それぞれ別の任務に出ていて、里に戻ってすぐそう聞かされたテマリとカンクロウは絶句した。
「我愛羅が……⁉」
「なんでそうなるんだよっ!」
彼らの担当上忍であった男、バキは神妙な面持ちで二人に報告している。
嘘や冗談の類ではなく事実なのだと、状況を知らなかった二人にまず伝えなければならない。
二人の動揺は色濃く、テマリは驚愕して言葉を失くし、カンクロウは咄嗟に怒鳴ってしまった。とても冷静に聞き入れられる状態ではない。
「任務の最中、部隊の味方を傷つけたと……真偽は定かではないが」
「なら、嵌められたんじゃねぇのか? あいつはそんなことするやつじゃねぇ!」
「確かに我愛羅を嫌う人間は居るだろうが、最近は精神的に成長したんだ。変化は少しずつ里の人間にも伝わっているはずなのに、どうして今……」
テマリとカンクロウは血の繋がった我愛羅の兄弟である。
幼少期に彼が荒れていたことも、それも含めて様々な要因から兄弟仲が悪かったことも、うずまきナルトとの出会いをきっかけに変わろうとしていることも、我愛羅について熟知している。
人柱力であるという、それだけで里の人間に危険視され、煙たがられている事実についても二人は幼い頃から知っていた。それどころかほんの少し前までは、二人も精神的に不安定で危険度の高い我愛羅の扱いに困っていたほどだ。
しかし今、我愛羅は変わった。里の人間に認められるための努力を始めたのである。
それなのに不当な理由で隔離されてしまうなどあってはならない。
特にカンクロウは明白に怒りを露わにして、対照的にテマリは心配で青ざめていた。
「上層部に掛け合ったが、ほとんど調査もせずに我愛羅の罪として話を終わらせるつもりらしい。我愛羅を危険視する者は一定数居るとはいえ、流石に露骨過ぎる。何がどうあっても我愛羅を里から遠ざけたいという意思が感じられる」
「チッ、上役のジジババどもが……! 相変わらずねちねち言いやがって」
「それで、我愛羅は今どこに?」
テマリの問いかけに対して、バキは首を横に振った。
「そんな……」
「所在は誰にも知らされていない。問いただしても無駄だった。里の中に居るとは考えにくいが」
「探しに行くぞ! 里の上役を頼ったところで無駄だ! 俺たちでなんとかしねぇと……!」
カンクロウが息巻き、今にも走り出そうとしていた。しかし手掛かりさえないためか、テマリとバキはすぐに動く出す様子を見せない。
二人の態度を見たカンクロウも反射的に足を止める。
「落ち着け。上層部は我愛羅と一尾を恐れてはいるが、人柱力として里には欠かせないものだと考えている。我愛羅が傷つけられているとは考えにくい」
「相談はできないが情報は必要だ。私たちの行動を気取られるのは我愛羅のためにならない」
「チッ……! なんでこんなことに……」
悔しそうに頭を抱えるカンクロウに頷いて、バキが冷静に呟く。
「俺も我愛羅を救うのに賛成だ。だからこそ焦らず行動する必要がある。俺たち三人では手が足りんだろう。理解ある仲間を募り、慎重に動かねばならん」
「だが、いつまでも我愛羅を捕まえさせておきたくはない……」
「焦らず静かに、迅速に、だろ? ふーっ、わかってる」
カンクロウが深く息を吐き出して落ち着こうとする。
意思の統一はできた。我愛羅のために事態を悪化させないよう、慎重に行動しようと決める。
まずは事実確認を急ぎ、彼らはひそかに情報収集を開始した。
風の国には砂漠がある。
忍びが住まう集落は“砂隠れの里”と呼び、広大な砂漠の中に溶け込むように存在していた。
砂漠は昼夜で大きな寒暖差があり、過酷な環境に適した大小様々な生物がひっそりと生息する、数多くの危険を隠し持つ環境。そこに住む忍びたちは積極的に外交を行う一方、他者に弱みを見せないようにと強い警戒心を持っていた。
砂漠の中を二人の人間が歩いている。
一人は金色の髪を結い、長い前髪で片目を隠している青年。
