ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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弱点

 

 

 

 龍園に拘束され、計画の全貌を聞かされた綾小路は、Cクラスの生徒に囲まれながら思考をめぐらせていた。

 

「随分と余裕そうだな? 綾小路」

 

 そんな綾小路に話しかけるは龍園。この絶体絶命な状況で、取り乱さない肝の座り方に興味を抱いたのだろうか。覗き込むようにして視線を合わせた。

 

「内心ビクビクだけどな。喚き散らしても疲れるだけだし、それでお前らをイラつかせて殴られでもしたら、それこそ本末転倒だろう?」

 

「はっ、違いないな。だが九条のヤツが来なかった場合は、見せしめとしてお前らを殴る。覚悟を決めておくんだな」

 

 そんな綾小路の答えが気に入ったのか、龍園は上機嫌に笑う。

 

(……割と好い印象を持たれている気がするんだが、これは一体何なんだろうか)

 

「それに対してお前はいい顔するじゃねえか。なぁ鈴音?」

 

「……」

 

 こういう場面で、真っ先に喧嘩を売りそうな堀北だが、今回は綾小路の指示を受けたのか口を開くことはない。

 

「ふん、まあいい。もう少しで金田から連絡が入る。せいぜい楽しみに待ってるんだな」

 

 そのとき、まるで合わせたかのようなタイミングで龍園の持つトランシーバーにノイズが走る。

 場の空気が張り詰める中、一番最初に聞こえてきたのは、予定通り金田の声だった。

 

『がはっ!?』

 

 しかし、内容は凄惨たるものだった。

 突如聞こえてきたのは金田の呻き声と、何かが勢いよくぶつかったような音。ただ事では無い。

 浮ついていた龍園の表情が引き締まる。

 

『おい、聞こえてるかクソ野郎』

 

 ノイズと共に聞こえてきたのは、持ち主の金田ではなく九条の声。

 状況をいち早く理解した龍園が、それに返答する。

 

「よう。随分と暴れてくれたみたいだな? こっちまで音が入ってきてるぜ」

 

『綾小路と堀北さんは無事だな?』

 

「おう。2人とも10人で囲ってやったら大人しくお縄に付いたぜ」

 

『1分待ってろ。その間その2人に手出したら殺す』

 

「ククク……威勢がいいじゃねえか。1分遅れるごとに一発こいつらに制裁を与える。せいぜい遅れるなよ?」

 

 数回のやり取りが行われた後、九条はトランシーバーを投げ捨てたのか、大きなノイズが入った。

 恐らく、金田たちを撃退したのだろうと考える綾小路だったが、予想外だったのは九条の声色と、荒々しい口調だった。

 

(……九条キレてないか?)

 

 そう。龍園がアクションを起こしたタイミングで、こちらに合流することは彼の計画の内だった。つまり、話が順調に進んでいることに違いはないのだ。

 しかし、無線越しに聞こえてくる九条のただならぬ様子に、綾小路は困惑を隠せない。

 

(というより、この視界と森の中、300mを1分で来るつもりか? 制裁食らうのは嫌なんだが)

 

 隣では、律儀に石崎が時間を測っている。

 普通に300mを1分で走り切るのも、そこそこの労力を必要とするのだ。場所もはっきりとわかっておらず、なおかつこの暗い森の中を移動するのは容易ではない。

 

 

 

 

 

「……もうそろそろ1分経つころスけど、ほんとに来るんですかね?」

 

「さあな。これで迷ったならお笑いだが……間違いなく、九条のやつはここに来る」

 

 啖呵をきったものの、本当に来るとは思えないと問いかける石崎。しかし、龍園は無線越しにやり取りした九条の様子から、このまま逃げ出すことはないという確信を持っていた。

 

「……彼を、九条君をどうするつもりかしら?」

 

「それはあいつ次第だな。土下座して俺に忠誠を誓うなら、無事に返すのも悪くは無い。そうすれば坂柳ももう敵じゃねぇ」

 

 木に寄りかかりながら、ニヤニヤとした笑みを隠そうともせずに語る龍園。

 

「……とことん下衆な男ね」

 

