やむを得なかったとはいえあなた方からも減点しなければなりません。スリザリンから5点減点!しかし、温室から生徒に呼ばれて来る途中見た限りでは、あなたたち二人は適切な呪文で対処していました。一年生でこれは素晴らしいことです。よって一人に2点ずつ加点します」
「でも先生、」
「感謝します、先生」
それでも1点減点されていることを腹に据えかねて言い募るベラを遮って、バーテミウスが礼を言い、その場は解散することになった。
次の授業も迫ってる上、赤いネクタイの方からギラギラとした目線に追い立てられて、バーテミウスとラクランは足早に去った。
まだ人の少ない変身術の教室に駆け込んで、いつもの最前列でやっと腰を落ち着ける。
「寄り道しなきゃよかった、ごめんよ。楽しいことがあるかと思ったのに」
普段かなり運動しているラクランでも腕が痛いのだ、あまり運動していないバーテミウスを見れば、細かく筋肉が震えているのが見えた。
タレントアレグラは見た目は面白い呪文だけど、タランテラという曲に"毒蜘蛛に噛まれた人が死ぬまで踊るように苦しんだ動きから"なんて謂れがあるように、身体中を痛みなどかまわずい動かす激しい踊りだ。自分の好奇心が招いた痛みに、ラクランは俯いた。
「僕も突っ込んでいったんだ。自業自得だ、プロテゴも間に合わなかったし......でも、あれは無視できなかった」
バーテミウスは追い払うように手を振って眉間に皺を寄せる。
たしかにあれは不快な光景だった。猪のように力強いけど女の子であるベラをブンブン回して、ケタケタ笑う彼らはとても不気味に見えた。なんだってあんな酷いこと......。
"スリザリン"の音に侮蔑と敵意を込めたあの声を思い出して、ラクランは肩をふるりと震わせたけれど、あのキレて唱えられたインペディメンタの威力を思い出して口の端をつりあげた。
「しかしあれはいけてたよな、ドッカーン!て」
「フン。ところで昼食を食いっぱぐれそうだが、なにかあるか?」
「そんなのお菓子しか...ああ!大広間でかっぱらった青リンゴ!」
朝大広間でポケットに入れてきた小さな青リンゴ一つをナイフで二つに切って、かぶりつく。
「すっっっっぱ」
高音で叫んでから、バーテミウスの方を向いたが、時すでに遅かったのかすでに口に入れて、渋面を作っていた。それがあんまり苦々しい顔で、ラクランはつい吹き出す。バーテミウスはバシッとその肩を叩いたが、そっちはそっちで震えていた。
「あー、おかしい。ちゃんと口直しが用意されてたなら、大広間で食べてもよかったな」
「あっちは甘すぎる空気で酸っぱいのも打ち消されてただろうさ」
「そりゃたしかに」
いつも通りのやりあいをして、ラクランは笑いすぎて痛む頬を揉む。もう強張ってはいない。バーティの腕の細かい震えも止まっていて、ホッと息を吐いた。
正直に言えば上級生に呪われたことは、想定よりずっとずっと怖かった。どんなに頭を働かせようが身体がいうことを聞かないというのは怖い。自分もバーティも、そしてベラも、側からみれば滑稽で面白かったかもしれないけれど、全然笑えなかった。
ばかではない自負はある。同学年の中で明らかに飛び抜けて頭の回転がいいバーティが側にいれば、いじめられる隙を徹底的に潰すのなんて朝飯前だ。けれど練習していたプロテゴは間に合わなかったし、上級生が怒りながらかけてきた呪いはジンクスのくせしてちっとも切れず、強かった。そもそも、自分たちにまで呪いが飛んでくるとは思っていなかったから無防備に魔法にかけられてしまった。
あの上級生の呪文には容赦がなかった。じいちゃんが酔っ払いの暴漢や、盗人と間違えたスラグホーン先生に向けたような、敵に向ける顔をしていた。
俺とバーティはただベラを助けただけだったけど、あの上級生からしたらスリザリンのネクタイをして、ベラとスネイプを助けた二人はただの敵に見えたに違いない。敵に、何年生か、どんなことを考えているかなんて、なんて関係ないんだ。