もう一人はズルズルと自分の体を引きずるように歩き、砂に跡を残しながら進む巨漢の男だ。
どちらも赤い雲が描かれた黒い衣を身に着けている。
「あんたのことは少なからず認めてたってのによぉ。今回ばっかりはがっかりだぜ」
金髪の男、デイダラが呟く。
隣を歩いている男は仲間ではあり、コンビを組んでいる間柄だが、良好な仲ではない。互いに相手を邪険にしつつ、しかし傍から見る分には相性が良いため組まされていた。
「つまり、里に潜り込ませた自分の部下を使ってターゲットを隔離し、オイラたちは人里離れた場所に居るガキを攫ってくるって作戦か? あんたには美学ってもんがねぇのかよ、旦那ァ」
「目的があるなら効率的に済ませる。むやみやたらと戦闘すりゃいいってもんじゃねぇだろ」
「あーあ~……効率に段取り、無駄なく速やかに。あんたらしいいつものアレか? 人形使いってのはどいつもこいつも根暗で陰気くせぇのか?」
巨漢の男、サソリは鬱陶しそうに嘆息する。
こうした言い合いは日頃から絶えない。共に己の得意分野に関して強いプライドがあり、簡単には考えを曲げることができないからである。
デイダラはサソリの態度など全く意に介さず、腕を広げて言い放った。
「芸術は爆発だ! 人に見られてこその作品だろうが。誰も見てねぇところでこそこそ攫うなんざ芸術家の風上にもおけねぇな、うん」
「じゃあ何か? 忍が何百・何千と集まる隠れ里を襲えとでも言うつもりか?」
「あんたとオイラなら問題ねぇだろ。“国落とし”の実績があるって聞いたぜ。正面から攻め込んで人柱力を仕留めるくらいわけはねぇ、うん」
「“できる”と“やる”は別物なんだよ。てめぇの行動を選別できねぇグズは死ぬ。お前みたいな計画性のねぇ思い付きのバカが生き残れたのは単なる運だ」
「んだとォ⁉ んなわけねぇだろうが!」
この二人には共通点があった。
忍者であり、里とは別離した抜け忍であり、自らの作品と作品作りを愛する芸術家である。
特に己の忍法を用いた作品に対するプライドは人一倍高く、また作品に関する考え方がまるで正反対なこともあり、コンビを組んでいながら日々言い争いが絶えない。
デイダラは“破壊と一瞬の尊さ”をこよなく愛し、サソリは“永遠に変わらない姿”を志向する。
芸術家として志す作品の完成形は正反対。
作品に向き合う姿勢には一定の理解はありつつ、だからこそ衝突は免れなかった。
「そりゃあ忍としてはあんたの方が正解なんだろうさ。だからこそ定石を破壊して、忍びの常識を裏切って里を襲うんだ、うん。砂隠れの連中も驚いて反応できねぇだろうぜ。誰もできねぇことだがオイラたちならやれる」
「くだらねぇ……人目を気にして作るのがお前の美学か? 評価は後からついてくるもんだ。目立ちたいだけの逆張りに何の価値がある」
「作品ってのは人に見られてこそだろ? オイラの芸術は瞬間にしか存在しない……うん。だからオーディエンスは必要だ」
サソリが再び嘆息する。
堂々巡りでいつまで経っても相互理解にはなり得ない。彼ら自身もすでに諦めていた。
「爆発なんぞさせるからだ。その場に客が居なきゃ見られねぇ作品が芸術なんて言えるか」
「わっかんねぇ~奴だなぁ相変わらず! 旦那のそれは拘りってより意固地だぜ! うん! 新しい価値観を受け入れられねぇのは欠点だな!」
「てめぇも似たようなもんだろうが。自分を棚に上げやがって」
デイダラもまたため息をついて、埒が明かないと話を変えた。
「とにかく、一尾のガキを捕まえてくりゃいいんだろ? オーディエンスが少ねぇのは気になるが簡単な仕事だな、うん」
「尾獣はチャクラの塊だぞ。舐めてかかってヘマすんなよ」
「旦那こそ、動きは鈍重だろ。死にかけたって助けねぇぞ」
「ガキに心配される筋合いはねぇよ」
しばらく広大な砂漠を歩いていたのだが、やがて二人は目的地を発見する。