 そんな龍園に対し拘束されているにも関わらず、堀北は臆することなくそう言い放った。

 

「テメェ、俺らが九条の野郎との約束を律儀に守ると思ってんのか? 今すぐその口を聞けなくしてやってもいいんだぞ?」

 

 その発言に苛立った石崎が、両手足を拘束された状態の、堀北の胸ぐらを掴んで引っ張りあげる。

 

 

 

 そのとき、その様子を見ていたCクラスの生徒の1人が、石崎の背後の木が、ガサッと音を立てて揺れたことに気がついた。

 

 

 

「おい石崎────「ギャッ!?」」

 

 念の為と声をかけるが次の瞬間、隣に立ってきた石崎が、飛び込んできた影に蹴り飛ばされた。

 

 驚く暇もなく、綾小路と堀北は腹を片手で抱えられ、強い力で引っ張られた。それと同時に、先程まで自身を囲むように組まれていた、包囲網の外側に連れ出されていることに気がついた。

 

「ごめん。ちょっと遅れたかも」

 

 2人の間で呟いたのは、先程まで龍園を口汚く罵っていた九条。

 石崎に不意打ちを食らわせた後、綾小路と堀北を両脇に抱え、飛び退くように距離を取ったのだ。

 

「……いいえ、多分、時間ピッタリよ」

 

 状況が呑み込めていないのか、複雑そうな表情で返す堀北。

 窮地を助けられた人間の反応としては、0点もいい所だろう。しかし、綾小路はそれも無理はないと同情してしまった。

 

(……あの距離を50秒で到着した上、合わせて100kgは優に超えるオレと堀北を抱え、一瞬で5m以上を後ろ足移動するだと? どんな身体能力をしてるんだ?)

 

 その化け物じみた身体能力を駆使し、獣のように木々の間を縫って移動した九条。試験初日に綾小路が見た、高円寺の動きと比較しても、何ら遜色のない動きだった。

 

「いきなり不意打ちとは必死だな九条? ……おい、いつまで寝てやがる石崎」

 

 そんな九条に真正面から近づくのは龍園。ふてぶてしい態度で話しかけた後、足元に転がっている石崎を軽く蹴り飛ばす。

 

「痛、ってぇ……すいません。龍園さん」

 

 九条に蹴られたであろう右肩を抑えながら、石崎はやっとの想いで立ち上がった。

 

「……鈍ったかな。頭を蹴っ飛ばすつもりだったんだけど」

 

「いや、お前木の上から飛び蹴りしてただろ。頭に当ててたら間違いなく死んでたぞ」

 

 サラッと恐ろしいことを呟いた九条に、綾小路は辟易としながら突っ込む。

 

「……冗談だよ。冗談」

 

 友人の意外な一面を見れた嬉しさ半分、怒らせたらこうなるという畏れ半分の感情を抱きながら、綾小路は両手足を拘束していたガムテープを引きちぎった。

 

「なっ!」

 

 その光景を見ていたCクラスの生徒が、驚いたように声を荒らげる。九条の身体能力に驚く彼もまた、限界を超えた鍛錬によって常人の域を遥かに超えているのだ。

 

「で、どうするんだ?」

 

 そんな綾小路が、隣で臨戦態勢を整えている九条に声をかける。曖昧な質問だったが本人には伝わったようで、1歩前に踏み出して手首を回した。

 

「俺一人でやる。堀北さんを守ってくれ」

 

 病み上がりの堀北を気使う提案だった。

 

「一人でだぁ? お前、この状況が見えてねぇのかよ」

 

「ククク……よほど自分の実力に自信があるのか、それとも周りが見えてねぇのか。どっちなんだろうな? おいお前ら、手筈通りだ。さっさと動け」

 

 そう言いながら肩を回す九条に対し、石崎と龍園は余裕の表情を隠さない。

 龍園の言葉を聞き、各自武器を取りだして散開する6人のCクラスの生徒。その中心に立つ龍園は、右手に持った木製の棍棒を九条へと向ける。

 

「せいぜい楽しませてくれよ? 九条」

 

 戦いの火蓋が今、切られようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「まずは小手調べだ。石崎、アルベルト」

