ようこそ純愛過激派の教室へ 作:妄想癖のメアリー
状況説明的な話。格闘描写したかったのも大いにあります笑
高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!ぜひよろしくお願いいたします!
これから
入学してから2か月とちょっと。定期テストを無事終え、派閥争いでピリピリしていたAクラスの雰囲気も鳴りを潜めてきた頃。
授業を終え、教室を後にした俺は最近の日課を済ませるため、とある場所へと足を運んでいた。
6月という時期とこの学校の立地から、じめじめと絶妙に不快な温度の廊下を歩き、玄関とは反対方向へと向かう。
向かった先は体育館、正確にはその隣に位置するトレーニングジムだ。学生、職員用に作られたこの施設は、多彩な設備はもちろん、適切な温度を保つ空調設備やポイントを消費することで使用できるシャワー室も備え付けられている。
ガラス張りの自動ドアをくぐり抜け、入り口右側にある器機に学生証をかざし、靴をロッカーへとしまう。
「今日は……よし、誰も居ないな」
今は放課後。部活動のある生徒は基本外か与えられた場所で練習しているため、今日みたいな晴れの日は基本人は居ない。この場所が賑わうのは土日ぐらいだ。そもそも体鍛えたい生徒は何かしら部活所属してること多いし。
綾小路に空手部の勧誘をしてから約2週間。3人目の生徒は中々現れない。名前だけ貸してもらうというのもこの学校の特性上厳しいものがあるため仕方がないのだが、せっかく学校側が色々と優遇してくれる中、何もできないとなるともどかしい気持ちになる。
「さて」
更衣室で運動着に着替え、手首にテーピングを巻き付けジムの奥へと向かう。
きれいに並べられた最新のランニングマシーンや各種トレーニングマシン、ボクシング用のリングの奥へと向かう。そこにあったのは、天井から吊るすタイプの本格的なサンドバック。今までほとんど誰にも使われてこなかったのか、綺麗な状態のまま静止している。
体の柔軟を済ませた後、軽く手首を回す。今まで飽きるほど打ってきたとはいえ、3か月近くサボっているため念入りに行う。これで手首を挫いたりしたらお笑いだからな。
そして一度深呼吸をした後、両手を頬の横に来るように持ってきて軽く握り込む。ボクシングの構えを想像してくれると分かりやすいだろう。
「ッ!」
舌先で息を鳴らすように気合を込め、左の拳を前に出す。空気を切り裂く音と共に、パンという破裂音がジム内に響いた。
そのまま距離を取りステップを踏みながら小さく右下に蹴りを出す。サンドバッグの側面に脛の下がピッタリ当たると、今度は鈍い音と共にチェーンが擦れる音が聞こえてきた。
「……やっぱ鈍ってるよなぁ」
たった二手の打ち込みだが、バリバリにやっていたころに比べて大分精度、速度ともに落ちている。筋トレ自体は続けていたのだが、やはり実際にこうして動かさないと練習にはならないな。
壁に寄りかかって今後の練習法を考えていたとき、エアコンの駆動音のみが聞こえる部屋に声が響いた。
「お、やってるな」
声をかけてきたのは最近ひと悶着会った友人、綾小路清隆だ。
「おっす」
まあ、コイツに関して思う所が無いと言えば嘘にはなる。しかし、因縁の相手だからと言ってこちらの都合で縁を切るというのはあまりにも不誠実なため割り切った。
……というか、話を聞く限り綾小路は何もしていないそうだからな。ならば俺は努力で有栖の隣に立てるだけの男になればいい。今回トレーニングに踏み出した理由も、そんな理由だ。
