ようこそ純愛過激派の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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リハビリがてら過去の回想を書いてぬるっと原作に合流します。



間章
おかえり


 

 

 

 優れた遺伝子を受け継いだとは思う。容姿にも恵まれ、勉強にも困ることなく大学を卒業できた。空手だってハイペースで帯の色を変えていったし、年が同じならば道場の男の子にも負けたことは無かった。

 

 だから、傲りがなかったなんて言葉は嘘になる。あの頃の私は、自分が世界で1番偉い人間なんだ、特別な人間なんだという、年相応の根拠の無い自信を持っていた。

 中学のとき、そんな私を見かねてかお父さん……師範代が1人の男の子を道場に連れてきた。

 

「今日からこの子の面倒を見てやって欲しい。ほら旭君。挨拶挨拶」

 

 どうやら友人から紹介らしい。お父さんは界隈ではそこそこ有名なため、そういうことは珍しい話でもなかった。だが、姉弟子として、色々世話をしてやって欲しいと言われたのは初めてだった。

 

「う、うん……よろしくおねがいします」

 

「少しキツイ性格だが、根は案外優しい自慢の娘だ……「お父さん?」……って、分かった分かった。俺が悪かったって!」

 

 気が弱そうな、小さな男の子だった。到底、空手なんて向いてなさそうな。正直、大事なこの時期になぜ私がとは思った。そういうのは、ロクに練習せずに暇してる人たちに任せればいいだろうと。子供はあまり得意ではなかったし。

 

 もちろん、その感情を表に出すことはしなかった。お父さんの友人の紹介だ。そのくらいの分別はできている。

 どうせすぐ辞めていくだろう。そう思いながら片手間に指導を続けていたが、その想定が間違いだと気づくのに時間はかからなかった。

 

 今でも鮮明に覚えている。稽古を始めて1週間。基本的な動きや心構えを教え、型の練習に入った段階で、彼……あっくんは申し訳なさそうな顔で見上げながら私に声をかけてきた。

 

「あの……芳さん」

 

「ん、なに?」

 

「……えっと、ごめんねけいこ中に」

 

 聞けば、昨日教えたばかりの型を覚えたから見てほしいとのこと。

 子供の冗談。それを聞いて私はそう思った。1番簡単なものとはいえ、日常ですることの無い動作ばかりの型だ。今まで空手に触れてこなかった者がそう易々とできるものでは無い。

 

「ふーん。いいよ、見せてごらん」

 

 だが、彼は拙い掛け声ながらも美しい動きを見せてくれた。子供の飲み込みは早いとはよく聞くが、昔の私だってここまで早く習得できた覚えはない。

 

「……やるじゃん。才能あるよ、君」

 

「! ほんと! じょうずだった!?」

 

「うん。上手上手」

 

 才能はあると思った。それと同時に、私に指導されるに相応しいだろうなんて、上から目線の感想も浮かんだ。

 

「やった! ありがとせんせ!」

 

 私の手を振ってブンブンと上下に振るあっくん。そのとき、捲れた袖から包帯や湿布が張られた細い腕が見えた。

 

「これ、どうしたの?」

 

 袖を肩までまくると、ただ転んだだけでは済まないほどの量の治療の後が見受けられた。

 あっくんは言うか迷うっているようで、視線を右に逸らした後言いづらそうに語り出した。

 

「……ぼくね、学校でいじめられてたんだ」

 

 少し気が弱いだけで、特段虐められそうな要素なんてないだろうにと思っていたが、話を聞く限り男子の間で人気だった女の子に声をかけて、よく話すようになってから虐められたらしい。

 そういうのは普通思春期に入ってからするものだと思っていたが、最近の小学生は成長が早いらしい。

 

「で、そいつらを見返したいから空手を始めたの?」

 

 いくら鼻が伸びきっていた当時の私でも、空手家としてのプライドくらいはあった。

『弱い者には優しくする』……武術を修めている人間から100万回は擦られたであろう言葉を伝えようと思っていたのだが、あっくんの返答は予想外のものだった。

 

「ううん。もう仲直りしたからだいじょうぶだよ。空手はね、その子をまもるためにやろうかなって」

 

「守るため?」

 

「うん!」

 

 どうやらその女の子は生まれつき体が弱く、運動すらままならないとのこと。一体誰から守るんだという疑問もあったが、何となくお父さんが彼を気に入った理由が分かった気がする。

 

「そう。なら、もっと強い男にならないとね」

 

