ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
九条の消息不明の報道がされた日の夜。綾小路、堀北、坂柳の3人は、高度育成高等学校敷地内のとある建物に呼び出されていた。
「……本当にここで合ってるのか?」
そう確認した綾小路の目の前に建つのは、一階建ての事務所のような建物。最新の設備が備えられた学生寮や学校校舎とはあまりにも違う様相だ。彼が不審がるのも無理はないだろう。
「ええ。そのはずです」
そう返答すると同時にインターホンを鳴らす坂柳。
少しして扉が開き、中からスーツ姿の初老の男性が顔を出した。
「突然の呼び出しで済まないね。色々聞きたいこともあるだろうけど、とりあえず中に入って」
男性は少し驚いたように目を見開いた後、辺りを気にしながら扉の前に立つ3人を招き入れた。
扉が音を立てて閉まると同時に、男性は内側から鍵をかける。
「こうして話すのは久しぶりかな。元気にしてたかい? 有栖」
「はい
坂柳にお父様と呼ばれた男性は坂柳の父親であり、高度育成高等学校の理事長でもある男だった。
「理事長と呼びなさい……と言いたいところだが、今の私が言える言葉ではないね」
そう言って苦笑いを浮かべる理事長だが、その表情とは裏腹にまとっている雰囲気は真剣なものだった。
「ここは僕が個人的に使わせてもらっている部屋さ。仕事柄家に帰れない日はここで寝泊まりをしていてね。……わざわざ君たちをここに呼び出した理由は、生徒指導室じゃ不都合があるからなんだ」
「九条君のことですよね?」
そう切り返したのは堀北。一切の誤魔化しを許さないと言った視線を向けている。
不敬な態度ではあったが、理事長がそれを咎めることは無かった。
「申し訳ないんだけど、その前に綾小路君に1つ質問させてくれ。堀北さん……有栖もだけど、2人はどこまで知っているのかな?」
諸々の事情を打ち明けても構わない人間なのかという確認を取る理事長。彼らをを信用していないという訳ではないだろうが、事が事のため慎重にならざるを得ない。
「すべて話しました。信頼できる人物なのは間違いありません」
「……そうか。分かったよ」
綾小路の言葉にしみじみした様子で返す理事長。
どのようにしてその感情に至ったのかを理解することは叶わなかったが、不思議と綾小路が悪い思いをすることは無かった。
「改めて自己紹介をさせてほしいな。僕の名前は坂柳成守。有栖の実の父親で、この学校の理事長をさせてもらっている。君のことも良く知っている……勿論、君のお父さんのこともね」
「……父親とはどんな関係で?」
「一言で表すのは難しいね、ここ数年は話すらしていないし。彼のことは尊敬しているし凄い人だとは思うけど、ホワイトルームに関しては応援は出来ない」
口調こそ温和なものだったが、彼がどのような思いを抱いているのかは、苦しげに歪められた表情を見れば一目瞭然だった。
「……正直、今でも君たちにこの話をするべきではないと思っている。渦中に巻き込まれている綾小路君はともかく、堀北さんや有栖が関与するにはリスクが大きすぎる。もちろん、僕も最大限君たちの身を守るつもりだけど、それでも完璧とは言えないし」
「それを承知の上でここに来たんですよお父様。……ここで何もしないで後悔するなんて嫌ですから」
「綾小路君も九条君も私の大切な人たちです。こんなこと、見過ごせるはずありません」
迷うことなく答える坂柳と堀北。
「……良い友達を持ったね。旭君は」
「その場合逆ですね。オレたちが良い友人を持ったと考えています」
理事長の言葉に毅然とした態度で返す綾小路。堀北も坂柳も同様の考えなのか、小さくうなずいたのが綾小路の視界に入った。
「そっか。……そうだね」
理事長には、九条を交えたこの4人の関係が尊く、そして危ういものに見えて仕方が無かった。
互いを互いに認め合い支え合える関係というのはとても貴重なものだ。しかしその関係には、極めて厄介な圧力が加えられている。もはや依存関係とも言えるこの状況から、その力によって引き裂かれてしまったとき、彼らの硬く脆い人格はバラバラに崩れてしまうだろう。
特に九条は、彼らの尖った部分を上手くつなぎ合わせる結合剤の様な役割を果たしていたと理事長は考えている。無人島試験での騒動を聞いたときもそうだが、その影響を最も受けやすいのは自身の娘であることも重々承知していた。
