鳶が獣を生み落とす   作:ヘビとマングース

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フウ 1

「フウ! フウはどこへ行った!」

 

 滝隠れの里において、若くして里長となった青年、シブキが大声を発していた。

 里に住む人々はまたかと言いたげに反応して、呆れてため息をつく者が居る反面、微笑ましそうに無言で見守る者も居る。

 

 頑丈で巨大な天然の岩盤に囲まれた窪地に存在する、木々と水が豊かな里である。巨大な滝と強固な結界術が里の入り口を守っており、手練れの忍であろうと容易には入れない秘境。しかし近年は人口の減少に伴い、里としては縮小傾向にあった。

 若いシブキが里長になった経緯もまた、近年の滝隠れが弱体化しつつあるという事実を証明する一つとなっている。

 

 シブキは優しい人物だった。そして優しい忍、里長になろうとしている。

 一方で彼が怒鳴ることは珍しくなく、その対象は決まって一人だった。

 

「フウ~ッ‼ また座学だけサボって! どこに行ったァ!」

「多分、里の外じゃないですかね。昨日新しい脱出ルートを発見したって言ってました」

「くそ~あいつはぁ……! 自分の立場をわかってるのか」

 

 シブキは里長として、実質的な身寄りのない少女の保護者になっていた。

 天真爛漫で行動的な少女には手を焼いており、同年代と比べても際立ってトラブルメーカーな彼女は常にじっとしていない。体を動かす修行には熱心なのに、座学からは定期的に逃げ出し、度々勝手に里を抜け出して外で遊んでいるらしい。

 今日も今日とていつものように手を焼いていて、しかしそれはすっかり日常になっていて、変わることのない日常だと思っていた。

 

 その頃、里を抜け出していたフウは滝隠れ周辺の森を走っていた。

 滝隠れの里は大自然に囲まれた土地。一歩抜け出すと広大な森、多くの滝や泉がある。

 忍として鍛え上げた脚力で森の中を疾駆し、高く跳んでするする木を登っていく。

 

 今日はなんだか良い気分だった。なぜかは全くわからない。朝目覚めてからの過ごし方は普段と何も変わらないのに、今日はいつもと何かが違うような、日常が変わるような何とも言えない予感を感じている。

 フウは活発な少女だった。小麦色の肌と薄緑の髪、キラキラ輝くオレンジ色の目が特徴で、声が大きく騒がしいため一目見ればそれとわかる人物である。

 

 フウは木登りが得意で好んでいた。

 いつものようにお気に入りの特別高い一本を登って頂点へ到達する。

 ガサガサ枝と葉にぶつかりながら前進を続け、ぷはっと顔を出して辺りを見回した時、強いがどこか優しくも感じる風を全身に浴びた。

 

「ん~っ……! きもちいい風。今日はなんかいいことありそうっす!」

 

 幼い頃から野山を駆け回り、全身で自然を感じて育ったフウは風を、森を、水を、自然の多くを愛している。滝隠れ周辺に生息する動植物や虫にまで詳しい。

 その日、背の高い大樹の天辺で風を浴びていると、何かに気付いた。

 確証のない違和感。忍術とは異なる勘。しかし直感に優れるフウはそれを無視できなかった。

 

 目を凝らして森を眺める。

 木々が乱立するため視界は決して開けていないが、葉の切れ目から誰かの姿を見た。

 パッと笑顔になったフウは、胸の内に広がった衝動を隠さず全身で表現する。

 

「あっ、知らない人発見! 友達になれるかなぁ。さっそく行ってみよー!」

 

 恐怖心など一切持っていないかのように、天辺から飛び降りてフウが落下する。

 高いところは好きだ。そして落下することもすっかり慣れていて、どれだけ高かろうと躊躇うことは一切ない。

 木々の枝を掴み、足蹴にし、落下途中で次々に跳んで移動を続ける。

 非常に身軽で慣れた動作。忍ならば当然と言えるが、彼女の動作は見るからに野生児といった印象で訓練された忍とはまるで違っていた。

 

「きゃっほー! 友達チャーンスっ!」

 

 偶然見かけた見知らぬ人に近付くため、フウは意気揚々と駆け出していった。

 

 

 

 滝隠れの里を目指して歩いていたナルトは、前を歩くトビの背に声をかける。

 やぐらからの忠告があったとはいえ、気落ちしたまま正常な思考を取り戻したとは言えない彼は相変わらず彼に従っている。しかし以前とは多少の違いがあり、トビを見る目に少なからず疑問が混じっているのも確かだ。

 

「滝隠れに七尾の人柱力が居るんだよな」

「ああ」

「どんな奴なんだ?」

「噂に聞いた程度でしかないが、明るい性格らしい。お前とは上手く付き合えるんじゃないか」

 

