「ゆきユキが熱いと思ってたけどさ、最近のアクあかヤバくない!?」
「あかね復帰後はなんか垢抜けたって言うか、可愛いよね」
「アクアと二人でトラブル乗り越えた強さっていうか」
「アクアくんもめっちゃ意識してるよね!」
「かわいい!」
道行く他校生が『今ガチ』について話している。
炎上騒動と自殺未遂を経て多くの人が興味を持ち、あかねの覚醒もあり『今ガチ』はかつてないほど人気が出ている。やらせでここまでは出来っこない、ガチとしか思えない展開が通常ではあり得ない人気を生んでいた。
そんな会話を聞き流し、あかねの添え物としてそこまで注目もされていないアクアは通学路を普段通りに歩く。もやもやとした感情を持て余しながら。
「もうすぐ最終回かぁ」
「せっかく面白くなってきたのに」
「前のシリーズ、最後キスあったんだって」
「えーやば、期待~~!」
『今ガチ』の放送、ひいては収録はもうすぐ終わる。それ以降は共演者とも他人だ。仕事上の付き合いでしかない以上、番組が終われば関わる事も高確率で無くなるだろう。
色々な事に執着の出来なかった頃ならそれでいいと思えただろうが、今はそうとも思えない。『今ガチ』はあくまで仕事だが、仕事だからと言ってプライベートが混ざらないわけではないのだ。長丁場の仕事であり、思い入れのある出来事もあり、どうしても愛着が湧いてしまう。
まとまりのない思考がグルグルと空回りするまま学校へ向かい、道中で知り合いを見かけた。
「有馬かな」
「―――?」
「なぁ今から学校サボって遊ばね?」
「いく」
「……やっぱりあんた変わってる」
「そうか?」
「そうよ! うら若き男女が学校って言う牢獄から抜け出して何をするかと思えば、公園で暢気にキャッチボールだもん!」
「学校サボってディズニーだの東京タワーだの張り切った遊びするほどぶっ飛んでないだけだろ」
近くの店で購入したグローブとボールを装備するアクアとかな。
わざわざ見に来る相手もいないが―――自称かつ駆け出しとは言え―――アイドルがやっていてもデートとは見られない安心安全な遊びである。
「私みたいな未経験者じゃなくてもっと上手な人を誘えば良かったんじゃない……? ルビーとか…」
「妹に学校サボらせる兄が居るか」
「シスコンきも……。
じゃあ『今ガチ』の人とか? 仲良いんでしょ?」
「……悪くはないんだが、一応仕事っていうか、そういう気安い関係でもないから」
「そうなんだ」
「俺は嘘吐いたり打算で動くことばっかで、無駄な会話が出来る人間ってのは周りにはあまり居ない。その点有馬相手になら気を使う必要ないし」
「使えやコラ」
復讐のために動いていた期間、ずっと人と壁を作って生きてきた。その癖は復讐を終えたからと言って簡単には抜けるモノではない。『今ガチ』メンバーは良い奴揃いだが、事務所が別で出番を奪い合う関係なので利害が絡み、個人として自由に無駄話が出来るようにはなれていなかった。
その点で有馬かなは星野アクアにとって貴重な相手だ。
同じ事務所だから利害の衝突がほぼ無く、かな自身は立ち回りが下手だから警戒も必要なく、しぶとく性格が悪いので雑に扱っても罪悪感が湧かない。ルビーのために強引な勧誘をした事こそあるが、ルビーと同じチームなら事務所の全力での支援を受けられるのだ。女優として行き詰っていたかなには感謝される事はあっても借りになるはずもない。結果としてアクアがフラットに話が出来る数少ない相手になっていた。
「『今ガチ』はそろそろ収録大詰め?」
「ああ」
「一番人気はゆき? でも最近黒川あかねも人気あるみたいね」
「そうだな」
「……実際の所あんたは誰狙いなの?」
「…………どうなんだろうな」
互いに投げ合っていたボールを真上に放り投げ、アクアは自問を始める。
「最近つくづく思う。人間の思考は体の発達に大きな影響を受ける。体が成長していくにつれて精神が体と環境に適応していく。どんどん「僕」と「星野アクア」の境目が無くなっていく」
赤ん坊の頃は幼少期健忘で記憶の定着が難しく、やりたい事を我慢するのも難しかった。だが精神はアラサーの医師、雨宮吾郎のものだった。
だが時間が経つにつれ、少年星野アクアになっていく。前世から数えればもう数年もすれば50だが、若い体で若者の環境で過ごせばそちらに心も合わせられるのだと実感した。
「??? 何言ってんの? 中二病?」
「……まぁ要は俺も高校生って話だ。俺も自分と近い年齢の子を恋愛対象と認識する」
そこまで話してみて、不意に自分の感情について一部だが理解する。
『今ガチ』収録中の、アイの演技をしている時のあかねに対する感情は、同年代の恋愛対象に対する物ではない。十数歳は年下の
理解出来ずモヤモヤとしていた感情が一つ解決して心が軽くなる。これだけでも今日サボりに付き合ってくれた有馬かなには心の内で感謝するには十分だ。
「ならタイプとかあるの? 年下が好きとか…年上が好きとか!」
「……それも俺には難しい話だな」
キャッチボールを再開しながら口から思考を垂れ流し、自問自答を始める。
「ずっと俺は恋愛とかしてはいけないって思ってて、だけど、もういいかとも思ってて。だから今はようやく考える気になったっていうか……」
「別にいいでしょ。恋愛の自由は基本的人権よ」
「アイドルが言うセリフじゃねーな」
チームを組み、処女性を売りにして、ソロの歌手やタレントに対抗する職業がアイドルだ。恋愛の自由から遠い職業の一つであり、人間である以上恋愛してしまう事はあっても隠さないといけない。かなの発言はプロ意識の欠片もないが、ファンに見える所で言わないなら強く叱る必要はないかとアクアも判断した。
「でもそういうもんか。こうするべきとかじゃなく自由にしてもいいんだな……」
思い浮かぶのは星の輝き。ただ一番星の真似をするだけではない、模倣から入り自らの物にし始めた天賦の才。その突出した才に反するような人に寄り添える心。演じている役に対するモノではない、同年代の少女自身の素晴らしさ。
憧れか恋かわからない。彼女の言葉に救いを得たから勘違いしてるだけかもしれない。だが今はアクアも高校生のガキだ。衝動に任せて動いてもいいのだろう。振られるかもしれないがその時はその時だ。
「そーそー。で、タイプは?」
「……年上の方が良いのは間違いないな。年下は無理」
アクアは小中学生に欲情するロリコンではない。そして男というのはガキの頃から年をとっても女子高生というのが好きなモノだ。至極真っ当な性癖である。
その辺を考えると、かなに気軽に話せるのは容姿の問題もあるのだろう。コレで大人びた容姿ならアクアも恋愛相談は躊躇うが、背も低く年下に見えるロリ系の容姿だ。子役時代から変わらないトレードマークの帽子や軽すぎる言動もあり年上感がない。つくづくアクアの相談相手として便利な相手だった。
「―――うん、大体考えがまとまって来た。サンキューな有馬」
「? まぁそれなら良かったわ。なんだか思い詰めた顔してたし見ててあげなきゃってなった先輩心に感謝しなさいよね」
「礼に昼飯くらいは奢るぞ。ラーメンでいいか?」
「しゃーないわね。そこで妥協してあげるわ」