鳶が獣を生み落とす   作:ヘビとマングース

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やぐら 1

 すごく、遠くから、声が聞こえる。

 水の中に揺蕩うみたいに、心地よくて、でも少し息苦しさみたいなものもあって、最高とは言えないけどそんなに悪くない感じだった。

 

「使えるのか?」

「問題ないわ。すでに成功例もある。これは中でも出来がいい」

 

 誰かの声が近くにある。

 体は動かせないが、おそらく俺のことを話しているのだろうことは察していた。

 

「そもそもは私の部下のための技術だった。君麻呂……あの子ほどの逸材を病で死なせてしまうのは惜しい。だから研究を重ねて完成させたのよ」

「クローン技術か。血と肉を持っているからと言って信用できるものではないが」

「必要なのは情報よ。本物と寸分違わぬ記憶を与えれば人格は自然に形成される。多少の差異は仕方ないけれど、利用することはそれほど難しくはない」

「確かにな。こいつは、本物も忘れたがっていただろう暗い過去がある」

 

 誰かが近くで話していた。だがその声は聞こえない。

 聞きたいとも思わない。

 この、胸の内に広がる嫌悪感はなんだろう。なぜだかわからないが無性にイライラする。

 もしかするとそれが俺の個性なのかもしれない。

 

 俺には、俺が誰なのかわからない。

 少なくとも、今はまだ。

 記憶が混濁している。頭の中がぐちゃぐちゃだ。かなり気持ち悪い。

 

「今はまだベースとなる“橘やぐら”の情報を入れてあるだけ。出生から幼少期を過ごし、忍として生きて人柱力となり、水影となった。ただし三尾は封じていない」

「問題ない。三尾は俺の手中にある」

「ふふ、そう。今更記憶の改竄についてなんて、教える必要はないわよね」

「当然だ」

 

 誰かが、俺に触れただろうか。

 よくわからない。だがその感覚は決して嬉しいものではなかった。

 

「やぐらは水影時代の大半を何者かに操られた状態で過ごしていた。その頃の習慣が“血霧の里”と呼ばれる原因を作り、五代目に代わった今でも影響は少なくない。まあ、霧隠れは元より秘密主義が強いせいもあるが」

「何者か、ねぇ……まあいいわ。私にはあなたと争うつもりがない」

「それでいい。もっとも詮索したところで仕方ないことだが」

「そうね。それにさほど興味のある話でもない」

 

 沸々と怒りが湧き上がってくる気がしてならない。

 俺はこんな人間性だったんだろうか。

 

 だった?

 いや、それはおかしい。

 それじゃまるで俺が死んだみたいな……。

 

 俺は誰だ?

 俺は……何をしている?

 今日まで、何をしていたんだろう?

 覚えているはずだ……生きていたはずなんだ。

 

「あなたから受け取った柱間細胞でクローンの完成度はさらに高まった。こればかりは流石に感謝しておかないとね」

「こちらも恩恵を受けている。すでに死亡していたやぐらがこれで生き返ったわけだからな」

 

 

 

 

 

 暗い一室。

 ベッドに腰掛け、視線は下を向いている。

 項垂れているといった方が早いかもしれない。

 とにかく彼は脱力していて、体のどこにも力が入っていない呆けた状態で座っていた。

 

「思い出せたか?」

 

 トビが尋ねる。

 静かな一室でやけに呼吸が大きく聞こえる。しかしそれは片方のものだ。

 乱れていた呼吸を必死に整え、大きく吸って吐き、何度も繰り返してからようやく落ち着く。

 

「反芻してみよう。お前の名前は?」

「……やぐら。四代目水影、やぐらだ」

「そう。霧隠れの里の長。そして同時に三尾の人柱力でもある」

「ああ……わかる」

 

 トビの問いかけに対して、少年と見間違う外見の男がぽつぽつと答える。

 やぐらは白い衣を着せられていた。

 長らく眠っていた自覚がある。そして目覚めてみて、どうしようもない倦怠感があった。

 

「では、自分の身に何が起きたかは?」

「俺は……長く、暗闇の中に居た。自分が自分じゃないような感覚。意識があるのに、体が言うことを聞かなくて。俺じゃない誰かが俺を動かしていた。あれは――」

 

 やぐらの手に力が戻り、強く握って拳を作る。

 体がわずかに震えて、彼の肉体から強い怒りの念が発された。

 

「あれは、幻術じゃなかったっ。全部俺が見ていたものだ。俺は誰かに操られていた……!」

「水影になった後のことだ。里の人間が、お前を利用するために術をかけていた」

「クソッ! どこのどいつだ!」

「落ち着け。今は犯人を探る段階じゃない。まずは今のお前自身と向き合うんだ」

 

 激情を露わにするやぐらだったが、感情のままに暴れ出すことはなかった。

 咄嗟にトビが制止したため、話を聞くだけの余裕はあったのだろう。

 深く息を吐き出して自らを落ち着けるとすぐに会話に集中しようとする。

 

