鳶が獣を生み落とす   作:ヘビとマングース

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フウ 4

 飛段は異常なしぶとさを持っていた。

 クナイを刺されても、投擲した手裏剣が肌を裂いても、痛い痛いと言いながら前進をやめずに、ひたすら攻撃を繰り返してくる。

 とにかく距離を詰めようとする彼の姿に、ナルトとフウは後退を余儀なくされた。

 

「こいつ! めちゃくちゃしつけーってばよ!」

「なんでビビらないんすかぁ⁉ 攻撃しても全っ然止まらないっす!」

「オォ、ラァアアアアアッ!」

 

 頬にクナイが刺さったところで、顔を歪めはしても飛段は止まらずに突進してくる。

 もはや戦闘に関する思考など微塵も感じられない、武器を振り上げて走るだけの単なる特攻だ。だが血を流しても文句を言う程度の反応に、二人は動揺せずにはいられない。

 

 殺すしか、命を奪うしか、決着の方法はないのか。そう考えると、ナルトは目つきを変えて覚悟を決めようとする。

 手ずから誰かの命を奪ったことはない。しかしその一方、人の死を間近に感じたことはあって、自分が忍である以上、どうしても避けられない事柄だと理解している。

 

 軽やかな動きで必死に逃げながら、わあわあ騒ぐフウは見るからに動揺している。

 自分がやらなければならない。そう強く思うのも決断のきっかけになった。

 

「もう一発……! これで決めてやるっ!」

 

 危険は承知の上。接近戦は避けたいところだが決着をつけるためには近付く必要がある。

 周囲を影分身に守ってもらいつつ、ナルトはその内の一体と共に再び螺旋丸を作り、身構えた。

 一斉に駆け出して、考える前に飛段に接近する。

 

「来た来た来たァ!」

「いちいちうるせーってばよ! 螺旋丸!」

 

 その術は一度受けている。まだ意気揚々と動いているとはいえ、飛段が受けたダメージは大きく大量の血を吐き、腹部を主として体中の筋肉が断裂されてズタズタになっていた。

 激しい痛みを覚えながらも彼は動いていて、武器を振るう速度が異様に速い。

 ナルトが螺旋丸を持つ右手を繰り出してくると、飛段は後ろへ跳び、迷わず大鎌を投げた。

 

 ナルトの攻撃は届かなかった、という姿を見せた後で別のナルトが飛び込んでくる。

 右手を差し出して、螺旋丸が肌に触れるか否かというギリギリで受け取り、別のナルトへ渡す。直後、飛段が投げた大鎌の刃が体に激突し、ナルトがボンッと煙になって消えてしまう。

 

「あぁっ⁉ チッ、これだから分身ってやつはよォ!」

「うおおおおおおおっ‼」

 

 着地とほぼ同時に地面を蹴って飛段の懐へ飛び込む。

 ナルトは彼が反応するより早く、螺旋丸を飛段の胸へ突き立てた。しかしその瞬間、飛段の左手がナルトの腕を掴んでいた。

 

「ハッ! 捕まえ――!」

「螺旋丸!」

「たァ‼」

 

 形を留めていた美しい玉が、飛段の胸に接触して大きく膨れ上がり、全身へ衝撃を与えていく。

 一度受けただけで致命傷。二度目であれば当然のように死があり得る。だがその瞬間の飛段は上機嫌に笑っていて、影分身か本物かは知らないが、ナルトを掴む手を放そうとはしなかった。

 螺旋丸が爆発するように拡散され、二人の体を包み込む。

 

 荒れ狂う旋風の中から、術の威力に押し出された飛段が吹き飛ばされて現れる。彼は受け身も取れずに大木に背を叩きつけられ、しかし気は失わずにすぐさま立ち上がった。

 その時にはすでに飛段の左腕が失われていた。

 螺旋丸の威力に耐えられずに吹き飛ばされた一方、絶対に手を放そうとしなかったため、抗ったが故に力ずくで引きちぎられたのである。傷口はぐちゃぐちゃ、切り離された腕はナルトの腕を力強く掴んだままだった。

 

 強力な術の使用。死んだだろう、と思わせる攻撃を受けてもあっさり立ち上がる飛段。

 実戦経験が乏しいフウは目を白黒させていた。

 落ち着く暇もなく感情が揺れている反面、彼女は現状を恐れてはいない。

 

「うえぇ⁉ 腕取れたっす!」

「くっそ……! 螺旋丸二発も食らって、なんで死なねぇし倒れねぇんだ!」

「ようやくぅ……儀式の準備が整ったァ!」

 

