ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
過去話です。
一応続きます。
八月。世間では夏休み期間と呼ばれるこの月ですが、私も例に漏れずその恩恵を享受していました。夏休みの宿題は初日で全て終わらせましたし、後は本を読んでだらだらと過ごすのも悪くないでしょう。
天気予報によると、今日の気温は35度を超えるそうです。元々インドア派の私でしたが、これでは部屋の外に出る気力すら沸きませんね。
まあ、気温が高くともそうでなくとも、私が休日にやることは変わりありませんが。
「ありすー。麦茶持ってきたよ……もう。人をパシリにしやがって」
椅子に座って本を読んでいると、旭君がドアを開けて入ってきました。麦茶が入ったピッチャーと氷の入ったコップ2つが乗せられたトレーを持ち、倒さないようにゆっくりとテーブルに置きます。
「文句言わないでください。これは約束なんですよ?」
「……はいはい。じゃ、ここ置いとくよ」
「よろしい。素直な子は嫌いじゃありません」
文句を言いつつも、コップに麦茶を注いで勉強机の上にのせてくれる旭君。水滴が垂れないよう、コースターまで敷く気の配り用には感心します。
そんな忠犬旭君を労うべく、私は右手で彼のサラサラの髪の毛を撫でてあげます。
「むぅ……なでんなし」
「ふふふ。良いじゃないですか。ご褒美ですよご褒美。いくら
そう言って微笑むと、旭君は柔らかな頬を赤く染め、鼻を鳴らして私のベッドへ飛び込みました。
異性の寝床に飛び込むなんてはしたないですが、彼も私もまだ小学2年生。これくらいのことは許して差し上げます。
「あ゛ー勝負するじゃなかった! 高校生のはんい終わってるとか聞いてないって!」
「あら? では約束は取り消しましょうか? 私、嘘をつく男性は好きじゃないんですが……」
人の枕に顔をうずめ、くぐもった声を上げる旭君。
ですが私は分かっています。こんな文句を言いつつも、彼は私の嫌がることは絶対にしないということを。
「いいよ! もうっ!」
そう言って、不貞腐れたように、半分ほど進んでいる進んだページを捲る旭君。呼んでいる本は夏目漱石の『こころ』です。
……私が勧めたわけではありませんが、一体どういう心境で読んでいるのかが気になりますね。
そしてそこから数時間。2人の間には一切の会話が流れなくなりました。
出会った当初は年相応か、少し高い位の知能指数だと思っていましたが、今や長時間文学小説を読んでも集中を切らさないくらいまで、旭君は成長しました。私と出会って1年と半年ほどの間です。恐るべき成長曲線と言えるでしょう。
元から天才だったのか、それともまた別の理由があるのかは分かりませんが、もし後者なら彼は私の持論の反例となります。
正直、最初彼はそれほど興味が湧くような存在ではありませんでした。
学校であぶれている……もちろん、意図的にそうしていたわけですが、そんな私にしつこく声を掛けて来るお人好し。それが彼の印象です。……まさかそれが、ここまで化けるとは。
近くで険しい顔をしながら、それでも読み続ける手を止めない旭君。
手元の本を読み終えてしまったためベッドまで移動し隣に座り、彼の太ももをさわさわと撫でました。室内で稽古をしているからか、真っ白ですべすべの触り心地です。しかし指を落としてみると、そこには確かに筋肉の固さを感じます。
「ふふっ、くすぐったいって。なに?」
齢7歳の子供が抱くには早すぎる
ダブルベッドに第2次成長期を迎えていない子供が2人。スペースはいくらでも余っていますが、私は旭君の背中にくっつくように近寄り、その細いお腹に手を回しました。
「いえ。新しい本を読み終えて暇だったので」
「だから俺をくすぐるの? 性格わるー「あら、余計なことを言うのはこの口ですか?」ちょまっ!」
文句ばかりでうるさいので、そのわき腹をくすぐる事で口を閉じさせます。
「あひゃひゃひゃ! くすぐったいよ有栖! ねえって!」
本気で抵抗すれば私など簡単に振り払えるのに、それをしないのは彼の優しさでしょうか。
……そうですね。優しいことは彼の美点ですが、同時に欠点でもあります。
「この前、クラスメイトの沙月さんに告白され振ったと言っていましたが、その後はどうなってるんですか?」
「いひひ! ちょ、くるしい! しゃべれないから!」
このまま尋問を続けるのは難しいため、仕方なくくすぐる手を止めてあげます。ですが脇の下に置いた手は放しません。これで彼も正直に答えるでしょう。
器用に私の手を巻き込まず、その場で体を半回転させる旭君。彼の荒く生暖かい息が私の額に当たるのを感じます。
「で、どうなんですか?」
「んー……ないしょ!」
そう言うと共に、旭君は少しだけ大きくなった体で私のことを包み込みました。
いきなり視界が暗くなり驚いて顔を上げると、旭君はニッコリと笑いながら私の頭を撫でました。
「なっ」
「お返し! これでくすぐれないでしょ?」
そう言って抱きしめて来る旭君。しかし、私が苦しまないようにとその力はとても弱いです。
……一瞬だけでも動揺してしまいました。その事実に、私は少しだけ……ほんの少しだけ苛立ちを覚えました。
