ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
「久しぶりに帰ってきた感想はどうだ。お前にとっては実家のようなものだろう」
対面に座りこちらを睨みつける男を見て、思わず笑みがこぼれそうになるが寸での所で抑えた。
男の後ろには挟むようにして立つ護衛2人と、白衣の男が3人立っている。どちらも見覚えのある顔で嫌になるな。
「だとしたら残念だな。実家というのはもう少し暖かい場所だと思っていたんだがな」
何とか無表情を意識しながら、目の前の男に吐き捨てる。……よし、バレてはいないようだな。いけないいけない。全てが台無しになる所だった。
ここで習ったポーカーフェイスが皮肉にも役に立った瞬間だな。
「笑わせるな。お前自身がそんなものを望んでいないことは分かっている」
「何故言い切れるんだ? あんたが俺の何を知っている」
「全てだ。だからこそ、お前は俺の取引を飲んでここに戻ってきた」
一面を真っ白い色で覆われた不気味な部屋で、男は珍しく不敵な笑みを浮かべてこちらを見る。自身の目的が達成できたと確信している様子だ。
「ならそちらも約束を果たしてもらおうか。九条は無事なんだろうな?」
男と交わした約束。それは『オレが学校を退学しホワイトルームに戻る代わりに、九条旭を開放するというものだった』
睨みつけながら問い詰めるが、目の前の男が動揺した様子は一切ない。
「ふん。少し空手ができるだけの子供がそんなに大事か?」
「その少し空手ができるだけの子供にホワイトルーム生が負けたならお笑い草だな」
「確かに奴は5期生の中でも出来が良かったが、お前の足元にも及ばない実力だ。お前が友人と呼んでいる九条は確かに天才なのだろう。だがお前ならそれをねじ伏せることも可能だ」
こちらのことを何も知らない癖して、確信を持ったように言って来る男。
「なら少なくともオレの全てを知っているという発言は嘘になるな。九条の空手の実力は俺を凌駕するものだ」
「そんなつまらない冗談を教えたつもりは無い」
オレの発言を信じられなかったのか、男は眉間に皺を寄せながら吐き捨てる。
「冗談だと思うか? オレが九条の創設した空手部に所属していたことはあんたも知っているはずだ。そこで、オレと九条は練習日には必ず1本以上組み手を行う約束をしていた。その総数は優に150を超える」
ジッとこちらを見つめ、オレの発言を促す男。
「
「あ、あり得ない!」
オレの発言に続けて発言したのは、男の後ろに立つ白衣の男。確か名前は田淵と言ったはず。
取り乱し声を荒げる田淵だったが、それを咎める者はそこには居なかった。大なり小なり反応は異なるが、その場にいる全員が同様の感想を抱いていたからだろう。
「一度きりの勝負ならともかく、君が半年以上もかけて白星を上げれないなんて……」
「意外か?」
「当たり前だ! ……確かにホワイトルームの教育は様々なカリキュラムを行う以上、その道を極める者からすれば広く浅く学ぶことになる。だが
「ああ。8月辺りまではオレが勝ち続けていたんだが、それを追いあげるようにしてとうとう抜かされた。勿論、オレは全力で戦ったけどな」
今思えば勝てなくなった辺りって坂柳と付き合い始めた頃だよな? ……なるほどな。守るべき相手が出来ると強くなるということか。
……なら、オレも
「なるほど。その話が本当ならお前が入れ込むのも理解できる話だ。ここでは出会えなかった好敵手をお前は見つけ、それを追いこすことを目標としていた」
納得がいったという様子で鼻を鳴らす男。
「ならあんたは、初めて出会えた息子の良きライバルの芽を摘んだことになるな。親としては最低も良い所だな」
そんな男に皮肉を飛ばすが、堪えた様子は一切見せない。
「ならばお前は最低な友人になるだろうな。何故ならその過程でお前は芽生えた向上心を友情と勘違いしているだけだ。現に今も感情の揺らぎはほとんど感じられない」
