ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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ヒーローは遅れてやってくる?

 

 

 

 理事長との話をしてから2日が経った。報道からいくらか時間が経過したためか、学校は九条と関係性の薄い生徒から順に今までの雰囲気を取り戻しつつある。

 Cクラスも例に漏れず、放課後の余暇時間を遊んで過ごそうとする女子の声が聞こえてきた。

 

「カラオケ行こー」

 

「えー? 再来週テストだよ?」

 

「今日くらい大丈夫だって」

 

「んー……まあいっか、行こ行こー」

 

 彼女たちに何も思う所が無いと言えば嘘になるが、オレも彼ら彼女らの立場に立てば同じような反応を見せるだろう。仕方のないことだ。

 特に予定が入っているわけでは無いため鞄に教科書を詰めて帰宅の準備をしていると、ポケットに入れた端末が小さく振動した。

 端末を開くとホーム画面にはチャットの通知が来ていた。アプリを開きトーク欄を確認する……どうやら空手部のグループにメッセージが送られてきたようだ。

 

「綾小路君」

 

 確認したと同時に堀北から声をかけられる。

 

「分かってる」

 

 チャットの内容は如月先生からの謝罪と招集の言葉。それが意味するのは、事件当時その場にいた先生の話を聞けるということ。

 その呼びかけに応え、堀北と2人で練習場へと向かう。

 ここしばらく使っていなかった練習場へ到着すると、如月先生は先に到着していたようでマットの上に座り込んでいた。事故を起こした際に怪我をしたのか、

 

「……こんにちは2人とも。とりあえず座って」

 

 促されるまま靴を脱ぎ体面に座る。如月先生はオレたちを見たと思えば、そのまま頭を下げてきた。

 

「ごめんなさい。私が付いて居ながら、こんなことになってしまって」

 

 膝の上に置いた拳を強く握りしめて肩を震わせる如月先生。高々数週間程度の関りしかないが、彼女がここまでしおらしい態度を見せるのは初めてだった。

 何も事情を知らない彼女からすれば、引率として生徒を任された結果がこれな上、幼少からの教え子である九条となるとその罪悪感は計り知れないはずだ。

 

「先生のせいじゃありませんよ。頭を上げてください。怪我も悪化したら大事です」

 

「……私がしっかりあの子を見ていれば、ちゃんと守ってあげていれば良かったの。……あっくん、今も手掛かりすら何一つ出てきてないんだって」

 

 堀北の言葉でゆっくりと顔を上げる如月先生。今までの強気な表情は何処へやら、尻下がりになった眉の下にある瞼には濃い隈が出来ていた。

 

「事故で行方不明になったとのことでしたが、実際はどういう状況だったんですか」

 

「綾小路君」

 

 堀北が咎めるような視線を送ってきたが、彼女は唯一あの場に居た人物。いずれにしよ話を聞かないといけないときが来る。なら下手に同情して誤魔化す必要は無い。

 

「いいよ。気にしないで堀北さん。それを話すつもりで呼んだんだから」

 

 如月先生は自嘲の笑みを浮かべながら堀北を諭すと、事の顛末をポツポツと語り出した。

 

「でもごめんね、正直なところ詳しい状況は覚えてないの。車の中で寝ちゃってたみたいで。事故の瞬間は覚えてるんだけど、ちゃんと意識が戻ったのは病院のベッドの上だったから」

 

 予想通りの解答だ。恐らく食事に睡眠薬か何かを入れられていた可能性がある。……とすると、雇われていた護衛はあちらの息がかかった人物で間違いないだろう。事故に見立てて誘拐した手前当たり前なのだが。

 

「事情聴取の時もそう言ったらすぐ帰ることになっちゃって……情けないよねほんと」

 

「仕方ないですよ。授業はしばらく別の先生に引き継がれるんでしょう?」

 

「うん。少なくとも怪我が治るまでは休めって理事長に言われちゃったから、もう2週間くらいは実家に帰る予定だよ」

 

 休みを貰ったことに対しても申し訳なく思っているのか、今の如月先生はとても見ていられる状態ではなかった。

 

