ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
Sシステムの本当の仕組みについて説明されてから1週間ほど経った夜。オレは九条の部屋にお呼ばれしていた。
広々とした3人用のソファーにぐったりと横になり、反対側に置かれた大型テレビで流れているバラエティー番組をボーっと見つめる。
「飯もうちょいでできるよー」
その時、キッチンと部屋を仕切っていたカーテン越しに九条が顔を出してきた。
フライパンの油がはじける音と共に、食欲を刺激する匂いが漂って来る。
「おう。それにしても、テレビとかソファーとか凄いな。さすがAクラス様、ポイントは有り余ってるみたいだな」
一応半分以上のポイントは残ってるからと言って、収入の目途が無いうちは贅沢なんてできない。今回家で集まることにしたのもそれが理由だ。
そんな嫌味を込めて軽口を飛ばすと、九条は眉間に皺を寄せながら、皿に盛った料理を運んできた。
「人聞き悪いこと言うんじゃねえって。これどっちもセールで安く買ったやつだから。まあ有栖と半分ずつ出したってのもあるけど」
「セールなんてものがあったのか。まあ確かに新入生が入ってきた段階でやるのが合理的だな。というか、お前の幼馴染も大概だな。入り浸る気満々じゃないか」
「まあね。その代わりとして飯作るって言う話だし。2人分作る負担とかそんなにだし、結構ありがたいよ」
運んできた料理をテーブルに置くと、ソファの両隣に置いてあったクッションをラグに置き、その上に腰掛けた。
「ローテーブルだと食べ辛いからここで食うんだよ。行儀悪いし」
作った料理は回鍋肉らしい。見た目からして明らかに美味そうだ。
「分かった。じゃあありがたく頂くぞ。いただきます」
「いただきます」
両手を合わせ、何気に初めての九条の手料理を口に運ぶ。……こ、これは!
「美味い! 美味いぞ!」
「ウケる。今日は有栖も居ないから味付け濃い目にしたけど、気に入って貰えて何よりだわ」
入学してからの一か月、基本菓子パンとカップ麺とたまに行くファミレスの料理。5月になってからは節約のため山菜定食ばかり食べて来たオレからすると、この濃い味付けと旨味が合わさって感動を覚える味だった。
隣に置かれた山盛りのご飯を一緒にかきこむと、気が付いたときには茶碗が空になってた。
「……おかわりあるか」
「おう。いくらでも食え」
胃袋を掴まれて結婚する男が多いと知ったときには驚いたが、今ならその男たちの気持ちがよく分かる。
それからオレは3杯ほどおかわりをかまし、九条の炊いた米をすっからかんにするのだった。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。お前そんな食うヤツだったんだな。いっつも菓子パン一個とかで済ませてたから意外だわ」
途中焚いた米が足りなくなったためか、常備してあった電子レンジで調理するご飯まで出動する事態となってしまった。
「おかずが美味かったからだな。材料費は後で教えてくれ。ポイントはその時送る」
「ん、おっけ。にしても意外と余裕あるね。今何ポイントくらい残ってんの?」
「大体8万くらいだ。池たちは全部溶かしたらしいがな。一応ポイントが減るかもしれないとは伝えたんだが、まあ気にも留めてなかったな」
何でもっとちゃんと警告してくれなかったんだと、池たちに詰められることを危惧してたが、あいつらもそこまで鬼畜ではなかったようだ。
「うーん予想通り。てかどうするのDクラスって。池とか須藤とかがちゃんと勉強するとは思えないけど。小テスト散々だったんでしょ?」
「流石に退学がかかってるんだから、ちゃんとやると思うけどな。……一応今日堀北主導で勉強会をやったんだが、少しトラブルがあってそれどころじゃなかったんだが」
「ダメじゃん」
ため息を吐きながら九条にそう話した。愚痴を言う形になってしまったあたり、オレも無意識でストレスを抱えているのかもしれない。
『────もっとも、お前の場合、高円寺のように、DでもAでも良いと思えるような、他の生徒とは異なる理由があるのかも知れないが』
『────綾小路くんなら協力する、そう言ってくれると信じてた。感謝するわ』
『────この制服はこのまま洗わずに部屋に置いておく。裏切ったら、警察に突き出すから』
とその時、ストレスの原因であるだろう女たちの顔が脳裏に浮かんできた。