「九条が生きていると知った安心かもしれないぞ?」
「────お前は父親である俺に逆らった」
そのただならぬ雰囲気に、後ろで立っている警備員ですらも生唾を飲みこむ姿が目に入る。
「そうだな。その結果として、オレは今ここに戻された訳だ」
冗談を交えて肩をすくめるが、その雰囲気は依然と重い。
「だがそれは結果であって罰ではない。何故なら、お前に与える罰はまだ始まってすらいないからだ。……
「もちろん、高度育成高等学校へ無事に送り届けることも条件だ」
「やはりお前に足りていないのはコミュニケーション能力だな。互いに何かしらの決め事をするとき、条件を後着け出来る訳がないだろう」
「……どういうことだ」
焦りの様相を見せるオレに、男は結論を話すことなくじわじわと追い詰めるように話を続ける。
「九条旭をさらうことはそれほど難しい話ではなかった。高度育成高等学校初の海外で行われる大会。その護衛に俺の息のかかった人物を入れ込むことは容易なことだ」
一気に内容を話さずあえて区切りをつけて話す。
そうすることで相手に深く内容を刻み付けると共に、重要性の高い会話が始まるという意識を植えつけるのだろう。
「護衛に下した命令は『何も話さず事故の被害者に徹する事』おかげで交通事故に見立てて九条旭をさらうことに成功した。事実としては腕利きの傭兵が誘拐したという訳だが」
重い口調、重い視線を混ぜることで、話を聞かされる側は、何のことかと勝手にマイナス方向に考える。どんなひどいことをしたのだろうと。
「そして中国日本間の密入国を斡旋しているブローカーに身柄を引き渡し、先日九条旭を乗せた船が到着。身柄は現在ホワイトルームで拘束する
今までの説明、その全ての前提を覆すような言葉に後ろの護衛たちが呆けたように目を見開く。
「俺の目論見は叶わずに終わった。何故なら九条旭は海の真ん中で。本当に行方不明になったのだからな。依頼したブローカーが後に拘束された状態で発見されたことから、船に乗り制圧したまでは良いが、無謀にも逃げ出すために船から飛び降りたんだろう」
それでも尚反応を見せないオレに、あっさりと、何の余韻もなく結論を述べた。
「そして、その近隣でそれらしき人物が居たという情報も入ってきていない。今頃は海の藻屑となっているだろうな」
「……何の罪もない子供を殺したのか」
オレの絞り出した質問に、男は何気ない、さも当たり前だと言わんばかりに言葉を発した。
「殺すつもりなどなかった。なんて口八丁を言うつもりは無い。────俺は九条旭を最初から始末するつもりで誘拐させたんだからな」
「は?」
「当たり前だろう。高度育成高等学校に所属しているだけでなく、今や九条旭は界隈だけでなく日本の注目を集める人物だ。誘拐するだけでも危険な端なのに、みすみす逃すわけがないだろう。奴の証言によってはこちらに足が付く可能性だってある。こちらについてから
……なるほどな。確かに、そりゃそうだ。
少し浮ついていた気持ちは間違いなくあった。
九条が誘拐されて、死んでいてもおかしくない状況から、元気な様子を見ることができて。オレたちなら何でもできると、そう思い込んでいたんだろう。
目の前の男がオレを丁重に扱うのは、オレに奴の商品としての価値があるからだった。そう理解していたつもりだった。
だが全く理解していなかった。この男が、どれだけ悪辣で外道なのかを、やっと理解した。
「はははは! ははははっ!」
────傑作だ。なんて滑稽な話だろう。
ここまで腹の底から笑ったのは初めてだ。これが面白いという感情か! 涙すら込み上げて来るぞ!
「自分がしたことをようやっと理解したようだな。お前に友人なんて必要ない」
「これは……下がってください、綾小路先生」
護衛の一人である初老の男性が割って入ってくる。このままオレが手を出すとでも思っているのだろうか?