「ゆっくり休んでください。きっと九条は戻ってきます」

 

「そうね。多分帰ってきた九条君は凹んでいる先生よりも、いつもの先生が見たいと思いますし」

 

「……うん。ありがと」

 

 オレと堀北の励ましに幾分か気持ちを切り替えれたのか、如月先生は小さく笑って返してくれた。

 

 

 

 それから数分ほど事務的な連絡と他愛のない話を済ませ解散となる。

 

「じゃあ、私は職員室で色々済ませてこなきゃいけないから帰るね。2人は残って勉強?」

 

「そうですね。図書館か互いの自室でテスト勉強の予定です」

 

「そっか。頑張ってね」

 

 質問に答えると、如月先生は励ましの言葉と共に部屋を出て行った。

 

「事実を伝えられないのがもどかしいわね」

 

「仕方ない。あの人ならどんなに危険だったとしても気にしないだろうからな」

 

 短い付き合いだが、如月先生がどれだけ九条を大切にしているかは傍目から見ても分かる。それは九条側からも同様だ。独占欲の強い坂柳が嫌いと言っていたのも頷ける。

 だからこそ如月先生には蚊帳の外に居てもらうしかないのだ。一端の部活の顧問が話に入ってこれるほど、オレたちを取り巻く情勢は甘くないのだから。

 

「オレとしてはお前を巻き込むのも気が引けるんだがな」

 

 本来ならオレ1人で片付けなければいけない案件なのだ。いくら堀北と九条が親しい関係だったとしても、そこに何ら変わりはない。

 それに、これ以上親しい人間を巻き込みたくは無かった。

 

「見くびらないで欲しいわね。それに、もうあなたと私は一心同体なの。……そんなに、私じゃ頼りないかしら?」

 

 だから、手を貸してもらうならば後腐れなく、彼女たちに危害が加わらないようにしなければならない。

 

「そんなことはないぞ。ありがたいと思ってるさ。だが、お前に危険な目にあって欲しくないってだけだ。九条と同等以上に、お前もオレの大切な人だからな」

 

 そう答えると、堀北は一瞬目を見開いて気まずそうに呟いた。

 

「……帰りましょうか」

 

 練習場から出て帰路につく。現状坂柳や理事長からの連絡は来ていない。いくら作戦を立てたところであちら側からのアクションが無ければ何も出来ないからな。

 堀北と2人で廊下を歩いていると、曲がり角で見知った生徒に遭遇した。

 

「あ……堀北さんと綾小路君。今から帰るところ?」

 

 どこか気まずそうにこちらを見つめるのは櫛田。九条とも親しい関係だったクラスメイトの一人だ。

 

「ええ。綾小路君の部屋で勉強を教えてあげようと思って」

 

「そうなんだ……えっと、さっき芳先生とちょっとお話ししたんだ。先生、昨日帰って来てたみたいだね」

 

 どうやら親切にも如月先生の帰投を伝えるつもりだったらしい。気まずそうにしていたのは、それが是が非でも九条の話題と繋がってしまうからだろうか。

 

「さっき話してきたわ。先生も色々抱え込んでるみたいね」

 

「だよね……九条君、もう3日も帰ってきてないし。先生、九条君と仲良しだもんね」

 

 ……そう言えば、櫛田は如月先生と仲が良かったな。

 根が明るくて年も近く、九条という共通の話題があった如月先生は、体育教師となって僅か数日で生徒と打ち解けていた。話題に出される九条は嫌そうだったし、池にセクハラまがいの言動をされた時は容赦のないデコピンを食らわせていたのは記憶に新しい。

 その中でも櫛田は彼女を芳先生と呼んで、先生相手というより先輩の様に接していた。これも櫛田のコミュ力が為せる関係なのだろう。

 

「櫛田の方からも色々と言っておいてくれないか? オレたちじゃ言えない事も、櫛田なら言えるかもしれないからな。もちろん無理にとは言わないが」

 

「ううん。大丈夫だよ! ……2人も、私にできることがあったら何でも言ってね!」

 

 頼られたことが嬉しかったのか、櫛田は真剣な表情でこちらを見つめてきた。

 

