復讐が終わったアクアマリン   作:ぬがー

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今ガチ⑧『アイ』

 出演者視点での『今ガチ』動画によりあかねの炎上問題はある程度の収束を見せた。そう歯切れの悪い言い方になるのは炎上に完全な解決はないからだ。これからも事あるごとに蒸し返され、言い続ける奴は10年経っても言い続けるだろう。

 だがそれでもあかねの負担は大きく減り、メンタルも持ち直した。収録現場に戻って来れるくらいには。

 

「次の収録から復帰できそう」

 

「良かったぁ」

 

「復帰は嬉しいけど無理はしないようにね? 最後まで出続けるんだから飛ばし過ぎには気を付けないと」

 

「ありがとうゆきちゃん」

 

 女性二人があかねを出迎える。今出演者控室にいるのはあかね、MEMちょ、ゆき、そしてアクアの4人だ。

 一しきり騒いだ後、今後のあかねの立ち回りに話題が切り替わる。こういう時頼りになるのがMEMちょとアクアだ。

 

「これからはさ、あかねもキャラ付けた方が良いんじゃない? やっぱり素の自分が叩かれるとダメージ大きいし」

 

「そうだな。何かしら演じてれば「役」が鎧になる。リアリティショーに限らず、社交術としても重要な概念だ」

 

「アクたんも何重にも演じてるもんねぇ。もうちょっと素を見せてくれてもいいんだよ?」

 

「もうこれが自然体だ。わざわざ変える気もない」

 

 アクアやMEMちょがそうであるように、クール系やおバカ系などキャラとして属性に従ってロールプレイすれば、批判は演じたキャラへ宛てられた物として認識できダメージは軽減され、番組上でも立ち回りを決めやすくなる。体調や環境によって安定しない「素」のままより安定性が高いのは間違いないだろう。

 

「私……演技は得意だし、やってみようかな……」

 

「そうだよね。あかねって地味に女優だし」

 

「実際すごい女優だぞ。舞台じゃ知名度は上げづらいから俺も調べるまで知らなかったけど」

 

「アクたんから見ても凄いの?」

 

「ああ」

 

 復讐のため生きていた時はやりたくない事に執着したせいでそれ以外への興味関心がかなり薄れていた。今のアクアは復讐も終わり他へと興味を向ける余裕がある。

 なので共演者についてざっくりと調べていて、動画製作の際も誰が何を出来るか把握していたため勝算は高いと予測できたのだった。

 あかねについても出演作や獲得した賞などは知っており、一流しかいないと言われる劇団においてすらエースと言われるだけの実力についても生で見たわけではないが確認はしていた。

 

「演技だけは私の取り得だから……。でもどういう役を演じたらいいかな?」

 

「んー……アクたんはどういうのが好み?」

 

「なんで俺に……」

 

「今、男、君だけだから」

 

「理想の女性像とかそんなんでもいいよ!」

 

 ゆきとMEMちょがずいずいとアクアに迫る。あかねは距離を取っているが興味が押さえられずじっと見ていた。

 観念したアクアは思い浮かんだ推しについて口にする。

 

「顔のいい女」

 

「うっわ最悪」

 

「ルッキズムの権化来たな」

 

 顔の良さで仕事を取ってる女たちが何か言っている。

 これだけでは演技の参考にはならないので、アクアは情報を追加する。

 

「太陽みたいな笑顔。完璧なパフォーマンス。まるで無敵に思える言動。吸い寄せられる天性の瞳」

 

「分かりづら!」

 

「抽象的です……」

 

 あかねとゆきにはこれでは不親切過ぎたらしい。だが同じ光に目を焼かれた事のあるMEMちょはすぐに正解に辿り着いて見せた。

 

「んー、それってあれかな。B小町のアイみたいな?」

 

「! よく知ってるな」

 

「B小町は皆の憧れ! 一度見ちゃうと早々忘れられないでしょ!」

 

「……それには同意する」

 

 さっそくMEMちょがB小町について検索する。知名度の問題でチーム名で調べれば出てくるのはアイの情報ばかりだ。

 

「あーこういう系好きなんだー」

 

「メンクイだよねー」

 

――――(メモメモ)アクアくん好みの女の子、やってみるね」

 

「「やれやれあかねー! アクアを落とせー!」」

 

「まぁなんか学べることはあるだろ」

 

 アクアにとってアイの魅力は天性のそれが基礎になっている。誰だろうと真似出来る物ではない。

 それはそれとしてカメラの前での見栄えのいい位置取りなど技術的にもアイは天才だった。カメラ演技の参考資料として最上位なのは間違いないだろう。舞台演技のあかねには役立つはずだ。

 

