ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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決裂

 

 

 

 金田君からの言葉を聞き、学校側に緊急の連絡を行うため、腕時計を操作しようと試みる。しかし、俺の右腕を掴む形で、それを阻む生徒がいた。

 

「……鬼頭君」

 

「……すまない」

 

 腕を片手で握るようにして抑えたのは鬼頭君。体格差の為かかなり力が籠っている。振り払うことも可能だろうが、ここは大人しく話を聞くとしよう。

 

「申し訳ありませんが、先生への通報は勘弁していただきたい。といっても、緊急通報は誤作動防止のため、画面を開いてから5秒以上長押しする必要があります。それまでにあなたを無力化することは、それほど難しくないと思いますよ?」

 

 金田君の両隣に立つ、恐らくCクラスであろう生徒が、一歩こちらに近づいた。金田君と違いこの2人はかなり恵まれた体格をしている。

 恐らく綾小路が言っていた、島に残された武闘派の生徒だろう。

 

「何も難しいことは言っていないはずです。あなたが持つキーカードを一度見せていただくだけです。と言っても、()()()()()()()()()ですが」

 

「……は? どういうことだよ」

 

 この場に居る2人ではなく、綾小路と堀北さんを人質に取っている、龍園君の所へ向かえと言って来る金田君。

 ……なるほど。ある程度あちらの動きは読んでいたつもりだったが、()()()()()()()()()()

 

 そう思った俺だけじゃなかったようで、橋本君が理解できないと言った様子で問いかけた。

 

「あなた達がどう思っていたのかは知りませんが、今回の試験において、()()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()。坂柳派の皆さんも、Dクラスの生徒二人もあなたを釣るための餌でしかありません」

 

 毅然とした態度で、そう言い放つ金田君。

 

「ふ……っざけんな! 坂柳との契約にも反するだろうが!」

 

「いいえ。契約には何ら反していません。2人は元々()()()()で話を進めていたんですから。まあ、九条君に対する扱いを明確に決めていなかったのは坂柳氏のミスでしょう。あれだけ頭が回っても、精神が不安定では、全力は発揮できないみたいですね」

 

 渦中の俺を置いて、言い争いを始める橋本君と金田君。この様子を見ると、坂柳派の生徒達は、まんまと龍園君にしてやられたということだろうか。

 隣に立つ鬼頭君も、状況が理解できないのか呆気にとられている。

 

「俺が龍園君の所に行かなかった場合、堀北さんたちはどうなるのかな?」

 

「さあ。僕には分かりません。ただロクな事にならないのは間違いないでしょうね。なにせあの龍園君ですから」

 

 そう淡々と返す金田君。あくまで暴力行為は龍園君に任せ、自分は交渉に徹するつもりだろう。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつき、腕時計の緊急通報機能を使おうと画面を開く橋本君。

 彼らの協力関係は、一瞬にして破綻してしまったようだ。

 

「やめておいた方が良いですよ。仮にこの場が教師によって抑えられ、2人が助け出されたとしても、全員が計画的に暴力事件を起こしたことに、何ら変わりありません。そうでしょう? 綾小路清隆と堀北鈴音を襲い、人質にするという計画を、あなた達は知っていて協力したんですから」

 

「ふざけんな! 姫様の目が届かないところで、土壇場で作戦を変えたのはお前らの方だろうが!」

 

「何を言うかと思えば。一週間もの猶予があったのに、あなた達がキーカードの一枚すら持ち出せていないからこうなったんですよ? まあそもそも、龍園君の標的が九条君だった時点で、このような結果になるのは確定していましたが」

 

 金田君を睨みつける橋本君。その視線を一切気に留めることなく、逆に労うような言葉を返した。

 

「橋本君。あなたはよくやった方だと思います。坂柳氏と龍園君の交渉を仲介し、この一週間リーダーが居ない坂柳派を取りまとめ、無茶振りともいえる龍園君の命令を、完璧にこなしきったんですから。実際、僕ですら龍園君の目的を知ったのは、つい先日のことですし」

 

 ────恐らくだが、橋本君たち坂柳派は、この6日間龍園君の指示を受けて行動していたのだろう。そう考えれば、先日のクラスに対する無理筋な妨害行為にも納得がいく。

 そしてその目的は、今回の特別試験においてAクラスの敗北。葛城君の影響力を落としたい坂柳派と、ポイントを多く獲得したいCクラス。お互いの利害は一致している。

 

 Dクラス、Bクラスにスパイを送ったのも、リーダー情報を持ち出すためで間違いないだろつ。当初Aクラスにスパイが送られなかったのは、葛城君がそれを受け入れる可能性が低いからだと考えていた。だがそもそもその時点で、橋本君たちからリーダー情報を受け取っていたのだろう。

 しかし、いくら協力関係とはいえ、ただ口頭でリーダーを伝えられても、おいそれと信用できるわけがない。龍園君は俺がリーダーである証拠を要求したはずだ。具体的には、キーカードの現物または写真を。

 

