「
精神世界。我愛羅は自らに封印された一尾の守鶴に語り掛けていた。
決して歓迎されておらず、むしろ忌々しそうにそっぽを向いていたが、言わばその空間は我愛羅の心の中とも言える。主導権は我愛羅にあるため無理に追い出すことはできない。
守鶴は鬱陶しそうにため息をつき、話すのは嫌だが黙っていることもできないようだ。
「なんだその質問は。お前なんかに言うわけねぇだろうが」
「では言わないだけで自分が何者かはわかっているんだな」
「ケッ! うるせーうるせぇ!」
守鶴という名は砂隠れの忍から聞かされていた。幼い頃の出来事だ。聞き出したのはかつての人柱力であったそうで、何かしらの意味があったのかは不明なまま、“守鶴”という名は人から人へ伝えられてきた。
尾獣に名がある。その事実を我愛羅は不思議に思っていた。
自ら名乗ったものなのか、誰かに名付けられたのか。知りたいと思う程度には興味があった。
「お前たちはどこで生まれた?」
「うるせぇバーカ! 言わねぇよ!」
「守鶴という名は誰がつけた?」
「教えるわけねぇだろうが! どっか行け!」
「俺は、お前について何も知らないな」
ぽつりと独り言のように呟いた。
その声に反応して守鶴が思わず振り返る。
人間の都合で、人間の体に封印されてきた影響であろうが、守鶴は心底人間を忌み嫌っている。今現在封印されている我愛羅とて例外ではない。その一方、長らく話し相手に恵まれずに孤独を感じてきた存在だ。無意識的に反応してしまう自分も居た。
「そりゃそうだろうが。知っててたまるか。そもそも知られてぇなんて思ってねぇよ!」
「だがお前には自分の意思が、心がある。俺の中に居たとてこのままでは孤独だろう」
「なんだその気遣い! 気持ち悪ィ!」
「俺は今まで、孤独だと思っていた。人間全てを敵だと判断し、お前と肉体の主導権を奪い合い、お前すら敵だと思い込んでいた」
気持ちの悪いことを言い出した。守鶴はふんすと荒く鼻息を吐いて寒気を覚える。
「だが思えばお前は、俺が生まれた頃から俺の中に居た。互いに歩み寄り、わかり合っていれば孤独を感じることもなかっただろう。世界の全てが敵だと思い込んだのは俺の責任だ」
「ケッ! ケッケッ! 聖人ヅラかよ! 知らねぇんなら教えといてやる! オレ様ァわかった風な口きく奴が大嫌いだぜ! 今のお前みたいななァ!」
「そうか。それは初耳だ」
「ケェ~ッ!」
嫌気が差した守鶴はごろんと横になり、我愛羅に背を向けてしまう。
太い鉄格子の向こうにその姿を見た我愛羅は変わらず穏やかな声で語りかけた。
「俺は、変わりたいと思っている。お前のことをもっと教えてくれ」
「嫌だね! お手て繋いで仲良くしてェとか考えてんなら無駄な話だ! お前になんぞ理解されたくなんかねぇよ!」
「かつての俺は愚かで、この世界にあるもの全てを嫌悪して遠ざけようとしていた。お前のこともそうだ。すまなかった」
見られていないものの、我愛羅は頭を下げた。
守鶴は何も言わず振り返りもしない。
「里やそこに住む人間を壊すことは許せないが、お前が望むのなら、この体を一時的に明け渡すことも考えている。俺の中に閉じ込められたままでは窮屈だろう。だからこれから、お前のことを俺に教えてほしい。今度こそ互いに歩み合うことはできないか?」
「破壊はダメだと? お前正気か?」
話したくないと言っているのは本音だが、それでも黙っていられなかったようだ。どうしても聞き逃せない発言があった。
守鶴は我愛羅に背を向けたまま、素直な疑問を投げかける。
「そもそもお前が里の連中を忌み嫌ってんのも、オレを封印されてんのも、全部あの里の連中のせいじゃねぇか。それなのに壊すな? 壊した方がお前のためだろうが!」
「いいや。俺はもう憎しみのためには生きない。過去を捨てることはできないが、俺が変わることで砂隠れの里を変えたいと思っているんだ」
「できるわけねぇだろ! そんなもん! 人間の汚さなら、テメェだってよく知ってるはずだ!」
「否定はしない。俺の心を傷つけたのは人間だ……だが俺を孤独の闇から救ったのもまた人間だ」
我愛羅に迷いはない。声は毅然として、明確な力強さがあった。
「うずまきナルトが俺を救ってくれた。闇の中から俺を連れ出し、光の下に出してくれた。俺はあいつのように生きたい。己以外の誰かを救える忍になる」
「ケッ、忍びのくせに甘っちょろいことを……お前に何ができるってんだ」
「そのための一歩目だ。俺はお前とわかり合いたい。自分のことを話してくれないか」
