復讐が終わったアクアマリン   作:ぬがー

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今ガチ⑥

 黒川あかねがネットで炎上した。

 どんな人物でも一部だけを切り出し繋ぎ合わせれば悪人に出来る。

 小さなトラブルも大袈裟に飾り付け、事故を起こしてしまった側の状況も伝えず、すぐに和解した事実も隠して問題が継続しているように見せかける。それで簡単に悪人は捏造できるのだ。

 

 SNSであかねは大勢から否定され、それを真面目に受け止め謝罪してしまった。番組との契約で放送していない部分、すなわち問題は解決済みである事、あかねを悪人に仕立て上げた編集側にこそ責任がある事などを説明できないままに。

 それが合図になりさらに燃え上がった。

 

 今ガチメンバーで番組外で食事をした際、MEMちょが言った。

 

「人は謝ってる人に群がるんだよ。謝ってるってことは悪い事をしたって認めたってことでしょ? 悪い事をした相手になら石を投げてもいいよね? って風に考えでさ。

 自分に一部でも非があればきちんと認めて謝れるのは人としては良い事なんだけど、炎上対策としては下の下なんだよ」

 

 正しくその時言った言葉通り、あかねは人としては良い人だったが業界人としては対応を誤った。あかねの未熟もあるが、先手を打って指示を出さなかった事務所側の不手際でもある。今の所、防波堤となるべきあかねの事務所やマネージャーは本当に何の役にも立っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のせいかも……私が煽ったりしなければ……私があんなデコデコしたネイルしなければ……」

 

 『今ガチ』撮影現場にて。

 カメラに撮られない場所であかねの状況と対策を出演者で話し合い、その時にゆきが最も凹んでいた。

 あの事故はあかねの余裕のなさにゆきが気付けずさらに追い詰め、爪がかすった程度で傷がつくようなネイルアートをあかねにしたせいだと思ったからだ。実際にそれは間違えておらず、あの時煽らなければもう少し余裕があり事故は起きなかっただろうし、ネイルも付けていなければかすった程度で傷などつかない。番組は無難に進行しあかねも今ここに居ただろう。

 それらは全て後知恵でしかない。だが責めずにはいられないのだ。

 

「お前のせいなんかじゃねーって。誰にも防げなかった不運な事故だ。

 それよりもこれからだ。皆で支えてやろーぜ。俺たちは仲間だろ?」

 

「―――……うん」

 

「私たち全員警戒が緩んでたしねぇ。まさかこうなるなんて思ってなかったもん。きちんと和解まで撮影したのにさ」

 

 ゆきが限界を超えて涙を流し、それをノブユキとMEMちょが慰める。

 『今ガチ』の撮影現場は出演者のみならずスタッフも含めて雰囲気が良く、それゆえに皆気が緩んでしまっていた。制作陣営からの奇襲を受けて今はかなりギスギスした雰囲気に包まれており、出演者たちも警戒が強くなっている。

 

「でも具体的にどうする? こういう時はやっぱり製作側が強いし出来る事は多くないぞ?」

 

「う~~~ん、それなんだよねぇ。契約違反するわけにはいかないし、最終的に編集されちゃう」

 

 番組で使われなかった内容について出演者は言えない契約になっている。

 そして前回の放送ではあかねとゆきの和解は使用されていない。

 そのため出演者たちは番組が和解した場面を使用するまで「あかねとゆきは和解できていない」という前提でしかSNSで情報を発信できないのだ。

 また番組収録中に和解済みな事を話したとしても、最終的に編集でその場面をカットされてしまえば視聴者には伝えられない。除外できないよう無理にその話題を出し続ければ、今度は収録妨害として事務所まで巻き込んで問題になる可能性だってある。

 何の権限も持たない肉体労働者(しゅつえんしゃ)に出来る事はあまりに少なかった。

 

「アっくん、なんか良い手ねぇ?」

 

「なんで俺に聞くんだよ」

 

「アクアは事務所社長の息子で一番権力に近いからじゃないか? アクアなら俺たちに出来ない事でもワンチャンあるだろ」

 

 他の出演者は芸能事務所に所属する一タレントに過ぎない。だが対外的にアクアは事務所社長斎藤ミヤコの息子であり、事務所から番組へ交渉すると言う選択も取れるのではないかと期待されていた。

 

「苺プロは大手じゃないんだぞ。そこまでの権力はない、期待しすぎだ」

 

「それが出来るだけの大手ならアクたんもこんな番組出てないよねぇ。知ってた」

 

 あかねは他事務所所属の女優だ。その処遇について口出し出来るような権力など持っているはずもない。淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。