砂と同じ色の岩を砕き、削り、大昔の忍が作ったという収監施設。かつて砂隠れの里に害をもたらす罪人を幽閉していた場所だった。砂隠れの里からは離れた場所に存在しており、現在は使われていないため人目はない。
「で、あそこに居るわけか」
「手間がかかったぜ。里じゃ一部の連中が反発したそうだ」
「だから里を襲えばよかったんだって、うん」
「さっさと終わらせるぞ。邪魔が入っても面倒だ」
「ちゃんと準備する割には、旦那も最後が適当なんだよなぁ」
「黙れ」
サソリとデイダラが歩いて建物へ近付く。しかし到達する前に異変を目にした。
内部で突如発生したであろう、大量の水が建物を突き破って空へ打ち上げられる。
二人は何も言わず足を止め、デイダラは好戦的に笑う。
「先客が居るみたいだな……うん」
「めんどくせぇ。まあ、殺して奪えばいい」
二人が視線を上げれば、立ち上る水流の上に立つターゲットと、もう一人の人物を見た。
日の光を遮られ、昼間でありながら暗闇に包まれた一室に、我愛羅は居た。
胡坐をかいて背筋を伸ばして座り、目を閉じていた。暗闇に耐えているわけではない。そこに居るのはもはや当然かのように受け入れていて、自らの肉体に封印されている尾獣“一尾”との対話を試みていたのだ。
自身の扱いも、自分が人柱力であることも、すでに受け入れて文句などない。尾獣が封印されている立場だからこそ人々の恐怖や不安を理解しているつもりだった。
それ故に大した抵抗もせず、里から離れた場所で大人しく幽閉されている。
いつまでここに居るのかはわからないが、求められる限りは外に出ないつもりだった。それが里の人間に信用される手立てならば、それでいいと思っている。
一尾との対話は上手くいっている。態度こそ素っ気ないが会話自体は拒まれていない。
心の中で一尾と話していた我愛羅はふと他人のチャクラと気配を感じた。
密室状態の広大な空間。だが見れば入口の隙間からちろちろと水が流れ込んできていた。
「忍か……霧の者か?」
チャクラを感じたことから水遁系忍術だと判断する。
予想した通り、外部から侵入してきた水は徐々に人の形になり始め、形だけでなく色まで変化して人間の姿になった。
大きな簪を背負った、初めて見る少年が我愛羅の前に立つ。
「一尾の人柱力、“砂漠の我愛羅”だな」
「そうだが、俺の命を狙いに来たのか?」
「いいや、その逆だ。俺はやぐら。元霧隠れの忍で三尾の人柱力だ」
まさかの発言に驚いたものの、我愛羅は表情をぴくりとも動かさなかった。
三尾の人柱力、やぐらは冷静な面持ちで淡々とした声を発したが、決して敵対意思は感じない。話し合いに来たのだろうと素直に信じられる。
そもそも、今は戦えるような武器は何一つ持っていない。
室内には一切物が置かれず、我愛羅のチャクラを封じる方陣まで用意されている。
元より戦うつもりなどなかったとはいえ、我愛羅に為す術はない。
知ってか知らずか、やぐらも戦おうという素振りは一切見せなかった。
「俺たちは今、世界に散らばった人柱力を集めているんだ。人柱力を忍界から解放し、俺たちの里を作るために。お前のことも迎えに来た」
「人柱力の?」
「戦争の抑止力になるのは終わりだ。忍界のシステムを変えるためには、俺たちが動き出さなければならない。大きな混乱は起きるだろうが、もうお前が虐げられる必要はないはずだ」
今まさにこの状況を指して言っているのだろう。自らの扱いや周囲から向けられる不信感については理解している一方、喜んでいるわけではないだけでなく、いずれこの環境を変えようと決意しているのである。
助けが来た。そう認識して間違いではないはずだ。
そう思いながらも、我愛羅はやぐらの誘いに乗るべきか否かを真剣に考えていた。
「俺が信じられないか?」
「……いや。強く大きいチャクラなら感じている。少なくとも人柱力という話は本当だ」
