ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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継ぐ心

 

 

 

「……落ち着いた?」

 

「……はい」

 

 泣きじゃくる天沢さんの頭を撫で続けること約5分。落ち着いてきた頃合いを見て問いかけると、今にも消え入りそうな霞んだ声が返ってきた。

 そうだね。落ち着いて考えれば結構恥ずかしいよね俺たち。事情が事情だし仕方がないけど。

 

「じゃあ、俺は残った子たちの部屋開けて来るから、この子たち引き連れて外で待っててくれない?」

 

 自分でも驚くほどの早口の言葉を繋いだ。凄い淡白な奴に見えるかもしれないけどしょうがない。だって俺には坂柳有栖という愛しい彼女が居るんだ。お互いにそういう感情が無いにせよ、他の女と5分間も抱き合っていたことがバレたら大変なことになる。

 その上この辺は期生ごとに分けられた子供たちの部屋が多く存在するため、現在進行形で仕事を進めてくれているであろう龍園なんかに見つかる可能性も大いにある。そうなれば俺は自ら死を選ぶだろう。

 

 このまま置いていくのは非常に心苦しいが、俺だけ仕事をしない訳にもいかないからな。ごめんよ天沢さん。

 

「待って!」

 

 逃げるように立ち上がって背中を向けるがそこはホワイトルーム生。見事な反応速度で裾を掴まれてしまった。

 

「えっと、その……」

 

 俺は反射的に後ろを振り返り、己の行いに後悔した。

 振り返った先に見えたのは、泣き腫らした目を上目で見つめてくる天沢さんの姿だった。

 ……勘弁してくれよ。こんな顔されたら罪悪感がエグイって。

 

「また……会えますか? 先輩」

 

 俺の心を更にえぐる天沢さんのしおらしい言葉。うん、こりゃ無理だ

 

「今度は本当の()()()()()()()会いたいかな。来年、八神君との入学を待ってるよ」

 

 悩んだ末俺は『未来の自分に丸投げする』という選択をした。我ながら最低である。

 でもちゃんと『先輩後輩』って言ったし大丈夫っしょ。うん、大丈夫なはずだ。

 

「っ!はい!」

 

 そんな俺の最低な心内が伝わることは無く、天沢さんは満面の笑みで元気よく返事をした。

 

「任せてくださいね先輩! あたし、責任もってこの子たち守るんで!」

 

 そう言って先ほど俺が片車をしていたゆいちゃんの頭を撫でる。

 一方で撫でられたゆいちゃんはというと、視線を天沢さんと俺との間で右往左往した後、頭に置かれた手を除けてこちらへ駆け寄った。

 

「やだ……お姉ちゃん怖い」

 

 俺の腹に手を回し、俺の体を間に挟んで天沢さんを睨むゆいちゃん。

 

「ほら、もう怖くないよー。お姉ちゃんにお名前教えて?」

 

「やだ!」

 

「ええ……?」

 

 がーんという効果音が付きそうな程ショックを受けている天沢さん。

 さっきまで大声で笑いながら人ぶん殴ってたからそりゃそうだという気持ちもあるが、それ以上に天沢さんの反応が面白かった。

 

「ぷっ……! あはははは!」

 

「先輩! 笑わないでくださいよ!」

 

「いやだってさ! お前そんないきなりっ、あはははは!」

 

 なんだよ。年下の子供に嫌われて怒るとか、ちゃんと年相応の反応できるじゃねえか。何かに取り憑かれたみたいに綾小路を追い続けてたときより何倍も魅力的に見えるぞ。

 

「あー、笑ったわ。ほら、ゆいちゃん。もう天沢さんは怖くないから、あんまり困らせちゃダメだぞ?」

 

「うん。分かった。ごめんねお姉ちゃん」

 

 トテトテと天沢さんの元へ行き頭を下げるゆいちゃん。この子も結構マイペースだな。綾小路もそうだけど、ホワイトルームで育つとそういう性格になりがちなのだろうか。あるいは天沢さんや八神君みたいな戦闘狂タイプか。

 

「う、うん。大丈夫」

 

 そのマイペースが案外特攻だったのか、天沢さんは困惑しながらも嬉しそうにしていた。

 

「その様子じゃ大丈夫みたいだね。今度こそ頼んだよ天沢さn「一夏」……ん?」

 

 俺の言葉を遮った天沢さんは、百点満点のドヤ顔をしながら驚きの提案をして来た。

 

「一夏って呼んでくれたら引き受けてあげます。私も先輩のこと下の名前で呼ぶんで」

 

 確かに今更さん付けで言うのはちょっとおかしいもんな。別に減るもんでもないし全然OKだ。

 

「一夏ね。おっけい」

 

「はい! ……えーっと……あれ」

 

「ん?」

 

