鳶が獣を生み落とす   作:ヘビとマングース

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我愛羅 3

 どうやら追手は来ない。

 背後を確認したやぐらは、あの程度で撒けるとは思わないが、と警戒しながらも、今は足を止めるべきではないと移動を続けようとする。

 

「行くぞ。俺たちのアジトへ連れていく」

「待ってくれ」

 

 砂漠の終わり、草が生える森の中へ一歩踏み入れた直後だった。

 草の上に立って振り返るやぐらの目に、ちょうど境目、砂漠の縁に我愛羅が直立している。

 真っすぐに見つめてくる彼の表情から感情を察するのは難しい。忍らしい、と言うべきだろう。その顔を見て同様にやぐらは己の感情を見せなかった。

 

「俺は、まだ一緒には行けない。せめて里に戻って家族と話すことはできないか?」

「ダメだ。お前は里の人間に幽閉されていたんだぞ。また同じことになるか、今度は生きて里を出られるかもわからない」

 

 そうなる予感はしていたものの、やぐらは我愛羅の提案を事も無げに拒否する。

 確かにそれが良い判断。納得はしているが、だからといって我愛羅は引けなかった。

 

「里の人間全てに納得してもらおうとは思っていない。だが、家族だけは特別だ。無事であることを伝えたい」

「ダメだ。隠れ里で一人に漏らせばいずれ全員に伝わると思え。誰にも伝えず立ち去るべきだ」

「お前についていけば俺の立場はさらに危うくなる。それこそ里の一員として迎え入れられることはなくなるだろう……リスクを負うのは俺だ」

「だから、里を捨てろと言ってるんだ」

 

 やぐらは躊躇わずにきっぱりと言い切り、体の正面を彼へ向けて視線を合わせた。

 

「お前もわかってるだろ。自分がどんな立場か、どう見られているのか。里の連中は真実なんて気にしちゃいない。必要なのは諸外国にけん制するための“一尾”と、お前を自由にさせないことだ。お前がどんな忍なのかなんて、人間性を含めて考える必要性すらないんだよ」

 

 我愛羅はすぐに返答することができなかった。

 冤罪をかけられ、半ば無理やりに隔離されていたのは理解している。これまでがそうだったし、自分が耐えていれば穏便に済む話だと思っていた。少し我慢して時が経てば、またチャンスが与えられるとも考えていたのである。

 

 そんな考えはあまりにも甘過ぎる。

 やぐらは自信を感じさせる口調でそう言いのけた。

 お前が人間として扱われることはないと、言葉と態度で真摯に伝えてくる。

 

「努力すれば状況を変えられると思っていたか? 確かにあり得ない話ではないが、だからこそ里の人間はお前の努力を許さない。どこかに閉じ込め、里を守る力として利用しながら、お前が人間として生きようとするのを拒絶して嘲笑う」

「何もかもが決まったわけでは……」

「ならどうする。またあの牢屋へ戻ってみるか? いつ出られるかもわからない暗闇の中で、いつか誰かが助けに来てくれるのを待つのか」

 

 中途半端な覚悟なら許さない。やぐらの目にはそうした強い意志があった。

 我愛羅のためを思えばこその発言だ。厳しく聞こえただろうが、今我愛羅を砂隠れの里へ向かわせるのは悪影響にしかならないと断じている。

 たとえ本人が行きたいと言っても、行かせてはいけないとすでに決めているのだ。

 

「俺はお前を助けるためにここに来た。わざわざ死なせにいくつもりも、トラウマを与えるために里へ帰させるつもりもない」

「里の人間の視線なら慣れている。今更、敵視されたところで気にしない」

「ナルトは殺されそうになったそうだ。そのせいで今でもその時の光景がフラッシュバックして苦しんでいる」

 

 我愛羅の目が動いた。

 やはりナルトの話は特別なようで、すぐに聞き入れる体勢になる。

 

