ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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絶望

 

 

 

 九条のアジア大会優勝に学校中が沸いてから2日ほどが経った日の午後。

 授業を取り換え急遽行われることとなったHRの内容は、予想通り行方不明と報道された九条に関する事だった。

 

「────皆混乱しているだろうが、九条に関しては現地警察が全力を挙げて捜査している。安心しろ……とまでは言わないが、最善を尽くすことは約束しよう」

 

 何も知らずに混乱する生徒に対する説明や、いわれのない噂に注意するようにと、生徒達に戒めの言葉を送る真嶋先生。

 そんな中どうしても聞いておきたかったことがあった為、話を区切ったタイミングで挙手をする。

 

「……仮に九条がペーパーシャッフルまでに戻らなかった場合、九条ペアは退学になるのでしょうか」

 

 余り想定したくない話だが、この学校の定期試験を受けないペナルティはかなり重い。

 次回の定期試験として行われるペーパーシャッフルは、ペアの総合点が下回った場合は退学となる。あまりに救いのなさすぎる話だが、だからこそ想定しておかなければならなかった。

 

「安心してくれ葛城。先ほどの会議で議題に上がったが、九条の点数はクラスの平均点を結果とするそうだ。……あいつの成績を顧みるとそれでも低いぐらいだがな。その点に関しては心配しないでいい」

 

 最後はこちらを安心させるように語り掛けたが、それを聞いたAクラスの生徒の反応は静かなものだった。

 

「……以上でHRを終了とする。今日はゆっくり休め」

 

 しかしそれを咎めることなく、真嶋先生は小さく息を吐いて教室を後にした。

 いつもより早く自由な時間となったが、それを喜ぶ生徒は誰一人としていなかった。

 

「神室、坂柳から返事はあったか?」

 

「……全然。既読すらつかない」

 

 昼休みに報道を受けた坂柳は体調不良を訴え早退した。原因を問わず早退はクラスポイントを下げる行動だが、それを咎められるほど冷酷な生徒はここには居ない。

 

「……そうか」

 

 いいや、そんなこと出来るわけがない。何せ、九条が居なくなったことでクラス全体がここまで落ち込んでいるのだから。

 俺とも坂柳とも違い、誰も除け者にすることなく、クラス全体をまとめて結果を残し続けてきたリーダーの不在は、Aクラス全体に大きなダメージを残していた。

 

「神室。済まないが坂柳の様子を見てきてくれないか。そして『ペーパーシャッフルの問題の残りは俺が済ませるから、無理はするな』と伝えてくれ」

 

「分かった」

 

 九条と坂柳と3人で作成していた問題の進捗も、学校側とのすり合わせを終えて残り2割といったところだ。

 俺自身の勉強の時間は取れないだろうが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

 

『────俺が居ない間は頼んだよ葛城君!』

 

『ああ。クラスのことは気にせず全力を出して来い』

 

『ありがと! じゃあ行ってくるねー』

 

 つい先日、緊張など一切ないと言った様子で空港行きの車に乗り込んだ九条の姿が、俺の脳裏に鮮明によぎった。

 

 

 

「……早く帰って来いよ。九条」

 

 そんな呟きが無意識に出てしまうほど、俺も参っているということなのだろう。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 放課後。HRにて茶柱先生から九条に関する説明を受けたオレは堀北と2人で寮へと続く帰路を歩いていた。

 

「……」

 

 2人とも積極的に会話をするタイプではないため、普段なら沈黙が一切苦にならない堀北との帰り道。

 しかし街路に吹き付ける木枯らしの音がオレの耳に残って離れない。10月も後半。すっかり冷たくなった風のせいで、今日はいつもより肌寒い。

 教室にいる時はまだ良かった。不安を見せるクラスメイトが居たからな。……だが今は『事情』を知っている堀北と2人きり。嫌でも最悪な想定が浮かんできてしまう。

 

「……なあ、堀北」

 

「それ以上言わないで」

 