命の危険は幸いなかったけれど、まるで銃撃戦のような緊張感と、不快感が胸に残っていた。
バーテミウスとラクランはなんとか持ち直したが、談話室はひどい雰囲気だった。
気丈に振る舞っていたイザベラは、寮に着いた途端頽れて静かに泣き始めてしまったようで談話室の変なとこに座り込んでおり、彼女と連む2年生の女子たちが彼女を囲んでおどろおどろしい呪いの言葉を吐いている。
そこへ、スネイプが勢いよくやってきた。談話室に入ってきた瞬間バッとみんな振り返って、何か言うのか、どんな顔なのか注目したが、たくさんの視線を浴びてもまったくいつも通りのスンとした表情で、猫背に本を抱えたままベラたちに目線をやることもなく男子寮へ去った。別に、なにか気の利いた言葉をかける責任なんてスネイプにはないはずだが、女子たちが悪態をつく。
さて困った。こうなってしまうとラクランとバーテミウスは何かせざるを得ない。とりあえず外に出よう、と顎をしゃくった。スネイプの後を追って男子寮へ行く勇気はなかった。
「スプラウト先生に言いに行かないか?」
「たしかに、あの人は公平だった」
「災難だったな、君たち。呪文の腕前は流石だったけど」
げっそりした顔で、同じく外へ出たロジエールが小声で話かけてきた。男子寮から談話室へ顔を出しに行ったら。運悪く女子たちに睨めつけられて、怖くてそのまま出てきたらしい。
「腕前だって?やられちまったのに?」
肩をすくめてラクランが応じれば、ロジエールは労うように肩を揉んでくる。
「相手が悪かったんだよ、スネイプとグリフィンドールの奴らは昔かららしいし。なまじ全員優秀だから、ベラも君たちも杖を突っ込まなきゃよかったんだ」
「でもベラがいなきゃあっちは群れて、スネイプは一人だった」
「ベラは後から来たんだ。最初は二対一の魔法の撃ち合いだった。それでスネイプの足にクラゲ足の呪いが当たってしまって、そこから一方的に口の中をスコージファイされていたところで、ハロウィンで特別ピリピリしてたイザベラが突っ込んでいっちゃったんだ」
「全部見てたのか?最初から?」
ふいに、バーテミウスが厳しい声でロジエールに問うた。ほとんど詰問だ。
「ああ、見てたぜ、ベラが来る前から」
ロジエールのほうも、ちょっと居住いを正して言い返す。
「見てたなら――」
「ゴホンッ、杖をしまうんだ、二人とも。ここは廊下だぞ」
ラクランは無理やり咳払いして、二人を遮る。もう友達になりかけだけど、この二人は相性が悪い。家の事情抜きにしても、狡猾というより卑怯なロジエールと、曲がったことが大嫌いなバーティは相性最悪だ。
「たしかに、つい杖を抜いちゃったけど、ただ浮かぶ人間が増えてただけかもしれなかった。実際踊らされたしね。ロジエールのいう通りおれたちは軽率だったよ」
「そうだよな!狂っちまってもシリウス・ブラックの魔法力は伊達じゃない」
即座にロジエールが同調して、バーティは悔しそうに口を歪める。まあ、バーティならもうちょっと力量を磨いていれば勝てた相手なのかもしれない。おれには勝ち筋が見えなかったけど。
「でもさエバン、それを言うとその場で見ているだけだった君も軽率だぜ」
「はあ?」
「だって見ている意味、あったか?ないだろ。呪文が当たっていたかもしれないし、それでなくともあそこへ呼ばれてきたのがマクゴナガルなら、あなたたちは何をしていたの?て怒ったはずだ。周りで見物してた人がすぐに先生を呼びに行けば、事は大きくならなかったかもしれないんだからね」
今はとても狡猾だけど、あの事件の時、ロジエールはただ臆病で、好奇心に負けて軽率だった。この子のことだから自分を棚に上げておれたちの"スリザリンらしからぬ"猪突猛進さを馬鹿にしに来ただけだろうけど。