「悪いようにはしない。俺は今後、全ての人柱力を集めるつもりだ。それで各地の隠れ里は黙っていないだろうが、たとえ戦争になってでもやり通す」
「戦争になってでも? 正気か?」
「さあな。だが少なくとも俺は本気だぞ。もう誰かの操り人形として生きるのはごめんなんだ」
わずかに剣呑な雰囲気が感じられるのは、おそらく勘違いではない。
やぐらの態度には少なからず危険な空気を感じる。
果たして信じていいものか。我愛羅は慎重に判断しようとしていた。
「俺も人柱力の一人だ。お前がどう生きてきたかを想像して、そう間違っていないだろうと思う。しかし俺は、砂隠れの忍として生きる覚悟を決めた。悪いが、こんなところに閉じ込められたからといって里を裏切るわけには――」
「うずまきナルトが協力している」
我愛羅が全てを言い切る前に、やぐらが言い切った。
今度こそ我愛羅は表情に驚きを表して、変化は些細なものだったが確実に見て取れる。
「あいつは木ノ葉隠れの里で仲間たちに殺されかけた。一歩間違えれば殺されていたか、もしくは九尾に肉体を奪われていたかもしれない。その心の傷は深く、今も回復していない」
ナルトと我愛羅の関係性についてはトビから聞かされている。我愛羅の下へ向かうと告げた際、ナルト本人からそれとなく聞いてもいる。
交渉材料としては十分なはず。
似たような経験をした人柱力であるからこそ、見捨ててはおけないだろう。
「ナルトはすでに保護している。その上で、俺はお前にもナルトにも、これまでのような人柱力の生き方をしてほしくない。忍界を生まれ変わらせる必要があるんだ」
「それが……戦争という手段なのか?」
「戦争と言ったのは、そうまでする覚悟があるという例えだ。もちろん五大国がそう来るのなら俺は逃げずに戦う。だからといって戦争がしたいとか、今の隠れ里を滅ぼしたいわけじゃない」
やぐらは真剣な顔つきをしていた。悪人には見えない。嘘をついているようにも見えない。
「俺はただ、人柱力にも人間として生きるチャンスが欲しいだけ。兵器としてではなく、一端の忍として生きられる世の中があってほしいだけだ」
「……俺には、何が正しいのかわからない。だが」
我愛羅は逡巡し、長く時間をかけずに悩んで、すぐに答えを出した。
或いはその決断に迷いなどなかったのかもしれない。
大切な友が困っている。即座に動き出すのに必要な理由などそれだけでよかった。
「ナルトは俺を救ってくれた恩人で、大切な友だ。あいつが救いを欲しているなら、ここに居るわけにはいかない」
「ならすぐに出るぞ。ここは監視されている。すぐに砂隠れの忍が来る」
言ってやぐらは落ち着く暇もなく印を結ぶ。
まるで聞く前から答えを知っていたかのように、その答え以外いらなかったと言うかのように、練り上げたチャクラを用いて術を使用する。
ここまで侵入してきた時点で結界忍術があるのは気付いていた。可能な限り避けたものの、最終的には強行するするつもりで強引に通過した通路もある。
やぐらは口から大量の水を吐き始めた。
自らのチャクラを水に変換し、閉ざされた一室を瞬間的に満たしてしまうほどの水を生む。
それだけでは終わらず、その水が自発的に爆発するかの如く暴れ出したのだ。
「水遁・大瀑布の術‼」
我愛羅を幽閉していた一室のみならず、建物をまとめて吹き飛ばし、大量の水に押し出されるようにして外へ出た。
強引ではあるが並の忍者には到底不可能な荒業。彼の実力を一瞬にして感じ取れる。
空へ向かって立ち上る水中から勢いよく飛び出した二人は、水流の上に立って周囲を見回した。
「まずはここを離れるぞ。戦えるな?」
「ああ……砂さえあれば問題ない」
「チッ、厄介そうな奴らが居やがる」
やぐらは思わず舌打ちし、黒い布に赤い雲を描いた二人組を発見する。
我愛羅もまたチャクラを練りつつ彼らを見下ろして、戦闘のために意識を切り替えた。
今はただ生き残るために全力を尽くすのみである。