 元気よく返事をしてくれた一夏だが、俺の目を見ながら何かを迷う素振りを見せている。

 

「先輩の下の名前って何ですか?」

 

「あっ」

 

 そう言えばそうじゃん。俺名乗ってないわ。

 名前知らない状態であんなことしてたのか。ちょっとウケる。

 

「旭だよ。九条旭。新聞社じゃなくて旭日の方ね」

 

「あさひ……旭! 旭先輩ですね!」

 

 名乗っただけなのに随分と嬉しそうな反応をしてくれるものだ。普通の学校に居たなら同級生や先輩を勘違いさせる女になっていそうだ。

 俺も一夏の育った環境や先ほどのやり取りを知らない状態だったら、『こいつ俺に気があるのか?』なんて痛い勘違いをしていたところだろう。……ホワイトルームや綾小路への想いで狂ってしまっただけで、根はこうやって周りを笑顔にできるいい子なんだ。

 

 出会って1時間も経ってないのに何で分かるかって? 

 

「えへへ……よろしくお願いしますね! 旭先輩!」

 

 ニコニコと少しはにかみながら右手を差し出してくる一夏。

 

「おう! よろしくな!」

 

 ほらな? こんなにも綺麗な笑顔ができるんだ。簡単な話だろ? 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「じゃ、頼んだよー!」

 

 この場にそぐわない純粋そうな笑顔で手を振りながら、旭先輩は真っ白の廊下を走って行った。その背中に、あたしは努めて笑顔を浮かべながら手を振り返す。

 そうして角を曲がって姿が見えなくなったとき、あたしは言い知れぬ喪失感を感じてしまった。

 

「あーあ。行っちゃった」

 

 おかしな話だよね。だって、ついさっき会ったばっかりの人なのに。……って、それは今更かな。

 人前で心から涙を流したのは何年ぶりだろうか。少なくとも、あたしが小学生と言われるような年齢になってからは一回もなかった気がする。だって、そんなことをしたら教官に痛い思いをさせられてしまうから。

 

 ……暖かかったなぁ。旭先輩の腕の中。その名前の通り、きっと太陽の様に明るく真っ直ぐな人なんだろうな。共に過ごした時間こそ少ないけど、それは確信している。

 

「起きてる? 拓也」

 

 そのとき私は、隣に敷かれた掛け布団の上に寝かされている拓也に声をかけた。

 拓也は最初こそ両手足を紐で縛られていたけど、あたしを慰めた後に『必要ないだろう』と外してくれたの。

 

「……ああ。起きてるよ」

 

 どこかばつが悪そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと起き上がる拓也。

 

「因みにいつから?」

 

「『だめっ……泣いちゃだめ……!』……痛っ! ごめん、ごめんって!」

 

 痛めたであろう背中に指をツンツンと突き刺す。意地の悪い拓也には良い薬かも。

 お仕置きが効いたのか、落ち着いた拓也は真剣な表情で言葉を続けた。

 

「負けたよ。実力も、人としてもね。完敗だ」

 

 両手を天井に向け首をかしげる拓也。その表情には苦笑いが浮かび上がっている。

 

「強かったね。旭先輩」

 

 戦いが終わった後も全然疲れてなさそうだったし。『いい勝負だった』とか言っちゃって、本人は隠してるつもりかもしれないけど丸わかりだから。

 

「ああ。……悔しいけど、今の僕じゃ逆立ちしても勝てないだろうね」

 

「でも、不思議と悪い気持ちはしないよね。逆に色々スッキリした感じ?」

 

 初めての感情だった。少なくともここで育ってきた間ではね。

 

「それは一夏だけだろ? あれだけ子供みたいに「もう一発いっとく?」……いや。遠慮しておくよ……」

 

 拓也を黙らせた後、無言でこちらを見上げるゆいちゃんの脇に手を回して上に持ち上げた。

 

「わっ」

 

 ……軽いなぁ。片手でも持ち上げられるもん。

 

「行こっか」

 

「……そうだね」

 

 あたしも拓也もあまり長く話したい気分じゃなかった。今日は色々な事が起きすぎだ。

 旭先輩がやっていたように、由衣ちゃんを肩車する。そのまま拓也と二人で任された子供たちを外に案内する。

 

「拓也は綾小路先輩に会いに行かなくていいの?」

 

「知ってて言ってるなら質が悪いよ」

 

 苦笑いを浮かべながら、拓也はそう呟いた。

 

「拓也ほどじゃないけどねー」

 

「悪かったって、からかいすぎたことは謝るよ」

 

 流石5期生で最も優秀だった生徒。言葉の奥に潜む私の気持ちを理解してくれたらしい。

 

「というより、一夏はそれでいいのかい? 随分とご執心だったじゃないか」

 

「うーん。なんか疲れちゃってさー。今更どんな顔して会えばいいのかってのもあるし」

 