で、なんでここに綾小路が居るのか、その理由は単純。一緒にトレーニングしようと暇なこいつを誘っただけだ。特に放課後予定があるわけでもなく、かといって遊ぶような間柄の友人もそんなに多くないため即断してくれた。
ちなみに集まるのは他の生徒が多くないであろう時だけだ。Aクラスで腫れ物にされている挙句、Dクラスの生徒である綾小路と仲良さげに過ごしている所なんて見られてみろ。戸塚君辺りが噛みついて来ることは間違いない。
あと単純に、部活の団体に混じるのは気まずいってのもある。
「今日は幸運だったな。雨続きの中久々の晴れだからどの部活も外で練習している」
綾小路も同じ気持ちだ。
「Aクラスだけなのかは知らんけど、最近マジで厳しいからなぁ……」
少し前の出来事を思い出し、俺は無意識にため息を吐いた。
「お前が居なくなってから、堀北の攻撃をしのぎ切れなくなってきて大変だ。……やっぱり戻るのは無理なのか?」
綾小路が言った通り、Dクラスに行ってその生徒と昼飯食ってるなんていう理由で葛城派の子たちに絡まれたのだ。時期的には定期テストちょい前あたり。
「落ちこぼれのDなんかと絡むと頭が悪くなる。クラスに迷惑をかけるな」なんて言われた時は流石にプッチンしそうになった。葛城君が強めに咎めてくれたから何とか耐えたけど。
その後は定期テストで全教科満点取って見返してやった。過去問あるんだから余裕余裕。
因みに有栖は過去問の存在を知っていた上で、葛城派の生徒たちには渡さなかった。葛城派の生徒もそこそこの成績だったが、生真面目な性格故過去問の存在にまではたどり着かなかったらしい。
そして、過去問を効果的に使用し、葛城派の生徒よりも高い平均点を叩きだした坂柳派がクラス内での影響力を強める結果となった。良い性格してるわホント。
……と話が脱線したな。綾小路はどうしても俺に戻ってきて欲しいらしい。嬉しいのは嬉しいけど、そうもいかない事情も存在するんだ。
「別にいいけど、その場合お前の方が面倒なことになるぞ」
クラス内での俺の立ち位置は『どちらの派閥にも属さないくせに影響力を持つ生徒』と表すのが最適だろう。
自分で影響力とか言っちゃってるけど、実際葛城君とも、もちろん有栖とも仲は良いからな。その周りの生徒との折り合いが悪いだけで。どちらの派閥にも属さない俺の意見は貴重なのか、最近は発言を求められることが多くなった。
となると、ある程度自由が保障されている俺は良いとして、問題は綾小路だ。
「……池たちや平田とかは良いとして、問題はその他の生徒だな」
入学してすぐはDクラスにも溶け込めていた。櫛田さんや軽井沢さん、その周りの女子達とは平田君と交えて放課後遊びに行ったりもしたし、お邪魔しているときも話しかけてくれるほどの関係性は持っていた。しかしいかんせん不良品と称されるDクラスと、Aクラスの生徒の間ではある程度の亀裂が生まれるのは必然だ。
「全員が全員俺を受け入れてくれる訳じゃ無いし。当たり前だけど」
綾小路と堀北さん、池たち3バカ、櫛田さん、平田君や軽井沢さんの周りの女子たち。今名前を挙げたのはDクラスの生徒で交友のある生徒だ。多いかどうかはともかく、彼らを除いた半数以上の生徒は、Dクラスに入り浸る俺をよそ者、異物として扱うだろう。
話す相手が平田君たちならまだ良いのだが、実際一番話すのは綾小路と堀北さんの2人。言っちゃなんだが2人ともクラスで浮いているのは間違いない。