 トビの接し方は変わっていない。変わらず淡々とした口調で、わからないことはすぐに教えてくれてなんでも知っている。態度の大きな変化こそないがナルトに対しては優しい。

 それでもやぐらの発言は頭の中に絶えずあって、以前とは異なる混乱をしてしまう。

 胸の内は晴れないまま。ひどく気分が悪い状態が続いている。

 

「なんで?」

「お前と似ている気がしてな。波長が合うかもしれない」

「……なんだよ、それ」

 

 よくわからないと言いたげな口調で素っ気なく、あちこちに視線を送りながらナルトが呟く。

 滝隠れの里へ向かうと言われた時、正直に言えばすごく嫌だった。火の国、ひいては木ノ葉隠れの里からそう遠くない位置にあると知っていたからだ。

 

 何日経過しようと、木ノ葉の里で起きたことをいまだに呑み込めないままでいる。寝ても覚めても時折フラッシュバックして、あの日の光景がナルトを苦しめ続けていた。

 見知った顔の人々が恐れる目を自分に向けていて、命を奪うために本気で攻撃を仕掛けて、尊敬する先生ですら、明確な意志を持って殺そうとしてきた。

 思い出さないようにしているのに、思い出しては全身に悪寒が走る。

 

 トビが誘ったのには息抜きになればいいという理由があったのは知っていた。

 拠点にしていた洞窟とその周辺を離れて、遠くまできたが気分の変化はほとんどない。それどころか木ノ葉隠れが近いと知って不安は大きくなってすらいる。

 自分は一生このままなのか。自分の状態が異常だという自覚があり、ナルトはふとそう思った。

 

「オレが行ったって、なんの役にも立たねぇかもしんねぇぞ」

「それならそれでいいさ。里の人間には俺から話をつける。お前はその間、休暇のつもりでゆっくりしていればいい」

「休暇って……オレってば最近、修行以外何もしてねぇし、任務だって何も」

「それでいいんだ。細かいことは俺がやる。お前は、少なくとも今は、自分のことだけを考えていればそれでいい」

 

 やぐらに悪いと思いながら、やはりトビと話していると安堵している自分が居る。

 その事実がナルトを思い悩ませていた。

 自分はどうすればいいのか。ふとした瞬間に疑問が浮かび上がり、考えずにはいられない。

 

 会話は長くは続かず、沈黙が長く続いて、自然の音が辺りを包み込む。

 その静寂を切り裂いて、彼女は唐突に現れた。

 

「こーんにちはぁ~! 旅人さんっすか!」

 

 ガサガサと枝や葉を揺らしながら頭上から降ってきた。

 スタッと身軽に着地したフウが二人の前に立つ。

 全く驚いた様子のないトビは沈黙している。しかし驚いたナルトはわずかに声を発し、しかしいつもほどの元気はなく、無言でフウを凝視していた。

 

「あっしは滝隠れのフウ! 君たちは?」

「トビだ。こっちはうずまきナルト」

「おおっ! イカしたお面っすね! そっちの子は同年代っすか?」

「あ、ああ……」

「うわーっこんにちは! 何歳? どこから来たの? あっしと友達になろうよ!」

 

 ナルトを見た途端、パッと輝くようにフウが満面の笑みを浮かべた。

 考える前に体が動いていて、一瞬で接近したフウはナルトの手を両手で掴むと、ブンブン強く上下に振って喜びを表した。突然の行動でナルトは目を白黒させるが、敵意がないのは笑顔を見て理解したため、戸惑いながらも受け入れる。

 

「な、なんだってばよ、お前……」

「あっしはフウだよ! よろしくね! 君はナルトっていうんすか?」

「お、おう……ってかお前、なんか近――」

「ナルトってひょっとして忍者? あっしもっすよ! 今日は何かいつもと違うことが起きるような予感がしてたんすよねー。風がいつもと違うっていうか、胸のとこがざわざわしたっていうか。あっしは結構勘が良いって言われるんすよ! だから遠くから一目見て、あっ、これは何かありそうだなってビビビーンって感じ取ったんす!」

 

 見るからに嬉々としていて、フフンと自慢げな態度を見せるが、どこか褒めてほしそうに見えるのは彼女が隠せていないからか。

 ナルトは困惑している。出会ったばかりの思わぬハイテンションに、普段ならばいざ知らず気落ちしている今は順応できずにいたようだ。

 

 想定外の出会い。しかしトビは即座に理解する。

 彼女こそが七尾の人柱力だ。

 トビはフウへ語り掛け、いきなり本題へ入ろうとする。

 

「俺たちは滝隠れの里へ向かっていたんだ。七尾の人柱力に会うために」

「じんちゅうりき? それってなんすか? でもでもっ、七尾のことは知ってるっす! あっしの中に封印されてるからね!」

 