 高らかに叫んだ飛段が自身の大鎌を手繰り寄せ、三つある刃の一つを舐めた。そこにはほんの少量だが血が滴っている。

 行動の意味がわからず、呆然と見守ってしまった二人の前で、飛段は自らが地面に描いた陣の中まで駆け、飛び込んだ。

 

「お前は俺に呪われた……儀式を始めるぞ。ジャシン様に生贄を捧げるッ!」

 

 飛段の外見が一変する。

 全身の肌が黒く染まって、骸骨にも似た模様が浮かぶ。

 非常に珍しい呪術による効果であった。発動条件を満たしたことにより、本人は満足そうに笑みさえ浮かべている。

 

 大鎌を足元に捨てて、懐から仕込みの刺突用武器を取り出した。

 そしてすぐさま自分の左足、太ももの部分に突き刺したのだ。

 

 二人は唐突な行動に驚愕するが、その驚きの意味は少なからず違っていたようだ。

 何の前触れもなく自分を傷つけた姿に驚くフウとは異なり、ナルトは、飛段が自分の足を刺した瞬間に、自分の体の全く同じ箇所に風穴が開いて血が噴き出すのを感じていた。

 

「がっ……⁉ ぐああああああっ⁉」

「ええっ⁉ どうしたんすかナルト! なんで怪我してんのぉ⁉」

「ヒャハハハハッ! 俺に呪われたからだよぉ! 心配すんじゃねぇ、今からお前は気持ちよぉくなれるんだ! 俺と同じ最高の苦しみを味わってなぁ~!」

 

 足を刺されたことでナルトはその場に転がってしまう。

 攻撃を受けたのは間違いないが何をされたのかがわからない。

 混乱するナルトには止血しようという考えすらなく、驚いた顔で飛段を見るばかりだ。

 

「ふぅぅぅぅ~……いてぇ、いてェ、痛ェよなぁ~。体に異物が入り込んでェ、ズキズキしてドクドクしてよぉ~、ゆうっくり血が流れ出てくんだぁ……気持ちいいよなぁ~?」

 

 ナルトはぞっとせずにはいられなかった。

 足が痛むが、今は気にならなくなるほど飛段を注視している。恍惚とした表情で武器を抜いて、再び自分の体に突き刺そうとしている姿は異常の一言。

 飛段の狂気に気圧されて、ナルトは全ての反応が遅れていた。

 

「あぁもう我慢できねぇ! これだけ待ったんだ! 心臓を貫かせろよォオオオッ‼」

 

 飛段が自分の体を刺そうとする。

 その時、大小様々な気持ちで混乱していたとはいえ、衝動的に動いていたフウが間に合った。

 違和感を覚えた飛段が視線を動かし、動きが止まった瞬間、一対の翅で飛行するフウが側面から飛び込んでくる。そして勢いそのままに、両足で飛段の顔面を蹴りつけた。

 

「おりゃ~!」

「あ? うごぉっ⁉」

「ぶあっ⁉ い、いてェ⁉」

 

 小柄な少女とはいえ、凄まじい勢いで突っ込んできたせいか、耐えることはできなかった。蹴り飛ばされた飛段は陣から追い出されて地面を転がる。

 状況を理解していたわけではない。フウはただナルトを助けたかっただけだ。

 その行動が功を奏し、陣の中から出された飛段の外見は元に戻り、ナルトとフウはまだ理解できていなかったとはいえ呪術の効力が失われた。

 

「チッ、てめぇ……! 俺の儀式の邪魔すんじゃねぇよォ!」

「なーにやってんすかあんたはぁ! 全っ然わかんないけど! ナルトを苦しめるのやめろー!」

「やめるわけねぇだろうがァ! ジャシン様のためになんねぇだろうがァ!」

「ええっ⁉ そーなの⁉ でもでも、ナルトが死ぬのはあっし嫌っす!」

 

 左腕がちぎれ、体の至る所にクナイや手裏剣で傷がつき、外見だけでなく内臓もボロボロ。それでも飛段はピンピンしていた。

 戦闘継続は十分にできたが、フウに言い返し始めたことで動きが止まる。

 その間にナルトが必死の形相で動き出しており、図らずもフウが時間を稼ぐ状況となっていた。

 

「安心しろ! あいつの次はお前だ! 一人寂しく取り残したりしねぇから!」

「そうなのっ⁉ それなら確かに寂しくないかも! でもあっしまだ死にたくないし……」

「死は誰をも平等にする! 痛みを乗り越えれば気持ちよぉくなれるからよォ!」

「痛いのは嫌っす! やっぱりノーセンキューっす!」

 