「ああ。ありがとう」

 

 それに堀北と共に頷いて答えると、櫛田は小走りで俺たちが来た道へと向かって行った。

 

「……はぁ。内心どう思っている事やら」

 

 堀北の心からのため息に少し笑いそうになる。

 

「あまり言ってやるな」

 

 そこに関してはオレも同意なんだがな。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 その日の夜、理事長から呼び出しがあったため秘密基地と化した事務所へと足を運んでいた。どうやら坂柳と堀北には内密にとのことなので、1人で10月の肌寒い外を歩く。

 詳しい説明もなくただ来るようにと伝えられたのだが、2人に伝えるべきでは無い情報という時点で何となく察しはつく。

 事務所の扉をノックすると、少しして扉の鍵が開く音が聞こえた。

 

「突然の呼び出しでごめんね。君にだけは早めに伝えておきたいと思ってて」

 

「大丈夫です。それで話って?」

 

 オレの質問に答えることなく奥へと入る理事長。扉の鍵をしめその後を着いていく。

 机の席に腰掛けた理事長の対面に座ると、理事長は表情を歪めながら語った。

 

「先程、君のお父さんから連絡があった。3日後の放課後、君と話したいことがあるって……正直誤算だったね。まさかここまで早く事を進めてくるとは」

 

「とうとう来ましたか」

 

 気を使いながら語る理事長に対して、オレは一切動揺することなくその事実を受け止める。

 

「もちろん、話し合いの場には僕も同席させてもらう。でも手札はあちらが握っている。どう出てくるか分からないけれど、旭君と君の在学を天秤に置かれた場合……僕は君を選ぶことは出来ない」

 

「ええ。もちろんそれはオレも知っています」

 

 予め言ってくれるだけありがたい。……それに、もう覚悟は決めたからな。

 

「オレが退学することで九条の命が助かるなら、オレはしっかりと割り切って自主退学します」

 

「……済まない、綾小路君」

 

 常に日本中を動き回っている父親が、こんなにも直近で話し合いの場を設けようとしているんだ。九条の身柄もほぼ確実に拘束されているのだろう。九条からの連絡も途絶えている。ともすればこちらから打てる手立てはもう無い。正直いって負けはほぼ確定だ。

 ……それは、薄々堀北や坂柳も察しているのだろう。

 オレも、正直この生活がもう長くは無いことを理解している。

 

「今生の別れって訳でもないんですし、そんなに気にしないでくださいよ。……まあ、試験とか人間関係は色々大変でしたけど、それでもオレはこの学校が好きでした」

 

「……堀北さんはどうするつもりだい?」

 

 そこで理事長が挙げた人物が堀北。付き合っていることは言っていないのに不思議なものだ。傍目から見たら丸分かりなのだろうか? 

 

「堀北は……やっぱり残念ですね。欲を言えば、あいつの成長を間近で見ていたかったのはあります……っ!」

 

 言葉を紡ぐと同時に、胸の奥から今まで感じたことの無い感覚が込み上げてくるのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

「────ははっ、何だよ。……オレも、こんな、泣けるようになったんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 とめどなく溢れ、頬を濡らす雫に思わず笑ってしまう。

 

 今までのオレからは、本当に考えられない反応だった。

 

 やめてくれよ。……どうして今になって……別れる決心がついたっていうのに……! 

 

 

 

「嫌だっ……! くそっ、なんでなんだよ。なんで今更……」

 

 

 

 1度自覚してしまうともう止めることは不可能だった。

 静かな部屋にオレのしゃくり上げる声が響く。

 

「……それは、君が本当の意味で『普通』になれた証だよ。……ごめんね。……こんな、不甲斐ない大人で……本当に」

 

 うずくまって声を噛み殺すオレの頭に、ポンと小さく理事長の手が置かれた。

 

「……今生の別れじゃないさ、さっき君が言ったじゃないか。僕も、有栖も、旭くんも、そして堀北さんだって、君を絶対に忘れはしない。……また、元気な顔を見せてくれ」

 

 分かってる。もう手の施しようが無いところまで来てしまっていることなんて。分かってるつもりだった……! 