ラクランはわざとファーストネームを呼んでやわらかく指摘した。ロジエールは成績こそ良くないけど、人の機微や気配を読むのはすごくうまい。
「あの場の一年生としての正解は、きっとベラの友達がやったように先生を呼びに行くことだった。違うかい?」
「おー、うん。そうだな」
「でもああまったく、馬鹿なことをしちゃったもんだよ。今回でおれたちは間違いなく目をつけられた。せっかく上手くやってたのにな」
隣でバーティがぴくりと反応したので、ラクランは内心ほくそ笑む。わざとロジエール好みの言い回しを使ったのだ。
「違いない、しかたないから、今後そういうことがあったら先生に上手いこと言ってやるよ」
「本当かい?ありがとうエバン!」
温室にいたスプラウト先生は、授業終わりで少し疲れた顔をしていたが、ラクランたちが話すと、すぐさまスリザリンの談話室前まで駆けつけて、マダム・ポンフリーの元へ連れて行ってくれたらしい。
診断によると、ひどく心を傷つける形で魔法を使われたことで、魔法が自分の近くで使われるたび強いストレスから手足が痙攣したり、発疹が出るようになってしまったということだった。魔法が至る所で使われているホグワーツにいるのもよくないから、外傷はないけれど、魔法から少し距離を置くために聖マンゴ病院に入院することになったそうだ。グリフィンドールの奴らはからかってきたけど、スリザリンでは誰も魔法を恐れるようになった彼女を責めなかった。
聖28一族の子供が入院してしまった衝撃は、しばらくの間ホグワーツを席巻したかに見えたが、クィディッチの開幕にあっという間に押し流されていった。
ベラを友人と思うラクランとしては、面白くないような、よかったような、難しい気持ちだ。ホグワーツはあっという間に噂が広がるし、それが忘れられるのもあっという間だった。
「やあ、ラクラン」
「レギュラス。代表入りおめでとう」
「どうなるかと思ったけれど、練習のおかげでなんとかなったよ」
「まさか、あなたの実力でしょう」
大広間の扉でいきちがったレギュラスに挨拶を返してよくよく見ると、なんと彼は珍しく本当に笑っていた。ラクランが思わずまじまじ見つめても気づかないから、そうとう浮き足立っている。
「観に来てくれるかい?」
「もちろん!一年生みんなで旗を作るんです、余裕があったら客席も見てくださいね。きっとバーティが素晴らしい魔法をやってくれるはず」
ギュー!と耳を引っ張られてラクランは悲鳴を上げる。
「旗はサプライズだっただろ!」
「アー、そうだったそうだった。それじゃ!」
ガミガミ言われる前に、ラクランはレギュラスと、ついでにバーティからも手を振って別れて中庭へ急ぐ。なに、心配はない。
このところ、バーテミウスはセブルス・スネイプによく質問に行くのだ。あの一件で、スネイプの魔法の腕が確かなのはよくわかったし、実際自分で呪文を作ったりしているのはホグワーツであの人だけ。ラクランは二人の高度な会話や難しい呪文にはとってもついていけないから、最近はとみに別行動が増えていた。
こんな風にバーティがスネイプと関われるのも、新任の管理人のフィルチさんが不幸なことに先生たちほど魔法が得意じゃないとハロウィンの一件で露呈したおかげだった。グリフィンドールのやつらの標的はもっぱらフィルチさんになったのだ。いい気分ではないけど、あいつらに魔法でやり返して以降しばらく睨まれていたラクランとバーテミウスとしてはありがたかった。
ラクランはバーテミウスになんとかハロウィンのお礼を準備するのに奔走していたので、旗にかける魔法で思いの外手こずってくれているのはありがたい。お金をかけることはできないから手間をかけることにしたので、忙しいのだ。
