ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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 そう言ってあげてください。






おつかれさま

 

 

 

 月城との戦いを終えたオレは、ホワイトルームの中で一番大きい両開きの扉の前に立っていた。

 持ち手に手をかけ手前に引くと、思っていたよりもすんなりと扉が開く。

 

「来たか」

 

 部屋の中央のデスクに腰掛けるはオレの父親。呼吸を荒くしながら、部屋中央のデスクに腰掛けている。

 

「意外だな。てっきり尻尾を巻いて逃げたのかと思ったが」

 

「本当にそう思っていたのなら、ここにお前が来ることは無いはずだ」

 

 こちらの挑発ともとれる発言にそう断言すると、デスクから立ち上がるとゆっくりとこちらに歩み、手前側にある応接テーブルに深く座った。

 

「お前の魂胆は目に見えている。時間が惜しい。さっさと座れ」

 

「話が早くて助かるな」

 

 思ってもいないことを口に出し、オレは父親の対面に腰掛けた。

 

「端的に言わせてもらう。こちらの要件は1つ。ホワイトルームプロジェクトを白紙にし、二度とオレに関わらないこと。これだけだ」

 

 もう父親の野望に付き合わされるのはうんざりだ。内容だけは興味深いところもいくらかある。だがオレはこの半年間で大切なものを知ることが出来た。それを天秤にかけたとき、オレは後者を選んだ。ただそれだけの話。

 

「ここはお前の人生よりも長い時間をかけて作られた。それを貴様の要求で今更白紙に戻せと? 話にならんな」

 

「まだ自分の立場を理解していないようだな。オレが今やっていることは『交渉』ではなく『要求』だ。警備はほぼ無力化されている。ホワイトルーム生は半数以上が脱走している上、あんたの頼みである月城はもう逃げたぞ」

 

 父親にしてはやけに信用していると思っていた。たが、戦ってみてその理由が分かった。それほどまでに、月城という男は強敵だった。

 

「既に通報も済ませている。直に警察が到着するはずだ。そうすればあんたは監禁と児童虐待で檻の中。芋づる式に過去の犯罪も見つかるだろうな」

 

 思っていたよりも悪い状況だったのだろう。父親は上を向いて大きく息を吐き、眉間に皺を寄せながら語った。

 

「……正直言うと驚いたぞ。まさかお前がここまで明確な意思を持って事に及ぶとはな。それも有象無象の、ただの学生を頼みにな」

 

「子供の成長は早いんだ。少なくとも、あんたが見てきたオレは、今のオレとは全く違う」

 

 ソファから身を乗り出してそう返すと、男はオレを嘲笑するように小さく笑った。

 

「まだ自分が普通の人間になれると勘違いしているようだな」

 

「……あんたが普通の人間を語るのか?」

 

「確かに俺は世間一般で言う普通の人間からかけ離れている。だがそれはお前も全く同じだ。どれだけ普通の人生を渇望しようが、平穏な人生を送ることは不可能だ」

 

 低く暗い声色で威圧感を与える口調で語る。今まで幾度となくその芸当で自身の要求を押し通してきたのだろう。

 そう思わせる程、父親の言葉には『慣れ』を感じさせるものがあった。

 

「最初に監視室を破ったときに使った爆弾。あれはお前が用意したものだな」

 

「ああ。ここで教わった知識をふんだんに活用させてもらった」

 

「それを学生に渡し、お前の合図で爆破させた」

 

「何が言いたい」

 

 煮え切らない父親の質問に催促すると、父親は足を組み直して答えた。

 

「その際に被害者が出ることは想定していなかったようだな。部屋の中に人が居て、仮にそれがお前たちのせいで死んだ場合、どう責任を取るつもりだったんだ?」

 

「こんな実験に加担している人間に気を配れる余裕はない。そのときはそのときだ」

 

 嘘をつく必要は無いため正直に答える。

 こんな実験を行われている事を知っていて、その上でこの男に追従してきたんだ。ロクな人間ではないことは父親も分かっているはずだ。

 

「そのときはそのとき? 随分と悠長なことを言うようになったな清隆。その者たちにも帰りを待つ家族が居るのかもしれない。それをお前自身ではなく、お前が親しいと『思い込んでいる』者たちに手にかけるように命令した。この事実はもう覆らない」