 そんなアクアの予想は次の収録の日、圧倒的な才能の前にあっさりと覆される事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁっ……眠いんだよね収録早すぎてさー。あ、もうカメラ回ってる?」

 

 収録開始直後、たったこれだけの言葉で空気が変わる。

 皆ついあかねに視線を向けてしまい、アクアもまたかつてよく見た桁違いの魅力に引き寄せられ振り返る。

 

「てへっ☆!」

 

「ア……あかね?」

 

 今見ている物が信じられない。

 超能力でも使って外見まであかねから変化しているわけではない。だが今のあかねが纏う雰囲気は間違いなくアイのそれだ。それこそアクアが一瞬見間違いかけた程に。

 

「アクア、どうしたの? 幽霊でも見たような顔して?」

 

「いや……」

 

 正しくそう思ったとは言いづらい。収録が始まっていることもあり、アクアは言葉を濁して黙り込むに留めた。

 そうしている内に他の出演者もあかねの元に集まって来て復帰を祝い、メンタル面を心配する。先日既に済ませたイベントだが、番組的に視聴者へ理解してもらうため同じ展開の振り返りを行うのだ。

 それにあかねがアイの明るさで返事をする。炎上で自殺しようとした事などなかったかのような元気さに打ち合わせ済みの共演者たちも戸惑いを隠せずにいた。

 

「あかね……なんか雰囲気変わってる」

 

「んー、そうかも。

 ゆきはこういう私、嫌い?」

 

 フルフルと首を横に動かすゆき。完全にあかねの雰囲気に呑まれ、普段の小悪魔っぷりが見る影もない。

 あかねが宿した視線を向けざるを得ない不思議な引力。まるでアイのようなカリスマ性に、ゆきは完全にやられてしまっていた。

 

「アクア、今日は一緒に居ようよ」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒川あかね、劇団ララライの若きエース。

 与えられた役への深い考察と洞察、それらを演じ切る天性のセンス。天才と呼ばれるだけある人物だとは情報としてアクアは知っていた。

 しかしまさかこれほどとは想像もしていなかった。

 アクアにも理解の及ばない、金輪際現れるのことのない一番星の生まれ変わり。それがアイだ。そうだったはずなのだ。

 そのアイをあかねは直接の面識もなく完璧にトレースしてのけた。

 驚愕と郷愁、今なお忘れられないアイへの名状しがたい思い。それらでアクアの心はもうぐちゃぐちゃだ。普段纏い続けている嘘の鎧が維持できない。一向に思考がまとまらず、ゆきとMEMちょに弄られた時など素の赤面すら晒してしまった。

 なのでコレは必要だったことなのだ。番組的にアウトだろうがそれどころではない。

 

「やっと出てきた! アっくん便所に一時間以上籠るのは駄目だろ!」

 

「動揺しまくってるアクたんとか今日最大の見せ場じゃん! あれ一回で終わらせるとか無しでしょ!?」

 

「「そーだそーだ!」」

 

「うるさい。

 ……あかね、ちょっといいか。話がしたい。あ、演技は一旦やめてくれ」

 

「? いいよ」

 

 やいやいと囃し立てる共演者から逃げ、カメラからも逃げ、固定カメラもない場所まで移動する。

 

「悪いな。ちょっと冷静さを欠いてる」

 

「思ったより効果抜群で私としても驚き、かな。喜んでもらえるかなって思ったんだけど」

 

「……効き過ぎだ。落ち着きたいから雑談に付き合ってくれ。

 ―――アイの演技、いや役作りか。アレってどうやってやってるんだ?」

 

 知らない物に驚いてもその原理を解明してしまえば当たり前の現象になる。出来る出来ないは別として、理屈がつけば納得できる。とはいえそれを直接聞く辺り、アクアに余裕は全然なかった。

 対してあかねは単に演技の話をするだけだ。抵抗もなく気軽に答える。

 

「いやそんな大層な物じゃないんだけど……。

 一応プロファイリングの本を読んだりしてるんだけど、一杯調べたり勝手な設定を足したりして自分なりに納得できる形に解釈してるだけ」

 

「勝手な設定?」

 

「うん。感情のラインに整合性が取れるように、不可解な行動に理由が付くように、何を考えてどういう人格なのか数式パズル組み立てていくの! 例えば、えっと……アイには隠し子がいるとか」

 

「――――なんでそう思った?

 

 聞き捨てならない言葉にアクアの警戒が最大まで引き上げられる。

 一方あかねは説明するのに夢中になり、そのことに気付かない。暢気にスマホを操作して画面をアクアに示した。

 

『『バブッ、バブッ、バブバブバブ! バブッ、バブッ、バブバブバブ!』』

 

「この赤ちゃん動画以降、アイのパフォーマンスが劇的に向上してるんだ! 関係ない子だと思うけど、実子だって考えた方が変化の大きさに納得がいく!」

 

(これか~~~~~!!!!????)