「お前は強く正しい忍だった。だから人柱力に選ばれ、三尾を封印された。そうだな?」

「ああ……多分そうなんだろうな」

「おそらく里の上役だろう。人心を掴み、戦闘力が高いお前に好き勝手に動かれては霧隠れを意のままに動かすことなどできない。そこで洗脳を施した」

「クソッ……! 思い出すだけで最悪の気分だ」

「だがそれでも都合が悪くなったんだろう。水影の任期を終えぬまま、今度はお前自身が三尾ごと封印された」

 

 やぐらは事実を認めたがらないかのように頭を抱える。

 くしゃっ、と自分の髪を掴んで、怒りは今もまだ抑えられていなかった。

 

「何が水影……結局俺は里にいいように利用されただけか」

「フォローというわけじゃないが、人柱力という存在は多くがそうだ。人とも思われずにただ兵器か抑止力として扱われる。水影になっただけすごいというものだぞ」

「だが事実として、霧隠れの忍は俺を水影とは認めないだろう。忘れたい過去だ。ただの操り人形が同士討ちをさせていたなんて」

「そこまで覚えているのか」

「血霧の里だろう。それくらいわかる」

 

 後悔を隠せずやぐらが大きなため息をつく。

 もはや自分ではどうにもならぬこと。だからこそ考えずにはいられない。

 結局、己の立ち回りが悪かったのだろうか。

 周囲はきっとそう思っている。そう理解するしかないのかと、諦めるつもりで考えていた。

 

「何が水影……何が人柱力……俺が一体何を成した」

「お前が悪いわけじゃない」

「じゃあ里が悪かったのか? いや、悪くないなどとは言わんが、結局連中にいいように使われたのは俺の落ち度だ。みすみす洗脳されて、連中が動かしやすい里作りのために矢面に立たされて、不都合は全て押し付けられた。嫌われ者の人柱力だったことも都合が良かったな。確かにそうだ、いらなくなった俺を封じても悲しむ奴なんて居やしない」

「落ち着け。滅多なことを言うもんじゃない」

 

 ゴボッ、と肉体の内側から赤いチャクラが漏れ出す。

 苛立ちを隠せないやぐらは感情をぶつける相手に困り、トビを睨みつけていた。

 彼を恨んでいるわけではないが、今はただ対象が欲しかっただけだ。

 

「いっそのこと、暴走させて全部ぶっ壊してやろうか……そうすれば少しは気が晴れるのか?」

「やめておけ。一時的にスッキリはするだろうが、お前の、いや、お前たちの立場を悪くする」

「他の人柱力……それがどうした」

「俺は今、人柱力を集めて新しい里を作れないかと考えている」

 

 怒りと憎しみと疲れと、様々な感情が表れる表情がわずかに変わる。

 興味がある話題だったようだ。

 やぐらは目つきを少しばかり変えて、トビに対して訝しげな目を向ける。

 

「俺には俺の目的がある。それを果たすためには、既存の里のシステムではダメだ。人柱力が中心となる新しい里を作るのが俺のまず最初の目的」

「人柱力の? ハッ、できると思ってるのか? 人柱力は戦力分配と称して五大国の隠れ里に譲渡されている。どこの誰もが渡すはずがない」

「わかっている。だからお前を解放したんだ」

 

 疑念を持つ目は変わらないが、やぐらはフンと鼻を鳴らして腕と足を組んだ。

 

「詳しく聞かせろ」

 

 

 

 

 

 水が落ちる轟音がする滝のすぐ傍に、うずまきナルトは座っていた。

 全身が半透明の赤いチャクラによって覆われており、長い耳と一本の尾が存在する。

 なるほど、狐のそれだな、と一目でわかる外見だ。

 やぐらは静かに歩み寄って、彼に話しかける際は親しげで友好的な声を発した。

 

「よお」

 

 声に気付き、反応したナルトはわずかに振り返って彼を見る。

 生気が薄れた目。感情が見て取れない。

 やぐらはにこやかな笑顔でひらりと手を振った。

 

 どう見ても子供。

 年齢にして十代半ば。

 それは、両者が相手に対して抱いた印象だった。

 やぐらは実年齢と比較して外見が若い。ナルトが同年代と思ったのも無理はなかった。

 

「うずまきナルトだな? 俺はやぐら。三尾の人柱力だ」

「さんび……」

「トビから大まかな話は聞いた。災難だったな」

 

 そう言いながら前進し、滝壺の周囲に並ぶ岩の一つにやぐらが飛び乗った。

 ナルトが座る位置から一メートルほど離れた場所に座り、彼を見て声をかける。

 

「お前の気持ちはお前にしかわからんが、まあ、俺も似たようなものだ。人柱力の先輩として励ましてやろうかと思ってな」

「先輩……」

「あっ、お前! まさか同年代だとか思ってるんじゃないだろうな!」

「え……うん」

「ふざけるな! 違う! 俺はお前より年上だ! 大先輩だぞ!」

 

