うずまきナルトは
アカデミーでの学習期間を終えて、木ノ葉隠れの里の下忍となり、第七班所属となった。
将来は里のトップであり代表である“火影”となることを目標としている。
同い年の仲間と、頼りないが頼れる先生、エロいが実力は本物の仙人、他にも多くの人々に囲まれて成長を続け、夢に向かって少しずつ前進していた。
「あれ……? ここ、どこだってばよ」
薄暗い洞穴の中で目覚めた時、ナルトは状況を理解できていなかった。
そもそもなぜ意識を失っていたのであろうか。不思議に思ってうーんと首を捻ると、少し身じろぎしただけで全身に痛みを覚える。
「いってぇ⁉ 体中痛ェ! なんだこれ⁉」
「お前は死にかけたんだ。生きているだけでも奇跡だと思えよ」
暗がりの向こうから声が聞こえて、痛がりながら視線を向けたナルトは、それからようやく自分以外の誰かの気配を感じた。
明かりは彼が寝かされている布団の傍に蝋燭が一本だけ。頼りない小さな火が周囲を照らしているとはいえ、辺りを見回せるほどの視野はない。
目を凝らしてそこに居る誰かを確認しようとした。
闇の中に溶け込もうとするかの如く、黒にも近い濃紺の服を着ていて、中でもはっきり確認できたのはオレンジ色の仮面だった。ぐるぐると螺旋を描く文様が深く刻まれており、それが唯一の装飾にして、おそらく目があるであろう位置に一つだけ小さな穴が空いている。それを着けているだけで奇妙だという印象を覚えた。
明らかに怪しい。そして知り合いではない。
わずかながらに警戒したナルトは微妙な表情になり、恐る恐る声をかけてみた。
返事はすぐに返ってくる。
「だっ……誰だってばよ」
「お前を助けた者だ。そうだな、トビとでも呼んでくれ。たまたま倒れていた場所の近くに居て、放っておけば死ぬと思ったから助けた。木ノ葉の忍ではない」
「あぁ、そうなのか……そりゃありがとう。でもオレってばなんでこんなとこに」
「覚えていないのか? 色々と話さなければいけないことがある」
トビと名乗った彼は暗がりの中から姿を現した。やはり目につくのはぐるぐるの仮面。見れば見るほど変だとナルトは不思議そうにして、しかしまじまじ見ているとそれほど悪くないのかもしれないと思い、好意的に捉えるようになる。
かっこいい、とまではいかないが、案外イケてるのかもしれない。体の痛みを忘れるための無駄な思考が必要だったのか、それともそこまで考えるつもりもなどなく気になっただけか。持ち前の能天気さで早々に警戒心など捨てようとしている。
敷かれた布団の傍に腰を下ろして、襲い掛かってくる様子は皆無。
話を始めようとしているトビから視線を外さず、何があってもいいようにと無意識的に身構えているとはいえ、ナルトは素直に聞こうとしていた。
「俺は木の葉の忍ではない。とはいえ、各里の状況については詳しく知っている。お前たちが認知していないもっと大きな脅威に対抗するために準備を整えているからだ」
「ふーん? 大きな脅威?」
「俺はお前を見守っていた。力を貸してほしかったからだ」
ぴくんと反応して、頼られている、という状況に気付くとナルトが笑みを浮かべる。
わからないながらも反応を隠せなかった。トビに好意さえ抱こうとしている。
「へぇ~そう。オレってば有名人? やっぱ頼りになっちゃう?」
「その前に話をしておこう。お前と戦った男、うちはサスケについて」
言われた直後、瞬時に笑みが消えて、頭の中で様々な映像が駆け巡る。
意識を失う寸前、自分の身に起きたこと。それよりもっと前の出来事。戦うきっかけや昔に本人から聞いた話。ライバルとして関わった時間。密かに、本人には言わずに、友達ってこういうものなのかなと抱いていた想い。全てが一気に思い出されて、脳を直接殴りつけられたかのような強い衝撃を覚える。
ハッとしたナルトは表情を変え、焦りを表して大声で叫んだ。
「サスケは⁉ あいつはどこ行ったんだってばよ!」
トビは何も答えず。無言で居る様を見てナルトは察してしまった。
「止められ、なかったのか……なんで……!」
「俺が到着した時には姿がなかった」
「くそっ! ……オレが、弱かったからだ……! ぶん殴ってでも連れて帰るつもりだったのに、あいつに勝てなかったから!」
「落ち着け。今は安静にしろ、傷に響く」
取り乱すナルトは体の痛みなど気にならずに、思わず拳を地面へ叩きつける。血が滲み、更なる痛みを覚えるがやはり気にならなかった様子だ。