「……ままならないな」
「こうして放課後会えるんだし、そんな落ち込むなって」
「……そうだな。そう思うことにする」
そうして俺たちは、取り留めのない会話をしながらトレーニングを始めた。
「そう言えば、トラブルでポイント入らないヤツって、Dクラスがやらかした感じなの? 色々噂立ってるけど」
ランニングマシンで軽くジョギングをしながら、左を走る綾小路に問いかける。
「ああ。須藤がCクラスの生徒と少し」
「マジ? どうなるのそれ」
「それを今審議している最中だ。どうも須藤とCクラス側で意見が異なっててな。どちらが正しいとかの証拠もないから、今頃櫛田たちは聞き込みの最中のはずだ」
「……お前良いのかよ。俺まで須藤に怒られるのは御免だぞ」
「櫛田に協力を頼まれたが、予定があるって言って断った」
こいつ俺との予定優先しすぎだろ。嬉しいけどここまでくると怖いって。
「まあ、流石に明日からはそっちに行くつもりだ。もしバレたとしてもAクラスのお前に聞き込みしてたって言い訳も作れる」
────それから綾小路の話を聞くに、6月分のポイントが未だに配布されていないのは、須藤とCクラスの生徒3名による暴力事件が解決していないからだそうだ。
須藤の言い分としては「バスケ部の生徒に呼び出されたため特別棟に行ったら、挑発された上で殴り掛かられたためやり返した」とのことだが、Cクラス側の証言は「須藤に呼び出され特別棟に行ったら、いきなり殴りかかってきた」とのこと。
「うーん……ぶっちゃけお前らはどっちが正しいこと言ってると思ってんの?」
「平田達の呼びかけもあってか、クラス内でも須藤の無実を信じる生徒が多いな。オレや櫛田たちもそれで動いている」
「まあね……って、堀北さんは? 名前出てこなかったけど」
一応勉強会メンツのリーダー的立ち位置だったはずだが、先ほどから名前が出てきていない。
「堀北はパスだそうだ。須藤に反省が見られないから懲らしめた方が良いって」
「まあそんな感じだとは思ったよ。正論だし」
この事件のミソは、須藤とCクラスの生徒、どちらの証言が正しかったとしても『須藤が相手に怪我を負わせた』という事実は変わらないことだ。
「だとしても堀北は言葉が足りないな。ちゃんと説明すれば櫛田もしつこくお願いしないだろうし」
「誰の言葉が足りてないって?」
綾小路がため息を吐いたその時、この場に居るはずもない女性の声が聞こえてきた。
マシンを止めて後ろを振り返ると、そこにはジャージ姿の堀北さんが居た。
「……堀北」
「この際綾小路君の発言は後に回しておくわ。それより、あなたどうしてここに居るのかしら。櫛田さんと一緒に事件の聞き込みをするんじゃなかったの?」
「九条に聞き込みしてたんだよ……というか、何でここに居ることが分かったんだ?」
「質問に質問で返さないで頂戴。あなたの場所なんて、これを使えば手に取るように分かるわ」
そう言った堀北さんが見せてきたのは、友だち登録した生徒同士の位置情報を表示させるアプリ。
堀北さんはこれをたどってここまでやって来たらしい。
「あなたが教えてくれたのよね綾小路君? 『これを使えば九条が今どこに居るか分かるんだぞ』なんて、心底気持ち悪い笑みを浮かべながらね」
えっ……。
「人聞き悪いこと言うな! オレはニヤけたつもりもないし、第一そんなつもりで言ってない」
「本当かしらね。……まあいいわ。私も丁度あなたに用があったし」
そう言って俺の方を向く堀北さん。……え? 今の流れで俺なの?