 その発言を聞いてナルトが目を丸くした。

 彼女の言葉にも、彼女のあっけらかんとした態度にも、少なくとも近頃の心境では驚かずにはいられない。

 フウは楽しそうに笑ったまま、固まってしまったナルトを見て首を傾げた。

 

「どうかしたんすか? あっ、ちょっと待って! 確かに珍しいけど危険じゃないっすよ! 七尾は性格も口も悪いけどあっしを殺したりしないし! あっしはみんなのこと傷つけたいとか思ってないっすから! 全然だいじょーぶ!」

「あ……そうか」

「そいつも人柱力だ。九尾のな」

 

 今度はフウが目を丸くした。

 驚いているがどこか喜色が隠せていなくて、うずうずしながらトビの言葉の続きを待つ。

 

「尾の数は違えどお前と同じだ。木ノ葉隠れの里で生まれ育った九尾の人柱力」

「マジっすか⁉ おおっ、同志よ! 会いたかったっす~!」

 

 理解した途端、我慢できずに飛び出すようにナルトへ接近して、彼女は強く手を取った。

 ぽかんとするナルトの前で、フウが心底嬉しそうに笑顔を輝かせる。

 似ている二人だと思ったが今は対照的な姿。トビは敢えて口を挟まず見守った。

 

「ど、同志って、お前……」

「初めて会ったよ! あっしと同じ人! ナルトとあっしは友達っ……ううん、仲間っすね!」

「ちょっ、待てっ。いきなり何言って」

「ずっと待ってたんだ! あっしと同じ人に会えるのを!」

 

 嬉しそうに伝える姿に、ぎゅうっと胸の奥が苦しくなった。

 ずっと待ってた。楽しみにしていた。自分と同じ境遇にある人物と出会うのを。

 それはナルトも同じだ。

 やぐらとフウ、二人の人柱力に出会い、今になって猛烈に実感が湧いてくる。

 

 敵愾心などなく、それどころか友好的に、心底嬉しそうに手を握られる初対面は、生まれてきて初めてであった。

 喜びで飛び跳ねかねないフウの様子に、ナルトから少しずつ緊張が消えていく。

 

「オレも……ずっと、会いたかった」

「ほんとっすか⁉ 奇遇っすね!」

「うん……そうだな」

 

 涙さえ溢れて目からこぼれてしまいそうだったが、ナルトは堪えようとしなかった。

 握られた手に力を入れてそっと握り返す。

 

「オレも、ずっと会いたかったんだ」

 

 ナルトの声はひどく弱々しいものだったが、フウは嬉しそうに、子供のように無邪気に笑った。

 

 

 

 

 

 男は旅をしていた。

 生まれ育った里を抜け出し、ただひたすらに足を動かしている。

 目的などない。ただ生きるために歩く、のでもない。

 男は生贄を欲していた。

 

「はぁ~……だめだダメだ。こんなもんじゃ足りねぇよなぁ。もっと探さねぇと。さっさと誰か見つけて殺さなきゃジャシン様に顔向けできねぇ……」

 

 解体された肉体を森の中へ放り捨て、男は奇妙な武器を担いでふらふら歩き出す。

 一仕事終えた後の快感と脱力、そして終えたからこその空虚感。人を殺す瞬間こそ気絶してしまいそうなほど気持ちよかったが、それが終われば虚しさすら感じていた。

 

 男の欲求は多くなかった。

 殺戮がしたい。人間を殺したい。己が信じる神の供物に捧げたい。

 もっともっと殺したい。毎日毎晩殺したい。数えきれないほどの人間を神へ捧げたい。

 ただそれだけを求めて各地を転々としている。

 出会った人間を逃さず殺して、返り血で汚れた服はすでに捨てて上半身だけ裸になっていた。

 

 はあ、ともう一度重いため息。

 呆れるくらいに青い空を見上げて、晴れ晴れとした風景を、嫌気を覚えて睨みつけた。

 

「チッ……呑気に晴れやがって。やっぱジャシン様には曇天が似合うよなぁ。雨でも嵐でも晴れでもなく曇りだ。暗くてジメッとして、夜になりつつある夕暮れの薄暗さがいい」

 

 男は忍である。

 嗅覚が鋭いのと勘が良いため、生贄を見つけることはさほど苦手としていない。

 天気は最低だが予感がしていた。今日はさらに生贄を見つけられそうだ。

 

「滝かぁ……いいな。水気があるとジメッとするからなぁ。行楽気分の奴らが居るかも。今日の俺は気分がいい。きっと他の生贄にも会える」

 

 自分自身に言い聞かせるようにも、この場に居ない誰かに語り掛けるかのようでもあり、ぶつぶつ呟きながら男は歩き出す。

 遠くに見えた巨大な崖と滝が良さげだ。男の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「ジャシン様ァ、見ててくださいよ。今日はたくさん贄を送りますよ」

 

 男は一路、滝隠れの里を目指して歩き出した。

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