 沈黙に耐えれなかったオレの言葉を堀北がバッサリと切り捨てる。

 

「……まだ何も言ってないだろ」

 

「大方『九条が攫われたのはオレのせいだ』だなんて言うつもりだったのでしょう?」

 

 完璧に当てられてしまった。……そんなにわかりやすかっただろうか。

 微妙な顔をしていると、堀北は眉をひそめてため息を吐いた。

 

「馬鹿ね。本当に大馬鹿よ。まず第一、攫われたとは限らないでしょう? ただの事故の可能性だってある」

 

「ただの事故だと? 報道を見る限り山道でも何でもなく、市街地から少し離れた郊外で起きた出来事だ。九条以外は大して怪我すらしてないのに、九条だけいきなり消息不明になるわけがないだろ!」

 

 報道では九条を乗せた護送車がひとりでに事故を起こしたとされている。……勿論それを信じるつもりは無い。だが仮に、どこかしらの武装集団に襲われた事実があったとして、それを馬鹿正直に報道するような国じゃないことは知っている。

 

「だとしても! ……もし仮に、あなたの父親が絡んでいたとしても、あなたに落ち度はない」

 

「オレの父親なら、現地の組織に依頼をすることだって可能なんだ。……もう、九条は生きていないかもしれないんだぞ! なんでそんなに冷静でいられるんだ!」

 

 どうして堀北はオレを責めない? 何もしていない九条の身に危険が降りかかって、その元凶であるオレはこうして箱庭の中で悠々自適に暮らしているんだぞ!? 

 

「焦ったところで状況は変わらないからよ! ……綾小路君が取り乱してどうするの。もし父親が何かしらの交渉をしてきたとき、あなたはそんな状態で優位に立てるのかしら?」

 

 堀北の言葉である程度だが平静を取り戻す。……そうだな、もしこれから事を起こすとなった場合、オレが使い物にならないと何もできないだろう。

 

「……すまん。少なくとも、今は悲観している場合じゃないな」

 

 まさか、堀北に言いくるめられる日が来るとはな。……いや、よくよく考えれば結構あったかもしれないな。

 そう自嘲しながら謝罪をすると、堀北は小さくため息を吐いた。

 

「はあ……勘弁してほしいわね。これからもっと取り乱しているであろう人の元へ向かうんだから」

 

「……そうだな」

 

 その言葉でどこへ向かおうとしているのかの想像がついた。……確かに、『彼女』を説得するのは骨が折れそうだ。

 

 

 

 そこから数分程歩いて寮へと到着したオレ達は、自室へ戻ることなくとある生徒の部屋へと向かっていた。

 堀北が扉を3回ノックすると少し遅れて顔見知りの女子生徒が出て来るが、その生徒は目当ての人物ではない。

 

「……何しに来たの」

 

 出てきた生徒はAクラスの神室。坂柳、九条2人と親しい間柄の生徒だ。

 

「こんにちは神室さん。坂柳さんはいるかしら?」

 

「……居るけど、今は会えるような状態じゃない」

 

「そう」

 

 面会を渋る神室だが、堀北は一切気にすることなくずかずかと部屋に足を踏み入れる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「悪いな神室。オレたちもなりふり構ってられないんだ」

 

 堀北の肩を掴んで止めようとする神室を軽く押しのけ、オレは堀北の後をついて行く。

 ワンルームに繋がる扉を開くと、その奥にはベッドの上で体育座りをする坂柳の姿があった。

 

「坂柳さん」

 

 堀北が呼びかけるが反応はない。俯いたまま肩を震わせている。

 

「……ひっぐ、うっ。なんでっ……!」

 

 帰ってきたのは泣き嘆く声。どうやら堀北の声は耳に届いてすらいないらしい。

 

「……心配だから様子を見に来たらこれ。多分昼からずっとよ」

 

「そう。坂柳さん、坂柳さん?」

 