「おす! おねがいします!」

 

 そこから私も時間を工面して、できるだけ彼の稽古を見れるようにした。友達と遊ぶ時間を減らしたり、休み時間に宿題を終わらせたりなどをするだけで時間は大いに余った。

 その頃までの私を知る人なら、その行動に大層驚いただろう。自分の稽古の時間こそ減らしていないが、数少ないリフレッシュの時間を最終的にはほとんどを彼に費やすようになったのだから。

 

「今日は組手の練習をしよっか。怪我すると大変だから、

 ちゃんと柔軟も忘れずにね」

 

「おす!」

 

 気が弱いのは最初だけだったのか、はたまた別の理由からか、彼は明るい笑顔を向けながら私の指導を楽しそうに受けていた。

 

「練習、捗ってるようですね」

 

「あ! 有栖!」

 

 時々、件の女の子である有栖ちゃんも道場に顔を出すようになった。その時のあっくんは、いつも少しだけ元気になる。

 

「おはようございます如月さん。今日も見学させていただきますね」

 

「お父さんは来ないの?」

 

「はい。仕事が忙しいそうなので」

 

「分かった。具合悪くなったりしたらすぐ呼んでね」

 

 初めて有栖ちゃんと話したときの印象は『年不相応の礼儀正しさを持った、大人しい女の子』といったもの。たまに子供らしさを見せるあっくんとは違い、控え室の端っこで椅子に座り、ずっと本を読んでいるのだ。何を考えているか分かったもんじゃない。

 そして稽古が終わると、着替えを済ませたあっくんは毎回小走りで有栖ちゃんの許へと向かっていく。

 

「お疲れ様です。今日は駅前で映画を見てから本を買うのでついてきてください。荷物持ちです」

 

「ごめん。しゅくだいやってないから行けないや」

 

「何言ってるんですか、帰ってからできるでしょう」

 

「ええー」

 

 ……と、毎回こんなやり取りをしていた気がする。なんとも可愛らしい光景だった。

 

「拒否権はありませんよ。ほら、もう迎えが来る頃です」

 

「もー」

 

「2人で行くのは危ないんじゃない? 私も着いていこうか「いいえ、問題ありません」……そう」

 

 私の言葉を食い気味に否定する有栖ちゃん。……当時から私はあまり好かれてはいなかった。

 

 

 

 そんなことがありつつも、人に教えるのも悪くないなんて思い始めていた。お父さんもそんな私を微笑ましく思っていただろう。

 だがここで1つ、お父さんにとっても想定外だったことがあった。

 それは彼の才能が思ったよりも高かったこと。当時こそ認められなかったが、私なんか比べるまでもない大きな才能を。

 

 空手の大会で結果を残すことは青年部よりも少年部の方が難しかったりする。理由は単純、少年部の方が人口が圧倒的に多いからだ。

 そんな中、私は全国大会で優勝することを目標として努力を続けてきた。自分の道場から全国優勝者を出すという、父の夢を娘である私が叶えたかったからだ。

 

「大会優勝おめでとう! 俺ぁ誇らしいぞ旭! お前は天才だ!」

 

 しかしそんな父の夢を叶えたのは、私ではなく空手を始めて2年にも満たない、私の弟弟子だった。

 嬉しさ半分、悔しさ半分の複雑な気持ちを抱えながら祝賀会に参加した。いつもは厳格なお父さんが、ベロベロに酔っていたのは記憶に新しい。そしてそこにはあっくんのご両親の他に坂柳親子も居た。

 

「流石旭くん。私が見込んだだけあります」

 

「えへへ……ありがと!」

 

 あっくんには、有栖ちゃんから向けられていた何処か値踏みするような、意味深な笑みと視線には気が付かなかったのだろう。ただ、照れくさそうに笑っていた。

 

 

 

 翌日の放課後。未だに道場がお祝いムードで溢れかえる中、私の可愛い弟弟子が目尻に涙を溜めながら泣きついてきた。

 

「……フラれちゃった」

 

 何事かと焦ったが、どうやら有栖ちゃんに告白して振られたらしい。「なんだそんなことか」と安心したと同時に意外だとも思った。

 だって、明らかに有栖ちゃんは彼に対して好意を寄せていたからだ。彼女なりに隠していたつもりだったのだろうが、周りの大人からすればバレバレも良いところだ。

 

「うぅ……僕じゃ釣り合わないって……ひっぐ」

 