 

 幼き日のやらかしが目の前にある。

 アイのコンサートでオタクの血が騒ぎ、赤ん坊の肉体なこともあり衝動を抑えきれなかった。結果的にアイはアクアとルビーのオタ芸で自然な笑顔を習得しさらに飛躍したのだが、そりゃアイについて調べればこの動画に辿り着くのは順当な結果だ。当時我慢できず、今警戒できていなかったアクアに非がある。

 同時にあかねは危険視する必要は薄そうだとも判断する。

 この動画が撮られた時もアイの休止期間と合わせて隠し子説くらいは出た。だが普通アイの年齢で産んでるとは思われず与太話として終わったのだ。死後十年以上経っている今なら猶更だろう。あかねが他人にその説を語った所で事実に辿り着いていると思う相手はいない。かつてと同じくネタ話として流されてお終いだ。

 

 凄まじい驚愕と直後の安堵。あまりの緩急の激しさにアクアの気も緩む。

 そのまま話を終わらせてしまいかけた所で、ギリギリアクアの思考力が回復した。

 

「―――いや待ってくれ。凄いけどそれだけであの演技は出来ないだろ。まるで夢を、本物を見てるみたいだった」

 

 アクアの混乱は続いている。

 行動原理がはっきりした物語のキャラクターと違い、人間はそう簡単ではない。その時の体調や気分で言動は大きく変化し、いつでも説明のつく行動をするわけではない。いくら分析しようが完璧なトレースするのはほぼ不可能だろう。

 それに思考パターンや人格を理解したとして、当然だが物理的に実行できない事や技術までは模倣出来ない。それを可能とするなら異能の域だが、あかねにその力は感じない。

 なのに今現実としてあかねはソレを成し遂げている。訳が分からないままだ。

 

「アクアくんはアイと面識があるんだ。そんなに似てたんだね。今回は不思議なくらい上手く演じられてる自信があったんだけど、間違ってなかったみたい。

 ……たぶん相性が良かったんだと思う。普通の人だと特徴がはっきりしなくて演じきれないんだけど、アイはいつも演じてるみたいにキャラクターとして一貫してたから役として把握し易かった。あと技術的にも私と似てて思考パターンと使い方を真似すれば実行可能だったのも大きいかな」

 

「……」

 

 あかねの言葉を受けてアクアも考え込む。

 アイが演技の技術を習ったのはカミキヒカルからで、習った場所は劇団ララライだ。そしてあかねも劇団ララライの舞台女優。身に着けた技術が似通っていてもおかしくはない。

 星野アイがいつも『アイ』を演じていたというは―――アクアには理解できないが納得は出来る事だった。アイのどこまでが嘘でどこまでが本当かわからなかった。だがアイがアクア同様にずっと嘘の仮面を被っていたとするなら、理解できないのも説明がつく。

 

「あとはそうだね、こんな話聞いたことある?」

 

「? なんだ?」

 

「役者同士は演技で語り合えるって話。他の分野でも言える事だけど、磨いた技術に込めた心は同じ技術と熱意を持つ人なら読み取れたりするんだよ」

 

「……そんなもんか。僕にはわからない感覚だ」

 

「アクアくんならその内経験することになると思うよ。

 

 ―――ここから先は全部は私の考えた設定の話。少しだけ話したくなったから聞いて欲しいな。

 アイは愛されたかった、そして愛したかったんだよ。でも幼い内に愛された経験がなかったから、愛がなんだかわからないままだった。だから必死に嘘の愛を告げて、それが本当になる事を願っていた」

 

 瞳に星を明滅させながらあかねがアイを語る。アクアはそれを黙って聞き入った。

 

「子供を産んでもそれは変わらなかったと思う。双子のどっちがどっちかも区別ついてなかったんじゃないかな。でも子供が母を愛して、母もようやく愛を掴んだ」

 

「……」

 

「だけど愛を知らないアイは掴んだソレがなんだかわからない。子供たちに「愛してる」って言った時、それが嘘だと気付いてしまう事が怖くて、結局一回も伝えられなかった」

 

「……」

 

「残酷な事を言うね。アイが殺された時、そこに子供たちがいてくれたらいいなって私は思う。例え子供たちがどれだけ傷つくとしても」

 

「……それは、どうして?」

 

「臆病なアイでもそこまで追い詰められれば言えるから。

 アイは子供たちを愛してる。それを伝えられていたなら、アイは救われたんだから」

 




原作で誰もアクアに伝えられない、個人的にアクアに一番必要だと思ってる言葉
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