「お断りだ!」
やはり守鶴は向き合おうとはせず、背中を向けたまま振り返らない。
ただ、全く効果がなかったわけではないようで、守鶴の尻尾がバシンと地面を叩いた。
「チッ……嫌な奴を思い出した。オレ様を友だとか言ってくる変なジジイ」
「前の人柱力か?」
「ああそうだ。変わりもんだったがお前よりかは過ごしやすい奴だったかもな」
「そうか。そんな人と出会えたことはよかったな」
「ケッ、どこがだ。ジジイの中の何が楽しいってんだよ」
反発的な態度は変わらなかったものの、話し出すきっかけにはなった。
我愛羅が声をかけると守鶴は悪態をつきつつ、ぽつぽつと返事をするようになる。
その結果、一日や二日では済まない幽閉を経て、守鶴が唐突に言い出した。
「弱虫三尾が来やがるぞ。おい、外に出やがれ」
乾いた砂漠に似つかわしくない大量の水が降ってくる。
ターゲットは視認した。“砂漠の我愛羅”は何者かに手引きされて脱獄したようだ。
その状況をまずいと思わず、むしろ「ちょうどいい」と考え、デイダラが迷わず提案した。
「旦那ァ、勝負しねぇか? あんたとは何回も議論してきたがまだ決着がついてない。どっちの作品が素晴らしいか、あいつで証明しようぜ」
「殺すなと言われてるだろう」
「もう一人の方はどうだ? オイラたちの目的はあくまで一尾の人柱力」
腰に付けた鞄に手を突っ込み、粘土を握って取り出した。
デイダラの両手の掌には人間のものと同様の口が存在している。粘土を食わせ、くちゃくちゃと咀嚼させるとチャクラを練り込み、改めて形を整える。
放り投げて術を発動。ボンッと反応が起こり、煙が晴れるとそこには巨大化した、彼が成形した粘土人形が存在していた。
次の粘土を成形しながらデイダラが自身より大きな鳥の背に乗る。
真っ白い粘土人形は翼を広げ、激しく動かして飛行を始めた。
「美しさで勝負したんじゃ意見が衝突するだけ。どっちが先に仕留められるかだ!」
「くだらねぇ……お前、まさか自分に勝機があるとでも思ってんのか?」
「ったりめぇだろ! 旦那こそ急いだ方がいいぜ! のろまなんだからよォ!」
鳥が空へ飛び立ち、デイダラが空高く舞い上がって二人を狙う。
嘆息しながらサソリも動き出した。馬鹿馬鹿しいと思う気持ちを抱いているものの、負けるつもりなど微塵もない。挑発された後で無視をする考えは彼の中になかった。
空へ向かって噴き出した水が重力に従い、落下していく。
その上に現れたやぐらと我愛羅もまた逆らわず、地面に向けて落下していく最中だった。
動き出した二人を見てやぐらは素早く判断する。
噂に聞いた衣。間違いなく自分たちを狙ってくる。
応じるために素早く印を結び、術を発動させた。
自分たちより早く落下していく大量の水が即座に動き出し、強烈な水流を生み出す。
「水遁・水龍弾の術!」
動き出した水流は龍の姿を象り、声こそ聞こえないが咆哮するように大口を開けて宙を飛ぶ。
重力に逆らって空へ向かい、長い体を大きく振りながらデイダラを狙った。しかし鳥の背に乗る彼は巧みな飛行によって回避する。
その後、水龍は大きく軌道を変えて進み、地面に居るサソリを狙い、砂漠に頭から激突した。
「おいおい……死んでねぇだろうな旦那ァ。強いけど足が遅いからな……うん」
地面を見下ろし、一切心配せずに呟く。それならそれで面白いという気持ちすらあった。
やぐらが水遁の術を使うことを確認してから、デイダラは戦闘に加わるため動く。
飛行の高度を下げて、二人の姿を見下ろすと粘土人形を投げる。
「まずは小手調べ。C1で行くぜ!」
数羽の小鳥が空を飛び、翼で風を掴むと落下するように二人へ向かっていく。
視線を上げて気付いた我愛羅がおもむろに左手を上げる。
彼の周囲にある砂が独りでに持ち上げられ、まるで腕を伸ばすかのように空へ向かって飛んだ。
砂のスピードは決して速くない。しかし単純な動きだったためか、飛来してくる小鳥を巧みに捕らえると全身を包んでしまう。
砂の塊が浮遊していた。内部にはデイダラの粘土人形がある。
その光景を見たデイダラはフンと鼻を鳴らし、指を二本伸ばして印を結び、叫んだ。
「
合図を出した直後、小鳥型の粘土人形が突如爆発する。包んでいた砂を吹き飛ばし、多少威力を抑え込まれたとはいえ、響く轟音と宙に残る炎は明らかな危険性が感じられた。
そういう術だと認識するのに十分な光景。
知られたと認識しながらもデイダラは焦っておらず、空中から勝ち誇るように彼らを見下ろす。
