ナルトが意識を取り戻すよりも前にトビと九尾の邂逅は済んでいた。
深層意識まで入り込み、赤い水が足元に広がる暗闇の奥、巨大な牢屋の向こうにそれは居た。
「写輪眼……うちはの血族か。嫌なチャクラだ」
「腹の中まで失礼する。話をしないか? 木ノ葉を襲わせてやる」
突然の登場に唐突な発言。
信用できるはずもない相手だと一目でわかる。
九尾はしかし、彼を威圧しようとはせず、すかさず思考を巡らせていた。
「俺はナルトを手元に置きたい。お前は、木ノ葉に対する怒りを抱えているはずだ。利害は一致するんじゃないか?」
「ケッ……」
「上手く事を進めれば、お前がナルトを意のままに操ることもあり得なくはない」
いけしゃあしゃあと。
九尾は心底気に入らない人間だと判断していたが、決して口にはせず、確かに利用できなくはないと考えていた。
言いなりになるのは癪だが、言われた通り少なからずチャンスだと思える。千載一遇の機会であることはナルトの中で情報を得ていたために理解していた。
ナルトは今、木ノ葉隠れの里を離れている。
手引きしたのは今そこに居る仮面の男。目的が何であれ、里の忍に関与されずに、ナルトを動かすことができる可能性が高まった。
「自由の身になりたくはないか? 或いは、ナルトの肉体を手に入れたいとは思わないか?」
「フン。そう言いながらワシを利用するつもりだろう」
「その通りだが、そうわかっている方が動きやすいというものだろう。ナルトとは違うお前が俺を信用するとは思っていない。ならば腹の内を明かして協力してもらった方が得策というものだ」
九尾は睨みつける目つきを変えず、敵意を隠さない。
それでも口先だけは彼に同意する程度には冷静さを保っていたらしい。
「いいだろう……ただしワシは貴様の言うことなぞ聞かん」
「それで構わん。俺の邪魔をしなければな」
「約束はできんなぁ。ワシが気に入らんと思えば話は変わる」
「まあ、そう言うだろうが、果たしてナルトがどう思うか。そのプライドの高さでナルトを意のままにコントロールできるとは思えない」
苛立ちを隠さない九尾に背を向け、辺りを見回したトビは何かに気付く。
「何か……気になるな。念のために調べておくか」
「これでわかっただろう」
「連中はチャンスさえあればいつでもお前を殺そうとする」
「利用できるのなら殺し、できないのなら触れないように遠ざける」
「お前が邪魔なことには変わりない」
「もう里に戻ることはできないな」
「帰ればお前が殺されるだけだ」
「それで解決になる」
「ナルト」
「ワシに力を貸せ」
「お前一人では追ってくる木ノ葉の忍を倒すことはできん」
「奴らは今度こそお前を殺そうと暗部を送ってくるぞ」
「ワシがお前を守ってやる」
「これまで腹の立つ出来事は多かったが水に流してやろうではないか」
「ワシとお前が手を組めば、そんじゃそこらの忍など相手にならん」
「トビとかいう男は信用するな」
「お前を利用したいだけだ」
「ワシと協力すればお前は今より自由になれる」
……うるせぇ。
「何?」
お前は、そう言って自分が好き勝手に暴れたいだけだろ……。
オレは違う。
「本当にそうか?」
「ワシに体を明け渡したのは何も見たくなかったからだろう」
「何も考えたくなかったからだろう」
「お前は里を壊してほしかったのだ」
うるせぇ……。
「意見が合っただろう?」
「だからワシの力を引き出すことができた」
……うるせぇよ。
もう、黙っててくれ……。
「お前も気付いているはずだ」
「口ではきれいごとを抜かしていようが、お前の本心は一つだ」
「嫌いだ、と」
「その一言が本音だ」
「お前の中に居るワシにはわかる」
「ワシらの気持ちは何一つ変わらん」
「嘘つきで卑怯な木ノ葉の連中が心底嫌いだ」
違う……。
オレは、火影になって、里の奴らにオレのこと認めさせて……。
「認められていないからだろう?」
「お前が認められることなどあり得ない」
「奴らにとってお前は」
「ワシと同じ」
「化け物だ」
……。
…………。
………………。
そうだな。
血と泥で全身ひどく汚れた外見で、うずまきナルトは現れた。
火の国の外れ、国境。拾われた後にトビの世話になった洞窟の前に立っていた。
そこで迎えたトビはやはり仮面で表情を隠しており、しかしどこか心配そうな態度である。
「ナルト……平気か?」
「ああ……」
俯いたまま視線を上げず、沈んだ表情。以前の快活さが嘘のように見られない。
事情を察した。そういった態度でトビは洞窟の中へ招き入れようとする。
「ひとまず休め。今は休息が必要だろう。腹は空いているか? 体を洗って、服を着替えろ。詳しい話は一眠りしてからでいい」
「……うん」
わずかに反応を見せたナルトは緩慢な動作でのろのろと手を上げる。
額当てを外して手に持ったのだ。
鉄の板に描かれた木ノ葉のマーク。以前は欲しくて堪らなかったもので、その気持ちを今も忘れたわけではない、そう思っている。だがじっと見つめるその顔は複雑な感情を表していた。
「あのさ……オレがサスケを連れ戻したら、どうなるんだ?」
小さく、弱々しい声だった。
トビは沈黙した後、静かではあるが、きっぱりと告げる。
「木ノ葉に連れ帰ったら、そうだな。仮にサスケが戻っても殺されることはないだろう。五代目火影になった綱手は、噂によると殺しを好まない。それにサスケには今や希少となったうちは一族の血と目がある。だがお前は……少なくとも今はおすすめはしないな」
「そうか……わかった」
考えたのか、それとも反射的な行動だったのか。
ナルトは俯いて、おもむろに額当てをその場に落として目を背ける。
そのままとぼとぼ歩いてトビと共に洞窟へ入っていった。