 

 自身の両脇に立つ石崎とアルベルトに指示を出す龍園。支持を受けた2人は、左右から九条へと肉迫する。

 

(石崎が右手に六尺棒。アルベルトは無手。どちらも2.3発貰えば自由に動けなくなる)

 

 ふつふつと腹から湧き出る激情を自覚しながらも、九条は冷静に目の前の敵について思案していた。

 

「さっきは蹴り飛ばしやがって……っおらぁ!」

 

「……」

 

 同時に殴りかかってにた2人の攻撃をいなしつつ、九条は頭を回し続ける

 

(石崎の方は喧嘩慣れした素人。特に脅威じゃ無い。だが……)

 

「……!」

 

 小さく息を吐きながら、常人離れした太さの腕をコンパクトに振るうアルベルト。

 その拳を最小の力で的確に払い、打点をずらす九条。

 既に五度の応酬を繰り返した両者は、互いの力量の高さを認めあっていた。

 

「……great」

 

(こいつは厄介だ。スタイルはボクシングのインファイター。素人じゃない上、体重差も5階級はある)

 

 ────どのような格闘技においても、階級分けというものは最も重要なルールのうちの1つである。例えばボクシングの階級分けは17種類。下は48kg以下のミニマム級から、上は91kg以上のヘビー級までが存在する。

 九条と相対するアルベルトは体重100kgを優に超える。ボクシングの階級でいうならば、最も重いヘビー級ということになる。

 対して九条の体重はどんなに見積っても70kg。ミドル級にすら及ばない。

 

 一つ上の階級に行くだけでも、世界チャンピオンが成績を残せなくなるなんてことがあるほど、体重の優位性は絶対的なのだ。

 しかし、今彼らが行っているのはボクシングの試合ではなく、何でもありの喧嘩である。いくら体重差が大きかろうが、付け入る隙がない訳ではない。

 

 一向にダメージを与えられない現状に焦ったのか、アルベルトは大振りの右ストレートを打つために身を後ろに捩る。鍛え上げられた体幹からのスワップは一瞬だった。

 しかし、その一瞬を九条は見逃さなかった。

 

「勇み足だな」

 

 懐に潜り込み、アルベルトが後ろに引いた右拳を、押さえつける九条。

 そのまま押し切ろうとするアルベルトだったが、まるでコンクリートの壁を殴ったかのような、強い反発が伝わった。

 

 九条は体の捻りが運動エネルギーとして伝わる前、つまり初動にアルベルトの動きを抑えた。

 そんな状況で体制が整わない中、無理やり力を伝えようとすると、反作用で体が後ろに飛ばされるのは必然。

 繊細な体重移動が求められる、合気の技の応用だった。

 

「!?」

 

 バランスを崩し後ろに下がるアルベルト。九条は更にもう一歩踏み込むと、左中足での前蹴りを鳩尾に差し込んだ。

 バキッ! という乾いた音が辺りに鳴り響く。

 

 どんなに体が大きくとも、防御しきれない弱点という物が人間の体には存在する。

 その中でも、九条は比較的後遺症が残りづらく、かつ迅速に無力化できる鳩尾を的確に狙った。

 想定ではアルベルトは横隔膜を強打し、呼吸困難を引き起こす予定()()()

 

「(? 手ごたえが無い。それに俺は、何を蹴った……)なっ!」

 

 九条の渾身の蹴りを立って受け止めたアルベルトは、吹き飛ぶこともうずくまることもなく、そのまま突き出された足を掴んでいる。

 それと同時に、アルベルトのジャージの中から、二枚に割れた木の板が地面にガランと音を立てて落ちた。

 

「チッ、姑息なことしやがって」

 

 その板には九条も見覚えがあった。

 ポイントを使ってレンタルできる、木製の調理用のまな板そのものだったからだ。

 

「備えあれば患いなしってことだ。その手、放すんじゃねえぞアルベルト」

 

「Yes, Boss」

 

 厚さ2㎝は優に超える木材の板を、真っ二つに割った九条の蹴りの強さに感心する龍園。

 片足を掴まれて動けない九条に、龍園は手に持った棍棒を振り下ろした。

 