 神室の言葉を聞いて頷いた堀北は、しゃがんで坂柳と目線を合わせながら、彼女の両肩を掴んでゆっくりと揺らす。

 

「うっ……あ。堀……北さん?」

 

 それでようやく朦朧としていた意識を取り戻したのか、目線を堀北へと向ける坂柳。

 

「作戦会議よ。気持ちは分かるけど、あなたの力が必要よ」

 

「でも……旭くんが、あさひ゛くんが!」

 

「泣いて気持ちが収まるなら今のうちに泣いておきなさい。胸くらいなら貸してあげるから」

 

 そう言って坂柳に抱き着く堀北。瞬間、坂柳は堰を切ったように大声を上げた。

 

「ひっぐ、う゛っ……うぁああああ!」

 

 幼子の様な坂柳の姿を見て、オレは落ち着きかけていた感情が再び溢れ出すのを感じていた。しかしそれは先ほどまで抱いていた不安や焦り、絶望ではなく、これを仕組んだであろう父親への怒り一色だ。

 

「……絶対に後悔させてやる」

 

 だが、オレはあくまでも冷静に事に対処すると決めた。感情に任せても何も出来ない。最善の結果を残すことが、九条と坂柳に対するオレが唯一できる贖罪なのだから。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「んっ……何処だ? ……ここ」

 

 息の詰まるような感覚と体の痛みによって意識が覚醒する。

 当たりを見渡してみるが、その時初めて目隠しの様なものをされている事に気が付いた。それから少し遅れて椅子に座らされた状態で両手足を縛られている事を自覚する。

 ……直前の記憶が曖昧だ。確か大会を終えて車に乗っていたはずだが……。

 

『目が覚めたみたいだなクソガキ』

 

「は?」

 

 普段はあまり聞きなれない言葉と共に目隠しが外される。突然入ってくる光に目が眩むが、数秒して視界に入ったのは薄暗い工場の跡地のような場所。

 そこに割り込むように、明らかに堅気ではないであろう顔に傷のある男がのぞき込んでくる。よく見ると、その奥には数人の男がこちらを警戒するように立っていた。

 

『おい! 目隠し外してんじゃねえよ! また暴れ出したらどうすんだ!? 話すだけならそのままでいいだろうが!』

 

『うるせえ。黙ってろ馬鹿が』

 

 奥に立っていた男の一人が声を荒げる。……なるほどな。あれは夢じゃなかったのか。

 うーん……中国語喋れるかな。

 

『あー……えっと……悪いんですけど、中国語得意じゃないから、英語で喋ってくれませんか?』

 

 このまま黙っているわけにもいかないため、たどたどしくも中国語でコミュニケーションを図る。

 すると男は目を見開いた後感嘆の声を上げた。

 

『こいつは驚いた。中国語喋れんのかよ。それにただの日本のガキにしちゃあ随分と冷静だな?』

 

『冷静じゃないっすね。えーっと……混乱しすぎて……逆に醒めちゃったっていうか』

 

 うん。文法とかはともかくしばらく勉強してなかったから単語がマジで出てこない。一応伝わってるとは思うけど、思い通りに喋れないのは結構ウザいな。

 

「そいつは結構。喋りづらそうだから日本語にしてやるよ。日本人の依頼を受けることも多いからな、日本語は十八番なんだぜ?」

 

「……そうすか」

 

 謎のサービス精神を見せつけてくれた男が横から椅子を引っ張ってくる。それに深く腰掛けると、男は俺の目を見ながら前のめりになった。

 段々思い出してきた。大会を終えて帰りの移動をしているときに車3台で襲い掛かってきたんだわ。

 

「何となく想像がつくと思うが、お前は今俺たちに監禁されている。無理やり出ようと試みるのも悪くはねえと思うがまあおすすめはしない。プロの傭兵を4人ものした化け物に手心は加えられねえからな」

 

 男が懐から拳銃を取り出してこちらに向ける。

 