落ち着かせようと手を伸ばして、トビは穏やかな声で語りかける。
荒く呼吸をしていたが落ち着く努力はしていたのだろう。深呼吸を繰り返した後、少しずつ呼吸を整えていったナルトは再びトビに目を向ける。
「友のことは、残念だった。だがまだ危険だと決まったわけじゃない。サスケはおそらく平気だ」
「平気? どういうことだってばよ」
「大蛇丸は奇妙な術を多く持つ。だがサスケの体を奪うのは数年先になるだろう。“転生の術”はずいぶん体に負担がかかるようだ」
なぜそんなことを知っているのか。気にするほどの余裕はなかったらしく、その話を聞いただけで深く考える前に希望を見出した。もしかしたら大丈夫なのかもしれないとナルトは思う。
彼の態度を確認して、トビは続けて語った。
「うちはサスケはお前を殺そうとした。俺が応急処置をしなければたとえ九尾のチャクラがあったとしても危なかっただろう」
「くそ……」
「追うなとは言わないが今追っても無駄だ。生きていると知ったらサスケは今度こそお前を殺そうとするぞ。あいつには、そうする理由がある。それは本人から聞かされたんじゃないのか?」
ナルトは俯き、何も言えなくなる。
思い出すのは彼との会話。戦うことになる寸前、本人の口から聞かされた。
自分たちは親友である。だからお前を殺さなければならない、と。
うちはサスケはナルトと同期の忍である。
木ノ葉隠れの里を創設した頃から存在した有力一族“うちは”唯一の生き残りで、一族郎党を皆殺しにした兄への復讐を糧に生きる男だ。
唆されたのは間違いない。しかし彼は自らの復讐を果たすため、生まれ育った里を捨て、力を与えてくれる人間の下へ向かったのだ。
止めたかった。止めることができなかった。その想いがナルトの精神を苛んでいる。
止めてやれるのは、同じとはいかずとも似たような境遇で育ち、辛い孤独を知る自分だけだったはずだと理解している。だからこそ悔しくて堪らない。
サスケは復讐のため、これまで手に入れてきたもの、仲間も何もかも捨ててしまったようだ。
ナルトは項垂れ、何も言えなくなる。
それでも受け止めなければならないはずだとトビが語り掛けた。
「落ち着く時間が必要だろう。だがその後で話を聞いてくれ。サスケを救うことはできる」
再びハッとした様子でナルトが顔を上げる。
必死な様子に、心からサスケを助けたがっているのが伝わってくる。
トビは小さく頷いた。
「サスケを、助けられんのか? 本当に……?」
「ああ。だが今すぐは無理だ。それはお前もわかっているはず。まず強くなる必要がある」
「お、おう。そうだな。オレがサスケに勝てないんじゃ止めることもできねぇ」
「そうだ。お前の成長は必要不可欠。その上で、既存の隠れ里の仕組みでは抜け忍となったサスケを救うことはできない。俺はこの状況を変えたいんだ」
その発言が何を意味するのか、理解はできなかったがナルトは真剣な顔でトビを見つめる。
「お前と同じ
「私と手を組まない?」
提案に対してトビは返事を選んだ。
目の前に立つのは他国に知られるほどの大犯罪者、その名を
木ノ葉隠れの里の広く知られた“
非常に利己的で冷酷、かつ果てしない欲望を秘めた人物。
出会ったのは偶然などではない。
静かな夜の暗闇にしとしとと雨が降り続いている。
辺りには二人きり。雨が降りしきる里で、密かな会話が行われていた。
「“暁”は“人柱力”を集めるんでしょう? 時が来れば攫ってくるつもりだった? そんなことしなくても懐柔してしまえばいい」
「目的はイタチか」
「ええもちろん。だけどそれだけじゃない。私の理想はこの世全ての術を手中に収めること。あなたたちだって例外じゃないわ」
「なるほど。正直で結構だ」
心を許せる相手ではない。だが有能であることはよく知っている。
彼らはかつて同じ組織に所属していた。そのことを知っているのはトビだけだと本人は認識していたのだが、どこでどう調べたのか、どうやら大蛇丸は密かに知っていたらしい。
“
表向きには無関係。トビは暁を創設したメンバーであり、雨隠れの里で起きたクーデターの加担者であり、暁の黒幕と言っていい人物であった。
大蛇丸は後に加入したメンバー。誰の前にも現れなかったトビを知るはずがないのだが、知っているということは初めから仲間になるつもりなどなかった証左になる。