「馬鹿が」

 

 九条は後ろを見ることなく、振り下ろされた棍棒を片手で逸らし、上半身の力だけで龍園を投げ飛ばした。

 

「チッ! 化け物が……!?」

 

 辛うじて空中で体勢を立て直した龍園だったが、次の瞬間、九条の足を掴んでいた、アルベルトが地面に横たわる光景が目に入った。

 一瞬の出来事だったため、何が起こったか分からないと思考停止する龍園。しかし、その一連のやり取りを見ていた伊吹は心の中で悪態をついた。

 

(アルベルトの顔面を蹴り飛ばしやがった! ……片足を掴まれた状態で!)

 

 捕まれた左足を支えとして、地面に付いた右足をアルベルトの顎に当てた九条。

 意識外から顎を狙った攻撃、アルベルトと言えども堪えたようで、九条の左足が解放される。

 

「アルベルト!」

 

 慌てて伊吹が駆け寄るが、呼びかけてもアルベルトはうめき声を上げるだけだった。

 

「龍園! 早くっ!」

 

「喚くな。テメェら全員でかかれ! 容赦すんじゃねえぞ!」

 

 伊吹の決死の呼びかけに答えた龍園。号令を皮切りに、展開していたCクラスの生徒が一斉に九条に肉薄した。

 

「人をマンモスみてぇに扱いやがって!」

 

 そんな悪態をつきながらも、九条は冷静に対応策を練っていた。

 

(バット長の棍棒を持った近接が2人、六尺棒を持った中衛が2人、アルベルトは無手として、残り2人はどこに行った?)

 

 近接に伊吹と龍園、中衛に石崎ともう1人、未だ倒れているアルベルトを除くと、合計7人いるはずのCクラスの生徒が2人ほど足りない。

 残った2人に不安を覚える九条だったが、龍園たちの攻撃を捌くので手一杯だった。

 

「おらおら! さっきまでの威勢はどうしたんだ九条!」

 

 六尺棒(180㎝ほどの木材で出来た丸棒)を持った中衛が刺突や殴打によって動きを制限し、そこに伊吹と龍園が棍棒、時には蹴りで攻撃を加える。

 要は人数差によるゴリ押しというシンプルな戦略だが、だからこそ戦いづらかった。

 

(後ろには石崎ともう1人、距離を取ろうにもこいつらが邪魔だな)

 

「いい加減、諦めなさいよ!」

 

 九条の反撃が無いことで勝ちを確信したのか、それとも勝負を焦ったのか。伊吹が龍園を遮るように踏み込んでしまい、一瞬だが攻撃の手が半分になる。

 その瞬間、九条が更に前へと踏み込む。すると足元が不安定な中で、抑えるものが無くなった中衛2人が、ドミノ倒しのようにバランスを崩した。

 

「チッ!」

 

 石崎が転んだことを流し目で確認すると、九条はターゲットを、中衛のもう一人のCクラスの生徒へと変更した。

 手始めに、前方の伊吹の左胸に、ぐっと手を押し付ける九条。

 

「ちょ、どこ触って……がっ!?」

 

 この期に及んで何をしようとしているのか。そう思う伊吹だったが、次の瞬間、体に走った衝撃によって吹き飛ばされた。

 ゼロ距離から衝撃を与えるジークンドーの代名詞、ワンインチパンチである。心臓の鼓動に合わせて送られた衝撃は、伊吹の運動機能を一時的に著しく低下させることとなった。

 その衝撃は人体だけに留まらず、後ろに居た龍園を巻き込み、地面に倒れる伊吹。

 

「龍園さn「よそ見してんじゃねえよ」!?」

 

 呆然と立ち尽くすCクラスの生徒。九条は彼の持つ棒を両手で掴むと、その鼻頭に頭突きをかまし怯ませ、膝蹴りを腹に突き刺した。

 

「────っ!?!! ごっ、お゛えぇ゛ぇぇえ!」

 

「汚ねぇな」

 

 堪らず胃の中のモノを全て吐き出すCクラスの生徒。

 

「まずは1人……────っ!?」

 