(……有栖がここまで弱くなってしまったのは僕のせいだ。そして、有栖を支えてくれた旭君はもう僕にとっては息子のような存在だ)
九条は自信を凡夫だと自称していたが、坂柳と共に小さい頃から見てきた理事長からするとそれは全くの間違いだった。
少なくとも運動面に関しては天才の域、頭脳面に関しては秀才であることは確実だ。ここまで自己評価が低いのは、幼少期からの坂柳による洗脳が大きかったのだろう。
(恥ずかしいことながら、僕はそれに気づいてあげられなかった。……いや、気が付いていたけれど助けてあげれなかったの方が正しいか)
心の中で自嘲の笑みを浮かべながらも、理事長が腐ることは一切なかった。
(だから今度は僕の番だ。僕の全てを懸けても君を救ってみせる)
理事長は机の端に置いていたノートパソコンを開き、体面に座る綾小路たちに画面を見せた。
「単刀直入に言うね。僕は、今回の事故は間違いなく仕組まれたものだと思っている」
特殊なアプリケーションが開かれているようで、理事長がエンターキーを押すと画面に世界地図が映し出された。
「これは……」
「九条君の端末の位置情報、そのログだよ。基本的に敷地内で生活する子たちには必要ない機能だけど、何かしらの理由で外に出ないと生徒達にはGPSがオンになるようにプログラムされている。綾小路君も使ったことがある機能だよ」
九条や堀北とは違い、一度も大会等で外に出たことの無い綾小路も使用済となると、自ずと答えは限られてくる。
「夏休みの旅行のときですね」
「そう。それを踏まえてこれを見て欲しい」
世界地図を拡大し中国上海市とその周辺が収まるように調整すると、画面に一つの赤い点が表示された。右上のデジタル時計が示すのは前日の午後8時。九条の消息が途絶えたタイミングと一致していた。
「2日間に渡って行われたアジア空手道競技大会、九条君が出場して優勝したのは1日目だ。本来なら2日目は会場へ行く必要は無かったし、その日の夜に帰国するから余裕もなかったんだろうけど、恐らく九条君が見たいと言ったんだろうね。そして大会を終えた2日目の夜8時。飛行機に間に合うように急いで移動していたはずだ」
九条が日本をたったのが4日前。大会前日に大会側が指定したホテルに宿泊。大会を終え、大会2日目の夜に帰国する2泊3日の予定だった。
「今は早送りで再生しているよ。旭君は学校側が手配した護送車に護衛の人たち、そして引率の芳さんと一緒に乗っている」
そこから十数秒移動する点が映されるが突如として動きを止める。
「何かしらの動きがあったのがこのタイミングだね。ここから数分程でGPSからの信号は途絶えている。そしてそれとほぼ同じタイミングで、一通のメッセージが端末集中管理システムの検閲に引っかかった」
「……」
検閲という言葉に聞き覚えのあった綾小路が小さく反応を見せる。
しかしそれに気が付いた者はここには居なかった。
「学校配布の端末は、SNS等に投稿した際の情報漏洩を防ぐために検閲がかけられているんだ。そしてDM、ショートメール問わず個人へのメッセージはサーバーを経由した段階で自動的に弾かれるように設定されている」
「それって……」
その言葉の意味に気が付いた堀北が小さく呟く。
「旭君の端末のログを探しているときに偶然発見したんだ。弾かれたメッセージを復元してみると、宛先は僕がプライベートで使用しているアドレスだった。添付されていた音声は恐らく自動で送信されるものだろうね」
理事長がパソコンを操作し、その内容を綾小路たちに表示する。彼の元に届くはずだったメッセージは、無題の件名と共に本文に貼られた90秒ほどの音声ファイルだった。
理事長が心配したように綾小路たちに視線を向ける。九条が決死の想いで送信したメッセージということを考えると、その内容が自ずとショッキングなものであることは容易に想像がついた。
「オレ達が今更臆すると思いますか?」
「……ごめん、失礼だったね。じゃあ再生するよ」
マウスのクリック音が部屋に響く。────少しして、ノイズと共に録音された音声が再生される。
『あのガキどこに行きやがった!』
風邪の吹き付ける音と共に、落ち葉や枯れ枝を踏みつける音が複数聞こえてくる。
聞き馴染みのない言語で怒号を上げる男たち。
『こっちだ! 茂みの奥に逃げたz……っがあぁ!?』
ノイズ交じりでほとんど聞こえないが、何かを殴ったような音と男の悶絶する声が流れてきた。
「チッ。何なんだよこいつら」