 あれほどまで焦がれていた筈なのに、今やその気持ちはすっかり冷めきってしまっている。熱しやすく冷めやすい性格だとは自分でも思っていたが、まさかここまでとは。

 

「惚れたのかい? 九条先輩に」

 

 そんなデリカシーのない言葉を送ってくる拓也。普通の女の子なら平手の一つ飛んでいてもおかしくないけど、不思議とそんなことをする気にはなれなかった。

 

「分かんないよ。これってどういう気持ちなんだろうね」

 

『好きか』という質問に対しては問答無用でYESと答える。心から気持ちを曝け出せたのは旭先輩の前だけだし、抱きしめられた時の暖かさはすっごく心地いい。

 でも、それが世間一般で異性に向ける『好き』かと言われれば、そんなこともない気がするのだ。

 

「意外。一夏なら『好きなんて言葉で片付けられる感情じゃない』くらいなら言いそうなのに」

 

「まあね~」

 

 拓也もきっと私が困惑しているのを知っていて聞いてくれたんだろう。なんだかんだ言って、生まれてきた時から一緒の為付き合いは長い。

 と、そんな恋バナともとれる年相応の話をしながら歩いていたときだった。

 

「おや。これは驚きました。命令違反とは偉くなったものですね」

 

 突如後ろからそんな聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、そこには温和な笑みを浮かべる初老の男性の姿がみえる。

 

「……月城先生」

 

 拓也が私とゆいちゃんを守るように一歩前に進み、子供たちを挟んで奥にいる月城先生を睨みつける。

 

「駄目。逃げるなら拓也が皆を連れて行って」

 

 気丈に振る舞ってはいるが、旭先輩との戦いで拓也の体はボロボロだ。

 月城先生の実力がどの程度かは知らないけど、綾小路先生の右腕的存在で護衛も任されている時点で実力者なのは確実。

 

「でもやるなら二人で行くよ。分かった?」

 

 ゆいちゃんを下ろし、拓也の隣に並び立つ。私も万全とはいえないし、あたしたちと違って何かしらの武器を渡されているかもしれない。正直分が悪い戦いだけど、そんな悠長なことを言っている暇は無い。

 

「……約束はいいのか?」

 

「拓也1人置いていったら先輩に顔向けできないでしょ。それに、あたしがそんなに冷たい女に見えるの? ショック~」

 

 軽口を叩きつつも、内心余裕なんて一切ない。あの優しさと温もりを知ってしまった今、ここに戻されることを考えただけで体が勝手に震えてしまう。

 

「ふむ。何を勘違いしているかは想像つきますが、私はここで一戦交えるつもりはありませんよ」

 

「……それを信じれると思いますか?」

 

「証明しろと言われたら難しいですが、これで信じていただけますかね」

 

 そう言うと、月城先生は懐からスタンガンを取り出してこちらへ投げてきた。それを手でキャッチすると、月代先生は肩をすくめてため息をついた。

 

「先ほど確認しましたが、既に4分の3の部屋が解放されているようです。もうすぐ警察も到着するそうですし、あなたたちも早く逃げた方が良いですよ」

 

「逃げるって……この後どうするの?」

 

「残念ですが、私はここでお暇させていただきます。それにしても、先生のご子息は既に完成していますね。私もこっぴどくやられてしまいました」

 

 痛たた、と呟きながらスーツの下に着用したワイシャツを捲ると、肋骨あたりに巻かれた包帯が赤く滲んでいる。

 

「私も捕まりたくはありませんし、あなたたちと戦うメリットはないということです。理解していただけましたか?」

 

「……分かった」

 

 不満はあるだろうが、拓也はそれを表に出さずに構えを解く。あたしも彼が嘘をついているようには見えなかった。

 

「失礼しますよ」

 

 子供たちをかき分けるようにこちらに向かって来る月城先生。すれ違って完全に離れるまで警戒を解かずにいたが、言葉通り手を出されることもなく歩いて行く。

 

「そう言えば、一つ言い忘れていたことがありました」

 

「……何?」

 

 こちらを振り返って何かを取り出す月城先生。

 

「私の連絡先です。もし、あなた達が公的機関の支援を受ける気が無いのであれば、私の元に連絡してください。そうすれば、あなた達は普通の中学3年生ととして過ごすことが可能でしょう」

 

「それって……」

 

 あたしの質問を遮るように、甲高い破裂音が廊下に響いた。

 

「────綾小路先生もここまでですね。私は勝ち馬に乗らせていただきますよ」

 

 そういって、月城先生は真っ白な廊下の奥に消えて行った。

 

 





────半年後

「大丈夫ですよ坂柳先輩! 旭先輩は、私にとってパパみたいな人なので!(純真)」
「えっ」
「……は?」

 みたいな展開になりそう。

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