 だがそこで、坂柳派にとって想定外の事態が二つ発生した。

 一つは俺からキーカードを盗むことが出来なかったこと。起きているときはもちろん、寝ているときも持っていかれないように、枕代わりに使っていたカバンの底に隠していたのだ。ポケットから取り出すならともかく、頭をどかして鞄を漁るのは容易ではない。

 そしてもう一つが、龍園君の目的がリーダー情報ではなく、俺の身柄だったということ。

 

「……じゃあ何。私たちは、体よく龍園に利用されたってこと?」

 

 いつもと同じく、ふてぶてしい口調で問いただす神室さん。しかしその声は何処か震えている。

 きっと、龍園君の本当の目的を知っていたのなら、彼らだって協力はしなかっただろう。友人として付き合い始めたのは特別試験が始まってからの短い間だが、彼らがそこまでの悪人とは到底思えない。

 

「その通りです。心中お察ししますよ神室さん。派閥のリーダーである坂柳氏は、心身虚弱によって弱体化。彼女の個人的な色恋沙汰に巻き込まれた挙句、全てが龍園君の掌の上で転がされていたんですから」

 

 神室さんの問いに答える金田君。わざわざ交渉役として彼をここに連れてきたのも、この状況を想定してのことだろう。

 それほどまでに金田君の返答はスムーズで、同時にこちらの神経を逆なでするような、心底腹の立つ言い方だった。

 

 そんな金田君の言葉を聞いた橋本君が、吹っ切れたように肩を震わせて笑い出す。

 

「はっ、ははっ……こりゃひどい失敗だな。姫様になんて言われるか分かったもんじゃねえ」

 

「……橋本」

 

 そのあまりに惨めな様子に、堪らず声をかける神室さんだが、その声が届くことはなかった。

 

「ま、そういうこった。お前らは九条を見捨てて大人しく帰るんだな。龍園さんの取引に甘んじて油断してたお前らにはお似合いの結末だ」

 

 項垂れる橋本君に、用心棒であろうCクラスの生徒は、払うように手を振る。

 そして俺を睨みつけながら、嘲笑うように発言を続けた。

 

 

 

 到底見過ごすことの出来ない、最低最悪な発言を。

 

 

 

「こんな教師の目が行き届かない試験が用意されてる時点で、学校側は暴力を肯定してるようなもんなんだよ。そんな試験でよぉ……

 

 

 

 

 

 

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()、龍園さんに勝てるわけがないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

 

 橋本は、その言葉を発した生徒が誰かを、すぐに判別することは出来なかった。

 声に聞き覚えはあった。この特別試験中行動を共にし、好感が持てると思っていた人物の声とそっくりそのまま。全く同じだったからだ。

 

「訂正しろよ」

 

 しかし、その人物……九条が発したと判断するにはあまりにも、底冷えした、おぞましい声だった。

 

「何だよ? とうとうキレたか九条? 今ココでぶん殴ってやってもいいんだぜ?」

 

 身の凍るような言葉を向けられたCクラスの生徒は、臆することなくさらに挑発を行う。

 彼が元からそういう質の人間だったのもあるが、Cクラスの生徒が九条をここまで恨む背景には、須藤事件が解決してから今まで、龍園が流したプロパガンダが原因だった。

 

「テメェのせいで、龍園さんに預けてたポイントがすっからかんになって、腹立ってんだよコッチは!」

 

『自分たちの生活が困窮しているのは、九条がポイントを奪ったせい』ここまで露骨な言い方はしていないが、龍園は賠償金を支払ってから、クラスメイトがそう思う様に手回しをしたのだ。龍園が須藤事件を引き起こさなければこんな事にはならなかったのだが。

 もちろん、当初は龍園を責める声の方が多かった。しかし、龍園の巧みな話術と独裁者顔負けの指導力を活用し、そのヘイトを九条に向けることに成功した。

 

 要はただの責任転嫁だが、ポイントを奪われた側である自分たちが貧相な暮らしをし、当の九条は100万近くのポイントを保有している。直情的な生徒が、憎しみの感情を抱いても何らおかしくない。

 結果として、現状Cクラスの生徒の半数弱が、九条に対して大なり小なり悪い印象を抱いている状態となった。そしてそれは、龍園に対する盲信が強い生徒ほど、強くなる傾向にある。もちろん、この場にいる金田を筆頭に、例外も存在するが。

 

「早く連れて行かないと、殴られるのは僕達ですよ。木下君」

 

 そんな異様な雰囲気が取り巻くCクラスでも、あくまで金田は自分のクラスが上に上がるため。そして暴力を振るわれるのが嫌だからという理由で協力している。

 しかし、先程坂柳を侮辱した木下という生徒は、植え付けられた九条に対する恨みと、龍園に対する妄信のような感情から、今回の謀計に加担していた。元々他者に暴力を振るうことをためらう性格ではなかったため、龍園との親和性も高い。

 そんな木下が、金田の警告を聞かず、九条に詰め寄った。

 

「聞こえなかったのか? 訂正しろと言ったんだよ。……ああ、猿に言葉は通じないか。これは失敬」

 