 咄嗟に怒りを露わにしてしまった。

 魂に刻まれた反射とでも言うのだろうか。

 やぐらは若々しい見た目をしているが、それ故に子供に間違えられるのをひどく嫌っていた。

 

 ハッと我に返った時、どうしても無視できない違和感を覚えた。

 冷静になったやぐらはナルトへ疑問を込めた視線を向ける。

 

 トビから聞いた話では、本来は考えることが苦手な天真爛漫な少年だったはず。

 事情ならばそれとなく聞いているが、なるほど、まだ立ち直っていないと見える。

 本来バカとさえ言える能天気な男がここまで静かなのは異常事態。

 ましてや今は赤いチャクラに包まれたまま、落ち込んだ顔で黙りこくっているのだ。

 

 こういうことなのだろう。

 共感できる人間なんて世界広しと言えどもたった九人しか居ない。

 やれやれと思い、しかし見捨てず、やぐらは彼に優しい声を投げかける。

 

「そのチャクラ、九尾のだろう?」

 

 指をさして問うてみる。

 コポコポ、小さな音を立てて泡が動き、液体かのようにナルトの全身をすっぽり覆っている。

 

「コントロールできるのか?」

「……いや。九尾はオレの言うことなんか聞かねぇ」

「そうか。まあ、それは俺も同じだ。俺の中に三尾は居るが、俺自身がこいつを調伏できているわけじゃない。ただ強引にチャクラを奪って使ってるだけなんだ」

 

 やぐらが淡々と呟くものの、ナルトはぼーっと遠くを眺めてほとんど反応しない。

 

「尾獣のチャクラはコントロールできる。当然、それ相応の強さと覚悟は必要だが、自分の意思で戦いに使うことも暴走させないこともできる。お前が望むなら俺が」

「もうおせぇ」

 

 冷たく、素っ気ない声でナルトが吐き捨てるように呟く。

 思わずやぐらが言葉を止めると、続けてナルトが先程よりも落ち着いた声で言った。

 

「もう……おせぇんだ」

「なぜだ?」

「……オレはもう、木ノ葉の里には帰れねぇ」

「遅くはない。お前には必ず必要になるものだ。人柱力として生きていくならな」

 

 ナルトがやぐらに振り返り、表情は変わらなかったが自分の意思で彼の目を見る。

 

「お前が何もかも諦めて死んだところで尾獣は死なない。一時的にこの世から消えることはあってもいつか必ずどこかで転生する。再びこの世で人間に見つかることになる。犠牲が生まれるのを拒むならお前が強くなって生き続けるべきだ」

「でも、強くなったところで……お、オレは」

 

 ナルトが不安そうに顔を歪ませ、自分の服を強く握る。

 ようやく感情らしい感情を表に出した。

 元々は表情がよく動く人物だったのだろう。苦々しくくしゃりと変化する。

 

「オレの夢は、火影になることだったんだっ。火影になって、里の奴らにオレのこと認めさせて、サスケも里に連れ戻して……! それが、全部、何も……」

「本当にそうか? お前は、本当に火影になりたかったのか?」

 

 ナルトの表情が明らかに変わった。

 ぎゅっと心臓を掴まれたかのような衝撃に襲われる。

 おそらくそれは、自分でも気付かないようにしていた事実を突きつけられて恐れたのだ。

 やぐらは真剣な目で彼に問いかけ、嘘を許さない。

 

「その口ぶりからして、火影になりたいんじゃなくて、里の人間に認められたいっていうのが本当の願いなんじゃないのか? 里の人間に認められるために火影になりたかったんじゃないのか?」

「ち、ちがっ……⁉ オレは、本気でっ」

「ナルト。俺には嘘はつくな」

 

 緊張せずにはいられない一瞬だったが、責めるための言葉でないことは伝わった。

 やぐらの姿に気圧されたナルトは言葉を失い、俯いてしまう。

 

「育った場所や境遇は違えども、俺とお前は同じ人柱力。腹の中に居る尾獣が違っても俺たちだけは分かり合える。俺はそう信じたい」

「同じ……って」

 

 ちゃんと話を聞き始めたようだが、半信半疑という様子が隠せていなかった。

 やぐらは真剣に彼の目を覗き込んで言う。

 

「お前の夢はまだ潰えちゃいない。俺に協力してくれないか」

「……何すんだよ」

「全ての尾獣と人柱力を集める。隠れ里には人として認められなかった俺たちが集まり、新しい里を創って自分らしく生きられるようにする。それが俺の新しい、今だからこそ抱けた野望だ」

 

 手を差し出された。ナルトは戸惑いを隠せず、その手をじっと見つめる。

 

「俺と一緒に来い。お前の生きる理由を見つけてやる」

 

 思考はぐちゃぐちゃ。胸が苦しくて何も言えない。

 ただ、自分を救おうとしてくれる人物が居ることを知れたのは嬉しかった。

 複雑な胸中のまま、ナルトはその手を取れず、再び俯いてしまった。

 

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