そんな俺の困惑は伝わらなかったのか、堀北さんはこちらをジッと見つめて言い放った。
「手合わせをお願いするわ。九条君」
────────────────
そう堀北が言い放った時の、九条の表情は中々面白いものだった。
「……え? 手合わせ? 何で?」
あまりに脈略が無さすぎた為か、九条は呆気にとられた表情をした後そんなことを口にした。
「聞こえなかったのかしら? 貴方と手合わせをお願いしたいと言ったの」
「いや、聞こえてたけどさ」
「なら問題ないわね。ヘッドギアもないし、ルールはあなたが決めていいわよ」
九条がやらないという選択肢はないようだ。
何とも身勝手な言い分だが、困惑していた九条も割と乗り気のようだ。ジムの奥に備え付けられた、マットが敷かれたスペースへと向かっている。
「じゃあ寸止めで。流石にフルコンは体格差ありすぎるし」
フルコンタクト空手……実際に技を相手に当て、ダウンさせたり技ありを獲得すると勝利するルールだ。男女で行うことはまずないし、体格差も出ないように階級分けされている。
女子を殴るのは気が引けるという理由もあるだろう。九条は優しい男だからな。
「いいわ。……それにしても、本当に何も覚えていないのね」
「……? どういうこと?」
きっと、堀北は
そもそも
九条のライバルであった堀北学。そしてその妹であり、九条に嫉妬の感情を向けていた堀北鈴音という存在に。
「兄さんが言ってたわよ。『九条とはもう一度手合わせを願いたい』と。私には一切笑顔を向けてくれなかったあの人が、あなたの話をするときだけ楽しそうにね」
「……なるほど」
そこまで言われてようやく気が付いたのか、九条は気まずそうに頭をポリポリと掻いていた。
堀北も空手を習っていたということは、恐らく九条が幾度となく訪れていた道場の生徒の中にも居たはずだ。
憧れている兄と、自分と同い年の男が良い勝負をし、その男には見向きもされなかったという事実。プライドが高い堀北には相当堪えただろう。
そして、マットの中心で距離を取って相対する両者。
「嬉しいわ。一度あなたとは手合わせをしてみたかったの。……寸止めというルールだったわね」
構えながらステップを踏む堀北。
「生憎と私、そのルールの経験はないの。当ててしまったらごめんなさい……ね!」
堀北の言葉をゴングの合図として、試合が始まった。
細身の体格から出たとは思えない鋭い踏み込みから、殆ど不意打ちに近い中段蹴りが放たれる。
「っと」
対格差からか九条のへその下。丹田の辺りに突き刺さるような蹴りを、九条は冷静に右手で払う。……というか、今のは完全に当てるつもりだっただろ。
「はっ!」
蹴りを払われた堀北だったが、体勢を崩すことなく足を引き、右足で九条の体制を崩すため足払いをかける。距離を取ろうとした九条の重心は前足に乗っているため、決まれば体制を崩されること必須の技だ。
「もう止める気無いじゃん」
有段者だと言っていただけの実力を感じさせる。そんな動作で完璧に足に決まったが、直前に踏み込みを深くした九条はびくともせず腰を落とし、堀北の顔面目掛けて突きを放った。
「ッ!」
踏み込み、全身の動き共にお手本のような動作で拳が送られる。咄嗟に目を瞑ってしまう堀北だったが、鼻先1cmほどの距離で拳がピタリと止まる。
あまりの拳圧に、堀北の前髪が小さく揺れた。
「一応言っておくけど、俺も止めるルールの試合は初めてだよ」
「うるさい……わね!」
拳を引き、小さく笑みを浮かべて話しかける九条。それが余計に堀北の癪に障ったのか、堀北は距離を詰めたまま小さくボディーブローを打ち込むが、それすらも片手で抑えられてしまう。
未だ止まる気のない堀北の手首を掴み、後ろに引けないように抑える九条。……勝負ありだな。あの生徒会長と互角なだけある。技術的にも、体格的にも堀北には厳しい相手だろう。
「捕まえた」
そう思っていたのだが、堀北は小さく笑いながらそう呟いた。掴まれていた手を逆に掴み返した堀北は、構えを解いて足を大股に開いた。
「ん?」
その瞬間、明らかに空手ではないだろう、大振りの引きの動作で宙へ投げ飛ばされる九条。20㎝近くの身長差がある男を、こうも軽々投げ飛ばすのは驚きだ。
咄嗟に受け身を取った音であろうバチンという音がジム内に響き渡ると、堀北は仰向けに倒れる九条の上に馬乗りになった。通称マウントポジションと呼ばれる状態だ。
「誰が空手の手合わせと言ったのかしら?」
何か言いたげにジト目を向ける九条に対し、堀北は得意げに語る。……いや、それほぼズルじゃないか?