暴れ柳を懐柔して枝をもらい、じいちゃんにフクロウ便をだし、他の材料集めに湖畔を歩き回り...もうちょっとだけれど、仕上げに使うやすりがじいちゃんからなかなか届かない。プレゼントのことをバーティに相談するわけにもいかないから、最近はずっと届かない郵便に唸っている。あんまり役にたつ知恵袋がそばにあると、それはそれで良くないこともあるな。
「あれ、おいおい大丈夫か?そうだ、ついでにハグリットに聞いてみようか」
暴れ柳のそばでよろよろしていた誰かの年寄りのフクロウを腕に止まらせて撫ぜ、思案する。
大柄な森番は関わる機会もそれほどないけれど、庭の立派なかぼちゃたちやレタス食い虫への声かけを見る限り、悪い人ではないと思う。ハグリッドはだいぶ規格外ではあるものの、ラクランが巨漢に慣れっこなのもあり、怖がる存在ではなかった。
考え事をしながら廊下を歩いていたのが悪かったんだろうか、曲がり角に差し掛かった時黒い影が柱から飛び出してきて、反射的にフクロウを抱きしめる。
ドンッと思い切り吹っ飛ばされて、左の尻を強かに打ちつけた。
「おい!大丈夫か?」
腕の中のフクロウを見れば、抗議するように腕を突いてくる。
「ふふふ、やめろ、こんにゃろう」
「大丈夫みたいね?」
「ゥワ!?」
頭上から降ってきた声に慌てて顔を上げると、眼前に大きな緑の瞳が迫っていた。ラクランはつい、変な声を漏らしながら後ずさる。
「あはは!情けない声。ごめんなさいね」
「は、はい。おれもぶつかってごめんなさい」
ぶつかってしまったらしい女子生徒――一年生ではとびきり大きいラクランが吹っ飛ばされたんだから、きっと上級生だ――から差し出してもらった手をおずおずととって立ち上がる。
「失礼、あなたは?」
きゃらきゃらと笑う声に、明るい赤髪、大きな緑の目。ネクタイがグリフィンドールのものだと気づいて、ラクランはさっと顎を引いて背筋を伸ばした。
「あら?はじめましてだったかしら。私はリリー。リリー・エバンズ」
「よろしくミス・エバンズ。おれ...僕はラクラン・ケイヒル」
「知ってるわ。セブが話してたもの、マグル生まれらしいラストネームの新入生がいるって」
「セブ......?」
「セブルス・スネイプよ。同じスリザリンでしょ、私の幼馴染なの」
「ああ、えぇ!?」
なんというか日陰と図書室のイメージばかりあるあのセブルス・スネイプと――だってあの人ときたら見るたび日陰で本を開いてる――この人があまり結び付かなくて、思わず狼狽えた声をあげてしまう。
「どうしたの?」
「いいえ、ミスター・スネイプがおれのことを話してるとは思わなくて......それより、ほとんど初対面なのにマグル生まれだとか言いがかりをいうのはやめていただけませんか」
マグル生まれだと大声で言われるのは痛いので、わざと声をはって否定しながら、目を動かさずに視界の隅でこっちに注目している人がいないか探る。よかった、ロジエールとかはいないらしいや。
ラクランの硬い声に、ミス・エバンズも機嫌を損ねたようで、眉根を寄せる。
「それは失礼したわ。私はマグル生まれなのだけど」
思わずくってかかりそうになって、ラクランはネクタイを締め直す。
「そうですか。ぶつかってすみませんでした、それでは」
これは、とっとと撤退したほうが良さそうだ。この人といると、反純血主義と思われるかもしれない。
ちょっと!と後ろから声が聞こえたけれど、聞こえないふりして足早に歩き、ハグリッドの小屋を目指す。
出自を隠さなきゃいけない、新鮮な驚きや楽しさを表で爆発させられない不自由さを、ラクラン自身これまで感じなかったわけではない。本当は、隠さなくたっていい状態が理想だろう。
でもしきたりは本人の好む好まざるにかかわらず、「在って、守らなくてはいけない」ものだ。
それが無数にあることを、この数ヶ月でもうすでにラクランは知っている。出自をぼやかしてさえいれば、おれも彼らも困ることなく、スムーズに生活できているのだ。わざわざ輪を乱し、傷つけあってまで表明したいものだろうか?