自ら近付いてきたのは何らかの目的があるからに違いない。
脅威に感じる一方、戦闘になり得ないことは知っている。
先日の木ノ葉隠れの里への襲撃の折、両腕を封じられて動かせないからだ。
「その腕の封印も解きたいんだろう」
「手を貸してもらえると有難いわ。まあ、こっちは貸してもらわなくても解くけれど」
「それで……お前は何を提供できる?」
「私はあらゆる里、あらゆる血筋、あらゆる流派の術を収集している。情報も多いわ。あなたが人柱力を集める手伝いができる」
大蛇丸は薄く微笑み、淡々とした声で告げる。
「表向きは暁に攫わせようとすればいい。一方であなた個人が人柱力に接触して信用を得る。彼らが自発的に協力するよう仕向けるのよ」
「回りくどいな。信用など、一手間違えれば簡単に失われる」
「
「こちらには“暁”がある。戦争になるのは問題ではない」
「でも手間を省くことができる」
「お前は尾獣と人柱力にも興味があるんだろう。術とは違うが有用なのは間違いない。俺を出し抜いて手に入れようとしているのではないか?」
「そう思っているなら警戒して備えておけばいいだけ。それは常にお互い様でしょう?」
トビは口を閉ざし、仮面を装着して顔を隠しているとはいえ逡巡を見せた。
危険であることは理解している。しかし“暁”を頼りにしているわけではない。自らが組織したそれはあくまでも危険な忍を集めただけの烏合の衆。力で他者を押さえつけるのみの存在。思想や目的を同じくする者たちではなかった。
利用できるものは増やしておくべきか。しかし、組織として“暁”より危険な可能性さえある。
トビは口を閉ざして時間を使った。
「それとももっと良い案なんてある? 効率的にいきましょうよ」
「じんちゅうりきってなんだ……?」
ナルトは心底わからないといった様子で尋ねた。
知らないだろうと予想していたが、知らない事実は好都合。
トビは淡々としながらも親しみを込めた声で語りかける。
「お前の中には尾獣が居る。そうだろう」
「九尾のことか? びじゅうって何?」
「尾を持つ特別な獣のことだ。一から九まで、全部で九体居る。九尾はその内の一匹に過ぎない」
そのために準備していたのだろう、チョークを取り出したトビは地面に絵を描き始め、勉強は苦手だと想像するナルトのためにわかりやすく説明しようとする。
まだ気持ちは落ち着いていない。サスケが大蛇丸の下へ行ってしまったという情報で少なからず胸の中が気持ち悪いままだった。それでもナルトは真剣に説明を聞こうとする。
「尾獣が持つ強大なチャクラを利用した生物兵器を生み出すため、尾獣を人間に封印した。それが人柱力だ。お前は木ノ葉の里が九尾のチャクラを利用するために選ばれた人柱。本人にその事情を説明していないのも当然だろう」
「兵器? ……オレが?」
「そうだ。お前は他国との戦争を回避する目的で利用されていた。いや、今からでも里に戻れば必ずそうなる」
信じられない、という表情を見れば言葉にせずとも心情が読み取れた。
真相を知らなかった事実は変えられない。動揺するにはそれだけで十分だった。
「お前が知らなかったのは、お前が里を離れるのは不都合だと里の上役が考えていたからだ。謂れのない中傷を受けたことはあるか? 何かと理由をつけて里に留めようとされたことは? 木ノ葉に居て本当に自由を感じていたのか?」
鬱屈とした感情が、一気に呼び起こされる。
忘れようとしていた、或いは当たり前のものとして気にしないようにしていた数々の映像が脳内を駆け巡り、自分が体験して刻まれている過去の記憶が思い出された。
何かおかしいのではないか。そう思った出来事を忘れるはずがない。
胸中がさらにぐちゃぐちゃになって、気持ち悪い、と無意識的に考えていた。
うずまきナルトは天涯孤独の身であった。
両親は不明。後見人は三代目火影。教師であるうみのイルカが良き理解者として彼を導き、保護していたものの、日々の生活を孤独に感じていたのは間違いなく、同世代の他の人間が知っていることを自分だけ知らないなど珍しくもなかった。
特に真相を知る親世代の人々からの視線を厳しく感じることが多かった。今にしてみればあれは嫌悪や憎悪といった感情なのだろうとわかる。
自分は里の人間に嫌われていたのだ。そしておそらく今もその状況は変わっていない。
ナルトの中に術を用いて封印されている“九尾の狐”。