 だが臆することなく、九条はもう一度強く言い放った。

 

「んだとテメェ────ッガァ!?」

 

 その言葉に激高した木下が、拳を振るおうとしたその瞬間、爆発と錯覚するような大きな破裂音が辺りに響いた。その瞬間木下の体が奥へと吹き飛ばされる。

 そのまま木下は木に背中を強く打ち付けられ、苦悶の声と共に気を失った。

 

「な!? ……吉田君!」

 

 その光景に驚きつつも、金田はもう一人の吉田という生徒に指示を出す。

 反射的に飛び掛かる吉田だったが、振り向きざまの後ろ回し蹴りが吉田の顎を掠める。脳震盪を起こした吉田は、起き上がろうとして倒れる行動を数回繰り返し、完全に平衡感覚を失い、地面に横たわった。

 

(この視界とぬかるんだ足場でここまで的確に!? 伊吹さんが言っていたのは決して大げさではなかった!)

 

 2人が無力化されたとほぼ同時に距離を取った金田は、右ポケットからトランシーバーを取り出し、予め繋いでいた周波数に接続する。決して遅い反応だったわけではなかったが、気が付いたときには、懐に入り込んだ九条にその右手を掴まれていた。

 

「がはっ!?」

 

 上下反転する視界、そして背中に感じた強い衝撃によって、金田は投げられたことを認識した。

 そのまま馬乗りになった九条は、金田の胸ぐらを掴み、右拳をふるい上げる。

 

「数と場所は?」

 

「……え?」

 

 殴られると思っていた中、唐突に投げかけられた質問に、金田の思考が真っ白に染まる。その瞬間、九条は金田の顔すれすれに拳を振り下ろした。

 ドンという鈍い音と共に、金田の横眼に拳型に深く凹んだ地面が映る。

 

「仲間の数と場所は?」

 

「……こ、ここから北北東に300m程向かった先に7人、です」

 

「よこせ」

 

 そう言うや否や、九条は金田の手からトランシーバーを取り上げる。そしてそのまま口元に寄せて声を発した。

 

「おい、聞こえてるかクソ野郎」

 

 少し遅れてノイズと共に声が返ってくる。

 

『よう。随分と暴れたみたいじゃねえか。こっちまで音が入ってきてるぜ』

 

「綾小路と堀北さんは無事だな?」

 

『おう。2人とも10人で囲ってやったら大人しくお縄に付いたぜ』

 

「1分待ってろ。その間その2人に手出したら殺す」

 

『ククク……威勢がいいじゃねえか。1分遅れるごとに一発こいつらに制裁を与える。せいぜい遅れるなよ?』

 

 その言葉を聞き、九条はトランシーバーを投げ捨てる。

 

「……チッ」

 

 金田の言っていた方向へ向かおうと足を踏み出す九条だったが、それに待ったをかける者がいた。

 

「待てよ! ……お前、本当に一人で行くつもりなのか?」

 

 先程よりも強く打ち付ける雨に打たれ、それでも進もうと足を止めることはない。そんな九条に対し、橋本は理解できないと喚いている。

 

「時間が惜しいんだ。話は後にしてくれないか?」

 

「無茶だ! 相手は7人だぞ!? しかも全員武器だって持ってる! リンチされに行くようなもんだろうが!」

 

「……ああ。先生を呼ぶべきだ。相手もただの素人じゃない。……俺達も、ケジメとして罪を受け入れる」

 

 橋本に続いて、鬼頭も説得に参加する。

 2人の様子を見た九条は、何を思ったのか小さく笑いだした。

 

「ふっ……はははっ。随分と、心配してくれるんだな? お前ら」

 

「……何が、おかしいんだよ」

 

「綾小路と堀北さんのことはいいのかよ? 随分ノリノリだったよな?」

 

 その問いかけに、何も言い返せないと口を塞ぐ橋本。

 

「実際に暴力は振るわれてないからいいのか? あいつらは今もこのクソ冷たい雨の中、いつ殴られるかも分からない恐怖に襲われてんだよ。自分たちの都合で周りに迷惑をかけて、葛城くんだってそうだろうが。それで俺には行くなってか?」

 

「それは……っ!」

 

 正論だ。九条の静かなる怒りを受けた生徒は皆、そう思ってしまった。

 辺りには、強い風と雨が木の葉を擦り合わせ、打ち付ける音しか響いていない。

 

「有栖のことも含めて、今回のケジメは俺がつけてやる。これで、貸し1つだからな」

 

 九条はそのまま、彼らの返事を待つことなく駆け出した。

 

「九条! ……くそっ」

 

 咄嗟に名を呼ぶ橋本だったが、時すでに九条は森の遥か奥へと移動しており、その背中は見えなくなっていた。

 

「……最悪」

 

 再び沈黙を取り戻した坂柳派の生徒。その中で、神室は1人小さく呟く。

 その言葉が誰かに向けたものなのか、それとも自身に向けたものなのか……それは彼女自身にも分からなかった。

 

 

 

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