ラクランはとてもそうは思えなかった。
「そんな早足でどこへ行くんだ?」
「バーティ?それにミスター・スネイプも......珍しいね?」
噴水のそばに屯している一団から声がかかった。本を読んではいるが、図書館の本は持ってないのか、珍しくも日の当たるところにいる。
「弱ったフクロウがいたからね、ハグリットに見せようかと」
「それならスネイプの元気爆発薬があるぞ」
「いいんですか?ミスター」
勝手知ったるというような感じで置いてあったスネイプのボロカバンから小さな瓶を取り出すバーティに、思わずスネイプを見るが、いつも通り血色の悪い顔で小さく頷いて2滴、と指で示してきただけだった。まあ、この人の魔法薬なら間違いはない。ラベルに嘘を書く人でもないし。
結局ハグリットに話に行く算段は潰れたけれど、耳から煙を出して元気いっぱいになったフクロウはバサバサと飛びたいって行った。
「ありがとうございました、ミスター。効果覿面だ」
「おいおい、レギュラスのお気に入りに、スネイプはミスターなんて呼ばせてるのか!?」
ニヤニヤと笑ってやってきたのはスネイプとよくつるんでいるマルシベールに、ロジエールの兄貴分のエイブリー。マルシベールの方はすごく呪文が上手だ。
「こんにちは、ミスター・マルシベール、エイブリー。おれはレギュラスのお気に入りなんかじゃありませんよ」
「だったらミスター・ブラックって呼べばいいじゃん」
案の定、半ば腰巾着と化しているロジエールがエイブリー越しに文句を垂れてきた。
「それはできないよ、エバン、知ってるだろ。彼本人にレギュラスと呼ぶようにって言われてしまったんだ」
「じゃあ俺たちもエバンやバーティみたいにファーストネームで呼べよな」
「それとも呼ばせてやろうか?」
「どうやって?」
「闇の魔術でそういうのがある」
バーティに耳打ちされて、さっとローブの袖の中で杖を構えた。
「はは、本気になるなよ。でもいい反応だな」
スネイプはもちろん、実践派のマルシベールは油断ならない。もっと強く、それこそバーティくらいにはならないと、そう気安くは絡めない。
それでもこっちの頭をポンポン叩いてくるマルシベールからは、全然悪意を感じなかった。エイブリーもバシバシ背中を叩いてきて、お前はできるのか、なんてスネイプに蹴られている。ロジエールは少し怯えていたが、興味深そう。
ほら、なんの問題もない。やっぱりエバンズはばかだ。生まれを隠して、勉強を頑張って、それなりの地位を築きさえすれば、エイブリーやロジエールのように、気安く仲良くしてくれる人はいる。うまくすれば、友もできる。
マグル生まれは悪いことでないにしても、あんなふうに自分の生まれを喧伝して火種を生むのは愚かだ。そんな人が幼馴染だとかいって連むから、スネイプも立場が難しくなっているんじゃないのか。
やすりが届かないのに加えて、ミス・エバンズのことでもやもやしたことをなんとか手紙に書いて送ってみたが、じいちゃんからの返事は結局こなかった。
あっという間にクィディッチがやってきた。
ラクランは一年生みんなで夜なべして仕込んだ銀と濃い緑に輝く旗に朝から達成感いっぱいだったが、肝心のレギュラスは少し青ざめている。
「大丈夫ですか?風邪でもひいた??」
力なく首をふるレギュラスはいつもの超然とした感じがかけらもない。目の前の銀皿も空っぽで、カトラリーを持ちあげる気力もないらしかった。
「あのこれ、よかったら」
観戦でつまむようにスプーキーと一緒に作ったフラップジャックを、ペーパーで包んだまま無理やり手に持たせてみた。青白い手が冷たかったので、もう片方も取って無理やりギュッと握らせる。
たっぷりのオーツ麦をバターとゴールデンシロップと一緒に焼いたから、今は熱いし、冷えてもねっとり柔らかいままで美味しいはずだ。自信作だからつい握らせたけど、思えば糖蜜を使ったお菓子なんて、この人の口には合わないかもしれない。
「簡単なおやつだから無理にとは――」
「そんなことないさ、出来立てだろう?美味しそうだ」
そう言いながら、レギュラスは微笑んで一口かじってくれた。それを見届けて、深く頷く。
「ヨシ、じゃ頑張って!頑張ってとしか言えないけど......おれが見る限り、あんなに練習してたのは上級生の中じゃあなただけだ。あとは掴むだけしょ」
「ふふ、それもそうだね」
食べたからか少し顔色の良くなったレギュラスは、いつものゆったりした歩調にちょっと戻って、歩み去っていく。それにほっと胸を撫で下ろしていれば、背後から意地の悪い声をかけられた。
「シーカーが"掴むだけ"?」
バーティの厳しい声はことさら怖い。甘いお菓子をこさえたせいで朝からずっと不機嫌だ。