 

 言い返さないオレに畳みかけるように続ける父親。

 

「優先順位の最上位に親しい人間が入り込んだだけで、それ以外はどうでもいいという破綻した考え方の根本は、ここを出た時から何一つ変わっていない。だから友人が殺人犯になる可能性も無視することが出来た。今はそれでもいいかもしれないが、いずれお前は気づかされるだろう。真っ当な環境で出会った者たちと、対等な関係を育むことなど不可能だということに」

 

「随分と早口だな。あんたらしくもない」

 

「これは最後の警告だ清隆。いい加減くだらない好奇心を捨て、上に立つ者としての自覚を持ち直せ。そうすれば今回の件は不毛にしてやる。下で暴れている餓鬼共も、今回に限っては見逃してやろう」

 

 この男にしては珍しく、かなりこちらに譲歩した提案だった。

 最低限妥協できるラインとしてオレの服従を命令。それが成功すれば九条たちはどうでもいいという判断なのだろう。

 

「断ると言ったら?」

 

 だが先ほども言った通り、依然として状況はこちら側が有利。確かに父親からすれば苦汁を飲む決断かもしれないが、オレからすれば話にならない。

 

「そのときはこうするまでだ」

 

 そう言って父親はスーツのポケットに手を入れ、武骨に黒光りするリボルバーをオレに向けた。なるほどな。そりゃあ、この男なら拳銃の一つや二つ位持ってるだろうな。

 

「あんたにオレが撃てるのか?」

 

「いくらお前が最高傑作と呼ばれるほどの性能を持っていても、制御ができないのならば意味がない」

 

 立ち上がり上からオレの額に銃口を突き付ける。父親の指が1センチでも動けばその瞬間、オレの命は脳髄と共にぶちまけられるだろう。

 

「……」

 

 これだけで一気に形勢が逆転した。……全く。文明の利器とは恐ろしいものだ。人類は一体なんて恐ろしいものを作り出してしまったのだろう。

 そんな先人たちへの恨み言を心の中で呟きながら、ため息を吐いて目を閉じる。

 

「……ようやく納得したか。立ち上がって後ろを向け」

 

 それを見てオレが諦めたのかと思ったのか、緊張をわずかに解いて小さく息を吐く父親。

 命令された通り立ち上がるが、オレはそのままジッと父親の目を見続けた。

 

「何をしている。さっさとしろ」

 

 身長はオレの方が幾分か高いため、オレが父親を見下す形になる。

 

「勘違いするなよ。オレは諦めたわけじゃない。決心がついただけだ」

 

 

 

 この下らない過去を清算する、決心がな。

 

 

 

「何だと────ぐっ!?」

 

 射線上から頭を逸らし()()右手を掴む。その際はずみで引き金が引かれたのか、乾いた銃声と背後のガラス棚が割れる音が部屋に響くが気にせず投げ飛ばす。

 

「っ! 清隆ぁ!」

 

 そのまま関節を固め、握りが弱くなったリボルバーを手から外して蹴り飛ばす。

 男はしつこく抵抗を続けるが、肉体の衰えた年寄りにオレが力負けする道理はない。

 

「あんたには感謝している。作戦を立てるための知能も、銃を突き付けられた状態からこうやって制圧するため技術も、全てあんたの教育の賜物だからな」

 

「ここで俺を退けても、ホワイトルームプロジェクトが終わることは無い……! 俺が死んだとしても、お前を狙う者は必ず現れる! 俺とは比べ物にならない程大きな存在が、最高傑作であるお前を狙ってくるはずだ!」

 

 組み伏せられながらも大声を上げる男……こんな男に、オレは今まで手を焼いてきたのか。

 

「だったらその度返り討ちにすればいい。そうするだけの力が……仲間が、今のオレには居るからな」

 

「お前の口から仲間なんて言葉が出るとはな! お前は、その道を知った気になっているだけだ。いずれその選択を後悔する日が必ず来る!」

 

