水面に立って目を閉じ、チャクラを練っている間、深く集中していた。
心中はぐちゃぐちゃだが修行に身を費やしていると少し落ち着く。
ナルトは印を結び、現実逃避をするかのように、ただひたすら強くなろうとしていた。
その様子を見守るやぐらはナルトの前に立って向かい合う。
「俺はそろそろ動く。他の人柱力に会うつもりだ」
「え?」
目を開いたナルトが疑念を露わにした。練り上げたチャクラは失われず、足の裏に集めるのも忘れていないため、水中に落ちることはない。
ほんの少しとはいえ成長が感じられる。しかしそれでもまだ若く、発展途上。
「全ての人柱力を仲間に加えたい。そのためには本人に会って話し合わないとな」
「そっか……じゃあ、オレは? オレも一緒に行くのか?」
「いや、お前はおそらくトビと行動することになる」
「あぁ……そうか」
「いいかナルト。これを言えばお前は混乱することになるだろうがハッキリ言う」
唐突にやぐらが厳しい目をしたのを、近頃は感性が過敏になっているナルトは即座に気付いた。
「トビは俺たちを利用するために集めようとしている。あいつのことは信用するな」
「……え」
「里で色々起こったことは事実だろう。里の人間の感情も俺の立場からすれば嘘だとは思わない。だがあいつを信用するのは危険だと覚えておけ」
目で見ているだけでもナルトのチャクラに乱れが生じたのがわかった。
足元がぐらつく。しかし沈まない。彼も必死に堪えているようだ。
「突然こんなことを言い出す俺も信用できないかもしれない。誰を信じればいいかわからなくなるかもしれない。だからナルト、お前はお前自身を信じろ」
倒れそうになるのを、座り込みたくなるのを必死に堪えて立ち続ける。
ナルトの目が揺れていた。以前のように、感情が暴れ出して制御できなくなりつつある。激しさこそないが静かに荒れつつある。
そう悟っているからこそ、やぐらは静かな声色で淡々と語り掛けた。
「以前のお前は強い意志を持ち、自らが必ずそれを成し遂げると信じて行動していた。状況は以前と変わったがお前自身が変わる必要なんてない。バカみたいに信じて、言い続けて行動しろ」
やぐらは真剣に語っている。そしてその言葉は間違いなくナルトのためを想ってのものだ。
激しく動揺していたが、徐々にナルトが落ち着こうとしている。
まずは聞くことだ。それしかできることはない。
「そうすれば俺やトビが近くで勝手なことを言い出し始めようと、お前自身は迷わず行動できる。もう夢は変わったかもしれない。以前の自分には戻れないかもしれない。だがこれまでのお前を否定はするな。お前はそのままでいい」
「そ、んなこと言われてもっ、簡単にできねぇよ!」
「そうだ、簡単じゃない。だからお前が納得するまでは俺が守る」
咄嗟に感情を表し、反論したナルトに対して、やぐらは態度を変えずに言いのける。
元より彼は考えることが苦手なのだろう。ならば互いに行動で示せばいい。
「存分に悩み、迷え。それもお前の一部でお前の自由意思だ」
「なんだよ……それ。なんにも、答えになってねぇじゃん……」
「いいかナルト、他人に答えを求めるな。物事に対して、目の前の状況に対して、常に答えを出すのはお前自身だ。火影になると決めるのも、別の夢を追うのもお前自身が決めることだ」
俺はその手伝いをするだけ。やぐらはそう付け足す。
「だが少なくとも、お前が人柱力になったのも、抑止力として利用されていたのもお前の意思ではなく他人の意思によるものだ。お前がそうしたいと思ってそうしたわけじゃない。他者の言いなりになる環境を良しとするな。耐え難い苦しみがあったのなら尚更だ」
呆然として固まってしまい、ナルトは何も言えなくなる。
突然そう言われてもすぐに心境の変化があるとは思っていない。時間をかければいい。付き合うくらいの度量はあるつもりだ。
やぐらはそう言い切った。
「お前は何をしたい」
「お……オレ、は……」
改めて問われて何も答えられなかった。
ナルトは俯き、心底迷う。
「まずはそれを見つけろ。それくらいの時間は稼ぐつもりだ」
声に出して返事こそしなかったが、ナルトは小さく頷いた。
洞窟を出て外を見回し、山頂付近から連なる山々を眺める。
火の国の国境。そう聞かされていて位置は確認している。決して通行の便があるわけではなく、忍なら辛いとさえ思わない環境とはいえ、他国へ向かうのは当然の如く時間がかかる。