「フン、ポジションを本で読んだだけじゃ"善良な"ケイヒルはそう思うか。現実がどうだかよくみたらいいさ」
「ちょっと、"善良な"てなんだよ!絶対いい意味じゃないだろ」
実際、いい意味じゃなかった。
ようはバーティは、"お花畑な"とかそういうことを言いたかったんだと思う。ラクランは自分が見当違いな励ましをしたことに肩を落とした。
スリザリンの相手は温厚なハッフルパフだったが、ちっとも温厚じゃなかったのだ。
150点が一気に入るスニッチを狙うフィニッシャーであるシーカーは、厳しくマークされ、ブラッジャーを撃ち込まれるだけでなく、チェイサーたちから走路妨害にもたびたび合う。それも上級生がやるんで体格差がすごいのだ。ラクランは何度かレギュラスが殺されると思って両手で目を覆う羽目になった。
結局レギュラスはよくわからない動きをいっぱいして、いつのまにかスニッチを獲得し、120点差で勝利を納めた。ワーと歓声に溢れて、いつもは品格に注意を払うスリザリンが動物園のように囃し立てるのを傍目に見ながら、まだドキドキする心臓を抑えていた。
「おれ、クィディッチって少し苦手かも」
歓喜にあふれる、いつもより温度が高く感じられるほどにぎやかな談話室で食べる余裕のなかったゴムのようなフラップジャックを無理やりつまみながら、ラクランはちいさくこぼした。
「だから言ったろ、面白いけど危険なんだ」
「うん...3回くらい心臓が止まったと思う」
「でも君、あの人の朝練に付き合わされてたんだから、来年はBチームに推薦されそうだけどな」
だから言ったのに、と言わんばかりのバーティも、朝ほど舌鋒鋭くはない。
「でもま、しばらくはレギュラスも大忙しで、おれに構う暇なんてないだろうさ」
「まあそれはそうだ。休暇まで大変だろうな、あの人は」
「なんの知らせも行っていないのかい?フン、あの偏屈ジジイらしいことだね」
密かに楽しみにしていたラクランのクリスマスは、無情にも冷たく寂しいものになってしまった。
家に帰ってみれば、もぬけの殻。長い汽車の旅で疲れ切っていたのに、雪の降る中震えながら埃まみれのストーブを掃除して、月明かりを頼りに薪割りするところから始めなくてはならなかった。朝になって村中の家をまわったところで、これだ。
アランは、アルコール性肝炎になって倒れ、グラスゴーの病院に入院したとのことだった。やすりと手紙が届かなかったのは、そのせいだった。薪割りしながら戦友の墓参りにでも行ったのか、なんてブツクサ文句を言っていたラクランは、知らない間に自分の言葉がじいちゃんを呪っていやしないかと心配になって血の気がひいた。杖は振っていないから大丈夫だと信じたい。
「どうして誰も手紙で知らせてくれないのかな、唯一の親族の一大事だよ。おれはフクロウを送ってたのに」
「何度か来ていたフクロウのことかい?ここ1ヶ月は見てないよ。あたしらも心苦しく思ってたとも」
「えぇ!?ああ、ちょっと待って。そういうことか...」
考えてもみればそうだ。魔法界のフクロウは賢いから、そもそも村に来ないで、じいちゃんのいるグラスゴーの病院に直接行っていたに違いない。都会の、しかも看護師が巡回する病棟なら、消印のない降ってわいた羊皮紙の手紙を"不審な郵便物"として処分されていてもしかたなかった。もしかしたら危険な野生動物として追っ払われていたかも。可哀想なことをした。
電話をかけてみようとも思ったけれど、転院を何度かしたらしく、グラスゴーのどこの病院に行ったかは村の人たちも知らなかった。辛抱強くいくつもの病院に電話して、やっとこさじいちゃんに伝言を頼めた。
しかし返事は「金を無駄にするな」たったそれだけで、つまり、見舞いに来るなということだった。
「どうすれば、いいと思う?村の、人たちは、小岩みたいなアランが死ぬはず、ないっていうけど、風邪も、ひかなかったじいちゃんが、入院して、死ぬはずないって、言えるのかな」
バーテミウスへの手紙を書いて、くしゃくしゃ丸める。こんなの、聞かれたところでバーティも困っちゃうだろ。結局ラクランは、いつも通り腰が痛いだの歯がないだの、どこの誰かが死んだだのと楽しくおしゃべりする村の人たちに会いたいとも思えなくて、家にこもってばかりになった。
クリスマスには、いつもルカによる福音書をじいちゃんと一緒にストーブの火を使って読むのが習慣だった。今は一人で、母の残した落ち葉の栞を辿っている。
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる」
イザヤ書を指でなぞってみた。ここに落ち葉を挟んだ時、母さんはどんな気持ちだっただろう?