 

「うっ……くそっ……!」

 

「……今は思いっきり泣いておきなさい。そうしないと、あとから壊れてしまうからね。……ほら。僕以外に聞いてる人は居ないから」

 

 言葉と共に包み込む暖かい抱擁に、せき止めた感情が全て溢れてしまう。

 ……生まれて初めてかもな。人前でこんな大声で泣き叫ぶのは。

 

 

 

「っ────!」

 

 

 

 そんなことが気にならないほどに、オレの声が部屋中に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「……すみません。胸まで借りてしまって」

 

「……いいや。僕にはこれしか出来なかったから」

 

 先に希望は無いというのに、オレの気持ちはとても晴れやかなものだった。

 

「今度はもっと成長して顔を出しますよ。次に会う時は政界でですかね」

 

 とても恥ずかしいことをしたはずなのに、不思議と気持ちは晴れやかだった。

 

「あまり笑えない冗談だね」

 

 そんなオレの冗談を苦笑いで受け止める理事長。

 

「じゃあ、オレは帰ります。……ありがとうございました」

 

「……ああ。今日は肌寒いし、風邪ひかないようにね」

 

 願わくばオレもこの人の息子として生まれたかったものだ。……その場合坂柳が妹で九条が義兄になるのか。少し不思議な感覚だな。

 そんな理想を膨らませながら扉に手をかけたとき、理事長のポケットから着信音が鳴った。

 

「ごめん。……こっちにかかってくるのは珍しいんだけどな」

 

 不思議そうに着信を着る理事長。チラッと見えた画面には非通知着信と書かれていた。

 続いて流れるのは伝言メッセージ機能。機械音声とブザー音が流れる。

 

『あれ? ……切られちゃった……まあいいや。もしもし成守さん?』

 

「なっ!?」

 

 その後に聞こえてきたのは聞き覚えのある男の声。

 理事長からスマホをひったくるようにして奪い急いで掛け直す。

 

『あれ、繋がった。もしも「九条か!?」……お? 綾小路じゃん』

 

「どういう状況だ! 無事だったのか!?」

 

『ちょ、どういう状況? 成守さん……理事長そっちに居ない?』

 

 感情がジェットコースターのように乱高下したためか手元が震えている。

 そんな中必死の思いで通話設定をスピーカーにして理事長に向ける。

 

「あー……こんばんは旭くん。そっちは……えーっと、今どういう状況なのかな?」

 

 理事長も困惑と喜びが混じっているようで、言葉を上手く繋げれずにいる。

 

『今船の中っすね。誘拐犯縛り付けてそいつの携帯で電話してます』

 

 ビデオモードをオンにしたのか、画面にはロープで縛り上げられて気絶する4人の男をバックに、笑顔でピースをする九条の姿があった。

 

『1時間前くらいに出たばっかなので、多分着くのは明後日の夜とかになると思います。なんかこの船他の密入国者もいるみたいで、俺以外は多分普通の人たちです。コンテナが部屋になってる的な?』

 

 コンテナの内側の波打った金属壁を指で弾く九条。

 

「そうか……良かった」

 

 密入国者を普通の人と呼ぶのはどうかと思うが、恐らく大きな貨物船か何かに紛れて入国するのだろう。顧客はコンテナ単位ということだな。

 

『どしたの綾小路。随分鼻声っぽいけど風邪ひいた?』

 

「……いいや、大丈夫だ」

 

 誘拐された後にしてはあまりにも軽い受け答えだ。今まで通夜のような雰囲気になっていた友人たちに謝って欲しいくらいだよ全く。

 だが、この飄々とした男の声を、オレは誰よりも待ち望んでいたんた。

 

「というより、連絡遅せぇよ馬鹿」

 

『はぁ!? キレるぞバーカ! お前俺がどんだけ大変だったと────』

 

 そんな九条の叫び声に、思わず笑ってしまう。

 

 

 

「────作戦会議です。理事長、今すぐ堀北と坂柳を呼んでください。……もうキレました。あの男に目にもの見せてやりましょう」

 

 

 

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