 ここに来てまるで親のようなことを言って来る男だが、その言葉はオレのやる気を更に上げることに気が付かなかったようだ。

 ああそうだな。確かに、道を知っていることと、実際に歩くことは大きく違うのだろう。

 オレは『その先』を、知った気になっているだけなのかもしれない。

 

「悪いが、絶対に失敗しない人生なんて御免なんだよ」

 

 

 

 ────だがそれでいいじゃないか。転んだら都度起き上がればいい。手を貸してくれる大切な人たちは、確かにオレの周りには存在しているんだから。

 

 

 

「殺しはしない。少し寝ていてもらうだけだ。もし更生したのであれば、腹を割って2人で酒でも飲もうじゃないか」

 

 万に一つもあり得ないかもしれないが、こいつが本当に罪を償ったとしたなら、そのときはまた父さんと呼んでやろう。こんな男だがオレが知る限りの、唯一の肉親なのだから。

 血の繋がりを気にするなんてオレらしくなさすぎて笑えて来るが、こういう所から普通の人間に直していけばいい。そうだろう? 

 

「ぐっ! クソッ! ふざけるな! お前は、俺の────」

 

 暴れまわる男の首をギリギリと絞めていく。頸動脈を完璧に絞め切ってから数秒で、男の抵抗はどんどんと弱まっていった。

 

「俺の。何だ?」

 

「──、──……────っ!」

 

 何か言っていたようだが、聞き取ることができない。

 結局、その答えを聞くことは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「……終わったか」

 

 目の前にうつ伏せに倒れる男を見て、何とも言えない気持ちを言葉として吐き出す。

 そんな気持ちを切り替えるべく、オレはインカムのミュートをオフにする。

 

「綾小路だ。こちらは全て終わった。皆の状況はどうだ?」

 

 そう話した瞬間、九条の焦ったような大声が聞こえてきた。

 

「大丈夫かよ綾小路!? なんかすっげえ音してたけど!」

 

「大丈夫だ。何の怪我もしていない」

 

「良かった~。心配させんじゃねえって!」

 

 ほっと息を吐いたのがマイク越しでも伝わってくる。

 相変わらず平常運転の九条に笑いがこみあげてくる中、次に聞こえてきたのは龍園の声。

 

「こっちの解放も済んでるぜ。全員外に集まってる……チッおいクソ餓鬼共、こっち来んじゃねえ邪魔だ」

 

「あははは! 龍園大人気じゃん。写真撮っちゃおー」

 

 どうやらあっちは随分と愉快なことになってるようだ。

 

「約20分後に警察が到着します。表の道以外に物資輸送用の裏道があるのでそちらから移動してください。綾小路君、お疲れでしょうけどなるべく急いでくださいね」

 

「分かった」

 

 珍しく疲労を訴える体に鞭を撃ち、坂柳から送られてきた合流地点へと向かう。

 外に出ると辺りは既に暗くなっており、月明りだけが真っ白な施設を不気味に照らしていた。

 

「おーい! こっちこっち!」

 

 声の方を見ると、車に乗った九条がドアを開けてこちらに手を振っている。

 小走りしながら車へ向かい中へ乗り込む。左後部座席に乗り込むと、右隣には龍園がドカッと座り込んでいた。

 

「これで全員っすか!?」

 

「ああ。さっさと出せ」

 

 明らかに年上であろう厳つい刺青の入った男に指示を出す龍園。因みに九条は助手席に乗っている。

 

「じゃ。よろしくお願いしますねー先輩」

 

「おう! 暴走族のハンドリング見せてやりまっせ!」

 

「揺らしたら殺すから覚悟しとけよ」

 

 そう言いながら龍園は運転席のシートに足を乗せ、男の肩をドンと蹴る。

 

「は、はい!」

 

 これを見越して頼み込んだが、実際に目の当たりにすると凄まじい光景だな。中学生にして地元の半グレ、暴走族を束ねていただけある。

 

「ふっ、あははは!」

 

 何故だろう。こんな些細な事なのに笑いが止まらない。

 

「おお珍しい。綾小路がこんなに笑うなんて」

 

「けっ。気持ち悪ぃな」

 

「はぁ? お前こんなに良い笑顔を見てよくそんなこと言えるな!」

 

「誰が男の良い笑顔なんて見てえんだよ。テメェはホモ野郎か?」

 

