ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
探索から帰還して半日が経った夜。点呼と洞窟の占領をした後、もう一つのスポットである小屋の占領に向かっていた。
日が完全に落ちた中、光源となるのは月の光だけ。手元のライトが無ければ数メートルの視界もない森の仲、前を歩く生徒にぼやくように呟く。
「普通一日でここまで荒れるもんかね。昨日とは大違いだ」
その内容は食事をした際のクラスの雰囲気について。昨日まではあれだけ明るく楽し気な雰囲気だったのに、先ほどの夕食はお通夜の様に沈み込んでいた。
犯行を疑われている坂柳派の生徒と、葛城派の生徒は不自然な距離を開けて食事をとっていたし、俺もどちらに行けばいいか分からずぼっち飯を決め込んでしまうほどだ。
「……そうだな」
そんな俺の言葉に返したのは葛城君。小屋のスポットを占領する際は彼に必ず同行してもらっている。
1人だと小屋から出てきた所を見られたらおしまいだし、夜に占領するときは事故や遭難が怖い。そのため信用できる葛城君と行動を共にしているのだ。
本当は何人かでローテーションしながら付いて来てもらうのが良いのだろうが、仮に連続で占領するところを抑えられたら俺だけ変わっていないことが浮き彫りになってしまう。
「食料自体は見つけられたから良かったけど、このままあいつらを放置しておくつもりなの?」
あいつらというのはもちろん坂柳派の生徒のこと。今朝の犯行が外部の生徒によるものだと思うほど、葛城君も馬鹿ではない。
「確信できる証拠がない限りは追及はしない。身内を疑い出したらそれこそおしまいだろう」
「そりゃそうだろうけど」
葛城君の言うことにも一理ある。しかし有栖の手から離れている彼らが、次にどんな動きをするのかが分からないのが懸念点だ。あそこまで露骨で追及される可能性を残す行動は、有栖なら絶対に指示しない。これならまだ有栖が指示を出していた方が楽だった。ある程度の行動パターンは予想がつくからな。
味方に爆弾を抱えている時点で、この特別試験を勝利に収めるのは難しいと感じてしまう。
そんなことを考えながら森を抜け、岸に出た俺たちは、足元を照らしながら下へ降りるためのハシゴへと向かう。
少し足を踏み外したら崖下に一直線だ。気を付けないと。
「九条の懸念は分かる。だが試験ももう5日目だ。ここでクラス内を完全に二分にしてしまえば、後の試験にも響くだろう。試験が終われば、皆そのストレスから解放される。そうすればまた元に戻るはずだ」
確かに、慣れない環境で無意識のうちに貯めていたストレスが顕在化したというのもあるだろう。しかし、俺はこの問題を先送りにすることが得策だとは思えなかった。
「……そっか」
だが俺は葛城君の意向に従うつもりだ。特に言い返すこともせず彼の後ろを付いていく。
この判断が吉と出るか凶と出るか、それは誰にも分からない。
そのまま数分程移動を続け、小屋へ到着する。
機械のモニターには『残り1分15秒』と表示されていた。
「よし。時間ピッタリだね」
「ああ。頼む」
試験終了は7日目の正午。累計の時間を換算すると丸々6日となるこの試験では、一つのスポットを多く占領するだけで、他クラスと大きな差をつけることができる。具体的な数としては1日3回の占領×6日、一回当たりの占領で1ポイント獲得できるため、18ポイントも獲得できるのだ。
現在Aクラスは洞窟と小屋のスポットを8時、16時、24時と決まった時間に占領している。今回は5日目の24時の占領となる。
スポットにキーカードと登録した指紋を読み込ませ占領を終える。残り時間が8時間となった事を確認すると、緊張が解けたのか葛城君が小さくため息を吐いた。
そんな葛城君の肩をポンと叩き、扉を指さして話しかける。
「じゃ、帰ろうか」
「そうだな」
小屋から退出しようと振り返ると、まだ手をかけていないドアノブが、独りでにガチャリと動いた。
「────悪いな2人とも。帰るのはもう少し後にしてくれないか」
呆気に取られていると、ゆっくりとドアが開き、1人の男の影が小屋の中へと入ってくる。