「……はあ。このまま眠りたい……」
「大変そうだな。堀北さんの協力者ってのも。……これ有栖のだけど、今日は来ないからあげる」
そう言って、〇ーゲンダッツのバニラ味をスッと差し出してきた九条の優しさが身に染みる。
「お前だけだ。オレに優しくしてくれる奴は」
「んな悲しい事言うなよ……」
某ボクシング漫画のワンシーンのようにうなだれながらアイスを食べる……これ美味いな。初めて食べたけどハマりそうだ。
「これ、いくらで買えるんだ?」
「コンビニだと300ポイントくらいかな」
「たっか」
それから特に会話が発生することは無く数分。ふと気になったので、隣でソファーに背を預けてテレビを見ている九条に話しかけた。
「なあ、Aクラスのいざこざは結局どうなったんだ?」
「未だ続いてるよ。今はそれぞれの派閥に分かれて勉強会だとさ。んで俺はどっちの派閥にも属してない腫れ物」
やけくそに言い放つ九条。仕方ないとはいえ、あれだけの交友関係から一気にぼっちに転落とは、予想以上に派閥争いは熾烈なものらしい。
「じゃあ仲間だな。オレもクラスの腫れ物だ」
「……嬉しくねぇ」
九条は頭に手を置きながら、ソファにぐったりと寄りかかる。オレと同じは嫌らしい。失礼な奴だ。
そんなことを考えていると、ふと、頭を悩ませていた堀北との協力関係や、櫛田に脅されているという事実を忘れていた事に気が付いた。
入学して一か月と少し、今まで普通の生活とは無縁だったオレが、友人の部屋で一緒にご飯を食べ、テレビを見ながら談笑するという日常を送れている。それは、ひとえに九条がオレとの関係を続けてくれたからだろう。やめる理由なんて、敵対するクラス同士なのだからいくらでも見つけられるだろうに、コイツは本当にお人好しだ。……いや、今更な話だな。
「なんだよ」
「いや、何でもない」
仮に今後、クラス間の争いが熾烈を極めたとしても、九条とは仲良くしていたい。この時間は唯一、嫌なことを何も考えずにいられる時間なのだから。
そんなことを思いながら、オレは溶けかけたアイスを口に運ぶのだった。
「じゃあ、また明日」
それから数時間ほど九条と過ごし、オレは玄関で靴を履いて九条に別れの挨拶をする。
「ん。また何時でも来いよー。……あ、そうだ。言い忘れてたことあったわ」
「ん? 何だ」
思い出したかのように手をポンと叩く九条。
「俺空手部作ろうかなって思っててさ、綾小路も入らない? 設備とか施設は先生に言ったら、貸してくれるってなったんだけど、どうにも団体結成には3人以上欲しくてさ。まだ3人目の目途立ってないけど」
「いや、いきなり過ぎるだろ」
そんな、唐突な九条の提案に思わず本音が出てしまう。
すると九条はオレの両肩に手を置いて、懇願しながらガクガクと揺らしてきた。
「頼むよ~。お前体格とかからも才能ありそうだし、俺が教えれば市大会入賞位はワンちゃん行けるって。そしたらポイントも貰えるよ?」
「分かった。分かったから揺らすな」
ポイントが貰えるのは魅力的だ。そこそこの成績を出して、九条の指導のおかげと言えば目立つこともないだろう。……後は堀北の手伝いをさせられる頻度を下げられるかもしれないし。
「はい言質とったー。もしお友達居たら誘ってね!」
「オレにできると思うか?」
それが一番の無理難題だぞ。
「まあ何とかなるっしょ!」
「んな無責任な……まあ、声かけ位はやってみるさ」
九条には数えきれないほどの恩があるからな。
そう思いながら、学校指定の革靴を履いてドアへと向かう。
「じゃあ帰るぞ。また明日」
「おう! また明日な」
友人の家でゆっくり過ごす。そんな人生初の行為は中々楽しいものだった。
そんな充実感と共にドアノブに手をかけようとしたが、その前にガチャリと音が鳴ったと思えば、独りでにドアノブが動き扉が開いた。
「旭くん……あら、貴方は」
開いた扉から当たり前のように入ってきたのは、右手に杖を持った銀髪の少女だった。九条の話を聞く限り、この子が幼馴染の坂柳だろう。
九条の名を呼びかけようとしていたようだが、その前に玄関に立っていたオレと目が合う。
「あれ、今日来ないんじゃなかったけ。ああ、こいつが……」
「知っていますよ。綾小路清隆くん、ですよね?」
「……ああ」
紹介しようとした九条の言葉を遮り、興味津々といった様子で覗き込んでくる坂柳。面識は無いはずだが、オレの話題を出してくれていたのだろうか?