「これでルールはわかったな? だからって攻略できるほどオイラの術は安くねぇぞ、うん」
再び両手に粘土を持ち、人形を成形する。
デイダラは軌道を読ませないよう不規則に飛びながら再び攻撃を行った。
二人を直接狙って小鳥を飛ばし、異なる角度から狙うため周囲へ人形を落とす。
デイダラが動き出した姿を我愛羅が見ていた。
一方、やぐらは水龍弾が当たった場所をじっと見ており、警戒していた。手応えはなかったが、やはり予想通り五体満足でサソリが現れる。
長く機械的な尻尾をゆらゆらさせて、少しずつ接近してきていた。
チャクラを練りながらやぐらは考える。
このまま戦闘すべきか逃げるべきか、判断が必要な場面だ。
噂が正しいのであれば、彼らはS級の犯罪者が揃った組織の構成員。高い実力が予想される。
対するやぐらは万全の状態。しかし一緒に居る我愛羅は外傷こそないものの、数日間幽閉されていたせいで体力の低下が考えられる。
(こいつらが本物の“暁”だとすれば相手にするのは面倒だ。俺一人ならともかく我愛羅を守りながらじゃ分が悪い)
我愛羅が砂を操り、空から接近した小鳥を捕らえ、再び爆発が起こる。
サソリの戦闘方法はわからないが、デイダラは大まかの術を理解し、性質まで察した。
正面から戦えばやぐらはデイダラに不利を取る。やはり戦闘に持ち込まれたくない。
「我愛羅、術は使えるか?」
「ああ。問題ない」
「なら俺の傍を離れるな」
「わかった」
素早く決断し、やぐらは構えて術を使用した。
咄嗟に我愛羅は彼の背後に立つ。
「霧隠れの術」
やぐらを中心として、どこからともなく霧が発生し始める。
濃厚なそれは視界を遮り、やぐらと我愛羅を包み込んで完璧に隠してしまう。
広大な砂漠に似合わない濃密な霧。一定の距離で広がらなくなり、霧散することもなく、二人を隠すためにその場で留まっていた。
上空からも地上からも、一切の隙なく二人の姿を視認することができない。
サソリは気にした様子もなく接近する歩みを止めなかったが、上空を旋回していたデイダラはにやりと笑って呟く。
「カラッカラの砂漠で霧隠れなんて悪手だろ……と言いたいところだが、一尾のガキは確か砂使いだったか。なら地中に潜って逃げるのがセオリーだな、うん」
攻撃の準備は整っていた。しかし冷静に一旦動きを止めて、考えを改める。
鞄から少量の粘土を取り出し、片手で素早く形を整えた。
「旦那も感知系の
サソリに聞かせるつもりはなく、小さく呟いて粘土人形を放り捨てる。落下していくそれは重力に従って砂漠を目指していた。
地中に潜らせるつもりだった。しかし地面に触れるよりも早く、空中に居る間に、濃い霧の中から飛び出してきた細い水流が粘土人形を直撃し。切り裂く。
砂漠のほんの一部、空中から見ればほんの小さなスペースに過ぎないが、霧が発生している。
そこから改めてやぐらと我愛羅が姿を現した。
動揺することはなく、デイダラはすぐに腰の左右へ付けた鞄へ両手を突っ込んだ。
「分身か。逃げてるな……うん。でもまあ、足止めってのも悪くない」
標的を定めたデイダラが、姿を現したやぐらと我愛羅に狙いをつけ、新たな粘土人形を投げる。
「砂と水遁だろ。お前らを使ったらどんな作品が作れるんだ? うん」
姿を現したのは偽物だ。分身に違いない。
そう思いながらもデイダラは敢えて彼らを仕留める決意をし、即座に攻撃を開始した。
本来ならば分身を無視して本物を追うべき。しかし彼は自らの芸術観を優先して、作品作りを始めるつもりだった。
デイダラの行動を確認したサソリは深く嘆息する。
今更何か言うつもりにはなれない。だが彼に対する文句を吐き出すのは我慢できなかった。
「バカが……アドリブ任せだからそうなる。本当に良い作品ってのは自分だけで作り、時代が変わろうと残っていくもんだ」
逃げた二人を追おうとしたサソリの前にもやぐらの“水分身”と我愛羅の“砂分身”が現れる。
単なる時間稼ぎであって、戦闘するつもりでは来ていない。
もちろん負けるつもりはないが、サソリは苛立たしげに呟いた。
「あのバカは気付いてねぇだろうな。四代目水影のやぐらがなぜここに居る? お前に三尾が封印されてんのか? どうもきな臭ェ……」
分身と戦う必要はないものの、やぐらが大きな簪を振り回しながら接近してきたことで、仕方なさそうにサソリが応じる。
自身の長く頑丈な尻尾を振るって、やぐらの武器を受け止めた。
追いかけるのは面倒だ。そのためデイダラと同様、分身を破壊するため戦闘を開始した。