窓からの光が差し込まない位置だったため顔は見えなかったが、それを確認することなくその正体は分かった。男の声に聞き覚えがあったからだ。
自然と後ろに下がった俺たちと距離を詰めるように影が一歩踏み出し、その姿が露わになる。
「綾小路……どうしてここに?」
そう。先ほど小屋に入ってきた人物の正体は、俺の友人である綾小路清隆。月明りに照らされたその瞳は、心なしかいつもより淀んで見えた。
「お前は! ……くそっ、つけられていたのか……」
「いいや。待ち伏せさせてもらった。お前たちがこの時間帯に来るのは予想できていたからな」
悔しそうに顔を歪める葛城君に、綾小路は淡々と告げる。……なるほどな。スポットの場所を見抜かれていたのか。
「そうか。で、俺たちに何の用だ。綾小路」
現状をいち早く受け入れた葛城君が、身構えながら綾小路へと問いかけた。
「お前たちに少し協力してほしくてな。このままだと、最悪な形で特別試験を終えることになる」
「……続けろ」
その様子からただ事ではないと察し、綾小路へ続きを促す。
綾小路は一度確認するように周りを見渡すと、小屋の鍵を閉めこちらにもう一歩踏み出した。
「まずは1つ確認させてくれ。『お前達Aクラスは、龍園と何かしらの取引をしているな?』」
「一体何の話だ。仮にそうだとして、それをお前に言う義務は無いはずだ」
「とある筋から、そちらの情報はある程度伝えられている。ここで惚けても無駄だぞ葛城」
あくまでも白を切る葛城君に対し、綾小路は強気な姿勢で言い返した。
『とある筋』というのは坂柳派の生徒だろうか。とするとAクラス内の情報はほとんどが伝わっていてもおかしくない。
「ああ。お前の言う通り取引した。試験初日にな」
「っ……九条!」
あっさりと白状した俺を非難するように声を荒げる葛城君。
「ここで誤魔化しても無駄だよ葛城君。占領したところを抑えられた時点で、俺たちが後手に回っていることは君だって分かってるだろ?」
「くっ……!」
そんな俺と葛城君のやり取りを見た綾小路が言葉を繋く。
「その際に龍園がAクラスに与えた物資は200ポイント分で合ってるな?」
「……ああ」
葛城君も観念したのか、苦しげな表情で答えた。彼にとってこの情報は秘匿しておきたかったものだろう。仮にこの契約が上手く行ったとして、他クラスがせいぜい150ポイント程の中、Aクラスだけは300ポイント近くを残して試験を終えることが出来るからだ。
それが知られれば、Aクラスの勝ち逃げを許さない他クラスで同盟を組まれる可能性だってあるのだ。
答えを聞いた綾小路は、納得したように頷き、顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せた。
「この際誰からその情報を聞いたかは置いておくとして、早く本題に入ってくれよ。帰りが遅いとここに人が来るかもしれないし、協力って何だよ」
「そうだな」
そう急かすと、綾小路はもう一度こちらに目を合わせてきた。
「龍園がクラスの取りまとめに失敗し、Cクラスがバラバラになった話は知っているな? その後ほとんどの生徒がリタイアしたということも」
「ああ」
綾小路の問いかけに頷く俺と葛城君。何しろ綾小路本人から聞いた情報だ。葛城君にも俺が伝えている。Cクラスが今回の試験で敵ですらないということは、Aクラス共通の認識だ。
そんな中、綾小路は衝撃的な情報を伝えてきた。
「だが、
「何だと?」
唐突に語られた新情報に、信じられないと言った様子で聞き返す葛城君。
「無茶苦茶にかき回すって、具体的にはどうするんだよ」
「分からない。だが、オレと堀北が狙われているのは間違いないだろう」
「お前らが……? てか、堀北さんはどうしたんだよ」
一体どういうことだ? 百歩譲って
そう訝しんでいると、綾小路は受け入れがたい事実を述べた。
「堀北は体調を崩して寝込んでいる。恐らくだが、食事に混ぜられた毒物が原因だ。極少量だから現状は落ち着いているが、量を間違えば大事だった」
「は?」
毒物だと? ただの食あたりじゃないのか? というより学校が管理するこの島で、そんな簡単に採取できるものなのか?