「きっっっしょ。人の心とか無いのかよ。全部解決してやっと笑えるようになったって言うのにさぁ! あと今多様性の時代だから! そういう発言は遅れてるぞ!」

 

「九条さん! ちゃんとシートベルトしてください!」

 

「あっ。ごめん……」

 

 そんなしょうもないやり取りでさえも、今はとても心地が良い。

 

「あー……笑った。……悪くないな。こうやって笑うのも」

 

 

 

 これからもっとこういう体験が増えていくんだろう。そう考えると、何とも言えないワクワク感が浮かんでくる。

 失われた15年という年月は余りにも長すぎたが、そんなものはこれから取り返していけばいい。

 

 

 

「────よし。もっと飛ばしてくれ。暴走族の腕前を見せて貰おうじゃないか」

「ええ!? 無茶っすよ! これでも60キロ出てるんすよ!?」

「良いじゃねえか。やれよ」

「……事故っても文句言わないでくださいよ!」

「……えっ、速くね? まだ加速するの!? ちょ、ヤバい死ぬってこの速度! 速すぎだって先輩! マジで! 綾小路も余計なこと言うなって!」

 

 

 

 

 

 ────ならば、まずはこの時間を楽しもうじゃないか。

 

 

 

 

 

「ぎゃああぁぁぁ! こいつ絶対ホワイトルームの教育で危機感死んでるってえええ!」

 

「はははは! 良いぞ! 行け行け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────最後になりましたが、新入生の皆さんの今後のご活躍を心からお祈り申し上げ祝辞とさせていただきます。在校生代表生徒会長、南雲雅』

 

 壇上に登った生徒会長、南雲雅の声がスピーカーから体育館中に響く。更に見事な所作で一例を終えると、体育館は拍手の音に包まれた。

 

「けっ、やりたい放題やってる癖に猫かぶりやがって」

 

 パイプ椅子に座りボーっと手を叩いていると、後ろに座る須藤が吐き捨てるように言った。

 

「須藤。気持ちは分かるが静かにしろ。また()()に怒られるぞ」

 

「げっ……! それだけは勘弁だぜ!」

 

 女子の列、後ろから3番目辺りに座る鈴音を顎で指しながら注意すると、須藤は露骨に嫌そうな顔をして大人しくなった。

 ……大人しく言うことを聞いてくれるのはありがたいが、自分の彼女を鬼の様に扱われているのは少し気に食わない。

 

「……あのなぁ」

 

「冗談だって! ちゃんとすっから怒んなって!」

 

「はぁ……」

 

 これ以上詰めたらオレのせいで減点されそうだ。…仕方がない。オレは大人だからな。こちらから引いてやろう。

 

「ほら、次は新入生代表挨拶だってよ!」

 

 誤魔化すように壇上に視線を向ける須藤。調子のいいヤツだ。

 

「全く……ん?」

 

 そう思って壇上をふと見上げると、そこには見覚えのある男子生徒の姿が。

 

『暖かい日差しに包まれ、春の美しい花も咲き始めた今日この頃、私たち160名は無事、高度育成高等学校の入学式を迎えることができました────』

 

 ザ・好青年といった様子の男子生徒が、温和な笑みを浮かべながらスピーチを行う。緊張している様子は全く見えない。

 

「……なるほどな。全く、理事長も粋なことをするもんだ。……あるいは」

 

 我がままを言って一度だけ会わせて貰ったが、それから元気に過ごせていたようで何よりだ。

 新入生代表挨拶は、入試で最も良い成績を取った生徒が話す取り決めがあったはずだが、まさか()()()()を超える成績を叩き出したのだろうか? 

 

「……どちらにせよ些細な事だな」

 

 そんなオレの呟きは、体育館中に響く男子生徒の声にかき消された。

 

『最後に、校長先生をはじめ、先生方、先輩方。そしてこの場には居ませんが、私たちを支えていただいた保護者の皆さまなど、多くの方への感謝を忘れずに、日々学業運動共に邁進することを誓い、新入生代表挨拶とさせていただきます。

 

 

 

 

 

 令和○○年度4月×日 新入生代表────()()()()()

 

 

 

 

 





 
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