鳶が獣を生み落とす   作:ヘビとマングース

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フウ 3

 飛段は周囲を警戒しながら森の中を歩いていた。

 敵襲を恐れたわけではない。むしろ今すぐにでも来てほしいとさえ考えていて、獲物がどこに隠れたのかを見逃さないために気を張っている。今すぐに攻撃したくてたまらないのだ。

 

「どこに行った……くそっ。そこら中にチャクラがありやがる」

 

 影分身は、見せかけだけの“分身の術”とは異なり、分身にチャクラを分け与えて実体を与える。

 そのため分けたチャクラの量に差異はあれども、影分身の数だけ気配が増えることになる。

 ナルトはそうと知っていたわけではなかったが、チャクラを肌で感じ取るタイプの忍をかく乱するのにはもってこいの忍術であった。

 

 卓越した感知タイプであれば影分身が相手でも本人を見分けるだろうが、飛段はそうではない。むしろ自分が感知タイプなどとは思わず、無自覚にチャクラを感じ取っているだけだ。

 影分身をそこら中に放ち、ナルトとフウは冷静に潜伏していた。

 

「すごいっす! ナルトってば天才! あっしこんな体験初めてだよ!」

 

 木の枝の上でリスが人語を話していた。

 声を潜めながらとはいえ、フウは興奮を抑えられていない。目の前に居るリスが慌ててしーっと口元に指を当てて、彼女を黙らせようとしていた。

 

「あんま騒ぐなっ。隠れてる意味ねぇだろうが」

「ごめんっす!」

「昔から“変化(へんげ)の術”は得意なんだ。イタズラするのにめちゃくちゃ役に立つからな」

「へぇ~! いいっすねーイタズラ! あっしもやってみたい!」

 

 リスに変化したナルトの言葉に、同じくリス姿のフウが「おおっ!」と目を輝かせる。

 “変化の術”で外見を変えた二人は本来の姿に比べてずいぶん小さくなり、違和感なく森の中に溶け込んでいた。

 

 忍者アカデミーで学習する基礎的な忍術、“変化の術”は言わば外見を変えるだけの術。忍であれば誰しもが使える程度の術、と言えばそれまでだが、他の術との併用で上手く活用する忍は決して少なくない。

 ナルトはアカデミー時代から“変化の術”を得意だと自覚しており、悪戯のために何度も使ったことで腕を磨いていた。そして今も深く考えずに、得意だからという理由で“影分身の術”と併用したことが功を奏してもいる。

 

 まずは身を隠して落ち着き、チャンスを窺う。

 冷静になろうと努めていたナルトは目の前に居るフウへ語り掛けた。

 

「それよりさっきの……あれは変化の術じゃねぇんだな?」

「違うっすよ? あれは七尾の一部っす。七尾にお願いして借りてるんすよ」

 

 改めて確認したかったことを尋ねた。今はそんな場合じゃないとも思うのだが我慢できない。

 ナルトはその意見を聞き、リスの外見のままで苦い顔をする。

 

「尾獣と友達ってほんとなのか……? そんなことあり得んの?」

「ほんとっすよ! だってだって、生まれた時には自分の体に封印されてたんすよ。そりゃ友達になるじゃないっすか」

「いや……相手、獣だろ」

「でも喋れるっすよ? そりゃ~あっしのことうるさいとか外に出せとかノリが合わないとかうるさいし口が悪いっすけど、昔よりは丸くなったと思うんすよねー」

 

 ナルトは信じられないという目で彼女を見ていた。

 尾獣、彼の場合は九尾であるが、まさか仲良くできるなどと思っていなかったのだ。唯一の友人も物心ついた頃から自分に封印された尾獣によって苦しめられていて、同じ境遇で同じ苦しみを味わったことで心を通じ合わせた。

 

 フウとナルトも同じ境遇だ。しかし彼とは違い、彼女は少なからず尾獣と上手く付き合えているのだという。

 本人の言でしかないとはいえ、好意的に受け入れている態度その物が驚きだった。

 

 ハッとしたナルトは拳を握って前へ突き出した。

 フウは小首を傾げ、差し出された手をじっと見つめる。

 

「ん」

「お? なんっすか?」

「拳……合わせてみようぜ。そしたらお互いに尾獣の存在が感じられる」

「おおっ! それはいいっすね!」

 

 トンッ、と拳を合わせて、相手の内部に居る巨大な存在を感じ取る。

 あまりに大きく、強く、禍々しさを内包した気配。手に触れたことで二人は繋がり、その姿を見ることができた。

 

 ナルトに封印されている九尾が忌々しそうに舌打ちをした。

 一方、フウに封印されている七尾は、精神がリンクした途端に大声を発する。

 

《ヘイヘイヘイッ! 好き勝手なこと言ってンなよクソガキッ! 誰がテメーの友達だッ‼》

 