そんな疑問が頭を堂々巡りする中、綾小路は初めて表情を悔しそうに歪めた。
学校の試験で同級生に毒を盛る。そんな恐ろしい話も、その表情を見れば真実に思えてくる。
「Dクラスのキャンプ地の近くに、すりつぶしたジャガイモの芽や皮が埋められていた。Dクラスは一切入手していないにも関わらずな。そして、伊吹の鞄にそれが入ってたであろうチャック付きの袋が入っていた。投棄して学校側に調査されることを恐れたんだろう。ご丁寧にしっかり畳んで奥の方にしまわれてた」
「ジャガイモの芽って……大丈夫なのか!?」
ジャガイモの芽には、食べると頭痛や吐き気を引き起こすソラニンが含まれている。確かにジャガイモなら簡単に入手、調理が可能だろうが、芽などには死亡例まで出ている危険な毒物だ。
「本来なら病院へ行くべきだが、堀北がリタイアはしないと聞かなかったからな。しびれや呼吸困難までの神経毒症状は見られなかったから、水分を取らせて吐いてを繰り返させて落ち着いた。今ごろは疲れ切って眠っているはずだ」
「そっか……良かった」
「綾小路も狙われているという話はなんだ。お前も毒物を食事に混ぜられたのか?」
ほっと息を吐く俺と、あくまで状況を把握しようと質問する葛城君。そもそも毒物を混ぜられた話、あまりに荒唐無稽で信じていないようだ。
無理もないだろう。俺と違って、葛城君と綾小路はほぼ初対面だ。
そんな葛城君の質問に、綾小路は答えづらそうに視線を逸らした。
「……ある意味もっと最悪だ。今朝俺の鞄に、軽井沢の下着が入れられていた。犯行の現場は見ていないが、恐らく伊吹の仕業だろう。当然取り乱した軽井沢によって犯人探しが始まった。上手く隠し通せたから良かったが、危うくクラスから追い出されるところだった。下着は燃やして廃棄したから問題ない」
確かにある意味では一時の食中毒の方が100倍マシだ。下手をすれば一生下着泥棒の濡れ衣を着せられて、3年間後ろ指をさされて生活しなければならない。
「だが、龍園がここで終わるとは思えない。最後の最後に各クラスに仕組んだ爆弾を爆発させるだろう」
そう言って、綾小路は頭を下げてきた。
「────頼む2人とも。堀北とオレを助けてくれ」
他人に頭を下げて何かを頼むという、当たり前の行動をしてくる綾小路。しかし、俺はそんな綾小路の行動が意外に思えてしょうがなかった。
詳しい事情や背景は分からないが、綾小路は人にあまり信頼を寄せず、隠し事を多用する節がある。……きっと、有栖に見定められたほどの実力を持っているのなら、龍園君の謀略くらい、1人で解決させられるだろう。
だがそんな綾小路が、友人である堀北さんを助けるため、友人である俺を頼ってきた。それは、綾小路にとってはかなり悩みに悩んだ決断だったはずだ。だが、結果的に勇気を出して俺たちに協力を依頼している。
────なら、俺がとるべき行動は1つしかない。
「逆にこっちから頼みたいくらいだ。あのヤンキー上がりに目にもの見せてやろうぜ」
そう言い放つと、綾小路は驚いたように頭をあげ、こちらを見つめてきた。何だよその顔。俺が断るとでも思ったのか?