出発すると決意する前に、やぐらはトビと話していた。
問題は山積み。果たして彼はどう考えるのか。
「人柱力を攫えば国家間の問題になる。戦争が起こるぞ」
「説得するさ」
「聞く耳を持つ連中なら、小競り合いなど起こらない」
「確かにそうだ。が、互いに人柱力を持ち得ない国となった時、おいそれと戦争に乗り出すのか、それとも人柱力を確保しようと動くのか」
「誘導する気か? そう素直な連中だとは思えないが」
話していると思想の切れ端が少しずつ見え隠れする。そこから本質を悟ることができて、トビがどんな人物であるのか、少しずつわかってきた。
やはり彼は警戒すべきだ。決して味方になどなりはしない。
やぐらは現時点でそう断じている。
目的のためならば国と国との戦争をも辞さない。他人の命についてなんとも思っていないのだ。
「人柱力が一所に集められているとすれば、奪い返すことに躍起になって国同士が協力し合うことがあるかもしれない」
「幻想だ。万が一そうなったとしても裏では腹の中の読み合い。真摯に同盟を組もうなんて奴は存在しない」
「そうだとしても時間を稼げればそれでいい。交渉の場を設けられれば事情を話せる」
「“月の民”か? 妄言か策略だと思われるだけだ。どうせ誰も真面目に聞きはしないさ」
そう言う一方、やぐらが静かに目の色を変えた。
「まあ、隠れ里同士の戦争になるなら別にそれでも構わんがな」
冷静に思考した末、冷たく、端的にそう呟いた。
忍の本質とでも言うべきだろうか。トビを信用ならない相手と評する一方、やぐらは、自らの目的を邪魔するであろう存在に対して素直に敵意と嫌悪感を表して、立ちはだかるようであれば容赦なく殺すと決断している。たとえそれが里単位で、何千何万の人命が関わろうと判断を覆すつもりはない。
ある意味ではトビの洗脳が成功している、とやぐら本人も理解している。今の彼は現在の世界と忍への憎悪を誤魔化そうともせず抱いていた。
忍界が滅ぶようであればそれもまた良し。戦争になるのなら望むところ。人柱力を集めて真っ向からぶつかるのも良いかもしれない。
「一時の気の迷いであっても協力するのならそれも良し。だが本気で欺き合うようなら、いっそ潰してしまった方がマシだとさえ思える」
「できると思っているのか? 人柱力のみで」
「完全な人柱力……尾獣との意思疎通が取れた奴をそう呼ぶんだろう。俺もまだ三尾の協力を得られたわけじゃない。だがそれができるのなら十分に可能だ」
「憎しみはわかるが、五大国を舐め過ぎだ。組織の力というものをお前は熟知していると思うが」
「だからこそ気に入らないんだ」
舌打ちを一つ。表情を崩してやぐらが吐き捨てる。
「俺はもう、里のために利用されるような生き方はしない。人が群れ、組織に成れば、どこかで必ず膿が生まれる。俺は個を信じ、個によって繋がる集団を作る。それが人柱力だ」
「お前こそ上手くいくと思っているのか?」
「どうとでもしてやるさ。手段を選ぶつもりはない」
すでに覚悟は決まっていた。
必要とあらば難敵であろうトビすら相手にするつもりがある。
あくまでも自分の意志で生きる。意固地になっているとも言えるが、その判断が他の人柱力のためになると信じて、突き進む。
「どうやって里を作るつもりだ?」
「忍界のシステムに則るつもりはない。隠れ里として認められる必要があるか? 俺はただ人柱力が苦しまずに生きられるならそれでいいと思っている」
「秘境でも見つけて、ずっと隠れて暮らすつもりか?」
「それが平和であり、皆がそれを良しとするなら、それでもいい」
「お前らしくもない。憎しみで目が曇ったか? 行き当たりばったりで、自分の意思とは言いながら人柱力の意見を気にして、正確な展望が見えているわけでもない」
少なからず自覚はある。怒り、憎しみ、不信感。あらゆるものが原因となって、理性的な判断を避けようと感情的になっている。
そうした態度を指してトビは静かに提案した。
「俺の案に乗れば少なくとも今のお前よりは良い環境が作れる。信用できないのはもっともだが、俺の目的が人柱力である以上、お前たちを傷つけることはあり得ないとは思わないか?」
「口ではなんとでも言える」
「だがお前の現状では選択肢が少ない。五大国を相手取るなら尚更」
幾分冷静さを取り戻し、やぐらは真剣に考えた。
果たしてトビと手を取り合うことが吉か否か。