 泣きじゃくるあっくんを慰めていると、段々私の方がムカついてきた。

 

「釣り合わない……どういうこと?」

 

「凡才と天才じゃダメだって……!」

 

 体の弱い有栖ちゃんを守るために空手を始めて、天才である彼女に並ぶために全国優勝まで果たした上で告白したのだ。その過程で彼がどれほど努力したかは私が1番知っているし、それを才能云々で簡単に否定できる神経が、私には分からなかった。それに、口では否定するだろうが有栖ちゃんがあっくんを好いていたのは誰の目から見ても明らかだったし。

 

「……じゃあ、もっと努力して見返してやればいいんじゃない? そうすれば、有栖ちゃんも認めてくれるでしょ」

 

「……うん」

 

「ほら、頑張ろ」

 

 空手のモチベを無くされるのは嫌だった。だからそんな月並みな慰めをしたけど……これは正直失敗だったかもしれない。ここで彼が有栖ちゃんを諦めることができたなら、初恋がここまで拗れることはなかっただろうから────

 

 

 

 

 

「────芳さん?」

 

 私の名を呼ぶ声が聞こえてきたと思って顔を上げると、こちらを心配そうに見つめるあっくんと目が合った。

 

「わっ!」

 

 完全にぼーっとしていた。驚きのあまり手に持っていたリンゴを床に落としてしまう。

 

「ちょ、静かにしましょうって。個室とはいえ病院ですよ」

 

 ベッドの下にコロコロと転がっていったリンゴを拾い、手で払った後に籠に戻す。……そうだった。今はあっくんのお見舞いに来てたんだった。

 

「そ、そうだね。ごめん」

 

「……疲れてます?」

 

 緩めの病衣を身にまとい、ベッドの上で上半身だけを起こしているあっくんが、心配そうにこちらを見つめている。体はすっかり大きくなってしまったが、その顔にはまだ小さかった頃の面影が残っている

 

「ううん、大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけだから」

 

 内心を見透かされたことに動揺しながらも、それを表に出すことなく返事をする。

 しかし、あっくんはジトっとした目を逸らすことなく、体を寄せて額に手を当ててきた。

 

「嘘ですよね。……熱はないっぽいですけど。働きすぎじゃないですか? 平日働いて、土曜含めて週四で部活来てるじゃないですか。しかも師範の道場から通ってるって聞きますし」

 

 茶柱先生みたいな直属の先生と違って、特別顧問として雇われたから少し特殊な働き方をしている自覚はある。道場のある実家から通っても良いならという条件で飲んだ話だ。体育の先生も兼任してくれと言われた時はビックリしたけど、結果としてそこそこいい給料を貰えているため不満はない。

 

「それくらい何てことないって。体力には自信あるの、あっくんも知ってるでしょ?」

 

 力こぶを作りながら冗談交じりに返す。現役の時に比べていくらか細くなってしまった腕に内心ため息をついていると、あっくんは手のかかる子供を見るような視線をこちらに向けてきた。

 

「それもそうですけど、精神的な方ですよ。どうせ気にしてるんでしょ? 俺の事故の件」

 

「それは……」

 

 あっくんが保護されたのは、行方不明の報道がなされてから1週間がたったころ。現地の反社会勢力が、身代金目的で誘拐したと聞かされている。その間ずっと監禁されていたそうだが、暴行などは加えられなかったそうだ。

 しかし、誘拐された際に怪我を負ったそうで、検査の目的も兼ねてここ数日はずっと学校内の病院に入院している。

 

「毎日死にそうな顔でお見舞いに来られたら、かえってこっちが具合悪くなっちゃいますよ?」

 

「……そっか」

 

 そんなことは分かっている。人生の半分近くを彼と過ごしてきたのだから。……彼をずっと突き放してきたあの女とは違って、私はあっくんを実の弟のように思っている。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ごめんなさいって言いたかった。

 

「……あのね、今回のことなんだけど「おいーっす九条。お見舞い来たぜー」……」

 

 今度こそはと決心したそのとき、私の言葉は扉が開く音にかき消された。

 

「うるさい。ここ病院なの分かってる?」

 

「個室だし誰も文句言わねぇだろ。なあ鬼頭?」

 

「俺も神室に賛成だ」

 

 入ってきたのは、Aクラスの中でも特にあっくんと仲のいい子たち。後ろには有栖ちゃんの姿も見える。

 先頭に立つ金髪の男の子……橋本君と目が合った。

 