「暴徒鎮圧用非致死性のゴム弾だが威力はお墨付きだ。お前を捕まえた時に撃った奴と同じだな。もし不審な動作を見つけたら、今度はこれをお前のタマにぶち込んでやる」

 

「……分かりました」

 

 綾小路の拳をモロに食らったときくらい痛かったため大人しく従っておく。もし食らったら一生子供を作れない体になりそうだし。

 周りを見渡しても情報は得られそうにない。まずここが何処かすら分からないし、恐らく男たちは交代で俺を見張るつもりだろう。この程度の拘束なら最悪引きちぎればいいのだが、流石に銃を相手にするのは骨が折れる。

 脱出の可能性は潰えてしまったたが、それと同時に一つの希望が俺の中に芽生えた。

 

「流石に逃げ出す気は無くなったみたいだな? 賢明な判断だ。それに大人しく従えば悪いようにはしない」

 

「……何となく理解はしています」

 

「ほう?」

 

 興味深そうに男が口角を上げる。続く言葉を期待していると解釈した俺は、思考の整理を兼ねて説明を始めた。

 

「まず、俺が大きな怪我もなく五体満足で拘束されている事実が、あなた達が俺をどうこうする気は無いという証明にもなります。……弾食らった所は今も痛いですけど」

 

「そりゃ悪かった。最初は使う気無かったんだが俺たちの実力不足だな。恥ずかしい話だぜ」

 

 そう。こいつらはわざわざ10人近くの人数をかけてまで俺を素手で拘束しようと試みてきた。俺の抵抗が強かったから気絶させるために銃を使用したのだろうが、それは彼らの望む形じゃなかったはずだ。最初から使えばもっと手間を省けるし。

 

「ということは、依頼者が俺の無傷の引き渡しを望んでいたということになります。……それに依頼者の予想は何となくついていますし」

 

 十中八九綾小路パパの仕業だろうな。俺を人質に綾小路の退学を迫るつもりなのは目に見えている。

 予想を最後まで聞き遂げた男は感心したように声を上げ、粗末な椅子に寄りかかった。

 

「ほー。最近の子供はこんな感じなのか、ほとんど当たってるぜ」

 

 だが。という言葉を間に挟み、男はこちらに一本指を立てる。

 

「満点はあげられねえな。確かに俺たちの()()()()仕事はお前を無傷でクライアントに引き渡すことだ。そしてお前がどうして、誰のせいでこの状況に陥っているのかを説明するのもそこに含まれる。だから」

 

 ……なるほどな。俺が綾小路と親しくしていたせいでこうなったとあえて説明することによって、綾小路に対する反感を持たせるのが目的か。

 

「最終的な……?」

 

 そこは理解できるが、男が強調した最終的なという部分が気がかりだ。

 

「そうだぜ。俺たちが当初クライアント……綾小路篤臣先生から依頼された内容は『お前を事故死させて死体の写真を渡す』ことだった」

 

「っ……!」

 

 そう語る男の目は、先ほどまでフランクに話しかけてきた時とは違い、確かな冷たさと恐ろしさを孕んでいた。

 その威圧感に思わず顔が強張り、頬に嫌な汗が一筋垂れる。

 

「流石に断ったけどな。いくら裏稼業に身を置いてるとはいえ、何の罪もない子供を殺すのはNGだ。こっちにもプライドってもんがある。だが引き渡された後に俺が関与するのは不可能だ。綾小路先生はこっちでも名が広まってるほどの外道だからな。拷問された末四肢をバラバラにされて埋められる可能性だってあり得る」

 

「……マジっすか」

 

 思っていたより状況は悪いようだ。……うーん、参ったなぁ。

 

「これから俺たちはお前を日本行の密航船を手配している同業者に引き渡す。この()()()()()()()()()()()()。そこから綾小路先生の元に送られる手はずとなっている。せいぜい楽に死なせてもらうことを祈るんだな」

 

 そう言って男たちは、2人の見張りを残して廃工場を後にした。

 

 

 

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