「誤解があったにせよ、本音だったにしろ、あいつは里の人間に殺されかけて火の国を避けたがるほどの深いトラウマを負った。お前を里に帰らせて同じことにならない保証はあるか?」

「……保証は、ない。俺の体感ではそこまでの事態になるとは思っていないが」

「だが事実、ナルトはそうなって、お前は言いがかりが原因で里から遠ざけられて、暗い牢屋の中に閉じ込められていた。そこから勝手に出てきたと知ったら、里はお前を処分する体のいい理由を手に入れたことになる」

 

 我愛羅は何も言わずにじっとやぐらを見つめる。

 否定できなかったのだと彼は判断した。

 殺される、とは思っていなかったが、いつ出られるかわからない幽閉生活を経験して、放置されれば水も食料も届けられずに餓死していただろう環境を理解している。この場で万が一があっても「仕方ない」で済まされただろう。

 

「部隊の人間を傷つけたという言い訳が広められた時、お前の行方はもう決まってたんだ。そこからどこで何をしようとお前は里の管理下に置かれ続け、ある程度の不都合はお前に押し付け、利用される仕組みが出来上がっていた。そこに戻ろうって言ってるのか?」

「……自分がどう見られているかくらい、わかっている。だからこそテマリとカンクロウには心配してほしくない。ようやく家族として向き合えそうになっていたところだ」

「敵を騙すには味方から、と言うだろう。二人を心配するなら何も告げないのも優しさだろう? それとも俺たち同様、里から抜けるのを強制させるか?」

 

 我愛羅は表情の変化こそわかりにくいとはいえ、気落ちしている様子だった。

 やぐらは嘆息し、肩をすくめる。

 

「二度と会えなくなるわけじゃない。機会を待って改めて伝えることはできるはずだ。だが、逃げたばかりの今連絡するのはあまりにも危険過ぎる。家族を想うならまず死なないことを優先しろ」

「先延ばしにしているだけじゃないのか?」

「俺は全ての人柱力を集めて、人柱力の里を作る。俺たち自身が抑止力となり、五大国が手出しできない勢力となって、自由を手に入れる。そのためなら五大国を相手に戦うことも厭わない」

 

 やぐらは本気だった。危険な思想に思えてならないとはいえ、ちょっとやそっとでは意見を変えることはないだろうと伝わってくる。

 放っておけば本当に戦争になる可能性がある。今は彼の傍から離れるべきではないと判断した。

 もしかしたら自分の行いで戦争を回避できるかもしれない、と考えた我愛羅は、砂隠れの里には戻らずやぐらに同行することを決意した。

 

「だからって戦いたいわけじゃないさ。避けられるならその方がいい。だがお前が体感したようにあれこれ理由をつけては自分たちの思い通りに事を進めようとする。忍の隠れ里も五大国もそういうもんだよ」

 

 やぐらのその言葉が本音かどうか、出会ったばかりの我愛羅にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 雨隠れの里。

 やぐらに案内された場所は徹底した秘密主義で諸外国に詳細を知られていない、謎が多い隠れ里であった。

 

 厚い雲が空を覆い、しとしとと雨が降って、辺りは異様なほど静かだ。

 空気が湿っていて重い。

 砂漠とは真逆の環境。初めて訪れる地に我愛羅は表情をぴくりとも動かさず、はしゃいでいるわけでもなかったが、「悪くない」という気分でいた。

 

 チャクラを足の裏に集めて水上を歩く。

 雨隠れの里は秘密主義。人の気配は極端に少なく、正面から足を踏み入れるのはまずいと、彼らは人目につかない裏手から里へ入る。

 不必要なまでに入り組んだ背の高い建物が乱立しており、正しい道を知らない者は間違いなく迷うだろう風景の中を進む。

 

「なぜ雨隠れに?」

「ここなら滅多に情報は洩れない。住んでる連中も異常なほど口が固いんだ。俺たちの素性どころかここに居ることすら、誰にも知られない」

 