「黙っていろ。お前のその感情も、友人という不必要なものを望んだ結果が生み出したものだ。もっとも、号哭ではなく哄笑の時点でお前の
傍から見る限り間違いなく心が壊れてたであろう息子に、追い打ちをかけるように言葉を投げつける男。これで壊れる訳が無いという一種の信頼なのか、それともオレに罰を与えたいのか。それは定かではない。そんなことはどうでもいい。
「よく分かったよ
ただただ意識が深いところへと沈み込んでいく。どこか夢のような現実感のない、見渡す限りの白い部屋に囲まれて、オレは自身の腹の底が恐ろしく冷え切っていることを自覚した。
「……清隆?」
良かった。これで嘘でもオレのことを愛していたなんて言われたら、今のオレなら躊躇してしまうだろうからな。
「そしてありがとう。どうしようもないクズで居てくれて」
相手を警戒させないようゆるりと懐からインカムを取り出し、それを耳に取り付ける。
「作戦開始だ堀北。このクソ野郎が積み上げたもの、全部ぶっ壊してやれ」
瞬間、けたたましい爆発音がホワイトルームを包み込んだ。
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少し考えてみて思ったことだが、オレは案外優等生だったりするのかもしれない。
「どうなってやが────っぐあっ!?」
確かに思考回路はやや物騒なのはオレ自身も認めているが、実の所入学してから誰にも暴力行為を振るっていないんだ。……体育祭のときの九条? いや、あれはまた別の枠組みだろう。
「逃げてください! 綾小路先生!」
「クソッ! どういうつもりだ! 清隆ぁ!」
そう。オレは九条とは違うのだ。無人島試験でオレが立てた作戦を全て敵全員をボコボコにすることで瓦解させた九条や、虫の居所が悪いとすぐコンパスを突き刺してくる堀北といった、自称優等生たちとは大きく違う。坂柳に関しては……まあ自分が出来ない分他人にやらせる時点でもっと悪質だろう。そうするとオレは4人の中で唯一、極めて穏便で大人しい生徒と言える。
「月城先生は綾小路先生を! 私はここでこいつを食い止めます!」
ホワイトルームでは最高傑作と呼ばれていたのも、そういう側面があったからだろう。ただひたすら与えられた命令をこなし、自我を完全に切り捨て結果だけを求めるロボット、それがあの場所でのオレの評価だった。
そしてホワイトルームの責任者はオレの実の父親。これを踏まえて考えてみると、オレは反抗期が一切来ることなく高校生になったといえる。
「さあ、こっちです! 司馬君が抑えている間に!」
「ぐっ……!」
そんな他愛もない思考が延々と流れてくる。あまり無意味なことは考えない質の人間だと自負していたが、気分が高揚しているから仕方がない。
だってそうだろう? 人生で初めての経験というのはテンションが上がるものなのだから。
『おいーっす。そっちどんな感じ? こっちは予想通り完全に電子制御だったよ。電源落とせてる?』
考え事をしていたらインカムから九条の声が聞こえてきた。それと同時にけたたましく鳴っていたアラートが消え、廊下を薄暗く灯していた非常灯すら消えている。どうやら第一段階は上手く行ったようだ。
よし。ならとりあえずこっちを片付けないとな。
「ッ!?」
突き出されたスタンガンを躱し、懐に潜り込んでブローを入れ込む。
「ごっ……ぐっ」
相対する男も間違いなく強いんだろうが、一撃で気絶してしまった。今のオレはかなり気分が良い。多分バフか何かが掛かっているんだろう。正直今までで一番動きのキレが良かった。
「こっちは制圧した。父親と護衛は逃がしてしまったが。電源に関しては大丈夫だ。明かり一つ無いぞ」
作戦の成功をしっかりと九条に伝える。お互いの様子が見えない状態のため、情報共有は一番大事だ。
『チッ、しくじってんじゃねえよ』
『仕方ないでしょう。余計な口を挟まないで頂戴
「喧嘩はやめてくれ、指示が通りにくくなる」
苛立ちを隠さず舌打ちをした龍園に堀北が突っかかる。
何となく分かってはいたが、いくら堀北が成長したとしても龍園とは馬が合わないようだ。
「龍園。正面の方はどうだ」
『……ロクな装備持ってねえな。玄関に突っ立ってたアホも警棒しか持ってねえ』
「お前らこれ持ってろ」と誰かに声をかけた後、龍園はガサゴソと何かを探しながら答えた。
「よし。じゃあ手筈通りだ。各々好きに暴れまわってやれ」
────人生最初で最後の反抗期を、あの男に見せてやろうじゃないか。