 足元でうずくまる生徒を見て呟いた九条だったが、突如背中に走った鈍い衝撃に声を上げる。

 振り返ると、5mほど先の茂みから2人の生徒が、右手に拳大の石を持って構えているのが見えた。

 

 彼らの役割は遠距離攻撃。────人類史に残る太古の武器、投石である。

 

「随分辛そうだなぁ九条!! 頭は狙わねぇから安心しろ! やれ! アルベルト!」

 

「shit!」

 

(クソッ、やっぱり浅かったか)

 

 不安定な体制からの攻撃は、アルベルトを長時間沈めるには至らなかったようだ。足取りは若干ふらついているものの、攻撃の手を緩めることは無い。

 先ほどとは違い、アルベルトに有利な距離で戦うことを強いられる九条。

 決着は近いかと息を吐くCクラスだったが、状況が有利になったのはCクラス側だけではない。

 

「借りるぜ」

 

 九条は足元に落ちた六尺棒を足で拾い上げると、それを槍の様に構えて斜め上、正確にはアルベルトの喉元に突き刺した。

 反射的に顔面を覆うアルベルトだったが、グローブを付けた拳と直径3㎝ほどの棒では勝手が違う。ガードの間を抜け、喉のど真ん中に突き刺さる。

 

「────っ!」

 

 声にならない悲鳴を上げながら、アルベルトは膝をついた。

 

「大人しく沈んどけ」

 

 棒による石崎の拘束を抜け、蹲ったアルベルトをサッカーボールの様に蹴り飛ばす九条。

 顔面にもろに食らったアルベルトは、仰向けに倒れ2、3回痙攣して気を失った。

 

「そんな……」

 

 頼みの綱であったアルベルトがやられ、途端に士気が低下するCクラス。

 

「後はお前かな」

 

 振り返りざまに棒で石崎の側頭部を殴打する。よろめいた石崎の顎を右手で掴むと、そのまま後ろの木に叩きつけた。

 

「ぎっ! ……かはっ!」

 

「3人目っと」

 

 そのとき、風を切る音と共に一気に石が飛んでくる。これまた意識が緩む瞬間を狙ったのだろうが、振り返った九条は左手に持った棒を振り、飛んできた石10余りを全て叩き落した。

 

「ふざけんなっ! 何で見えてんだよ!?」

 

 信じられないと声を荒げながら、別の投擲物を探す生徒。石を拾い直し、顔を上げるがそこに九条の姿は無くなっていた。

 

「は? ……どこ行ったん「上! 木の上だ!」んな馬鹿な!?」

 

 一瞬にして木の葉に紛れたことを伝える伊吹だが、こうなっては何処から奇襲を受けるか分からない。

 ガサガサと揺れる枝に向かって、無鉄砲に石を投げる投げる2人だったが、強い風と雨の影響か狙いが定まらない。

 

 全ての石が投げ終わり、自分の武器が無くなった事に気が付く生徒。

 急いで拾おうとその場を散開する2人だったが、九条を相手する場合、それは悪手以外の何物でもない。

 

「人を的にするのは楽しかったか?」

 

「!?」

 

 木の上から、落下と同時に飛び掛かる九条。

 そのまま地面に押し倒された生徒だったが、とっさに右手に持った石で、九条の頭を殴ろうと腕を振るう。

 しかし、それよりも前に九条の右拳が顔面に突き刺さった。

 

「テメェ!」

 

 それを見たもう1人の生徒が、敵を取ろうと石を投げつける。

 

「クソッ! クソッ! 何なんだよお前! クソッ! ……あっ」

 

 が、最小の動作で全て躱されるか叩き落される。

 驚きからか口をあんぐりと開ける生徒と、獰猛な笑みを浮かべた九条の目が合った。

 

「あ、あ……あ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!!!」

 

「……情けねぇな」

 

 絶叫を上げながら逃げ出す生徒。その姿を見て、九条は思わずそう呟いてしまった。

 手元の棒を眺めて何かを思いついたのか、九条は右手で棒を握り、生徒に対して半身を向け、右腕を後ろに引き付けた。

 

「コレ、返すぞ」

 