これまでに何度となく心の中でやり取りし、時にはチャクラを借り受けることがあった。その存在ならばすでに認知している。自身の境遇の原因も理解していた。
かつて木ノ葉隠れの里に甚大な被害を与えた強大な力を持つ妖狐。封印されているだけでありながらナルト自身が同一視されており、一定の距離を取られているのは忌み嫌われているせいだ。
人望を集めた三代目火影であっても状況は変えられず、ナルトは孤独を知っている。
「お前の近くに居た仲間たちまで否定はしない。だがお前と親密ではない人間はどうだ? お前を里の一員だと認めていたか?」
トビの言葉に自信が揺らぐ。
果たして本当にそうだっただろうか。
以前から疑問や怒りはあったはず。多忙な日々でただ忘れていた。もしくは、意識して忘れようとしていた。
「既存の里では人柱力が認められることはない。戦争を回避するために里に置いておくが、住民は人間ではないと排斥し、いざ戦争が始まれば兵器として戦場へ投入される。今までがそうだった。忍の世界は何ら変わっていない。今のままでは火影になることも不可能だろう」
ナルトは何も言えなくなって表情を硬直させ、ただトビの言葉を聞いていた。
「俺はこの忍界全てを変えたいと思っている。そのために人柱力を集め、お前たちが中心となる新たな里を作る。尾獣と、封印されている人間を兵器として利用する世界ではなく、戦争のための睨み合いをやめた新しい世界にしたい」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。いきなり一気に言われ過ぎて何がなんだか……」
ナルトは困惑していた。彼の話を正確に受け止められずにいる。
それでも気にせずトビは言う。
「いきなりでわからないのも無理はない。なら時間をかけてでも咀嚼してくれ。里の人間にお前が九尾だと認識され、憎悪を向けられている状況は、お前自身に危険が及ぶ可能性がある。或いは最悪の場合、里の上役は別の人間に九尾を封印することを考えるかもしれない」
「なんで……」
「そうなれば、九尾を体から引き抜かれた時、お前は死ぬ」
「人心掌握には適度な不安と喜びを与えればいい。そういう意味では、人柱力は操りやすく、集めやすい部類よ」
大蛇丸が薄く笑みを浮かべて呟くと、何を言わんとしているかを即座に理解し、トビが答えた。
「人間は同じであることを好む。違えば排斥し、差別の対象となる。肌の色や声の高低、学ぶ術の種類が違うだけで奇異の目を向けられる世の中、尾獣を体内で飼っている人柱力など殊更人間とは認められない」
「里によって状況は違うけれど似たようなものよ。面倒なのは雲隠れくらいかしら。彼らは尾獣のチャクラをコントロールすることを可能にして、すでに戦場へ送り込んでいる」
「付け入る隙はある。雷影は傲慢で短気、自国の利益のためなら戦争を辞さない。雲隠れが戦闘に秀でるだけに戦いを躊躇わない」
「しかし当然戦争になれば厄介な存在」
「戦意が高いのは雲隠れだけではない。岩隠れは常に機会を伺っている。暁の利用も少なくない」
信用したわけではない。だがふと思いつくものがあった。
トビが大蛇丸へ振り返る。
表情は見えず、仮面に開いた小さな穴からわずかに目が見える。感情までは読み取れないが先程までとは違っている気がした。
「いいことを思いついた。人柱力を保護し、こちらから注意を逸らせばいい」
「保護、ね。篭絡、或いは略奪とでも言うんじゃないかしら」
「戦争はこれまでに幾度となく繰り返されてきた。奴らも本望だろう。抑止力たる人柱力が里から居なくなれば誰かが動き出す」
トビの声は暗く、冷たく、感情が欠けている。それなのに少し楽しそうにも聞こえた。
大蛇丸もまた楽しみ、彼へ問いかけた。
「あなたの目的は何? 人柱力を集めて何をするつもり?」
「この世界を壊す。そう言ったら、お前は手を組むか?」
「場合によるわね。私の目的が果たせるのなら、敢えて敵対することはないけれど」
「お前は、下手をすればどの里よりも脅威となり得る存在だ。本来であればすぐにでも排除したいところだが、確かにその知識と情報網は有用だと判断せざるを得ない」
一瞬の静寂。
確認をしてみて、改めて仲間ではないことを認識する。
互いに顔を見合わせ、警戒心を隠し、語らう。
「良い世界を作りましょう」
「ああ。数多の術を掻き集めてな」
握手こそしなったが、結果は多くを言わずとも共にわかっていた。