そう思い振り返って九条の方を見るが、九条はいまいちピンと来ていない様子だった。
「お初にお目にかかります……いえ、お久しぶりと言った方が正しいでしょうか?」
「……どういう事だ。俺はおまえと会った記憶はないんだが」
真意が読めない妖しげな表情で微笑む坂柳。先のやり取りから九条の幼馴染であるのは確実。
しかし彼女と会ったことは無い。ここまで目立つ容姿をしているのだ、この1ヶ月の間で面識を持ったとして、忘れることはまずないだろう。
「ふふ、そうでしょうね。私だけが一方的に知っていますから」
そう言って靴を脱ぎ、坂柳はオレの方へと一歩踏み出した。身長差から完全に見下ろす形となっているが、それでもオレを見上げる眼差しは好戦的なままだった。
話を切り上げたいが、出口には坂柳、後ろには九条がいるためそれは叶わない。
「本当は旭君の部屋で時間を潰そうと思っていましたが、こういうのも悪くないでしょう」
そして、坂柳はオレのネクタイを左手で引っ張り、前傾姿勢になったオレの耳元で囁くように呟いた。
「ホワイトルーム」
そんな、彼女の口から出るはずもない単語が、オレの脳天を貫いた。
冷静さを欠き、何故、どうしてという疑問だけが広がっている。そして
まさか、九条は父親の────
「……九条。1つだけ、オレの質問に答え……」
「……」
その回答によっては暴力沙汰も辞さない考えだったが、九条の呆気にとられた表情を目の当たりにし、物騒な考えはスッと頭から抜けて行った。
これを演技でやっているなら相当な役者だ。そう思えるほど九条の表情は、感情の全てが混乱と困惑の2つで埋め尽くされていることを示していた。
そんなオレ達のやり取りを見てどう思ったのか、坂柳は小さく微笑みながら、振り返りドアノブに手を掛けた。
「大丈夫ですよ綾小路君。旭君は無関係なので。そして旭君……」
ドアを開き、半身を廊下に出した状態で坂柳は振り返る。
そして、先ほどまでの妖艶な様子は何処へやら。年相応の少女らしい笑みを浮かべる坂柳。
「良かったですね。あなたの
九条の返答を聞かず、ひらひらと手を振って扉を閉じる坂柳。
バタンという音が部屋中に響き渡った後は、嫌な沈黙がその場を支配した。
「お、……おっ……!」
「……お?」
数秒ほどフリーズし、ハッとした表情と共にこちらにゆるゆると指を指してくる九条。
行動の意味が分からず聞き返すと、九条はビシッ! と音が出そうな勢いで右指をこちらに差し向けてきた。
「お前かあああぁぁあああぁ!!!」
そんな九条の絶叫が、静けさを取り戻した部屋を満たすのだった。