 そう呟いた瞬間、九条は勢いよく棒を生徒に向けて投擲した。

 棒は木々の合間を縫うように50m進み、背を向けて逃げる生徒の後頭部にクリーンヒットした。

 

「ぎゃっ!?」

 

 絶叫と共に倒れる音が響き渡る。

 九条1人対Cクラス7人の戦いは、九条の圧勝で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 静けさを取り戻した森を見渡し、俺は久しぶりに沢山運動した疲労感に襲われていた。

 

「……はぁ。えーっと、後何人だっけ。あ、2人か」

 

 頭をポリポリと掻きながら呟く。先ほどまで沸々と沸いていた怒りの感情も、一度落ち着いたことで抜け去ってしまった。

 辺りを見渡すが、戦意を喪失したのかボーっと座り込む女の子と、いつの間にか拘束を外して立っている堀北さん以外、誰も見当たらない。

 

「……逃げたか? ……おーい、そこの君。えーっと、誰だっけ?」

 

 まだ戦う気があるのかを確認しようと声をかけるが、声をかけられた女の子は肩をビクリと大きく震わせた。

 

「ひっ……いやっ、来ないで!」

 

「……さいですか」

 

 じゃあ喧嘩売ってくんなよ。

 ……まあ、正直ちょっと暴れ過ぎた気もしなくはない。もうちょっと穏当に全員気絶させることだって出来はずだ。そう考えると、俺もまだまだ未熟だと知らされる。

 

「一応聞いておきたいのだけど、あなたは私の友人である九条旭で間違いないのよね? 3人同時に集まったら死ぬアレとか、国際倫理で禁止されている、神の域に達した生物学とかでもなく」

 

「いやドッペルゲンガーでもクローンでもねぇよ。ちゃんと本物だって」

 

「……そう。少し……いえ、かなり意外だったわ」

 

「といっても、一応全員骨折等の後遺症が無いように、手加減してあげたんだよ? ……ちょっと人と武器を集めたにしては弱すぎるかな。学さん1人の方が100倍厄介だよ。多分」

 

「……流石にそれは無いんじゃないかしら」

 

 あれ、堀北さんが学さん関連で否定するなんて珍しい。

 そんな会話をしていてふと、俺は綾小路がこの場に居ない事に気が付いた。

 

「あれ、綾小路は? もしかして一人で逃げた?」

 

「お前が取り逃がした生徒を連れ戻しに行ってたんだよ。人聞き悪いこと言うな」

 

 ジャストタイミングで戻ってくる綾小路、肩に先ほど俺が棒をブチ当てた生徒を担いでる。うお、でっかいたんこぶ出来てる。痛そー。

 

「もー。ちゃんと堀北さん守れって言ったじゃん」

 

 散々協力してやったんだから、俺の頼みも一つくらい聞いてくれても良いと思うんだけど。

 そう言い返すと、綾小路は呆れたようにため息を吐いた。

 

「……はぁ。お前なぁ……いや、何でもない」

 

「何だよ、なんか言えよ────っと」

 

「まだ、終わってねぇぞ九条!」

 

 茂みから何やら人の気配がしたため注意を向けると、龍園君が右手に棍棒を持ち飛び掛かってきた。

 さっきの戦いから何も学んでないのだろうか、それともただの馬鹿なのか。

 

 避けることなく手のひらで受け止める。

 ……握った感じ500mlペットボトル程の太さの木の棒だ。これ位だったら行けるかも。

 

「死に体じゃん。もういいって面倒くせぇな」

 

「くっ!」

 

 そのまま蹴り飛ばして棍棒を奪うと、それを両手で握り真っ二つに折ってやった。

 ふらふらと揺れながら、なお笑い続ける龍園君。

 

「かっ、はははっ、最高だぜ九条。伊吹が言ってた以上だぜ」

 

「黙れよ。クズが」

 

 龍園君の前髪を掴み、顔面に拳を食らわせる。

 口内が切れたのか、口から血を吐き出し地面へと吐き捨てた。 

 

「ずっ、ぷっ……! 俺は喧嘩に自信があるが、負けたことがないわけじゃない。いや、人一倍やられてきたからこそわかるんだよ……」

 