「げほっ、げほ……く、くるしいです」
私は旭君の胸に顔をうずめ、上がった口角を隠しながら苦し気な演技をしました。頭の出来がそこそこの旭君は、こんな拙い演技でも騙されてしまいます。……ほら。私を包み込んでいた腕が解放されていきます。
「えっ……ご、ごめん。大丈夫?」
心配そうにのぞき込んでくる旭君。私が嘘をついていることなど疑ってすらいません。
その瞬間今度は私から旭君に飛びつき、もう一度脇の下に手を差し込みます。
「あは、あはははは!」
「引っかかりましたね? 調子に乗っちゃう馬鹿な旭君には、お仕置きが必要なようです」
「だましたな! っもう! あはっ、ははははは!」
そんな、甲高い子供の笑い声が、私の部屋に響き渡ります。
「もうむり! 死んじゃうって!」
────最初は何気ない好奇心でした。無駄にこちらに踏み込んで来ない彼は、一緒に居て不快ではありませんでしたし、何なら私の小間使いとして育ててやろう。そんな意図で彼に激励の言葉を送ってきました。
しかし、彼は私の想像をはるかに超える程成長を遂げてくれました。年相応だった知性と知識は、私が教え込めば込むほどスポンジの様に吸収し、ついには最近中学生の範囲を習い始めました。
ああ。この方は『努力』の天才なんだ。
そう思うのに、それほど時間はかかりませんでした。
そして、彼が空手の全国大会で優勝してから2週間が経ったある日。私はもう一つの
彼の名は綾小路清隆。人工的に天才を作り出すという、非人道的な実験施設の最高傑作と呼ばれる生徒でした。
私は施設の課題を難なくこなす彼を見て、旭君とチェスを
「ダメです。私の気が済むまではこのままですよ?」
理由は単純明快……知りたかったのです。
どちらが勝っても、最終的に私がねじ伏せればいい話です。そうすれば綾小路君も、はたまた旭君も、真の天才とはならず、私の持論を否定する存在には成り得ない。
旭君本人に対して情はありません。あるのは知的好奇心と、ほんの少しの期待だけ。
だから私は、彼が送ってくれた告白の言葉を受け取らなかったのです。
私を振り向かせようと、努力し続けて欲しかった。
そして、将来大人になって綾小路清隆と再会したとき、彼に対して憎悪を抱くように仕向けました。
そして、今も目尻に涙を浮かべ許しを請う旭君に、私は心の奥で冷たい目を送ります。
……育成に必要ない行為ですって? いえ、これは旭君に上下関係を教え込むのに必要な行為です。
「ご、ごめんなしゃい……ひゃ、あははh────」
────目覚まし時計のアラームと共に、脳裏に浮かんでいた、懐かしい映像が途切れました。
「んっ……夢ですか」
何とも懐かしい夢を見ていました。……当時の私は、あんなことを考えていたんですね。
時刻は朝の7時ですが、遮光カーテンによって部屋は薄暗いです。そのため、いつもと違う場所で眠っていたという事実に気が付くのが遅くなりました。
モノトーンを基調とした落ち着いた雰囲気の部屋。嫌いではありませんが、私の趣味ではありません。テレビ台の横に飾られた写真を見るに、ここは旭君の部屋ですね。
「旭君?」
無意識に声を出して、途中で気が付きます。
……そうでした。旭君は、つい昨日2週間の旅行へ行ってしまったんでした。
夜遅くまで映画を見る際は、こうやって彼の部屋で寝落ちすることも多々あります。
その度、私より早く起きた彼は朝食の準備をしてくれます。ホットミルクを用意し、胃が弱い私を気使って、優しくて食べやすい料理を作ってくれるのです。
『おはよう有栖。もう朝食出来てるから、歯磨いてきちゃいな』
ベッドから起き上がると同時に、そんな幻聴が聞こえてきました。……参りましたね。昨日から何も食べていなかったのが祟ったのでしょうか。
『────お前がそんなしょうもない利害をかなぐり捨ててでも、欲しいと思えるような男になってやるよ』
少し前に言われた返事が、ずっと頭から離れませんでした。
真面目で、格好良くて、真っ直ぐな。そんな、私とは真逆の性格の彼が言った。とても高校生が言うとは思えない青臭いセリフです。
「……ばか」
そんな言葉が、無意識に口から出てしまいました。
どうやら脳に栄養が行っていないようです。でなければ、私がこんなこと言うはずがありません。
仕方なく冷蔵庫に入った栄養ゼリーをゆっくりと食べると、段々と頭がさえてきました。
「ええ。旭君が悪いんです。私より、Dクラスの生徒を取った旭君が」
ですが、その偽りの関係ももうすぐ終わりです。
今回のような自由な試験は、彼にとっては最も得意とするものでしょうから。真澄さん達も全力でバックアップしてくれるでしょうし。
「だから、早く帰ってきてください」
そう呟いた私は、彼の匂いが残った掛け布団に顔を埋め、人生初の二度寝をするのでした。
ラブコメ…? ラブコメとは(哲学)
ちゃんと付き合うから! ちゃんとコメディになるから!
と冗談はさておき、振られて精神ぐしゃぐしゃになる坂柳でした。
ちなみに坂柳視点で表現に独特の癖を付けました。どういう意図かを当ててくれたら超喜びます。
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