神が支えてくださるはずと信じなくてはいけないくらい、辛く心細かった時があった?それともじいちゃんがいうように、私は神と共にあると強く信じて、止まっているなんてことせずに、車をかっ飛ばしていただろうか。
聖書をそっと閉じて、膝にかけたコートを手に持ち、窓辺へ近づく。
冷えた窓ガラスを指先で拭えば、格子の先に星々が映り込むしんとした湖面が見えた。今晩は新月の1日前で、明るすぎる月がないために、星々がよく見えた。冬の星々は冷たく見えるが、遠い遠い彼方の地で、それがとてつもなく高熱で燃えているのを、ラクランは学んで知っていた。
「神様、寒い野を流離う羊飼いに福音が与えられたように。どうか、じいちゃんにも温かい光をお与えください。どうか......」
どんなに浮かない気持ちでも、時は平等に流れ、善人にも悪人にも、日は差し込む。
クリスマスのプレゼントが、フクロウたちによって届けられた。バーテミウスやロジエールはもちろん(バーテミウスからはクィディッチの本、ロジエールからは、また蛙チョコパックだった)、ベラからはタイムの練り香水、それにレギュラスと、意外なことにスネイプからもきた。
レギュラスからはシンプルなネクタイピンだった。山ほど送ったショートブレッドでクィディッチのときの無責任な励ましを水に流してくれてるといいのだけど。
スネイプからは薬草学の古本。とても面白そうなそれに感謝して、ラクランは慌ててクリスマスカードを書いた。
また一人でキングズ・クロス駅だ。宿代をけちって駅のそばの書店とホームのベンチに座っていたせいで、尻の感覚がない。
「やあ、浮かない顔だな」
「よう。ちょっとじいちゃんが入院しちゃってね、寂しいクリスマスだったんだ」
ラクランが冷えた両手を擦りながらやっと到着した汽車の通路をウロウロしていれば、バーテミウスがコンパートメントへ引っ張り込んでくれた。屋敷しもべ妖精はこういうとき素晴らしい。
「なんだって、お祖父様は大丈夫なのかい?」
「さあ、こっちから便りを出しても、無駄遣いするなの一点張りでなにもわからない。本を読んでみたけど、肝炎ってのがどういう病気かもいまいちわからないし......君の休暇はどうだったのさ?」
「見ての通りちょっと太った。ウィンキーが張り切りすぎたんだ......それより、羽ペンをありがとう。どこの店のだ?すごく書きやすい」
「へへ、聞いて驚け、自分で作った。湖畔で拾った雁の羽に、暴れ柳の枝をもらって削ったやつを永久粘着呪文で持ち手にしてね」
「家で使ったのか?」
「永久粘着呪文はちゃんと学校でかけたよ。参考にした本があって――それより、こちらこそクィディッチ図鑑ありがとう」
「ああ、君はセンスがあるし、あのままクィディッチ恐怖症にするのは勿体無いと思って......それで、どの本を参考にしたんだ?」
気の重いことはあっても、バーティとの会話のテンポは落ちない。車窓の風景はあっという間に風景が流れていった。
なっがくなってしまった...
情報少なすぎるんですが、卒業後のちょっとした活動が合わさるような描写をちょっとずつ入れていきたいなと思いながら書いてます
難しい...エイブリーの情報、なさすぎ......