 両腕ではっきり×を示して、フウは断った。

 それを見ても飛段は態度を改めなかった。

 

「あっしは生きて、まだまだやりたいことがあるんだぁ!」

「ジャシン様の偉大さも知らねぇ素人がァ! 死が尊いものだとまずお前から教え――!」

 

 元々聡い人間ではないことも手伝って、フウに対して激昂していた飛段は状況の変化に気付くのが遅れ、強い殺気を感じてからようやく視線を動かす。

 全身を赤いチャクラに覆われて、じゅううと音を立てて太ももの穴をチャクラで修復しながら、すでに飛段の懐へ飛び込もうとしていた。

 

 犬歯と爪が異様に伸び、頬の痣が濃くなって、獣の特徴が目に見えて表れている。

 ナルトが思い切り腕を振ると、濃密なチャクラを纏って強烈に殴りつけ、近くの木々を巻き込んで飛段を吹き飛ばした。ほんの一部とはいえ、たった一撃で森の中の景色が変わる。

 

「おわぁっ⁉ なにそれ! かっこいい! あっしもやりた~い!」

「ハァ、やんねぇ方がいいぞ……! こいつってば、オレの体奪おうとしてくんだ……」

「うぅ~でもぉ……七尾ィ!」

《断るッ!》

「えぇ~っ⁉ なんでっすかケチぃ~!」

 

 緊張感のないフウにげんなりしながらも、ナルトは九尾のチャクラに包まれ、なおも戦闘を継続すべく飛段が吹き飛ばされた先を見ていた。

 地面を穿ち、土煙の向こうからふらふらしながら現れ、やはり生きている。

 その姿からは苛立ちを感じるが、疲れや死んでしまうという危機感は微塵も感じられなかった。

 

「マジかよ……なんなんだってばあいつ。どうやったら死ぬんだ……?」

「さ、さすがに怖いっすねー……」

 

 飛段は激怒していたが笑みを浮かべていた。

 右手で大鎌を引きずり、二人を目指してゆっくり歩いてくる。

 

「終わりが見えねぇよ……」

「そんな時こそ尾獣の力っすよ! 七尾、貸して!」

《イヤだね!》

「な~んでっすか⁉」

《オレのチャクラはオレのもんだ! 誰が貸すか!》

「ケチ~!」

 

 フウが騒いでいる間にも飛段は近付いていた。

 戦うしかない。ナルトは九尾のチャクラを使った螺旋丸でとどめを刺そうと、やはり命を奪うしかないと決意を固める。

 

 九尾のチャクラを借りるのは久々だった。以前から可能な限り避けていたとはいえ、今回ばかりは事情が違う。「この敵に勝つには必要だ」と察して自ら九尾に頼んだのだ。

 九尾を信頼しているわけではない。だからこそ長く使うのは危険だと感じている。

 彼は体を奪いたいと思っているに違いない。ナルトはそう信じて焦っていた。

 

 唐突に、警戒するナルトの前にひらりと人が降ってくる。

 一切の衝撃すらなさそうな様子で着地したのは一時的に別行動していたトビだった。

 

「トビっ!」

「厄介なことになっているな。だが……」

 

 新手が来たことをなんとも思わずに、大量の血を口から吐き出した飛段は、これ幸いとばかりに自分の血を足で踏みつけ、再び地面に陣を描き始める。

 美しい円の中に三角形。今度はそれだけで準備は事足りる。

 口元を自身の血で真っ赤に染めながら、やはり彼は上機嫌そうに笑っていたのだ。

 

「やり直しだぁ……! だが、まだ時間はある。ちゃんと血は手に入れたんだ。今日という日はまだまだ時間がある。待っててくださいよジャシン様ァ……! 今すぐ儀式をォオオッ!」

 

 完全に下を向いて、飛段は地面だけを見ていた。熱量が高まったせいか、集中力は高まっていたが注意力は散漫になっていたようだ。

 その一瞬の隙を見切り、急接近したトビが飛段の肩に優しく手を置く。

 

 触れられてから顔を上げた飛段は、周囲の景色が歪んでいるのを見た。

 トビの仮面に開けられた穴を起点として、飛段の体がぐにゃりと歪んで、ほんの一瞬でトビの目の中に吸い込まれていく。

 飛段は何もできないまま、その姿が消えてしまった。

 

「き、消えた……?」

「あれ? どこ行っちゃったんすか?」

「時空間忍術だ。殺しはしていないが、ここではない場所に飛ばした。もう心配いらない」

 