 ナルトが見たのは巨大な虫だった。

 カブトムシのような立派な角、大きな六つの翅と一本の尾。頭部や大きな口はあれども目や鼻らしき器官は見えない。

 無骨な見た目に反し、声は威勢がよくハキハキしている。想像と実態は大きく異なっていた。

 

「まーたそういうこと言うっ! 翅貸してくれたじゃん!」

《そりゃテメーが毎日毎日貸せ貸せってウルセーからァ! 黙らせるためだろうがッ!》

「ふーんだっ! いいもん別に! あっしは七尾のこと友達だと思ってるからね!」

《勝手に決めんなコラッ! オレの友達くらいオレが決めるわッ!》

 

 フウの声は直接耳に、七尾の声は脳内に響く。

 機会こそ限られるが九尾に語り掛けられることで慣れているとはいえ、ここまで大声のやり取りを聞いた経験はない。単純にうるさく、奇妙な感覚だった。

 ナルトが顔をしかめていても、フウと七尾は気付かず喧嘩して、疲労感が倍になる。

 

「友達……?」

「いやっ、ちょっと待ってほしいっす! ウソついてたわけじゃないんすよ! これは七尾がわからず屋なだけで!」

《ファーック‼ 勝手なこと言ってんじゃねェ! オレのダチがテメーであってたまるかッ!》

 

 今は飛段に見つからないよう身を隠している最中。

 声がでかいな、とナルトは呆れていた。少し前までは彼も似たようなものだったのだが、反省などしていないのにすっかり異なる立場になっているようだ。

 

 不意に、気配を感じ取る。

 きっかけとなったのは周囲へ散った影分身が連続して消えたことだ。

 凄まじいスピードで一体ずつ消されている。攻撃を受けているのだと気付くのは当然。警戒したナルトは素早く周囲を見回した。

 

「来た! 速ェ!」

「どこどこ⁉ どこっすか⁉」

《なんだテメーら! オロオロするリス可愛いじゃねぇかコノヤロー!》

 

 風を切るように疾駆し、目につく影分身を斬り捨てながら接近していた。

 飛段は無自覚の感知タイプであり、無自覚であるが故に繊細なチャクラ感知はできない。だが、同時に彼は勘が良かった。「なんとなく選んだ」場所に生贄が居ることは珍しくない。本人はそれを運命だと、ただ運が良いのだと認識している。

 

《チャクラ感じりゃわかんだろーが! 西だァ!》

「西……⁉」

「どっち⁉」

「そこに居たかァ!」

 

 唐突に、忽然と現れたかのように、地を蹴って跳び上がった飛段が二人が居る枝に到達した。

 凄まじいスピードで接近され、発見と対処が遅れる。

 飛段が猛然と大鎌を振り抜いた。二人が立っていた木の枝は両断されるが、変化の術で小さなリスに変化していたのが功を奏し、ナルトとフウは無傷の状態で落下する。

 

 変化の術を解くと同時に白煙が発生。そこに紛れながら本来の姿に戻った。

 高い木の上から落下する最中、ナルトはすかさず印を結ぶ。

 もう迷いはない。殺そうとしてくるなら、全力でやり返すまで。

 

「影分身の術!」

「ああくそっ! 分身はもういらねぇっつってんだろうが!」

 

 落下しながらも自らの姿勢で動きを制御し、飛段はぐるぐる回転しながら迫ってくる。

 落下中はナルトも動けない。そのため影分身で迎え撃った。

 

「さっさと儀式を始めさせろよォオオオオッ!」

「うっせーってば! 儀式ってなんだ⁉ そんなもん勝手にやってろ!」

 

 影分身を豪快に切り払いながら飛段は止まらない。ナルトへ向かってどんどん接近する。

 その一瞬、フウは冷静だった。

 木登りの途中でちょっとしたミスから落ちるだなんて、幼少期に何度も経験した。突発的な状況であっても動揺する理由にはなり得ない。

 

 フウもまた素早く印を結んでいた。

 本来ならば印すら必要ない得意忍術。しかし彼女は独自の修行中にふと思いつき、必ずたった一つだけ印を結んでから使用することを決めていた。

 理由は単純。「その方がかっこいいから」だ。

 彼女に戦闘経験はない。だが忍らしくかっこよく動くために自主訓練は欠かさなかった。

 

 それは本来七尾の力。

 フウは口を尖らせ、チャクラを開放すると同時にキラキラ輝く粉をまき散らした。

 

「忍法・鱗粉隠れの術!」

「あぁっ⁉ 隠れんじゃねぇ!」

 

 吹き出した大量の鱗粉がナルトと飛段の姿を包み込んで覆い隠す。

 腰の裏に一対の翅を生やし、空を飛んだフウはその中から的確にナルトだけを掴み、素早く飛行して離脱する。

 