 歩きながら我愛羅が視線を上げる。

 気配を感じず、他人の視線も感じない。だがどこかに人は居るのだろう。

 不気味な場所だと思う反面、その静けさを「心地よい」とも思う。

 

「信用できるのか?」

「心配するな。ここは一時的に場所を借りるだけだ。いずれは俺たちだけの場所へ移り、そこに里を作る。何かがあったところでどの道ここは捨てる」

「そうか」

 

 質問をやめて再び無言で歩く。

 どこへ向かうのかは聞かされていない。しかしやぐらは迷うことなく道を選んでいる。

 

「お前には先に言っておくが」

 

 小道に入って、行き止まりか、と思う道の先を我愛羅が確認した時、やぐらが唐突に呟いた。

 

「俺たちの近くに、変な仮面を付けたトビという男が居る。そいつのことは信用するな。俺たちには隠している目的のために人柱力を集めようとしている」

 

 警告しながら印を結び、目の前にあった壁がゴゴゴと動いて道ができた。

 その光景に対して何も思わず、我愛羅はやぐらの発言を気にしていた。

 

「味方ではないのか?」

「表面上はな。腹の奥で何を考えてるかは俺にもわからん」

 

 先程と変わらずやぐらが先導して中へ入っていく。咄嗟に我愛羅も後ろへ続いた。

 

「俺は昔、一度死んでいる。霧隠れの四代目水影“やぐら”はもうこの世に居ない。俺はおそらくその複製だ。体を用意されて偽の記憶を埋め込まれ、改めて三尾を封印された」

「クローン……あり得るのか? 分身とはわけが違う」

「三尾が全て見ていた。それに、なんの理由もなく五大国から尾獣を奪おうなんて奴が居るはずがないだろう。俺は三尾を信じると決めている」

 

 薄暗い建物の中へ入って、長い廊下を歩いた。

 足音が反響し、道の先に明かりが見える。

 そこに人の気配を感じて、離れていても誰かの声が聞こえてきた。

 

「最悪、俺を信用しなくてもいいが、死なないように上手く立ち回れよ。俺の野望が潰えてもあいつの野望は実現させるな。ただの勘だがそうすべきだと感じてる」

「俺の判断は俺が状況を見て決める……が、参考にしよう」

 

 やがて明かりの下へ辿り着いた。

 開けた空間といくつかの扉。だだっ広いエントランスだ。そこに三人の人間が居た。

 

「うぎゃ~っ⁉ あーもうっ! 難しいっすこれ~!」

「そりゃそうだろ。なんたってA級の難しさなんだからな。オレだってめちゃくちゃ時間かかったんだってば」

 

 パァン、と何かが破裂した音が響くと同時、薄緑のショートカットの少女がひっくり返り、すぐ傍に立つ金髪の少年が呆れた顔をしている。

 その姿を見た途端、我愛羅の目つきがほんのわずかに優しくなった。

 やぐらは密かに彼の様子を確認しており、ずいぶん深い友情を持つようだと思う。

 

「ナルトにできたんならあっしにもできる!」

「なんなんだよ、その自信。失礼な奴だな」

「だってナルトってば強いけどあんまり器用じゃ――あっ」

 

 先にフウが気付き、やぐらが来ていることと、その隣に立つ我愛羅を見て、瞬間的に嬉しそうな笑顔になって目を輝かせた。

 そのフウを見てナルトもまた気付く。視線を動かし、我愛羅が立っているのを見ると、ほっとしたような喜びを爆発させるような、とにかく落ち着かない様子で笑顔になった。

 

「我愛羅!」

「久しぶりだな、ナルト。無事でよかった」

 

 ナルトが我愛羅に駆け寄って目の前に立った。

 彼の言葉で思い出すものはあったが、笑顔は絶やさず、苦しい気持ちは胸の奥へ押し込める。

 