「おはようございます。先生もお見舞い来てたんすね」

 

「おはよう橋本くん。うん、お父さんからこれ持ってけーって言われてね」

 

 りんごが入った籠を持って見せる。あっくんと私たち家族の関係はAクラスどころか学年中に広まっているため、こんな説明でも伝わるのだ。

 

「美味そー。先生俺の分も剥いてくださいよ」

 

「ごめんねー。これから部活あるからそっち行かないと。剥いたやつはタッパーに入れてあるから、それ皆で食べて」

 

 嘘だ。本当は、部活が始まるまでは20分ほど空いている。真面目な綾小路くんと堀北さんならもう練習を始めてるかもしれないが、まだ私が行く必要はない。

 

「……あげないぞ。お前らどうせ食い散らかして行くだろ」

 

 タッパーを抱え込み、ジト目で橋本くんたちの方を睨むあっくん。その語り口から、受けた被害は一度では済まないようだ。

 

「いいじゃないですか。足りなかったら看護師さんに剥いてもらいましょう。どうせ暇でしょうし」

 

「お前なぁ……」

 

 あっけらかんと提案する有栖ちゃんに、あっくんは呆れたようにため息を吐いている。

 

「あんまり困らせちゃダメだよ? ……じゃ、私は行くから」

 

 この空気に耐えられなくなり、椅子から立ち上がり扉へ向かう。

 

「あれ、さっき何か言おうとしてませんでした?」

 

 そんな私を呼び止めたのはあっくん。不思議そうに首を傾げてこちらを見つめている。

 

「んー……あれ、何だっけ? 多分些細なことだから気にしないで大丈夫!」

 

 ここ数年で身に付けた笑顔と愛嬌を振りまいて、私は逃げるように病室を後にした。

 

 

 

 入口へと続く廊下を歩いていると、奥からよく見知った生徒たちの姿が見えた。

 

「あいつらも来ればよかったのによー」

 

「けっ、どうせ部活終わりに2人で行くつもりなんだろ。俺には分かってんだよチクショウ!」

 

「あはは。でも、今思っても意外だよね。九条君と坂柳さんはそのまんまだったけど」

 

 前から須藤くん、池くん、櫛田さんと、これまたあっくんと仲のいい子たちだ。

 会話の内容からして彼女たちもお見舞いに来たのだろう。すると、櫛田さんと目が合った。

 

「あ! 如月先生!」

 

 私の姿を見るやいなや、嬉しそうに小走りで駆け寄ってくる櫛田さん。彼女はあっくんや空手部の子達を除いて、学校で1番仲の良い生徒だった。

 

「こら、走っちゃめっだよ櫛田さん?」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 歳が近いから上、性格も何処か似ているところがあるため彼女との話はよく弾む。

 コツンと彼女の頭に拳を乗せると、櫛田さんは照れくさそうに謝罪した。

 

「先生もお見舞いっすか?」

 

 次に話しかけてきたのは池くん。この子はセクハラしてくるところを除けば明るくて素直な良い子だ。

 

「うん。さっきまでね。有栖ちゃんたちが来てくれたし、私が居てもあれかなって」

 

「おいおい。先客居んのかよ」

 

 私の言葉に頭を掻きながら呟いたのは須藤君。時間的に授業が終わってから即行来たのだろう。こういう関係性の友達がしっかりできた事は素直に喜ばしい。

 中学まで同年代で仲の良い友達なんていなかったから、私とお父さんは少し心配していたのだ。

 

「どのくらいで終わりそうですか?」

 

「うーんどうだろ。多分長くなりそうかも」

 

 すれ違う時にボードゲームらしいものが入った箱を持っているのが見えたし、あっくんが怒るまでは居座ってそうな予感がする。

 

「そっか……どうする?」

 

「今日は良いんじゃねえの? 後で綾小路たちも連れて行けばいいだろ。せっかくポテチとか持ってきたのによ」

 

 櫛田さんの問いかけに応えたのは須藤君。右手に持っているレジ袋をプラプラと揺らしている。……あんまり消化の悪いものは止めて欲しいけど、不器用な須藤君なりの気遣いなのだろう。

 

「じゃあ皆でカラオケでも行こうぜ! 先生も来れるっすよね?」

 

 そう提案してくるのは池君。彼は私が何のためにこの学校に来たのかを忘れているらしい。

 

「これから部活に行くので無理でーす。全く、先生のこと暇人だと思ってるでしょ」

 