「こりゃ一本取られた」
「兄さんは合気道も習っていた、あなたも知っているでしょう? なら、妹の私が習っていない道理はない。どう? 降参するなら放してあげるわ」
「流石に油断したなぁ……」
天井を見ながら九条はそう呟くと、襟首を掴んでいる堀北の右手を両手で掴み、ブリッジの様な体制で腰を上げる。
「なっ!」
「じゃあ俺も別の技使うよ」
そのまま持ち上がった腰を右に倒すと、上に乗っていた堀北もそのまま倒れる。
九条は掴んだままの右手を抑えながら堀北の後ろに回ると、首に片腕を回してもう一方の片腕の肘の裏を掴み、もう一方の手で堀北の後頭部を抑える。
「っぐ!」
そのまま堀北の太ももを、上から抱え込むように両足を回し固める。通称裸絞と呼ばれる柔道技だ。
「降参しないならここで締め落とすけど、いい?」
「んんっ……! いやっ!」
一応受け答えできるほどの強さで締めているのだろう。しかし、薄手のジャージを着ているせいか体のラインと言うか……そういうものがひどく強調されている。心なしか嫌がる声も艶っぽい。
……何と言うか、そんなはずないんだが九条が鬼畜だと錯覚してしまう。そんな光景だった。
「その辺にしておけ堀北。そこから立て直すのは無理だ」
ちょっと見ていられない光景だったためタオルを投げてやる。そして死んだ目をしている九条と目が合うと、九条は苦笑いをしながら堀北の拘束を解いた。
堀北を絞めながら、『何で俺こんな事してるんだろう』的な事を思っていたに違いない。
「……まだ終わってないわ」
「往生際が悪いぞ」
先ほどの試合でハッキリ分かった。九条の強さは空手だけじゃない。
不意打ちに近い攻撃を完璧に弾く反射神経と冷静さ、足払いを食らってもびくともしない体幹とフィジカル。そしてその運動能力は、多種多様な武術というフィルターを通して、完璧に近い形で出力されている。
堀北が嫉妬するのも、あの生徒会長が楽し気に語っていたのも納得がいく。そんな試合結果だった。
「……それだけの才能があって、何故あなたはそれを磨こうとしないの」
「堀北、それh「うるさい。あなたには関係ないでしょ」……」
オレの言葉を遮って、堀北は苦々しく顔を歪めながら九条を睨んだ。
「答えて九条君。私は納得していないわ。兄さんに認められたその才能を、幼馴染の世話なんてものの為に捨ててしまうその理由を」
初めて会った時から煮え切らない思いはあったのだろう。Dクラスに配属されたことや、テスト等の問題に直面していたから考えなくて済んだのだろうが、いざそれが終わると感情が沸々と沸いてきた。大方堀北がこの行動に走ったのはこれが理由だろう。
九条がDクラスに来なくなったのはテスト後辺りからだから、何とも絶妙なタイミングだ。
兄に認められるためにわざわざこの学校へ進学し、絶望の状況でもAクラスを目指すことを諦めない程、兄への想いが強い堀北だ。自分と同世代の男が認められているのに、自分を圧倒する技術があるのに、それを他人のためにみすみす捨てるという九条の決断が認められなかったのだろう。
しかし、堀北の感情の根底にあるものは嫉妬以外の何ものでもない。九条には九条の事情があるだろうし、それを否定する権利なんてあるわけがない。
マットの上で座りながら、立っている九条を睨みつける堀北。そんな堀北の目を九条はジッと見つめる。
その場に数秒ほどの沈黙が流れたかと思うと、九条はため息を吐きながら腰を下ろした。
「堀北さんは、自分が天才だと思う?」
流石の九条も怒りの感情を抱くかと思ったが、彼は穏やかな口調で堀北に問いかけた。
「……思わないわ」
一瞬の葛藤の後、堀北は小さく呟く。
そんな堀北に対し、九条は自嘲するように小さく笑った。
「じゃあ俺と同じだ。俺だって、君の兄さんに比べたら凡人だよ」
「ふざけるのも大概にして頂戴。あの体格差で兄さんに追随できるあなたが、凡人だなんてありえない」
あくまでも堀北は九条を天才だと言いたいのだろう。