「やった! 上手くいったっす!」

「ゲホッ⁉ エホッ⁉ 吸いかけたあぶねぇ⁉」

「それはごめん! でも毒はないから大丈夫!」

《オレの鱗粉は眩く輝いて美しーだけだゼ!》

 

 空中に拡散させた鱗粉から飛び出し、再び距離が開く。

 ナルトは飛段から目を離すまいと鱗粉が広がるそこを見ていたが、姿は見えない。今なら逃げられるかもしれない。だがそれで済む問題ではないはずだとも思った。

 飛段の異常な殺意を感じていた。それなのに敵意は感じない。謎だがそういう敵なのだろう。

 

「やるぞフウ! あいつはここでぶっ飛ばしとかねぇと!」

「そうなの⁉ わかった!」

「どうせ逃げても追いかけてくんだ……! トビを待ってる暇はねぇ! おれたちで勝つ!」

「よっしゃ~!」

 

 鱗粉から離れて、落下した飛段は地面に着地した。即座に視線を上げて二人を見ると、間髪入れずに動き出して真っすぐに追う。

 猪突猛進とはこのこと。自分に言われた言葉を思い出したナルトは、自分以上に真っすぐ動く奴だと認識して、だからこそ向き合う覚悟は揺るがない。

 

 フウに降ろされて地面に着地し、ナルトは再び影分身を数体生み出した。

 その内の一体が傍に立ち、本体と手を寄せ合う。

 練り上げたチャクラを手に集めて放出。二人で球体に整えようとし始める。

 

「必殺技で一気に決めてやる!」

「必殺技⁉ なにそれ! かっこいい!」

《色気づきやがってガキが! どんなのだ! 早く見せろ!》

「お前らさっきからうるせーんだってば⁉」

 

 飛段は一切構わず直進して突っ込んでくる。

 数体の影分身が足止めと陽動をしようと接近するが、走る速度を全く緩めず、振り払うように大鎌で切って進み続ける。

 ナルトへの接近まで十秒もかからなかった。

 

「ヒャハァ! ようやく捕まえ――!」

螺旋丸(らせんがん)‼」

 

 タイミングを見計らって前へ踏み込み、一瞬にしてナルトが懐へ飛び込んだ。

 飛段は油断していた。近接戦闘が得意なだけでなく、影分身を利用して散々逃げられ、明らかにフラストレーションが溜まっていたのが主な理由である。さらに彼はなぜか自らが傷つく恐怖心をまるで感じさせずに、隙は決して少なくはなく小さくもなかった。

 

 ナルトの右手に作られたチャクラの完全な球体。繊細なコントロールでチャクラを掌の上に留めて激しい螺旋を描いている。

 乱回転するチャクラは触れた物に螺旋状の傷を与え、外傷はもちろん内側にまで影響を及ぼし、強烈な内部破壊を伴う。

 腕を突き出して飛段の腹に押し付けると同時、“螺旋丸”が炸裂した。

 

 来た時以上の速度で飛段の体は吹き飛ばされていき、一瞬の間にナルトから遠ざかる。

 当てられた腹部から全身へ伝わる衝撃。彼は吹き飛ぶ最中に吐血し、全身の肌が裂けて、暴れ回るチャクラで肉体の内外をズタズタにされていた。

 

「ゴブッ、ゴボッ……⁉ オェェッ」

 

 大木に背が激突し、体が止まった後、飛段は口から大量の血を吐き出した。外見よりも体の中がボロボロになっており、筋肉が裂かれて、内臓に傷をつけている。

 息があるとはいえひどい状態だった。しかし飛段は倒れない。

 

「いっ、いてぇえええっ……! めちゃくちゃ痛ェじゃねぇか、ちくしょう」

「マジかっ。なんで倒れねぇんだよ……!」

「すご~! なんっすか今の術⁉ ナルトかっこいい!」

「今それいいってば!」

 

 ボタボタと大量の血が地面に落ちる。飛段はそれを足で踏みつけた。

 円を描くように足を動かして、広がった血で何かを描き始める。彼が無事だったことに驚くナルトは追撃を考える余裕がなく、ナルトの術に驚くフウは目を輝かせるばかり。

 誰にも邪魔されず、飛段は自らの足元に独自の陣を作った。

 

「だがぁ、これで一つ目の準備は済んだ……あとはお前らの血ィ!」

「くそっ。だったらもう一発螺旋丸をぶち込んでやる!」

「それかっこいい~! らせんがん? あっしもやってみたい!」

「今は無理だ! あとにしろ!」

 

 戦闘経験が乏しいためか、それとも本来の性質なのか、フウには緊張感が足りない。しかし彼女が呑気に声をかけてくるせいでナルトが冷静になっていたという側面もある。

 地面に描いた陣を離れ、飛段は再び二人へ接近を試み、ナルトとフウは咄嗟に迎え撃った。

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