「えー。体育教師って暇そうだけどな」

 

 池君は今すぐ全国の体育教師に謝った方がいいと思う。

 

「暇じゃありません! それに、私が居ても気まずいだけでしょ?」

 

「でも、如月先生っていい意味で先生っぽくないと私は思うよ!」

 

 そんな嬉しいことを言ってくれる櫛田さん。Cクラスの男子はよく彼女のことを天使だと呼んでいるが、その意味は同性の私でも理解できる。

 あっくんがいるAクラスはともかく、他のクラスの子たちと上手くやれるか心配だった所を、助けてくれたのは櫛田さんだったからね。

 

「そりゃそうだろ。入ってきていきなり九条の奴に抱き着くような先生だもんな」

 

「ちょ、ちょっと待った須藤君! 誰から聞いたのその話!?」

 

 さも当たり前かのように言い放った須藤君。櫛田さんと池君の反応を見ても、あの恥ずかしいやり取りが皆に筒抜けになっていることは間違いない。

 

「綾小路」

 

 ……へぇ。意外とおしゃべりなんだ、あの子。

 

「……先生? 顔怖いっすよ」

 

 池君が何か言っているが私の知ったことではない。人の恥ずかしい秘密を暴露しちゃう、悪い子にはお仕置きをしなければいけないんだから。

 

「ふふ。ふふふっ」

 

 あっくんもいないし、今日は軽いメニューで済ませようとしたけど気が変わった。今日はみっちりしごいてやろう。

 

「俺、余計なこと言っちまったか?」

「……九条って怖い姉ちゃん居そうな性格だって思ってたけど……こういうことだったのか」

「……坂柳さんといい、結構大変そうだよね」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 九条が警察に保護された日の夜。東京都中央区にあるとあるホテルの一室。そこに、受話器を耳に当て通話を行っている一人の男がいた。

 

「お疲れ様です。……ええ。かなり予想外の結末ではありましたが、綾小路先生もその程度の男だったということ。今頃公安の厳しい取り調べを受けていることでしょうね」

 

 通話の相手は男よりも上の立場なのか、酷くかしこまった丁寧な口調で話している。

 

「……はい。その点に関しては問題ありません。私を含め、証拠は既に消去済みです。協力者も大した人間じゃありませんし、先生までたどり着くことはないでしょう。この点は綾小路先生に感謝しなければいけませんね。現段階で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、敵対組織に所属する団体でないことは間違いありません」

 

 おもむろに立ち上がった男は、リモコンを使ってテレビをつける。

 

『先ほど埼玉県の工場跡地で起こった爆発事故について、警視庁は現場に倒れていた()()()()を容疑者として────』

 

 幾つかチャンネルを切り替えると、流れていたのはニュース番組だった。

 

『先日無事保護された九条旭選手についてですが、現在都内の病院での検査が終わり、高度育成高等学校内の病院へ搬送される予定とのことです』

 

 画面には、表彰台に上る九条の姿が映されている。

 

「世間は若き天才の安否にくびったけです。この事件も、時間が経てばすぐに忘れられるでしょう……痛たた」

 

 ソファに座り直すとともに、苦しげな声を上げて脇腹を押さえる男。

 

「失礼。私もこっぴどくやられてしまいましてね。部下が手配した病院にこれから向かう所です。もちろん、信頼できる良い医者のところに」

 

 机の上には、赤く染みた包帯とガーゼが置かれている。その隣には、ジッパー付きの袋に密閉された、凶器と思われる血の付いた包丁が置いてある。

 

「既に工作の方は済んでいます。一週間もすれば、あの男も学校を追われる立場となるでしょう。成功した暁には、相応の報酬を頂くつもりですが」

 

『…良いだろう。お前はくれぐれもあの男の様な無様を晒すなよ。ただの子供では無いことはお前もよく分かっているはずだ。首尾よく頼むぞ』

 

そこで、通話相手の男の声が初めて聞こえてきた。老齢だが、その声には確かに聞くものを圧倒する力強さと、そこが見えない冷酷さを感じさせる。

 

「ええ。分かっていますーーーー」

 

 

 

 

 

「ーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。謹んでお受けいたします」

 

 

 

 

 

 薄暗い室内にテレビの音と共にこだましたのは、そんな政界の深い闇を体現するような言葉だった。

 

 

 





パッパの言葉が現実になりそうですね。頑張れ綾小路()

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