そしてそれは、彼女なりの防衛本能だったのかもしれない。堀北自身、努力でここまで上り詰めてきた人間だ。本人もそう言っている。
そんな中、どれだけ手を伸ばしても届かない天才に追いついた人間が、自分と同じ凡人だということは、堀北の努力が足りていないという証明にもなる。
────そんな事実に、堀北は耐えられなかったのだろう。
そんな堀北に対し、九条は天井を見上げ、思い出を振り返るように語り出した。
「小学生だったころ……忘れもしないよ。堀北会長と初めて相対した日。当時道場の中学生の子たちにも負けなしだった俺は、先生からの紹介でそっちに行って試合をした」
「……覚えているわ。他の道場から人が、それも私と同い年の人は珍しかったもの」
「相対した時の堀北会長を見てがっかりしたよ。『わざわざ他道場に来て相手は小学生かよ』って。尊敬している先生の面子もあったから、仕方なく戦うかって思って。……今思えば、この親善試合は天狗になっていた俺を矯正するためのものだったんだろうね」
「それで、結果はどうだったんだ?」
語り口からある程度予想はつくが、そんな質問を投げかける。
「一発KOだよ。反応する間もなくヘッドギア越しに回し蹴りを食らって。意識飛んだのなんて生まれて初めてだったからさ、起きた時には混乱したよ」
「……兄さんは、年下だからと言って手を抜いたりはしないから」
流石の堀北も気の毒だと思ったのか、そんなフォローを投げかける。
「堀北さんは、絶対に勝てないと思った相手に勝たなきゃいけなくなったらどんなことをするの?」
「種類にもよるけど、勝てるようになるまで努力すればいい話よ。……それでも、追いつけない人が世の中には居るの」
「自己研鑽ってことだよね?」
「それ以外何があるのかしら」
いまいち要領の得ない九条の質問に堀北はそう聞き返した。
だが、九条の言いたいことが何となくわかってきた気がする。うん、友人としての付き合いの長さが違うからな。それくらい楽勝だ。
「それも良いと思うけど、俺はそうはしなかった。……その日から、俺は道場でひたすら会長の動きを見た。動きの癖、目線、試合での立ち回り、得意とする技、逆に苦手な技。それをひたすら、丸一日ぶっ通しで座りながら観察したんだ」
会長クラスの実力者だと、決勝とかの試合の動画残ってたから助かったよなんて補足しながら、九条はにこやかに語った。
その楽しげな様子から、本当に空手が好きだということが伝わってくる。
「1年が過ぎて、ようやく一本だけ技ありを決めることが出来た。その後は負けちゃったけど、まあ嬉しかったよ」
「1年……」
その途方もない時間に、堀北は呆気にとられたように呟いた。
「そしてその日から、会長の動きの癖が変わってまた勝てなくなった。結局中学3年生の最後の試合まで、一回も勝てずに終わったよ」
「九条の対策に、生徒会長がまた対策して来たってことか」
オレの言葉に、九条は頷いて続ける。
「そういうこと。その頃には落ち着いてたから、練習が終わった後は会長と喋ったりしてたよ。大体は空手のこととか勉強のことだったけど、それに並んで堀北さんの話も良く出てきた」
「私の?」
「直接妹だとは言わなかったから確信はないけど、多分そうだと思うよ」
その斜め上の角度から話に堀北が驚いたように聞き返し、九条は続けて答えた。
「今は冷たい態度を取られてるかもしれないけど、あの人ツンデレなだけだから。口を開けば妹の自慢ばっかり。……だから羨ましかったよ。
「坂柳か」
きっと、振り向いてもらいたい相手にここまで想われていることが羨ましいのだろう。
坂柳とはついこの間であったばかりだし、その後も交流は無いが何となく想像がつく。九条が告白せず日和っているのもそれが理由らしいし。
「サラッと名前出すんじゃねえよ。敢えて濁したんだぞ」
「……ごめんなさい」
シリアスなムードが一気に崩壊してしまった。完全にオレが悪いので、素直に謝っておく。
高校生にとって、好きな人をバラされるのは死に直面するレベルだからな。……と言っても、多分九条と交流のある生徒は皆気が付いていると思うんだが。