「お前も来たんだな。ちゃんと話聞いたか?」

「ああ、とりあえずはだが」

「色々あって……オレはもう何がなんだか」

「お前の話を聞いて来た。かなり参っているようだな」

 

 我愛羅の問いかけにより、ナルトは笑みを消して、気落ちした様子を隠せなくなった。

 

「ああ……本当に、色々あったんだ」

「いい。無理に話す必要はない。俺はお前に救われた。お前の助けになるのなら力を貸そう」

「……ありがとう」

 

 簡単な挨拶が済んだ、と判断したのだろうか。

 くいくいっと袖を引っ張られる。ナルトが振り返ると、待ち切れない様子のフウが目を輝かせて見つめてきていた。

 早く紹介しろと言いたいのだ。興奮を抑えられずにわかりやすくわくわくしている。

 

「あー……我愛羅。こいつはオレたちの仲間で、フウ」

「こんにちは! あっしは滝隠れのフウ! 七尾の人柱力だよ! よろしくね!」

「砂漠の我愛羅だ。よろしく」

「おでこに“愛”って書いてるね! それ何っ⁉ 我愛羅って砂漠の人なの⁉ あっし砂漠に行ったことないんだ~! 砂ばっかりなの⁉ 暑いってほんと⁉ あっしも行ってみたいな~!」

 

 会話を始めた直後、フウは新たな出会いに対する喜びを爆発させ、怒涛の質問を始めた。我愛羅の答えを待つよりも先に次の質問を投げかけて、今にも駆け出しそうなほどに足をばたつかせる。

 真正面から受け止めた我愛羅は表情をぴくりとも動かしておらず、しかし実は驚いていて、同様の気持ちであろうナルトが小さくため息をついた。

 

「お前、一気に聞き過ぎだってば。我愛羅が答えられねぇだろうが」

「一尾の人柱力なんだよね! うぅ~新しい仲間が増えてわくわくするっす! ねぇねぇ、我愛羅はどんな術使うんすか!」

「だから聞けって……」

 

 呆れた顔をするナルトに、我愛羅が目を向ける。

 

「ナルトみたいな奴だな」

「は? どこがだよ」

「あっしらみんな同い年くらいかな? 仲よくしよーね!」

 

 フウは有頂天になっていた。

 仲間が増えた事実に心が躍っていて、もはや自分でも抑えることができない。

 その姿を見て我愛羅は安堵し、人知れず心を休めていた。

 

「ここも大変なようだな」

「そうなんだよ。こいつほんと常にうるせーんだってば。螺旋丸教えろってうるせーし、遊ぼう遊ぼうってうるせーし、寝る時だって寝るぞーってうるせーし」

「だが、救われる」

「え……マジで?」

「それじゃーまずは仲良くなるために一緒に遊ぼ~! 何する? 何する⁉ トランプもあるよ! やぐらもおいでよ!」

「言っとくが……俺はお前らより年上だぞ」

 

 フウが騒がしいせいか、ナルトがすぐに反応するのもあって、落ち着く暇がなかった。しかし余計なことを考えずに済むという利点もある。

 一旦落ち着こうという考えは、少なくとも現状ではそれほど悪くない。

 比較的早くにフウに同調した我愛羅は、彼女が提案した通りに遊びに参加しようと考える。

 

「わかった。遊ぼう」

「げっ、マジ?」

「きゃっほー! 我愛羅は話がわかるっすー! ナルトも見習って!」

「いや、絶対オレの方が合ってると思うんだけど」

 

 考えてみれば幼い頃から友達と遊んだ経験などなかった。

 我愛羅はそう思い、気付いた後は純粋に楽しみになっていることを自覚する。

 はしゃぐフウにナルトと共に手を引かれて、かつて夢見た光景が現実となると、我愛羅は友達と遊ぶ時間を心から楽しんだ。

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