ナルトのため、と考えれば思考が変わる。今の自分には足りない物が多い。世の中から断絶されていると自覚しているからこそ否定しようがない。
本心とは異なったとしても、そう答えるしかないとも知っていた。
「わかっている……せめて、人柱力全員を集めるまでは」
「俺はその後も良好な関係を続けたいが」
「お前次第だ。お前の目的のために生きるつもりはない」
「まだ何もしていないのにずいぶんな嫌われようだな」
「俺が本物のやぐらじゃないのは知っている」
トビがふと口を閉ざした。
それも当然と深くは考えずにやぐらが言う。
「人柱力の確保、“月の民”、俺には隠している第三者との繋がり。お前が何を考えていようと思い通りにいくと思うな」
返事はない。好ましくない展開なのだろうとは察している。
その上でやぐらは一時的に彼と組むことを許容した。
今はまだ必要だ。しかし、いずれは敵対する。その予感がある。
「真実がどうであれ、俺には水影だったという自覚がある。大した影じゃなかっただろうが、だからこそ今度は上手くやるさ。政敵、仇敵、誰であろうと不覚を取るつもりはない」
言いながらやぐらはその場を後にしようと足を踏み出した。
「お前が相手でもな」
明らかな宣戦布告。
きっぱり言い切るとやぐらはその場を去ってナルトの下へ向かった。
トビは無言でその背を見送り、声が届かなくなった後で一人ぽつりと呟いた。
「三尾め……口を閉じさせたはずだが自分で解いたか。意外にもあいつに協力的じゃないか」
「尾獣と意思疎通した人柱力は“完成した”と言われるらしいぞ」
暗がりの中で、やぐらは山のように巨大な甲羅と対面していた。
相変わらず顔は出さず、協調したとは言えない姿。
果たして本当に心を通じ合わせることなどできるのか。疑問を抱くどころか、その話をまるで信じていなかったやぐらはあからさまに冷めた態度であった。
「お前が俺と話したことなんて一度もない。まあ……以前の俺の話だが。口が利けない相手だとすら思っていたのに、実はお前は喋れて、ただ単に俺を無視してただけだったんだな」
三尾は何も言わず、沈黙を続けている。
やぐらは小さく嘆息した。
「それは俺も同じか。お前について考える機会さえ設けず、ただチャクラを吸い上げて利用するだけの存在だと認識していた。尾獣を封印されて無事でいられるのは、俺の強さがあってのものだと思っていた。力が全ての里だったとはいえ傲慢だったんだな」
淡々とした口調と、後悔を感じさせないカラッとした態度であった。
「別に、反省しようとかそんな話じゃない。前の俺はそうだった。俺の中にある記憶が嘘か本当かはわからないが、一応の指針になることは事実であって、本物の俺を否定するつもりはない。だが今は同じだとも思わないんだ」
今はまだ考えている最中。悩みもするし、迷いもする。そういう意味では必死に足掻こうとしているナルトと何も変わらない。
胸の内は晴れてなどいなかった。ひょっとするとそれも三尾には伝わっているのだろうか。
パッと顔を上げたやぐらはまるで迷っていないかのような口ぶりで言った。
「謝罪はしない。だが今までの生き方とは変える。俺はもう、お前をただの獣とは思わない」
三尾に反応はなく、何を思っているのか、何も思っていないのか、何一つ伝わらない。
それでもやぐらは声をかけ続けた。
「俺たちは互いに不干渉を貫いていた。どっちが悪いって話じゃない。そもそも、今までの考え方では良いも悪いもなかったはずだ。今日この日を境に変えてみるつもりはないか?」
やはり三尾からの返答はない。辺りは冷たい空気に包まれている。
「それがお前の考えなら否定はしない。俺は俺でやるさ」
「あ……あの」
あの日以来二度目。ようやく声を聞いた。
「僕も、は、話したい……よ」
「じゃあなんで何も言わなかったんだ?」
「は、は……恥ずかしかった、から」
「……なんだそりゃ」
動揺したのか返事はない。
小さくため息をつくが、やぐらの顔には笑みが浮かんだ。
「まあいい。長い旅になる。話す時間ならいくらでもあるさ」
三尾は声こそ出さなかったものの、甲羅がわずかに揺れたところを見ると身じろぎしたようだ。
今まで注視しようとしたことはなかった。むしろ心の中で三尾と会うなど、以前ならば思いつきもしなかった行為。実際その経験は皆無。
やぐらの目には、不思議とその挙動が三尾の小さな喜びに見えていた。