そんな綾小路に対し、葛城君も続けて語る。
「お前の話を信じたわけじゃ無いが、俺は九条を信用している。その九条が信じると言うのなら俺も協力しよう。具体的に何をすればいい?」
「……! すまない。恩に着る。お前たちにはまず────」
そんな作戦会議の末、俺たちは各自行動を始めることとなった。
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綾小路がキャンプ地に戻ってから少し後、寝静まったDクラスの女子達が眠るテントの中で、1人音を立てることなく起き上がる影があった。
「ん……あれ? 伊吹さん どこに行くの?」
極力周りで眠る生徒を起こさないようにしていたのだろうが、人数の関係からすし詰め状態テントの中ではそれは叶わなかったようだ。
「……トイレ」
眠そうな櫛田に話しかけられた伊吹は、櫛田の目をジッと見つめて小さく言い返す。
「そっか……ごめんね、話しかけちゃって」
「いいよ別に。じゃ」
矢継ぎ早に話を切り上げテントから出た伊吹は、周りを確認しながら森へと向かい、小走りで地面を踏み鳴らしていく。灯りも手元のライト一本を足元に照らすだけの弱いものだったが、彼女の足取りに迷いはない。
そして10分ほど移動し続けた後、特に木が生い茂っている場所へと到着する。
「はぁ……はぁ……チッ」
真夜中の森を走り続けてきた伊吹の息は荒い。
息を整えるためその場で一度立ち止まると、伊吹はその奥へと足を踏み入れた。そのまま少し歩くと、茂みの奥に小さな明かりが見えてくる。
森を抜け開けた場所に出ると、そこには焚火をする5人の生徒の姿があった。
「遅かったじゃねえか」
「うっさい。こっちだって色々大変なの。優雅に引きこもってるあんた達と違ってね」
「大局を見据えて待機してるんだよ。俺がわざわざ出張る必要は無いだろ?」
焚火越しの真ん中から伊吹に話しかけるは龍園。伊吹の嫌味も全く意味をなしていないようだ。
「お前も食うか? これ案外イけるぜ」
そんな龍園の隣に座る石崎が、串に刺し焚火で焼いた蛇を伊吹に差し出した。
「誰が食うかそんなもん」
石崎の素朴な提案をきっぱりと断る伊吹。Dクラスから十分な量の食事を与えられている彼女にとって、そんなものを食べるのは信じられないといった様子だ。
「で、どういう状況だ。報告しろ」
「堀北への攻撃は成功。容態は落ち着いてるけど、多分しばらくは動けないし、周りが休ませると思う」
「綾小路は?」
龍園の問いかけに、伊吹は気まずそうに視線を逸らして呟いた。
「……失敗した。軽井沢の下着を入れて騒ぎを起こすことは成功したけど、肝心の綾小路の鞄から下着は出てこなかった。女子が調べる前に男子だけで確認する時間があったけど、その時に隠されたのかもね」
誤魔化すことなく素直に失態を報告する伊吹。普段反抗的な姿勢を見せつつも、しっかりと仕事は行う所が、龍園が彼女を買っているところだった。
「チッ、まあいい。どうせDの雑魚どもは内部分裂寸前。鈴音への攻撃も成功した。目標は達成済みだ。後は少し手を加えてやれば面白いように転がるだろうな」
上機嫌に語る龍園に対して、伊吹は未だ懐疑的な様子を見せている。
「……本当にやるのか? 私は反対だ」
「今更なに日和ってんだ伊吹? テメェがあれだけ喚くからこっちも手間かけて準備してやったんだろうが。持ってこい」
龍園は隣で黙々と食事を済ませるアルベルトに指示を出すと、アルベルトは龍園たちが寝泊まりするために置いたであろうテントから、何やら数多くの物品を抱えて持ってきた。
「これは……!?」
その内の一つである細長い棒のようなものを持った伊吹は、驚きの表情を龍園へと向けた。
「少々大人気ねえだろうが、相手が相手だからな。念には念をだ。これで文句は無ぇだろ」
「……良いけど。やり過ぎないようにしろよ」
「はっ、誰に言ってやがる」
伊吹の警告に、龍園は鼻で笑って返答した。
(くそっ、どうしてこうなった……)
伊吹は、目の前で殺意を燃やし続ける龍園を見て、自分の行いが取り返しのつかない状況まで持っていってしまったと改めて自覚した。
そんな彼女の後悔を知ってか知らずか、龍園はこれからの展開を想像しほくそ笑む。
「────今回の試験のターゲットは九条旭だ。あいつを叩き潰せば、もう坂柳も敵じゃない。どっちが上なのか、その身をもって分からせてやるよ」
今回の試験を裏で操る黒幕が、ついにその重い腰を上げた瞬間だった。