弛緩した空気に気まずさを感じたのか、九条は締めくくるように咳ばらいをした。
「と、とにかく、俺が言いたいのは……えーっと、その、なんだろ。俺と堀北さんって、案外似た者同士なのかもしれないよ?」
「……呆れた。あれだけ話した結論がそれ?」
ジト目でため息を吐く堀北に、九条は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あはは……上から目線で説教とか向いてないし俺。まあ、似た者同士頑張りましょ」
そう締めくくると、九条は腰を上げ堀北に右手を差し出した。
その手を取って立ち上がった堀北は、九条を見上げて小さく笑った。
「まあいいわ。今はそれで納得してあげる。……兄さんがなんて言っていたのか、今度教えるという条件付きでね」
「げっ、バレたらぶっ殺されるんだけど俺」
「知らないわ。あなたが自分で言ったんでしょう?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
相変わらず堀北の言葉は鋭いが、今までの様な陰険さは感じられなかった。きっと、堀北の中で九条に対する感情の折り合いがついたのだろう。
「そう言えば九条君」
何とも言えない暖かなムードが漂う中、思い出したかのように声を上げる堀北。
「あなた、確か空手部の部員を集めているそうね。綾小路君が他に誘う友達がいないと嘆いていたわ」
一言余計だぞ。
「あー……そうなんだよね。だから保留って感じ。後1人なんだけど、それが見つからなくて」
「なら良かったわね。もう部員を探す必要は無いわよ」
「?」
堀北の言葉に疑問符を浮かべる九条。
そんな九条に対し、堀北は驚くべき言葉を述べた。
「────私が3人目の部員になるわ。これで結成届は出せるのでしょう?」
「「マジ?」」
その唐突な提案に、九条とオレの声が重なってしまった。
九条が目をまん丸と開いているが、何ならオレが一番驚いている。絶対入部しないだろうと思ってたから誘いすらしなかったのに、まさか堀北側から提案されるとは。
「ここで嘘をつく理由があるかしら。部活で成績を残せばクラスに還元されるらしいし、何よりあなたを合法的に殴ることが出来るわ」
「こっわ……」
動機が不純すぎる。……いや、これは堀北なりの照れ隠しとしておこう。そうすれば可愛げもある。
「何か失礼なことを考えているようね綾小路君。ここで稽古を始めても、私は一向に構わないわよ」
どこぞの中国武術家の様な言葉と共に、じりじりと寄ってくる堀北。
「まあまあまあ。部活始まったらいくらでも出来るから。それより! 入部届けいつ出してくれるの!」
珍しくテンションの高い九条が、サラッと恐ろしいことを言ってくる。
「今日中に書いて明日にでも提出するわ。その代わり、あなたにも協力してもらうわよ。須藤君のこと」
……そう言えばそんなこともあったな。インパクトが強すぎて完全に忘れていた。
「そんなの100回でも協力するよ! マジでありがとう堀北さん!」
「そう。良い心がけね。ほどほどに期待しておくわ」
そんな言葉を残し、堀北はトレーニングジムを後にした。
「……いい人だなぁマジで」
「……まさか、惚れたのか?」
「なわけ。俺は有栖一択よ」
まさかとは思って聞き返したが、流石に杞憂だったようだ。これで九条が堀北に惚れていたら、堀北が坂柳に殺される。
「でもどうやって協力するんだ? オレが言えたもんじゃないが、お前だって友達いないだろう?」
「急に現実見せて来るのやめてくんね?」
この作品のヒロインは坂柳オンリーです。
書きながら堀北のヒロイン力高くてびっくりしちゃった。
と言っても2巻の範囲はサラッと書いて、早めに無人島編に入ります。
描写していない範囲は基本原作と同じですが、気になる点等質問していただければ答えます!
高評価や感想等頂けると作者のモチベーションがぐんと上がります!
まだ評価していない方が居ましたらぜひよろしくお願いします!