『化け物が……ゴム弾持ってこい! このままじゃ俺たちが全滅する!』
その呼びかけを期に、火薬が炸裂する音が辺りに響き渡る。
「っ!? 痛っ……!」
放たれた一発の弾丸が九条に当たったのか、九条の苦悶の声と共に固いもの同士が衝突したような音が聞こえて来る。手に持っていた端末を落としたのだろう。
「クソッ、ここまでか……あー……成守さん。もしこれ聞いてたら、有栖に愛してるって伝えといてください」
『居たぞ! 車の裏に隠れてやがる!』
「っし遺言終わり。うーん……どうすっかな、この状況」
そこから数十秒程銃声と怒鳴り声が鳴り響き、何かが倒れる音と共に静けさを取り戻した。
『……ったく。骨が折れるガキだぜ。おいテメェら、ちゃんと手足縛って運んどけ。無傷で運ぶのが本来の依頼だ。これ以上傷つけんじゃねえぞ』
『こいつポケットにスマホ持ってますよ。どうします?』
『あ? ぶっ壊して適当に捨てとけ。追跡でもされたら面倒だ』
『はい────』
ここで音声は途切れている。
「……そんなこと言って、帰ってこなかったら意味ないじゃないですか……!」
落ち着きを取り戻した情緒がまた不安定になったのか、坂柳は膝の上で拳を握り何かを堪えるように呟いた。
それを見る理事長が何を思っているのか、それを理解することは綾小路には出来なかった。
「……一部聞き取れないところがあるけど、この音声を聞く限りは旭君は生きていると思う」
「オレもそう思います」
中国語の習得レベルからこの音声の内容を完璧に理解できたのは理事長と綾小路の2人だけだが、その2人が同じ意見となった事で坂柳の表情に希望の色が見えた。
「……本当、ですか?」
「ああ。少なくともこの時点で九条を殺害するつもりは無かったはずだ。本当にそうしたいなら交通事故に見立てて殺せばいいからな。いくらオレの父親といえど日本を離れた際に行使できる権力はたかが知れている。下手すれば国際問題にも発展しかねないんだ。わざわざ誘拐してから殺害するメリットはない」
「僕も綾小路君の意見に同意だよ。綾小路先生がリスクを冒して回りくどい方法を取ったということは、彼を生かしておく利点の方が大きいと判断したからだ」
「……恐らくはオレの自主退学と引き換えに九条の身柄を渡すことが目的だろう。殺害をしなかったのは、オレが父親を恨むことのないようにするためか」
自分でそう言いつつも、綾小路は自身のイメージする父親の行動と実際に取った行動の差異に違和感を感じていた。
(あの男がオレに反感を抱かれることを恐れるはずがない。それ以上に裏で手を回していたことが明るみになる方が嫌なはずだ)
施行を巡らせる綾小路が盗み見たのは、理事長に言葉を掛けられる坂柳の姿。
(坂柳親子の敵対を防ぐため? ……それも薄いな。第一九条と坂柳親子の関係をあの男が把握しているとは考えにくい。なら他に何が考えられる?)
いくつもの推論を積み重ね、綾小路は最終的に1つの結論を導き出した。
(……俺が退学しなかった場合九条が殺されるとは思えない。とすると、オレと戻ってきた九条との関係を引き裂くことが目的……と考えた方が
────だが、綾小路は1つの根本的な『違和感』に気が付かなかった。……彼の天才的ともいえるその思考力が鈍ったた訳ではない。しかし、
表面上は落ち着いてこそいるが、まだ父親への憎悪が思考を曇らせていたこともそれに起因するだろう。
しかし、そう言い訳するには、余りにも見落とした内容は問題だった。
この時点で『違和感』に気づくことが出来ていれば、後に起こる惨事を回避できただろう。
「とりあえず、綾小路先生の出方を待とう。悔しいけど、後手に回った僕達が出来ることはそう多くはない」
「……分かりました」
だが、それを指摘してくれる者はここには居なかった。
綾小路パパの行動に何かしら違和感を感じている人。正解です。
一応ヒントを言うと、綾小路周りは入学するまでは原作と全く同じです。執事の松雄も焼身自殺してますし、その息子である栄一郎も自殺しています。
それを知らされた原作の綾小路君の反応は冷淡ですよねー。父親もそれをおかしいと思わなかったみたいですし。
次から話がかなり動き出します。放置してたキャラも同様です。
応援して頂けるとモチベめっちゃ上がるので、もしよければ高評価感想よろしくお願いします!
あと原作見落としてるところありそうなので、設定に矛盾しそうなところは教えてくれれば修正します。