 ついでに言えばオカルト業界へのコネもあまり当てにはならない。アクアのように他者へ恩恵のある霊能は希少なのだが、健康を売り物に金持ちを動かすなどすれば組織の傘から離れることになる。そうなれば要求を通すどころかアクアが健康器具として狙われる事になりかねない。金や権力だけあっても霊能者を活用するノウハウを持たない奴らは手段を選ぶべきとすら知らないのだ。この手段は流石に取れなかった。

 

「現状出来る事はあかねを批判する材料になるような事は言わない事だな。限度はあるが気を付けないよりはマシだ」

 

「何もなければ炎上させてる人も飽きるからねぇ。言わなきゃ言わないであかねに隔意があったとか演出できちゃうし、本当私達って立場弱いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアたちの頑張りも空しく、放送された『今ガチ』でさらなる燃料が追加され、あかねへのバッシングは再び強まる結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 自宅にてアクアはスマホを弄る。今日は台風が来ていて外出できる天候ではない。

 やっていることは今ガチメンバーであかねとの対話だ。追い詰められて心が弱っている時に一人で居るのは良くない。いつでも誰か話し相手になれるように皆で気を配っていた。

 

「…………」

 

 あかねの今後について考える。

 最善は炎上問題が解決してあかねは復帰、印象も改善しこれからも女優として活動を続けられるようになる事。案はあるが実行するための手札が足りない。

 次善は今の継続。炎上が過ぎるのをひたすら待ち、並行してあかねのメンタルケアをする。大袈裟に放送され悪人に仕立て上げられてしまったが、あかねが起こしてしまった事故は極々小さな傷を付けた程度のこと。時間が経って鎮静化すれば芸能界での活動も出来るだろう。被害者にされてしまったゆきとの仲の良さを伝えていけば言外に誤解だと伝えられるし勝算はさらに上げられる。気長に構える必要があるが一番安定した選択だ。

 最後の手段としては、これ以上あかねの傷が広がらない内に逃げる事。女優は続けられなくなるが、危険から逃げられるのも強さの一つだ。いつまでも向いていない事、自分が不幸になるだけの事に拘ってずぶずぶと泥沼に嵌るよりはずっといい。出来れば使う事になって欲しくはないが、あかねが望めば穏当に動けるよう情報は集めて、番組との契約内容も確認しておいた。

 

「………………ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る、走る、走る。

 台風が来て強い雨が降る中、夜の街を走る。

 あかねからのメッセージがあり、その内容は『ご飯買ってくるね』と言う些細なモノ。だが弱った心に対して雨に打たれて体調も崩れれば衝動的な行動に移りかねない。アクアの実家からそう離れていないあかねの家、その最寄りのコンビニまで真っ直ぐにやって来た。

 

「……」

 

 予想通りここにあかねはいない。順調に進んでいればもう家に着いている頃だろう。アクアが勝手に先走って馬鹿な事していたのならそれが一番いい結果だ。

 しかしMEMちょからLINEで連絡が入る。

 

『あかねまだ帰ってない』

『探しに行くから連絡あったら誰か教えて』

 

………………(通信音)メムか。アクアだ。今どこにいる?」

 

『アクたん? 今あかねの家まで来てる。 あかねのお母さんに聞いたけど、買い物行く時何も言わずに出て行ってまだ帰ってないって』

 

「そうか」

 

 どうやらMEMちょもあかねが買い物に出た時点で嫌な予感でもしたのか、行動を始めていたらしい。MEMちょの家はアクアの家の近く、すぐに動いていなければまだあかねの家には着いていないはずだ。

 

「俺はあかねの家の近くのコンビニに来てる。これから家までのルートを辿る予定だ」

 

『わかった。じゃあ私は家の近くを探してる! 帰ってくるかもしれないし、どこかで倒れててもマズいから』

 

「ああ、頼んだ」

 

 あかねの家へ向けて何一つ見落とさないように注意しながら走り出す。

 

 数少ない歩行者、あかねはいない。

 

 軒下、雨宿りしている人の中にあかねはいない。

 

 道端、誰も倒れたりしていない。

 

 物陰、誰も隠れていない。

 

 事故、幸いどこでも起きていない。

 

 歩道橋、あかねが手摺りに上ろうとしている。

 

「ッ!」

 

 さらにスピードを上げて駆け抜ける。

 あかねが手摺りに上り切り、滑るように車道へ落下するのを抱え込んで止め、歩道橋に引き戻した。

 

「―――…………? ッ、いやぁ! 放して!」

 

 誰かに邪魔され、拘束されているとだけ認識したあかねが暴れ出す。やはりまともな精神状態ではない。

 だが間に合った。今度は手が届いた。

 

「落ち着け。

 俺は敵じゃない。頼むから落ち着いてくれ」

 

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