 あまりにも呆気なかったものの、トビが決着をつけてくれたことでナルトはへたり込む。

 九尾のチャクラは霧散し、外傷はすでに癒えていた。しかし全身に浴びていた異常な殺気とこれまでに経験のない恐怖でひどく疲れている。

 ナルトに倣うようにしてフウも深く息を吐きだし、彼の隣へ座った。

 ひとまず危機は去ったらしい。辺りは静寂に包まれる。

 

「ふぅ~っ。なんか、危ない人だったっすねー」

「ハァ……疲れた。あいつ、変な奴だった。なんで死なねぇんだ?」

「二人ともよくやったな。あいつはおそらく俺も知らない特殊な忍術の持ち主だ。奴と戦って生き残れたのは大したものだ」

「あんまり嬉しくねぇよ……」

 

 大きな疲労感のせいか、ナルトは気落ちした声でそう呟き、いつかのように俯いた。

 

 

 

 トビは合流したフウに対して、自分たちの目的を話した。

 人柱力を集める必要があること。滝隠れの里長、シブキにその旨を話して同意を得たこと。そして今のナルトには彼を支えられる同志が必要であること。

 諸々を聞いて、フウは悩む素振りを見せずにすぐ返答した。

 

「わかった! あっしがナルトの支えになるよ!」

 

 彼女は一切疑わなかった。

 気落ちしているナルトの下へ駆け出すと元気よく声をかける。返事は快くとはいかなかったが、トビややぐらと話した時とは異なる反応を見せていた。

 

 トビが二人に歩み寄る。

 元気いっぱいなフウはそのまま放置しつつ、ナルトはトビへ尋ねた。

 

「あいつ……オレを狙ってきたのかな。なんか意味わかんねーこと言ってたけど、木ノ葉から来たとかあり得んのか?」

「ふむ、その可能性がないわけではないだろう。戦闘スタイルや本人の性格から考えて、スパイの類ではないことは確かだ。それよりも殺し屋といった方が納得できる」

「そうか。オレを殺そうとしたのは間違いないしな」

 

 ナルトは冷静な面持ちだった。しかし心中穏やかでないだろうことは表情を見ればわかる。

 自分が話してばかりで、彼の事情をまだ聞いていなかったフウはふと寂しげな顔をした。

 出会ったばかりだがナルトを友達だと思っている。友達が悲しそうな顔をしている時、彼女は平気で見過ごせるような人間ではなかった。

 

「ナルトぉ、何があったの?」

「ああ……オレはもう、木ノ葉の里には帰れねぇんだってば」

「なんで? だってナルトは木ノ葉隠れの忍びなのに」

「オレは、あそこにいちゃいけねぇから。ムカムカして大暴れしちまったし、全部、めちゃくちゃにしちまった……」

「みんなとケンカしちゃったんすね」

 

 呆然として遠くを見るナルトの肩に手を置き、フウがぽんぽんと軽く叩く。

 

「だいじょーぶ。いつか仲直りできるっすよ。あっしとトビがいるから、寂しくさせないよ」

 

 先程とは違う様子で、フウはにこりと微笑み、ナルトへ笑いかけた。

 なんの確証もない言葉ではあるものの、彼女が底抜けに明るいことを知った後であり、何より同じ境遇である人柱力だと知っている。

 深く考えようともせずとも、人柱力だというだけで仲間意識が強く芽生えていた。

 簡単に突っぱねることができなくて、ナルトが呆れたようにふっと笑う。

 

「あっしはさ、難しい話とかなーんにもわかんないけど、時間が解決することがあるって聞いたことあるっすよ。だからナルト、みんなと仲直りできたら木ノ葉の案内してよ。せっかく滝隠れのご近所さんなんだから、行ってみたいって思ってたんすよねー」

「そんな簡単な話じゃ……ハァ、まあ、そうだな。いつかそんなときがあったら……」

「あっしらはおんなじ人柱力! 一緒にいたら怖いものなんて何もないっすよ!」

 

 「がっはっは!」といつになく大声で笑うフウにつられて、やれやれという態度ではあったが、ナルトもまた肩の力を抜いて笑みを浮かべた。

 人柱力という仲間が居る。確かにその事実は彼の心を軽くしていたようだ。

 

 彼らの傍を離れたトビは人知れず飛段のちぎれた腕を見る。

 時空間忍術を使い、飛段を消した時と同様、目の中に吸い込むかのように回収した。

 

「さて……これで三匹」

 

 トビは滝隠れの里の出来事について多くは語らず、二人を連れて悟られずにその場を離れた。

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