 襟首を掴んで投げ飛ばすと、地面を転がった龍園君は木にもたれかかりこちらを見上げた。

 その表情は、以前笑顔のままだ。

 

「暴力ってヤツは人間の本心が見える。殴るやつにも、殴られるやつにも」

 

「不愉快ね。あなたは何が言いたいのかしら」

 

「まあ聞けよ。……ッチ、喋り辛くてしゃあねぇな。おい九条」

 

 わざわざ俺の名前を呼び、話を続ける龍園君。

 

「お前ほどの強さを持ちながら、どうして坂柳の下にへりくだってんだ? その力があれば、あんなチビな女くらい、好きに出来るだろう」

 

「全員が全員、お前みたいな野蛮人じゃねえんだよ」

 

 そう言い返すが、龍園君は気に留めることなく続ける。

 いい加減、気分が悪くなってきた。

 

「お前にとって坂柳はどんな存在だ? 家族か、友人か、恋人か? まあ、んなことはどうでもいい。今ここでおまえが俺に勝っても、俺は何度でも食らいつく。学校のどこにいても、隙を見つければ仕掛けてやる。そして最後に勝つのは俺だ」

 

「何度でも? お前、まさかこのままこの学校に居続けられると、本気で思ってんのか? お前は退学だよ。このまま先生に突き出して、生徒への暴力行為で退学だ」

 

「いいや無ぇな。お前が俺を突き出すことは無い。そうすれば、坂柳を含むAクラスの生徒の半分も共犯になる。甘ちゃんなお前には出来ねぇよ」

 

 俺の言葉が、タダの脅しだということは確信している龍園君。

 

「そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がいつお前だけを狙うと言った? お前の目の前で、坂柳を蹂躙してやってもいいな。アレは良い声をあげてくれるだろう────っがはっ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は()()の胸倉を掴んで、顔面に拳を打ち込んでいた。

 

「もう一遍言ってみろよ。次はもっと良い悲鳴を聞かせてやる」

 

 それでも、それでもなお笑い続ける龍園。

 

「九条、落ち着け。後はオレが話を付ける。お前は早く帰って葛城に無事を知らせてこい」

 

 その端正な顔がぐしゃぐしゃになるまで、殴り続けてやろうかと思ったが、綾小路に諭されて仕方なく構えを解いた。

 

「……帰るわ」

 

 なんか、勝ったのに最悪の気分だ。帰ってからやることも色々あるし、なんだかなぁ……。

 

「ああ。……堀北」

 

「……何かしら」

 

「九条と先に帰っててくれ。オレは龍園と話したいことがある」

 

 そんな提案を唐突にしてくる綾小路、今までの彼からは考えられないが、きっと今回の試験で何か心境の変化があるのだろう。

 

「……仕方ないわね。いいわ、今回の件は報告しないであげる。次は無いわよ」

 

「いつもしない癖に何言ってるんだ。ありがとな、堀北」

 

「全く……帰りましょう九条くん。後は彼に任せれば何とかなるわ」

 

「……うん。分かった」

 

 そう言って、俺はAクラスのキャンプ地に戻るため歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「九条! 大丈夫だったのか!?」

 

 キャンプ地に戻ると、洞窟の入り口で1人で見張りをしていた葛城君が、飛び込んでくるかのような勢いで俺の元へと駆けよってきた。

 

「余裕余裕。でも、ちょっとだけ疲れたかな」

 

「……そうか。上手く行ったんだな。……今はゆっくり休め」

 

「あはは……ありがとう葛城君」

 

 今日はゆっくり寝て、明日のことは明日考えればいい。今日は、やっぱり結構疲れたよ。

 

「俺も、色々と付けなきゃいけないケジメがあるからさ」

 

 今も尚、試験の結果を心待ちにしているであろう、性格の悪い惚れた女の顔を思い浮かべながら、洞窟の中へと戻って行くのであった。

 

 

 

 







 大丈夫。龍園は綾小路が分からせるって。
 ちなみに、次回も分からされる方が出て来るらしいです。一体誰でしょうね…
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